「不適切」データに基づく「働き方改革」一括法案の国会提出の断念を求める声明

 

1 安倍首相の答弁の撤回と謝罪

自由法曹団は、かねてから、裁量労働制は、長時間労働及び過労死の温床となるとして、その拡大に反対の意見を表明してきた。例えば、政府の審議会でも繰り返し利用されている労働政策研究・研修機構が2013年に行った調査では、1か月の平均労働時間が、専門型裁量労働で203.8時間、企画業務型裁量労働で194.4時間であるのに対し、一般労働者は168.7時間であり、裁量労働制の適用がある労働者の方が長くなっている。このような客観的なデータも踏まえて、自由法曹団は、裁量労働制がもたらす長時間労働の危険性を再三指摘してきた。

安倍首相は、このような批判に対して、2018年1月29日の衆院予算委員会で、厚生労働省の「平成25年度労働時間等総合実態調査」(本件調査)の結果をもとに算出されたという、一般労働者の労働時間・平均9時間37分、企画業務型裁量労働制の労働時間・平均9時間16分というデータの存在を前提にして、「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」と答弁した。しかし、その後野党側から根拠データに対して疑義が出され、安倍首相は、2月14日の衆院予算委員会で、1月29日の衆院予算委員会での前記の答弁について、「撤回するとともに、おわびを申し上げたい」と撤回、謝罪するに至った。

 

2 一般労働者の労働時間が長くなるように作られたデータと誤った答弁の放置

  上記データは、一般労働者の労働時間について、「1か月で最も残業が多い1日の残業時間」を「平均1時間37分」とし、これに法定労働時間の8時間を加えて「平均労働時間9時間37分」を算出している。これに対し、企画業務型裁量労働制の労働者の労働時間の方は、「通常の1日の労働時間」として「平均労働時間9時間16分」を算出している。このように、一般労働者のデータと企画業務型裁量労働制の労働者のデータは、算出する前提が異なり、そもそも比較できないものである。また、本件調査のうち公表されている平均的な一般労働者の1週間の残業時間は「平均2時間47分」であり、「1日平均33分」である。前記の一般労働者の残業時間「1日平均1時間37分」は、これとの比較でも1日1時間以上過大である。しかも、一般労働者の労働時間に加算した法定労働時間の8時間は、実際に働いたか否か不明な労働時間である。これらのことからして、上記データは、一般労働者の労働時間があえて長くなるように、企画業務型裁量労働制の労働者の労働時間の方が短くみえるようにねつ造されたものとしか考えられない。

さらに、厚生労働省は1月29日の首相答弁から4日後の2月2日にデータ比較は不適切だと認識したのに、安倍首相が答弁を撤回したのは2月14日である。政府は、「不適切」データに基づく誤った答弁を2週間近くも放置している。

このような安倍首相及び政府の姿勢は、企画業務型裁量労働制の対象拡大を押し進めるため、あたかも裁量労働制が長時間労働と無縁であるかのように、国会や国民を欺くものであり、厳しく批判されなければならない。

 

3 「不適切」データの労働政策審議会における「不適切」な使用

  政府は、上記のデータは、企画業務型裁量労働制拡大の審議を行った労働政策審議会には提出していないとして、「一括法案提出、成立の方針にまったく変わりはない」と強調している。しかし、厚生労働省は、上記データのもととなっている本件調査結果の一部を、2013年10月に、企画業務型裁量労働制の対象拡大の可否等を審議していた労働政策審議会に提出している。本件調査における、平均的な一般労働者の1週間の残業時間「平均2時間47分」という数値も、実は、1か月のうち残業時間が「最長の1週間」を集計した残業時間であり、厚生労働省は、労働政策審議会で上記の集計方法を説明していない。さらに、本件調査については、2月21日の時点で、同じ人の残業時間が1日よりも1か月の方が短いなど、異常な数値が87事業所で117件発見されている。

  本件調査は、一般労働者について意図的に「長時間労働」の回答が集まるようにしている点において、法案審議の基礎資料とするには「不適切」なものである。また、労働政策審議会に上記の集計方法を説明していない点において、厚生労働省の対応は「不適切」な対応である。

 

4 「不適切」データに基づく「働き方改革」一括法案の国会提出の断念を!!

  以上のとおり、「働き方改革」一括法案は、労働時間の実態に関する極めて「不適切」なデータを基礎資料として作成されたものであり、公労使3者構成の労働政策審議会の審議尊重、国会審議重視の議会制民主主義尊重の理念からして、国会提出などとうてい許されない。一日8時間労働制を破壊する裁量労働制拡大や高度プロフェッショナル制度は、長時間労働を助長し、悲惨な過労死・過労自殺の被害を拡大させるものにほかならない。

  「不適切」データに基づき、国民を欺きつつ、「働き方改革」一括法案を強行して裁量労働制拡大や高度プロフェッショナル制度を押し進めようとしている安倍政権の姿勢は、労働者の生命と健康を守る立場からはもちろんのこと、国民主権と民主主義を守る立場からも、断じて許されない。

  自由法曹団は、安倍内閣に対して、「働き方改革」一括法案の国会提出を断念するよう、強く要求する。

 

     2018年2月23日

 

                       自由法曹団

  団長  船尾徹