<<目次へ 【意見書】自由法曹団
意 見 書
1999年7月15日
人権擁護推進審議会 御 中
〒112-0002東京都文京区小石川2−3−28
DIKマンション小石川201号
自 由 法 曹 団
(TEL03-3814-3971 FAX03-3814-2623)
自由法曹団は、部落解放同盟員による暴力と利権あさりとたたかい、人権と民主主義を擁護する活動を行なってきた。この立場から自由法曹団は、貴審議会が、人権擁護施策推進法にもとづき、6月18日公表した「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項について(答申案)」(以下、たんに答申案という。)に対し、下記のとおり意見を述べる。
記
1.公権力や大企業による人権侵害を除外すべきではない
答申案は、公権力や大企業による国民や労働者に対する人権侵害を答申からまったく除外している。
これは、本審議会が「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項について諮問を受けている。従って、人権に関する現状を考慮する上で検討の対象となるものは、様々な人権問題のうち人権に関する教育・啓発を推進し、人権尊重の理念に関する国民相互の理解が深まることによって、解消に向かうと考えられるものである」(第1の「人権に関する現状」)として、人権本来の意義を矮小化したことに原因がある。
しかしながら、諮問事項にいう「人権尊重の理念」とは、日本国憲法が保障する人権が今日の我が国においてあまねく実現されることに外ならないのであるから、人権課題から公権力や大企業による国民や労働者に対する人権侵害を除外する理由はまったくない。しかも、人権の本来的意義は、国民の権利・自由を公権力から守ることにあり、これが資本主義の進展に伴って、その対象領域を大企業などの社会的権力にまで拡大してきたものである。従って、人権課題から公権力や大企業などの社会的権力による人権侵害を除外することは「人権尊重の理念」を没却するものである。
さらに、人権課題から公権力や大企業を除外することは、今日の我が国において実際に生起している深刻な人権侵害を放置し、これを免罪することになる。
即ち、今日、我が国においては、米軍基地による沖縄県民に対する人権侵害、警察官による暴行、代用監獄・入管施設・刑務所等における被疑者・収容者・受刑者に対する暴行・陵虐その他の屈辱的行為、薬害エイズ、ヤコブ病などの政府の厚生薬事行政と製薬会社の構造的な癒着による深刻な人権侵害、公害企業と国の環境公害対策の怠慢による各地の大気汚染公害、企業によるリストラ、合理化による労働者に対する人権侵害、電力会社をはじめとする大企業における思想・信条による差別の横行、女性に対する昇進・昇格差別など政府と大企業による人権侵害が重大な社会問題となっている。こうした人権侵害は早急に解決がはかられるべきであり、公権力や大企業による人権侵害を人権課題から除外することは、こうした人権侵害を免罪するものと言わなければならない。
2.人権を平等原則に矮小化すべきではない
答申案は、第1の1「人権に関する現状」において、主な人権課題の現状を指摘しているが、そのほとんどが平等原則にかかわるものである。
しかし、このような答申案の「人権」の把握の仕方は、人権をいわゆる「差別」問題に矮小化するものである。
答申案は、「はじめに 1 本審議会の人権に関する基本認識」において、「人々が生存と自由を確保し、それぞれの幸福を追求する権利−それが人権である」と人権の意義を正当にとらえているが、そうであるならば、人権の概念は、平等原則に限定されないはずである。国民の「生存」と「自由」、そして「幸福追求」を阻害している今日の人権課題がまず確認されるべきである。
しかも、答申案が指摘する「主な人権課題の現状」も、人権侵害の主体から政府や大企業を除外しているため、政府や大企業がその責任をもって是正すべき内容がまったく言及されていない(例えば、女性について、政府機関や各種審議会等における女性登用の比率の低さ、均等法の運用の実態、間接差別の是正の対策など、子どもについて、学校教育の問題点、外国人に対する登録証常時携帯義務、公務就任制限の問題点、在日韓国・朝鮮人に対する国公立入学差別など)。
3.人権課題の原因を国民の理解不足に求めることについて
答申案は、「人権課題が存在する要因の基には、国民一人一人に人権尊重の理念についての正しい理解がいまだ十分に定着したとは言えない状況があること」、「人権尊重の理念についての正しい理解がいまだ十分に定着していないのは、国民に、人権の意義や重要性についての正しい知識が十分に身についておらず、…人権思想も十分に身についてないからであると考える」と指摘している(第1の1、人権に関する現状)。
このような答申案の人権課題の原因把握には重大な誤りがある。この原因は、答申案が、人権侵害の主体から公権力を除外し、人権即ち平等原則(いわゆる「差別」問題)と人権を矮小化した上、「差別」問題が国民相互間の理解不足によって生じると把握することから生じるものである。このような把握の仕方は、本来人権の享有主体である国民をいわば愚民視するものであり、根本的に誤っていると言わなければならない。
前述したとおり、今日の我が国の人権侵害の実態は、国の施策の不十分さ、不備、放置と大企業などの社会的権力による国民、労働者に対する対応に人権侵害の原因があることを示している。国民の人権尊重に対する理解の伸長が人権課題の是正と克服にとって重要であることは言をまたないが、人権侵害の原因が国民にあるとすることは根本的に誤っている。
4.同和問題に対する認識の誤りについて
答申案は、同和問題に対する課題として、「同和問題に関する国民の差別意識は、…着実に解消に向けて進んでいるが、結婚問題を中心に、…依然として根深く存在している。就職に際しての差別の問題や同和関係者に対する差別発言、差別落書などの問題もある」と指摘する。
しかし、「同和問題に関する国民の差別意識は依然として根深く存在している」というのは誤りである。その原因は、同和問題に関する現状認識が不正確であることにある。
即ち、総務庁全国調査の「報告書」(平成5年度同和地区実態把握等調査−生活実態報告書)が示すところによれば、「被差別体験者は、地区住民のうち、33.2パーセント」となっているものの、「最近10年間の被差別体験者は全体の12.4パーセント」であり、「部落住民の3人に2人は過去は被差別体験がなく、ここ10年間でみた場合には10人に9人がない」(全解連第28回大会決定案)。また、いわゆる通婚については、同和地区に居住している夫婦のうち「いずれかが同和地区外」の夫婦の比率は、1951年当時は8.2パーセントに過ぎなかったが、1985年には30.3パーセント、1993年には36.6パーセントに増加し、同年では「いずれかが同和地区外」の夫婦は、夫が29歳以下の夫婦にあっては72.5パーセントにまで及んでおり、今日においては「同和地区外の通婚」の方が圧倒的に多くなってきている。
このような実態は、1969年の同対審答申以降の同和事業の結果、部落内外の格差が基本的に解消し、憲法の下での基本的人権の尊重と民主主義の発展によって部落差別が基本的に解消する方向にあることを示している。
答申案は、同和問題にかかわって国民の差別意識が根深いと断定しているが、その根拠は明らかではない。結婚問題には当事者間の様々な要因があり得、およそ差別意識の根拠となりえない性格のものである。また、差別発言や差別部落についても、国民一般の差別意識と結び付けるのには問題がある。
そして、そもそも差別意識といっても内心の問題である以上、およそ公権力が介入することは憲法が保障する内心の自由に照らして許されないものである。国民の意識のあり方は、仮に問題とされるべき状況があったとしても、国民の自主的な取り組みによって解決するのが民主主義社会のあり方である。
従来、部落解放同盟は、「差別意識」に働きかける暴力的な「確認・糾弾」を行なってきたが、この「確認・糾弾」が重大な人権侵害を提示してきたことは周知のとおりである。
答申案の同和問題に関する上記記述は誤りであるから、答申から削除するべきである。
5.人権保障の国際的水準を反映すべきである
1998年11月5日、国際規約人権委員会は、日本政府が同委員会に提出した第4回定期報告書に対して、最終見解を示し、我が国の国際人権(自由権)規約の実施状況に関して29項目にもわたる懸念と勧告を表明した。内容の大半は国の職員による人権侵害行為、国が法的処置をとらないことによる人権上の問題を指摘しており、前述のとおり、人権侵害の主要な側面が国家機関と国民の間に発生することを明らかにしているが、答申は意図的にこのことに言及することを避けている。
ところが、答申案は、上記最終見解について、僅かに注に記載しているだけで、その内容、改善課題にまったくふれていない。上記委員会は、規約に基づく機関であり、我が国は規約の批准国として、同委員会から勧告された諸点を改善する義務がある。従って、審議会は、上記最終見解にある改善勧告にもとづいて改善方向を示すべきである。
6.教育・啓発について
教育・啓発については、国民に差別意識があることを前提に、これを解消するという目的のもとで行なわれてきた「同和教育」や「同和啓発」は廃止すべきであり、この手法を「人権教育・啓発」に持ち込むべきではない。
さらに、人権教育・啓発については、上記規約委員会の最終見解32項が勧告しているように「規約で保障された人権について、裁判官、検察官及び行政官に対する研修」が先ず実施されるべきである。憲法は裁判官を含む公務員に対して憲法尊重擁護義務を課しているが、その趣旨は公権力の担当者に憲法尊重擁護義務を課すことによって憲法の保障即ち人権の保障をはかるとにある。この憲法の趣旨と上記最終見解の趣旨に照らせば、先ず公権力を担う公務員に憲法と国際人権規約について十分な研修を実施することが求められる。
答申案は、教育・啓発について法的措置に言及していないが、「国民相互の理解を深めるための教育・啓発」ならば、法的措置はとるべきではない。人権の擁護は本来、国民の自主的な学習と取組みによってなされるべきものであり、公権力が「人権」といえども国民の内心に介入してはならないからである。
以上