<<目次へ 【意見書】自由法曹団
意見書 |
「共謀罪」の創設に反対する |
2003年7月 自由法曹団 |
1 共謀罪の創設
(1)法案の提出
(2)組織的な犯罪の共謀罪
2 条約上、純粋な共謀罪の創設は義務づけられていない
(1)優先する「国内法の基本原則」
(2)政府も無理を承知
(3)条約5条の射程
4 法案は条約の趣旨に反し、不当に処罰を拡大している
(1)「国際的な犯罪性」の要件
(2)「組織的な犯罪集団性」の要件
(3)「別件」横行の危険
5 思想の処罰にいきつく「共謀罪」
(1)「予防主義」の悲劇
(2)処罰されるべきは「行為」
(3)「共謀共同正犯」も「行為」を処罰
(4)「共謀罪」は「内心の状態」そのものを処罰する
6 「心」を探る「盗聴」・「監視」・「潜入」
(1)「心」を探る捜査手段
(2)あらゆる団体の活動が監視される
2002年9月3日、森山法務大臣は、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(国連国際組織犯罪条約)批准に伴う国内法整備を名目に、法制審議会に「共謀罪」「証人買収罪」の新設などを諮問した。これを受けて法制審議会刑事法(国連国際組織犯罪条約関係)部会において、2002年9月18日から審議が開始され、12月18日、5回の審議を経て要綱(骨子)が決定された。2003年2月5日に答申が出され、今国会に「犯罪の国際化及び組織化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」として提出されている。
組織的な犯罪の共謀罪は、死刑または無期もしくは長期4年以上の懲役もしくは禁錮の刑が定められている「罪に当たる行為で、団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれるものの遂行を共謀した者」を処罰するとしている(法案第6条の2)。対象犯罪の罪名は、実に550を超える。この共謀罪の創設については、以下のとおりいくつもの重大な疑義がある。
条約第34条1項は、「締約国は、この条約に定める義務の履行を確保するため、自国の国内法の基本原則に従って、必要な措置(立法上及び行政上の措置を含む。)をとる。」と規定している。わが国の刑法は法益を侵害するまたは侵害する危険性のある行為を処罰する行為主義を原則としており、法益侵害の意思が存在するだけでは処罰することとしていない。とすれば、条約に基づいて必要な措置をとる場合にも、「法益侵害の意思だけでは処罰しない」という「国内法の基本原則」にしたがうことが要請される。すなわち条約はわが国に対して、国内法の基本原則に反して意思を処罰する「共謀罪」の新設を義務づけてはいないのである。
聞くところによれば、そもそも条約審議の冒頭に日本政府が提出したペーパーには、「すべての重大犯罪の共謀と準備の行為を犯罪化することは我々の法原則と両立しない。さらに、我々の法制度は具体的な犯罪への関与と無関係に、一定の犯罪集団への参加そのものを犯罪化する如何なる規定も持っていない。」と記されていた。とするならば、政府は日本の法制度の基本原則から、共謀罪の新設は不可能であると考えていたことになる。
このような立場に立って、日本政府は「その者の参加が犯罪の成就に貢献するであろうことを知って、重大犯罪を犯すことを目的とした組織的犯罪集団に参加すること」(条約5条のaのii)の犯罪化を提案していたという。
法案の共謀罪は、単に共謀があっただけで処罰の対象とし、英米法上共謀罪の要件とされている「顕示・助長行為」すら必要としていない。わが国刑法の行為主義を完全に逸脱するものである。
条約第5条は、共謀罪立法化の際の国内法上の条件として、「合意の内容を推進するための行為を伴い」または「組織的な犯罪集団が関与するもの」のいずれかを付することを許容している。さらに条約は、この2つの要件を両方つけることも禁止していない。法制審議会でも、「それぞれの要件の趣旨が異なりますので、一方をとると他方が排斥されるという関係にはないと、そういう意味では論理的には両方付けることはできるとは考えます。」「解釈としては、両方をとったら条約違反になるかといったら、必ずしもならないのではないかとは考えております。」と説明されている(平成14年10月9日付、第2回議事録)。
仮に条約第5条1項(a)(i)を選択する立場をとっても、国内法の基本原則にしたがい、単なる共謀だけでは足りず、法益侵害という結果の実現に向けた行為を必要とすると解するべきである。英米法の「顕示・助長行為」の要件も、もともと処罰の対象とされていた共謀罪の処罰範囲があまりに広範になり、人権侵害が過ぎるのを規制するために設けられたという歴史的経緯がある。あえて純粋な共謀だけで処罰の対象とする必要はなく、「その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴」うことを要件とするべきである。
以上のように、犯罪を行なう意思だけでは処罰の対象としないというわが国刑法の大原則に反してまで、条約で義務づけられているわけでもない「共謀罪」をあえて創設するには、それだけの立法事実が存在しなければなるまい。
法務省は、法案提出理由について、「国連国際組織犯罪条約批准のためであって、国内にこのような処罰規定を必要とする状況=立法事実はない」としている。法制審議会の中でも、委員の「国際的な要求というのがいくつか出されているのですが、国内的な立法事実といいますか、今回の立法が必要であるというものがあまり指摘されなかったというふうに思いますが、そういう意味でもやむなく今回提案したというような形のものだと理解していいのですか。」との質問に対し、「国内的にそのニーズに応えるという形はとっておりませんで、条約締結のために必要な犯罪化等を図っていきたいということを基本に考えているわけでございます。」と答弁している(平成14年10月9日付第2回議事録)。
このように国内に立法事実が存在しないにもかかわらず、刑法の大原則を踏み越えて、国際条約の要請を理由に提出された法案であるが、この法案は条約の趣旨に反し、その範囲をも超えて、不当に処罰を拡大するものとなっている。
条約第3条1項には、条約の適用範囲として、「性質上国際的(越境的)なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するもの」と明記されている。しかし、この度の法律案にある共謀罪においては、「国際的な犯罪」という要件は全くはめられていないし、「組織的な犯罪集団」という限定もない。
条約第34条2項は、「第5条(組織的な犯罪集団への参加の犯罪化)・・・の規定に基づいて定められる犯罪については、各締約国の国内法において、第3条1に定める国際的な性質又は組織的な犯罪集団の関与とは関係なく定める。ただし、第5条の規定により組織的犯罪集団の関与が要求される場合はこの限りでない。」と規定している。
法務省は、これにつき、共謀罪については国際的な性質(越境性)の要件と無関係に立法しなければならない、条約を批准する以上他の選択肢はない、という解釈意見を述べている。
しかし、本件条約は、そもそも越境性のある組織犯罪を防止するための条約である。条約の適用範囲を画する越境性と組織犯罪性の要件と無関係に国内法を制定する義務を課することはあり得ない。条約の「公的記録のための解釈的注」にも、34条2項は、「条約の適用範囲を変更したものではなく、越境性と組織犯罪の関与が国内法化の本質的な要素ではないことを明確化したものである」とされており、両者を国内法に含む必要がないことを示しているだけなのである(共謀罪については越境性の要素のみ)。国内法化に当たって、条約の趣旨に沿うように越境性と組織犯罪性を規定することは条約上何の問題もない。
条約第34条2項を法務省のように解釈したとしても、共謀罪に関しては「組織的な犯罪集団の関与」を要件としなければならない。
「組織的な犯罪集団」とは、条約第2条(a)で「一定の期間存在し、かつ、金銭的利益その他の物質的利益を直接又は間接に得るため・・・重大な犯罪又はこの条約に従って定められる犯罪を行うことを目的として一体として行動するものをいう」と定義されている。英文では、条約第5条1項(a)(i)に「an organized criminal group」と表現されている。
しかし法案の共謀罪では、「団体の活動として、当該行為を実行するための組織により行なわれるものの遂行」と規定されているだけであり、「犯罪を行うことを目的として・・・行動するもの」という「犯罪集団性」の指標が完全に抜け落ちている。これでは「組織的な犯罪集団の関与」を要件としているとは到底言い得ない。
法案によれば、団体が犯罪目的のものであることは必要とされないから、労働組合、市民団体、宗教団体などが犯罪行為の共謀を行なった場合も処罰の対象とされてしまう。例えば労働組合が組合会議でピケットを計画した場合、会議参加者を「組織的な威力業務妨害共謀罪」によって処罰することが可能になる。団体交渉に臨むに当たり、妥結に至るまで社長を帰さないで交渉しようと意思統一すれば「組織的な監禁共謀罪」に該当する。また、公害裁判の原告団や支援する会が企業に対する抗議行動を計画したとき、これも「組織的な威力業務妨害共謀罪」とされるおそれすらある。
これは明らかに、条約の範囲を超える立法化である。
共謀罪の対象犯罪は550を超える。対象犯罪とされる中には、不同意堕胎罪、偽りその他不正の行為による市町村民税の免脱罪など、どうみても「性質上国際的」でなく、「組織的な犯罪集団が関与」することもあり得ないと考えられるものが多数含まれている。個々の犯罪の性質によって対象犯罪を限定する考慮を全く欠いており、国際性も組織的犯罪集団性も無視して現行の法定刑のみをもって一律に「重大犯罪」と位置づけるのは、明らかに条約の範囲を超えた処罰の拡大である。
この対象犯罪の広さは、なにかの「犯罪」の「共謀」を口実に、特定の集団をねらいうちに検挙することを広く可能とする仕掛けである。このことは捜査機関に大きな予防的権限を与えることを意味する。
戦前・戦中、治安維持法が数十万に及ぶ人々を弾圧し、多くの生命を奪った。治安維持法は、「国体の変革」と「私有財産制の否認」を目的とする結社の組織、加入とその協議、宣伝などを処罰した。やがて「目的遂行罪」が新設され、本人に明確な意思がなくとも、治安当局からみて「結社の目的遂行の為にする」ものとみなされた者は逮捕され、有罪となった。
行為よりも「行為者」を、事実よりも「思想」を処罰する予防主義への傾斜は、国民に過酷な辛苦をもたらした。
この反省にたち、日本国憲法は、19条において人の内心の絶対的な自由を保障し、思想・意思そのものを処罰する法は廃止された。
近代刑法(日本の現行刑法もその中のひとつ)は、例えば人を銃で撃つ、宝石店に侵入し、ショーケースに手を伸ばすなどの犯罪の「実行の着手」が行われ、そのことにより(「因果関係」)、人が死ぬ、宝石が盗まれるなどの「結果の発生」があってはじめて国家が人を処罰するのを原則とした。もっとも殺人罪・窃盗罪などの重大な犯罪については、たまたま結果が発生しなかった場合(弾が逸れた、店主に発見された)でも、結果発生の切迫した危険性のある行為をしたとき(「実行の着手」がなされたとき)も「未遂罪」として処罰することとした。さらに重大な犯罪については、「実行の着手」がなされなくとも、その計画がなされその計画を実現するための準備行為(殺人罪であれば銃や弾丸を入手し、殺害現場を視察する等)が行われたことにより「予備罪」として処罰される場合がある。未遂罪・予備罪を処罰する場合はあくまで例外である。それらが処罰される場合には構成要件ごとにその旨規定されている。
したがって近代刑法は人を、その内心の状態のみを理由として処罰することを許していない。例えば、「Aに死んで欲しい。」と内心願いそのことを日記に書いたりしても、それだけで人を処罰することは出来ない。もっとも戦前は治安維持法により、「国体の変革」や「私有財産制度の廃止」などの思想そのもの、すなわち内心そのものが処罰の対象とされた。しかし現行日本国憲法19条は人の内心の絶対的な自由を保障し、意思そのものが処罰されることはなくなった。
2人以上の人が意思を連絡し、行為を分担して犯罪行為を行うとき、いずれもが共犯として処罰される。わが国の判例は「共謀共同正犯」を認めている。「共謀共同正犯」とは、例えば暴力団員のA、B、Cが対立抗争する暴力団の幹部Xの殺害を「共謀」して、B・C(子分)がXを射殺した場合、殺害行為を分担していないA(幹部)も「共同正犯」として処罰する考え方である。「共謀共同正犯」においても、B・Cが殺人の実行に着手したときにはじめてAは処罰される。Aはピストルを発射したわけではない。しかしAは、B・Cに影響力をおよぼし、B・Cがピストルを発射した。Aは「結果の発生」に寄与したからこそ処罰される。B・Cが実行をしなかった場合、Aは処罰されない。それはひとりで犯罪を犯すつもりになったが、その人が結局は思いとどまった場合と何ら変わりがない。
法案の「共謀罪」は、2人以上の人が「共謀」しただけで、犯罪の「実行の着手」はもちろん、準備行為すらなくとも、処罰するものである。現行刑法において合意の成立だけで処罰されるのは、内乱罪・外患罪(「外国と通謀して日本国に武力を行使させた者」等)の陰謀罪(刑法78条、88条)だけであって例外中の例外である。
「共謀罪」は「長期4年以上の刑」が定められている550を超える犯罪構成要件につき定められるから、刑法の総則規定を改正して、「共謀」だけで人を処罰することとしたのと同様の効果を持つ。これは近代刑法の原則の根底的な変更といってよい。
もちろん「共謀罪」が成立するには、2人以上の人間の「意思の連絡」が必要であり、そのためには意思を外部に表明しなければならないから、全く内心にとどまる場合が処罰されるわけではない。しかしそれは限りなく、意思そのものを処罰することに近づく。しかも「共謀」したのか、相談を受けただけなのか、当事者以外にはわからないから、相談を受けただけで「共謀」したこととされかねない。戦前・戦中は、風呂屋で戦争が早く終わってほしいなどとつぶやいた客がいたとして、その話を聞いていた人も、治安維持法違反で連行されかねなかったときくが、これと同様の事態が生じうる。
「共謀罪」は「意思の連絡」そのものを処罰するものであるから、「意思の連絡」の手段方法が捜査の対象ということになる。すなわち室内会話、電話、携帯電話、FAX、電子メールなどが捜査の対象となり、どのような「意思の連絡」がなされたのかが調べられる。捜査方法は盗聴によらざるを得ない。必ずや警察当局により盗聴法の拡大が要請されるであろう。
とくに「団体の活動」がマークされ、公安による政党、労働組合、市民団体、NGOなどの活動の日常的な監視が著しく強化されることとなろう。国連条約第20条には、国内法の基本原則によって認められる場合には「監視付移転」・「電子的その他の形態の監視」・「潜入」などの「特別な捜査方法」が利用できるよう必要な措置を取ると規定されている。
「監視付移転」とは例えばNシステムのように、特定の車両の場所をつねに把握しているようなシステムの利用であり、ターゲットとされた団体のメンバーの移動はつねに監視されることとなる。
「電子的その他の形態の監視」の「電子的その他の形態」とは電子的な盗聴などの手段方法を指す。「監視」とは、特定の被疑事実に対して令状を発布して行う捜査をはるかに超えた、日常的な「監視」を指す。あらゆる「団体」に対し、盗聴などの方法により「監視」することが正当化される。
「潜入」とは、「団体」に潜り込む公安のスパイのことである。例えば環境NGOが森林伐採に反対するため、樹木に身体をくくりつけるなどして抵抗することを計画したとすれば、それは「潜入」していたスパイによって威力業務妨害罪の共謀罪として摘発されることとなるだろうし、環境NGOのメンバーや活動はすべて公安により把握されることとなる。
国境を越えて展開される犯罪(犯罪者が越境的に移動する場合も含む)については、他国に逃亡した犯人を逮捕して引渡してもらうために、犯罪人引渡条約が結ばれる。大抵の場合、引渡しの条件として、その行為が引渡国においても犯罪であること(双罰性)が要件とされている。したがって、越境的犯罪については、各国の刑法にある犯罪カタログを統一しておくことが取り締まりの立場からは都合がよい。
しかし他方でこれに際しては、各国の法体系や人権保障体系を考慮した慎重な検討がなされなければならない。人権救済機関が充分に機能していない国において、ただ刑罰規定を強化・拡大するときは、それが公権力によって濫用された場合、人権侵害に直結するからである。
条約は、人権NGOの参加のないまま、各国の法執行機関のみの参加による会合で作られた。そこでは人権保障の観点からの意見の反映が乏しく、法執行機関の都合に大きく傾斜した内容となっている。
わが国では、警察官の犯罪・不祥事が相次ぎ、一応の「改革」が行われたものの、なお抜本的な改革とはなっていないとの批判が強い。引き続き警備公安部門が組織の中核に位置し、警察権限の濫用を防止するシステム、人権侵害を迅速に救済するシステムが十全とはとうていいえない。
この警察に、「共謀」という「意思」を処罰する規定を新設して、その捜査権限を付与することはきわめて危険である。
2003年7月
編 集 自由法曹団「共謀罪」対策プロジェクト
発 行 自 由 法 曹 団
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