「働き方改革」一括法案の12の問題点

 

2018年6月7日

 

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                   自由法曹団

 

はじめに

 安倍内閣が国会に提出した「働き方改革」一括法案は、5月31日、衆議院本会議で自民党、公明党、日本維新の会などの賛成多数で可決され、6月4日、参議院本会議で審議入りしている。一括法案の衆議院での審議は、極めて不十分である。一括法案は、労働者の命と健康、今後の雇用の在り方にかかわる法案であり、参議院での徹底審議が必要である。

 自由法曹団は、参議院での徹底審議に資するため、一括法案の12の問題点を提起する。

 

一 一括法案の審議方法に関する問題点

1 高度プロフェッショナル制度の審議は、このままでよいのか?

◆ 厚生労働省は、高度プロフェッショナル制度の審議資料とした「平成25年度労働時間等総合実態調査結果」について、異常値の発見された2割強の事業所分の労働時間データを削除したが、その後も「同一の調査票をコピーして二重に集計する虚偽データ」が6件発見されるなど、残りの8割弱の事業所分の労働時間データの信用性もまったくない。

また、厚生労働省が高度プロフェッショナル制度のニーズ(必要性)を聞き取り調査した労働者はわずか12人であり、しかも、企業が選んだ労働者に企業側同席のもとで聞き取り調査したことが明らかになっている。

このような事態を見るとき、現行の労働時間規制をすべてなくす高度プロフェッショナル制度は、いったん撤回し、正確な労働時間データや労働者のニーズに基づき、その採否等について、厚生労働審議会の審議からやりなおすべきである。

 

二 高度プロフェッショナル制度に関する問題点

2 「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務(対象業務)」(「改正」案の労働基準法41条の2の1項1号)は、限定的といえるのか?

 ◆ 全く何の限定にもなっていない。何についての専門的知識なのか、高度はどの程度のことをいうのか、成果とは何で、どう評価さうるのかなど、この規定からは何もわからない。結局、法律で明確な基準を定めたことにはなっておらず、対象業務を、厚生労働省令でいかようにも定めることができることになってしまっている。

 

3 「労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を1年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額」の3倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること。」(「改正」案の労働基準法41条の2の1項2号ロ)との基準は、限定的といえるのか?

◆ 「3倍」以上の額は、現時点では、年収1075万円以上とされており、全労働者の3%程度と言われているが、今回、ひとたび制度全体に関する法律を通してしまえば、次からは、「3倍」を「2倍」に、あるいは「1・5倍」に変えるだけの法改定により、対象者労働者を大幅に増やすことが可能になる。したがって、「3倍」以上=1075万円以上だからよいなどといって、制度が導入されてしまえば、その後の対象労働者の拡大は極めて容易になってしまう。

 

4 高度プロフェッショナル制度を適用したのにもかかわらず、年収要件を満たしていなかった場合や健康確保措置を実施しない場合、罰則の適用はあるのか?

また、この場合当該労働者に適正な残業代を支払うことは可能なのか?

 ◆ 高度プロフェッショナル制度の要件を満たしていないのにもかかわらず、同制度を適用しても、そのこと自体についての罰則はない。衆議院厚生労働委員会では、「要件を満たしていなかった場合は、高度プロは認められない(適用除外にはならない)。さかのぼって、通常労働者としての賃金等がきちんと支払われていなければ、当然、それとして罰則等が適用される」旨の答弁がなされている。しかし、高度プロの場合、使用者は労働者の労働時間を把握することが義務づけられていない。したがって、いったん適用された高度プロの中で、残業があったのかどうか、何時間あったのか、いくらの残業代が支払われるべきなのかといったことは不明確とならざるをえない。これでは、高度プロの名を借りて残業代不払いが許されることになってしまう。高度プロはきっぱりやめるべきである。

 

5 自民党、公明党、日本維新の会の修正案により、「対象労働者のこの項の規定による同意の撤回に関する手続」(「改正」案の労働基準法41条の2の1項7号)が高度プロフェッショナル制度の労使委員会の決議事項に追加されたが、この手続の内容とは何なのか?

 ◆ 「労働者が何時でも自由に同意の撤回をできるのか?」、「同意の撤回後、労働者に残業代を支払うことが必要になるが、その場合の労働者の賃金額等の労働条件はどのようなものになるのか?」など、まったく不明である。

 

6 高度プロフェッショナル制度の下では使用者は労働時間把握義務がないとされるが、過労死認定上支障はないのか?

◆ 高度プロフェッショナル制度では、使用者は労働者の健康管理時間(事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間との合計の時間)を把握することが義務付けられているが、労働時間を把握することは義務付けられていない。事業場内にいた時間は、タイムカードやパソコンの起動時間等で把握するとされているが、そのうち労働者が労働した労働時間が何時間であるのかは把握されていない。したがって、過労死が生じた場合、遺族は、被災者の労働時間を把握することができず、労災認定が得られなくなるというケースが想定される。

 

7 高度プロフェッショナル制度の下では使用者の指揮命令は禁止されているのか?

 ◆ 労基法第38条の3の1項1号は、専門業務型裁量労働制について、その対象業務を、「当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務」と定めている。また、労基法第38条の4の1項1号は、企画業務型裁量労働制について、その対象業務を、「当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」と定めている。

これに対し、「改正」案の労働基準法41条の2は、高度プロフェッショナル制度の対象業務について、上記のようなことは一言も定めていない。同条文は、使用者が、高度プロフェッショナル制度の対象労働者に対して、始業時刻や終業時刻を定めたり、指揮命令をしたり、具体的な業務指示をしたりすることを禁止していない。

   高度プロフェッショナル制度についても、裁量労働制と同様、法律をもって「使用者が具体的な指示をしないこと」を定めるべきである。

 

8 「改正」案の労働基準法41条の2の1項4号、5号、6号の健康確保措置の実効性はあるのか?

また、同条2項の使用者の「健康確保措置の実施状況の行政庁への報告義務」の実効性はあるのか?

 ◆ 1項4号で定める「1年間を通じ104日以上、かつ、4週間を通じ4日以上の休日」は、週休2日で達成でき、現状より休日が増えるわけではない。5号で定める「4つの選択肢の健康確保措置」も、大半の企業が最も負担の軽い「二」の「健康診断の実施」を選んで済ませてしまう懸念がある。6号で定める「有給休暇の付与、健康診断の実施その他の措置」は、労使委員会の決議で定めるものを使用者が行えばよいということであり、健康確保措置としての実効性は疑わしい。

   2項の報告義務は、労使委員会の決議の届出を行った6か月後に労働基準監督署に報告するとされているが、これでは、104日間の休日の付与等の健康確保措置の実施を担保できない。

   健康確保措置の違反には罰則がないが、少なくとも罰則を付けて実効性を図るべきである。

 

9 「改正」案の労働安全衛生法66条の8の4の「医師による面接指導」は、高度プロフェッショナル制度の下で働く労働者の健康確保のために実効性があるのか?

 ◆ 医師による面接指導(面談)は、健康管理時間が100時間を超える労働者に対して行うこととされているが、医師が面接指導(面談)を行った後も労働者に労働を継続させることは禁止されていない。また、医師の面接指導(面談)が行われなくても、高度プロフェッショナル制度の適用は否定されないとされている。

   労働安全衛生法に、医師の面接指導(面談)後の労働禁止など、健康確保及び長時間労働是正のための具体的措置を規定すべきである。

 

三 時間外・休日労働の上限規制に関する問題点

10 時間外・休日労働の上限について、「改正」案の労働基準法36条6項2号は「1箇月について時間外・休日労働あわせて100時間未満」と定め、同3号は「2ないし6箇月について時間外・休日労働あわせて1箇月当たり平均80時間以内」と定めている。これらの上限規制は適正なものであるのか?

 ◆ 上記の上限規制は、厚生労働省の過労死認定基準の過労死ラインである「発症前1か月間でおおむね100時間超、発症前2〜6か月間で1か月当たりおおむね80時間超の時間外・休日労働」をそのまま許容するものであり、労働基準法「改正」案は、過労死合法化法案と言わざるを得ない。また、上記の上限規制は、時間外・休日労働を月の後半と翌月の前半に集中させれば、30日間に160時間の時間外・休日労働(精神障害の労災認定基準で、精神障害を発病させる「特別の出来事」に該当)をさせることも可能であり、この点から見ても、とうてい認めることはできない。

   時間外・休日労働の罰則付の上限は、「1か月45時間、1年360時間」とすべきである。

 

四 パートタイム労働法・労働契約法・労働者派遣法の「改正」案に関する問題点

11 「改正」案の短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条(不合理な待遇の禁止)及び労働者派遣法30条の3の1項(不合理な待遇の禁止)の内容は、通常の労働者(正社員)との待遇格差を是正する上で問題はないのか?

 ◆ 「不合理な待遇の禁止」は、「@職務の内容、A当該職務の内容及び配置の変更の範囲、Bその他の事情」を考慮要素とする。しかし、「当該職務の内容及び配置の変更の範囲(人材活用の仕組み)」は、配置転換や昇進等の可能性の有無を考慮要素にすることを意味するが、パートタイム労働者、有期契約労働者、派遣労働者には配置転換や昇進等の機会がほとんどなく、この考慮要素の下では、正社員と非正規労働者の間の格差は是正されない。また、「その他の事情」も、「職務の内容」以外の要素を考慮要素にすることになり、同一労働同一賃金の理念に背反する。

「職務の内容」が同一であれば同一賃金とし、使用者が合理的理由を立証した場合にのみ賃金額の違いを認めるようにすべきである。

 

五 雇用対策法の「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(「労働施策総合推進法」)への「改正」に関する問題点

12 雇用対策法1条(目的)の「雇用に関し」を労働施策総合推進法1条(目的)の「労働に関し」に変えたことは、どういう意味を持つのか?

また、労働施策総合推進法1条(目的)の「労働生産性の向上を促進して」及び同法4条(国の施策)1項1号の「多様な就業形態の普及に関する施策を充実すること。」は、何を意味するのか?

 ◆ 雇用対策法は雇用労働者だけを対象にしていたのに対し、労働施策総合推進法は雇用労働者だけでなく請負委託等雇用関係によらない働き方で働く人を対象にしていると解される。

   「労働生産性の向上の促進」の言葉の下に、労働強化やリストラ解雇等が行われることが懸念される。

 「多様な就業形態の普及」の言葉の下に、非正規雇用や請負委託等「雇用関係によらない働き方」が拡大され、労働法の適用されない勤労者が拡大されることが懸念される。

 

おわりに

 「働き方改革」一括法案には、他にも多数の問題点があるが、少なくとも以上の12の問題点は、参議院の審議において徹底的に審議し、解明すべき問題点である。以上の12の問題点を徹底審議すれば、「働き方改革」一括法案が立法の根拠がなく、「残業代ゼロ・過労死激増・格差固定化・無権利労働拡大」法案であり、ただちに廃案にすべき法案であることが明白になるものである。

 

以上