<<目次へ 【意見書】自由法曹団


緊急意見書
世界的な反戦・非戦の声のもと
有事法制関連三法案を直ちに廃案に


2003年4月2日
自由法曹団


はじめに

1 イラク討伐戦争が明らかにしているもの
(1) 世界に背を向け、国際法を蹂躙した戦争
(2) イラク討伐戦争の現実
(3) ブッシュ・ドクトリンと戦争がもたらす世界
(4) この国と国民がいまなすべきこと

2 明らかになった有事法制の本質
(1) 有事三法案の本質と法文
(2) 国会審議と政府答弁が明らかにしたもの
(3) 「国民保護法制」が生み出す「巨大な後方」
(4) 有事法制の破綻と「修正案」

3 戦争加担と有事法制のいきつくところ
(1) 「日米同盟」だのみの世界の孤児
(2) 北東アジアにもたらす破滅的事態

おわりに



はじめに

 4月1日に行われた衆議院・武力攻撃事態対処特別委員会の理事懇談会で、与党三党は有事法制関連三法案の「修正案」の再提出と理事会・委員会の開会・審議を要求した。この審議の要求が、3月下旬に与党三党が確認したという「4月中旬の三法案衆議院通過」のシナリオに沿うものであることは言うまでもない。2002年4月17日の国会提出から1年、国民的な批判・反対を受け、第154通常国会、第155臨時国会と2度にわたって継続審議となった有事三法案について、与党単独での採決強行が企てられている。
 そのまさにいま、3月20日のバクダッド攻撃によって開始されたイラク討伐戦争で、イラクの民衆が殺戮され続けている。戦争に反対して澎湃として巻き起こった反戦・非戦の声は、国境を越えて世界各国に広がり、国連憲章と国際法に違反し、民衆に残虐な殺戮を続ける米英軍の違法・非道な戦争を告発している。そのいま、この国が有事法制を強行することは、世界の趨勢に背を向けて、この国自らが違法・非道な戦争の道にいっそう踏み込むことを意味している。
 全国1,600名の弁護士で構成する自由法曹団は、法律家の立場から有事法制に反対して活動を続け、2002年3月から12月にかけて、有事法制や「国民保護法制」の本質や内容を解明した意見書を7次にわたって発表してきた。思想信条、支持政党の違いを越えて全国2万名の弁護士が全員加入する強制加入団体の日本弁護士連合会も、有事法制やイラクへの戦争に反対して運動を続けている。
 戦争のなかで戦争法を強行しようとする企てを、法律家は断じて許すことはできない。
 本意見書では、これまでの検討とこの間の事態の推移をふまえ、あらためて戦争加担と有事法制の誤りを明らかにする。


1 イラク討伐戦争が明らかにしているもの

(1) 世界に背を向け、国際法を蹂躙した戦争

 イラク討伐戦争は、世界に背を向けた戦争である。
 超大国がはじめようとした戦争に、世界の国々の政府や民衆がこれほど強く反対し、戦争推進勢力をこれほど追いつめたことは、かつてない。
 「西側同盟」の一員のフランスやドイツは最後まで反対の姿勢を崩さず、軍事力と経済力による威嚇や説得にもかかわらず、世界のほとんどの国はアメリカに同調しなかった。
2月14日に世界を覆ったピースウェーブには、1000万人を超える人々が参加して、世界を平和と非戦の声で包み込んだ。この国でも、若者や市民が平和の行動に立ち上がり、全国津々浦々でピースウォークが続けられている。
 その戦争はまた、国連憲章や国際法を根底から踏みにじった侵略戦争にほかならない。
 イラクがアメリカやイギリスを攻撃したことがあるか・・ない。
 イラクが「9・11事件」を教唆し、加担していた証拠はあるか・・ない。
 イラクの大量破壊兵器についての国連の査察は継続不可能になっていたか・・いない。
 国連安保理事会がイラクへの武力制裁を決議したことはあるか・・ない。
 いずれも明々白々な事実であって、その論証に法律論を持ち出すまでもない。
 イラク討伐戦争が、武力攻撃への自衛権の行使と国連の武力制裁以外の軍事力の行使を禁じた国連憲章に違反し、「疑惑を理由にした攻撃」や「政権転覆のための攻撃」を断じて認めない国際法のルールを踏みにじるものであることは、あまりにも明らかなのである。

(2) 明らかになった「戦争の現実」

 戦争がはじまって2週間、違法・非道な戦争を批判する声はさらに広がっている。その2週間に明らかになった「戦争の現実」はどんなものだったか。
 精密兵器の集中攻撃で中枢を破壊し、イラク軍の抗戦能力を奪い取る。民衆は「解放軍」として米英軍を迎える。だから、戦争は短期のうちに終結する・・これがブッシュ政権の描いた「机上の戦争シナリオ」だった。
 そうならないことはわずか2週間で明らかになった。バクダッドに急進した米軍の長く伸びた補給線が脅かされ、早くも増援部隊の派遣を余儀なくされる事態に立ち至った。期待した「民衆の蜂起」は起こらず、米英軍が「解放軍」でないことはすでに白日のもとに明らかになった。戦局が「長期戦化」の様相を見せるもとで、「ベトナム戦争と同じことになるのでは」との観測さえもささやかれはじめている。
 そればかりではない。「バクダッドの市場に巡航ミサイルが着弾。50名以上が死亡」「軍事施設がないにもかかわらず空爆」との報道があい次いでいる。バクダッド等に残った報道関係者によって、殺戮された民衆や子どもの映像が世界に発信され続けている。1年あまり前、自由法曹団は、アフガン報復戦争での戦争犯罪の実相を、パキスタン調査を行って告発・批判した(第1意見書「往くべきは平和の道」=3月5日 すべての意見書は自由法曹団のホームページに掲載している。URL http://www.jlaf.jp/)。罪のない民衆や子どもたちを殺戮する戦争犯罪は、現にイラクでも行われ続けており、戦争の長期化や全面化によっていっそう拡大しようとしている。
 これが、世界の人々が胸を痛める「戦争の現実」である。

(3) ブッシュ・ドクトリンと戦争がもたらす世界

 2002年9月に発表されたアメリカ「国家安全保障戦略」(ブッシュ・ドクトリン)は叫んでいる。「自由と民主主義と自由な企業活動」こそが、世界の「公理」だ。それを脅かすのは、「テロリストとその同調者」だ。この「公理」への「敵」には、先制攻撃も躊躇しないし、単独行動も辞さない・・。「ネオ・コンサバティブ」(新保守主義)の「論理」をあけすけに謳いあげたこのブッシュ・ドクトリンが、違法・非道なイラク討伐戦争の根底にあることには、異論をみないだろう。
 このブッシュ・ドクトリンが貫徹した世界とはどんなものになるか。「テロリスト」「同調者」であれば専制攻撃を辞さない。「同調者かどうかの判定」はアメリカだけができる。国連が同調しなければアメリカが単独でもやる・・。これが、ブッシュ・ドクトリンが叫ぶ「帝国の論理」である。この「論理」が世界を覆ったとき、世界は相互尊重、国際協調の道筋を歩めるか、アジアは自主的な共生の道を進めるか、この国は主権者国民の意思による自立した政治が進められるか。論じるまでもないだろう。
 「帝国の論理」は、世界の亀裂を生み、経済を破綻に追いやり、荒廃と貧困を拡大していく。その「つけ」はいったいだれが贖うのか。これまた世界にほかならない。
 ブッシュ・ドクトリンの「帝国の論理」は、世界の国々の自主性を奪い、共生の道を封じ、そして亀裂と荒廃を世界に撒き散らし、その「あとしまつ」を世界に押しつける。それゆえに、「西側同盟」にある国々も含め、世界の大勢がこの道に反対しているのである。

(4) この国と国民がいまなすべきこと

 政府の手によって再び戦争の惨禍が起こらないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する・・日本国憲法の前文である。アジア・太平洋戦争の惨禍のなかから生まれ、恒久平和を宣言した憲法は、しかし予想もしていたに違いない。いつか再び、戦争をはじめようとする愚かな政府が出現するだろうことを。不幸にしてそうした政府が出現し、いま戦争の惨禍がイラクの民衆を覆っている。
 このとき、平和憲法を持つこの国と国民がなすべきことはただひとつしかない。
 米英軍のイラク攻撃を直ちに中止させてイラクから撤兵させ、平和的解決の道筋に委ねること、イラク戦争への支持を直ちに撤回し、戦争に加担する「自衛隊派遣法」だの「イラク復興支援法」だのの検討を直ちに中止することである。
 この本来の道筋のどこからも、いまこのときに有事法制関連三法案を審議し、強行するなどという愚かな選択は出てこないのである。

2 明らかになった有事三法案の本質

(1) 有事三法案の本質と法文

 有事法制関連三法案(武力攻撃事態法案、自衛隊法「改正」案、安全保障会議設置法「改正」案)が国会に提出されて1年になる。
 この三法案とは、米軍の侵攻戦争に追随して兵站基地となるとともに自らも参戦していくための「海外侵攻型有事法制」であり、決して「武力攻撃から国民を守る」などというものではない。想定されているのは北東アジア有事、なかんずく朝鮮半島有事である。これは法案提出直後から、自由法曹団が繰り返し指摘してきた三法案の本質である(第2意見書「戦争動員法案に反対する」=4月18日、第3意見書「戦争動員法案20の疑問=5月10日)。
 三法案の法文の「現在的意味」をいくつか指摘しておく。
 武力攻撃事態法案では、「武力攻撃」が現実化した場合だけでなく、「おそれ」や「予測」の段階で武力攻撃事態を宣言して戦争態勢に入ることになっている。なぜか。ブッシュ・ドクトリンが叫んでいるのは「テロのおそれに対する戦争」であって、「攻撃を受けてから反撃する戦争」ではないからである。
 この法案では、米軍への兵站(物資・施設や業務)の提供が国民に強要される一方で、米軍の作戦には政府も国会もまったく口出しできないことになっている。なぜか。米軍が行う作戦はアメリカだけが決めるのであり、英国とすら相談・協議はしないからである。
 自衛隊法「改正」案では、「予測」の段階から個人の土地や建物を強制使用して防御施設(=陣地)の構築ができることになっている。なぜか。クウェートやカタールでやったように、開戦前に部隊や物資を集結して出撃陣地を構築しなければならないからである。
 これらの法文解釈は、提出直後に自由法曹団が指摘してきたところである。その解釈が正しいことは、その後の「戦争の現実」によってわずか1年にして裏づけられている。

(2) 国会審議と政府答弁が明らかにしたもの

 その有事三法案の国会審議が行われたのは2002年5月。与党が仕かけた「中央公聴会強行劇」が国民的批判と野党の反対で頓挫し、福田官房長官「非核三原則発言」問題や防衛庁の「リスト」問題が噴出したことは記憶に新しい。この第154通常国会の衆議院・武力攻撃事態対処特別委員会での審議では、海外侵攻型有事法制であることを、ほかならぬ政府自身が自認していた(第4意見書「衆議院論戦を検証する」=6月5日)。
 いくつか指摘しておく。
 武力攻撃事態の発動場面。与野党を問わず、「この国の国土に突然攻撃が開始される」などという想定で質問した議員はおらず、問答は「周辺事態法による周辺事態との併存」に終始した。政府の答弁は「周辺事態についての政府の統一見解の『6つのケース』のいずれも、武力攻撃事態と併存することを否定できない」というものであった(5月7日 中谷防衛庁長官=当時)。「周辺事態」とは「難民の発生」や「内乱の拡大」などで米軍が武力行使を行い、自衛隊が後方支援をする事態のことであり、同時に武力攻撃事態になるのは、米軍の後方支援をして反撃される可能性があるためなのである。
 「武力攻撃」の意味。国土や国民への攻撃のみならず、海外にある公館や公海上の艦船への攻撃も含むというのが政府答弁であった(5月8日 福田官房長官)。要するに、イラクやアフガンに空爆を加える米空母に補給している「支援艦隊」に対する反撃が予測されれば、直ちに武力攻撃事態(=戦争態勢)ということである。
 日本側の「武力の行使」の開始。現実にミサイルが着弾したり、発射したりされなくても、「攻撃のためのミサイルに燃料を注入するなどの準備をはじめたら武力攻撃の着手だから、基地を叩くのも自衛権の範囲」というのが政府答弁(5月20日 中谷長官=当時)。「燃料の注入」など自分では確認できないから、米軍から「支援艦隊にミサイルが向けられた」との情報がもたらされたら直ちに攻撃となる。これではブッシュ・ドクトリンと同じように、先制攻撃を宣言しているに等しい。
 これらが、イラクへの戦争の危険がまだ迫っていない5月に行われた政府答弁である。現実の戦争の緊迫感が伴わない「牧歌的」とも言える答弁だが、世界に向けた戦争戦略を展開しているブッシュ政権にとっては「日本政府の公約」の意味を持っている。
 もし、北東アジアで米軍が武力攻撃の態勢に入ったら、この国は「公約どおりの措置」を強要されることになる。政府や閣僚は、自らの答弁の意味がわかっているのだろうか。

(3) 「国民保護法制」による「巨大な後方」 

 国会審議で「国民保護の先送り」の批判を受けた政府は、「先送り」していた「国民保護法制」の検討に着手し、2002年10月末には、法制の「輪郭」を示したという「国民保護のための法制について」を発表した。戦争を大災害と同視して、「避難」や「警報」を災害対策基本法から敷き写ししたに等しいものである。
 人為的に引き起こされる戦争と人間の努力で避けられない災害を混同するのは、「危機管理のイロハ」を没却した誤謬であり、「国民保護法制」は自治体主導の災害対策に中央集権と秘密主義を持ち込む異様なものになっている(第5意見書「有事法制を問う」=10月7日、第7意見書「有事法制・国民動員法制の社会」=12月4日)。
 有事法制と「国民保護法制」が重なり合ったとき、社会をどんな事態が見舞うか。
 すべての地方自治体や民間企業にほかならない指定公共機関や指定地方公共機関は、政府の指示のもとで「有事対策計画」をつくらされ、「有事対応演習」に駆り立てられる。自治体部局のみならず、病院・福祉施設・学校・保健所などのすべての機能が動員され、マスコミ・NPO・事業者・町会・自治会などが根こそぎ組み込まれていく。
 有事法制と「国民保護法制」が形成する社会は、あらゆる分野・機能を戦争態勢に組み込んでいくシステム化された臨戦社会であり、それぞれの分野・機能に及ぼす影響は深刻なものがある(それぞれの分野への影響については、第6意見書「有事法制はいらない 現場からの告発」=10月25日、上記第7意見書)。
 その臨戦態勢の社会は、決して「本土決戦」や「本土空襲」のために準備されるものではない。海外侵攻型有事法制はこの国への「本土空襲」などまったく想定しておらず、現にその可能性は絶無だからである。
 ではなんのための「国民保護法制」か。
 1933年、初の本格的な防空演習である「第1回関東防空演習」が実施された。この演習の経験をもとに、37年には防空法が制定され、市町村の「防空委員会」や「防護団」が設置された。この33年から37年とは「満州国」建国から盧溝橋事件に至る時期であり、推進されていたのは中国大陸への侵略であった。国民党政権軍であれ、中国共産党指導下の工農紅軍であれ、中国側は日本を爆撃できるような空軍を持っていなかった。空襲の現実的危険がないもとで強行された「防空演習」や防空法のねらいは、危機を煽り立てることによって敵愾心をかきたたせ、中国侵略戦争の「後方」を固めることにあった。
 「国民保護法制」の役割も同じである。「自由と民主主義」を標榜する国家が仕かける侵攻戦争は「国民の支持」なしには継続できない。「支持」を獲得するための「最良」の方法は、「敵の脅威」を煽り立てて戦争の「意義」を鮮明に押し出し、「国を守り、自分と家族と近隣住民を守る」共同のシステムのなかに国民を取り込んでしまうことである。
 国民をいやおうなしに組み込む「国民保護法制」は、社会全体を臨戦態勢に組み直し、海外侵攻戦争の「巨大な後方」を形成するのである。

(4) 有事法制の破綻と「修正案」

 2002年2月4日、有事法制の国会提出を表明した小泉純一郎首相の「説明」は、「備えあれば憂いなし」のひと言だった。それから1年余、なぜこのいま有事法制を強行しなければならないかについての、まともな説明はなにひとつなされていない。
 「自衛隊があるから有事法制がいる」だの「有事法制がなければ自衛隊は超法規的行動をしてしまう」だのの「説明」が繰り返されている。本当にそうなら、「自衛隊があって有事法制がなかった」50年近く、なぜ国民も政府も有事法制を制定しようとしなかったのだろうか。
 「テロの危険があるではないか」だの、「米軍に加担する以上、テロの危険は拡大する」だのの弁解ともつかぬ「説明」もされている。だが、「テロや不審船は武力攻撃事態とは別で、別の法律で対処する」というのが政府の説明であり、米軍に加担するのが危険だとわかっていれば、加担しなければいいだけのことなのである。
 「有事法制はどこの国にもある」と、物知り顔で解説につとめる「政治家」や「評論家」もいる。では、「第三国の軍隊をフリーハンドで行動させておきながら、その軍隊への兵站を国民に罰則つきで強要する有事法制法制を持った国がどこかにあるか」と聞けば、その論者はどう答えるだろうか。自由法曹団は法律専門家の集団であるが、かかる恥ずべき法制をもった独立国家を寡聞にして知らない。
 「備えあれば憂いなし」という、一見わかりやすいがまったく内容を伴わない空虚な「説明」で出発した有事三法案の「論理」は、すでに完全に破綻している。その破綻を露呈したのが、「国民保護法制」と併行して与党が準備した「修正案」である。
 「修正案」は、「予測」や「おそれ」を含めた「武力攻撃事態」を、「武力攻撃」と「切迫(おそれ)」の「武力攻撃事態」と「予測」段階の「武力攻撃予測事態」の二つに書き分けたが、この2つは「武力攻撃事態等」としてひとつにまとめられ、地方自治体や民間企業の対処措置や国民の協力義務には全く変わりはない。これまで「修正しても本質が変わらない」というケースはたびたび登場したが、「修正してもなにも変わらない」という「修正」は聞いたことがない。
 その「修正案」には、「不審船やテロリズムへの施策・措置」という条項も書き加えられた。ところが、この「不審船・テロ」条項は、本体の武力攻撃事態や対処措置とはまったく関係のない「独立条項」。これでは宣伝のために「不審船・テロ」条項を掲げる「羊頭狗肉の商法」とでも評するしかない。
 「修正案」で、有事法制の破綻は繕えないのである。

3 戦争加担と有事法制のいきつくところ

(1) 「日米同盟」だのみの世界の孤児

 1994年、アメリカは「核開発疑惑」を口実に北朝鮮への攻撃を強行しようとした。その「朝鮮半島危機」に対応できなかったこの国の政府や支配層に、深い「トラウマ」が残された。「新ガイドライン」を受けて1999年に周辺事態法を強行したが、それに満足しなかったアメリカからは2000年のアーミテージ報告に見られる有事法制の強硬な要求が突きつけられた。「9・11」事件による「報復戦争ヒステリー」と異常なまでの「小泉政権支持率」が、その有事法制提出の「追い風」になった・・これがいまこのとき登場している有事法制の「略歴」であることは、現代史を追えば直ちに理解できる(自由法曹団編「有事法制のすべて」136頁以下)。その「略歴」を隠蔽したい政府が持ち出したのが、「備えあれば憂いなし」という空虚な説明だったのである。
 だが、世界とこの国をとりまく情勢は、その後1年余でさらに激しく展開した。
 国連憲章や国際法を無視したアメリカのイラク攻撃が迫るなか、政府は「仮定の質問には答えられない」だの、「決議なしの開戦となったときの態度は雰囲気で決める」だのの、驚くべき答弁・説明を繰り返した。そして、その「決議なしの開戦」が現実のものとなったとき、直ちに支持を表明した政府のただひとつの説明は「日米同盟があるから」だった。
 湾岸戦争のときの口実だった「国際貢献」も、アフガン報復戦争のときの「テロとの国際的なたたかい」ももはや通用しなくなった。そのとき政府に残ったただ1枚の「カード」は、「日米同盟」しかなかったのである。
 その「カード」は、そのままいまこのときの有事法制にも突き刺さる。有事法制の理由が「日米同盟」しかないこともまた、いまや政府自らが認めるところなのである。
 そのアメリカの道は、世界の支持を受けているか。そうでないことは、イラク討伐戦争やブッシュ・ドクトリンへの世界的な批判と反対が物語っている。戦争反対が圧倒的多数を占めるこの国の世論も変わるところはない。
 ブッシュ・ドクトリンのアメリカは、手をたずさえて進んでいくにふさわしいパートナーか。そうでないことは、あくまでアメリカの国益を追求し、単独での先制攻撃を辞さないユニラテラリズム(単独行動主義)が物語っている。だからこそ世界の圧倒的多数の政府と民衆が戦争に反対し、「西側同盟」の一員のフランスやドイツも強固な反対を貫いているのである。
 「日米同盟」だけを理由にイラク討伐戦争に加担し、有事法制を強行しようとするこの国のいきつくところ・・それはユニラテラリズムのアメリカに追随して世界の孤児となり、最後は捨て去られるというまことに愚かな道にほかならないのである。

(2) 北東アジアにもたらす破滅的事態

 有事三法案が想定するのは北東アジア有事なかんずく朝鮮半島有事・・このことを自由法曹団は指摘し続けてきた。国をあげて兵站拠点になり、地域ぐるみ組み込んだ「巨大な後方」を構築しなければならない戦争は、朝鮮半島での戦争以外にまず考えられず、1994年の「核開発疑惑」での「トラウマ」に端を発する「略歴」もそのことを物語っている。
 アフガン報復戦争・「悪の枢軸」発言をきっかけに、その朝鮮半島で緊張が高まっている。「悪の枢軸」と名指しされた北朝鮮はきわどい「瀬戸際外交」を続け、アメリカではイラクに続く北朝鮮討伐の声が再び高まりつつある。北朝鮮の核施設への空爆に対する反撃を回避させるために、在韓米軍を38度線から後退させるという驚くべき計画も、報道されている。
 この朝鮮半島の緊張に便乗するかのように、拉致問題を口実に北朝鮮脅威論を煽り立てる「政治家」「評論家」の発言や、マス・メディアの報道が繰り返されている。拉致問題は重大な国際犯罪であり人権問題であって、真相の究明と責任者の処断が必要だが、そのことと軍事緊張とはまったく別の問題である。「犯罪があるから戦争準備」などという愚かしい誤謬は、断じて犯してはならない。
 その北朝鮮と「戦時状態」での対峙を続け、はるかに多くの拉致問題などを抱える韓国は、対話路線を選択して民衆の弁護士盧武鉉大統領を選出した。イラク後に予想される米軍の北朝鮮攻撃を防止することが、盧武鉉政権にとっても、韓国民衆にとっても、切実で現実的な課題となっている。
 そのいま、朝鮮半島有事を想定した有事三法案を強行すれば、朝鮮半島の緊張をいやましに高め、ブッシュ政権の北朝鮮討伐戦争の危険を飛躍的に高めることになるのは、火を見るよりも明らかである。
 ブッシュ政権がもし北朝鮮討伐戦争に踏み切れば、この国は国土と国民のすべてを捧げて侵攻戦争のための兵站基地になり、自らもアメリカに追随して参戦していくことになる。有事法制のもとでの朝鮮半島での戦争がこの国に生み出す「地獄絵」は、自由法曹団はすでにシミュレートしている(前掲「有事法制のすべて」80頁以下)。その戦争が、北東アジアの平和に破滅的事態をもたらすものとなることは、あらためて指摘するまでもない。
 いま問われているのは、この国と国民が、再びアジアの民衆に銃を向ける道を往くのかという、本質的でかつ現実的な選択なのである。

おわりに

 なぜそうまでして戦争をやりたがる・・。
 有事法制の登場からこのかた、自由法曹団が抱き続け、指摘し続けてきた根源的な批判である。多くの問題をはらみつつも、戦後のこの国は少なくともアジアに銃を向けることはなく、戦争に踏み出そうとすることはなかった。そのことが、世界やアジアの人々の信頼と評価を生み出してもきた。
 にもかかわらず、いまこの国の政府は、ブッシュ・ドクトリンを発動して違法で非道な戦争の道に突入したブッシュ政権に追随して、戦争の道を往こうとしている。その道が、世界の趨勢に背を向けた孤児への道であり、軍事力が跋扈し恐怖と欠乏が覆う世界への歴史の逆行でしかないことは、イラク討伐戦争の現実が日々証明している。
 自由法曹団と1,600名の団員弁護士は、世界の平和と人間の尊厳をかけて、もう一度言う。
 そんな道をたどってはならない。往くべきは平和の道。
 戦争の道を往く有事法制関連三法案は、直ちに廃案にされねばならないのである。

世界的な反戦・非戦の声のもと
有事法制関連三法案を直ちに廃案に
2003年4月2日
編 集  自由法曹団有事法制阻止闘争本部
発 行  自由法曹団          
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