<<目次へ 【意見書】自由法曹団
2003年1月 |
首切り自由化につながる労働政策審議会建議にもとづく 解雇立法の法案化に反対する意見書 |
〒112-0002 東京都文京区小石川2-3-28 DIKマンション小石川201号 自由法曹団 団長 宇賀神 直 |
2 安心できない「正当理由」規定
(1)建議の基本的立場
(2)労働基準法の基本構造に違反
(3)主張立証責任のゆくえ
(4)安易な解雇を誘発
(5)「整理解雇の四要件」の明記こそ必要
3 「カネ」で首切り「合法化」―裁判所を「首切り」の主体に
(1)復職要求を閉ざす建議
(2)本末転倒の新設理由
(3)労働基準法と憲法の基本構造に反する
(4)裁判所に首切りの権限を付与
(5)無効行為の理論に整合しない
4 司法の独立を侵す厚生労働大臣「告示額」
(1)「首切り」コストを予め示す大臣告示
(2)解雇規制ではなく、リストラ促進立法
(3)裁判の独立を侵す
6 司法制度改革推進本部における検討との整合性
(1)司法制度改革に向けての議論の概要
(2)司法制度改革との整合性を欠く建議
労働政策審議会は昨年12月26日、「今後の労働条件に係る制度の在り方について」と題する答申(以下建議という)を厚生労働大臣に提出した。そして現在厚生労働省において立法作業が開始され、さらに法案要綱について労働政策審議会労働条件分科会で審議されるスケジュールとなっている。
自由法曹団は、この建議に盛りこまれている「労働契約終了等のルール及び手続き」について検討した結果、この建議内容に沿って立法化をすることは、重大な憲法上の人権侵害を引き起こすものであり、絶対に許されないと考える。
建議が予定している規定は解雇を「規制」するものなどではない。実際には、(1)解雇は原則自由だとしてこれまで以上に首切りを行い易くし、(2)しかも裁判で解雇が無効とされても金さえ払えば労働者を職場から追放できるしくみを新たにつくるという、全く道理がなく、憲法及び現行法体系にも反する内容である。
(1)建議の基本的立場
建議は、「労働基準法において、判例において確立している解雇権濫用法理を法律に明記することとし、使用者は、労働基準法等の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができるが、使用者が正当な理由なく行った解雇は、その権利の濫用として、無効とすることとすることを規定することが必要である」と報告する。
この建議内容にしたがって法案化とするとすれば、
本文 使用者は労働者を解雇することができる。
但書 使用者が正当な理由なく行った解雇はその権利の濫用として無効である。
という条文(以下「本件条文」という)構造であろう。
(2)労働基準法の基本構造に違反
労働基準法は、憲法27条を具体化するものとして制定され、その本質は、その第1条に「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」とあるように、労働者保護にある。したがって、具体的な規定はすべて、労働者の権利保障を明示し、使用者に義務を負わせあるいはその権利行使を規制するものばかりである。
ところが、「本件条文」は、使用者の原則的な解雇権を明示するものであり、他に例をみない。連合のホームページに掲載されている「労働政策審議会 第28回労働条件分科会報告」(以下「分科会報告」という)によれば、民法の原則を明示するだけという発言もあるが、それは誤っている。労働基準法は、労働者保護のために民法の原則を修正する法律であり、民法の原則を労働基準法に持ち込むことは、労働基準法の立法趣旨を大きく損なうものである。
(3)主張立証責任のゆくえ
「分科会報告」では、公益委員が、立証責任については法律ができても従来のままであるという趣旨の説明をしている。仮にこのような説明がなされたとするならば、重大な疑問がある。
これまでの裁判実務では、たとえば、「整理解雇の四要件違反」を労働者が主張し、一応それを裏付ける証拠を出せば、使用者側がこの四要件をみたしていることを疑問のないところまで証明しなければ解雇が有効とならないという事実上のルールができている。
しかし、「本件条文」の本文と但書は、原則と例外の関係となり、原則の主張・立証責任が使用者、例外の主張・立証責任が労働者に課せられる構造となる。これでは、使用者は労働者に対し解雇の意思を伝えたことを主張立証すれば足りるのに対して、労働者は「例外的に、正当な理由がなく権利の濫用にあたる」ことを主張し、証明しなければならない立場に立たされてしまう危険がある。これでは判例法理を逆転させてしまう。
「分科会報告」によれば、公益委員が、解雇権濫用法理は本文と但書で一体なのだから但書きのない本文が解雇自由として一人歩きしたり、今より解雇権がひろがることはないという趣旨の説明をしたとされる。もしこのような断定的な説明がなされたとするならば、労働裁判にたずさわってきた法律実務家からみて、その説明は間違っているといわざるをえない。
「分科会報告」によれば、分科会会長が、使用者が解雇権濫用でないということを立証しなければならない、という趣旨の説明をしているが、仮にこの説明が正しいとするならば、条文として、はっきりと本文に、使用者の行う解雇には正当な理由が必要であること、その立証責任が使用者にあることを明記する構造にすべきである。
(4)安易な解雇を誘発
労働基準法に「使用者は労働者を解雇することができる」との条文を設けることの影響は、計り知れない。労働基準法は、中小零細を含む企業経営者や企業の人事労務担当者であれば、一度は必ず目にする法律である。これに、「使用者は原則として労働者を解雇できる」との条文が入れば、使用者による安易な解雇が急増することは必至である。
さらにいえば、安易な解雇が許されることになると、解雇権行使に怯える労働者は益々労働条件向上の交渉力を失ってしまい、よりいっそう劣悪な労働条件を押し付けられることになることも必至である。
長期化する不況のなかで、失業率が恒常的に悪化し、多くの国民が雇用不安・生活不安をかかえる社会状況のもとで、このような立法をすることは社会政策として間違いである。
(5)「整理解雇の四要件」の明記こそ必要
解雇権濫用法理は、解雇規制立法のないなかで、幾多の労働者が人生をかけ苦闘して勝ち取った労働裁判の積み重ねによって確立されてきた貴重な「成果」である。建議が「労働契約の終了が労働者に与える影響の重大性を考慮する」立場から「判例において確立している解雇権濫用法理を法律に明記することとし」たのであれば、労働者保護立法としての労働基準法の本質と構造から、条文の本文において、「使用者の行う解雇は、正当な理由があると認められる場合でなければ、することができない」とすべきである。
そのうえで、解雇規制立法のないなかで、わが国の裁判実務が形成してきた重要な判例法理である「整理解雇四要件」をその「正当な理由」の例示として明示する条文とすべきである。
(1)復職要求を閉ざす建議
建議は、「裁判における救済手段」において、「裁判所が当該解雇は無効であると判断したときには、労使当事者の申立に基づき、使用者からの申立の場合にあっては当該解雇が公序良俗に反して行われたものでないことや雇用関係を継続し難い事由があること等の一定の要件のもとで、当該労働契約を終了させ、使用者に対し、労働者に一定の額の金銭の支払いを命ずることができることとすることが必要である」とする。
この建議は、違法に労働者を解雇した使用者が、裁判所を使って、労働者の職場復帰を求める権利を奪うことを認めるおそるべき内容である。
(2)本末転倒の新設理由
このような制度新設の必要性について建議は、「裁判所が解雇を無効として、解雇された労働者の労働契約上の地位を確認した場合であっても、実際には現職復帰が円滑に行われないケースも多いことにかんがみ」と述べている。しかし、実際に職場復帰の実現が困難なケースが多いのは、違法な解雇を行っておきながら解雇無効の判決をも無視し続ける無法な経営者が多いからにほかならない。
こうした現実のもとで、真剣に「裁判上の救済」を検討するのであれば、「就労請求権」(職場への現実の復帰をはかる権利)の明文化など、企業が解雇無効判決を無視し続けることができないような実効的な制度を作ることこそが求められる。これが解雇無効な場合の労働者救済の基本である。
そうせずに、違法な解雇を行っておきながら復職受入れを拒否し続ける無法な企業を「金を払えばいい」として免罪してやるというのでは、まさに本末転倒であり、著しい不正義である。法を守らず、判決を遵守するという企業としての最低限の社会的責任を果たさぬ者を助けるための「改正」などあってはならないことである。
(3)労働基準法と憲法の基本構造に反する
解雇が無効であれば、労働者が求める限り、もとの職場への復帰がはかられるべきことが正義に照らした当然の結論である。それを使用者の申立で一方的に奪うことを認める立法は、自分の労働を売ることによってしか生計をたてられない労働者の憲法上保障された勤労権(27条)、人間としての尊厳・幸福追求権(13条)を踏みにじり、憲法32条によって認められた裁判を受ける権利を実質的に奪うに等しい。
かかる使用者救済規定を労働者保護立法である労働基準法に設けることは、労働基準法の立法趣旨の根本に反するものである。
(4)裁判所に首切りの権限を付与
建議によれば、解雇という法律行為の有効・無効を判断する機関である裁判所が、使用者の代りに、労働契約を終了させる形成権行使の権限を与えられることとなる。これではもはや判断者という立場を超えて、裁判所自身が労働者の首切りを担うことになる。人権の救済機関であるはずの裁判所が、無効な解雇意思表示に、労働契約の終了という解雇有効と同一の効果を与えて、違法な行為を行った使用者を救済し、被害者を切り捨てるとすることはどうみても、憲法の予定する司法の在り方ではない。
(5)無効行為の理論に整合しない
なお付言すれば、民法は119条本文で「無効の行為は追認によりてその効力を生ぜず」とし、その但書きで「当事者がその無効なることを知りて追認をなしたときには新たな行為をなしたものとみなす」と規定している。
解雇の意思表示が無効であれば、使用者であっても労働者であっても、後で追認したとしても、遡って解雇の意思表示が有効とならない、というのが本文から導かれる結論である。しかし、当事者(この場合には労使双方)が、解雇の意思表示が無効であることを承知した上で、なお、追認した場合には、追認した時点で新たに有効な解雇の意思表示があったものとみなす、というのが但書きから導かれる結論である。
ところが、建議によれば、解雇が無効となったときにも、「労働者の追認」がないにもかかわらず、「使用者の申立」により、無効からの当然の効果として導かれる労働契約を終了させてしまうことになる。これは法律行為・契約法の大原則である民法の規定する無効行為の理論に整合しない。
労働基準法に、民法の原則よりも労働者に酷となる条文を創設することは逆立ちであり、絶対に許されない。
(1)「首切り」コストを予め示す大臣告示
建議は、労働契約を終了させる対価となる「一定の金銭の金額については、労働者の勤続年数その他の事情を考慮して厚生労働大臣が定める額とすることを含めて」としている。
この建議のとおり、金額を厚生労働大臣が予め決めておくということになると、企業にとってさらに都合がよいことに、首切り費用(おそらく現在の労働裁判での解決金よりはるかに低い費用)があらかじめ計算できるという大きな利点まで組み込まれることになる。
(2)解雇規制ではなく、リストラ促進立法
無法な解雇をあえて行おうという企業にとって、あらかじめ「首の値段」が定められていればこれほど使い勝手のよい制度はない。解雇が無効とされた場合でも「首切りコスト」としてあらかじめ計算された金額で安心して首を切ることができ、しかも勝訴判決を武器とする労働者の運動によって復職を強いられる危険もない。
こうなれば、不法な解雇、人権を踏みにじる一方的リストラが増大するのは目に見えている。
(3)裁判の独立を侵す
前述したとおり、建議が導入しようとしている「解雇ルール」は、裁判所が無効な解雇と認定しているにもかかわらず、使用者の申立があったときには、裁判所は、「公序良俗に反して行われたものでないこと」「雇用関係を継続し難い事由があること」等の一定の要件の有無をさらに判断して、使用者の代りに、労働契約を終了させる権限をもつことを導入しようとするものである。
裁判所にこの権利関係を形成する権限を付与しながら、労働契約終了の唯一の代償となる「金銭」について、予め厚生労働大臣の告示によって決め、それに裁判所がしばられるというのは、司法権を侵害する立法といわざるをえない。憲法と法律、そして自己の良心のみによって裁判をしようとするすべての裁判官にとっても、決して容認できないものであると確信する。
建議は、解雇が無効の場合の「金銭による雇用打ち切り」の申立てが、使用者からの場合には、「公序良俗に反して行われたものでないことや雇用関係を継続し難い事由があること等の一定の要件の下で」としているが、これが歯止めとして機能することはとうてい期待できない。
第1に、「公序良俗に反して行われたものでないこと」についていえば、たとえば組合敵視にもとづく解雇は不当労働行為として公序良俗に反するものであるが、実際の裁判では、解雇を無効とする判決もよほどの場合でなければ不当労働行為だからとまでは述べないのがほとんどである。そのため労働者側は、解雇無効を明らかにするだけでなく、それが組合敵視にもとづくことを余すことなく明らかにできなければ「金銭で雇用打ち切り」を逃れることはできない。思想差別による解雇の場合も、裁判の現実に照らせば同様の結果となることは目に見えている。
第2に、「雇用関係を継続し難い事由があること等」にいたっては、無効な解雇を強行する企業はそもそもほとんど全ての場合に「雇用を継続し難い」と主張するに違いない。たとえば、少数組合潰しのために解雇を強行した使用者は、「職場は1〜2名を除けばすべて第二組合員であり、復職させれば職場は混乱する」ので「雇用を継続し難い」と主張するであろう。あるいは、営業の一部門を別会社化のうえ労働条件の大巾な引下げを伴う移籍に応じない労働者を解雇した企業は、「すでに業務はすべて別会社に移っている」ので「雇用を継続し難い事由がある」と主張するに違いない。
労働者側が「そんなことはない」として裁判所にこれを否定させることは至難のわざである。
(1)司法制度改革に向けての議論の概要
2001年6月12日、司法制度改革審議会が最終意見書を発表し、これを実現するために、2001年12月に司法制度改革推進本部が発足し、そして現在、労働検討会が設置され、審議会最終意見書に盛り込まれた次の3つの結論を受けて真剣な討議がなされている。
○労働関係訴訟事件の審理期間をおおむね半減することを目標とし、民事裁判の充実・迅速化に関する方策、法曹の専門性を強化するための方策等を実施すべきである。
○労働関係事件に関し、民事調停の特別な類型として、雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する労働調停を導入すべきである。
○労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方、雇用・労使関係に関する専門的な知識を有する者の関与する裁判制度の導入の当否、労働関係事件固有の訴訟手続きの整備の当否について、早急に検討を開始すべきである。
(2)司法制度改革との整合性を欠く建議
建議は、司法制度改革推進本部で現に検討している重要課題に密接に関わる。たとえば、裁判所が解雇の有効性を判断すること自体に長期間を要するのが労働裁判の実態であり、その審理期間を「おおむね半減することを目標として」方策を検討している。
ところが、解雇が無効と判断されたうえで、さらに、労働契約の終了の可否についてまで裁判所に決定させようとすれば、使用者の申立を受けた裁判所は、「公序良俗に反し行われたものでないこと」「雇用関係を継続し難い事由があること等」をめぐっての審理を重ねなければならないことになり、ますます裁判所の審理が長期化すること必至であり、司法制度改革推進本部での検討は水泡に帰してしまう。
いずれにしても労働裁判改革のために、この司法制度改革推進本部で行われている検討を無視して、建議の内容を立法化することは国家行為としての統一性がないものといわざるをえない。
建議にもとづく「解雇ルール」はまやかしであり、その立法化には断固反対する。
立法化しなければならない「解雇ルール」は、確立された判例上のルールを明文化した実効ある解雇規制法でなければならない。
具体的には、
(1) 解雇には正当な理由が必要であることを大原則として明記すること、
(2) 正当理由の例示として「整理解雇の四要件」を明記すること、
(3) 正当理由があることについての立証責任は使用者にあることを明記すること、
(4) 使用者には解雇無効の判決に従って労働者の復職を受け入れる義務のあることを明記すること、
(5) 使用者に金銭補償による労働契約打ち切りの申立権を絶対に認めないこと、
である。