事件ファイル-5
目の前に米軍基地がある現実

沖縄支部
加藤 裕 かとうゆたか
44期
那覇市情報公開訴訟那覇市弁護団、東京HIV 訴訟原告弁護団、琉大セクハラ訴訟、鵠生の叢(こうぜいのむら)事件(傷害をでっちあげられた刑事事件)など

 私が沖縄で弁護士登録をすることになったきっかけは、修習直前に嘉手納基地爆音訴訟弁護団に誘われて訪れた初めての沖縄旅行でした。国道58 号線沿いに延々と続く米軍基地のフェンスは、米軍基地のない岡山に育った私にとっては大変な衝撃でした。「基地の中に沖縄がある」という言葉をまさに実感したのです。その後、東京で登録することも考えて迷いましたが、人権課題に取り組む若手弁護士が圧倒的に不足している沖縄でこそ、よりやりがいを感じられるのではないかと思い、沖縄を選びました。

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 米軍基地関係の訴訟をやってみたいと思いつつ、私が登録したころは、反戦地主の訴訟も嘉手納基地爆音訴訟も今さら弁護団に新人が入る機会もなかったので、しばらく基地訴訟そのものに直接関わることがありませんでした。ところが、1995 年9 月の大田知事の代理署名拒否によって、突然日本中が注目する訴訟に弁護団としてかかわることになりました。この沖縄県知事職務執行命令訴訟は約1 年後に大田知事が代理署名を応諾するという妥協によって終結しました。しかし、市民運動と訴訟、そして地方自治の立場を貫いた行政が力を合わせると、アメリカ政府をも動かす大きな力になるということを身をもって感じることができました。その後この成果も忘れ、保守県政のもとで「どうせ普天間基地が無条件撤去できないのなら県内移設を」という声が大きくなっていることはとても残念です。いずれにしても、圧倒的な規模の米軍基地が存在し続ける限り、これからもそれに対する弁護士の取り組みが必要とされ続けることは間違いありません。それは法廷の外でも同様に重要です。周辺事態法、有事法制という軍事国家化の中で、米軍基地強化に反対する法律家の貢献は不可欠です。マスコミへのレクチャーやいろいろな学習会に出ていったり、地方議会へ働きかけるなど、やることはいくらでもあります。

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 さて、地方で弁護士をするというのは、このような活動が自分の手の届く範囲でできるという利点があります。たとえば、基地と経済振興という問題をとってみると、日本経済の行方が見えにくくとも、政府がちらつかせる沖縄振興策が、いかにくだらないものであるのかは容易に分かります。大都市に比べて取り組む対象が身近であって、ひとりひとりの活動の役割が相対的に高いことが地方で取り組む弁護士の魅力ともいえるでしょう。
 さらに、田舎の弁護士にはあらゆる人権課題が寄せられるので、何にでも取り組めます。私が弁護士登録したころは、事務所に労働事件はほとんどなく、大都市部で大きな労働事件に精力的に取り組む同期の話を聞いて羨ましく思ったりもしながら、なぜかたくさんやってくる少年事件などに取り組んでいました。しかし、少年事件も年がたつにつれてほとんど来なくなり、その代わりに労働事件や医療過誤事件などがどっとやってくるようになりました。こうして事件フルコースを味わえるのも大きな魅力でしょう。
 私のこれまでの少ない経験で、もっとも印象深い事件は、先の代理署名訴訟もそうですが、1998 年3 月に無罪判決が出された障害者施設職員の方の傷害事件です。労働組合の分会長だった彼が、おとしいれられる形で入所者に対する暴行事件をでっち上げられ、保釈までの約3 ヶ月の苦しい勾留を耐え、勝利した事件です。彼の自宅で親戚や支援者たちが集まって祝勝会をしましたが、そのときの馬1 頭、山羊1 頭分の馬刺と山羊刺の味は忘れられません(ちなみに苦手の山羊汁は食することができませんでしたが)。田舎の、それも沖縄で弁護士をやって良かったと思えた瞬間でした。
 人権課題に取り組むということには、人間の尊厳の回復をかちとる闘いを通じて、依頼者や支援者と連帯し、ともに喜び合えるという幸せがあります。地方で弁護士活動をすると、この幸びがより身近に、かついろいろなかたちで味わうことができることを実感しています。

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