<<目次へ 【意見書】自由法曹団


2004年9月28日

教育基本法全面改悪の与党中間報告に反対する
―自由法曹団の意見―

自由法曹団 団長 坂本 修






目次
はじめに
第1 全面改悪をめざす
第2 憲法改悪と一体
第3 「戦争する国の人づくり」−「平和な国家及び社会の形成者」の削除
第4 貫かれる愛国主義・国家主義T―「公共の精神を重視し、主体的に社会の形成の参画する態度の涵養」
第5 貫かれる愛国主義・国家主義U−「郷土と国を愛す」又は「郷土と国を大切に」
第6 能力主義の思想―「すべて」「ひとしく」の削除
第7 学校を市場原理と子どもに対する管理主義の場にー「公の性質」の削除と「規律」の強制
第8 義務教育期間の弾力化―「9年の普通教育」の削除
第9 両性の平等に逆行―男女共学規定の削除
第10 教育内容への介入―主語は「教育行政」
第11 教育内容の統制―教育振興基本計画の策定

 



はじめに

 自民党、公明党の教育基本法改正協議会は2004年6月16日に「教育基本法に盛り込むべき項目と内容について(中間報告)」を発表した。

 自由法曹団は2002年8月に「教育基本法『改正』問題についての意見」を中央教育審議会に提出し、教育基本法は教育憲法であること、教育基本法「改正」は憲法「改正」と一体のものであることなどを指摘し、教育基本法「改正」に強く反対するとの意見を述べた。また、2002年12月に中教審中間報告に対して、「『国家戦略としての教育改悪』をめざす教育基本法「改正」に反対する」で中間報告の「国家戦略としての教育改革」の危険性を明らかにし、中間報告の「教育基本法の見直しの方向」について、反対の意見を述べた。

 今回の与党中間報告は、中間報告ではあるが、改悪法案の骨子を示している。自由法曹団は教育基本法を擁護する法律家の立場から、与党中間報告に反対するものである。


第1 全面改悪をめざす

 与党中間報告は、「改正方式については、一部改正ではなく、全部改正によること」としている。中教審最終答申は、現行法の精神を変えるものではないとし、部分改正にとどまっているが、全部改正は、現行法の全面的、根本的に改変しようとするもので、現行法の質的な転換をはかろうとするものである。即ち現行の教育基本法は、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造をめざす教育を徹底」(同法前文)するために制定されたいわば教育憲法である。この全てを変えるということは、教育基本法が目指す「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」を放棄するということである。全面的な改悪案となることは明らかである。


第2 憲法改悪と一体

 教育基本法の前文は「日本国憲法の精神に則り」として教育基本法と日本国憲法との一体性を示している。これに対して、与党中間報告は、「現行法前文中の「憲法の精神に則り」の扱いについては「さらに検討を要する」として、削除する方向を示している。これは改憲の方向と軌を一にするものである。即ち、自民党憲法調査会は、本年6月10日に「論点整理(案)」を示した。この内容は、憲法9条について「自衛のための戦力の保持を明記すること」などとともに、憲法前文を全面的に書き換えて、「利己主義を排し、「社会連帯、共助」の観点を盛り込むべきである。」「国を守り、育て、次世代に受け継ぐ、という意味での「継続性」を盛り込むべきである。」などとしているのであるが、教育基本法与党中間報告は、このような改憲を見越しているといえよう。

 与党中間報告は、教育基本法から「憲法の精神に則り」の文言を削除することにより、教育基本法「改正」と改憲を一体として進めることを明らかにしているといえよう。


第3 「戦争する国の人づくり」−「平和な国家及び社会の形成者」の削除

  教育基本法第1条は「教育の目的」について「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。」としている。

 しかし、与党中間報告は「教育は、人格の完成をめざし、心身ともに健康な国民の育成を目的とすること」として、「平和的な国家及び社会の形成者」を意識的に削除する。

 2 与党中間報告は、平和的な国家及び社会の形成者」を削除することによって、教育基本法「改正」が「いつでも戦争に出て行ける国」のために人づくりをめざしていることを露呈している。戦前の日本の教育は、天皇を主権者とし、国民を「臣民」と位置づけ、臣民は他国を侵略する天皇のために奉仕し、死ぬことさえも厭わないよう教えることで、アジア諸国に甚大な被害を与えた戦争への道を突き進んだのである。そのため、国民統合の重要な役割を果たした軍国主義教育への反省から教育基本法は定められたものである。

 3 今再び「戦争する国」づくりの企てが進行している。2004年6月14日、参議院本会議で、戦争法案(7法案3条約協定承認案件)が強行可決された。戦争法案は日本の国土と国民を守るものではなく、アメリカの行う戦争のためにこの国と国民を総動員するものであること、米軍に対する武器弾薬などの供給が事実上無制限となること、周辺公海上での臨検拿捕など憲法が明文で禁止する交戦権の行使を法律上認めること、空港・港湾・道路・電波などについての日米軍事優先使用が認められること、国民・自治体・マスメデイアはじめ指定公共機関などが平時からの軍事優先により権利・自由などが制限侵害される等々の問題点を自由法曹団は数次にわたる意見書で指摘してきた。

 4 与党中間報告は、上記の戦争法案をはじめとする「戦争をする国」づくりに呼応した、平和を希求する社会とそのための人づくりに対する挑戦である。


第4 貫かれる愛国主義・国家主義T―「公共の精神を重視し、主体的に社会の形成の参画する態度の涵養」と個の尊重の削除

 与党中間報告は、「教育の目標」として、6点を揚げているが、その中には現行法にある「個人の尊厳を重んじ」や「個人の価値を尊び」が削除されている。一方で「公共の精神を重視し」と揚げている。

 人は社会生活を営む以上、他の人と調和を図り、自らの社会的責任を全うすることが必要であり、このことは、教育基本法3条でも、「自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない」としているところである。

 しかしながら、与党中間報告は、戦後民主主義の基本であり、憲法の大原則である個人の価値を尊ぶことをあえて削除し、「公共の精神を重視」することを一面的に強調している。このように、個人の尊厳を無視して「公共」のみを強調することは、個を否定して、公=全体の利益に奉仕することを強要する危険性があり、新しい「公共」の強調、それにもとづく道徳心や倫理観の強調は、次に述べるように「戦争をする国」にしていくための人づくり政策につながるものと考えられ極めて問題である。


第5 貫かれる愛国主義・国家主義U−「郷土と国を愛す」又は「郷土と国を大切に」

 与党中間報告は、「教育の目標」として「郷土と国を愛す」あるいは「郷土と国を大切に」のいずれかを盛り込むことと提起している。両論併記であるが、いずれであっても、愛国主義・国家主義を教育の目標として揚げることは明らかである。

 国旗・国歌法制定の際に、政府は「児童生徒の内心にまで立ち入って強制使用という趣旨ではない」と国会で答弁した。それにもかかわらず、東京都では、石原都知事のもとで、子どもの思想・信条の自由を侵害する日の丸・君が代の強制が行われている。さらに、各地では、愛国心通知表や「心の教育」の強制が行われている。国旗、国歌をどう受け止め、これらとどう向き合うかは一人ひとりの国民が自ら判断して決める事柄である。国を愛する愛し方も各人各様であり、公権力で強制し押付けるものではない。

 憲法第19条は「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」としている。これは「本条は外的権威に拘束されない内心の自由を保障することにより、民主主義の精神的基盤をなす国民の精神的自由を確保することを目的とする。過去において危険思想、反国家思想、反戦思想等の名を以って思想の弾圧が行われた経緯に鑑み、再びかかることなからしめようとする意味」(『註解日本国憲法』)である。愛国心が強制されるとすればまさに思想・良心の自由の侵害である。


第6 能力主義の思想―「すべて」「ひとしく」の削除

 1 教育基本法は「教育の機会均等」について「すべて国民は、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない」としている。

 与党中間報告は「国民は、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられ」として、「すべて」「ひとしく」の文言を削除する。削除の結果「能力に応じた教育を受ける機会」とは、「能力のある者は伸ばす、能力のない者はそれなりの教育をする」という能力による格差の拡大を進めることを是認することになる。しかし、教育を人権として保障する憲法第26条の「その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利」及びそれを受けた教育基本法第3条の「その能力に応じる教育を受ける機会」でいう「能力に応じて」とは、「その子どもの発達の必要に応じてよりいっそう懇切、丁寧で手厚い教育を保障する」との意味である。この理解は子どもの権利条約(児童の権利条約)第29条が「教育の目的」は「児童の人格、才能並びに精神的及び身体的な能力をその可能な最大限度まで発達させること」としていることとも一致するものである。

 従って、能力による格差の拡大を進める思想は、憲法第26条や子どもの権利条約(児童の権利条約)に反するものである。

  また、与党中間報告は、奨学について、教育基本法の「経済的理由によって就学困難な者に対し」との文言を削除し、奨学を一部のエリートに対するものに切りかえようとしている。しかしながら、奨学はまさに家庭の貧困などで進学をあきらめざるを得ない子ども即ち「経済的理由」によって就学困難な者に対してなされるものであり、これ削除することは憲法や子どもの権利条約に反する。


第7 学校を市場原理と子どもに対する管理主義の場にー「公の性質」の削除と「規律」の強制

 1 与党中間報告は、教育基本法の「法律の定める学校は、公の性質をもつ」という文言を削除する。これによって、株式会社による学校設立など市場原理に基づく学校の設立を進めようとする。

  また、与党中間報告は「学校教育」について「規則を守り、真摯に学習する態度は、教育上重視されなければならない」とする。

 しかしながら、学校の校則などによる学校での子どもに対する管理主義が、子どもの人権を侵害する危険性があることは、1985年の日本弁護連合会人権擁護大会による問題提起以来、社会的な課題となっている。与党中間報告は、子どもに一方的に「規則」を強要するものであり、子どもの権利条約にも違反する。


第8 義務教育期間の弾力化―「9年の普通教育」の削除

 与党中間報告は教育基本法の「9年の普通教育」の文言を削除して、「別に法律に定める期間」に変更しようとする。このことにより、障害をもった子どもの小学校への入学年齢を引き上げるなど、義務教育期間の「弾力化」がなされる危険性がある。義務教育の弾力化は、「競争に勝ちぬく」エリートには出来るだけ早期に上級学校への進学をすすめてエリート養成教育をはかることでもあり、格差拡大の不平等教育のための制度化にほかならない。


第9 両性の平等に逆行―男女共学規定の削除

 教育基本法5条は、「男女は、互いに、協力しならないものであって、教育上男女共学は、認められなければならない」としているが、与党中間報告はこの「男女共学規定」を削除する。これは、与党内から出ている憲法24条の「改正」要求と軌を一つにするものである。与党中間報告が他方で「家庭教育の重視」をうたっていることを併せ考えると戦前の「家制度」の復活を待望しているとも思われる。

 今日、教育・学習のあらゆる場において、男女共同参画社会の実現や男女平等の促進に寄与するという新しい視点が重要になっている。政府の方針でも男女共同参画社会の実現は最重要課題だとされている。現実の教育現場で男女共同参画の理念に基づいた教育が行われるように教材等を充実させる等こそが必要であり、「男女共学規定」を削除することは時代の流れである両性の平等に逆行する。


第10 教育内容への介入―主語は「教育行政」

  教育基本法10条1項は「教育は、不当は支配に服することなく、国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものである。」としている。これは、戦前の教育行政が地方の実情を無視して中央集権化され、しかも内務行政と固く結びついて、教育内容にまで立ち入った干渉をなすことを可能にし、ついには時代の政治力に屈して極端な国家主義的イデオロギーによる教育、思想、学問の統制さえ行われるに至ったことから痛切な反省にたってもうけられた規定である。

 ところが、与党中間報告は「教育行政は、不当な支配に服することなく、国・地方公共団体の相互の役割分担と連携の下に行われること」として、主語を「教育」から「教育行政」に変更する。これにより「不当な支配」から守られるべきは教育の現場ではなく、「教育行政」ということになるから、教育現場に対する「上からの指示」は「不当な支配」にはあたらなくなる。今日の状況をみるとき、教育行政(教育委員会)による教育現場への不当な支配介入が行われているのであり、「教育行政が不当な支配」に服している実情があるわけではない。この変更により教育行政による教育現場への不当な支配介入がますます許されることになるであろう。この改変の意図が、教育内容への国家統制にあることは明らかである。

 また、教育が「国民全体に対して直接に責任を負う」との規定を削除することは、現場の教育を国民全体に対してではなく、教育行政に対して責任を負う位置に立たせることになり、この点でも教育の国家統制を貫く意図が明らかになっている。

 2 さらに、「教育行政」を主語にすることで、「不当な支配」を行うのは与党中間報告が志向する教育内容を実践しようとする教育行政に対する批判を行う市民運動や教職員組合の運動ということになる。与党中間報告は、「教育」を「教育行政」と変えることで、教育行政の教育への支配を可能とするだけでなく、逆に、そうした支配に対する批判、反対運動に対しては耳を貸さない態度を貫徹しようとするものである。


第11 教育内容の統制―教育振興基本計画の策定

 与党中間報告は、「政府は、教育の振興に関する基本的な計画を定めること」とする。また、「国、地方公共団体は義務教育の実施に共同して責任を負」うものとする。

 与党中間報告が振興計画の根拠条項を教育基本法に置き、教育施策の策定と実施の責務を国や地方共同団体(一般行政)が責任を負うということになれば、教育内容の強い統制につながる危険性が高い。与党中間報告がめざす国家目標に即した人材の育成という教育目標に鑑みるならば、一般行政が教育内容に積極的な介入をおこなう結果、即ち10条のめざす「教育の独立、中立」が一層侵害さることになることは明らかと言ってよい。

 現に進行している教育行政の教育内容への介入・統制により、教育現場が混乱に陥っている実態がある。中間報告が述べるところは、より一層の介入・支配にほかならず、教育振興基本計画の根拠となる条文を教育基本法に加えるという方向には断固反対する。

以上

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