<<目次へ 【意見書】自由法曹団


盗聴法は修正しても憲法違反−『修正盗聴法の問題点と疑問点』−

1999年7月
自 由 法 曹 団

 盗聴法案は、6月1日、衆議院本会議で自民・自由・公明の「自自公」の賛成で可決され、参議院に送られ、現在、参議院法務委員会で審議がなされています。
 公明党は、「修正しても憲法違反は払拭出来ない」との従来の立場をかなぐり捨て、「修正によって憲法違反はなくなった」と言っています。
 衆議院で、どのような修正がなされ、本当に国民のプライバシー侵害はなくなったのでしょうか。修正の問題点と、疑問点をまとめてみました。

【修正・第1点】
 第1に、「盗聴対象犯罪を4種類(薬物・銃器・密航・組織的殺人)に限定したので、プライバシー侵害はなくなった」というのは本当ですか。
【回答】
 盗聴対象犯罪を4種類に限定しましたが、罪名では約40罪名があります。問題は、一定対象犯罪を限定しても、@事前盗聴、A予備的盗聴、B別件盗聴ができるという枠組みを残しており、一旦、令状が出されれば、殆ど無制限に盗聴ができる仕組みは何ら変更されていないということです。
 @事前盗聴とは、将来の犯罪に対して盗聴を行うもので、「犯罪を行うかもしれない」と言う危険性があれば、盗聴できることになっています。
 A予備的盗聴とは、「試しに聞いてみる」というもので、犯罪に関連するかどうかを聞くことができます。「試し聞き」はどこまで聞けるかについては、法律上、一切制限がありませんからその危険性は何ら払拭できていません。
 B別件盗聴とは、令状で盗聴が認められた犯罪以外でも犯罪の可能性のある会話があれば、盗聴できるというもので、本来「別件逮捕」は違法といわれているものを「別件盗聴」は許されるとしています。修正では、別件盗聴の範囲を制限していますが、「強盗なら盗聴できるが窃盗はだめ」といっても、犯人が罪名を告げるわけではありませんから、何らかの犯罪の計画の可能性があるということになれば、殆ど無制限に聞くことができるのです。

【修正・第2点】
 第2に、「令状発布できる裁判官を『地方裁判所の裁判官』に限定したので、 プライバシー侵害はなくなった」というのは、本当ですか。
【回答】
 強制捜査(逮捕・捜索・差押・検証)には、裁判官の令状が必要です。ところが、「捜索差押え及び検証令状」の却下率をみますと、地方裁判所で0.1%(98年)に過ぎません。1000件の令状請求があれば、1件却下されるというのが現実です。ですから、現職裁判官からも「令状実務は警察、検察の言いなりだ」という指摘がなされているのです。これでは、盗聴令状といえども、同じことがいえます。裁判官の令状審査の実態からは、到底、プライバシー侵害の危険性がなくなったとはいえません。

【修正・第3点】
 第3に、「令状請求権者を、検事総長が指定する検事と警視以上の警察官に制限したので、権限濫用の危険性はなくなった」というのは本当ですか。
【回答】
 検察や、警察は一体として捜査にあたることになっているので、令状請求権者を限定したからといって殆ど意味がありません。緒方宅電話盗聴事件について、裁判所が警察の組織的盗聴であった事実を認めているにもかかわらず、国会において、警察庁長官が「過去も現在も警察は盗聴をおこなったことはない」と明言している警察を、誰が信用できるというのでしょうか。

【修正・第4点】
 第4に、「立会人が常時立ち会うことになったので、権限濫用の危険性がなく なった」というのは本当ですか。
【回答】
 立会人には、犯罪の容疑事実は知らされず(令状の被疑事実の部分は示されません)、会話を聞くことは許されず(警察官だけがレシーバーで電話の会話を聞きます)、当然ながら無関係な会話だから聞くのを止めなさいという「切断権」も認められていません。ですから、常時、立ち会っていても、警官が犯罪と関係のない会話を聞いているかどうかチェックできないのですから、立会人を常時立ち会わせた意味はほとんどありません。立会人は、せいぜい、令状に記載された電話番号にまちがいがないかを確認するにすぎないでしょう。

【疑問点・その1】
 会話を盗聴された人には、事後的に通知はされるのですか。
【回答】
 犯罪に関係する通話については、事後に通知を出すことになっていますが、そうでない一般市民の普通の会話の当事者には、一切、通知がなされないことになっています。法律上は「傍受記録に記録されている通信の当事者」に対して、書面で通知するとなっており、犯罪と無関係な通話は「傍受記録に記録」されませんから、通知はなされないのです。

【疑問点・その2】
 電子技術も進歩しており、盗聴法があれば組織的犯罪を未然に防げるのではないですか。
【回答】
 むしろ、犯罪防止の『効果』はほとんどあがらずに、人権侵害の弊害が一層深刻になるだけでしょう。組織的犯罪者集団は、盗聴されていると分かっていながら、電話で犯罪の会話はしないでしょう。暗号で会話をする、盗聴されていることを逆手にとって捜査を攪乱する情報を流すなど、対策をとることは目に見えています。必要があれば、新規に登録した電話を使用すれば「令状による盗聴」はできません。高度なテクニックを用いて、「インターネット電話」を使用し、通信を暗号化すれば、ほとんど解読不可能といわれています。ほんとうに捕まえなければいけない組織的犯罪者集団は、捕まらず、犯罪に関与したことすら自覚のない家庭の電話が盗聴され、広範なプライバシー侵害だけが深刻になるのです。

【疑問点・その3】
 外国には盗聴法があり、盗聴法は国際的要請だと聞きましたが、本当ですか。
【回答】
 ドイツでは、NATOの軍事目的のために盗聴法を制定しました。フランスでは、公安警察により野放しになっていた盗聴に歯止めをかける目的で盗聴法が制定されました。アメリカでは、マフィアなどのテロに対抗するために盗聴法が必要だとされています。それぞれの国家では、それぞれの理由で盗聴法を認めた経緯があります。しかし、日本は戦前の治安維持法下の特高警察などの人権侵害を深く反省して、憲法21条2項で「通信の秘密は、これを侵してはならない」と規定し、プライバシー権の保護を特に強く規定したのです。外国が人権侵害をしているから日本もということにはなりません。
 国際的には「資金洗浄対策(マネーロンダリング)」の必要性について議論はされていますが、「日本には盗聴法がないから制定しろ」ということにはなっていません。自民党は、暴力団やオウム真理教のような集団に対処するために盗聴法が必要であると言っていますが、すでに述べたように、組織的暴力集団は周到に「抜け道」を用意するでしょうから、盗聴法を制定すればたやすく捕らえることかできるなど到底いえないはずです。