<<目次へ 【声 明】自由法曹団


「弁護士報酬の敗訴者負担制度」の論議のあり方に対する声明

1 11月21日検討会で示された「合意による敗訴者負担」の骨格

 司法制度改革推進本部の司法アクセス検討会では、かねてから多数の反対意見が寄せられてきている「弁護士報酬の敗訴者負担制度」の導入の可否について、真っ向から対立する論議が交わされてきていた。このような中で、10月10日の検討会で「当事者の合意による敗訴者負担」という考え方が突如提起され、10月30日開催の検討会においては、この考え方に基づく3つの案を巡って議論が行われてきていた。このような経緯で開催された11月21日開催の検討会において「当事者の合意による敗訴者負担」の骨格が明らかとなった。その骨格は、
 (1)原則各自負担とし、合意があった場合に敗訴者負担とする
 (2)敗訴者負担の合意は、訴訟提起後代理人双方の共同申立による
 と伝えられている。

2 敗訴者負担「合意論」の急浮上とその全般的な問題点

 すでに私たちは、11月15日付で発表した「弁護士報酬の敗訴者負担『合意論』に反対する意見書」において、10月の段階に至ってからの司法アクセス検討会における敗訴者負担「合意論」の唐突な登場は、「(1)推進派ないし事務局から、(2)何がなんでも敗訴者負担を導入するという姿勢に基づいて、(3)将来敗訴者負担を拡大するための制度として、提起されてきていることはまぎれもない。」ことを指摘しつつ、同月30日の検討会において示された三つの案それぞれの内容に即して問題点を指摘している。
 11月21日に骨格が示された案は、10月30日開催の検討会で論議された三つの案のうち、私たちの意見書で指摘した「第3案」を基本とするものであるが、私たちは、上記「意見書」においてこの「第3案」の問題点をつぎの6点にわたって指摘した。
 第1に、そもそもこの「合意論」は、推進派ないし事務局において、敗訴者負担導入の目的を貫徹し、将来敗訴者負担を本格的に拡大していくための足がかりとして位置づけられていること。
 第2に、この「合意論」には、訴訟当事者は、合意をしなければ勝訴の自信がないとの心証を裁判所から持たれかねず、合意をすれば敗訴者負担のリスクを負わされることになるという重大な弊害があること。
 第3に、労働者と企業の場合に典型とされるように当事者間の条件が対等でない場合、「敗訴者負担の合意」は強い者に有利に働くこと。
 第4に、「裁判上の合意による敗訴者負担」が導入された場合、「契約上の敗訴者負担条項」の普及により、労働者・消費者・中小零細業者は、この「契約上の敗訴者負担条項」による敗訴者負担を心配せざるを得ない結果、事実上司法アクセスが抑制されること。
 第5に、「合意による敗訴者負担」が導入されると、弁護士費用は「合意による敗訴者負担」に委ねられるべきとして損害から外され、または現在認められている水準が切り下げられることになりかねないこと。
 第6に、そもそもこの「合意による敗訴者負担」は、導入の根拠を持たないこと。(その導入により裁判所へのアクセスが促進されるどころかむしろアクセスを抑制することが懸念され(上記第4点)、また、推進派が持ち出していた「公平」の観点からもこの制度を根拠づけることは困難であり、むしろ現実の「合意」の場面を考えると「公平」の観念には反すること(上記第3点))。

3 伝えられる山本委員発言のまやかし

 11月21日に骨格が示された「合意による敗訴者負担」制度は、これらの批判がそのまま当てはまるものである。とりわけ、上記の第4点の弊害は重大である。
 この点を労働契約について述べれば、労働契約の内容は原則として就業規則の定めるところによるものとされているもとでは、就業規則に弁護士報酬の敗訴者負担が規定された場合、労働者は、敗訴の場合には使用者側からその弁護士報酬の請求を受ける覚悟を迫られることにならざるを得ない。その結果、解雇・賃金切下げ・男女昇進差別等々の使用者による違法・不当な行為を労働者が裁判で争うことに消極的にならざるを得ないという重大な弊害が生じる(上記2の第3点及び第4点参照)。
 また、消費者契約約款においても「敗訴者負担条項」が入れられた場合には、消費者はこの条項による敗訴者負担を心配せざるを得ない。消費者が、悪徳詐欺商法、証券・先物取引被害、変額保険事件等の銀行被害、欠陥住宅被害等の被害を受けても、契約約款にこのような条項が入れられると提訴・応訴の重大な障害となり、法的手段を取ることの立ち後れ(被害の拡大と悪徳業者の財産隠しを許すことにつながる)、提訴の萎縮・応訴の萎縮(泣き寝入りをせざるを得ない)、請求金額の抑制等を事実上強いられることになりかねない。
 見過ごすことができないのは、当日の検討会の席上、山本克己委員(京都大学教授・民事訴訟法)が、(1)労働契約については就業規則にこのような条項を設けても労働基準法16条により無効とされるので心配には及ばない、(2)消費者契約についても消費者契約法9条ないし10条で対応できる旨の指摘を行ったと伝えられていることである。
 以下分説するように、同氏の意見は到底成り立たないものであり、むしろなにがなんでも敗訴者負担を導入しようとするための欺瞞的な主張といわざるを得ない。

(1)労働基準法第16条について

 第1に、そもそも労働基準法第16条は、「(賠償予定の禁止)」とのタイトルのもとに「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定めているもので、文言上使用者との間の訴訟において敗訴した場合の使用者側の弁護士報酬が「労働契約の不履行についての違約金」または「損害賠償額の予定」に含まれない。
 第2に、解釈上も、労働基準法16条が禁止する違約金の定め又は賠償額の予定は、「労働契約の不履行」についての場合であって、これを不法行為の場合をも含むとする説があるものの、さらに広く訴訟費用の負担について定めることまでが禁止の対象とされるとの解釈をとることは、とりわけ同条違反が6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に当たる犯罪とされているところから(同法119条)、罪刑法定主義に照らしても困難であろう。
 第3に、裁判実務上、このような解釈が通用する現実的可能性は殆どない。判例は、労働基準法16条に関しても、たとえば、退職後に同業他社に就職したときは退職金の半額を返還しなければならないとの定めを同条違反とはならないとし(名古屋高裁昭和51年9月14日判決)、あるいは、従業員が一定期間内に退職したときは企業派遣留学費用を返還しなければならない旨の定めも同条違反とならないとするなど(東京地裁平成9年5月26日判決)、限定的な立場を相次いで示しており、このような姿勢は狭きに失しているとの批判を招いているのが実情である。
 したがって、労働基準法16条により就業規則に「敗訴者負担条項」を設けることは規制されあるいはそのような条項は無効とされるなどという指摘は、現実にはまったくのまやかしである。

(2)消費者契約法第9条及び第10条について

 第1に、消費者契約法9条は、「消費者が支払う損害賠償の額を予定する条項等の無効」との題名のもと、「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額」(いわゆる「キャンセル料」等)(同条1号)及び「支払うべき金銭の一部を消費者が支払期日……までに支払わない場合における損害賠償の額」(いわゆる「遅延損害金」)(同条2号)について定めたものである。弁護士報酬の敗訴者負担が、「損害賠償の額」の予定といえないこと、とりわけ「キャンセル料」や「遅延損害金」にあたらないことは明らかである。(なお、消費者契約法9条は、消費者側に「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額」(同条1号)、「年14.6パーセント」(同条2号)までの負担を認めているものであり、契約条項の効力をすべて否定しているものではない。)
 第2に、消費者契約法第10条は、表題に示されているとおり「消費者の利益を一方的に害する条項」を問題としている規定である。消費者のみに敗訴者負担を負わせる片面的敗訴者負担条項であれば同条に違反するといえるであろうが、両面的敗訴者負担を定めた条項が「消費者の利益を一方的に害するもの」との判断を得ることは相当困難である。また、同条は「民法第1条第2項に規定する基本原則に反」すること(信義誠実の原則違反)を要件としているが、裁判上の合意による敗訴者負担が導入された状況下において、敗訴者負担条項が信義誠実の原則違反との判断を得ることもまた容易でない。
 第3に、以上見たとおり、消費者契約法第9条ないし第10条により契約約款上の敗訴者負担条項の効力を否定することは、極めて困難であることから、消費者は敗訴者負担条項による敗訴者負担を覚悟しないと、訴訟を提起できない。これは重大な裁判所へのアクセスの阻害となる。(従来敗訴者負担について述べられてきた提訴抑制効果と全く同じ問題である。)このことは、司法制度審議会意見書が「不当に訴えの提起を萎縮させないよう……」と求めている趣旨に真っ向から反する。
 このように、山本委員の発言は、消費者契約法に関しても解釈を誤ったまやかしの議論といわざるを得ない。

(3)このような議論が行われることの問題点

 山本委員が伝えられるような発言を行ったのが真実であれば、法律学を専門とする大学教授が、いったい、いかなる意図にもとづいてこのようなおよそ通用しない「法律論」をあえて述べたのか。その真意を問わざるを得ない。
 もともと敗訴者負担制度の導入に積極的であった委員らは、本年9月1日締切の意見募集に寄せられた5134件もの意見の圧倒的多数が導入反対を内容とするものであったのを前に、将来敗訴者負担を拡大するための制度と位置付けて10月10日の検討会に突如として敗訴者負担「合意論」を持ち出し、これをなんとしても実現させようとしてきた。山本委員の発言として伝えられる法理と現実を著しく無視した内容も、その一環としてはじめて理解できるものといえよう。

4 あらためて司法制度改革推進本部及び司法アクセス検討会の姿勢を問う

 本来、司法制度改革推進本部の司法アクセス検討会は、国民に利用し易い訴訟制度の実現という今次の司法改革の目的に沿って、司法アクセスの拡大をはかるべき方策について論議・検討することがその役割として求められている筈である。
 これまで、司法制度改革推進本部及び司法アクセス検討会に対しては、裁判の実態と社会的紛争の実情に基づいた真摯な議論が求められてきた。上記のようなごまかしの議論によって、「合意による敗訴者負担」の導入を図ることは、およそ許されない。
 すでに各方面から多くの批判が集中している弁護士報酬の敗訴者負担制度は、この司法アクセスの拡大という方向に反することはもはや明らかである。
 意見募集に寄せられた5134件もの意見の圧倒的多数が敗訴者負担制度の導入反対を訴えるものであったことを真摯に受け止めれば、司法制度改革推進本部及び司法アクセス検討会の採るべき道は、敗訴者負担制度を導入しないという結論を導くことであるはずである。
 司法制度改革推進本部及び司法アクセス検討会は、国民の声に真摯に耳を傾けるとともに、意見募集で指摘された敗訴者負担制度のさまざまな具体的弊害に思いを致し、真摯かつ誠実な姿勢で議論と検討を行い、敗訴者負担制度の導入を取りやめるべきである。

以 上

2003年11月28日
自由法曹団
団長 坂本 修