<<目次へ 【意見書】自由法曹団


意見書
司法制度改革推進本部・労働検討会の
「中間取りまとめ」に対する意見書


2003年9月
自由法曹団

はじめに

第1 「労働審判制度」の新設について
  1 基本的視点

  2 実現にあたって具体化すべきポイント
  3 労働調停制度を基礎とすることにこだわるべきではない

第2 労働事件固有の手続の整備について
  1 検討を放棄するに等しい「中間取りまとめ」

  2 「簡易労働訴訟」の導入を
  3 労働参審制の導入を

第3 労働委員会の救済命令の司法審査のあり方について


はじめに

 司法制度改革推進本部は、本年8月15日、同本部のもとにおかれた労働検討会でのこの間の検討結果として「労働関係事件への総合的な対応強化についての中間取りまとめ」(以下「中間取りまとめ」という)を発表した。
 これによれば、同本部は、平成14年3月19日閣議決定になる「司法制度改革推進計画」(以下「推進計画」という)を受けて、この間、労働検討会において、
 (1) 導入すべき労働調停の在り方について
 (2) 雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度の導入の当否について
 (3) 労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否について
 (4) 労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方について
の4点について検討を行ってきたとされるが、今回の「中間取りまとめ」は、これらのうち(1)及び(2)に関しては、両者が相互に関連するため総合的に論議してきた結果として「専門的な知識経験を有する者の関与する新たな紛争解決制度(労働審判制度)の導入」を打ち出した。この「労働審判制度」については、後述するとおり現段階では未だ不明確・不十分な点があるため、労働検討会がこれを提起したことについての評価を直ちに定めることは早計であろう。しかし、具体的な制度設計の如何によっては労働者の権利救済に役立つ新たな制度ともなり得るものと考える。
 一方、「中間取りまとめ」は、上記(3)に関しては「訴訟実務における運用の改善に努めるものとすることはどうか」、(4)に関しては「引き続き検討することはどうか」と述べるにとどまるなど積極的な改革とは程遠い姿勢を示しており、いずれも「推進計画」において改革本部設置期限(平成16年11月30日)までに所要の措置を講ずることが謳われていたにもかかわらず実効性ある改革の具体化を先送りにしようとするものといわざるを得ない。
 同本部によれば、この「中間取りまとめ」に対する国民各層からの意見を9月12日まで募集しこれを踏まえて更に検討を進めるとのことである。
 私たち自由法曹団は、これまで、司法制度改革審議会に対して労働裁判の抜本的改革を提起するよう求めた「労働裁判改革のための意見書―労働者の権利救済のために」(2000年12月)、司法制度改革審議会の最終意見書発表を受けてあるべき司法改革について全般的に論じた「国民のための司法改革をー司法制度改革審『最終意見』と私たちの見解」(2001年9月)を発表し、さらには、司法制度改革推進本部の発足と労働検討会等で開始された制度改革論議の状況を踏まえて「わたしたちの労働裁判改革の提案」(2002年7月)を発表してきた。
 これらの発表文書のなかでも繰り返し指摘してきたとおり、我が国の労働裁判事件数は、近年増加してきているとはいうものの欧米諸国に比較すれば著しく少ない。大企業を中心に情け容赦なく行われている無法な「リストラ・合理化」のもとで、我が国の労働者の権利はかつてなく侵害されている。にもかかわらず、労働現場の実情を無視し使用者の利益を偏重する判断を相次いで出している今日の裁判所の実態をまえに、多くの労働者が泣き寝入りを強いられ続けているのであって、労働裁判制度の改革はまさに急務である。私たちは、こうした実情を踏まえて、労働裁判改革にあたっては、労使の代表からなる裁判員が職業裁判官とともに評決を行う労働参審制ないし陪審制の導入、簡易・迅速な裁判手続である簡易労働訴訟制度の新設を中心としつつ、現行訴訟制度のもとでも直ちに実施可能な改善策を提起してきた。
 今般、労働検討会における検討の「中間取りまとめ」が発表されたことを受けて、私たちは、労働者が置かれている現状と私たちがこれまでにとりくんできた数多くの労働裁判実務の現場における実態を踏まえて、「中間取りまとめ」の積極面と消極面とを明らかにしつつ、現局面において実現可能なあるべき制度改革について意見を述べる。

第1 「労働審判制度」の新設について

1 基本的視点

 「中間取りまとめ」は、労働審判制度を「裁判所における個別労働関係事件についての簡易迅速な紛争解決手段として、労働調停制度を基礎としつつ、裁判官と雇用・労働関係に関する専門的な知識を有する者が当該事件について審理し、合議により、権利義務関係を踏まえつつ事件の内容に即した解決案を決するものとする、新しい制度」として導入することを打ち出している。
 この労働審判制度については、労働検討会におけるこの間の論議のなかでも意見が分かれている部分もあると伝えられており、また、「中間取りまとめ」自身が未だ詳細について検討を要すると述べている部分も多いなど、今後に委ねられた部分が多々ある。しかし、非裁判官が裁判官とともに「審理」「合議」するという制度は、つぎに述べる基本的視点に立ってその制度の具体化をはかるのであれば、あるべき労働裁判改革の一翼を成す重要な制度として積極的な役割を期待することができよう。
 すなわち、労働裁判改革の必要性は、先にも指摘したように労働者にとって利用しづらく救済の実があがらない今日の裁判制度を、労働者の権利救済のために真に役立つものにするところにある。
 もともと使用者は経済的に労働者よりも圧倒的優位な地位にあり、労働者は使用者と対等の立場にはない。だからこそ、憲法27条・28条は労働基本権を保障し、労働基準法・労働組合法等の労働者保護立法が設けられているところである。そして、労働裁判事件の圧倒的多数は、使用者がこれらの労働者保護立法を踏みにじって行った解雇・雇い止め、賃金その他の労働条件切下げ、賃金不払い、賃金・昇進差別等々をめぐって争われてきている。このため、労働者は、これらの一方的行為によって自らの要求をすでに実現している使用者を相手に、侵害された権利の回復をはかるために自らの負担において裁判を提起・遂行して判決を得なければならないという大きな負担を強いられている。この負担をわずかでも軽減し、実効性ある救済をはかることにこそ労働裁判制度改革の本旨があるのである。
 この点については、司法制度改革審議会の最終意見も「労働関係事件は、労働者の生活の基盤に直接の影響を及ぼすものであり、一般の事件に比し、特に迅速な解決が望まれる。ヨーロッパ諸国では、このような点をも踏まえ、労働関係事件についていわゆる労働参審制を含む特別の紛争解決手続を採用しており、実際に相当の機能を果たしている。」と述べ、これを踏まえて我が国においても「労働関係事件の適正・迅速な処理のための方策を総合的に検討する必要がある。」と述べているところである。
 したがって、今回の検討対象である労働審判制度の新設についても、それが職業裁判官のみによる裁判の弊害を是正することが期待できると同時に、労働者の裁判を受ける権利を充実・発展させるものであって、たとえわずかであってもその障害となる危険性がないものであることがなによりも求められる。
 以下、こうした基本的観点に立って、労働審判制度のあるべき具体化について、要点を絞りこんで述べる。

2 実現にあたって具体化すべきポイント

(1) 対象事件はいわゆる「個別労使関係事件」とし、「集団的労使関係」にかかわる事件は除外すべきであること。

 労働審判制度は簡易迅速な解決を図るための手続であるので(※)、多くの場合に労使の対立が厳しく十分な審理を行う必要が伴ういわゆる「集団的労使関係」にかかわる事件は除外し、個別的労使関係事件に限定すべきである。

※「中間取りまとめ」は「3回程度の期日で事件の処理が図られるような手続がイメージされている」としており、私たちも後述のとおり3回の審理手続きを原則とすべきと考える。

 「中間取りまとめ」も、対象となる事件を「個別労使関係事件」としているが、その範囲については「(注2)」において「個別的労働関係紛争の解決の促進に関する法律第1条の規定等を参照しつつ、その詳細については、なお検討するものとする。」としている。
 参照するとされている個別的労働関係紛争の解決の促進に関する法律第1条は、「個別的労働関係紛争」を「労働条件その他労働関係に関する事項についての個々の労働者と事業主との間の紛争」と定義しているが、労働裁判においては、形式的には「個々の労働者と事業主との間の紛争」であっても、実質的には労働組合と使用者との間の紛争である場合は数多くある。
 同法第4条・第5条は、労働関係調整法第6条に規定する労働争議にあたる紛争(争議行為が発生している状態または発生する虞がある状態)及び特定独立行政法人等の労働関係に関する法律第26条所定の特定独立行政法人等とその職員との間の紛争を対象から除外しているが、労働審判制度の対象からも上記の労働争議にあたる紛争は当然に除外すべきである。
 また、上記の労働争議にあたる紛争のほかにも、労働組合法第7条に定める不当労働行為に該当すべき事案は除外すべきである。

(2) 上記(1)で除外されない事件であっても、仮処分手続が係属している事件については労働審判の対象とすべきでないこと。

 労働審判制度は簡易迅速な解決をはかることを目的としているが、その手続の特質から、審判の効力は仮処分決定よりも一定程度緩やかなものとせざるを得ない。
 一方、現行民事訴訟法のもとでの仮処分手続は、緊急の必要性を要件とする保全手続の一環を成すものとして設けられており、仮処分決定には執行力があり、決定に対する不服申立の方法として保全異議があるが異議申立によっても決定の執行力は失われない。このため、仮処分手続は、個別的労使関係事件のなかでも解雇事件をはじめとして緊急性のある事案について一定の有効な役割を果たしてきている。
 「基本的視点」において述べたとおり、労働審判制度は労働者が裁判を受ける権利の障害となるものであってはならず、労働仮処分制度が果たしている役割が労働審判制度の新設によって阻害されることがあってはならない。
 したがって、すでに仮処分事件が継続している事案については労働審判制度の対象とせず、また、労働審判の申立後に仮処分事件が係属することとなった場合には労働審判手続を中断したうえ、仮処分手続が決定、取下げ等により終了した場合には再開することとすべきである。

(3) 裁判官とともに審理・合議する審判員は、労働者団体・使用者団体の推薦にもとづき、公平・公正な任命基準に従って任命されるべきこと。

 「中間取りまとめ」は、この審判員について「雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者」としつつ、「(注5)」において、「具体的には、(1)労働関係の法令及び判例に関する知見、(2)労働関係の制度、技術、慣行等の実情に関する知見、(3)労使間の紛争解決における均衡点を見出す調整力及び判断力等を有することが必要と考えられる。」としているにとどまり、審判員がどのような者のなかからどのように任命されるべきかについては具体的に述べていない。
 しかし、職業裁判官のみによる判断の弊害を除去し、労働者側・使用者側それぞれの実情を踏まえつつ公正な判断が行われるよう、また、労使双方の納得が得られやすい解決を期するためには、審判員は労働者団体・使用者団体の推薦にもとづいて任命されるべきである。
 また、労使の審判員の任命は、労働委員会の労働者委員任命の現状に見られるような出身母体等による人選の著しい偏りがないよう、公平・公正な任命基準にもとづいて行われるべきである。具体的には、「わたしたちの労働裁判改革の提案」(2002年7月)において労働参審制の具体的制度設計について述べたところと同様に、
  (1) 審判員は、最高裁判所長官が任命するものとする。
  (2) 任期を3年とし、再任されることができるものとする。
  (3) 裁判所法に定める年齢に達したときには退任するものとする。
  (4) 審判員は、当該地方裁判所の管轄内の労働組合、労働団体及び使用者の団体が裁判 所に提出する推薦名簿から、相当数を、産業別、業種別及び系統を考慮して、少数労働組合・団体からの推薦に留意して公正かつ適正に選考し、また任命しなければならないものとする。
  (5) とりわけ1つの系統に属する労働組合・団体から推薦された者からだけ選考ないし任命することなく、現に存する複数の系統に属する労働組合・団体及びいずれの系統にも属さない労働組合・団体から推薦された者を選考ないし任命することを原則とし、産業別、業種別についても同様とするものとする。
  (6) 裁判所法に準じた欠格事由を設けるものとする。
 とすべきである。
 なお、「中間取りまとめ」の「(注1)」は「労働審判制度は、地方裁判所における手続とすることが考えられる。」と述べ、また、「(注5)」は、「この専門的な知識経験を有する者は、労働者または使用者の利益を代表する者ではなく、中立かつ公平な立場で職務を行うものである」と述べているが、私たちもこれらの点については異論がない。

(4) 審判の申立権は労働者側のみにあるべきこと。この場合の申立費用は、事件の経済的金額の多寡にかかわらず一律に1000円以下の低額とすべきであること。

 前述したように労働裁判改革の必要性が労働者の権利救済の実をあげることにこそある以上、新たな労働審判制度における申立権は労働者側にのみ付与されるべきであって、解雇や賃金不払いその他の一方的行為によって自らの要求をすでに実現している使用者側にまでこれを付与して労働者側に追い打ちを掛ける手段を与える必要は全くない。
 司法制度改革審議会の最終意見が「実際に相当の機能を果たしている」と評価しているヨーロッパ諸国における労働事件固有の裁判制度のなかには、このような観点から労働者側のみに申立権を認めている例もあり、また、労使双方に申立権を認めている制度のもとでも、実際には労働者側による申立が圧倒的多数を占めている。また、我が国の労働組合法にもとづく不当労働行為救済制度においても労働委員会に対する救済申立は労働者側のみに認められており、労働審判制度においても労働者側のみに申立権を付与するのが相当である。
 ちなみに、現行の各種申立手数料をみるに、労働委員会に対する不当労働行為救済申立は無料、家事調停・審判は調停については900円、甲類審判については600円、乙類審判については900円である。

(5) 使用者には「出頭義務」があるものとし、出頭に応じない使用者には過料等の制裁を科するとともに、使用者が欠席のままでも審理手続を進めて審判を行うことができるようにすべきこと。

 労働者に過大な負担を強いる現在の労働裁判制度を改革する一貫として、簡易迅速な解決を目指して労働審判制度を新設しても、使用者がこれに応じなかった場合に効果をもたせることができなければ、画餅に過ぎない結果となることは火を見るよりも明らかである。
 したがって、不出頭の使用者に対しては制裁措置を科するとともに、審判制度に最低限の実効性をもたせるためには、訴訟と同様に使用者欠席の場合であっても審判を行えるようにすべきである。なお、審判が事案に即した解決案を内容とするものであることから、本案訴訟の場合のように直ちに結審して判決にいたるのでなく、事案の把握に必要なかぎりでの審理は使用者側欠席のもとでも行うものとする。

(6) 労働審判の手続は対審構造により原則として公開するものとし、申立人が希望する場合には事案の性質により非公開とすることができるものとすること。

 「中間取りまとめ」の「(注6)」は、「非訟事件手続法の規定に従って裁判所が処理する民事手続(いわゆる非訟手続)として導入することが考えられる」と述べているが、非訟事件手続法による非訟手続は非公開・非対審・職権主義構造を特徴としている。しかし、労働審判の対象となるいわゆる「個別労使関係事件」は、対立当事者である労働者と使用者との間の争いに関する事件であって、本来的に訴訟事件である。
 労働検討会では、労働審判手続においては解決案を決定することから非訟手続とするとの発想がなされたのであろうが、解決案の作成は後述のとおり審理をつうじて明らかとなった権利義務関係を踏まえたものでなければならなず、このことは「中間取りまとめ」でも異ならないのである。したがって、審理は、対象となる事案が本来的に争訟性を持つものであることを踏まえ、当事者主義にもとづく対審構造の公開手続によるべきである。
 なお、公開については、申立人が非公開を希望する場合には、相手方である使用者の公開による利益をも踏まえつつ、事案の性質により非公開とすることを認めるべきであろう。また、仮に手続の性質上これに一定の制約を設けるとした場合でも、少なくとも訴訟における弁論準備手続について民事訴訟法第169条第2項が「裁判所は、相当と認める者の傍聴を許すことができる。ただし、当事者が申し出た者については、手続を行うのに支障を生ずるおそれがあると認める場合を除き、その傍聴を許さなければならない。」と定めているところを下回らない公開性を保障すべきである。

(7) 審理は3回以内の期日で終結のうえ、原則として申立から3か月以内に審判を行うべきこと。

 解雇、賃金不払いなどを行ってすでに自らの要求を満たした使用者は、提訴されても往々にしてその理由を明らかにせず、その後も裁判の進行を延々と引き延ばそうとする。したがって、労働審判制度が簡易迅速な手続として機能するためには、短期のうちに審理を行い審判にいたるべき期日の限定が必要である。
 具体的には、労働者側は裏付け資料を添付して口頭または書面により申立を行い、第1回期日は申立から3週間以内に指定し、使用者は第1回期日までに反論及びその裏付け資料を提出するものとする。
 人証調べが必要である場合には、第2回期日において尋問可能な人証について交互尋問を行う。尋問は場合により第3回期日に及ぶ。これらの審理を踏まえて、裁判官及び労使の審判員の合議により審判内容を決する。

(8) 審判は、権利義務関係を踏まえつつ解決案の主文及びその理由を明記した書面によって行うこと。

 労働審判制度においては、労使の審判員が裁判官とともに審理・合議のうえで審判を行うところに大きな特徴がある。労使の実情に明るい審判員の判断が反映されることにより職業裁判官のみによる裁判の弊害を是正することが期待されるが、そのためには、審判員を含む合議体が審理をつうじて権利義務関係についてどのように判断したかを明確に示し、これを踏まえて解決案を示すべきである。それは、事案の早期解決にも繋がることとなろう。
 また、こうして到達した権利義務関係についての判断と解決案の内容を明確化するために、審判は書面によることが必要である。
 なお、労働検討会における論議のなかで、審判を出すに当たっては当事者の事前同意が必要との意見があったとのことであるが、このような同意は不要とすべきである。予め同意がない場合に審判を行うと異議が出される可能性が高いとの懸念もあろうが、同意がない場合であっても権利義務関係について審理を踏まえたうえでの判断が示されることには重要な意義がある。同意がないことを理由に、それまでに行った審理を無駄にすべきではない。

(9) 解雇事件(雇い止めその他の事由による労働契約の終了を争う事件を含む)における解決案は、労働者が職場復帰を求めている事案で解雇等が無効と判断された場合においては、いわゆる金銭解決(使用者から労働者に対して金銭の支払を行うことにより労働契約を終了させることを内容とするもの)であってはならないこと。

 いうまでもなく、解雇によって労働者とその家族が被る被害は甚大であり、違法・無効な解雇による被害からの迅速な救済をはかる制度の充実が求められる。ところが、昨年12月26日、労働政策審議会は「今後の労働条件にかかる制度のあり方について」と題する答申のなかに、裁判で解雇が違法・無効とされた場合であっても「職場復帰が困難」などの一定の要件が認められるときには、使用者は、厚労相が定める基準の金銭を支払って雇用を終了させることを申し立てることができるという制度の新設を盛り込んだ。これは、違法な解雇を強行した使用者が裁判で争われ、さらには敗訴したとしても、いわば「金で有無を言わさずに始末をつける」ことを、解雇は無効だと判断した当の裁判所の手で強制させようという途方もないものであった。
 この制度の新設は周知のとおり第156通常国会提出の労働基準法改正案からは除かれたが、職場復帰を求める労働者に対して、このような正義に反する「解決」が労働審判制度のもとでの審判の名によって押しつけられてはならない。

(10)審判は、不服ある当事者が交付から2週間以内に訴訟を提起することにより失効するが、これがない場合には確定して確定判決と同一の効力を有するものとすること。

 労働審判制度が簡易迅速な手続として設けられるものであっても、その判断と解決案に実効性が伴わなければ制度の新設は画餅となってしまう。そこで、審判には労働審判制度に相応しい効力をもたせる必要がある。
 民事調停法17条による調停に代わる決定の場合には、異議申立が訴訟提起によるべきことを求めていない。このため、決定は異議により直ちに失効させられてしまい、申立人は自ら訴訟を提起する必要に迫られる。一方、民事訴訟法上の手形小切手訴訟に関する特則では、手形小切手訴訟手続による判決に対する異議申立によって訴訟は通常の訴訟手続に移行するものとされるとともに、手形小切手訴訟手続による判決には仮執行宣言が必ず付されることとされており、その執行力は異議申立によっても当然には失効しない。なお、申立のみによって命令を発する支払督促手続においては、発せられた支払督促は相手方の異議申立により当然に失効する。
 これらの諸制度と労働審判制度の制度目的及び手続の比較に鑑み、労働審判制度における審判については上記のようにすべきである。

(11)労働者は労働審判の申立と訴訟(本訴及び仮処分を含む)提起のいずれも自由に選択できるものとすること。

 この点については、「中間取りまとめ」も「(注1)」において「当事者は訴訟制度と労働審判制度とのいずれを申し立てるかを選択できるものとする。」と述べているところである。
 「基本的視点」において述べたとおり、労働裁判改革にあたっては労働者が裁判を受ける権利の充実・発展を旨とすべきでありこれをいささかでも阻害するものであってはならない。したがって、労働審判制度の新設によって労働者が本来の裁判を提起・遂行することが制限されることは決してあってはならない。
 この見地からは、労働審判の申立を行った労働者は、必要に応じて仮処分または本訴の提起をも行うことができるものとすべきであり、また、先述のとおり仮処分手続継続中は労働審判手続は中断されるべきである。なお、労働者側が労働審判の申立と併せて本訴を提起した場合には、本訴は仮処分のように緊急の必要性にもとづく手続ではないので、労働審判手続を中断する必要はないが、相手方である使用者が本訴提起にいたった場合には、労働審判手続を進めて審判により解決案を示してみても無駄に終わるであろうことから、労働審判は手続を打ち切って終了させるべきこととしたらどうか。

3 労働調停制度を基礎とすることにこだわるべきではない

 労働審判制度について「中間取りまとめ」は、「労働調停制度を基礎としつつ」と述べているが、「労働調停制度」はその内容も手続もいまだ明らかでない。
 もともと、司法制度改革審議会の最終意見書は、「労働関係事件に関し、民事調停の特別な類型として、雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する労働調停を導入すべきである。」と述べたうえで「制度設計に当たっては、(i)申立人の住所地での申立てを可能とすること、(ii)訴訟手続との連携を強化すること、(iii)調停の成立を促進するための仕組みを設けること等について、他の紛争解決手段との関係をも考慮し、検討すべきである。」と述べていたが、仮に、今回の労働審判制度が現在の民事調停制度の枠内でなんらかの特則を設けるという程度のものにとどまった場合には、新味のないものにとどまりさしたる実効性を期待することはできないであろう。
 あらたに労働審判制度を設けるという場合には、現行の民事調停制度の枠組にとらわれずに、労働裁判改革の本旨に沿って自由に制度設計を行うべきであって、あえて「労働調停制度を基礎」とすべきではない。

第2 労働事件固有の手続の整備について

1 検討を放棄するに等しい「中間取りまとめ」

 今回の「中間取りまとめ」は、労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否に関しては、「第3 労働関係事件の訴訟手続の更なる適正・迅速化について」と題して「労働関係事件について、より適正かつ迅速な裁判の実現を図るため、実務に携わる裁判官、代理人である弁護士等の関係者間において、今般の民事訴訟法の改正等を踏まえ、計画審理、定型訴状などの在り方をはじめ実務の運用に関する事項についての具体的な協議を行うこと等により、訴訟実務における運用の改善に努めるものとすることはどうか。」と述べている。
 これは、あくまでも現行制度のもとでの実務の「運用の改善に努める」にとどめるというもので、結局は、労働事件についての固有の訴訟手続を新設することはもちろん、現行制度を前提に法改正により部分的改善を行うことについてすら検討しないというに等しい。
 このような姿勢は、わたしたちが指摘してきた現在の労働裁判制度のもとで生じている深刻な実情に正面から目を向けず、真に求められる改革に背を向けるものと言わざるを得ないばかりか、司法制度改革審議会の最終意見書が「労働関係事件固有の訴訟手続の整備」について早急な検討を求めていたところを怠るものとして強く批判されなければならない。
 なお、「中間取りまとめ」は、「(注2)」において「労働関係事件の訴訟手続について法制度上の整備を行うことの要否については、特に労働契約の終了に関する事件に関し、本案審理の迅速化、計画審理の原則化等の運用改善の指針を法制化することが適当であるという意見があった。」と述べている。とりわけ解雇等の労働契約終了に関する事件については、現状の改革が強く求められることは事実であるが、その内容は、使用者側による証拠隠しを許さないための文書提出命令の範囲の拡大、証拠保全手続の充実強化などの証拠収集手続の拡充、労働者側の申立による裁判所の釈明権の強化などによる審理の充実をはかるとともに、労働契約終了原因についての使用者側の立証責任の明確化が必要であり、これらを伴った審理の充実化なくして迅速化と計画審理のみを徒に追い求めることがあってはならない。

2 「簡易労働訴訟」の導入を

 賃金不払いや理由のないことが明らかな解雇などのように事案が単純で多くの証拠調べを要さずに比較的短期のうちに結論を得易い事件については、労働者が手軽に利用できる簡易迅速な手続を、通常訴訟手続の特則として設けることが求められる。
 簡易迅速な労働裁判手続としては、「中間取りまとめ」が打ち出した労働審判制度も、前述した基本的視点にたった具体的制度設計が図られるのであれば積極的な役割を期待することができるが、先述のとおり審判の効力には一定の限界を設けざるを得ない。このため、労働審判制度には訴訟に代替する機能までをも持たせることはできない。これに対して、通常訴訟の特則として設ける「簡易労働訴訟」による場合には、裁判の結論は通常訴訟と同様に判決によって示されるとともに、仮執行宣言を必ず付することにより直ちに債務名義とすることができる。
 未払い賃金の清算を求める労働者に対して「業務中に私語が多く他の従業員の業務遂行を阻害した」「仕事が遅く取引先に迷惑を掛けた」「仕事のできが悪く会社の信用を傷つけた」などと称して損害賠償請求をちらつかせ、あるいは低額な手当の支給を理由に時間外割増賃金の支払をしない、さらには「あなたは素直でないので明日から来なくて良い」などとして労働者を職場から叩き出す違法な解雇などがあとを絶たない。こうした事案については、労働審判手続きにおける審判にとどまるのではなく仮執行宣言付判決という法的強制力を伴う手続が求められるのである。
 なお、「簡易労働訴訟」手続の具体的な制度設計については、先述の「わたしたちの労働裁判改革の提案」(2002年7月)において述べたとおりである。

3 労働参審制の導入を

 私たちは、先述した「労働裁判改革のための意見書―労働者の権利救済のために」(2000年12月)及び「国民のための司法改革を」(2001年9月)において労働裁判に労使の参審員を加えた労働参審制を導入することを提起し、「わたしたちの労働裁判改革の提案」(2002年7月)においてはこれを押し進めて導入すべき労働参審制の具体的な制度設計を提起したところである。この提起に沿った労働審判制の実現は、その後も止むことのない「リストラ・合理化」の嵐が続くなかで労働者に対する権利侵害が横行している今日、よりいっそう強く求められるところである
 労働参審制度の導入については、司法制度改革審議会の最終意見書ですら、「雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する裁判制度(ヨーロッパ諸国で採用されている労働参審制を含む。)の導入の当否、労働関係事件固有の訴訟手続の整備の要否についても、ADRとの関係整理等も含め、早急に検討を開始すべきである。」と述べていたところである。
 ところが「中間取りまとめ」は、「第2」の「(注7)」において「いわゆる労働参審制等の、雇用労使関係に関する専門的な知識経験を有する者の関与する訴訟制度の導入の当否については、労働関係訴訟の今後の状況、上記の労働審判制度(及び専門委員制度)における専門的な知識経験を有する者の関与する実績等を踏まえるべき、将来の重要な問題と考えられる。」と述べている。ここには、労働審判制度の新設をもって労働参審制の導入を「将来」の課題として先送りにしようとのきわめて消極的な姿勢が窺われる。
 推進本部としては、今般の労働審判制度の新設をもって労働参審制の導入を先送りにするのではなく、早期導入に向けて具体的な制度設計を進めるべきである。

第3 労働委員会の救済命令の司法審査のあり方について

 前述の「労働裁判改革のための意見書―労働者の権利救済のために」(2000年12月)、「国民のための司法改革を」(2001年9月)及び、「わたしたちの労働裁判改革の提案」(2002年7月)においても指摘したとおり、不当労働行為についての専門救済機関である労働委員会が発した命令についての裁判所による取消率は一般の行政処分に比較して異常に高いうえに、その圧倒的多数は不当労働行為を認めて労働者側を救済した命令を覆すものとなっている。しかも、東京地裁労働部においては、使用者側によって取消訴訟が提起された場合に救済命令に従うべきことを命ずる緊急命令は、その制度趣旨に反して長期にわたって出されないままに取消訴訟の審理が続けられたすえに判決と同時にようやく発せられるという異常な運用が続いている。このような労働委員会の救済命令についての司法審査の現状は、まさに異常というほかない。
 これを抜本的に是正するためには、(1)実質的証拠法則の導入、(2)中労委命令の取消を求める訴訟の第一審管轄を東京高等裁判所とすること、(3)中労委による地労委命令の履行勧告に従うべきことを使用者に義務付けること、(4)救済命令の取消訴訟を受けた裁判所は一定の短期のうちに緊急命令を出すべきことを法定すること、が求められる。
 ところが「中間取りまとめ」は、「労働委員会における不当労働行為事件の審査の際に提出を命じられたにもかかわらず提出されなかった証拠が、救済命令の取消訴訟において提出されることに関して、何らかの制限を課するものとするについて、引き続き検討することはどうか。」と述べるとともに、「(注3)」において、「救済命令の司法審査におけるいわゆる審級省略及び実質的証拠法則の導入の当否については、今後の労働委員会における不当労働行為審査制度の改善状況等を踏まえ、更に検討されるべき重要な課題である。」と述べている。
 不当労働行為の救済を命じられた使用者側が、労働委員会における審査のさいに提出を命じられたにもかかわらず提出しなかった証拠を取消訴訟において提出することは原則として禁じられるべきであって、少なくともこのような証拠提出についての制限が検討されるべきことには異論はない。しかし、「中間取りまとめ」がその他の検討を先送りにしようとしていることは、とうてい看過することができない。
 そもそも、司法制度改革審議会の最終意見書ですら、「特に、不当労働行為に対する労働委員会の救済命令に対し、使用者が取消しの訴えを提起する場合に生じうるいわゆる『事実上の5審制』の解消など、労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方については、労働委員会の在り方を含め、早急に検討を開始すべきである。」と述べていたところである。
 前述した取消訴訟についての裁判所による異常な対応が続くなかで、労働委員会とりわけ中労委は、こうした裁判所の姿勢に影響されて不当労働行為の審査手続き及び救済命令について過剰に慎重な傾向を強めており、不当労働行為救済制度自体が機能不全に陥りかねない。
 このような状況のもとでは、救済命令の司法審査について前述した抜本的な制度改革をはかることと併せて、労働委員会制度についても、労働者委員の任命の公平・公正をはかるとともに、東京など多数の事件が集中し審査が遅延している地労委及び中労委の委員の大幅な増員などの改善策が強く求められる。

以 上

2003年9月
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