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「裁判上の合意による弁護士報酬の敗訴者負担制度」についての申入書

2004年1月22日

司法制度改革推進本部顧問会議 御中

自  由  法  曹  団
団  長  坂  本  修

申入れの趣旨

 「弁護士報酬の敗訴者負担制度」に関する制度設計は「司法制度改革の推進のために講ぜられる施策に関する重要事項」(司法制度改革推進本部令第1条第2項)であるから、顧問会議は、「裁判上の合意による弁護士報酬の敗訴者負担制度」について検討の上、同制度を導入すべきでないとの意見を、司法制度改革推進本部長に述べるよう申し入れる。

申入れの理由

1 「国民の理解」に背を向けた「裁判上の合意による敗訴者負担」導入の動き

(1)「合意による敗訴者負担」の急浮上ととりまとめの経緯は不透明極まりない

 司法制度改革推進本部司法アクセス検討会は、「弁護士報酬の敗訴者負担制度」に関する議論について、「裁判上の合意による敗訴者負担」による制度の導入を図る方向でとりまとめを行い、推進本部事務局はこの方向で法案作成を行っている。
 司法制度改革審議会報告書には敗訴者負担制度の検討にあたって「国民の理解にも十分配慮すべき」と明記されているところ、司法制度改革推進本部は昨年8月27日から同年9月1日までを募集期間として「弁護士報酬の敗訴者負担制度」に関する意見募集を行った。この意見募集において「合意による敗訴者負担制度」は全く検討対象とされていなかったにもかかわらず、その後検討会議論の最終盤である10月10日開催の第19回司法アクセス検討会において突如「合意による敗訴者負担」の考え方が浮上し、国民に対してこの考え方についての充分な情報提供すら行われないままとりまとめが行われたというのがこの間の経緯である。
 この「裁判上の合意による敗訴者負担」制度の急浮上と同制度によるとりまとめは、「国民の理解」に背を向けた不透明極まりないものである。

(2)意見募集の結果等に鑑みれば「敗訴者負担制度」の導入を取りやめるべきである

 司法制度改革推進本部が行った意見募集に寄せられた意見は5,134件という異例の多数にのぼり、しかも寄せられた意見の圧倒的多数は「敗訴者負担制度」導入に反対する意見であった。また、司法制度改革推進本部にはこの意見募集による意見の他にも多数の制度導入反対の意見書が寄せられ、さらに日本弁護士連合会や市民団体が取り組んだ反対署名は実に112万筆超にものぼっている。
 他方、司法アクセス検討会の議論の中で「敗訴者負担制度」が「裁判所へのアクセス」を阻害するものであることが明らかにされてきた。
 こうした意見募集等に寄せられた反対意見や反対署名、司法アクセス検討会における議論状況に鑑みれば、「敗訴者負担制度」の導入を取りやめることこそ理にかなったものであることは、誰の目にも明らかというべきである。

(3)国民を欺く「裁判上の合意による敗訴者負担」

 ところが上記のとおり、「敗訴者負担制度」を導入しようとする一部委員と司法制度改革推進本部事務局は「裁判上の合意による敗訴者負担」を突如司法アクセス検討会の議論に浮上させて不透明なとりまとめを行い、さらに法案作成を行おうとしている。
 これは、国民的批判の高まりの中で「敗訴者負担制度」の導入が困難となってきた状況下で、制度導入を図ろうとする勢力がなんとかして「敗訴者負担制度」を導入しようと提起してきたものである。
 以下に詳しく見るとおり、現在法案化が図られようとしている「裁判上の合意による敗訴者負担」は、実質的に「裁判所へのアクセス」を阻害するという従来から指摘・批判されてきた「敗訴者負担制度」と同様の弊害を有するものであり、「裁判所へのアクセス」を阻害しないとしてこの「裁判上の合意による敗訴者負担制度」の導入を図ることは国民を欺くものである。

2「裁判上の合意による敗訴者負担」

 第22回司法アクセス検討会(2003年12月25日開催)においてとりまとめが行われ、現在法案化が行われようとしている「裁判上の合意による敗訴者負担」制度の「基本的な制度設計」は下記のとおりである(第22回検討会資料3)。

(1)制度の対象

(2)要件

(3)効果

3制度の是非は「裁判所へのアクセスの拡充」の観点から検討すべき

 弁護士報酬の敗訴者負担制度は、司法制度改革審議会(以下、「審議会」という。)において「司法アクセス促進の観点から」検討されてきた。このことは、弁護士報酬の敗訴者負担制度が意見書中「司法アクセス」の項におかれていることにも端的に表現されている。また、司法制度改革推進計画(平成14年3月19日閣議決定)においても、「裁判所へのアクセスの拡充」の項目に明確に位置づけられており、この制度の導入は「裁判所へのアクセスの拡充」という目的に沿って行われるべきものである。
 この間市民団体や日本弁護士連合会等が、「敗訴者負担制度」に対して反対の意見を表明し、110万を超える署名が集まり、また、意見募集に5000件を超える意見が寄せられたのも、「敗訴者負担制度」が市民の裁判所へのアクセスを阻害することに懸念をもってのことであった。
 「裁判上の合意による敗訴者負担」制度についても、この制度が「裁判所へのアクセスの拡充」に資するか否かの観点から検討することが必要かつ重要である。「裁判所へのアクセス」の妨げとなるような間違った制度導入が行われてはならない。

4 「裁判上の合意による敗訴者負担」制度と「契約上の敗訴者負担条項」の危険な関連

 「裁判所へのアクセス」という観点からみたときに、「裁判上の合意による敗訴者負担」制度には重大な問題がある。

(1)「裁判上の合意による敗訴者負担」制度が招来する「契約上の敗訴者負担条項」

 「裁判上の合意による敗訴者負担」制度が導入された場合、上記要件に基づく訴訟当事者間の合意ができた場合にのみ、(民事訴訟手続き法上の)敗訴者負担制度が適用されることになる。この制度については、現実にはあまり利用されないのではないかとの声も報道されている。
 他方、普及・拡大が懸念されているのが、消費者約款や就業規則等における「契約上の敗訴者負担条項」である。現在このような「契約上の敗訴者負担条項」は大企業間の契約等のごく一部を除いて普及していないが、「裁判上の合意による敗訴者負担」導入により「敗訴者負担制度」が周知されまた「敗訴者負担制度」にいわば法制上の「承認」が与えられることにより、今後普及していくことが懸念されている。このような「契約上の敗訴者負担条項」が普及・拡大していくと、消費者・労働者・中小零細業者は、相手方の弁護士報酬の負担を心配せざるを得ず、結局裁判所へのアクセスが妨げられることになってしまう。

(2)司法アクセス検討会の議論状況

 この間の司法アクセス検討会の議論では、「裁判上の合意による敗訴者負担」制度についてさまざまな弊害が指摘され、こうした弊害が重大であるため敗訴者負担を原則とする制度の導入が見送られ、かつ上記のような合意の要件を限定した制度設計が(充分とは言い難いが)一応図られようとしている。
 これに対して、「契約上の敗訴者負担条項」については、12月25日の司法アクセス検討会においても、多数の委員がこの「契約上の敗訴者負担条項」について問題である旨の認識を示しているものの、具体的な対応が示されるには至っていない。

*なお、前記の骨子の要件中の「約款等で共同の申立をする旨の…取り決め」とは、「裁判上の合意による敗訴者負担制度」を利用する旨の取り決めに関するものであり、(同制度を利用しない)一般的な敗訴者負担条項は含まないとされている。すなわち、一般的な敗訴者負担条項は排除されていない。第22回検討会配付資料3はこの点が明確でないため、マスコミ関係を含めて認識に混乱が見られ、注意を要する。

(3)「契約上の敗訴者負担条項」による弊害を伴う「裁判上の合意による敗訴者負担」の導入

 「裁判上の合意による敗訴者負担」に厳格な要件を課しながら「契約上の敗訴者負担条項」を放置することは、制度設計として整合性を欠く。「裁判所へのアクセスを抑制すべきでない」「合意の有無が裁判所の心証形成に影響を及ぼす事態は回避すべき」等の弊害を除くことを目的として、「原則各自負担」の「裁判上の合意による敗訴者負担」の制度設計を行い、その制度設計において上記の比較的厳格な要件を課そうとしている一方で、「契約上の敗訴者負担条項」による「裁判所へのアクセス」の抑制という事態を招こうとしている。
 これは、いわば害悪ある副作用について対処を行わずに副作用の発生を容認するものであり、制度導入のあり方として看過出来ない欠陥がある。

5 「契約上の敗訴者負担条項」の弊害は労働契約・消費者契約等において特に重大

 上記の「契約上の敗訴者負担条項」の弊害は、以下に述べるとおり労働契約・消費者契約や下請契約等中小企業関連の契約において特に重大である。

(1)労働契約や消費者契約では、就業規則や消費者契約約款により労働者や消費者の知らないうちに「敗訴者負担」が契約条項に盛り込まれてしまう。

 労働契約や消費者契約の現場では、就業規則の個々の条項、契約約款の個々の条項にまでこうした確認を求めることは現実的でない。ましてや、「敗訴者負担条項」は労働契約や消費者契約の要素となるものでは本来ない故、通常は契約時労働者や消費者の関心の外にある。「敗訴者負担条項」は司法アクセスへの重大な障害となりうるものであり、労働者や消費者にとって紛争解決の道を裁判所に求めることが極めて重要であることに鑑みれば、就業規則や消費者契約約款における敗訴者負担条項に文字通りの拘束を認めることは、妥当性を欠く。

(2)労働者や消費者等は「敗訴者負担条項」を拒絶することができない。

 労働者が就業規則上の「敗訴者負担条項」を拒否しようとすれば、実際上は就職出来ないことになってしまう。消費者が「敗訴者負担条項」を拒否しようとすれば、借入や商品の購入ができなくなってしまう。下請業者が「敗訴者負担条項」を拒否しようとすれば仕事を受けられなくなってしまう。労働者や消費者等は、就業規則や消費者契約約款上の「敗訴者負担条項」を拒否することは、現実には不可能なのである。

(3)労働者や消費者等が泣き寝入りを強いられる(「裁判所へのアクセス」の阻害)。

 労働契約の内容は原則として就業規則の定めるところによるものとされているもとでは、就業規則に弁護士報酬の敗訴者負担が規定された場合、労働者は、敗訴の場合には使用者側からその弁護士報酬の請求を受ける覚悟を迫られることにならざるを得ない。その結果、解雇・賃金切下げ・男女昇進差別等々の使用者による違法・不当な行為を労働者が裁判で争うことに足を踏み出せなくなる。
 また、消費者契約約款においても「敗訴者負担条項」が入れられた場合には、消費者はこの条項による敗訴者負担を心配せざるを得ない。消費者が、悪徳詐欺商法、証券・先物取引被害、変額保険事件等の銀行被害、欠陥住宅被害等の被害を受けても、契約約款にこのような条項が入れられると提訴・応訴の重大な障害となり、法的手段を取ることの立ち後れ(被害の拡大と悪徳業者の財産隠しを許すことにつながる)、提訴の萎縮・応訴の萎縮(泣き寝入りをせざるを得ない)、請求金額の抑制等を事実上強いられることになりかねない。
 さらに、商工ローン・フランチャイズ・下請契約等において、こうした「敗訴者負担条項」がいれられると、商工ローン業者が敗訴者負担条項を「支払わないと裁判になって、こちらの弁護士費用も払わなくてはならなくなるぞ」という威嚇に用いることになりかねない。また、それでなくても極めて厳しい状況におかれているフランチャイズの加盟店において本部に対して法的権利主張をいっていくことは(最終的に裁判手続きに訴えるにあたって敗訴者負担条項が重大な障害となることから)極めて困難となることが予想される。下請契約においても、下請業者が権利救済を裁判所に求める道が狭められることになってしまう。このように、契約上の敗訴者負担条項は、それでなくても厳しい状況におかれている中小零細業者の権利救済に重大な障害となるものである。
 「裁判上の合意による敗訴者負担制度」は、「契約上の敗訴者負担条項」を普及させ、司法アクセスへの重大な障害物を作り出すものである。

6 弊害は除去されない

(1)弊害が除去されうるとする意見とその誤り

 「契約上の敗訴者負担条項」の弊害の指摘に対して、第21回司法アクセス検討会において、労働契約や消費者契約においては労働基準法16条や消費者契約法9条ないし10条により「敗訴者負担条項」を無効とすることができる旨の意見が提出された。
 しかし、「契約上の敗訴者負担条項」が労働基準法16条や消費者契約法9条ないし10条により無効とされるというのは法の解釈を誤った議論であり、「契約上の敗訴者負担条項」が無効とされる場合があり得るとしても極めて限定的な場合に限られる。
 労働基準法や消費者契約法を持ち出した上記の議論は全くまやかしの議論である。

(2)弊害は事前の「裁判所へのアクセス」の阻害の有無の観点から考えるべき

 そもそも「契約上の敗訴者負担条項」は、事後的に無効と確認されればよいというものではない。「契約上の敗訴者負担条項」の弊害として検討すべき点は、当該条項が「裁判所へのアクセス」の重要な阻害要因となるという点である。すなわち、労働者や消費者等にとっては、この条項が契約書上に存在し有効となる可能性があるというだけで、提訴にあたって敗訴した場合の相手方弁護士費用の負担を覚悟しなくてはならなくなる。「敗訴者負担条項」が存在し、同条項が有効となる可能性があるだけで、「裁判所へのアクセス」への抑制「効果」が大である。このように「契約上の敗訴者負担条項」の弊害は「裁判所へのアクセス」の障害という観点から見るべきである。

むすび

 「裁判上の合意による敗訴者負担」は上記のとおり弊害のある制度であり、その弊害は特に労働事件・消費者事件等において顕著である。私たちは、このような「裁判所へのアクセス」の阻害という重大な弊害をもたらす「裁判上の合意による敗訴者負担」の導入に反対するものであり、司法制度改革推進本部顧問会議に対して、「申入れの趣旨」記載のとおり申し入れる。

以 上

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