<<目次へ 【意見書】自由法曹団


新ガイドライン法案ー参院での徹底審議と廃案を求める意見書

 衆議院では、小渕首相の訪米の手土産にするために、十分な法案審議が尽くされないまま、法案の採決が優先された。自民党・公明党・自由党による修正案が国会に提出されてからわずか数時間という超短時間のうちに、修正に関する議論もほとんど尽されないままに特別委員会の採決が強行された。のみならず、法案そのものの内容についても、政府与党側の答弁・説明もきわめておざなりで不十分な部分が多く、基本的な問題点について国民の疑問に答えていないといわざるを得ない。
 この法案は、日本国憲法のもとで、戦後一貫してとってきた日本の進路を基本的に変更するかどうか、まさに二一世紀の国のあり方にかかわる重大な法案である。
 世論調査では、反対世論(四三%)は賛成(三七%)を上回っているとの結果が発表されている(九九年三月一九日付朝日新聞)。また、約二〇〇もの地方自治体で反対決議などが挙げられ、法案に対する疑問や不安が指摘されている。さらに、世界最大の軍事大国であるアメリカと軍事費で二位といわれている日本の両国が、このような戦争協力体制をつくることに対して、アジア諸国民からも新たな脅威をもたらす危険な法案であるとの批判の声があがっている。
 私たち自由法曹団は、法律家の団体として、これまでに法案について検討し、逐条解説やQ&Aなどを通じて、問題点を明らかにしてきた。
 衆議院の審議は、日本国民はもとより、アジア諸国民からの疑問や不安の声に応えるものであったとは到底言い得ない。参議院では、衆議院のような不十分な審議を繰り返すことなく、「このような法案が国家・国民の運命にとって危険ではないのか」、「本当に必要な法案なのか」など徹底した審議を尽くし、良識の府としての機能を十分果たすことを期待する。そのために、すでに私たちが網羅的に指摘した問題点はもとより、少なくとも以下に指摘する問題については、国民の疑問に答えうるような論議を尽くされるとともに、これらを含めた法案の重大な問題をいっそう明らかにし、廃案にされるよう求めるものである。

  1. 「周辺事態」の概念が明らかにされていない
    地理的には無限定であり、台湾地域も含むことになるのか

 政府は、「周辺事態」については、地理的概念でないとし、あらかじめ地理的に特定することはできないとしている。同時に、「自ずから限界がある」とも答弁しているが、具体的にどこまでなのか明確にしていない。九六年の日米安保共同宣言で日米で役割を確認したアジア太平洋の範囲ーペルシャ湾やアフリカ東海岸まで含むのではないかという疑問は何ら払拭されていない。
 他方、小渕首相は、台湾海峡よりもさらに東南に位置するインドネシアは含む旨の答弁をしているので、日米安保条約でいう「極東」あるいはそれよりも広い範囲を示すことになる。また、これまでの政府見解によれば、台湾地域も当然含まれることになる。しかし、これでは、台湾地域まで含めた日米の軍事協力に徹底して反対している中国に対して、その疑念を明確に解消できない。

  1. 日本は国際法違反の武力行使に加担し、集団的自衛権を行使するのか

 一九九八年一二月の米軍のイラク攻撃、一九九九年三月から続けられているユーゴ空爆など、国連決議もなく国連憲章上認められていない武力行使について、絶対に協力しないということが、なぜ言明できないのか。
 国連憲章で認めている自衛権行使は、「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合」(五一条)であるから、政府の態度では、このような武力攻撃が発生していない場合に、例えば先制攻撃が行われた場合でも、米軍に協力することになる。
 また、日本に対する武力攻撃が発生していない場合に、アメリカの戦争に参加することは、これまで政府が否定してきた集団的自衛権の行使を認めることになる。集団的自衛権の行使は、国際紛争を解決する手段としての戦争を認めるものであって、これを放棄した憲法九条一項に明白に違反するのである。
 衆議院での修正は、周辺事態に関して「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等」という例示を挿入したが、これも、日本に対する武力攻撃が発生していない場合をも周辺事態と認めるものであって、問題を何ら解決するものではない。

  1. アメリカの要請に対して現行安保条約の範囲を超えての「効果的運用」ではないか

 衆議院の修正は、法案第一条の「この法律」の目的について、「我が国の平和及び安全の確保に資すること」とされていた原案に日米安保条約の「効果的な運用に寄与し」という文言を挿入した。
 この修正は、新ガイドラインが安保条約の範囲内で日本が協力することを示したものでは決してない。逆に、地理的範囲のみならず、後方地域支援活動など自衛隊等の活動においても、明らかに安保条約の範囲を超えるものである。
 あえて安保条約の「効果的な運用に寄与し」と挿入したのは、安保条約で定める範囲を超えることを行うからに他ならない。現行安保条約の条項を超えてアメリカとの協力関係をいっそう強化し、日本がアメリカの要請に従うことを余儀なくされる関係に立つことを、このように表現したといっても過言ではない。

  1. 先取りされている新ガイドラインの実態はどこまで明かにされたのか

 新ガイドラインにもとづき、一九九八年一月以降、相互協力計画策定などを任務とする日米の「包括メカニズム」を発足させ、日米両政府の関係者の協議や日本政府の関係省庁での議論が進められている。九八年一月二〇日、コーエン米国防長官が来日したもとで、日米両政府は、「共同作戦計画」と「相互協力計画」の計画等を策定し、日本国内の関連法整備などの実行組織となる「包括メカニズム」の発足を正式決定した。この包括メカニズムの構成は、(1)日米外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(SCC、二プラス二)、(2)自衛隊と米軍による共同計画検討委員会、(3)日本政府一七省庁で作る関連法整備検討のための局長等会議が中心である。ここでの計画づくりの内容が法案、特に「基本計画」や「実施要項」とどのように関係するのか、特に中央行政機関や自治体、民間の戦争協力体制はどのように考えられているのか、これらのことは、法案が実際にどのように運用されるのかにも重大な影響を与える。その説明と論議がなされなければならない。
 他方、新ガイドラインを実施するために自衛隊と米軍での共同演習もいっそう頻繁に、かつ密接に行われており、その中で自治体協力や民間協力等も先取り実施されている。例えば、民間の港湾や空港、船舶等を通じて武器・弾薬が運搬されており、民間のトラックなどが武器・弾薬を積んで高速道路を走行している。
 このようにすでに先行して実施されている新ガイドラインの実態を明らかにし、そこで生じている問題点が議論されなければならない。

  1. 五 九四年の米軍からの一〇五九項目に及ぶ協力要請の内容は明確にされたか

 一九九四年の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核疑惑問題に関連し、アメリカ軍は日本に対して、一〇五九項目もの支援を要請している(九九年二月二三日朝日新聞)。例えば、民間港湾や空港の使用、パイロット、タグボート、船舶修理、荷役人などの港湾支援、宿泊、給食機能付き施設、荷役作業や資器材を保管する地域の確保、給水、給電、ゴミ処理などの支援、北海道に重火器の実弾射撃が可能な両用戦訓練場の提供、警察・海上保安庁・自衛隊による米軍基地・施設などの警備などが明記されている。また、弾薬や物資輸送のためのトラック、トレーラーなど合計で千数百台の提供、成田・福岡・長崎・那覇空港での二四時間通関態勢などが要求されている。
 これは、空港や道路使用に多大な影響を与えるのみならず、日本全土を米軍の戦争体制に組み込むものである。周辺住民が危険にされされたり、夜間を含む激しい騒音問題や環境破壊は不可避である。
 米軍の実際の要求について、政府は未だ具体的に明らかにしていない。又、資料提出にも応じていない。これらを明らかにした上で、どのような事態が発生するのか詳細な議論が必要である。

  1. 後方地域支援活動に武器使用を認めたのは、攻撃を受ける危険に踏み込むものではないか

 衆議院では、修正により、自衛隊の後方地域支援活動においても、武器の使用規定を新たに加入した。
 この点に関して、衆院の審議を通じて、後方地域支援活動それ自体が戦争行為であり、武力攻撃を受ける可能性が指摘されていた。法案では、自衛隊が後方地域支援、後方地域捜索救助などの活動のために、武装した各種の自衛隊艦船や自衛隊機が海外に向けて出動することとなる。例えば、自衛隊の護衛艦には、二四キロメートルの射程距離を持つ一二七ミリの速射砲が装備されている。
 後方地域支援活動も、武器・弾薬の運搬、軍事物資の補給、日本の港湾や空港、病院その他施設の提供、米軍機・艦船等の補修・整備などを含むものであり、通常兵站といわれている戦争参加活動の一部である。相手国が兵站を攻撃して補給線を絶つことを軍事目的にすることが十分に考えられるのであり、一九〇九年のロンドン宣言やアメリカ海軍省の「指揮官のための海軍作戦法規便覧」(一九八七年)でも、物資輸送などは攻撃、破壊の対象とされている。現に、ユーゴスラビアで行われているNATO空爆は、燃料タンクや鉄道・道路、テレビ局まで対象としている。明らかに「後方地域」での支援活動を阻止する攻撃である。日々報じられているこのような戦争の現実との関連で、法案についての審議を尽くすことは不可欠である。

  1. 非核港湾条例を否定し、自治体へ米軍支援を強要するのではないか

 政府は、自治体に対する協力要請に関して、「一般的な協力義務としては、それは協力するのが当然だと思います。」と答弁している(野呂田防衛庁長官)。事実上協力を強制するために、特別地方交付税や各種補助金など予算配分を通じた締めつけが懸念されている(九八年四月二三日付「朝日新聞」)。
 現に、政府は、高知県が進めてきた非核港湾条例の制定に対し反対し、これに介入している。しかし、そもそも、核兵器を「作らない、持たない、持ち込ませない」という非核三原則は、わが国の国是と言うべき基本政策であり、政府はもとより地方自治体もこれを守り抜くことは当然である。また、政府は、「港湾管理者としての地位に基づく機能の範囲を逸脱しているものであって、地方公共団体の事務としては、許されないものである」という。これこそ、港湾法(二条一項)や地方自治法(二条三項四号)で定める自治体の管理権を無視し、憲法の「地方自治の本旨」(九二条)を踏みにじるものである。地方自治法で明記している地方自治体の基本任務、すなわち「住民・・・の安全、健康及び福祉を保持すること」(二条三項一号)をも無視するものである。

  1. 民間企業や労働者は米軍との「契約」で自衛隊より危険な活動を強いられるのではないか

 民間への協力要請を拒否することは可能であるというのが政府の説明であるけれども、どのような協力を要請できるかは、衆議院の審議でも十分明かにされたとは到底いいがたい。しかも、民間が協力要請を受けて活動する範囲は、自衛隊の場合と異なり、後方地域という法文上の限定さえもなされていない。第三国、戦争当事国や相手国の領域での輸送、修理、補給などは、米軍と契約した民間企業によって実行される危険がある。すでに米軍の演習に対する民間協力は、前述のように本土で演習を行う米軍の武器弾薬を民間のトラックや船舶が輸送しているという実態がある。このような協力を実際の戦争に際して求められるとすれば、民間企業の協力範囲は、戦闘地域にまで及ぶ危険がある。現に、朝鮮戦争当時、様々な船舶が朝鮮半島への物資輸送を担当している。
 なお、衆議院での修正により、公海(一二海里の領海以外の海域)であれば相手国が主張する二〇〇海里の排他的経済水域にも進入して支援活動を展開することが明記された。このような水域での活動は、相手国との漁業などの活動と競合することになり、無用な摩擦や衝突をひき起こすことにもなりかねないものであって、この点でも、危険をはらむものである。
 このように法案そのものが国民の安全や権利に直接関係するにもかかわらず、その内容が限定されていないものであって、欠陥法案といわざるを得ない。

  1. 事後承認では、抑制の機能を果たせない

 衆議院は、「基本計画に定められた自衛隊の部隊等が実施する後方地域支援または後方地域捜索救助活動については、実施前に国会の承認を得なければならない」(五条)との修正案を可決した。
 すなわちこの修正は、一方で閣議決定された基本計画は事後に国会に報告するにとどまり、右のような自衛隊の活動だけについて国会承認を要するというのである。しかし、基本計画は、国の行政や地方自治体、民間などを動員する活動を含むものである。広く国民を動員するこれらの活動を国会での議論抜きで進めることになる。
 そのうえ、自衛隊の活動について、「緊急の必要がある場合」には事後承認でよいというのは、国会での議論を回避する抜け道をつくってやるようなものである。これでは、「事後承認」ではなく「事後報告」と同じことである。

  1. 船舶検査を別法案にして軍事活動の範囲をいっそう拡大するのではないか

 衆院の修正では、法案から船舶検査活動に関する規定を削除したが、これは、船舶検査活動を行わないというものではない。むしろ、別法案によって船舶検査活動を実施しようとするものである。しかも、別法案にすることによって、法案原案の要件を緩和し、戦争に関わる自衛隊の活動をいっそう拡大する危険も大である。
 そもそも船舶検査活動は、実質的には、いわゆる臨検という活動であって、警告射撃、威嚇射撃、武装した艦船が相手船舶を停止させて乗り込み、積み荷検査・摘発や航路の変更を求めるものであり、それ自体に武力による威嚇を伴うものである。また、軍事的な緊張関係のもとで武力行使に直結する活動といわざるを得ない。
 このような活動そのものが、武力行使を禁じた憲法との明白な矛盾をもたらすことをあらためて直視し、これを認める法案づくりをきっぱりストップさせることこそ立憲政治の原則から求められている。参議院での徹底的な議論が期待される。

一九九九年五月一二日
自 由 法 曹 団