<<目次へ 【意見書】自由法曹団



動産・債権譲渡に係る公示制度の整備に関する要綱 中間試案に対する意見

1 はじめに

 法制審議会動産・債権担保法制部会は、今般、「動産・債権譲渡に係る公示制度の整備に関する要綱中間試案」を発表したが、これによれば、「動産担保及び債権担保の実効性を確保する観点から」、動産の譲渡担保に係る登記制度の創設とともに、現行の債権譲渡特例法(債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律)による債権譲渡登記制度を見直して債務者不特定の将来債権の譲渡登記を可能にすることを目指すとされている。
 しかしながら、これらの制度が導入されれば、未払賃金等の労働債権の重要な引き当てとなってきた原材料、在庫等の動産や売掛債権が、予め根こそぎ金融機関の担保にとられたうえ対抗要件を具備されてしまうこととなる。そうなれば、企業倒産時において労働者が労働債権を確保・回収することが著しく困難になることは必至である。
 私たちは、企業倒産等の場面において、労働債権の確保・回収を著しく困難にする動産譲渡登記制度と債務者不特定の将来債権譲渡登記の新設には全面的に反対である。

2 企業倒産及び未払い賃金の現状

 わが国では、バブル崩壊後、毎年1万5000件を超える倒産が続いており、2002年の全国企業倒産件数は、1万9458件と戦後2番目の高水準となった。負債総額も13兆7556億円と戦後5番目を記録している(帝国データバンク)。
倒産の激増にともない失業者も増大し、完全失業率は5・3パーセント、350万人もの人が完全失業状態にある(2003年度平均)。
 企業倒産は、労働者に対して、失業とともに、労働の対価としての賃金や退職金の未払いをももたらすのが通常であり、統計にあらわれただけでも年間約2万件、金額にして220億円もの賃金未払いが生じている(1999年、厚生労働省調べ)。
 労働者は、倒産により将来に向けて就労の場を失うだけでなく、過去の労働の対価としての賃金の支払いさえ十分確保されずに、家族ともども明日からの生活が維持できない状態に放り出されているのである。
自己破産申立件数年間24万件、自殺者年間3万1000人という数字(いずれも2003年度)は、まさにこうした労働者のおかれている現状を映し出している。

3 「中間試案」は労働債権保護の強化に真っ向から反する

(1)在庫や売掛債権は倒産時における労働債権の最後の引き当て
 不動産が銀行等によって完全に担保に取られ、かつ、その担保価値が急激に目減りしている現状にあって、企業の有する原材料・在庫等の動産や売掛金等の債権は、労働者にとって、倒産時における未払賃金等の最後の引き当てとして、その重要性はますます高まっている。
 在庫商品や売上げ等の企業資産は、それまでの労働者の労務が結実したものであり、労働の対価としての賃金が未払いの場合には、これらから優先的に労働債権の回収が図られるべきことは当然である。
 民法306条2号が雇人給料について雇用主の総財産の上に先取特権を認めているのも、まさにこの理を示すものである。

(2)労働債権保護は最近の法改正の流れ
 しかも、この先取特権について、民法308条は、従来はその範囲を最後の6か月分に限っていたところ、平成15年の法改正によりこの期間限定を廃止し、労働債権の保護を一歩進めたところである(なお、この改正により、商法295条及び有限会社法46条による会社使用人の先取特権の規定は不要となり廃止された)。
 さらには、今国会に提出されている破産法改正案においては、労働債権について配当許可前の弁済を可能とするとともに、その一部を優先的破産債権から財団債権へと格上げし、同時に財団債権としての租税債権の範囲を破産手続開始前1年以内の納期のものに限ることとし、労働債権の保護を不十分ながら従来よりも強化する方向を打ち出している。
 「中間試案」がはかろうとしている動産・債権譲渡に関する公示制度見直しは、こうした労働債権の保護強化の流れにも真っ向から反するもので、とうてい賛成できない。

4 労働債権についての先取特権等による保護を没却する今回の制度

(1)企業が所有するあらゆる動産・債権が担保及び登記の対象になる
 今回、検討されている動産譲渡登記制度は、譲渡人が法人に限定されているだけで、登記対象となる動産については、個別動産か集合動産であるか問わないものとされている。このような制度が導入されれば、担保に適する不動産を持たない企業が融資を受けるためには、その保有し、または、将来取得するであろうあらゆる動産を担保に差し出し、かつ、登記を経由されるという事態が生じることは目に見えている。
 また、債務者不特定の将来債権の譲渡について債権譲渡登記を経由することが可能になれば、他に適当な担保資産のない企業等は、融資を受けるために、今後生み出されるすべての売上げを予め担保にとられ、かつ、登記によって対抗力を具備されることになるのは必定である。
 しかも、動産・債権譲渡登記のいずれの場合にも、担保価値のある不動産を持たない企業にとっては、これらの制度により実際に新規融資を得ることは期待できないであろう。現実には、大口債権者が既存債権の回収を確実にするために債務者会社に対して譲渡登記を迫るという事態が横行するであろうことは、後に示す現行の債権譲渡登記制度の利用実態を見れば明らかであろう。
 一般の先取特権については、債務者の一般財産を構成しなくなった財産に対しては追及効が及ばない。
 今回の登記制度は、一般財産を構成する企業保有のすべての動産や債権について、予め、金融等の取引債務の担保として一般財産から切り離すことを強力に促進する。その結果、雇用関係に基づく債権の先取特権を規定する民法や労働債権の優先性を明記する破産法等による労働債権の保護を実質的に有名無実化するものである。

(2)一般財産からの分離を促進し、労働債権保護を無にする動産譲渡登記制度
 先取特権の目的が動産の場合、債務者がその動産を第三取得者に「引渡し」てしまった後は、その動産には先取特権の効力を及ぼしえない(民法333条)。
 これまでは、ここでいう「引渡し」には譲渡担保の場合の占有改定は含まれないと解釈する余地もあった。しかし、動産譲渡登記制度が新設され、金融機関等が動産を包括的に譲渡担保にとったうえで占有改定及び登記経由という対抗力を具備した後には、もはや、当該動産を先取特権により追及することは完全に不可能となろう。
 また、賃金未払いが続いているなかで企業倒産という事態に立ち至った際に、わずかに残された在庫品等は労働者にとって貴重な拠り所である。たとえこれらの動産類が占有改定の方法により譲渡担保に付されていた場合にも、未払い賃金の支払いに充てるために譲渡を受けた労働者が、これらの動産類を民法192条により善意取得し得ることに争いはない。しかし、登記制度により対抗力を備えることが可能となった場合には、善意取得が否定される余地がある(「中間試案」は、このような場合の労働者による善意取得の成立を妨げない旨の規定を設けるべきことを打ち出していない)。
 動産譲渡登記の新設は、民法が雇用関係に基づく債権について、企業等の総財産に対して先取特権を認めた趣旨を完全に没却するとともに、労働債権確保のための善意取得をも否定しかねないものである。このような制度の新設は、労働債権保護を弱めるもので、前述した労働債権保護を強化しようとする立法の流れにも反するものである。
 なんらかの合理的な必要性にもとづいて新たな動産譲渡登記制度を導入するのであれば、最低限、雇用関係に基づく債権についての先取特権等との調整規定を設け、労働債権の優先性を明確にする措置をとることが必要不可欠である。労働債権の優先的な保護を明確化する措置を伴わない限り、動産譲渡登記制度の新設を認めることは到底できない。

(3)濫用的利用をさらに進める債務者不特定の将来債権譲渡登記
 現行の債権譲渡特例法は、1998(平成10)年10月1日、施行された。その後、銀行、商社、商工ローン等が率先してこの制度を利用しており、2003(平成15)年の登記申請件数は約3万件、債権個数は約8000万個にも及んでいる。2000(平成12)年の申請件数が1万2800件、債権個数が6480万個だったことからすれば、この登記制度の利用が急速に進んでいることは明らかである。
 この制度については、倒産間際に商社や銀行等が抜け駆け的に債権回収を図るという濫用的な利用が指摘されている。
 自己破産申立のわずか2ヶ月前に約200社の取引先に対する総額約50億円の売掛金債権が根こそぎ大手商社に譲渡されたうえで登記を経由され、労働債権確保が困難となった事案(※)も実際に生じている。(※愛知県最大の寝具問屋である武井商事(従業員130名)は、1998年12月18日、突然、事業場を閉鎖し従業員全員を解雇したうえで自己破産申立を行ったが、そのわずか2ヶ月前の同年10月5日、約200社に対する売掛金総額約50億円を日商岩井に譲渡する旨の登記を済ませていた。)
 「中間試案」についての事務当局作成の「補足説明」によれば、今回の制度が導入されれば、たとえば、「平成16年4月1日から17年3月31日までの間に発生する○○会社横浜支店におけるパーソナルコンピュータの卸売りに係る売掛債権」というようなものまで金融機関等に譲渡して登記を経由することが可能とされている。その結果、結局、企業が将来発生させるすべての「売上げ」について、予め根こそぎ担保にとられ登記されるという事態に至ることは必至である。
 めぼしい動産や不動産を持たない企業において、最後のめぼしい財産として残されている債権は、もともと労働の成果にほかならない。それは、未払い賃金の支払にこそ充てられるべき源泉である。
 にもかかわらず、債務者不特定の将来債権譲渡登記が認められれば、将来にわたって発生すべき売掛債権等のすべてが、予め根こそぎ金融機関等の担保として企業等の総財産から分離されて対抗力を備えられることとなる。その結果、労働債権について債務者(企業等)の総財産のうえに先取特権を認めた趣旨が完全に没却されるなど、労働者保護は大きく後退させられるのである。
 現在でも濫用的利用が指摘されている債権譲渡登記について、その要件をさらに緩和して、債務者不特定の将来債権譲渡に関する登記を認めるべき理由は全くない。
 いま求められることは、現行の債権譲渡登記制度について、雇用関係に基づく債権についての先取特権の優先性が確保されるようにするなど、労働債権の保護を後退させず、いっそうの保護をはかるための改正を行うことであって、債権特定の要件を緩和することでは決してない。

5 まとめ

 今回検討されている動産譲渡登記や債務者不特定の将来債権譲渡登記制度は、企業等が保有する全ての動産や債権について、金融機関等の優位な立場に立つ債権者のための担保として、企業等の総財産から予め分離させることを急激かつ強力に促進するものである。それは、総財産のうえに雇用関係に基づく債権について先取特権を認めた民法の趣旨を完全に没却させ、さらには、破産法改正案のなかで目指されている労働債権保護の方向にも真っ向から反するものである。
 そればかりでなく、在庫や売掛金のすべてが金融機関等によって譲渡担保として把握されたうえで登記により完璧な対抗要件を具備されることになれば、民事再生や会社更生等の法的企業再建を行うことは不可能または著しく困難となる。
 企業倒産が激増し、労働者とその家族の生活破壊が極めて深刻となっている現在、労働債権の優先弁済という企業倒産時に最優先ではかられなければならない要請に背を向け、現に進められつつある労働債権の保護強化の法改正の流れにも逆行し、さらには、企業再生それ自体をも不可能にするような登記制度を導入することは許されない。
 今回の制度設計においては、一部の優位な立場にある債権者の利便性のみが追求される一方で、労働債権確保や再建型企業倒産手続との調整は一顧だにされていない。
 私たちは、企業倒産時における労働債権の優先的弁済を確保し、倒産の悲劇から労働者と家族の生活を守る観点から、動産譲渡登記や債務者不特定の将来債権譲渡登記制度の新設に対して、全面的に反対するものである。

2004年4月5日

自由法曹団労働問題委員会