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環境問題は自然発生するものではなく、人の活動によって生じるものです。従って、環境問題解決の鍵は人の社会の中にあるというのが私たちの認識です。人々の活動によって生じる環境への負荷は、社会的に抵抗力の弱い地域、あるいは物言わぬ自然に押しつけられていく傾向にあります。藤前干潟の事件はその典型でした。名古屋市のゴミ処理場が限界に達しているということで、名古屋市は新たな廃棄物最終処分場を求めていました。その処分場候補地として選ばれたのが藤前干潟だったのです。当然のことながら、野生生物は自らを守る力はありません。名古屋市の処分場はこうした最も抵抗の少ないところが選ばれて計画されたのでした。廃棄物処分場が農山村部に集中することも、こうした理由のあることだと考えられます。このように、マイノリティの人権侵害や市民参加の欠如といった問題が環境問題に伴うのは必然性を持っていると私たちは考えます。環境問題には必然的に法の正義による解決が求められており、私達法律家の役割はけっして小さなものではないのです。● ● ●
さて、21 世紀を目前に控えて、私達は何を未来世代に引き渡すことができるか考えるときが来ています。ふるさとの山河は荒れ果て、メダカすら絶滅が心配されている日本の現状にあって、環境問題分野で私達がなさねばならない課題は少なくありません。国際社会全体が様々な立場でこれをとらえ、人間と自然との新しい関係が模索されています。憲法の秩序は、これまで自然の価値に冷淡でした。しかし、それでは現代国家は通用しなくなっていると言えます。環境国家実現に向けて、自然の価値を正当に位置づけた憲法論が必要になっています。環境国家にむけた新しい憲法解釈は、自然の価値、安全な環境、個人の尊厳、NGO の活動などをキーワードに展開していくことでしょう。● ● ●
自由法曹団は戦前より、新しい人権課題に取り組み、成果をあげてきました。その手法は、事件を通して何が必要か考え、社会を説得してきた過程でもあります。