<<目次へ 【意見書】自由法曹団
1998年4月
自 由 法 曹 団
政府は、本年4月8日「日米防衛協力に関する指針の実効性を確保するための法整備の大要」を明らかにし、4月中にも、法案を今国会に提出しようとしている。具体的には、周辺事態法(新法)や自衛隊法「改正」、日米の物品役務相互援助協定「改定」が準備されている。
ここでは、これらをあわせて「周辺有事立法」と呼ぶことにするが、いずれも日本が再び戦争をするための有事立法づくりに他ならないものであり、憲法の平和原則からも到底認めることはできない。
次の5つのポイントにまとめてその問題点を明らかにする。国民の批判を喚起するために活用していただければ幸いである。
昨年9月23日、日米両政府が新たに合意した「日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)は、英字新聞で「ウォー・マニュアル」と紹介されたとおり、現実に日米で戦争を行うための計画づくりである。この新ガイドラインは、1978年のガイドラインと異なり、日本に武力攻撃があった場合の対処(日本有事)のみならず、「日本の平和と安全に重大な影響を与える」「周辺事態」にも対応するものとされている。
「周辺事態という概念は地理的なものではな」いと明記されており、限定がない。その範囲は判断次第で拡大され、日米の軍事活動が広く海外で展開される危険がある。日本の防衛に関係のない場合でも、同盟国ー米国の自衛のための戦争に参加する集団的自衛権の行使、米国による軍事介入、侵略戦争に対してすら参加し、共同で活動することになるのである。現に、米国は、98年2月にも、国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)による査察拒否という理由だけで、国連の決議もないままイラクに対する武力行使に踏み切ろうとしたが、自衛権及び集団自衛権による武力行使が国連憲章において認められるのは、他国の武力攻撃に対して安保理が措置をとる間の暫定的なものに限定されている。このように国連憲章をも無視する米国の武力攻撃についても、日本が参戦する現実の可能性が存在する。
新ガイドラインの内容は、(1)日本有事と周辺有事のための具体的な「共同作戦計画」と「相互協力計画」の策定、(2)日本国内の関連法整備の二本柱の実現が伴わない限り、「絵に描いたモチ」でしかない(98年1月21日読売新聞)。すでに、日米両政府は、実行組織となる「包括メカニズム・調整機構」を発足させ、新ガイドラインを具体化する作業を着々と進めている。
(1)に関しては、自衛隊・在日米軍・米太平洋軍、日米の制服組による共同調整会議で共同作戦計画と相互協力計画の策定、参戦準備段階の共通の基準及び実施要領(交戦規則)づくりについて、作業が開始されている。
(2)に関しては、17省庁の局長等会議により、各省庁ごとの新ガイドラインへの協力措置を検討し、新ガイドライン関連法(有事立法)整備の準備が進められている。そして周辺有事立法を今国会に提出する動きとなっている。
「日本に対する武力攻撃」の場合を前提とした日本有事に際して、国民動員や物資収用等を定めている自衛隊法103条を実施するための政令等は、未だ制定されていない。けれども、略称「三矢研究」と呼ばれる、「昭和38年度統合防衛図上研究」さらには、1977年以来防衛庁が公式に進めてきた有事法制研究など、有事立法は着々と準備されてきた。81年に防衛庁所管関係(第一分類ー自衛隊法103条など)、84年に他省庁所管関係(第二分類)について、それぞれ中間報告が発表されている。所管省庁が明確でない事項に関する法令(第3分類)についても調整中とされている。このような研究が周辺有事立法などにも反映されていくことになる。今回の周辺有事立法に盛り込まれていない問題も、必要となれば、直ちにそれが具体化される危険もある。
現在準備されている周辺有事法は、米軍と共同で戦争を行うことを認める立法に他ならない。このことは、「米兵は生命の危険を冒して出撃する」「両国部隊員にとって大事なことは、新指針の条文そのものではなく、現場でお互いが『命を託し合えるかどうか』である」「有事法制と行動規定を早急に整備し、新指針に命を吹き込む必要がある」という自衛隊元幹部の発言(志方俊之・帝京大学教授、97年11月23日付読売新聞)からも、明確である。
@ 後方支援活動
まず、周辺事態法で米軍の後方支援を日本が担当することを明らかにするという。これは、武器・弾薬等物資の輸送、食料・燃料等の補給、戦車等の車両や船舶の整備、負傷兵の治療、情報活動など戦争遂行に不可欠な活動である。また、日本の民間港湾・空港も、出撃や輸送・補給、整備等のために使用される。そうして米国の戦争、軍事介入にも、日本が直接加担することになる。
A 有事版ACSAづくり
1996年6月に成立した日米物品役務相互提供協定(ACSA)は、自衛隊と米軍の間で、共同訓練、国際連合平和維持活動、人道的国際救援活動に必要な物品・役務を相互に提供しあうことを定めている。提供しあう物品・役務は、食料、・水、・宿泊、・輸送、・燃料・油脂、潤滑油、被服、通信、衛生業務、基地支援、・保管、施設の利用、訓練業務、部品・構成品、修理・整備、空港・港湾業務である。この「輸送」は武器・弾薬・兵員の輸送を含み、この「部品・構成品」は武器部品・構成品を含んでいる。但し、現行のACSAは、日米共同訓練に限定されている。現行でも、訓練の名目で自衛隊が実質的に後方支援活動を行うことも不可能ではないけれども、現に戦闘をおこなっている米軍に対し、正面きって、物品・役務を提供する後方支援活動をおこなうことができるように、有事版ACSAに「改定」しようということである。
B 公海上・他国領海で米兵などの捜索・救難
自衛隊(艦船・ヘリ等)は、戦闘員の捜索・救難も行う。撃墜されたり帰艦に失敗し不時着した米軍機の搭乗員、機雷に触れて沈没した艦船の乗組員などを、公海上だけでなく他国の領海でも捜索・救難する。このような捜索・救難活動によって救出が保障されることで、米兵の戦闘活動が効果的に展開できる。そして、救出された米兵は、再び相手国の攻撃に参加することになる。自衛隊の「捜索・救難」活動は相手国から見れば敵対的軍事活動そのものである。他国の領海での捜索・救難活動については、当該他国の同意のある場合に限定するというけれども、他国での武力行使の可能性も含むものであり、海外での軍事活動をいっそう拡大することになる。
C 機雷の掃海
新ガイドラインは、公海上での機雷の掃海を日本に担当させるものである。艦船の侵入をはばむために公海上に敷設された機雷は、それ自体が武力行使である。その反撃として、相手国へ艦船を侵攻させるために、機雷を排除するのが掃海活動である。これが武力行使となることもまた明白である。政府の見解も同様であった(大森政輔内閣法制局長官)。ところが、今回の各法案に盛り込まないでこれを実施するというのである。戦後、遺棄された機雷の掃海を予定して制定されている自衛隊法99条では、到底認められない活動である。
[戦闘地域と一線を画するというごまかし]
以上の活動が武力行使ないしは武力行使と一体となった活動であり、戦争参加となることは明らかであり、それらの違憲性は明白である。ところが、政府は、これら海外での自衛隊の活動については、戦闘地域と一線を画する地域での活動であるから米軍の武力行使との一体化が避けられると説明している。けれども、戦闘地域と非戦闘地域の境目が「流動的」というのは軍事上の常識とされており、その区分は不可能である。敵機が追撃してくれば、捜索・救難活動をしている自衛隊は攻撃対象となるのである。他国の領海ではより危険である。現に、自衛隊の幹部も、「今の兵器は長射程で、戦闘場面でないところまで飛んでくる場合もある」(山本安正海上幕僚長)と戦闘地域との線引きが困難であることを指摘している(98年4月11日付朝日新聞)。米軍の武力行使との一体化が避けられるという政府のごまかしは、断じて許されない。
@ 在外邦人の救出
自衛隊法第100条の8は、航空機を海外に派遣して在外邦人等の輸送を認めているが、周辺事態に対応する活動として、在外邦人救出のために自衛隊の艦船・ヘリコプターの海外派遣も認めようというのである。自衛隊艦船は、輸送艦でも3インチ砲等を備えて武装しており、その護衛のために、また「救出」任務のために護衛艦を海外派遣する可能性もある。相手国にとって武力による威嚇となる活動である。
のみならず、「隊員及び現場に所在する在外邦人等の生命等を防護するための最小必要限度の武器使用に関する規定について検討中」とされている。今国会に提出されているPKO法「改正」案では、自衛隊の海外活動で上官の命令による武器の使用を容認し、部隊による組織的な武器使用、すなわち武力行使を公然と認めようとしているが、これと同様に、在外邦人等を保護するためと称して他国で武力を行使する危険につながる。
A 公海上での船舶臨検
船舶の臨検については、「周辺事態に際して、貿易等の規制措置の厳格な実施を確保するための国連安保理決議に基づく、船舶の航行状況の監視、船舶の荷積・目的地の検査・確認、同意を得ての乗船検査、必要に応じた進路変更の要請等を行う活動」とされている。停船命令に従わない船舶に対して、海上封鎖ラインについている自衛艦が機銃や機関砲で船舶の前方やマストへの威嚇射撃をし、攻撃ヘリが行く手をはばんで船舶の甲板に強行着陸し、取り調べをする可能性も考えられる。少なくとも、このような武力行使の可能性が背景にあるからこそ、航行する船舶が停船して臨検に応じることになる。まさに、武力による威嚇に他ならない。
B 部隊による武器使用=海外で武力行使
前述の在外邦人等の救出はもとより、公海上での補給・輸送などの後方支援活動、臨検など海外で活動する自衛隊が攻撃を受ければ、武器を使用して反撃することとなる。周辺事態法や自衛隊法「改正」などでも、部隊による組織的な武器使用、すなわち武力行使を公然と認めようとしている前記のPKO法「改正」案と同様の規定が検討されている。
[武力行使は否定できない]
以上のように、周辺有事立法では、これまで政府自ら否定していた海外での武力行使、武力による威嚇を当然行うことを前提としている。「武力による威嚇や武力の行使に当たるものではない」という条項を法案に入れるというが、一種の「呪文」にすぎない。武力行使や武力による威嚇を前提とする周辺有事立法の違憲性は明らかである。
新ガイドラインは、「中央政府及び地方公共団体が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用する」と宣言している。周辺事態法では、地方公共団体及び民間などに「必要な協力」を求めることができるとする。
@ 自治体の動員
自治体の管理する港湾・空港、病院、道路などを戦争のために使用し、都道府県警による米軍の警備、水の補給や汚水処理などを、自治体に担当させようとするのである。武器・弾薬など危険物を扱う米軍による道路・施設・区域等の利用にあたっても、道路・海岸・河川等を管理する自治体の協力は不可欠となるであろう。しかも、自治体については、「米軍への支援活動などに協力する義務を課すものである」という(4月10日付朝日新聞)。例えば、非核証明書の提出のない艦艇の入港を認めていない神戸市、軍艦の入港を拒否している那覇市(米軍が強制使用している那覇軍港は別)などの抵抗を許さず、米軍の港湾使用を受け入れさせようするものである。地方自治の否定に他ならない。
A 民間業者・労働者の動員
また、武器・弾薬等の輸送、食料・燃料等の補給、整備等の業務については、民間業者や労働者を動員しようということになる。
現時点では、罰則を伴う強制動員まで予定していないというが、「必要な措置」とか「必要な協力」と無限定の表現をとっており、罰則や強制措置の危険をはらんでいる。
B 脅かされる国民の生活・権利
国民生活や権利にも重大な問題が生ずる。例えば、新ガイドラインでは、港湾・空港の使用とあわせて、これらの運用時間の延長が予定されている。また、新たな訓練・演習区域の提供も含まれている。このように米軍の活動を優先することにより、環境破壊や住民に対する様々な権利侵害が生ずることは、沖縄の基地問題、横田・厚木基地等騒音公害訴訟、米軍機の低空飛行、米軍機による「ニアミス」等に端的に示されている。それが全国に拡大し深刻な問題となる。のみならず、新ガイドラインでは、米軍との関係で様々な情報活動やその交換が規定されており、情報を統制したり、スパイ防止を名目に国家機密法などの危険も無視できない。
C 先取りされている「協力」
米海兵隊の実弾砲撃演習や日米共同演習を本土で実施するために、すでに、民間の航空機が民間空港を、民間の船舶が民間港湾を通して、さらに民間のトラックやバスが高速道路を走り抜けて、武器・弾薬や兵員などを輸送している。例えば、北富士演習場には砲弾が沖縄の天願桟橋から民間船舶で輸送され、矢臼別には、155ミリ榴弾砲8門、車両約75台、弾薬・食料などが日本通運や日本海運の輸送船で根室花咲港へ輸送されて陸揚げされている。矢臼別では、米海兵隊演習の「警備」で動員された北海道警察900人の宿舎にあてるために、町は中央公民館、西公民館、町立体育館を提供した。他方、米国は、朝鮮半島有事を想定し、重傷の米兵約1000名を日本の病院で手術や治療ができるようしているという(97年12月7日付琉球新報)。
周辺事態法は、このような「協力」を明記し、事実上有無を言わせず、新ガイドラインを実行しようとするものである。
周辺事態法では、日本が行う米軍への後方支援、戦闘員の捜索・救難などについて、基本計画を閣議で決定して実行するものとし、国会には内閣総理大臣が遅滞なく報告すれば足りるという。自衛隊の防衛出動等で要求される国会の承認は必要としないというのである。しかも、内閣総理大臣が、閣議決定もなしに基本計画に基づいて行政各部を指揮監督するという。
新ガイドラインでは、平素から「共同作戦計画」と「相互協力計画」を日米共同で策定し、米側の判断で戦争が開始されれば、自動的に自衛隊が参戦する仕組みとなっている。いわば米国の要求にこたえるために国会の承認を不要とし、議会制民主主義による歯止めも無視されることになる。その結果、冒頭で指摘したように国連憲章をも無視する米国の戦争、特に侵略戦争や武力介入にも日本が参加し、日米で共同してそのような戦争を遂行する危険がある。
以上にように、周辺事態法等は、戦争参加とその遂行、海外での武力行使や武力による威嚇を認めるものであり、平和的生存権をも侵害する。日本国憲法は、前文と第9条で、徹底した平和主義の原則を定めている。戦争を放棄し、武力行使及び武力による威嚇、軍隊の保持と交戦権を明確に否定している。
かって、「大日本帝国憲法」には、「緊急ノ必要」のための法律にかわる「勅令」の発布(第8条)、天皇の統帥権(第11条)や「宣戦布告」権(第13条)、「戒厳令」の規定(第14条)など天皇の名による戦争開始、遂行、動員、終結を内容とした規定が盛り込まれており、大日本国憲法の規定そのものが「戦時」や「国家事変」の場合に「天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ」とされていた(第31条)。しかし、このような規定を日本国憲法は明確に否定した。
日本国憲法は基本的人権の尊重を保障するとともに、軍事的な価値を否定しているのである。
周辺有事立法は、周辺事態の認定を規制する何らの制度も設けず、国会も、地方自治をも無視し、内閣総理大臣による実施を優先するシステムを導入する。平和主義、国民主権という憲法の原則を根本的に否定するものにほかならない。