<<目次へ 【意見書】自由法曹団
意見書(その1) |
労基法「改正」の解明 ―労働法制全面「改正」批判 |
2003年4月 自由法曹団 |
第1 解雇の自由化につながる条文新設について
1 法案の内容
2 問題点
(1) 原則に逆行する「解雇の自由化」
(2) 現在の判例ルールの引き下げ
(3) 改悪の狙いを示した「カネで片付け」方式
(4) 就業規則への解雇事由明記は歯止めにならない
(5) 世界の労働のルールにも逆行
(6) 労働現場に与える重大な悪影響
3 意見 〜私たちの要求〜
第2 有期雇用契約の期間延長について
1「法案」の内容
2 問題点
(1) 不安定雇用への置き換えを加速する有期雇用の上限緩和
(2) 98年国会審議での確認すらもないがしろ
(3) 低い労働条件で働かざるを得ない有期契約労働者
(4) 有期雇用上限引き上げのニーズはない
(5) 雇用期間の延長が保障されるわけではない
(6) 退職の自由を制限する危険性
(7) 家族的責任を果たして働き続ける権利を侵害する
(8) 有期雇用契約は限定的にしか認めないのが世界の流れ
3 意見―私たちの要求
第3 企画業務型裁量労働制(労基法38条の4)の要件緩和について
1 法案の内容
2 問題点
(1) 導入の要件緩和
(2) 裁量労働制が導入された職場では労働時間が増えている
(3) 裁量労働制により招かれた過労死事件
(4) 国会審議で指摘されていた長時間・過密労働の危険
(5) 企画型裁量労働制を拡大する必要はない
3 意見―私たちの要求
政府は去る3月、労働基準法「改正」案ならびら職業安定法及び労働者派遣法の「改正」案について閣議決定し、あいついで国会に上程した。
自由法曹団は、昨年12月、厚生労働省労働政策審議会の建議が出されたときに、直ちに、今回の一連の「改正」が1885年の労働者派遣法制定と職業安定法「改正」、87年労働基準法(「労働時間法制」)「改正」に始まった労働法制「改正」のいわば〃総仕上げ〃になる全面改悪であることを指摘した。そして、ひきつづき法理と労働現場の実態に照らして、その問題点を解明するとともに、いま真の改正として「なにをなすべきか」について、見解を発表してきた。
自由法曹団は、各法案が国会に上程され国会審議が始まる現時点において、この間の論議を踏まえて、あらためて私たちの見解をここに明らかにする。
労基法「改正」に絞る 本意見書は、全面的な労働法制改悪のうち、労働基準法の「改正」、具体的には、(1)いわゆる「解雇ルール」、実際には解雇の自由化、(2)短期雇用契約の拡大、つまり〃使い捨て労働〃の拡大・合法化、(3)裁量労働の拡大、つまり1日8時間労働制の大幅解体と不払残業の合法化の3点に絞って解明するものとする。なお、(2)の短期雇用契約の拡大と密接に連動し、「使い捨て」の不安定雇用の拡大となる労働者派遣法及び職業安定法の「改正」については別途意見書(その2)において解明することとする。
自由法曹団の立場―一貫した視点 私たちのこの意見書は、5300万労働者とその家族の誰もが心から願う「人間らしく生きたい」「安心して平等に人間らしく働きたい」という切実な要求を大切にし、これを危うくするルール「改正」に反対し、よりましなルールを確立するためにどうしたらいいかという視点に貫かれている。
自由法曹団は、1921年に創立され、今日まで81年の歴史を持ち、現在約1600人の弁護士を結集した人権団体である。一貫して、労働者・国民の人権の擁護のために活動してきた。こうした活動のなかで国民の大多数を占める労働者とその家族の人権を守ることを絶えず重要な弁護士の責務と位置付けて取りくんでいる。その活動は多岐にわたるが、たとえば裁判事件だけでも解雇裁判、女性労働者や未組織労働者の差別是正・権利擁護裁判、労災・職業病裁判など数千に及ぶ。こうした裁判を通じて「整理解雇の4要件」や臨時工の雇い止めの違法、労働条件の不利益変更禁止など重要な判例ルールの確立に貢献してきた。団は労働のルールそのものについても、改悪に反対しつづけるとともに、「整理解雇の4要件」の法制化など改良を求めて持続的に活動してきている。国会の審議でも、派遣法制定、「女子保護」規定の撤廃問題、新裁量労働制の導入問題などについて団員が参考人として、団の集団討議に基づく意見を述べるなどの活動をしてきた。
こうした活動を通じて得た知識と経験に照らして、私たちは、今回の「改正」(本意見書では労基法の「改正」)について極めて重大な問題があると痛感している。そして、憲法をはじめとする法と判例上のルール、そしてなによりも目の前の労働者の労働実態に照らして、これ以上の〃総仕上げ改悪〃を許すわけにはいかないと確信する。
「立法事実」としての労働状況 90年代後半から、一連の労働法制「改正」を活用して、かつてないリストラ「合理化」が拡がっている。その結果、完全失業率は5.5%(本年1月)、完全失業者約360万人、実質失業率は10%、実質失業者は700万人を前後するという事態が生まれている。しかも、期間の定めのない「安定雇用労働者」の比率は急速に低下し、パート、派遣、そして短期契約社員が急増し、3割になっている。女性労働者について言えば、後者は約5割に達している。しかも、未来を担う若年労働者の失業率は男性で11%、女性で9%に達するという惨状である。
職のある労働者であっても、人減らしと不安定雇用労働者との置き換え攻撃を強いられるなかで、人間的な労働とは言えない状況下におかれている。長時間・過密労働に駆り立てられ、推計1万人を超える過労死、さらには過労自殺、あるいはリストラ自殺が中高年令男性労働者に激増しているという状況に追いつめられているのである。このような労働状況は、労働者から大幅にその所得をも奪っている。大企業に蔓延するモグリ裁量労働などによる残業代の喪失、完全失業での賃金喪失などの被害を合わせれば、労働者の賃金喪失は数十兆円の規模に達するといわれている(『労働運動』3月号、篠塚裕一)。こうした動かすことの出来ない事実こそがどんな法律にすべきかをきめる「立法事実」である。
世界のルールなみのルールを すでに、いま目の前に拡がっている現実(「立法事実」)は5300万の労働者とその家族に大量かつ重大な、時には生死に関わる人権侵害が起きていることを示している。だが、一部の規制緩和万能論者は、今回の「改正」は経済再建のために必要なことだという。それどころか、これによって、日本は「光輝く国」になり、雇用は増え、労働者は働きがいのある労働になるとまで主張している。
しかし、すでに述べたように事実は全く違っている。労働者の人権侵害が多発しているだけではない。こうした事態を放置しておいて、この国の経済が好転するということはあり得ない。そのことは、リストラ「合理化」を強行し、大企業らが「V字型黒字」を出しても、不況はさらに深刻化し、株価が下落し続けている現実が証明している。また財界らは、グローバリゼーション下のメガコンペティション(大競争)に勝ち抜くために「グローバルスタンダード(国際基準)」で行動しなければならないとも言う。しかし、グローバルスタンダードであるILO諸条約(たとえば158号「使用者の発意による雇用の終了に関する条約」)や、EU指令(たとえば大量解雇指令)及びこれに基づくドイツ、フランス、イタリアなどの法制を見れば、我国の労働現場で起きていることは、全くこれらのルールに反している。そして一連の労働法制「改正」がその内容においても基本方向においても、グローバルスタンダードにさらに逆行するものであることは明白である。
いま必要なことは、日本国憲法がすでに明記している生存権・労働権を実質的に実現するために、グローバルスタンダードである国際労働基準に合致する明確な労働のルールを確立することである。それこそが憲法をこの国に生かすことであり、かつ、デフレ経済を好転させていく合法則的な道である。労働者の人権をさらに侵害し、世界のルールに反する改悪を強行することでは断じてないのである。
本意見書の構成―国会審議の重視 以上の基本に立って、私たちは現行の労働のルールと労働現場の実態を踏まえて、本意見書を作成し、ここに提出する。
なお、その際、いままでの労基法「改正」にあたっての国会審議を重視した。一連の労働法制(労基法)「改正」の審議にあたって、各党及び各議員は様々に「改正」の問題点を指摘した。その結果、「改正」法案に重要な立法上の〃歯止め〃をかけ、かつ、行政指導上の約束をさせ、弊害を阻止するための付帯決議がされたことを私たちは貴重な成果だと考える。そして、こうした国会審議の成果を、わずか数年しかたたず、しかも指摘された弊害が杞憂ではなく、現実のものであったことが明白になっているにもかかわらず、つまり「立法事実」を無視して〃歯止め〃を取り去る「改正」を提起するのは政府として議会制民主主義を冒涜するものだとつよく思う。
国会審議の成果を無にしてはならない。国会が「利益至上」の財界の「奉仕者」としてではなく、真に国民の「奉仕者」として、審議をつくし、労働者・国民の要求に応えられることを心から願い、そうした立場から国会審議の成果をこの意見に引用した次第である。
労働基準法においては従来、解雇理由に関する規定がなかったところ、次の条文を新設する。
「使用者は、この法律又は他の法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる。ただし、その解雇が、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」
また、就業規則の必要的記載事項に解雇事由を含めることとする。
(1) 原則に逆行する「解雇の自由化」
EU諸国では解雇についての厳格な制限が法律で定められているのに対して、日本では、30日間の解雇予告制度、業務上の傷病による休業や産前産後休業中(及びその後30日間)の解雇制限などのごく限られた場合のほかには、解雇を制限する法律の明文規定を欠いている。こうした立法の不備のために横行してきた解雇に対して、労働者・労働組合が長年のたたかいを積み重ねてきた結果、後述のとおり解雇には正当な理由を要することが判例として確立されてきた。しかし、90年代後半からかつてない規模でリストラ「合理化」が押し進められ、判例をも無視した無法な便乗解雇などが横行するなかで、解雇を規制する立法の必要性はますます高まってきている。
ところが、法案の条文は、使用者は原則として労働者を自由に解雇できることをまず本文で正面から規定し、理由のない解雇は無効とされる旨を但書に規定して例外的なものと位置付けた。これは、解雇を「規制」するどころか正反対に、解雇は原則として使用者が自由に行えるものであることを正面から規定する、つまり新たに「解雇自由」の原則を明記するものにほかならない。
労働基準法は、市民法上は自由とされる使用者の行為に制限を加え、憲法27条が保障する国民の勤労権を具体化することを基本的な目的としている。その労働基準法に「使用者の解雇の権利」を正面から規定する条文を設けることは、こうした労働基準法の本来的目的にも憲法27条の要請にも真っ向から反する。
(2) 現在の判例ルールの引き下げ
使用者の解雇権行使については、1975年の日本食塩製造事件最高裁判決で、「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できない場合には、権利の濫用として無効となる」とされている。これは、解雇には正当な理由が必要である旨を判示したものであり(「最高裁判例解説民事篇昭和50年」での最高裁調査官による解説も同旨)、使用者側が解雇に正当な理由があることについての立証責任を負うというのが現在の判例ルールである。
さらには、経営上の都合による解雇についてはいわゆる「整理解雇の四要件」(注1)を満たしていなければならないことが確立した判例となっている。
ところが、法案のように、正当理由のない解雇が無効とされることを例外(但書)として規定することになれば、「解雇に客観的合理的理由がないこと」を労働者側が立証しなければならなくなる。これでは、不当な解雇を裁判で争わなければならない労働者に致命的な困難を強いる結果となる。ほとんどすべての証拠を会社側が握っている労働裁判において、「客観的合理的理由がない」ことを労働者側が立証し尽くすことは著しく困難であり、このような「改正」案は、現在の判例ルールをより解雇しやすいように引き下げるものである。
厚生労働省は、今回の法「改正」案を検討するにあたり、紛争の迅速な解決のために判例において確立している解雇権濫用法理を法律で明記することをうたっていたが(建議)、判例ルールを明文化するのであれば、「改正」案のようにまず解雇ありきとするのではなく、素直に「正当な理由がなければ解雇できない」と本文に明記すべきである。
(注1) 整理解雇の四要件
(1) 人員整理を行わなければならない経営上の差し迫った必要性があること
(2) 整理解雇という手段を回避するための可能なあらゆる努力を尽くしたこと
(3) 対象となる労働者及び労働組合に対して納得が得られるように十分な説明を行い誠実な協議を尽くしたこと
(4) 解雇対象者の人選基準が客観的・合理的で、その適用が適正・公平に行われたこと
(3) 改悪の狙いを示した「カネで片付け」方式
今回の法「改正」が解雇を原則「自由化」しようと狙ったものであることは、無法な解雇に対する裁判上の救済の道を事実上閉ざす仕組みをも盛り込もうとしていたことにも示されている。
すなわち、厚生労働省は、今回の「改正」法案づくりのなかで、裁判で解雇が「例外的」に違法・無効とされた場合であっても「職場復帰が困難」などの一定の要件が認められるときには、使用者は厚労相が定める基準の金銭支払と引換による雇用終了の申立ができる、という制度を新設することまで具体的に検討していた。それは、違法な解雇を強行した使用者が労働者から裁判で争われ、さらには敗訴したとしても、いわば「金で有無を言わさずに始末をつける」ことを、解雇は無効だと判断した当の裁判所の手で強制させようという途方もない制度であった。
この「金銭解決」制度の新設は、今回の「改正」法案のなかに盛り込むことは見送られ「今後の検討課題」とされた(注2)。しかし、今回の一連の労働基準法「改正」が、解雇を容易にしつつしかも現職復帰の道を断つことにより、雇用保険法の改悪等とも並んで雇用のいっそうの流動化をはかろうという狙いをみごとに示しているのである。
(注2) しかし、本年3月28日に閣議決定された「規制改革推進3カ年計画(再改訂)」のなかでは、「解雇の際の救済手段として、職場復帰だけでなく『金銭賠償方式』という選択肢を導入することを検討し、その結論を早急に取りまとめ、第156国会に法案提出等所要の措置を講ずる。」とされており、決して断念されたわけではない。
(4) 就業規則への解雇事由明記は歯止めにならない
ア 就業規則を定めるのは使用者である
法案は、解雇事由を就業規則の必要的記載事項とする、つまり、解雇事由については必ず就業規則に定めておくべきこととしている。これは解雇基準を明確化し、解雇の規制につながるかのように一部では主張されているが、実際には何ら歯止めになるものではなく、むしろ運用次第では解雇を促進する機能すら有することになる。
たしかに、現在の裁判実務では、就業規則に定められた解雇事由は、これに該当する事実がない場合にはそもそも解雇は許されないものとして扱われている。
しかし、最大の問題は、就業規則にどのような解雇事由を設けるかは最終的には使用者に委ねられているということである。このため、現実には、リストラ「合理化」を押し進めようとする企業は、就業規則のなかに自らに都合のよい「解雇事由」をあれこれと数多く書き込むことができる。これまでにも「素行不良」だとか「社内の風紀秩序を乱したとき」などといった抽象的な条項を就業規則に設けておいて、些細なことでこの条項を用いて懲戒解雇を行った事例を私たちは数多く経験している。いくら就業規則に解雇事由を書き込もうと、これでは何ら歯止めにはならないのである。
イ 解雇「自由化」規定と連動
しかも、これまでとは異なり、解雇は法律上原則として自由であって、例外的に無効となる場合があるとされてしまったのでは、就業規則の解雇事由に関する定めが持つ意味も、裁判上、大きく変わってこざるを得ない。
たとえば、リストラ「合理化」に伴う“業務縮小”を理由に解雇された労働者が裁判で争った場合について具体的に見てみよう。現在の裁判実務では、使用者側は、就業規則上の解雇事由に該当することだけでなく、「整理解雇の四要件」をもみたしていることを具体的に証明できなければ原則として敗訴する。ところが、法「改正」が実現されてしまった場合には、労働者が従来の「整理解雇の四要件」に反する違法な解雇だと主張しても、使用者は「解雇は原則自由であることが労基法にも規定されている。しかも、就業規則には解雇事由として“業務縮小の場合”と明記してある。」「もし、権利濫用だと言うならば、労働者側で疑問の余地のないところまで証明せよ」と主張することは目に見えている。そして、裁判所は、労働者側に対して解雇権濫用にあたることを具体的に立証するよう求め、これが達成できなければ解雇無効の判決を得ることができなくなる危険は現実のものとなろう。
(5) 世界の労働のルールにも逆行
ILO158号条約は、「使用者の発意に基づく雇用の終了」には、労働者の能力・行為に基づく妥当な理由又は企業運営上の妥当な理由が必要である旨を規定するとともに、雇用の終了に妥当な理由があることの挙証責任は使用者にあるとの考え方を示している。つまり、正当な理由があることを使用者が証明できなければ、解雇は無効だとされるのである。フランス、ドイツ、イタリアには、それぞれ解雇規制法が存在し、解雇には「真実で重大な理由」(フランス法)、「社会的相当性」(ドイツ法)、「正当理由又は正当事由」(イタリア法)が必要であると規定されている。そして、いずれにおいても、解雇にいたった正当理由の挙証責任は使用者側にあるとされている。
解雇が自由であると考えられがちのアメリカにおいても、実際上は、公民権法や差別禁止法等によって使用者の解雇権は厳しく制限されている。経営側の立場で労働問題を担当する弁護士も、「わが国の整理解雇の四要件はルールとして大変よくできており、アメリカでもその考え方で行動しないと敗訴する」「解雇理由としては、非常に説得力のある事情が現実に要求されてくる」と指摘しているのである(経営法曹研究会報第14号「米国労働雇用法及びその実務の特殊性」)。
「使用者は正当な理由なくして労働者を解雇することはできない」「正当な理由についての挙証責任は使用者側が負う」というのが世界の労働のルールなのである。
(6) 労働現場に与える重大な悪影響
労働基準法は、労働現場に広く普及している法律であり、使用者の行動を規制するルールとして強い影響力をもっている。その労働基準法が「改正」され、解雇についての裁判が大きく変えられることは、裁判以前の段階で大きな変化をもたらさずにはいない。
第1にそれは、なによりもまず使用者の行動を変化させずにはおかない。とりわけ大企業は、労務・法務部門などが裁判所の動向に注目して判例の調査・分析等を行いながら人減らし「合理化」の様々な手法を考えていることから、即座に反応することだろう。また、判例までは知らない経営者であっても、労働基準法に解雇は原則として自由であることが新たに規定されたことを知れば、安易な解雇に走る事態が急増することは必至であろう。そのうえ、裁判で争われても敗訴する心配が大きく減るのであれば労働者を解雇することについての抵抗感は現在よりもはるかに軽いものとなるのである。
第2に、労働者の側は、現在でさえ、解雇の効力を争うことをあきらめてしまうことが少なくないが、解雇が原則自由なんだと言われれば、さらにいっそう不当・違法な解雇に対して抵抗しようという気持ちは失われてしまうであろう。こうして安易な解雇が横行するもとでは、解雇に怯える労働者は労働条件の改善を求めることにも消極的とならざるを得ず、いっそう劣悪な労働条件を押し付けられることにもなる。
さらには、解雇が急増するもとで、労働基準監督署・労政事務所などの各種相談窓口では、解雇制限についての判例をもとに使用者を説得して多くの早期解決を実現してきた実績がある。しかし、解雇自由を原則とする法「改正」が実現されてしまった場合には、これまでのような説得にもとづく解決は著しく困難となるだろう。
「はじめに」でも述べたが、長期化するデフレ不況の中で、完全失業率は過去最悪の5.5パーセント、完全失業者は約360万人(本年1月)となっている。リストラ万能の風潮の中で、いざというときに備えて消費を抑制する傾向が顕著に現れ、そのことが不況をさらに深刻なものとしていることはいまや常識となっている。さらに、リストラによる生活苦から自ら命を絶つという痛ましいケースすら多発しており、これによる自殺遺児の増加という社会的に看過しえない問題状況が生じている。このような社会情勢の下で、あえて、解雇をやりやすくする法律を作ることは、社会経済政策としても間違っている。
以上をふまえて、労働基準法に規定すべき解雇ルールを考えるならば、法案のそれとは異なり、以下のようにすべきである。
(1) 法案の第18条の2本文「使用者は、・・・・労働者を解雇することができる。」を削除する。
(2) 「使用者は、正当な理由がなければ、その雇用する労働者を解雇することができない」との規定を設ける。なお、正当理由の立証責任が使用者側に課されるべきはもちろんである。
(3) 「正当な理由」の例示として、判例として確立している「整理解雇の四要件」を労基法に具体的に明記する(注3)。
(注3) この法文を盛り込むことで、就業規則にたくさん解雇事由を書き込み、解雇を濫発することを防ぐことができるであろう。
(1) 有期労働契約の期間の上限を、
ア 原則3年(現行1年)
イ 高度で専門的な知識等を有する者及び満60歳以上の者は5年とする。
(2) 有期労働契約の締結及び更新・雇止めに関する基準を定める根拠規定を法律上設け、当該基準に基づき必要な助言及び指導を行うこととする。
(1) 不安定雇用への置き換えを加速する有期雇用の上限緩和
ア すでに進んでいる常用雇用から不安定雇用への置き換え
有期雇用契約の上限引き上げは、派遣労働の一層の要件緩和とともに、安定して働き続けたいという労働者の要求に背を向け、常用雇用の原則を、不安定な非正規雇用を原則に逆転させるものである。労働者を低労働条件で使い捨てることにつながり、「改正」による影響は極めて甚大なものとなる。
失業率が増加する中で、既に有期雇用契約労働者の占める割合は増大しており、非正規雇用への置き換えが進んでいる。
2002年10〜12月の労働力調査では、役員を除く雇用労働者に占めるパート・アルバイト・契約社員・派遣社員などの雇用労働者数は30.5%にのぼっており、1500万人を超えている。女性では50%が非正規雇用労働者である。
厚生労働省の調査では企業の7割が有期契約の非正社員を雇用している。
日本チェーンストア協会に加盟するスーパー102社では、全従業員に占めるパート従業員の割合が6割になっている。正社員は1981年以降最低の16万人に減少しており、人件費の安いパートは27万人と、置き換えが進んでいる(2003年3月13日・共同通信)。
近畿日本ツーリストは2005年までに正社員を1000人削減し、契約社員の現在の比率20%を34%にまで引き上げ、店頭販売部門の8割を契約社員にすると発表している(2002年12月23日・日本経済新聞)。
航空業界では、1994年に1年契約を2回のみ更新する契約制の客室乗務員が導入された。労働組合などの働きかけによって3年経過後の正社員化の道が確保されはしたが、契約社員は時間給で平均時間単価は1000円から1800円、退職金はなく、正社員と同一の乗務をしながら賃金は6から7割程度である。自宅通勤でない者は自分の収入だけでは生活を維持できずに親から家賃を援助してもらっているという。また、時給制であることと、契約更新の可否を懸念して体調が悪くても無理をして乗務をする実態がある。航空10社の約14000人の客室業務員のうち、現在契約制であるか、契約制として入社して後に正社員となった客室乗務員は既に50%に達している(客室乗務員連絡会ホームページ「客室乗務員の労働実態と契約制客室乗務」)。
仕事の内容は正社員とほとんど変わらないのに賃金は月に手取り20万円に満たない嘱託社員として出版関連会社で働いてきた女性が、5年後に契約社員にするという名目で日給から時間給に変更させられ、さらに半年後には時間も短く、年収が100万円に減額されるパートになるように迫られた等(2003年4月4日付け朝日新聞)、人件費削減の目的で有期雇用契約への切り替えが行われている。
すべての業務について有期雇用契約の上限を3年に引き上げることは、常用雇用から低労働条件の不安定な非正規雇用を原則に逆転させることになる。
イ さらに有期雇用の上限引き上げは若年定年制をも復活させるものである。
若年者については正規常用労働の割合は著しく低下し、期間の定めのある契約が増加しており、雇用の不安定化に拍車をかけている。
2003年2月の労働力調査では、若年失業率(15〜24歳)は男性で11%、女性で約9%と全体の倍の比率になっている。高卒男性の就職は、この10年ほどの間に正社員が64%から35%に激減し、パート・アルバイトは19%から45%に急増している(日本労働研究機構「調査報告書No.146 大都市の若者の就業行動と意識」2001年10月発表)。
有期雇用契約の無限定な拡大によって、若年労働者の使い捨てが進む危険性は大きい。
(2) 98年国会審議での確認すらもないがしろ
1998年の労働基準法改正によって特定の業務について3年有期雇用が導入されたが、このときも若年定年制の復活と安易な雇用打ち切りが進むことが懸念された。
衆議院の審議においては、参考人から、「労働者にとっての働き方の多様化というより、企業にとっての3年間の試用期間につながる」(山田省三参考人)、「労働者の実態をみると1年契約でもトラブルが生じており、3年有期雇用の導入によって終身雇用が減ると思われる」(桑原昌宏参考人)、「労働力のジャストインタイム、若年定年制につながる」(熊谷金道参考人)など、不安定雇用への置き換えが一気に加速化されることが指摘された。
こうした指摘を受け、国会審議では「3年有期雇用については、労働契約期間の上限の延長に係わる專門的知識等であって高度のものとして労働大臣が定める基準を設定するに当たっては、若年定年制や有期雇用のいたずらな拡大につながることを避けるため、客観的に判断しうるものとなるよう慎重に対処すること」という附帯決議が付された。
また、有期雇用契約について、1年以下の労働契約を反復更新した場合には期間の定めのない契約に準じて雇用打ち切りが制限される判例法理があるところ(東芝柳町工場事件・最高裁1974年7月22日判決)、3年有期雇用の導入によって、有期雇用契約の労働者の使い捨てが懸念されることから、附帯決議において「有期労働契約の反復更新の実態、裁判例の動向等について専門的な調査研究を行う場を設けて積極的に検討を進め、その結果に基づき、法令上の措置を含め必要な措置を講ずること」との確認がなされた。
有期雇用契約については、こうした国会審議で指摘された懸念について、実態を踏まえて慎重に対応することこそ必要なのである。
ところが、国会審議で要請された若年定年制や有期雇用のいたずらな拡大をふせぐための対処は何らなされないまま、本来厳しく限定されていた3年有期雇用の対象業務が2002年の省令改正によって、大幅に拡大されてしまった。
このような状況でさらにすべての業務について有期雇用契約の上限を1年から3年に引き上げることは、不安定な有期雇用への置き換えを加速化させることになり、国会における審議をもないがしろにするものである。
(3) 低い労働条件で働かざるを得ない有期契約労働者
ア 「人件費節約のため」「正社員として働ける職場がない」
3年有期雇用契約の導入にあたって政府は、「高度な専門的能力を発揮したいという労働者と、その能力を必要としている企業との意思が合致し、そのことによって労働者が有利な労働条件を確立していく」(1998年5月8日伊藤労働基準局長)と答弁していたが、実態を見れば、短期有期雇用労働者は、実際には正規労働者に比して不安定で低劣な労働条件で働くことを強いられている。
国会の附帯決議等を踏まえて、労働省は2000年9月に「有期労働契約の反復更新に関する調査研究会報告書」を発表した。これによれば事業所が有期契約労働者を雇用する理由としては「人件費節約のため」が多く、パートタイマーでは67.6%にも及んでいる。そして、54%の事業所が雇用調整を有期契約労働者から行うと回答しており、有期契約は人件費節約を目的とし、安易に雇用調整ができる不安定雇用労働者を作り出していることは明らかである。
一方、労働者が有期労働契約を締結する理由としては、約3割の労働者は「やむなく」と回答しており、とくに正規社員と勤務時間が同じまたはそれ以上の長時間パートでは39%と高くなっており、「正社員として働ける職場(会社)がないから」有期労働契約で就業しているという回答も41.2%になっている。「契約期間が自分の希望に合っていたから」有期労働で就業していると回答した者は有期契約労働者全体でも14.8%にすぎない。この調査における平均年収は、パートタイマー145.8万円(短時間パートタイマー124.7万円、長時間パートタイマー215.1万円)、臨時雇238.5万円、契約社員334.4万円と正規社員とほとんど労働時間が変わらない労働者も200万円から300万円程度の年収にしかなっていないことがわかる。
また、過去に雇止めの経験がある労働者の過半数は不満を感じており、更新回数や勤続年数が増加するほど雇止めに対する不満の割合も増加している。
この調査では「結局裁判例全体の傾向を明らかにすることは困難であった」とし、政府は未だ国会の附帯決議が要請した「法令上の措置を含め必要な措置を講ずること」について応えていないままである。
イ 実態に反する「高い労働条件」の政府答弁
日本労働研究機構が2002年12月に発表した「有期契約社員に関する調査」では、特例の有期契約社員の労働時間は正社員の平均と「かわらない」が65.2%を占めるが、昇給については「ない」が65.2%で、「ある」の34.8%を上回っている。3年有期雇用の導入によって、労働者が高い労働条件で働けることになるという政府の答弁は実態に全く反しているのである。
ウ 雇用打ち切りを振りかざした低労働条件の押しつけ
短期有期雇用契約の導入は労働条件の向上とは無縁であり、むしろ労働条件の引上げを求めれば、そのような労働者とは雇用の継続を行わないと雇用を打ち切られる危険性は大きい。
ホテルにおいて形式的に「日々雇用」とされながら、熟練を要する大量・多種の食器の洗浄管理の仕事を14年も続けてきた労働者が、会社から月額5万円前後の賃下げに同意しないと雇い止めにするといわれたため、雇い止めを避けるためにいったん賃下げ提案には承諾するが、裁判所で争う権利は留保すると答えたところ、会社は無条件の同意でないから認められないとして雇い止めにしてしまった事件で、東京高等裁判所は、会社の労働条件変更に異議を述べるような労働者の雇用を維持することは「今後も、会社経営合理化、経費削減をしていかなければならない会社に酷だ」という理由で雇い止めを認めてしまった(ヒルトンホテル事件・2002年11月26日判決。労働者側上告中)。この判決は極めて不当であるが、有期雇用契約の要件が緩和されれば、このように労働条件の不利益変更に異議を述べたり、労働条件の引き上げを求める労働者は排除される危険性がより大きくなるのである。
政府が行うべきことは、安易な有期契約の上限引き上げではなく、有期雇用契約労働者の実態を踏まえ、安心して均等な待遇で働けるために必要な法令上の措置を講ずることである。
(4) 有期雇用上限引き上げのニーズはない
建議では「雇用形態の多様化が進んでおり、このような状況の下では、有期労働契約が労使双方にとって良好な雇用形態として活用されるようにしていくことが必要」とされているが、労働者にとって、有期雇用契約の上限引き上げによる多様な働き方のニーズがあるというのもまやかしにすぎない。
ア 正社員の道を閉ざされたためにつくられた「ニーズ」
本来、なじみの職場で働き続け仕事のうえでの技術や技能を高めることは、労働者の誰もの要求である。また、職場の同僚との人間関係は家庭と地域のそれとともに価値があり、だから人はなじみの職場に定着して働き続けることを一般に望むものである。
この本来の望みを捨てて、派遣や短期雇用など「多様な働き方」に従う労働者が増えてきている最大の理由は、正社員の道を閉ざされ働こうにもまともに働くことができないためである。企業の倒産とリストラ「合理化」によって失業者は著しく増えている。
解雇された多数の労働者、とくに中高年労働者にとって再就職の道は厳しく、何時でも容易に解雇される短期雇用などしか求人はないのが実情である。
また、女性の正杜員採用は、もともと男性に比べて少なかったうえに、大手商社等は軒並みに女性一般職(事務職)の採用を止め、派遣労働者の採用に切りかえている。
新卒者の就職難は深刻な状況にある。本年1月16日発表の文部科学省・厚生労働省調査結果「平成14年度大学等卒業予定者の就職内定状況調査(12月1日現在)について」によれば、大学・短大・高専の新卒予定者の就職内定率は、全体の平均で74.8%,うち大卒予定者は76.7%にとどまり、前年に引き続いて深刻な水準にある。とくに注目されるのは、就職希望率自体が全体で70.3%,大卒予定者は69.9% という低水準にあり、にもかかわらず内定率が上記にとどまっているのである。
安定して働きたいという労働者の大半がもっている要求を拒否し、働く道を閉ざし、不安定雇用労働者として働く以外になくしておいて不安定雇用を労働者が求めているからそれに応えるというのは逆立ちした主張である。
イ 非人間的な働かせ方への反発の逆用
正社員として働くことを避けて「自分の働きたいときに自由に働きたい。自分の時間を大切にしたい」という声は若年者の中にはあるかもしれない。これはしかし、サービス残業や年休取得もままならい長時間過密労働、単身赴任や人事考課を通じての企業への全人格的忠誠を求められることの多い正社員の非人間的な働き方への反発から生まれている「要求」である。
こうした非人間的な働き方を避けたいという要求の一方で、若年者は安定した働き方を強く望んでいる。
フリーターとして就労する若年者は「自由な時間を多くとれる」というメリット以上に「いざという時の保障がない」というデメリットを指摘する者が多く、生活が安定しない、病気したときに収入がなくて困る、将来に不安があるなどの指摘が続いている。そして将来は定職に就きたいという者が大半であり、正社員化への希望を持っている者が55.5%にのぼっている(リクルートワークス研究所「アルバイターの就労などに関する調査」2000年6月5日実施)。若年者にとっては将来にわたって人間らしく働き続けることができる雇用こそが要求なのである。
ウ 雇用形態の多様化は労働者の生活に幸せをもたらすのか
派遣や短期雇用など「多様な働き方」は労働者に充実した生活と幸福をもたらすものではない。
派遣や短期雇用は雇用が不安定なうえに、ごく一部の専門職を除いてはなかなか結婚もできないほどの低賃金で、同じ仕事をしている正杜員の賃金の2分の1、3分の1以下という状況である。仮に結婚しても子供が生まれるとその養育と教育に困難をかかえることになる。雇用が不安定なため家のローンも組むことができないので生活設計が立たず、しかも職を変えるたびに賃金など労働条件が低下していく傾向を逃れられないのが現実である。派遣や短期雇用の増大を労働者の二―ズによる積極的なものと声高に言うのは、こうした現実をことさらに覆い隠す作為的なものである。
今求められるのは派遣や短期雇用など不安定雇用を拡大することではなく、正杜員の長時間過密労働をなくして、安心して働くことができる機会をもっと増やすことである。
有期雇用契約の上限引き上げの「ニーズ」があるのは、労働者を安く使い捨てにしたいという財界の側なのである(注4)。
注4 なお、先の日本労働研究機構の「有期契約社員に関する調査」では、企業側でも、特例の3年有期雇用について、「現状のままでよい」という企業が59.8%で、「3年契約では支障があるので、3年よりも長い期間に延長する方がよい」という回答は3%にすぎなかった。また、一般の1年有期雇用についても、「現状のままでよい」が58.3%で、「1年契約では支障があるので、1年よりも長い期間に延長する方がよい」という回答は5.5%にすぎなかった。
(5) 雇用期間の延長が保障されるわけではない
3年有期雇用になれば、現在1年以下の雇用契約で就労している労働者の雇用期間が3年に引き上げられ、雇用期間の延長につながり、今より雇用が保障されるのではないかという意見が一部にあるが、まったくの誤解である。
有期雇用の上限が引き上げられれば、使用者は自らに都合のよい期間で雇い入れることが可能になる。ソフトウエアの開発など短期間に集中的に使いたい場合には3年限りの契約を締結するであろう。しかし、上限引き上げによって有期雇用そのものが拡大することになれば、正規雇用に変わって使用者の都合で半年や1年といった有期雇用契約も広範に導入されることになり、これらについて3年の雇用が保障されるわけではないのである。
また、先に述べた東芝柳町工場事件最高裁判決や、契約更新を繰り返してきたパート労働者に対する解雇について十分な解雇回避努力を欠いた雇い止めを無効とされるなど(三洋パート事件・大阪地裁1990年2月20日決定)、有期労働契約の雇い止めについての積み重ねられた判例理論に従えば、契約更新を重ねた場合は、「雇用契約期間の終了」を理由にした解雇は制限される。しかし、最長3年ということになれば、使用者は契約更新をせずに雇い止めにするか、仮に更新をしても1回程度とした方が、人件費コストの点でも、雇い止めの効力をめぐっての労使紛争を防ぐ上でも有利になると判断するであろう。
3年上限ということになれば、今までの1年上限より、使用者にとって、雇用契約期間の設定について選択の幅が広がるので、使い勝手がよくなるが、労働者側にとっては雇用がいっそう不安定になるだけである。
(6) 退職の自由を制限する危険性
3年有期雇用契約が結ばれれば、3年間は労使双方に契約履行の義務が生じる。労働者は3年間は労働の義務を負い、中途で退職を申し出れば損害賠償を請求される危険さえ生じる。
現に、有期雇用契約の中途で退職した労働者に対して、使用者が労働者に対して損害賠償を請求する事例も生じている。
3年有期雇用契約が導入されれば、長時間過密労働で健康を害したり、家庭の都合などで退職せざるを得ない労働者が退職を申し出た場合にも、損害賠償を請求されることになりかねない。
有期雇用の上限引き上げは、長期の人身拘束をもたらし、退職の自由が制限されることになる。
(7) 家族的責任を果たして働き続ける権利を侵害する
2002年4月に改正育児介護休業法が施行された。これは、ILO156号条約を批准した日本において、家族的責任と仕事とを両立させて就労できる環境を整備するためである。
少子高齢社会の中で、育児介護の家族的責任をはたすことの必要性はますます高まっている。
しかしながら、同法では、日々雇用される者および期間を定めて雇用される者には育児休業・介護休業が適用されないとしている。形式上期間を定めて雇用される労働者でも期間の定めのない労働者と実質的に異ならない状態になっていれば、適用対象になることが指針で明らかにされているものの、3年有期雇用契約で雇用された労働者は、その期間中には期間の定めのある契約であることを理由にして育児介護休業の取得を拒否される可能性が強い。例えば22歳で3年契約で就労した女性労働者は、仮に1回の更新後に育児休業の取得を申し出たとしても、取得は困難か、取得をできても2回目の更新は拒絶されるであろう。こうなれば育児介護休業制度は画に描いた餅になってしまう。
有期雇用契約の要件緩和によって、不安定雇用を増大させることは、家族的責任を果たしながら働き続ける権利を保障するための育児介護休業法の趣旨と全く相反するものである。
(8) 有期雇用契約は限定的にしか認めないのが世界の流れ
雇用については、常用雇用が原則であり、有期雇用契約はそもそも限定的にしか認めないのが、国際労働基準となっている。そして、EU諸国など多くの国では解雇を制限する立法がなされている。
ILOの「使用者の発意による雇用の終了に関する条約」(第158条・日本未批准)は、労働者にとって基本的な雇用形態は長期の継続雇用を意味する「常用雇用」(期間を定めない労働契約)が原則であること、使用者からの一方的な終了である解雇について、その正当性の基準と手続についての原則を定めている。同条約では、有期契約は例外であって同条約の保護を回避することを目的とするものであるときには、これを許さないことが必要であると規定する(同条約2条3項)。
雇用契約に期間を設定するのは例外であり、期間設定については、季節労働、緊急の業務、一時的な業務量の増大などの制限を付したり、正当な事由が必要であるとする考え方が、EU諸国ではほぼ確立しており、有期契約が無限定に拡大しないように歯止めをかけている。
また、EU諸国では同一労働同一賃金の原則や労働協約の適用により、有期雇用契約であることを理由に低い労働条件が適用されることはない。
以上から明らかなように、健康で文化的な生活を営むために働き続けられるようにするには、これ以上、有期雇用契約を増大させるのではなく、以下のように常用雇用化を図ることこそが求められる。
(1) 有期雇用契約は、1年を原則とし、期間の引上げをしないこと。
(2) 現行の労働基準法における3年の有期雇用契約について期間の引き上げをしないこと。
(3) 一定の期間を超えて契約が反復更新された場合や1年をこえて契約する場合は期間の定めのない雇用とすること。
(4) 有期雇用契約において、労働者の退職の自由を保障すること。
(5) 有期雇用契約について常用労働者との均等待遇を保障すること。
(6) なお、いかなる場合も有期雇用契約を締結する場合には、理由を明示すること。
(1) 対象事業場の拡大((1)項)
企画業務型裁量労働制の対象とする事業場については、現行規定から「事業運営上の重要な決定が行われる事業場において」を削除することとする。
(2) 制度の適用条件の緩和
(1) 労働者委員の信任要件の廃止((2)項)
労使委員会の委員のうち、労働者を代表する委員について、「当該事業場の労働者の過半数に指名されている」と「当該事業場の労働者の過半数の信任を得ている」という二つの要件のうち、信任要件を廃止し、「当該事業場の過半数に指名されている」のみとする。
(2) 企画業務型裁量労働制の採用要件の緩和((1)項)
「労使委員会における委員全員の合意による決議」を、「5分の4以上の委員」の決議によるものとする。
(3) 行政官庁への定期的な実施状況報告事項の一部削除((4)項)
現行規定では、本制度を導入した使用者は「その対象となる労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置」の実施状況並びにその他の労働基準法施行規則に定める事項を、定期的に労働基準監督署長に報告しなければならないと定めている。法案は、その他の労働基準法施行規則に定める事項を削除することとしている。
(4) 決議要件の緩和((5)項)
現行規定では、労使委員会における決議は委員会員全員の一致によることを要件としている。
法案は、これを「5分の4以上の多数による議決」に改めることとしている。
(1) 導入の要件緩和
ア 裁量労働制の問題性
そもそも、裁量労働時間制は、実労働時間が何時間であれ、あらかじめ決められた「みなし労働時間」働いたものとみなす制度である。そして、「みなし労働時間」が労基法の制限時間を超えることは少ないから、実際の労働時間がみなし労働時間よりも多くなる場合には、不払い労働を「合法化」することとなる。したがって、裁量労働制の採用にあたっては、それが不払い労働の「隠れ蓑」とならないよう十分に慎重な姿勢と配慮が必要である。
ところが、今回の法案は、企画業務型裁量労働制(労基法38条の4)の要件を、次のとおり大幅に緩和するものである。
イ 対象事業場の制約を外す
法案は、第1に、対象事業場についての現行規定の制約を取り払い無限定にするものとなっている。現行規定の「事業運営上の重要な決定が行われる事業場」とは、本社またはそれに準ずる「本社機能を持った事業場」であって、当該企業全体の運営に関わる重要な決定がなされるものに限られていた。法案はこの限定を外すもので、労使委員会が設置された事業場であれば対象可能となり、大幅に対象事業場が拡がり、ホワイトカラー層全体に裁量労働制が広がる可能性がある。
ウ 反対者がいても導入可能
第2に、導入・運用手続を簡素化することの危険である。
労使委員会の委員について、指名に加えて当該事業場の過半数の労働者の信任を必要としたのは、過半数労働組合又は過半数代表が常に適切な委員を指名するとは限らないことから、さらに過半数労働者による信任という手続きを取ることにより、一般労働者の意思が適正に決議に反映するようにしたものであり、これを削除することは、一般の労働者の意思に反してあるいは無視してこの制度が導入される危険がある。
さらにこの制度の採用要件と労使委員会の決議要件を、「全員による決議」から「5分の4以上の委員」にすることは、労働者がこの導入を拒否することが難しくなることを意味する。すなわち現行法では、労働者が裁量労働制に反対するなら、過半数組合があるなら労使委員会を作らせない、参加しないという方法がある。又、仮に労使委員会の成立を阻止できない場合でも、労働者委員を任命する労働者代表の選挙、あるいは労働者委員の信任投票で裁量労働制に反対する委員を一人でも選任されれば、裁量労働制の導入は阻止できる。
今回の法案は、これらの労働者にとって大事な手がかりも奪うものである。残るのは、「本人の同意」という要件であるが、リストラ合理化等により雇用不安が広がっている状況の下で、拒否する労働者は多くはない。
(2) 裁量労働制が導入された職場では労働時間が増えている
ア みなし労働時間を超える実労働時間
連合調査によれば(99年8月発表、但し専門業務型裁量労働制に関する調査)、組合員436人のうち34.2%が「制度導入後労働時間が増えた」と回答し、過去3月の実労働時間は「10〜12時間」が39.0%、「12時間以上」が7.1%にのぼるなど、実労働時間が9時間以上だった者が約8割を占めている。ところが、みなし時間をみると、「8〜9時間」が29.4%、ついで「7〜8時間」が23.2%と、実労働時間がみなし時間を上回っていることは明らかである。この調査は専門業務型裁量労働制についてのものだが、企画業務型でも同様の実態があると推測される。
2001年の東京労働局「専門業務型裁量労働制運用実態調査によると、「出勤から退社までの時間」と「みなし労働時間と休憩時間の合計時間」を比較すると、「『出勤から退社までの時間』が長い」が40.4%、「ほとんど同じ」が51.3%、「『みなし労働時間と休憩時間の合計時間』が長い」が8.1%と、実際の労働時間は、みなし労働時間をかなりの程度上回っているのである。
イ 厚生労働省も摘発
横行しているサービス残業に対し、厚生労働省は2001年4月に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(基発339号通達)を定め、取り締まりを強化している。2001年から2002年9月までの間、サービス残業があったとして全国の労働基準監督署が是正指導した件数は、過去最多の16,059件にものぼっている。
たとえば、NEC本社のある東京都港区田町地区の社員約100人に対し過去2年分のサービス残業代総額4500万円支払い、沖電気設計部門に働く一人の労動者に対し残業手当2年間分(978時間)で約250万円支給、三菱電機の兵庫県伊丹地区の工場で働く社員700人に対し総額7000万円支払いなど、次々と労働基準監督署から時間外労働の不払いについて、是正勧告が出されている。
(3) 裁量労働制により招かれた過労死事件
また、裁量労働制のもとでの働き過ぎによる健康破壊が心配されていたが、実際に、光文社の脇山氏の過労死にみられるような痛ましい事故も発生している。
脇山氏は、99年4月大卒後光文社に入社し、裁量労働制をとる週刊誌の編集部に配属された。昼頃出勤し、午前2時、3時まで勤務し、毎週金曜日は翌日の午前7時頃まで校正作業をするという昼夜逆転の生活が続いていたが、99年7月に24歳という若さで急性心不全で死亡した(労基署で業務上による死亡と認められ、2003年3月7日には、東京地裁で遺族からの損害賠償請求について和解が成立)。企画型裁量労働制が拡がれば、このような過労死や過労自殺が増大することが充分予測される。厚生労働省自体が推進している過労死防止行政(平成14.2.21「加重労働による健康障害のための総合対策」)にも背くものである。
(4) 国会審議で指摘されていた長時間・過密労働の危険
もともと、裁量労働制は、1987年に専門業務型について労基法に規定された段階から、8時間労働制の大原則を崩壊させ、長時間過密労働を助長し、労働者の健康あるいは福祉を損なう重大な危険があるのではないかと指摘されていた。
1998年に、新たに加えられた新裁量労働制(企画業務型裁量労働制)は、それまで業務を限定して例外的に認められてきた専門業務型裁量労働制に加えて、業務を限定せず裁量労働制を認めるようとするものであった。すなわち新裁量労働制は、「当該業務の性質上これを適切に遂行するためにはその遂行の方法を大幅に労動者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的に指示しないこととする業務」について導入するものであった。
使用者が時間管理をしようとするなら本来可能であるにもかかわらず、労働時間管理をしないというのであるから、長時間労働をいっそう拡大する危険があった。連合、全労連等、ナショナルセンターの枠を超えた反対運動が展開され、世論の厳しい批判を受けたのも、労働条件を悪化させることが危惧されたからである。
国会審議においても、その危険性が問題となった。たとえば、伊藤庄平政府委員は「現時点で見ますと、本社等で働いている方が、労働時間管理がしにくいだけに、実際上働き過ぎてしまう、それを上司はもちろん同僚等も見逃してしまう、こういったことで残念な結果を生むことがあるわけでございます。従いまして、この裁量労働制の下では、私ども、制度をやるための絶対的な要件として、労使委員会で勤務状況に応じた健康管理上の措置を全会一致で決議しておくことを絶対的な要件といたしました」と働き過ぎの危険を認める答弁をし、慎重な審議が行われたのである。
結局、以上のように裁量労働制のもつ危険性が数々指摘された結果、(1)企画業務型裁量労働制の対象事業場を「事業運営上の重要な決定が行われる事業場」に限定し、(2)同制度の導入と運用に厳しい条件を課すことによって、無限定な長時間労働になる危険を防止することになったのである。労使委員会については、「新裁量労働制の導入にあたっては、労使委員会が重要な役割を担っていることにかんがみ、特に未組織労働者が多い中小企業においても、労使委員会が適切に設置、運営されるよう十分な配慮を行うこと。」という付帯決議が採択されている。又、労使委員会が決議すべき事項や制度の実施にあたって労使が留意すべき事項については詳細な指針が定められた(同条3項、平成11・12・27労告149号)。
そして、先に述べた実態を見れば、このとき指摘された長時間・過密労働の危険は一切去っていないどころか現実のものとなっている。
(5) 企画型裁量労働制を拡大する必要はない
厚生労働省は、今般の「改正」の目的として、企画型裁量労働制が、多様な働き方の選択肢として有効に機能するようにすることをあげているが、企画型裁量労働制のさらなる拡大は、使用者が労働時間管理の責任を免れ、労働者に長時間労働の不払い残業を押しつけるだけである。
いま、このような犠牲を労動者に押しつけるような、企画型裁量労働時間制を拡大する必要性はない。
裁量労働制の拡大のための要件緩和のニーズがないことは、2002年12月に発表された社会生産性本部の「裁量労働制と労働時間管理に関する調査報告」における人事部長とライン管理職を対象にした調査でも、明らかである。同調査によると、専門業務型裁量労働制に加えて欲しい業務はないと回答しているものが86.3%であり、企画業務型裁量労働制を導入していない理由で多いものは、「職場の管理が煩雑になる」52.3%、「対象者を特定しにくい」47.9%となっており、「法律で定められた手続きが煩雑」の36.4%を上回り、「フレックスタイム制で対応できる」が20.9%となっている。
人事部門においても、裁量労働制の導入は職場の人事管理を煩雑にするだけで、あえて要件を緩和して導入すべきニーズはないのである。
同調査でも、サービス残業があると思うという回答が63.3%にも及んでおり、このような違法状態を是正することこそ、緊急に求められている。
結局、今回の「改正」は、ホワイトカラー労働者に対して労働時間の規制を大幅に緩和し、長時間不払い労働を助長する結果となり、労働者の健康と生活に重大な悪影響を与えることは必至である。
企画業務型裁量労働制の要件は、裁量労働制が長時間労働による労働者の健康破壊をもたらす危険性への配慮から国会での慎重な審議の上で定められたものである。こうした厳格な要件が設けられた趣旨をないがしろにして、手続きが煩雑なので要件を緩和するというのは本末転倒である。
以上をふまえれば、企画型裁量労働制の拡大を図ることは失当であり、むしろ裁量労働制を真に必要な業務に限定していくべきである。(1) 企画業務型裁量労働制の導入要件を緩和しないこと
(2) 専門業務型裁量労働制の導入要件を現行の企画業務型裁量労働制並に強化すること
以上
2003年4月
編 集 自由法曹団有事法制阻止闘争本部
発 行 自由法曹団
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