<<目次へ 【意見書】自由法曹団


−全国の自治体の皆さんに訴えます−

地方自治を否定する周辺事態法案

1998年8月
自 由 法 曹 団

 

1 自治体に協力義務を定める新ガイドラインと周辺事態法案

 1997年9月23日、日米政府間で合意された新ガイドラインにもとづいて、政府は、これを実施するための周辺事態法案(「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」案及び自衛隊法「改正」案)を、98年4月28日、国会に提出しました。また、ACSA(「物品役務相互提供協定」)を「周辺事態」に対応できるように「改定」することを決定して両国政府で同日署名し、4月30日には、協定「改定」の承認を求める案件を国会に提出しました。
 そもそも、新ガイドラインは、侵略戦争であろうが軍事介入であろうが、「周辺事態」の名のもとにアメリカの戦争(軍事行動)に対して、日本が自動的に参戦することを義務づけています。その範囲も、地理的に限定せず、日米安保条約が目的として規定している「日本の防衛や極東の安全」の範囲すら全く無視するものです。そのような戦争(軍事行動)のために日本は民間の港や飛行場、道路や病院を提供して参加し、食料や燃料の供給あるいは武器や弾薬の輸送など米軍と一体となって軍事活動を展開し、さらには武器を使って海外で武力行使することになるのです。しかも、これらは、国会に事後報告されるだけです。
 周辺事態法案などは、このような戦争行為や軍事活動について規定するだけでなく、周辺事態法案9条1項では、「関係行政機関の長は、法令及び基本計画に従い、地方公共団体の長に対し、その有する権限の行使について必要な協力を求めることができる。」と規定しています。これは、周辺事態等に際して、「日本は、中央政府及び・地方公共団体が有する権限及び能力(米語では「資産」)・並びに民間が有する能力を適切に活用する」と自治体及び国民の動員を明記している新ガイドラインにもとづくものです。 
 私たちは、全国1500人を越える弁護士の参加している法律家団体として、この法案には、憲法の平和原則(前文ー平和的生存権、九条ー戦争の放棄)や安保条約はもとより、日本の民主主義と国民の基本的人権にとって重大な問題があること、特に、地方自治の本旨(憲法九二条)及び住民の生活との矛盾が生ずることを指摘せざるを得ません。
 ところが、政府は、全国基地協議会及び防衛施設周辺整備全国協議会あてに、本年6月12日の文書で、次のように説明しています。
 すなわち、この周辺事態法案9条1項の規定が「地方公共団体に対する一般的な協力義務を定める」ものとしながら、「地方公共団体に対して、強制するということではなく、あくまで協力を求めるものであり、協力要請に応えなかったことに対して、制裁的な措置をとることはありません」と説明しています。
 しかし、周辺事態法のもとで、ほんとうにこのような関係になるのでしょうか。実際は、自治体に対して、様々な「協力」が要求され、しかも事実上これを強制される危険があります。
 以下、協力の内容や範囲、協力義務、自治体の役割や地方自治の本旨との矛盾、自治体及び民間の労働者に与える問題など、具体的に検討してみます。

2 求められる「限りなき協力」

 法案では、自治体や住民が協力すべき内容や範囲について、具体的な協力内容は一切書かれていません。基本計画で定めさえすればどんな内容でも協力を求めることができるようになっています。基本計画に「白紙委任」をさせられた授権法的なものです。
 「法案は、政府が自治体や民間に求める協力の内容を示していない。このため、在日米軍や自衛隊基地を抱える自治体などから不安の声も上がっている。」(98年4月28日付「読売新聞」)のは当然です。法案では協力の種類、内容、重要事項は基本計画で定めることとするだけで(4条2項7号)、そこには何らの歯止めも自治体の意見聴取の手続もないのです。さらに、基本計画は閣議決定で変更できる(4条3項)ので、いったん決められた協力要請がさらに変更になり拡大される危険もあります。
 もともと、日本が新ガイドラインで義務づけられている内容は、多岐にわたります。地方自治体に関連すると考えられる事項だけでも、自治体が管理する空港・港湾、病院、道路、警察、救急車を米軍のために使用したり、水を供給したり、汚水を処理するなど、米軍の後方地域支援のための様々な役務の提供が考えられています。
 現に、政府の前記6月12日説明文書で、「『必要な協力』の内容が事態毎に異なるものであり、予め網羅的に申し上げることは困難」と述べているのも、無限の協力が求められるからに他なりません。
 これらについて自治体の協力を周辺事態法案で、義務づけようというのです。以下、具体例を検討してみます。

@ 米軍による港湾・空港の使用

 自治体が管理権限を有する港湾や空港については、例えば、神戸市は神戸市港湾施設条例に基づき外国艦艇が入港する際には港湾管理者である市長が非核証明書を請求し、その送付があったものに入港許可通知を出し、非核証明書の提出のない艦艇の入港は認めないという方針を取っています(非核神戸方式)。米軍は核兵器の存在を「肯定も否定もしない」方針なので神戸市に対して非核証明書を提出しないため、米軍艦は神戸港に入港できません。また、那覇港は港湾管理者が那覇市であり(米軍に提供された那覇軍港は除く)、那覇市はいかなる国の軍艦も入港させないという方針によって、米軍艦艇は一隻も入港していません。周辺事態法案は、このような自治体の態度を認めず、米軍に「協力」させて港湾や空港の使用を認めさせようとするものです。

A 病院の使用

 新ガイドラインでは、米軍の活動に対する日本の後方地域支援として、「日本国内における傷病者の治療」「医薬品及び衛生機具の提供」をあげています。
 当然、地方自治体病院や保健所の「協力」が問題となります。
 すでに、米国は朝鮮半島有事での米軍人・韓国軍人など約12万人の死傷者を想定し重傷米兵約1000名の手術・治療を日本の病院で行うよう要求しています(東京新聞97年12月1日)。自治省としても、自治体病院の有事使用を検討対象としています。

B 道路や公営交通機関の使用等

 新ガイドラインでは、「米軍の活動に対する日本の支援」として、「人員・物資(兵員・武器・弾薬を含む)及び燃料・油脂・潤滑油」「傷病者の輸送」が、重要項目としてあげられています。また、「被災地への人員および補給品の輸送」「非戦闘員の集結・輸送」の活動も重視されています。
 この問題に関連して、1972年米軍相模原補給厰からベトナム戦争に送られる戦車を積んだトレーラーが車両制限令に違反しているため、横浜市がその通行を拒否した例があります。その後、車両制限令の「改正」されて米軍関係車両が規制の対象からはずされましたが、周辺事態法のもとで、米軍の車両通行のために自治体の道路管理権が制限され、工事や通行規制などで「協力」させられたりすることが十分考えられます。他方、公営バスなど交通機関の使用・協力を求められることもあります。

C 河川・海岸・森林等の使用・管理

 新ガイドラインでは、訓練・演習区域の提供などが規定されています。
 河川(河川法10条等)や海岸保全区域の管理(海岸法5条等)、森林(保安林ー森林法34条等)の管理、公園の管理(自然公園法17条等)など自治体が管理権を有しています。これら自治体の管理権を犠牲にして、米軍に使用させる地域の提供などの「協力」が義務づけられる可能性も大です。

3 強制される自治体の「協力」

 政府は、強制ではなくあくまで協力を求めるものであると説明してます(前記本年6月12日説明文書)。
 しかし、政府は「自治体が(政府の)要請に従わない場合は、違法な状態と言える」(江間内閣安全保障・危機管理室長)との見解を提示しています。また、防衛庁秋山昌広事務次官は4月16日の記者会見で「一般的な義務規定と理解している。合理的な理由があればともかくとして、自治体は(協力要請を)受けてもらうべき立場だ。(拒否する場合は)自治体が合理的な理由を説明する責任を負う」と述べています。
 さらに、国会審議(5月8日衆議院安全保障委員会)では、政府は、協力要請に応えられない場合、「直ちに違法になるとは考えられません」(久間防衛庁長官)というものの、「地方公共団体の対応についての評価というのは、当該個別の法令に従って判断される」(佐藤防衛局長)とか「それぞれの法律、またそれを受けました例えばそれぞれの条例、これに従って適当な理由があればいい」「適正であるかどうかの法律の問題に帰するのじゃないか」、「適切であるのかどうかは、あくまでその件を所管する省庁が判断すること」(久間防衛庁長官)と述べています。しかも、その際、久間防衛庁長官は、呉港に入港する非核証明書の提出を求める条例が問題となったときに、「安保条約に基づいて入ってくる艦船に対して、それをもって拒否することができるかどうかという問題がかなり議論されまして、結局、地方自治体としてはそういうような条例は本来はできないんじゃないかというような議論までやって、それはやめたような経緯もございます」と呉市の事例をあげ、結局、拒否できない可能性を説明しています。
 このように政府とくに防衛庁は、要請拒否に「適正な理由」があると政府が判断しない限り、違法状態になるという見解を広めています。  また、事実上協力を強制するために、特別地方交付税や各種補助金など予算配分を通じた締めつけを懸念する向きもあると報じられています(98年4月23日付「朝日新聞」)。
 しかし、そのような見解は、結局、憲法で定められている地方自治の原則を無視するものであり、自治体としてとうてい容認できない問題です。

4 住民の福祉に反する「軍事協力」

 自治体が協力要請を受け入れた場合、「協力」のために広範な業務を行なわなければならず、他方で、米軍の活動により住民の生活や権利に様々な影響が生じます。「協力」することにより住民の福祉を損ない、またそれに伴う業務のために自治体本来の業務が滞ることによっても住民は不利益を受けるのです。しかも、それが、周辺事態という名のもとに、日本の防衛と関係のないアメリカの戦争や軍事介入のために、具体化されるのです。
 例えば、空港・港湾の米軍利用を受け入れれば港湾を経由する食料などの輸入がストップしたり一般の航空機の発着ができなくなるとか、米軍による港湾・道路などの使用でも国民生活に甚大な被害が生じることになります。大量の軍事航空機の離発着、空港使用時間の延長など深刻な騒音問題も発生します。
 そもそも、国際法上、無防備地域には、紛争当事国による攻撃が禁止されています。すなわち、1949年の「戦争犠牲者の保護に関するジュネーブ協定」の「国際的武力紛争の犠牲者の保障に関する追加議定書」(第一議定書ー1978年12月7日発効)第59条は、自治体当局の宣言で「無防備地域」(都市)と宣言することができるとし、これに対する攻撃を禁止しているのです。この「無防備地域」といえるためには、「@すべての戦闘員並びに移動兵器及び移動軍用設備が撤去され、A軍用施設が敵対目的に使用されず、B当局・住民の敵対行為が行われず、C軍事行動を支援する活動が行われていない」ことが必要とされています。つまり、米軍への協力を行っている自治体は相手側から攻撃される可能性が生ずることになります。それを避けるためには、戦争協力を拒否する以外にありませんし、そのことこそ、住民の生活や権利を守ることになるのです。
 現に、我が国では7割を越える自治体が非核都市宣言あるいは「決議」を行っています。この非核の立場と周辺事態法の「協力」とは、矛盾するのではないでしょうか。
 このように周辺事態法のもとでは、平和に生きる権利(憲法前文)が侵害されるのみならず、「地方自治の本旨」(憲法92条)すなわち団体自治と住民自治、さらに地方自治体の基本任務である「住民・・・の安全、健康及び福祉を保持すること」(地方自治法2条3項1号)を真っ向から踏みにじる事態となります。

5 働くものの権利侵害ー自治体及び民間労働者の強制動員

 周辺事態法の下で、自治体の「協力」が決定されると、自治体労働者はそれに動員されることになります。自治体労働者がこれを拒否すれば懲戒処分の対象にされる危険も生じます。
 すでに自治体が自ら米軍支援業務を引き受け、自治体労働者を動員をさせる事態が発生しています。97年9月に新ガイドラインが合意された前後から、各地の民間港に米軍艦が入港していますが、そこでは自治体労働者が動員されています。例えば、小樽港では空母に水を補給するため市の職員が深夜まで作業に従事した例が報道されています。
 それだけではありません。自治体労働者自身が戦場への派遣を強制されることも考えられます。すでにPKO法によって自治体病院の医師・看護婦や土木・水道・選挙事務などの労働者が派遣されています。PKO法11条2項には隊員の採用には自治体の協力を得て人材の確保に努めることが規定されています。PKO法は紛争発生前から海外派兵を認める方向での「改正」が検討されており、それと合わせて自治体の協力範囲が広がる危険があります。
 このように周辺事態法による協力の名のもとに、自治体労働者が強制的に動員されるにとどまりません。自治体が協力して港や空港、病院などの使用を認めるとなれば、民間の関連業者にも当然「協力」が求められることになり、そこで働く労働者ー住民が強制的に動員されることになります。例えば、米軍のために港が使用されれば、そこで働く民間の港湾労働者は、業務命令により強制的に動員され、武器・弾薬等の荷揚げ・運搬など危険な業務にも従事させられることになるのです。さらに、民間労働者の動員要請も、自治体職員の仕事にされかねません。
 政府は、民間に協力を依頼することについて、何らの義務を課すものではなく、制裁的な措置をとらないと説明しています(6月12日説明文書)が、労働者にとっては、業務命令という形でこれが強制されることになるのです。
結局、地方自治体の「協力」により、自治体労働者はもとより、民間業者及び民間の労働者まで軍事活動への動員が広げられていく危険があるのです。
 これは、自治体労働者のみならず労働者全般の権利に重大な影響を及ぼすものです。

6 自治体の立場から問題提起を

 新ガイドライン及びこれを実施するための周辺事態法案に対しては、すでに地方自治体からも疑問の声が寄せられています。
 例えば、1998年4月20日に、自衛隊・米軍基地所在市町村などで作る全国基地協議会と防衛施設周辺整備全国協議会は、政府に対して「住民生活や地域経済活動などに少なからぬ影響を及ぼす可能性がある」として「適切な情報提供に努められるとともに・・・基地所在市町村の意向を十分尊重されるよう要望する。」との要望書を提出しました。
 政府の前記6月12日付け文書による説明は、このような自治体の疑問に答えたものとなっていません。
 また、昨年9月米空母インディペンデンスの入港を受け入れた新谷昌明小樽市長、4月24日「小樽港を軍港化、準軍港化にはしないという基本線がある。我々の判断を十分尊重してもらいたい。」と述べ、その意思を外務省に伝えたと報じられています(98年4月24日付「朝日新聞」)。
 すでに述べたように、地方自治体にとって、「住民・・・の安全、健康及び福祉を保持する」(地方自治法2条3項1号)ことと、周辺事態法案により軍事活動に協力することとが矛盾することは明らかです。周辺事態法案そのものが地方自治の原則に反するのです。しかし、万一法案が成立してしまえば、これに協力しないという立場を貫くことは困難となってしまうでしょう。地方自治体としても、本文書で指摘させていただいた周辺事態法案の問題点を検討していただき、ご論議のうえ、この法案に対する明確な態度を表明されるよう期待します。
 なお、ご意見を自由法曹団あてお寄せいただければ幸いです。