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裁判員制度、刑事裁判の充実・迅速化に関する意見書 |
2003年12月7日
自由法曹団 |
自由法曹団は裁判員制度及び刑事裁判の充実・迅速化について、既に数回にわたって司法制度改革推進本部に提出してきた。今回検討会では、井上座長による座長試案が提出され、パブリック・コメントの募集が行われている。そのため座長試案に対する意見も含めて、裁判員制度の制度設計、刑事手続きの改革の主要な点について、改めて意見を述べる。
自由法曹団は今回の裁判員・刑事裁判検討会で、刑事裁判の改革に対して、まず前提問題として自白偏重の捜査・裁判を改善するために、検察官手持ち証拠の全面開示、捜査の可視化、被疑者被告人の身柄解放(人質司法の改善)と弁護人との自由な接見交通、直接主義・口頭主義の実質化等、刑事裁判の根本的反省に立つ改革が必要であることを指摘してきた。しかし、事務局が提出したたたき台および今回の座長試案では、証拠開示、直接主義・口頭主義について言及しているものの、十分な改善案にはなっていない。また捜査の可視化、人質司法の改革に至っては検討課題にさえしていない。このような現状の問題点についての根本的な改善をしないで、新しい裁判員制度の制度設計をしても充実した審理は確保できない。
たたき台でも座長試案でも、「迅速化」が必要だと強調され、この「迅速化」を進めるために、裁判所に強力な訴訟指揮権を与えることが検討されている。たとえば弁護人不出頭の場合の国選弁護人の選任、訴訟指揮権による命令不遵守の時の制裁等である。一方、被疑者・被告人の権利保障は全くないがしろにされている。たとえば、検察側と被告人側の「武器対等の原則」を実現するための、検察官手持ち証拠の全面開示は実現されず、被疑者・被告人の黙秘権を侵害する争点明示義務が新しい公判準備手続の中で導入されようとしている点などである。捜査側に比べ圧倒的に不利な立場にある被疑者・被告人側が、証拠も開示されず、憲法上保障された黙秘権も侵害され、強力な訴訟指揮権のもとでの防御活動の制約のもとで、十分な立証さえできなければ、国民参加の裁判員制度のもとでも、誤った裁判を生み出すことは必至である。
たたき台、座長試案の基本的姿勢に根本的な問題があると指摘せざるを得ない。
1 合議体の構成について
裁判官1に対し裁判員は9人以上とすべきである。
座長試案は合議体の構成について、裁判官の員数を3人、裁判員の員数を4人とする(但し、5人乃至6人とすることも考えられる)としている。
裁判員制度が実質的な国民参加の制度となるためには、裁判官の意見に抑圧されて国民の意見が封じ込められることのないような人数構成を確保することがきわめて重要である。裁判官と裁判員の経験と知識、立場には圧倒的な差があり、実質的な対等性を確保するためには、職業裁判官に比較して裁判員が圧倒的多数とすべきである。
まず座長試案では、裁判官は3名参加することが念頭に置かれているが、裁判官は1名とすべきである。裁判員制度は国民が刑事裁判に参加する戦後はじめての新しい裁判制度をつくることになるのだから、斬新な設計をすべきであり、人数構成は、裁判官3名の合議事件との均衡等という考えにとらわれるべきではない。裁判員制度の下での裁判は、可能な限り国民の意見や視点を裁判に反映させるべきであるから、職業裁判官の関与は極力限定されるべきであり、職業裁判官の人数は1名とすべきである。
一方裁判員は最低9名は必要である。裁判の経験をもたない一般市民と職業裁判官の社会的影響力の差は圧倒的であり、評議において市民が萎縮することなく自由かつ対等に職業裁判官と議論し、判決に影響を及ぼすには圧倒的多数の国民参加が不可欠である。国民の参加により社会の良識を裁判に反映させるためには、性別、年齢、社会的経済的地位、経験の異なる多様な人間が参加すべきであり、これらの要否において偏った少数の国民の参加では国民参加の正当性を確保することはできない。地域社会の公正な代表といえるには、裁判員の数は9人以上でなければならないと考える。
2 評決について
評決は基本的には全員一致制とすべきで、有罪評決は3分の2以上などの特別多数決制にすべきである。
被告人には無罪推定の原則がはたらき、有罪とするには「合理的疑いを容れない程度」に有罪の心証が得られなければならない。裁判員制度のもとで、十分な立証活動をし、充実した評議をつくし、合理的疑いを容れない程度に有罪の心証を得られるか否か、という観点からすれば、基本的には評決は全員一致とすべきである。そして有罪評決をするには少なくとも3分の2以上などの、特別多数決とすべきである。
3 裁判員等の秘密漏洩罪
裁判員等の守秘義務は事件継続中に限定すべきであり、「守秘義務違反」は正当事由のない場合に限定し、制裁も少なくとも懲役刑はやめるべきである。
裁判員制度は戦後はじめて、国民が刑事裁判に参加し、国民の視点から犯罪事実の有無や、量刑判断に参加する制度である。多数の国民が、裁判員に選任され、裁判員制度を支えるようにならなければ、裁判員制度は成功しない。そのためには、国民が裁判員の具体的な活動内容を広く認識することが必要であり、裁判員経験者が、裁判員を経験した内容や、評議の仕方などを自由に発言し、これを広く国民に伝えることこそ、国民の知る権利に資し、裁判員制度を支える前提である。従って、少なくとも事件終了後は裁判員の守秘義務を課すべきではない。また、守秘義務違反という事案も限定されるべきで、正当事由のない守秘義務違反とすべきである。さらに、裁判員となる国民に対し守秘義務違反に懲役刑まで課す座長試案は、行き過ぎであり、国民の心理的負担が多大になってしまう。懲役刑については削除すべきである。
4 裁判員に対する接触の規制
事件終了後の事後接触の規制はすべきではない
既に述べたように事件終了後は裁判員に対しても守秘義務を課すべきではなく、裁判員制度の経験については基本的には規制すべきではない。事件終了後は、何人も裁判の内容や、裁判員の経験について自由な表現活動を保障すべきである。特に報道機関に対しては、事後接触を規制することは、裁判員制度下の裁判報道を規制することになり、国民の知る権利の保障を侵害する。報道機関への規制は自主ルールを求めるべきであり、法的規制をもうけるべきではない。
1 検察官取調請求証拠以外の証拠の開示
検察官手持ち証拠の事前全面開示が必要である。少なくとも証拠の標目一覧は提出すべきである。
検察官の手持ち証拠を、事前に全面的に開示し、武器対等の原則を貫徹させてこそ、はじめて充実した審理が可能となるのであり、検察官手持ち証拠の事前全面開示が必要である。たたき台案、座長試案でも、全面開示を実現する案は提案されておらず、きわめて不十分である。特に後に提案されているように、裁判員制度のもとでの刑事裁判は、集中的な裁判が予定されている。短期間の集中審理で真実を発見し、かつ被告人の防御権を十分保障するには、有利不利を問わず、検察官手持ちの全ての証拠の開示が必要である。
全面開示がすぐさま実現できないとしても、少なくとも証拠の標目がその内容を推察できる程度に具体的に記載するという前提で、検察官手持ち証拠の全貌を一覧表という形で示すことにより、事前全面開示により近づけるべきである。
座長試案は、列挙されている類型が狭きに失し、たとえば捜査報告書、請求予定のない証人の供述調書等は全く開示されないことになりかねず、妥当ではない。
2 被告人側の主張立証明示義務
被告人側に主張明示義務を課すべきではない
被告人に主張の表明を迫ることは黙秘権の侵害に当たると言うべきであり、主張明示義務を課すべきではない。また、無罪推定の原則からは、被告人側は検察官主張に合理的疑いを生じさせればよいのであり、無罪を立証する必要はない。事案の性質や検察官の主張・立証の変動に応じて、被告人側の主張は変動する可能性があるのであり、準備手続段階では「できる限り」明らかにすれば足りるのである。また、被告人が黙秘しているのに、弁護人に争点明示義務を課し主張の表明を迫ることは、弁護人にきわめて困難な対応を迫るものであり、許されない。結局被告人にも弁護人にも主張明示義務を課すことは出来ない。
3 準備手続終了後の被告人の主張、証拠請求
いずれも制限する制度を設けるべきではない
座長試案では準備手続き終了後の主張、証拠調べ請求はやむを得ない事由があったとき以外は認めないとしている。
しかし、「やむを得ない事由」の内容は明らかではなく、認定次第では幾らでも狭められてしまう。結局手続き終了後の新主張や証拠調べ請求は、認められないことになりかねない。本来無罪推定の原則、黙秘権の保障の趣旨からは、公判準備手続で被告人側には主張明示義務はないとすべきである。被告人側には準備手続終了後でも新たな主張を提出したり、新主張との関係で証拠調べ請求をできるとすべきである。仮に新たな主張や証拠を提出できないとすると、準備手続段階から被告人側は網羅的に主張を提出したり、考えられる証拠調べをすべて請求することとなり、かえって争点がひろがり不明確となってしまう。しかも、たたき台や座長試案では、検察官手持ち証拠の全面開示も実現されていない。後に被告人に有利な証拠がたまたま発見され開示された場合に、既に新主張や、証拠提出が出来ないのでは、無罪を見落としてしまう結果になりかねない。従って、このような制約はいずれもすべきではない。
4 開示された証拠の目的外使用の禁止
目的外使用の禁止条項を設けるべきではない
座長試案では、審理の準備以外の目的で、証拠の写しやその内容をそのまま記載した物、書面を使用することを一律に禁止し、しかもその違反にはペナルテイとして過料や罰則を科すことまで予定している。
しかし、このような目的外使用の禁止条項はもうけるべきではない。理由は以下の通りである。
第1に弁護人の正当な弁護活動、被告人の防御権を侵害する。弁護人や被告人が著作やホームページなどで、開示された証拠の問題点や矛盾を指摘し、広く国民にアピールすることで、国民の関心をよび、裁判への関心と監視を呼び起こすことは、弁護人の正当な弁護権の行使であるし、被告人の防御権の行使である。
また、共犯事件、関連事件があるばあい、弁護人らは会議を開き、被告人ごとに開示された証拠の内容の開示をし、相互に検討することが頻繁に行われている。弁護人は自分の担当していない共犯事件、関連事件の証拠に触れることで、自分の担当する事件のヒントや、筋道が整理されていくことがしばしばあるのである。しかし、このように共犯事件、関連事件の証拠の開示は、「当該被告事件の審理の準備」には当たらないから、目的外使用で禁止されることになってしまうのである。そうなれば、そもそも弁護団会議を開くことは不可能で、他の事件からヒントを得て、十分な弁護活動をしようとする弁護人の弁護権を侵害する。
第2に国民の知る権利、研究者の学問の自由を侵害する。
そもそも裁判も国民の監視の下で批判や批評にさらされるべき事は当然であり、このような活動は国民の表現の自由として保障されるべきである。裁判支援のための市民集会や宣伝活動、報道機関の報道、研究者の研究目的での研究など、裁判の資料は様々な目的で使用されてきている。このような自由な表現活動、研究活動が「証拠の内容を目的外に使用した」として、禁止され、処罰の対象となれば、裁判に対する国民の自由な批判はできなくなってしまい、裁判制度に対する信頼さえも揺らぎかねない。
第3に、具体的弊害は、禁止条項をもうけなくても対応できる。
そもそも刑訴法47条は、公判開始前の証拠の開示を禁止しているし、証拠の公表で生じた具体的被害に対しては、証人威迫や名誉毀損などの刑事罰、民事の損害賠償請求などで対応が十分可能である。現行規定で、対応ができないような具体的事例の検討は、検討会でもなされていない。そもそもこのような規定を設けなければならない弊害が存在しない以上、立法事実もなく、このような規定は不要である。
5 連日的開廷の確保等
連日的開廷の法定化は必要ではない
連日開廷を実現するための以下の前提条件を実現することこそ必要なのであり、この条件の整備抜きにして「連日開廷」を法定化することは反対である。
(1) 検察官手持ち証拠の全面的証拠開示による検察官と被告人・弁護人の武器対等の原則の実現
(2) 十分な公判準備期間の確保
(3) 被疑者被告人の早期の身柄解放
(4) 接見交通権の十分な保障と拡充
(5) 公的弁護制度の実現や弁護人の権限の拡充など有効な弁護権の制度的保障
(6) 公判記録、テープ、速記の充実による逐語的証言調書の即時交付
1 国選弁護人の選任
弁護人不出頭の場合、裁判長の職権で弁護人を付すことは許すべきではない
たたき台、座長試案では裁判長の訴訟指揮権を現状よりも強化し、弁護人が「出頭しない」、「出頭しないおそれがあるとき」、「在席しなくなったとき」に、裁判長が職権で国選弁護人を付すことが出来るとしている。
弁護人は違法不当な訴訟指揮に対しても、あらゆる方法によりねばり強い主張と説得をつづけ、その是正をはかるため全力をあげるべきであり、審理の拒否や安易な不出頭、退廷など実質的な弁護活動の放棄につながる行為は許されない。しかし、かりに誤った弁護方針であったとしても、そのことは弁護士倫理の問題として、基本的には弁護士の相互批判を通じて解決される問題である。そのことを理由に裁判所から弁護人としての身分を事実上剥奪することは、明らかに行き過ぎであり、被告人の最大の権利擁護者である弁護人の剥奪は(後に国選弁護人を付けたとしても)、被告人の防御権侵害である。このようなことを一歩でも許せば、冷静さを欠いた裁判官か、あるいは偏見をもった裁判官が、「誤った」弁護方針という口実のもとに、正当な弁護活動に刃を向け、弾圧をする事態もおこりうるのである。
また「不出頭」等につき「正当な理由」の有無を問わず、また被告人の同意はもとより、その意見の確認すら必要としていない。加えて出頭しない「おそれ」まで含めている。「出頭しないおそれ」と言っても、その範囲は漠然とし裁判所の認定次第で、いくらでも範囲が広がる危険性がある。裁判所の不当な訴訟指揮に従わず、その是正を求める弁護人を、裁判所が勝手に「出頭しないおそれがある」として、弁護人から排除することが可能となってしまい、被告人の防御権を侵害すること甚だしいと言わなければならない。
2 訴訟指揮に基づく命令不遵守に対する制裁
命令不遵守に対する制裁は課すべきではないし、裁判所の処置請求もすべきではない。
たたき台、座長試案では、訴訟関係人(弁護人、検察官)が、裁判所の出頭命令に対して正当な理由なく出頭をしない場合、裁判長の陳述・尋問の制限の命令に反した場合、制裁として過料を課すこと(第3の2)、さらに裁判所はその検察官および弁護士につき懲戒措置の請求を必要的にすべきと、提案している。
弁護人の不出頭・退廷については、その戦術自体が批判されるべきものである。しかし、いかに戦術として誤りであったとしても、そのことをもって、弁護人に対する過料や懲戒の対象となるのは、被告人の防御権、弁護人の弁護権を侵害するものであり、許されるものではない。実際上問題となった事案でも、多くの場合、弁護人の不在廷などは一時的なものであり、また、裁判官の訴訟指揮が妥当性を欠いていた場合も多く、それを改めること等により弁護士会のあっせん等で協議解決し、昭和50年代からは問題となった事案は存在しない。現在では立法事実が存在しないのである。
また尋問・陳述制限命令違反にたいする制裁は、裁判所が被告人・弁護人の訴訟活動そのものに対して、制限を課すことであり、いっそう問題が大きい。重複尋問等をめぐって、弁護人と裁判所との見解が異なったときには、異議及び裁判官の忌避の制度があり、このルールをつかって解決されればよいのでのある。重複か否か、関連性があるかどうかは裁判官の主観的、価値的判断になってしまうことも少なくない。また重複尋問と言っても確認の意味や反対尋問の対象を明確にする意味、証言を翻させないため等様々な理由で必要なこともあるし、関連性も証人の信用性弾劾のために、一見関係のない事項から尋問をしなければならないこともある。重複、関連性なしという形式論では割り切れないのである。実際上は、裁判官も一時の感情に駆られ発言禁止等の命令など、いきすぎた訴訟指揮がなされたと指摘された例も少なくない。このように訴訟活動の評価にかかわる微妙な問題につき、裁判所に強権が付与された場合、濫用のおそれが極めて大きいと言わざるをえない。また尋問制限が制裁付きでなされれば、弁護人等の尋問は自然と「及び腰」になるという傾向も否定しがたい。これでは最終意見が目指した、証人尋問を中心とした当事者の活発な主張・立証による裁判員の心証の形成ということも不可能となる。
さらに処置請求と連動することは問題が大きい。現行刑訴法規則303条1項は、訴訟関係人が審理を妨げたとしても、裁判所はまず当事者に説明を求め、その上で特に必要があるときに、処置請求するものとなっているのに、たたき台では制裁を科した場合、必要的に処置請求せよとしているのである。しかもたたき台の説明で事務局は処置請求に対して「処置しない」回答は許されないとの説明を行っているとのことであり、弁護士会のもつ弁護士自治の原則との抵触のおそれが極めて大きい。
したがって出頭命令違反、陳述・尋問制限命令違反等に対して、制裁を課すことはもとより、それと連動して処置請求をすることは弁護権の不当な制限あるいは弁護士自治の原則の不当な侵害となりかねず反対である。このような規定は設けるべきではない。
以 上