少年法の適用年齢引き下げに反対する

 

第1 はじめに

 自由法曹団は、基本的人権をまもり民主主義を強め、平和で独立した民主日本の実現に寄与することを目的として、1921年に設立された、現在全国で約2100名を超える弁護士を擁する任意団体である。自由法曹団は、法律家団体として少年法の適用年齢の引き下げに関し、以下の理由から強く反対する。

 

第2 法制審による少年法適用年齢引き下げの検討

 2015年6月に公職選挙法が改正され、選挙権年齢が20歳以上から18歳以上に引き下げられた。これをきっかけに少年法についても適用年齢を現在の20歳未満から18歳未満へ引き下げることの是非が法務省において検討されてきた。法務省が設置した「若年者に対する刑事法制の在り方に関する勉強会」が2016年12月に発表した取りまとめ報告書では、少年法適用年齢引き下げについて賛否両論が併記されたが、少年法適用年齢が引き下げられた場合を想定して、18歳、19歳の者を含む「若年者」に対する新たな刑事政策的措置が検討されている。

 その後、2017年2月に法務大臣から法制審議会(以下「法制審」)に少年法適用年齢を18歳未満に引き下げること等について諮問され、同年3月から「少年法・刑事法(少年年齢・犯罪処遇関係)部会」において議論がなされている。

 

第3 少年法適用年齢引き下げの問題性

 1 はじめに

 そもそも、現在適用されている法制度の改変を行う場合、@改変を必要とする立法事実があるのか、A当該改変を行うことは人権保障や他の法制度の観点から許されるのか、B当該改変が政策として適切かという点は最低限検討されなければならない。しかし、少年法適用年齢の引き下げはいずれの観点からも不適切と言わざるを得ない。以下、これらの点について詳論する。

 

 2 適用年齢引き下げを必要とする立法事実がない

 今回検討されている少年法の適用年齢引き下げの議論は、現在少年法が18歳・19歳の少年に適用されていること自体や制度の運用についての問題が指摘されて始まったものではない。

 少年法の適用年齢引き下げは、公職選挙法の選挙権年齢の引き下げをきっかけに「少年」概念について、「国法上の統一」を図る必要があるとの意見があり議論が始まった。しかし、法律の目的・趣旨は様々であり、各法律の適用範囲は、その法律ごとに目的・趣旨に照らして定めることで何の問題もないはずである。これまでも、未成年者が婚姻した場合、民法上は成人として扱われるが、刑事司法手続きでは少年法が適用されるなど、成人とされる年齢はそれぞれの法律の目的・趣旨に基づいて定められていた。現在18歳で成人となる民法改正が検討されているが、その場合でも引き続き喫煙・飲酒は20歳以上からとする等、それぞれの法律の目的・趣旨で適用年齢に違いを設けるとされている。

 後述するように、少年法は18歳・19歳の成長発達権の保障に資するとともに、少年の更生や社会全体における犯罪防止のために大きな効果を上げている。かかる重要な制度の改変において、「国法上の統一」を図るなどという理由は全く根拠にならない。

 そもそも、現在議論されている少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げるとの法改正には、当該制度の改変を必要とする立法事実がない。

 

 3 18歳・19歳の者の成長発達権を保障しえなくなる(人権保障の観点)

 (1)少年法の目的

 少年法の目的は「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずること」と規定されている(1条)。

 成人に対する刑事手続きが「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現すること」(刑事訴訟法1条)を目的としているのと比較すると、少年法は、当該少年の健全な育成、性格の矯正・環境の調整という少年自身の立ち直りに重きが置かれた手続きであると言える。

 かかる少年法の目的の背景には、成長発達権の保障がある。すなわち、憲法は、国民が一人の人間及び市民として成長発達する権利を保障している(憲法13条、26条1項)。最高裁も、憲法26条の規定の背景として「国民各自が、一個の人間、一市民として成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有する」と述べ、成長発達権が保障されるべきことを認めている(1976年旭川学力テスト事件最高裁判決)。

 未だ成長過程の少年による非行が起こる背景に、少年の資質だけではなく、家庭の状況や生育環境、学習環境等様々な要因があることはよく知られている。これは、少年事件に接してきた法律家として強く実感するところである。このような少年の成長発達権が十分に保障されてこなかった環境について、きめ細かい調査に基づき、調整し働きかけることにより、少年の更生、即ち少年の立ち直りや「育ち直り」を図るところに少年法の目的がある。

 (2)少年法で行われる教育的措置

 少年事件については原則として全ての事件が家庭裁判所に送致される(全件送致主義)。検察官段階で不起訴処分となり、裁判所の手続き前に事件が終了する制度のある成人と大きく異なる。これは、重大な犯罪だけでなく、成人の場合であれば不起訴処分となるような事件も含めて、事件を起こした全ての少年についてその背景等を家庭裁判所で調査し、適切な教育的措置を行うためである。

 そして、家庭裁判所では、心理学や社会学、教育学等の専門知識を有する調査官によって、各事件について@少年がなぜ非行に至ったのか、A再び非行をする危険性はどの程度あるのか、Bどのような処遇により更生させ、立ち直らせるのかについて調査を行う。調査の過程では、少年及び家族との面接、学校や児童相談所からの情報を活用したり、社会奉仕活動や交通事故講習などのプログラムを少年受けさせその参加態度を見ることも行われている。少年によっては少年鑑別所に収容され、やはり心理学や教育学等の専門知識を有する技官によってさらに資質や行動等について鑑別調査が行われる。家庭裁判所に送致後、少年はこのような詳細な調査がなされ、かつ調査の過程で自己理解や非行に対する認識を深めたり、自身が直面する問題を解決する力を高めさせるよう、調査官や付添人、技官等から教育的な働きかけがなされている。

 このような調査の過程・結果を踏まえて裁判官が審判を行っている。保護観察では、社会の中で保護観察官や保護司の監督や助言・指導を得ながら更生と自立に向けた生活を行い、少年院では少年に対する生活指導や職業指導、教科指導などが行われるが、いずれの処遇でも家庭裁判所や鑑別所で行われた調査が参考にされ、少年の立ち直りや自立が重視されている。

 少年法における各手続きは一貫して教育的観点が重視され、少年の「健全育成」、即ち少年自身の立ち直りを目指すという少年法の目的が貫かれている。

 (3)立ち直りを重視することは子どもの権利条約でも確認されている

 少年の刑事手続きにおいて立ち直りを重視すべきことは、子どもの権利条約においても確認されている。

 子どもの権利条約では、少年に関するすべての措置は「子どもの最善の利益」を主として考慮することが要請され(3条1項)、刑事手続きにおいては、少年自身の尊厳及び価値についての意識を促進させ、他の者の人権や自由を尊重することを強化し、少年の社会復帰や社会において建設的な役割を担うことを促進される方法により取り扱われる権利を少年に認めている(40条1項)。

 さらに、国連子どもの権利委員会の一般的意見10号(2007年)では、「罪を犯した子どもに対応する際には刑事司法の伝統的目的(禁圧/応報)に代えて立ち直りおよび修復的司法という目的が追求されなければならない」と指摘されている(「少年司法における子どもの権利」)。

 少年の立ち直りを重視する我が国の少年法は、少年の成長発達権や子どもの最善の利益の保障を確保するものとして、憲法及び子どもの権利条約に適合した制度である。

 (4)18歳・19歳の者の成長発達権の保障の必要性

 成長発達権が全ての国民に保障されている以上、18歳未満の少年だけにこれを保障すれば良いというものではない。、

 非行・犯罪行為を行った18歳以上の若年者も、未だに成長過程にあり、それまでの環境において成長発達権が十分に確保されていなかったことが当該非行や犯罪行為の要因となっている例は多々見られる。特に、18歳・19歳という時期は、進学や就職等、それまでの生活環境が大きく変化し成長する時期であり、挫折や新たな人間関係に伴うトラブル等にも直面しやすい時期でもある。かかる時期には少年法による教育的な関与こそ必要だと言える。

 政府自身もこれまで、「少年期から若年期への移行時期は,就労等の生活基盤を固める時期にも当たり,家庭から離れ,監督者であった保護者と別居し,自立を試みる者も少なくないが,この時期は,特に少年時に非行歴のある者にとっては再非行・再犯に陥りやすい時期でもある。」(2011(平成23)年犯罪白書72頁)との認識のもと、「少年は、20歳を迎えるとともに原則として少年法の適用対象から外れ、法的にそれまでと違った取り扱いを受ける成人となるが、その行動実態は20歳で画然とした差異があるわけではなく、一進一退を繰り返しながら成長発達を遂げていくものである。若年者の犯罪傾向や問題性は、特に成人に達して間もない時期においては、少年期と類似の特徴が存続していると認められる」(同)と分析していた。政府の犯罪対策閣僚会議が翌2012年7月に発表した「再犯防止に向けた総合対策」では、18歳から19歳で少年院を出所した後に刑事処分を受けた者のうちの8割が、20歳から22歳6か月までに初回犯行に及んでいるとの調査結果から、「これらの事実は少年期から成人後数年間における再犯防止対策の重要性を示しており、他の年齢層と比べて可塑性に富み、社会復帰のための環境も整いやすいことを踏まえ、少年・若年者に焦点を当てた取り組みを強化する必要がある」と強調されている(同「対策」4頁。なお、後述するように少年院出所後に再度刑事処分を受ける者自体は少ない割合である。)。日本児童青年精神医学会も、18歳・19歳の「年長少年の更生と20代はじめの青年の更生が連続したものであるという考え方は、児童青年精神医学の立場からも肯首できる」として、少年法の適用年齢をむしろ20歳以上に引き上げるべきであると提言している(2016年9月4日付同学会「少年法適用年齢引き下げに反対する声明―適用年齢はむしろ引き上げられるべきである―」)。

 したがって、非行や犯罪行為を行った18歳以上の若年者についても、少年法の手続きを適用し、成長発達権を保障する環境を確保すべき要請は引き続き強いというべきである。 

 国際的に見ても、18歳成人制を採用する国でも、ドイツのように事案によって18歳以上の者についても少年と同様の取り扱いを行う国もある。国連子どもの権利委員会は、我が国やドイツのように、少年司法制度を18歳以上にまで適用している国を高く評価している。「委員会は、一部の締約国が、一般的規則としてまたは例外としてのいずれであるかに関わらず、少年司法の諸規則を18歳以上の者に対して(通常は21歳まで)適用することを認めていることについて、評価の意とともに留意するものである」(一般的意見10号38パラグラフ)。

 ところが、少年法の適用年齢が引き下げられてしまえば、18歳・19歳の者には少年法の手続きに従った環境調整や教育的処遇が図られないことになり、成長発達権を保障しえなくなってしまうのである。

 

 4 少年の更生・犯罪防止の効果が著しく減退する(政策的観点)

 (1)減少しつづけている少年事件

 少年による刑法犯の検挙人数(触法少年を含む)は2004より減少を続けている。2016年の検挙人数は40,103人であり、ピークであった1983年の261,634人の約15%まで減少している(平成29年犯罪白書3−1−1−1図A)。

 少年事件の内訳をみると、2016年の少年被疑事件のうち、いわゆる重大事犯は、殺人(0.07%)、危険運転致死傷(0.076%)、強盗(0.31%)、強盗致傷及び強盗強姦(0.34%)等、全体からするとごく一部であり、 少年被疑事件の大きな割合(84.3%)を占めているのは、窃盗(29%)、自動車運転過失致死傷(22.7%)、道路交通法違反(21.6%)、遺失物横領(6%)、傷害及び暴行(5%)等である(2016年検察統計統計表16−00−04)。

 (2)少年法による犯罪防止効果

 少年法による少年審判手続では、それぞれの少年について詳細な調査が行われ、非行事実に至った原因と背景を検討し、その少年の更生に必要な環境の調整や最も適切な処遇が探られている。このようなきめ細かい教育的な対応が、少年の成長発達を促し、再非行を防止する大きな成果をもたらしてきた。

 少年院を出所した後2年以内に再度少年院や刑務所に入院・入所する割合はここ10年間11%から12%で推移しており(平成29年犯罪白書5−2−5−4図@)、成人が刑務所を出所して2年以内に再度入所する割合(18%。同犯罪白書5−2−3−9図@)より相当程度低くなっている。これは少年法に基づく処遇が効果を上げていることの証左である。

 また、非行行為を行った少年の再非行を防止することは、社会全体の犯罪を防ぐ観点でも極めて重要である。

 前述のように、これまで政府自身が、社会全体の犯罪を抑止するために少年及び若年者に対し焦点を当てた取り組みを強化すると表明してきているが、かかる観点は、国際的にも同様の指摘がなされてきた。

 例えば、国連の少年非行の防止に関する指針(リヤド・ガイドライン。1990年)では、少年非行の防止が社会における犯罪防止の不可欠な部分と位置づけ、少年司法においては「あらゆる青少年の権利と福祉の促進及び保護を特に目的とした法律や手続きを制定及び執行すべき」とする(52パラグラフ)。

 これまでわが国は、少年法の手続きにより、少年に対しきめ細かな教育的・福祉的対応を行うことで、当該少年の再非行を防止するとともに、社会全体の犯罪を抑止する効果を上げてきたのである。

 (3)18歳・19歳への効果的な働きかけができなくなる。

 非行行為を行った少年のうち、18歳・19歳の少年は約半数を占める。前述したとおりその事案の84%以上は、窃盗、自動車運転過失致傷や道交法違反、遺失物横領、傷害などであって、殺人など重大事件はごく一部である。現在は、全ての事案について家庭裁判所での調査が行われ、教育的な働きかけがなされている。軽微な事案についても教育的な関与がなされることが少年のその後の再非行防止、犯罪防止に大きな効果を上げている。

 少年法の適用年齢引き下げとなれば、18歳・19歳の者は成人と同じ手続きとなるが、自動車運転過失致傷・道交法違反、窃盗、遺失物横領など、大半の事件は不起訴処分や罰金となり何の教育的関与もなされずに手続から外れ、社会に放り出されてしまうことになる。実際、2015年に検察が処分した20歳、21歳のうち公判請求されたのは約3割で他の者は不起訴処分や略式罰金等で手続きが終了した(法制審少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会第5回配布資料「18歳及び19歳の少年並びに20歳及び21歳の成人の処分状況」)。

 これでは、少年の大半に従前の少年法の下で行われていた効果的な働きかけができなくなり、非行防止・犯罪防止には逆効果となる。

 (4)少年に対する厳罰化を求める声について

 少年事件が増加しているとの現状認識のもと少年に対する厳罰化を求める意見が各種世論調査などで見られる。

 しかし、前述のとおり少年事件はむしろ減少し続けており、この現状認識には大きな誤解がある。また、現行少年法において、家庭裁判所が刑事責任を問うことが相当であると判断した場合は、事件を検察官に送致し、刑事裁判を受けさせる制度が設けられているが、16歳以上の少年が故意の犯罪行為により被害者を死亡させた重大事件等については、原則として家庭裁判所検察官に送致されることになっている。したがってこのような重大事件については、すでに刑事裁判で裁かれることが原則となっており、少なくとも少年法の適用年齢の引き下げを必要とする根拠とはならない。

 前述のように少年法では、全件が家庭裁判所に送致される結果、成人では起訴猶予処分や略式決定等で特段の教育的関与を受けずに手続きが終了するような事件についも、全て家庭裁判所の調査がなされ、少年に対する教育的な関与がなされている。犯罪行為を行った18歳・19歳の者に対する措置が必要だと考えるのであれば、少年法の適用からはずすことはむしろ逆効果となる。

 

5 新たな若年者への処遇施策は少年法の代替とならない

 現在法制審では、少年法の適用年齢引き下げの是非の議論を留保したまま、少年法の適用年齢が引き下げられた場合に導入すべき新たな処遇制度の検討がなされている。

 そこでは、不起訴処分の前提として被疑者に一定の遵守条件を設定し、検察官が主体となって一定期間監督・指導する制度(起訴猶予に伴う再犯防止措置)などが検討されている。

 しかし、これまで少年法に基づく手続きにおいては、少年に対するきめ細やかな調査が行われ、少年の性格や成育歴、生活環境等、少年の非行行為の背景を考慮した処分・処遇が行われてきたが、検察官はそのような専門知見は有していない。またこの制度では、裁判において犯罪行為を訴追する一方当事者である検察官が、裁判を経ることなく、自ら罪を犯したと認定した者に対し直接処遇を行うことになり、大きな権限を付与されることになる。これにより、他方当事者であるべき被疑者が、検察官に対し弱い立場に置かれたり、犯罪行為ではなく再犯の危険性を過度に重視した捜査や処分が行われる弊害が予想される。現在よりも検察官や警察の権限が不当に拡大される、極めて問題の大きい制度である。このような制度が現在の少年法に基づく手続きの代替制度となるとは到底考えられない。

 他にも種々の制度の検討がなされているが、いずれも現在実施され、大きな効果をあげている少年法に基づく手続きの代替となりうるものでないと言わざるを得ない。18歳・19歳の者について、一般成人と異なったきめ細やかな教育的・福祉的対応が必要だと考えるのであれば、端的に引き続き18歳・19歳の者にも少年法を適用すれば良いことである。

 前述のとおり、非行行為を行った18歳以上の者に教育的・福祉的関与を行い、成長発達権を保障すべき必要性は高く、この点において少年法は大きな効果を上げてきたものである。引き続き18歳・19歳の者にも少年法の適用を行うべきである。

 

第4 まとめ

 以上述べた通り、少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることは、立法事実もなく、18歳、19歳の者の成長発達権を保障し得なくなり、これらの者の再犯防止や社会全体の犯罪抑止効果が減退することになる結果となる等の理由から、自由法曹団は強くこれに反対するものである。

 

2018年4月26日

 

自  由  法  曹  団

団  長   船 尾  徹