生活保護行政のあり方の抜本的な是正を求める緊急提言書

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

201年1月18日


目次

第1 本提言書の目的... 3

第2 意見の内容... 5

1 法78条の運用を改めるべきこと... 5

(1)小田原市ジャンパー事件の背景にあるもの. 5

(2)法78条の解釈・運用の現状の誤り. 6

(3)法78条の解釈・運用を直ちに改めなければならない. 11

2 法27条の運用を改めるべきこと... 12

(1) 立川生活保護廃止自殺事件の概要と改められるべき運用実態. 12

(2) 個々の利用者の実態に即した稼働能力の把握を. 13

(3) あるべき就労指導の姿. 14

(4) 就労指導違反を理由する生活保護の停止・廃止は許されない. 16

3 過誤支給に関する対応を改めるべきこと... 19

(1)過誤支給の対応における近時の特徴. 19

(2)過少支給分全額が追加支給されなければならない. 19

(3)過大支給分を保護費から返還を求めることは許されない. 21

(4)組織的・構造的原因により生じた過大支給の責任を職員個人に転嫁することは許されない. 23

4 あるべき職場体制の確立、人員確保の必要性... 25

(1)ケースワーカーをとりまく構造的な問題. 25

(2)不正受給の未然防止のために. 26

(3)適切な稼働能力把握・就労指導が確保されるために. 27

(4)過誤支給の根絶のために. 28

(5)人員体制の充実は急務. 28

提言内容... 30

資料目録... 31

 


 

第1 本提言書の目的

 

 本書は、最近の「保護行政の適正化」の施政で生じたいくつかの「事件」を取りあげ、法執行にあたる現場のケースワーカーらの業務上の問題点を考察し、彼らの行動を基本的に規定している生活保護行政の法解釈および運用上の問題状況を明らかにし、その克服をめざす現実的な諸方策を提言するものである。

 「事件」の事実関係を調査し、保護行政上の法規範の観点から、問題点を批判的に検討するならば、諸「事件」をもたらしたものが、決してケースワーカーらの個人的な過誤ではなく、まさに近時の保護行政そのものであったことが明瞭となる。これらの「事件」は端的に言って、今日の保護行政の歪みが生みだしたものと言える。そのことを真正面から認識したうえで、保護行政上の問題点を克服すべく抜本的な対策を緊急に講じなければ、同じような「事件」の再発のおそれは高い。

 本書は、今日の保護行政の状況について、緊急にいくつかの提言を行うものである。そのための事実分析と法規範上の問題点を明らかにしようとして作成された。

 本書で取りあげた調査対象は、保護行政の具体的な執行に関連して生じた次の3つの「事件」あるいは3種の事件群とも言うべきものである。ひとつめは、神奈川県小田原市のケースワーカーたちが長期間におよんで「保護なめんな」とプリントしたジャンパーを着用等して公務に従事していた事案である(いわゆる小田原ジャンパー事件 平成29年1月報道)。ふたつ目は就業指導に従わなかったことを理由にして保護の廃止の通知が発せられた翌日に保護利用者が自殺したという東京都立川市の事件である。平成27年12月に同市の議員への匿名FAXから「事件」が浮かびあがった(立川自殺事件)。3番目の事案は、最近頻発していると報じられることの多い保護費の過誤支給の問題である。それと同時に東京都日野市のケースワーカーが保護費をあやまって利用者に支給してしまった廉(かど)で業務上横領容疑で逮捕され、その後市から過払金の合計約2450万円を個人的に請求された事案である。同様な事案はわれわれがこの間調査した三多摩地方でも発生していた。これらは過大支給といわれるが、他方で過少に支給した事案も数多く見られるが、それらの事案では不足分の全額が追加支給されないというケースも少なくない(以下、総称するときは「過誤支給」という)。

 これらの3種の「事件」の事実関係は、小田原ジャンパー事件に関しては、事件後小田原市に設置された「あり方検討会」が精力的な調査を行い詳細な事実関係を把握したうえで提言を行っている。第2・第の立川市自死事件や過大・過少支給事件に関しては、利用者本人の死亡あるいは当事者であるケースワーカーに接触できない等の調査上の諸制約があったが、我々は鋭意、行政実施機関側にある人々に対する聴取や関係者からの情報入手などを行って具体的な事実関係の把握につとめた。そして浮上したさまざまな論点について何度か集団的な討議と検討をすすめた。残念ながら事実関係の全貌を掌握したとまでは言えないかもしれないが、諸事件から共通して浮かび上がってくる問題点は、普遍的なものであると十分に確信することができた。その詳細な内容については第2以下の本文を読者諸氏が十分にお読みいただくことほかないが、まず強調しておきご理解いただきたいことは、ケースワーカーの仕事のもつ、他の職員等にみられぬ独特の特性である。

 利用者にとってケースワーカーは、保護の要否や保護費の支給や徴収・返還を実質的に決定する、いわば自分たちの生殺与奪を握る存在である。同時に利用者は、ケースワーカーによる生活指導や援助あるいは助言を事実上仰ぐという立場におかれている。ケースワーカーは、そういう二面性を利用者に対してもつ。一方で権力機構の一部に属して権力作用をなす。他方で保護利用者の身に添って生活支援等の奉仕的な面をもつ。ケースワーカーは、こうした一見矛盾した両面を仕事のうえで微妙なバランスを図りながら日常的に職務をこなしている。そのバランスが良好に図られるためには、職場の協力と連携、保護行政の法規範の明確な定立が必要不可欠である。とりわけ生活保護が憲法25条の生存権や基本権に立脚しており、その誠実な履行を公的な義務として具体化しなければならないという任務執行にあたる意識と姿勢が重要である。

 そして本書でとりあげた諸「事件」を子細に検討すると、ケースワーカーの仕事が権力的・形式的な面に重点が過度にかかり、次第にさまざまな形でバランスが失調していったうえで「事件」が生じた過程がみてとれる。明らかに単にケースワーカーの心構えや心性の問題ではなく、それらを超えたところにほんとうのバランス失調の原因があると感じざるを得ない。

 その第1は権力的な保護行政の一方的な運用を奨励する政治的な外圧が存在することである。第2には、その外圧を受けて本来の生活保護の法規範の解釈と運用に歪みが生じていることをあげることができよう。

 本書を通して明らかにされたケースワーカーの仕事のおかれた状況、利用者との間で軋轢などが意図的に生み出されている現状、総じて憲法25条の生存権保障の趣旨に背反する保護行政の今日の趨勢、これらのことにもっともっと多くの切実な世論の関心が寄せられ、そのことに対する批判が高まり諸改善が早急に図られていく必要があると考える。本書がその一助になることを願って緊急に本提言の意見を公表する次第である。

 

 

第2 意見の内容

1 法78条の運用を改めるべきこと

1)小田原市ジャンパー事件の背景にあるもの

 平成29年1月、新聞報道により、小田原市の福祉事務所の職員が、「保護なめんな」「不正を見つけ、追いかけ、罰する」などと、利用者をすべからく潜在的な不正受給者とみなして威圧する言葉がプリントされたジャンパーを冬場の訪問調査等の場で着用する等[1]していたことが表面化した。

小田原市は、それを契機に、利用者の権利擁護に取り組んできた学者・弁護士や元利用者を委員とする「生活保護行政のあり方検討会」(以下、「あり方検討会」という。)を設置し、公開の場で市の生活保護行政の検証・議論がなされ、生活保護行政のあり方検討会報告書(資料1。以下、「小田原市報告書」という。)のなかで様々な問題点が指摘され、改善策が提起された。

私たちは、あり方検討会における小田原市の生活保護行政の検証のなかで、小田原市が「しおりの配布、開始時説明済」「収入申告義務について承諾書に署名済」といった極めて形式的な認定により生活保護法(以下、単に「法」という。)78条[2]の不正受給の故意を認定していたこと、また、そのような運用を厚生労働省が通達した平成24年度から、小田原市における不正受給件数・金額が顕著に増加していること[3]に着目した。

そのような不正受給の形式的な認定が励行されるとき、福祉事務所側にとって、不正受給の摘発が、もっとも安易に達成でき、かつ目に見える「成果」になる。そのため、本来、利用者と信頼関係を築き、そのもとで生存権の保障を具体的に実現する職責を担う福祉事務所の職員が、不正受給の摘発に注力しようとすることで結果的に、利用者を潜在的な不正受給者とみなすことに傾く。そこに利用者に対する不信と疑念が生ずる。それこそが、職員たちが長年にわたり、大きな疑問をもたずに前述のような記載があるジャンパーを着用等してきた背景事情ではないかと思える[4]

もとより、不正受給は生活保護制度に対する不信を招き、適切な保護の実施を困難にするから、あってはならないことである。しかし、不正受給の抑制は生活保護制度を適切に運用していくための手段に過ぎず、利用者を潜在的な不正受給者とみなして抑圧し、あるいは生活保護に対するバッシングを煽っては本末転倒である。また、不正受給は、立法経緯や文言を見ても不正受給額全額の強制徴収[5]や刑法246条の詐欺罪もしくは法85条による処罰が課されうる、強い社会的非難を受ける行為と位置付けられており、法的に見ても前述のような形式的で広汎な認定は誤っている。

以上から、本項では、法の趣旨に立ち返り、あるいは生活保護の実態に照らして、あるべき法78条の解釈・運用を提言する。

 

2)法78条の解釈・運用の現状の誤り

ア 法78条の従来の解釈・運用

 生活保護行政において、「不正受給」とは、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせることであり法78条が適用されたものをいう」とされている。

 従来、厚生労働省は、「不実の申請その他不正の手段により保護を受け………た者は刑法該当条文(詐欺等)又は(生活保護)法第85条の規定によって処罰される。しかしながら、これだけでは保護金品に対する損失は補填されないため、………保護費を返還させるよう法第78条が規定されている」とと刑罰法規を経済面で補完するものと明らかに位置付けていた[6]。そして、保護受給中に収入未申告等があった場合の対応として「不正受給が明確にならない場合は、法第78条の処分はできない」等と述べ、不正受給の故意等の要件が明らかに充足される強い社会的非難を受けるケースでなければ、法78条は適用できないものとしていた[7]

 

イ 法78条の解釈・運用の転換

しかし、厚生労働省は、平成24年7月23日付けの通達[8]により、法78条等の解釈を大きく転換している[9]

まず、(収入未申告に法78条が適用されない場合の)費用返還を定める法63条[10]について「被保護者が不当に受給しようとする意思がなかったことが立証される場合で、………届出又は申告をすみやかに行わなかったことについてやむを得ない理由が認められるとき」と適用範囲を限定した。

そして、「法第78条の適用を厳格に実施するためにも、収入申告の義務の説明をしたこと及びその内容を理解していることを、保護の実施機関と被保護世帯の間で明確にする必要がある」として、「自分の世帯の収入について、福祉事務所長に申告する義務があること」「不実(ふじつ)の申告があった場合は,生活保護法第78条に基づき、得た収入の全額を徴収(ちょうしゅう)されるものであること。不正をしようとする意思がなくても、申告漏(も)れが度重(たびかさ)なる場合は『不実の申告』と福祉事務所に判断される場合があること」等と記載された書面を利用者から徴収するものとした。すなわち、事前に徴収した書面に基づき形式的に法78条の故意を認定できるようにして、収入未申告に法78条を原則的に適用するものとした。また、厚生労働省は、「不正受給防止対策の推進」の「着眼点」として、「課税調査により判明した場合は、原則として法78条により措置されているか」とし[11]、そのような収入未申告に法78条を原則的に適用する運用を励行するように指導した。

厚生労働省は、近年の不正受給件数・金額の増大について、「近年、生活保護受給者が増加している中で、地方自治体で、課税調査による稼動収入の把握、年金調査による年金収入の把握等の強化・徹底が図られたこと」が原因と述べている[12]。すなわち、「不正受給の深刻化」という現象は、課税調査の徹底と、形式的な故意の認定により法78条を拡大して適用する運用により顕在化されたものといわなければならない。 

 

ウ 法78条の立法意思

 しかし、以上述べた法78条の運用は、以下述べるとおり、立法意思に明らかに背くものである。

 厚生省社会局保護課長として生活保護法の制定を主導した小山進次郎著「生活保護法の解釈と運用」(資料2)は、法78条を「法第85条においてかかる者(不実の申請その他不正な手段により保護を受け………た者)に対し刑罰を以て臨むことを定めると共に、本条によりその費用を強制徴収し得ることを定め、以てこの制度の悪用からこの制度を護ることにした」(同822〜823頁)としている。すなわち、立法者は、法78条を、刑罰法規を経済面で補完するものと位置付け、制度を揺るがす悪質な事案に対し限定的に適用することを予定していた。

そして、「最も多く起る事例は、保護決定の際には不正事実がなかったが、その後職業についたとか、内職収入が増加したとか、或いは親類から定期的に仕送りを受けられるようになったとかで、保護の変更を受けなければならないにもかかわらず、これを届け出ることなく従前通りの保護を受けるという場合である。このような場合、単に将来を戒めるに止める取扱がなされているようであるが、事情によっては本条による費用の徴収を強行することも考慮すべきである」(同823頁)と述べるとおり、利用者が収入を申告しない場合を予定しつつ、その「事情によっては」=悪質な事案に対し78条の適用を検討すべきとするに過ぎない。

したがって、立法者は、収入を申告しなかった場合でも、その事情(例えば、未申告の理由や未申告の収入の金額・使い途等が考えられよう)を考慮したうえで、「制度の悪用」と評価すべき悪質な事案に対し78条の適用を特別に「考慮すべきもの」と考えていた。

 

エ 司法判断に照らしても現状の解釈・運用は誤っている 

形式的な故意の認定により78条を適用することが、利用者に酷な結果を招くことを明らかにした司法判断として、横浜地方裁判所川崎支部・平成27年3月11日判決(資料3)がある。

 この司法判断は、事実関係を詳細に検討し、実態に即して法78条の故意を論じている。利用者に交付したしおり等に高校生のアルバイト収入についても申告義務がある旨の記載があることに基づき、高校生のアルバイト収入が未申告であったとして法78条の故意を認定して行った費用徴収決定処分について「(収入の)届出義務違反があったのみでは同法78条の要件に該当するとはいえないことは文言上明らかである」、「(しおりを交付しただけ等の事実関係のもとでは)しおりの交付等をもって『(届出又は申告について口頭又は)文書による指示をした(にもかかわらずそれに応じなかったとき)』ということもできない」、「本件の事実関係に基づき総合的に判断すると、娘のアルバイト収入に関連して原告が『不実の申請その他不正な手段により』保護を受けたとまではいえない」等と判示し、同決定を取り消した事案である。

 まず、同判決は、@「受け手が理解できるよう指示内容を可能なかぎり明確にすべき」、「指示された内容を受け手が理解していなければならない」等として、しおりに基づく概括的な説明や、収入申告義務の内容を一般的に説明する文書等を送付したことをもって、法78条の故意が立証されたとはいえないとした。

また、A真実を反映していない申告書はケースワーカーから指示されるままに記入・提出したものであった経緯、高校生がアルバイト収入を自分で管理し、修学旅行や大学の受験料等に活用したこと、Bアルバイト収入の発覚後、その資料をケースワーカーの指示に従い提出していること、アルバイト収入が修学旅行や大学受験のためで生活保護に影響するものと意識しなかったのではないか、Cケースワーカーがアルバイト収入にも申告義務があると念押しして説明することなく、子どものアルバイト収入に関する特別のパンフレットを交付しなかった等の事情を検討して、78条の適用において、未申告の経緯や使途、利用者側の認識・態度や福祉事務所側の支援状況等の事情を考慮しなければ、酷な結果が生じることを指摘している。

 この判決に照らしても、収入状況と申告内容が一致しない場合に、あらかじめ徴収しておいた書面に基づく形式的な故意の認定により広く78条を適用するという現状の運用は、明らかに不当である。

 

オ 生活保護の実態にもそぐわない運用

 上記判決の指摘するところに即して、私たち法律家が日常的に遭遇する実務の問題点を敷衍して述べる。

第1に、生活保護の収入申告義務は、例えば借入金も「収入」と扱われ申告対象となる等、社会常識からかけ離れた要素を含んでおり、一般人であってもそれを理解し、十全な申告をすることは容易ではない。

第2に、生活保護申請時のしおりの交付や承諾書の徴収について見ると、申請者は、自身の抱える困難や経済的困窮に追い詰められ、極限的な心理状態にある。そのような心理状態のなかで、しおりや承諾書等を読み上げられても、その時点で現実味のない収入申告義務の説明を十全に理解しようといった意欲を持っているとは考え難い(上記判決も、「しおり等の関係書類をよく読んで理解しようという意欲に乏しいから、しおり等の内容を自分で読んでよく理解していたとは認め難い」等と判示している)。加えて、利用者にとって、福祉事務所の職員はいわば「権力者」であって、利用者は、その説明を理解できなくても疑問を差し挟もうとせず、あるいは何の疑問も持たず指示されるままに署名等してしまうのが通常である(上記判決も、真実を反映していない申告書につき「A主任から指示されるままに原告ないし妻が記入して提出したものである」等と認定している)。

第3に、利用者の個性は様々であり、なかには精神疾患と診断されていたり、そのような診断がなくても精神疾患を疑うべきケースが少なくない。そこまでいかずとも、性格の偏り等から相手の説明を理解する能力・意欲が見られない利用者も少なくない(あり方検討会に資料として提出された「生活保護行政に関するアンケート結果」(資料4)でも、「ケースワーカーとして、どのようなことで困難や苦労、悩みを感じますか」との質問において「こちらの説明が理解されないとき」といった回答が上位を占めている)。しおりや承諾書等の読み上げや、収入申告義務の内容が記載された書面の交付をもって、利用者が理解したという導論は根拠を欠く(上記判決も、原告の妻が「抑うつ気分、精神運動抑止、意欲の低下に加え希死念慮すらある。家事も全くできず夫に任せている。子どもの学校からの書面もなかなか理解できず記入もまともに全くできない状態である」等といった診断に基づき、「妻は理解力、適応力に問題があるから、妻がしおり等の内容を理解して原告に説明したとも考え難い」等と判示している)。

また、利用者に対する説明のあり方以外にも、福祉事務所側の支援が不十分であったために、利用者が不正受給を余儀なくされるケースもある。例えば、借金の請求に追い詰められた利用者が、別の借金をして返済をしていたようなケースで言えば、当初の段階で借金の存在を把握し、専門家につなぐ支援を行っていれば、別の借金をする=不正受給に陥るのを未然に防止できたであろう。そのように福祉事務所側の支援不十分に原因があったケースを「不正受給」として法78条で制裁することは、利用者を借金の返済と費用徴収の制裁で二重に追い込むだけで酷に過ぎ、かえって行政に対する不信を招く。

 結局、ケースワーカー側が利用者のおかれた生活実態を、面談等を通じてよく把握し、収入状況の変化等に即して申告の具体的なやり方、具体的な記載内容を教示する等の支援をしなければ、上記判決が指摘する「指示された内容を受け手が理解していなければならない」という故意認定の前提は不十分である。収入状況と申告内容が一致しない場合に、あらかじめ徴収しておいた書面に基づく形式的な故意の認定により広く78条を適用するという運用は、利用者の置かれた実態を無視していると言わざるを得ない。

 

3)法78条の解釈・運用を直ちに改めなければならない

 法78条の「不実(の申請)」は、一般に「積極的に虚構の事実を構成することは勿論、消極的に真実を隠蔽することも含まれる………詐欺、即ち、人を欺罔することよりも意味が広い」と解されている。しかし、その故意の認定は、未申告の経緯やその使途、利用者側の態度等や福祉事務所側の支援状況その他の事情を十分考慮するべきである。そして、制度を揺るがすような悪質なケースと判断されるときにはじめて法78条が適用されるべきである。

 現状では、しおりに沿った説明や、あらかじめ徴収した収入申告義務を理解した旨の書面に基づき形式的に故意の認定がなされ、特に課税調査により判明したときは原則として法78条により措置するとされているが、いずれもこれまで述べたとおり、法の趣旨及び生活保護の実態に照らして不当である。

 そもそも、生活保護は、利用者の自立(あらゆる人間的側面における何らかの自立を意味する、極めて広い概念である)を制度の目的としており、その実現のために、ケースワーカーは利用者と信頼関係を構築し、利用者の生活状況を的確に把握して適切な支援を行っていくケースワークが求められている[13]。ケースワークが充実して行われるとき、ケースワーカーの信頼を悪用して隠蔽を図る等の格別悪質なケースを除き、不正受給の大部分は未然に防止できるはずである。法78条(と法85条)は、そのような対応で防止し得ない悪質なケースを制裁するものとして、もって適切な保護の実施を確保するための手段に過ぎず、本来、収入未申告を未然に防止するための施策の充実こそが第一である。安易な「法78条の厳格な適用」の推進は、不正受給摘発の自己目的化をまねき、利用者を潜在的な不正受給者と疑い、抑圧する扱いにつながり、かえって利用者の自立という目的を損ねるものとなる。小田原市ジャンパー事件は、そのような誤った法78条の運用がもたらした、一つの表徴にほかならない。

 また、法78条について「各種控除を適用することは適当ではなく、………全て徴収の対象とすべきである」と運用されているが[14]、同条は申告がなかったこと自体を制裁するものではないから、申告があれば控除されていた部分まで徴収しようとすることは法を超える運用である。徴収の対象は、「不実の申請その他不正手段により保護を受け………た」、すなわち明らかな故意をもって利益を得た部分に限定されるべきである。

 以上から、法78条の運用に関し、改善すべき点を以下に掲げる。

@「しおりの配布、開始時説明済み」「申告義務について承諾書に署名済み」といった形式的な「不正受給」の認定を直ちに停止し、未申告の経緯や収入の使途、利用者側の態度等、福祉事務所側の支援状況等といった事情を、具体的かつ十分に検討する運用に改めること。

A法78条が適用される場合の徴収対象を明らかな故意をもって利益を得た部分に改めること

 また、以下の点についても速やかに検討されるべきである。

B法78条が法85条等の刑罰法規を費用面から補完するものとして設けられた立法経緯や格別悪質なケースへの適用を予定しているといった、法78条の適用場面を明確に限定し、収入未申告の未然防止が第一義的に追求されるべきことを現場に徹底すること。

C収入未申告の未然防止にかかる現場での実践や、不正受給に関する利用者側の意見及びケースワーカーの現場感覚を広く聴取・研究し、その結果を公開して、未然に防止する具体的な方法や不正受給の明確な判断基準を現場に提示すること。

 

2 法27条の運用を改めるべきこと

(1) 立川生活保護廃止自殺事件の概要と改められるべき運用実態

 平成27年12月、立川市で1人の利用者が、就労指導に「違反」したことを理由に、生活保護を廃止され、自ら命を絶つという痛ましい事件が起こった(以下、「立川自殺事件」という)。平成27年12月10日、立川市で生活保護を受給していた一人暮らしの40代男性が、自宅アパートの居室内で自殺した。立川市福祉事務所は、11月21日付けで就労指導違反を理由とする保護廃止決定をしており、その通知書を12月9日に男性宛に発出していることから、同通知書が自宅に届いた直後に男性が絶望して自殺に至った可能性が極めて高い。

「生活保護バッシング」の嵐が吹き荒れる中、利用者は「怠け者」という誤ったレッテルが貼られ、その結果、行き過ぎた就労指導や、就労指導「違反」を理由とする安易な生活保護の停止・廃止処分が行われるケースが目立って行われるようになった。立川自殺事件もその一つである。

 本来、生活保護行政は、このようなバッシングやレッテル貼りから利用者を守り、生存権に基づく生活保護利用(受給)権を保護・実現していく立場にある。その行政が、最後のセーフティネット、命綱としての生活保護を、就労指導違反を理由として自ら断ち切り、要保護状態にあるものを生存の危機にさらすことは、正に生存権を脅かすものであり断じて許されるものではない。

 そこで、以下、就労指導を巡る実態の問題を明らかにした上、憲法25条に照らしたあるべき就労指導のあり方を提示し、その実現のための具体的な提言を行う。

 

(2) 個々の利用者の実態に即した稼働能力の把握を

ア 具体的な稼働能力の限度で行われるべき就労指導

 就労指導は、法27条1項に基づいて行われる行政指導である。同条は1項において、「保護の目的達成に必要な」指導指示をすることができると指導指示の目的を明確にした上で、2項において指導指示について「被保護者の自由を尊重し、必要最小限度に留めなければならない」とすると共に、3項において「被保護者の意に反して、指導又は指示を強制しうるものと解釈してはならない」として、指導指示が保護の目的達成のために必要な必要最小限の範囲で、かつ、任意の行政指導の限度で行うことができる旨定めている。そして、法60条は、「能力に応じて勤労に励み」と勤労の義務に応能の留保を付けている。このような法の諸規定から明らかなように、就労指導は、あくまで個々の利用者の具体的な稼働能力の程度に応じた最小限度で、任意の行政指導として行われなければならない。

 この点につき、小山進次郎著「生活保護の解釈と運用(改訂増補版)」(資料2)の法27条に関する記述において(414頁)、「従来、ともすると生活保護を恩恵的、慈恵的とする風潮が社会の各層において見られたのであって、保護の実施機関側も被保護者の人格を軽視して必要以上の指導、指示を行」うことがあったため、「この点を特に注意し、指導、指示が濫用されぬようにする必要」があったとし、指導指示の「目的と共に、内容及び限界を明確に法律において規定し濫用の起る余地をなからしめたのである」と述べている。

 そして、能力に応じた適切な就労指導を行うためには、その前提として、個々の利用者の稼働能力の有無、ないしその程度を具体的に調査・把握することが不可欠となる。

 

イ 利用者1人ひとりの稼働能力を適切に把握するために

 稼働能力の有無・程度の調査・把握にあたっては、ケースワーカーの独断に任せることなく、とりわけ、精神疾患や軽度知的障害、発達障害が存在する、ないしはそれらの存在が疑われる場合には、医師その他専門家の意見を踏まえ、ケース診断会議などを経た上で、組織的に慎重な判断を行うべきである。

 すなわち、一見して何らの障害も伺われず、稼働能力が十分に存在するように見える場合であっても、実は上述のような疾患や障害があり、十分な稼働能力が存在しない場合も少なくない。このような場合に、稼働能力の有無・程度の判断をケースワーカーの独断に委ねると、稼働能力がない、或いは乏しいにもかかわらず、通常の稼働能力を有するものと安易に判断され、実態と異なる判断が行われるおそれが極めて高い。したがって、適切な稼働能力の把握のためには、専門家の意見も踏まえた、組織的かつ慎重な判断が不可欠である。

 

(3) あるべき就労指導の姿

ア 画一的・形式的な就労指導は許されない

 上述した法27条の趣旨からすれば、稼働能力の無い者に対する就労指導が許されないことはもちろんのこと、対象者の有する稼働能力を超える就労指導も「必要最小限度」を超えるものとして、同条に違反することになる。そして、当然のことながら、稼働能力の程度は、個々の利用者により異なる。したがって、就労指導の内容も、個々の対象者に応じて異なって然るべきであり、複数の利用者に対し、同一の内容の就労指導が行われることは本来あり得ない。

 しかし、実際の就労指導においては、極めて形式的・画一的な内容の就労指導が行われている実態が、残念ながら存在する。上述の立川自殺事件においても、保護の停止・廃止に先立って行われた就労指導において、当該本人を含む複数名に対し、全く同じ日付で、全く同じ内容の就労指導書による就労指導が実施されていることが明らかになった。立川市福祉事務所が、当該対象者の稼働能力を正しく把握し、その能力に応じた適切な就労指導を行っていれば、複数人に対し、全く同じ内容の就労指導が同時に行われることはあり得ない。その時期にリストに上がった就労指導の「対象者」に対し、個々の稼働能力の有無・程度を改めて確認・把握することなく、一括して同内容の就労指導を実施したものであることは明らかである。このような画一的・形式的な就労指導は、個々の利用者の具体的な稼働能力の程度に応じた指導とはいうことは到底できず、断じて許されない。

 また、既に稼働能力を活用している者に対する就労指導も行われるべきではない。すなわち、稼働能力を活用しているのであれば[15]、もはや就労指導をする必要性が認められないのであるから、法27条に基づく指導を行なう根拠を欠くからである。しかしながら、実態としては、既に就労にしている者に対し、さらに収入の多い職種に就くよう指導が行われることがある。

 

イ 利用者の権利・自由、個人としての尊厳を尊重する就労指導を

 上述のとおり法27条は、指導指示の目的を明文で定め、さらにその内容・限界を定めることで、指導指示の濫用を防止したものである。これは、指導指示の名の下、憲法13条に保障された個人の基本的人権が制約ないし侵害されることを防ぐためである。「生活保護法の解釈と運用(改訂増補)」(資料2)も、「生存権の保障は、個人の人格権の侵害を許容するものでは決してないのであるにもかかわらず、ともすると・・・憲法上の趣旨が公的扶助の実施において十分考慮されない危険性を多分に持っているのである」として、法27条に指導指示の目的、内容・限界を明記した旨述べている。

 就労指導も、法27条1項を根拠とする以上、利用者の権利・自由、そして個人としての尊厳は、可及的に尊重されなければならない。どのような職業に就くかは、単なる経済的活動を超えて、その人の生き方や、人格の発展に深く関わる重要な問題である。それ故、憲法22条は、職業選択の自由を定め、いかなる職業に就き、いかなる仕事をするかについて憲法上の自由として明確に保障しているのである。したがって、就労指導をおこなうにあたっては、対象者の職業選択の自由が十分に保障されるべきである。その意思を無視して、求職対象となる職種や就労形態等を限定・指定することは、職業選択の自由を不当に制約するものであり、許されない。

 しかしながら、現実には、例えば、「職種を限定せず、1日4時間以上週4日以上の仕事を対象に求職活動を行う」などといった就労指導が行われている[16]。これは、利用者に職種・仕事の選択を認めず、他方対象となる労働条件を厳格に限定するものであり、対象者の職業選択の自由を軽視するものと言わざるを得ず、このような就労指導は断じて許されない。

 

(4) 就労指導違反を理由する生活保護の停止・廃止は許されない

ア 就労指導違反を理由として生活保護を停止・廃止することの重大性

 就労指導違反を理由とする保護の停止・廃止は、利用者が、未だ要保護状態にあるにもかかわらず、生活保護の支給を断ち切るものである。生活保護を打ち切られた対象者は、まさに命綱を絶たれた状況になるのであり、たちまち生存の危機に陥ることになる。このことこそが、「保護を必要としなくなった」場合の停止・廃止(法26条)と決定的に異なる点である。

 しかし、先般、三重県四日市市の福祉事務所が、糖尿病を患い、インスリン服用が不可欠な状態にあった利用者に対し、就労指導違反を根拠に生活保護停止処分を経ることなく、いきなり生活保護廃止処分を行うというあるまじき事件が発生した。この事件は、原告による取消訴訟提訴後、処分庁がようやく自庁取消に応じたことから、原告は一命をとりとめた。

 また、これに至らないまでも、就労指導に「従わない」利用者に対し、安易に生活保護の停止や廃止の可能性を示し、就労指導に服従させようとするケースも散見される。

 このような事態からも伺われるように、就労指導は、その違反を理由とする保護の停止・廃止に向けて敷かれたレールの出発点として位置づけられ、ひとたび書面による就労指導を行われれば、生活保護の停止・廃止に向けた手続が機械的に進められていくという実態が、残念ながら存在する。

 これらの背後には、要保護状態にある者に対する生活保護支給を打ち切ることの重大性の認識の欠如があると言わざるを得ない。就労指導違反を理由とする生活保護の停止・廃止処分の重大性を改めて認識した上で、仮に就労指導の「違反」が生じた場合であっても、直ちに保護の停止・廃止に向けた手続を進めるのではなく、生存権の保障という見地から、以下に述べる手続を踏むことが徹底されるべきである。

 

イ 就労指導の内容の再検討と稼働能力の再調査の実施

 就労指導をしたものの、就労指導を遵守できない状況になることは、往々にして存在する。そして、その原因は、就労指導の内容が稼働能力を超えるものであったり、あるいはハローワークに利用者が希望する求人が存在しないなど、当該利用者の責任とは無関係の事情にあることも多い。したがって、就労指導に形式的に「違反」したことを理由に、生活保護の停止・廃止に向けた手続のレールに乗せることは許されず、「違反」が生じた原因について、慎重な究明が行われるべきである。

 すなわち、就労指導「違反」が生じた場合であっても、その前提となる就労指導の内容が適切であったかについての再検討が不可欠である。その中で、当初の稼働能力の把握に誤りがあったり、あるいは稼働能力を超える就労指導であったことが判明した場合は、生活保護の停止・廃止に向けた手続を直ちに停止すべきである。

 また、就労指導の「違反」となった利用者との対話を行い、就労指導が遵守できない状況にあることの原因の把握に努めることも必須である。その結果、対象者の精神疾患や知的障害、依存症、同居家族との関係など、稼働能力を減少ないし喪失させる事情が明らかになった場合には、当初に行った稼働能力の判断に捕らわれることなく、再度の稼働能力の調査・判断を行うべきである。

 このような調査・検討に当たっては、聴聞手続における聞き取りが極めて重要となる。したがって、聴聞手続においては、保護の停止または廃止処分の原因となる就労指導「違反」該当事実の存否の形式的な回答確認に留まることなく、十分な時間を確保し、指導を遵守できなかった事情なども含め本人の言い分を聴取する機会を設け、聞き取った言い分は記録に残す運用も徹底されるべきである。

 この点に関し、いわゆる静岡エイプリルフール事件・静岡地方裁判所平成26年10月2日判決(資料9)は、稼働能力を活用していないとして就労指導を行い、それに違反したことを理由に、法62条3項を根拠として行われた生活保護の停止処分の適法性が問題となった事案であるが、同判決は、稼働能力を活用する要件を満たしていたと認定し、結論として上記停止処分を違法として取り消した。判決は、原告の年齢、職歴や生活歴(無職かつ長期のホームレス生活)、健康状態等の諸事情に丁寧に着目し、「原告の有していた稼働能力の程度は、相当程度低いものであった」と判断している。

 この訴訟において、被告は、長年のホームレス生活を送ってきたなどの事情について、稼働能力を否定する事情にはならない旨主張している。かかる主張は、稼働能力の把握について当然考慮されるべき事情を無視するものであり、全くの誤りである。処分庁が、就労指導を行う際や停止処分を行うにあたって、改めて稼働能力の有無・程度について慎重な調査・判断を行っていれば、このような誤った稼働能力の把握をすることも、不適切な就労指導、そしてその「違反」を理由とする停止処分をすることも回避し得たものと思われる。この事件は、形式的な就労指導「違反」を理由とした安易な保護の停止処分の不当性を明らかにするとともに、稼働能力の有無・程度やその活用につき、いったん行った判断の当否も含め、改めて調査・判断することの重要性を示すものといえよう。

 立川自殺事件でも、保護停止・廃止処分に至る過程で、適切な稼働能力の再調査や、就労指導を遵守できない原因の把握、先行する就労指導の妥当性の再検討が行われていれば、生活保護停止・廃止に至ることなく、自死という悲惨な結果を免れていたものと思われる。

 

ウ 就労指導の違反を理由とする生活保護の停止・廃止は行わない

 上述のとおり、就労指導違反を理由とする保護の停止・廃止は、利用者が、未だ要保護状態にあるにもかかわらず、生活保護費の支給を止める極めて重大な処分である。これにより生活保護費の支給を停止された者は、まさに命綱を断ち切られるに等しく、たちまち生命の危機にさらされる。これは、生存権を保障した憲法25条の趣旨に真っ向から反する事態を、行政自らが作出するものに他ならず、到底許されるものではない。

 この点に関し、確かに法4条1項は、稼働能力の活用を生活保護支給要件としている。これは、憲法27条1項が勤労の義務を定めていることから、稼働能力を活用しない、すなわち、勤労の義務を果たさない者には、生存権を保障しなくてもよい、という考えに基づくものと思われる。しかし、近代立憲主義に基づく日本国憲法の本質は人権の保障にあるのであり、国民に義務を課すことではない。勤労の義務を果たすことを生存権保障の条件と解することは、憲法の本質に反するものと言わざるを得ない。憲法学説上も、勤労の義務はあくまで精神的・道徳的な指示を定めたに過ぎず、勤労の義務が果たされていることを、生存権保障の条件とすることは許されないとする学説も有力である。

 以上より、就労指導「違反」を理由とする生活保護の停止・廃止は、生存権を保障する憲法25条の趣旨に反するものと言わざるを得ず、断じて許されるべきではない。したがって、就労指導違反を理由とする生活保護の停止・廃止処分は行わない運用を是非とも確立されたい。

 万一、このような運用の確立が早期に実現されないとしても、就労指導違反を理由とする生活保護の停止・廃止処分は、十分な稼働能力を有することが一見して明白である者が、本人が就労の意思を有しさえすれば容易かつ即時に就労しうる場が明らかに存在する場合であるにもかかわらず、求職活動や就労を一切行わない等の場合に限定されるべきである。そして、生活保護停止・廃止処分を行った後も、対象者の状況を適切に把握し、必要に応じて職権で保護を開始するなど適切な措置を講ずることが不可欠である。

 

3 過誤支給に関する対応を改めるべきこと 

1)過誤支給の対応における近時の特徴

 近年、福祉事務所の過誤による生活保護費の大規模な過誤払いが全国で相次いで発覚している。

過誤払いには、保護基準を下回る過少支給の場合と、保護基準以上の保護費の支給を行った過大支給の場合があるが、近年の特徴的な点として、行政側の過誤を利用者や職員に転嫁する対応が目立つ。

後述するとおり、過少支給が発生した場合に、追加支給の範囲を限定し、あるいは追加支給を受けるには収入認定除外手続を要するとして、利用者に放棄を促す対応が見られた。また、過大支給が発生した場合にも、利用者に保護費のなかから過大支給分全額を(分割払い等で)返還させ、あるいは担当ケースワーカー個人に損害賠償請求する動きが広がっている。

 

2)過少支給分全額が追加支給されなければならない

ア 過少支給は直ちに根絶されなければならない

生活保護基準は「最低限度の生活の需要………をこえないものでなければならない」(法8条2項)とされており、いわゆる水準均衡方式により利用者の生活水準は、まさしく「最低限度」のものに抑えられている。過少支給は、そのような「最低限度」すら下回る生活を利用者に強いるものであり、その生存権(憲法25条)を侵害するものである。それを福祉事務所側の過誤により生じさせることは許されない。

にもかかわらず、福祉事務所の過誤による過少支給が、各地で発生している。例えば、東京都足立区の平成29年6月15日付け厚生委員会報告資料(資料10。以下、「足立区報告資料」という。)によれば、年金誤認定・支給漏れ・誤認定控除あわせて合計156件・約2900万円もの計算ミス等による過少支給が発覚したと報告している(ちなみに、足立区の生活保護利用世帯は平成27年度で1万8864世帯とされており、約1%の世帯に過少支給があったことになる)。他にも、東京都日野市(日野市生活保護事務適正化に関する第三者検討委員会報告書(資料11)参照)、同多摩市(多摩市生活保護費適正支給に向けた第三者検討委員会報告書(資料12)参照)や神戸市、熊本市、大阪市此花区等で過少支給の発覚が報じられている[17]

過少支給の根絶に向けた抜本的な取り組みが急務である。

 

イ 過少全額が追加支給されなければならない

 そして、過少支給の発覚後の対応における生存権侵害が重大な問題となっている。たとえば、足立区報告資料(資料10)によれば、足立区は、前述した過少支給をした世帯に対し、@3ヶ月以内のものについてのみ遡及変更により支給する、A同支給金につき、収入認定除外のためには自立更生計画の提出・認定が必要であるとの対応を打ち出し、同支給金を請求または放棄する旨の確認書を同世帯から徴収するものとしている。

 しかし、過少支給により生じた生活保護費の不足額は、最低限度を下回る生活を強制されてきた利用者に、憲法25条1項ないしは生活保護法で保障された最低限度の生活を回復すること用いられるべきである。そして、そのためには、@不足額全額の生活保護費が追加支給されること、及びA追加支給分を収入認定の対象から外し、生活水準の回復のための利用を認めることが不可欠である。

この点に関し、秋田地裁平成5年4月23日判決(資料15。いわゆる加藤訴訟)は、生活保護費のみを原資に蓄積された金員について、最低限度の生活を下回る生活をすることで蓄積されたものであるから、当該預貯金は、生活保護法で保障される最低限度の生活まで生活水準を回復するために用いられるべきであることなどを理由に、収入認定の対象とならない旨明確に判示した。過少支給の場合も、最低限度を下回る生活を強いられていたこと、そしてその回復のために不足分に相当する生活保護費が用いられるべきことは変わりないのであるから、上記秋田地裁判決の理はこの場合にも同様に妥当する。

他方、足立区のような運用には何の法的根拠もない。むしろ、過少支給は、生活保護基準により一義的に定められた支給金を下回る支給を行うという点でその違法は明白である上、憲法25条1項に保障された最低生活維持するために必要十分な金額(法8条1項参照)を下回るという点で、その違法性は極めて重大であって、足立区のような運用を正当化する余地はない。

以上より、過少支給が生じた場合に、不足額に相当する生活保護費が遡って支給されるべきこと、そして遡って支給された不足分保護費が収入認定の対象とならないことは明白である。現に日野市報告書によれば、同市では、過少分の追加支給による対応を行っている事実が確認できる。これに反する上記足立区の運用は、なんらの法的根拠もなく、最低限度の水準を下回る生活を強制したうえ、生活水準の回復の機会をも奪うものであるから、至急是正されなければならない。

したがって、過少支給を行った福祉事務所は、過少分を遡って追加支給する対応を行わなければならない。厚生労働省は、その旨を通達で明確にして徹底・実施させ、足立区のごとき利用者に泣き寝入りを強要する対応を糺すべきである。

 

3)過大支給分を保護費から返還を求めることは許されない

 他方、福祉事務所側の過誤による過大支給の場合においては、利用者の生活実態を無視する過大な(多くは全額の)費用返還決定を法63条により行い、過大支給分を費消してしまった利用者に対し、保護費から分割弁済させる対応が、多くの福祉事務所で公然と行われている。例えば、以下述べる東京都内の福祉事務所のケースや日野市、多摩市、板橋区、大田区、千葉県柏市、滋賀県大津市等のケースが報告されている(資料11〜13、16)。このような過大支給分全額の返還決定は、法63条について、「原則として、………支給した保護金品の全額を返還額とすべきである。」「当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合については、………控除して返還額と決定する取扱いとして差し支えない。」と運用されていることを根拠としている[18]

 しかし、「生活保護法の解釈と運用」(資料2)は、法63条について、「全額を返還させるのが不可能、或いは不適切である場合もあろうから、額の決定を被保護者の状況を知悉しうる保護の実施機関の裁量に委せた」、「場合によっては、調査不十分のため資格なきにもかかわらず資格ありと誤認し保護を行うことがある。………処分自体は有効なものとして置き、ただ費用の関係だけは相手方に資力もあることだから、可能な限度で徴収しておきたいという場合がある。本条はそのような必要性に応ずる規定である」と、法63条が利用者に資力がある場合の返還を定める規定であり、資力のある利用者の具体的状況に応じた返還額を決定するために実施機関の裁量に委ねた旨述べている。この点、東京都内の福祉事務所のケースに関し、過大支給分全額の返還決定を取消した東京地方裁判所・平成29年2月1日判決(資料17)は、「法63条は、………現に返還に耐え得る資力を有するか否か等にかかわらず、その受けた保護金品に相当する金額の全額を一律に返還させたのでは、最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反するおそれや、その自立を阻害することとなるおそれがあることから、個々の場合に被保護者に返還を求める金額を、当該被保護者の状況をよく知り得る立場にある保護の実施機関の合理的な裁量に委ねたものと解される」と敷衍している。過大支給分全額の返還を「原則」とする運用の現状は、明らかに法の趣旨に反する誤った取り扱いであり、過大支給がなされた場合には、利用者の生活状況等を十分に把握したうえで、生活保障の趣旨及び自立を阻害するおそれを生じないことが明らかな範囲での返還額の決定が行われるべきである。

そうすると、保護費から過大支給分を返還させることは、それが分割弁済の形をとろうとも、利用者の生活保障の趣旨に抵触し、あるいはその自立を損なうことは明らかである。実際にも、最低限度の保護基準のもとギリギリの生活を余儀なくされている利用者が、福祉事務所の決定を信頼して月々支給される保護費をすべて費消してしまうのは当然であるところ、福祉事務所側の過誤を転嫁され保護基準以下の生活を強いられることは、利用者に酷に過ぎ、また生活保護行政に対する信頼を損なう。したがって、保護費から過大支給分を返還させることはどのような形であれ許されない。

 また、上記判例は、東京都内の福祉事務所のケースについて、福祉事務所が利用者の「資産や収入の状況、その今後の見通し、本件過支給費用の費消の状況等の諸事情を具体的に調査し、本件過支給費用の全部又は一部の返還をたとえ分割による方法によってでも求めることが、原告に対する最低限度の生活の保障の趣旨に実質的に反することとなるおそれがあるか否か、原告及びその世帯の自立を阻害することとなるおそれがあるか否か等についての具体的な検討」をしなかったことを、「処分行政庁側の過誤を被保護者である原告の負担に転嫁する一面を持つ」ことも指摘した上で「法の目的や社会通念に照らして著しく妥当性を欠く」と指摘している。厚生労働省は、過大支給が生じた場合に十分な調査・検討も経ずに一方的に返還決定を行う取り扱いを直ちに根絶する措置を取らなければならない。

 

4)組織的・構造的原因により生じた過大支給の責任を職員個人に転嫁することは許されない

同様に問題なのは、過大支給が発生した世帯の担当ケースワーカー個人に対して損害賠償責任を問う動きが広がっている点である。例えば、日野市は過大支給の世帯の担当ケースワーカーの過失を8割として、多摩市は担当ケースワーカーらの過失を9割として、損害賠償請求を行っているという。

しかし、国家賠償法1条2項は、公務員個人の職務執行を萎縮させないために「故意又は重大な過失があった場合」に限り公務員個人に対する損害賠償請求を行えると限定している。この点、政府答弁によれば、平成19年1月から平成20年6月までの間に、国の敗訴が確定した訴訟29件のうち,判決で公務員の重過失が認められたケースに対し、国は求償権を行使していないという(資料18)[19]。このような法令ないし運用に照らせば、過大支給が生じた場合に担当ケースワーカーに損害賠償請求を行うことは、故意に過大支給を生じさせた場合にのみ許されるというべきである。

そして、生活保護の現場では、担当ケースワーカー個人に責任を問うことによるケースワークの萎縮は、より深刻である。ケースワーカーの本質的な業務は、様々な困難を抱えた、多様な人間性の利用者と信頼関係を構築しつつ、その困難への対処を支援し、自立を促していく人間相手の業務であるところ、利用者の自立を促す業務は、真面目に利用者と相対するほど業務量は増え、保護費の計算等のルーティン業務にあてられる余裕が少なくなる一方で、目に見える成果が出ることは多くない。ケースワーカー個人に対する責任追求が厳しく行われるならば、ケースワーカーは保護費の計算等の事務処理にミスがないように注力しながら、不正受給の摘発のように、より容易で目に見える成果を求め、骨が折れるケースワークを忌避するように流れ、利用者の自立を促そうとする法の趣旨はまったく失われてしまう(この点、多摩市報告書(資料12)は、当該ケースワーカーらについて、「被保護者にとっては非常に話しやすい職員であった」「漏給及び過支給の対象となった被保護者から、苦情はほとんどなかった」「ケースワークに係ることに業務時間の大半を割いていたしわ寄せからか、適正な事務処理を行う時間が確保出来ずに事務遅延が蔓延化したようである」等と述べ、ケースワークに熱心に取り組んでいたことを認めている。そのように利用者のために熱心にケースワークに取り組んだことに起因して多額の損害賠償責任を負わされるのは、著しく酷であり、現場に対する萎縮効果も大きい)。

しかも、保護費の支給決定は組織的に行われるものであって、担当ケースワーカー個人の過失だけで生じるものではない。個々のケースに応じ、保護費の算定を余裕を持って検討できる人員配置、ケース記録等に照らし保護費の計算をチェックできる職場体制等が取られている限り過誤支給は生じ難く、過誤支給が生じるもっとも大きな要因は、人員配置、職場体制の不備にあるといわなければならない。実際、日野市報告書(資料11)も、多摩市報告書(資料12)も揃って、課長や査察指導員らによるチェック体制の不備とケースワーカーの担当世帯が標準数を大きく超えていた人員配置の不備[20]を、過誤支給が生じた大きな要因として指摘している。

加えて、多摩市報告書は、薬物依存や精神疾患、DV等ケースワークに長い時間を要する利用者が増加している、ケースワーカーが他課から生活保護業務を超えて利用者の高齢、障がい、児童福祉、介護保険から教育に至るまでの対応全般を依頼されて業務範囲が無限定に拡大していた有様等を指摘し、担当ケース数が標準数を大きく超えるなかで、さらにケースワーカーの負荷が大きくなっていた実態も指摘している。

さらに、多摩市報告書(資料12)は、一般の給料日前に保護費の算定締め切り日が設定されていることから、暫定的な就労収入額で算定せざるを得ない状況があり、暫定的な収入額と実際の収入額に差異があると事後的に返還ないし追加支給の事務処理を行わなければならず、「生活保護費の支給は、………ある程度の漏給や過支給の発生を前提とせざるを得ない仕組み」であるという過大支給が業務の性質上当然に伴うことも指摘している。

これらの現場の実態に照らし、過大支給の責任を担当ケースワーカー個人に問うことは、福祉事務所の人員配置、職場体制の不備や保護費支給の仕組みに伴うリスクを、大きな負荷のなかで業務を行っている担当ケースワーカー個人に転嫁するものといわなければならず、この点でも不当であり、横領や背任等悪質な「故意」のケースに限られるべきである。

したがって、過大支給の損害を担当ケースワーカー個人に問うことは、横領や背任の事案等故意に過大支給を生じさせたといえる特別な事情がない限り許されない。厚生労働省は、過大支給が発生した場合に、担当ケースワーカー個人に損害賠償請求を行うことは国家賠償法1条2項の趣旨に反することを直ちに明示し、現場に周知徹底しなければならない。

 

4 あるべき職場体制の確立、人員確保の必要性

1)ケースワーカーをとりまく構造的な問題

 これまで述べたような、形式的で広汎過ぎる「不正受給」の摘発、利用者の人権を軽視する形式的・画一的な就労指導とその違反を口実にする保護の停廃止、そして過誤支給を巡る不当な対応など、利用者の人権・生存権を保障するという基本的視点を欠く生活保護行政が行われている背景の根本には、貧困を自己責任とみなし、また、生存権を権利として保障し、社会保障・社会福祉等の向上を国の責務とする憲法25条を軽視する国の姿勢がある。そのような国の姿勢が、@生活保護バッシングの声の高まり、A生活保護の利用を抑制する「生活保護の適正化」や、業務の定型化・類型化が困難な生活保護行政にそぐわない数値目標の設定といった法の趣旨に背く解釈・運用、B保護実施機関の人員不足、知識も経験も乏しい新人が多い不適切な人員配置、職場の孤立化、利用者の権利を守り、支援するという視点からの職員研修等の不足といった自治体の態度につながっている。

現場のケースワーカーたちは、そのような国・自治体の態度や生活保護バッシングの声のなかで、困惑し、悩んでいる。

ケースワークには、複雑な社会福祉制度全般の知識、生活上の実践的な知識と、様々な困難を抱えた利用者と人間関係を築く幅広い人間的経験が要求される。現役ケースワーカーによれば、ケースワーカーとして必要な技量や知識等を身につけるのに少なくとも5年間程度は必要である(なお、あり方検討会において、森川委員は自身の経験に照らし8年は必要だと述べている)。また、ケースワーカーの業務の現状を前提とすると、1人あたりの持ち世帯数が70件程度だと個々の利用者の特性を把握したケースワークが可能だが、それを超えると把握が困難になっていき、80件を超えると名前すら把握しきれない、90件を超えると職員間でフォローし合う余裕もなくなる、というのが一般的な職場体験である。

しかし、不十分な知識、経験のまま標準数すら大きく上回る件数のケースワークを担当させられ、他の部署等からの支援も得られないのが現状である。

小田原市の平成27年4月1日時点の職員体制を例に取ると、標準数28名に対し23名しか配置されておらず、ケースワーカー1人当たりの持ち世帯数は100件を超えていた。23名のうち14名が20歳代の新人で、在職期間1年未満が6名もおり、平均在職年数は2年前後、社会福祉全般の知識を修めた社会福祉士の有資格者は1名しかいない(平成27年以前はゼロ)という有様であった。生活福祉課の職員に対するアンケート(資料4)でも「通常業務が忙しく、研修に参加できない」と回答した者が12名もおり、「何も知識がないまま、仕事にあたらなくてはならない」と回答した者も2名いた。そして、「仕事を行うにあたり、判断に迷う」こととして、「生活保護制度以外の内容と思われる相談を受給者から相談されたとき」という回答がもっとも多かったにもかかわらず、その対応として他の部署に相談するという回答はなく、他の部署から孤立して業務を行わざるを得ない状況であった。

しかも、先に述べたとおり、薬物依存や精神疾患、DV等の困難事案が増加し、あるいは利用者の高齢、障害、児童福祉から教育に至るまでの対応全般を他の部署から要請され、その負担はさらに大きくなっている。

ケースワーカーたちに対する研修も、そのような状況と生活保護の抑制を進める国・自治体の態度があいまって、内部での他法他施策の学習が多くを占めており、権利としての生活保護という観点からの研修や利用者に対する支援の技能向上等の研修は乏しい。

このような実情を見るとき、憲法25条ないし法が求める、一人一人の利用者に向き合い、寄り添うケースワークを行うような知識・経験も、物理的・精神的余裕も持てない環境になっているといわざるを得ない。

そのうえ、過誤があったケースワーカー個人に損害賠償請求を問う動きも広がり、ケースワーカーらをとりまく環境はさらに厳しいものになっている。

以下では、このような基本的な視点を明らかにした上で、上記で取り上げた3つの問題(@法78条の誤った運用、A稼働能力把握ないし就労指導を巡る不当な行政実務の実態、B過誤支給の発生と発覚後の誤った行政の対応)を改善するために求められる対策について具体的に述べる。

 

2)不正受給の未然防止のために

 先に述べたとおり、不正受給の大半は、十分な知識・技量をもつケースワーカーが、利用者ぞれぞれと人間関係を築きつつ、生活実態をよく把握し、それに即した支援を行っていくなかで未然に防止できる。例えば、先に取り上げた横浜地方裁判所川崎支部・平成27年3月11日判決(資料3)は、担当ケースワーカーが原告の娘が普通科に在籍にしているので就労することはないと思い込んでいた手落ちが、高校生のアルバイト収入について十分な説明をせず「不正受給」に陥らせた原因であると指摘しているが、担当ケースワーカーが相応の生活知識を備え、また当該世帯と日常的に接したり、それぞれの利用者の状況をよく聴取する等できていれば、原告の娘のアルバイト収入に関する収入申告を適切に行わせることができ、「不正受給」にはならなかったであろう。

 しかし、前述の職場体験にいう「名前すら把握しきれない」、「職員間でフォローし合う余裕もない」程に多くのケースを担当させられたのでは、ケースワーカーが利用者それぞれと人間関係を築くことも、生活実態を十分に把握し、支援を行っていくことも不可能である。

 また、個々のケースワーカーの生活知識、対人支援の技量に頼るには限界もあるから、ケースワーカー同士でケース検討を行い、教訓や優れた取り組みを共有する場を数多く設けることも不可欠である。上記の件に即して言えば、ケース検討会議等の意見交換の場があれば、高校生の娘のアルバイト収入の有無を聞き取るべきことに気付いたであろう。

さらに、社会福祉制度は複雑で頻繁に変更される現状にあるから、他の部署から必要な支援を容易に受けられることも必要である。加えて、例えば借金を背負った利用者を専門家につながれずに放置され、その結果、生活保護の開始後も借金の返済等のため借入を余儀なくされているケースに鑑みれば、外部の組織や専門家から必要な支援を受けられる職場環境作りも重要である。

 

3適切な稼働能力把握・就労指導が確保されるために

 2で詳述したとおり、稼働能力の把握や就労指導を巡る生活保護実務には、憲法25条や、生活保護制度に対する深い理解と多様な人間的知識・経験に基づく、利用者に寄り添った丁寧なケースワークが求められる。

 しかしながら、現実には、生活保護が権利であるという基本部分の理解が十分とは言いがたいケースワーカーにより、利用者の人格・人権を軽視した、マニュアル的なケースワークが行われている実態がある。適切な稼動能力の把握、就労指導が確保されるためには、まずもって権利としての生活保護という観点からの職員研修・教育が徹底されることが重要であり、それが独善的・マニュアル的なものにならないためには、小田原市があり方検討会で行ったように元利用者や専門家等の見方を採り入れる等、その内容が十分に検討されなければならない。

 また、ケースワーカーに個々の利用者の実態を十分把握する物理的・精神的な余裕がなく、また職場の組織的な検討の機会が不十分であったり、外部の医師等に助力を求めることが容易でないといった問題もある。ここでも、個々の利用者に向き合うに足りるだけのケースワーカーの増員と、組織内でのケース共有、外部からの支援を容易に利用できるようにするといった職場環境づくりが重要である。

 そして、今般、厚生労働省は各自治体宛に、就労支援促進計画の策定の一環として、生活保護利用者の就労・増収による生活保護費削減、生活保護廃止者数等の具体的な数値目標を定める旨の通達を発した(「就労支援促進計画の策定について」)。これを受けて、各福祉事務所の中には、就労指導等による就労実現、それによる保護廃止者数の目標値を設定するものも増えている。しかし、本来、各生活保護利用者の能力に応じて行われるべき就労指導や使用者の意向等にも左右される就労実現について、「ノルマ」の如き目標値を設定すること自体的外れと言わなければならない。このような「ノルマ」の設定は、生活保護利用者に寄り添うというケースワークの本質を歪め、行き過ぎた就労指導の大きな要因となっているものと考えられる。実際、立川自殺事件が発生した立川市においても、就労支援者数や保護廃止目標等の数値目標が設定されていた。したがって、就労実現による生活保護廃止者数等の数値目標の設定は、速やかに廃止されなければならない。

 

4)過誤支給の根絶のために

 基準に従った保護費を支給することは、ケースワークのもっとも基本となる業務の一つである。しかしながら、上述したように、全国各地で過誤支給が相次いでいるもっとも大きな要因は、福祉事務所の人員不足である。日野市報告書(資料11)や多摩市報告書(資料12)は、いずれも標準数すら満たさない人員体制が過誤支給の要因になっていると指摘している。日野市では、ケースワーカー1人当たりの担当世帯数が平成23年以降102〜114世帯と推移しており、多摩市でもケースワーカー1人当たりの担当世帯数が95〜100世帯の間で推移する有様であった。多摩市の当該ケースワーカーらの担当世帯数は不明であるが、日野市の当該ケースワーカーの担当世帯数は約160件といわれている。

 もし十分な人員配置があり、それぞれのケースワーカーが適切に業務を処理する余裕があれば、担当ケースワーカーが保護費の計算に関わる事情を見逃すことはなく、あるいは他のケースワーカーから指摘があり、もしくは組織的なチェックが機能して、過誤支給は事前に予防され、あるいは速やかに是正されていたであろう。

多摩市報告書が指摘するとおり、保護費の計算は、漏給や過支給が生じやすい仕組みになっている。標準数すら満たさない福祉事務所、経験の浅い者が多くを占める福祉事務所において過誤が生じるのは、必然の結果というほかない。

利用者の生存権を侵害する過誤支給の予防は急務であり、そのためには、標準数すら満たさない人員体制の問題を解決することがもっとも重要である。

 

5)人員体制の充実は急務

 以上の問題すべてに共通する要因は、@福祉事務所の人員不足とA他からの支援を得がたい職場環境であった。ここでは、@の問題に厚生労働省の不適切な施策が大きく影響していることを指摘し、その是正措置を速やかに行うことを強く求める(なお、Aの問題についても、厚生労働省は、優れた取り組みを取り上げて現場に周知する等の方策により、現場の改善を支援するべきである)。

 ケースワーカーの人員不足の指摘はこれまでも数多くなされている。平成26年の総務省の生活保護に関する実態調査結果報告書は、調査対象の102の福祉事務所のうち、標準数を満たさない福祉事務所が67あり、うち6は充足率が50%以下であった旨と指摘している。厚生労働省の平成21年の福祉事務所現況調査でも、全国平均で見たケースワーカーの経験年数は、1年未満が25.4%、経験3年未満が全体の6割以上を占め、福祉事務所によっては9割以上が経験3年未満と報告している(資料14)。

にもかかわらず、厚生労働省は、標準数を満たすケースワーカーの配置を強制していない社会福祉法を放置している。加えて、福祉事務所現況調査も平成21年以来行っておらず、標準数すら満たさない福祉事務所の現状を放任している。これでは、生活保護行政はますます劣化し、憲法25条が「国の責務」として要請する社会保障の向上と実施体制の整備は画餅に帰すことになる。

厚生労働省は、直ちに福祉事務所現況調査を再開する等して福祉事務所の実態を把握するとともに、現場体験に見合った標準数を再検討し、速やかに再検討した標準数を充足するケースワーカーの配置を義務化する法改正とそれを可能にする財政措置を行わなければならない。

 

5 以上から、次頁の提言を行う。

 


 

提言内容

 

1 法78条の運用を改めるべき点

@ 「しおりの配布、開始時説明済み」「申告義務について承諾書に署名済み」といった形式的な「不正受給」の認定を直ちに停止し、未申告の経緯や収入の使途、利用者側の態度等、福祉事務所側の支援状況等といった事情を、個別具体的かつ十分に検討する運用に改めること。

A 法78条が適用される場合の徴収対象を、明らかな故意をもって利益を得た部分に限る運用に改めること。

 

2 法27条の運用を改めるべき点

@ 就労指導にあたり、個々の利用者につき専門家の意見聴取やケース診断会議を経て稼動能力を慎重に把握し、それぞれの稼動能力に応じた就労指導を行うべきこと、その際には利用者の職業選択の自由を尊重して強制にわたることのないこと。

A 利用者が就労しなかったことを単純に就労指導違反として形式的に把握し、その指導に従わなかった実情を十分に検討せずに、違反の事実を主要な理由として安易に生活保護の停止・廃止を行わないこと。

B 就労実現による生活保護廃止者数等の数値目標を設定させる通達を直ちに廃止し、数値目標の設定を止めさせること。

 

3 過誤支給のこれまでの対応を改めるべき点

@ 過少支給が行われた場合に過少分を全額遡って追加支給する運用を徹底すること。

A 過大支給が行われた場合に、過大支給分を保護費から返還させないこと。犯罪性が認められる場合を除き、当該ケースワーカー個人に対する損害賠償請求を行なわないこと

 

4 ケースワーカー増員、職員教育の充実等

@ 個々の生活保護利用者に寄り添うケースワークが行われるために、ケースワーカーの増員を行うに必要な措置を速やかにとること

A 生存権保障の担い手として求められる専門的知識を身につけるための職員教育や研修、他の職場や外部の専門家等との連携を行うに必要な措置を速やかにとること。

 


 

資料目録

 

資料1  小田原市「生活保護行政のあり方検討会報告書」(http://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/305183/1-20170406145937.pdf

資料2  小山進次郎著「生活保護の解釈と運用(改訂増補版)」(抜粋)

資料3  横浜地方裁判所川崎支部・平成27年3月11日判決

資料4  小田原市第1回生活保護行政あり方検討会資料5「生活保護行政に関するアンケート結果(速報版)」

資料5  東京都小平市の指示書

資料6  東京都豊島区の指示書

資料7  東京都大田区の指示書・弁明の機会通知書・保護停止決定通知書

資料8  群馬県富岡市の指導指示書

資料9  静岡地方裁判所・平成26年10月2日判決

資料10 東京都足立区の平成29年6月15日付け厚生委員会報告資料

資料11 日野市生活保護事務適正化に関する第三者検討委員会報告書(http://www.city.hino.lg.jp/index.cfm/196,138091,c,html/138091/20160415-171752.pdf

資料12 多摩市生活保護費適正支給に向けた第三者検討委員会報告書(http://www.city.tama.lg.jp/cmsfiles/contents/0000004/4647/daisansya-houkokusyo.pdf

資料13 生活保護法第63条返還金による返還金決定通知書(柏市福祉事務所)

資料14 毎日新聞2016年7月22日付け記事(貧困と生活保護(35)ケースワーカーの数と質が足りない)(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160721-OYTET50024/)      

資料15 秋田地裁平成5年4月23日判決

資料16 しんぶん赤旗2017年5月15日付け記事(生活保護費過誤払い 全国で相次ぐ 福祉事務所の手違いなどが原因)

資料17 東京地方裁判所・平成29年2月1日判決

資料18 内閣参質170第26号(http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/170/toup/t170026.pdf

 



[1] 報道によれば、ジャンパーの左胸にはエンブレムが付いており、「HOGO NAMENNA」(保護なめんな)というローマ字の記載と、「SHAT」(生活(S)保護(H)悪(A)撲滅チーム(T)の略)、「悪」の文字を二本の刺又で×印にしたような表記になっている。ジャンパー背面には「SHAT」「TEAM HOGO」と大文字で書かれており、その下に、「私たちは『正義』であり、『正義』であらねばならない。ゆえに、私たちは小田原のために働かなければならない。私たちは適正な給付を達成するために奴らの不正を見つけ、追いかけ、罰する。もし不正な利益を得るために私たちを騙そうとする者がいるのなら、『あえて言おう、奴らはカスである!』と。」といった意味の英文が記されている。

小田原市によれば、平成19年7月の職員が利用者に切りつけられた事件の後で、「自分達の自尊心を高揚し、当時の疲労感や閉塞感を打破するため」に、職員有志の自己負担により作成されたもので、60名を超える職員が購入し、冬場の訪問調査等に着用されていたとのことである。

また、ジャンパー以外にも「SHAT」「TEAM HOGO」のロゴが入ったポロシャツやフリース、半袖シャツ、Tシャツ、携帯ストラップ、マグカプ、マウスパッド、ボールペンなどが作成され、夏季業務中に着用したり、親睦会における職員に対する記念品等として贈呈されたりしたという。

職場全体に利用者を潜在的な不正者とみなす雰囲気が蔓延していた様子、それを咎める外部の声もなく職場が孤立していた有様を示している。

[2] 法78条は、「不実の申請その他不正な手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者があるときは、保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は、その費用の額の全部又は一部を、その者から徴収するほか、その徴収する額に百分の四十を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。」と定める。

 

[3] あり方検討会の資料によれば、小田原市における不正受給件数・金額は、平成23年度35件・1683万円から、平成24年度72件・2944万円、平成25年度88件・3136万円へと倍増した。

[4] 小田原市報告書も「不正受給を『摘発』することが第一の目的に近い扱いになっていた可能性がある」などと指摘している。

[5] 平成26年の改正により不正受給額の1.4倍までの徴収が可能とされたことは、その制裁的性格をいっそう明らかにするものである。

[6] すなわち、法は、刑事制裁(法85条)に伴って「費用の全部又は一部を、その者から徴収することができる」(法78条)としていたものである。厚生事務次官であった木村忠二郎著「改正生活保護法の解説」も「後者(法78条)は法第八十三條の刑事制裁に対應する規定である。」と述べている。

[7] 平成18年3月30日付け社援保発第0330001号厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護行政を適正に運営するための手引きについて」参照。

[8] 平成24年7月23日付け社保援発第0723号厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」参照

[9] なお、厚生労働省は、このような転換について、「会計検査院より、………費用返還及び費用徴収の取扱いについて、是正改善を行うべきとの指摘を受けた」等と理由付けしているが、生活保護法を所管する厚生労働省が会計検査院の指摘により法の解釈・運用を変更することは異常であり、責任ある対応とはいえない。

[10] 法63条は、「被保護者が、急迫の場合等において資力があるにもかかわらず、保護を受けたときは、保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して、すみやかに、その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。」と定める。

[11] 「生活保護法施行事務監査の適切な実施について」参照

[12] 平成26年3月3日付厚生労働省社会・援護局関係主管課長会議資料参照

[13]小田原市の生活福祉課の職員に対するアンケートを見ても、多くのケースワーカーは、受給者の自立やそれに向けた支援にやりがいを感じ、相談者や利用者とのコミュニケーションを「日頃心がけていること」に挙げている。

[14] 生活保護手帳別冊問答集・問13−23(答)⑶は、「保護の実施要領に定める収入認定の規定は、収入状況について適正に届出が行われたことを前提として適用されるものである。したがって、意図的に事実を隠蔽したり、収入の届出を行わず、不正に保護を受給した者に対しては、各種控除を適用することは適当ではなく、必要最小限の実費を除き、全て徴収の対象とすべきである」とする。

[15] 稼働能力の活用について、厚生労働省は、@稼働能力があるかどうか、Aその具体的な稼働能力を前提として、その能力を活用する意思があるかどうか、B実際に稼働能力を活用する場を得ることができるかどうかの3点から判断するものとしている。このうち、Aについて、厚生労働省は、「真摯」に求職活動を行ったかを踏まえて行うものとしている(厚生労働省社会・援護局長通知)。しかし、裁判所は、「真摯」な努力までは必要なく、働く意思さえあれば良いとの解釈をおこなっている(新宿七夕訴訟[一審判決:東京地裁平成23118日判決、二審判決:東京高裁平成24718日判決]、岸和田訴訟一審判決:大阪地裁平成251031日等参照)。「真摯さ」を求めることは、実施機関の恣意的な判断を許すことになり、生存権保障として実施されている生活保護制度の趣旨に反する。したがって、上記各判決の判断が妥当であり、上記厚生労働省の見解は改められなければならない。

[16] 東京都小平市では「ハローワーク等を活用して就労可能な職種への求職活動を6件以上行い、その結果を翌月10日までに紹介状の本人控えを等の挙証資料を添えて報告することを指示します」と意味のある求職活動と言い難い指導が(資料5)、東京都豊島区では「職種を限定せず、1日4時間以上週4日以上の仕事を対象に求職活動を行う」といった利用者の職業選択の自由や心身の状況を無視した指導が行われた(資料6)。

さらに、東京都大田区でも、「1 ハローワーク等を活用して、職種などの条件を絞らずに求職活動を行い、……… 2 1項におけるハローワーク等の活用方法については、1週間に1度はハローワークに赴いて、就労相談の窓口で相談することである」といった指示書を5月初旬に交付し、1ヶ月間それが履行されていないとして、翌月保護を停廃止する旨の弁明の機会通知書を6月初旬に交付し、6月下旬に保護の停止を通知した、といった性急・強引に就労を迫ったケースがあった(資料7)。

より悪質なのは群馬県富岡市のケースで、「週2回以上ハローワークに通い、週に1件は求人に応募すること」「就労した場合、正当な理由なく自己都合で欠勤及び退職しないこと。退職意思がある場合は、あらかじめ福祉事務所に相談すること」などと、利用者に「週1件は求人に応募」という異常な就職活動を指示し、さらに欠勤や退職も制限する就労指導が行われた(資料8)。

[17] 東京都日野市では、一人のケースワーカーが担当する世帯について、113世帯、約1300万円の支給漏れが発覚した(資料11)。東京都多摩市でも、二人のケースワーカーが担当する世帯について、59世帯、約600万円の漏給が発覚した(資料12)。

[18] 生活保護手帳別冊問答集・問13−5(答)(1)参照。

[19]  同答弁書によれば、故意が認められたケース2件については求償権を行使したが、重過失が認められたケース1件については求償権を行使せず、訓告及び厳重注意の措置をとったに過ぎないという。

[20] 日野市のケースでは、当該ケースワーカーが160世帯を担当していたといわれており(日野市報告書もケースワーカー1人当たりの担当世帯数が近年110〜115件程度で推移していたところ、当該ケースワーカーの「担当世帯数は他の職員と比較しても極めて多」かったと指摘している)、多摩市では、ケースワーカー1人当たりの担当世帯数は95〜100世帯程度であったと報告書が報告している。