<<目次へ 【声 明】自由法曹団


司法制度改革審議会中間報告に対する団長声明

 今月二〇日、司法制度改革審議会は中間報告を内閣に答申し、発表した。中間報告は、「当審議会として意見の一致をみた改革の大きな方向性、今後の議論に当たっての改革の視点や具体的方策の検討の方向性などを中間報告として取りまとめ」たと述べている。
 その内容を見ると、裁判官制度の改革の必要性を指摘し、判事給源の多様化・多元化の方向性を打ち出し、とりわけ判事補制度、特例判事補制度の改革・見直しを指摘している点、裁判官任命手続の見直し、裁判官人事制度の見直しに言及している点、利用しやすい司法制度実現のための制度的基盤として弁護士や裁判所へのアクセスの拡充や民事法律扶助の拡充などを挙げている点、公的費用による被疑者弁護制度の導入を提唱している点、国民の司法参加を拡充する方向性を打ち出し、陪審・参審を視野に入れて「国民が訴訟手続において裁判内容の決定に主体的、実質的に関与していく」制度を検討課題としている点などは我々自由法曹団としても評価し、さらに積極的に踏み込むことを求める。
 しかし他方で中間報告には以下のような看過し得ない重大な問題を含んでいる。
 まず第一に、中間報告が述べる「司法制度改革の基本的理念」に対しては我々は強く反対する。中間報告は、この間政府・財界が強力に推進してきた「政治改革、行政改革、地方分権推進、規制緩和等の経済構造改革」などを「この国が豊かな創造性とエネルギーを取り戻すため」のものであると手放しで評価している。これら一連の「改革」の実態はおよそ中間報告が美化するようなものではなく、一握りの社会的強者が自己の利益のために大多数の国民の犠牲の下に推進した施策であり、我々自由法曹団はこれまでこれらの諸施策に反対し、国民本位の改革を求め運動をしてきた。中間報告が述べる通り審議会が「これら一連の諸改革の根底に流れる基本的な考え方を受けつぎ」司法改革を展望しているのであれば、それは重大な誤りである。今求められるのは、「自己責任」の名の下での社会的弱者切り捨てではなく、憲法と国際人権法に保障された基本的人権を等しくすべての国民に保障することである。そして司法改革もそのような目的に合致したものでなければならない。
 第二には、現在の司法とりわけその柱である裁判所と裁判が持つ問題点、すなわち官僚司法の実態に対する認識が不十分である。中間報告は、現在の司法が国民の広い支持と理解の上に立脚していない要因として、行政中心の日本社会のあり方、国民の統治客体意識、法曹人口とりわけ弁護士人口の少なさ、法曹三者の協調的連携の不十分、司法制度全体の利用しにくさの五点を挙げている。しかし、現在の司法の抱えている問題は、裁判所が行政や大企業の側に偏し、国民が行政や大企業による人権侵害からの救済を求めても多くの場合裁判所がそれを拒否してきたこと、そしてその背景に最高裁事務総局を中心とした裁判官に対する中央集権的官僚統制があることについては全く触れられていない。
 第三に、陪審制と法曹一元導入に対し、明確な態度を取っていないことである。我々は今般の司法改革にとって最も重要な課題は陪審制と法曹一元の導入であると考える。それは、この二つが現在の中央集権的官僚裁判官制度を抜本的に改革するものだからである。この点に踏み込まずして部分的な改良を施しても現在の司法を国民のための司法に転換することは不可能である。ところが中間報告は、裁判官制度の改革や国民の司法参加について触れているが、残念ながら陪審制と法曹一元の導入についてはいまだ明確に打ち出していない。この点は今後の審議の中で引き続き議論し最終報告には必ず盛り込むことを強く求める。
 第四に、法曹人口及び法曹養成制度の点については、法曹人口の大幅増加を喫緊の課題とし現在の三倍に当たる年間三〇〇〇人程度の新規法曹確保の必要性を指摘しながら、現在深刻な問題となっている裁判官不足については大幅増員を言うものの何ら具体的な数値目標を提起していない。これは中間報告が、司法が国民から遠い存在となっている原因をもっぱら弁護士人口の少なさに求めたことに起因している。我々は、裁判官不足の結果、裁判官が三〇〇件ないし四〇〇件もの事件を抱えてその処理に汲々とし、当事者に十分な主張・立証を尽くさせ証拠と道理に基づいて具体的事案における適切な解決を図るという本来の役目を失いつつあるという現実を審議会が直視し、裁判官の大幅増員のための具体的な提案を行うことを求める。
 また中間報告は「法曹人口の大幅増員にふさわしい法曹養成制度の整備」として法科大学院構想などを提案しているが、このような制度によって十分な法曹養成が可能か否かについては、学生に対して過大な経済的負担を強いることになるなどの新しい制度がもたらす弊害のおそれにも十分留意した慎重な検討が必要である。さらに、弁護士人口の大幅増員については、一方で国民の弁護士へのアクセスが容易になる面があるとともに、他方、それが法曹の質の低下や人権擁護活動を担ってきた弁護士・弁護士会の変質などの弊害をもたらすおそれがあることにも十分配慮し、今後具体化を検討すべきである。
 第五に、民事司法や刑事司法に関する改革提案についても多くの不十分な点や問題点がある。民事司法に関しては、行政訴訟・労働訴訟・消費者訴訟などの証拠が偏在する社会的強者と弱者との裁判において、実効的な証拠収集手続がないため社会的弱者が裁判において十分救済されていないという問題が存在するが、その点について中間報告では踏み込んだ提案がなされていない。逆に、中間報告が提案する専門参審制や弁護士費用の敗訴者負担の原則化は、社会的弱者に酷な結果をもたらすものであり、導入すべきでない。
 刑事司法に関しては、日本の刑事司法を歪める最大の原因である人質司法といわれる現状や自白強要の温床となっている取調べの実態について、意見の一致をみなかったとして何ら改革提案がなされていないことは重大な問題である。これでは根本的問題にメスを入れていないといわざるを得ない。なお中間報告が公的費用による被疑者弁護制度の導入に当たって、その運営主体やその組織構成、運営主体に対する監督のあり方について、「個々の弁護活動の自主性・独立性が損なわれないようにすること」と指摘している点は適切であり、この見地を堅持しなければならない。
 我々自由法曹団は、一九二一年結成以来今日まで、国民のために闘い、国民とともに歩んできた。そしてこれからも国民のための司法、国民による司法の実現を目指して活動していく決意である。審議会が真に国民の立場に立った司法の実現のための改革案を審議し、最終報告において提案することを強く願うものである。

二〇〇〇年一一月二四日
自 由 法 曹 団
団 長  宇 賀 神   直