<<目次へ 団通信1014号(03月11日)

全税関東京支部賃金差別事件、東京高裁「勝利」判決

−めでたさも中くらいなり−

東京支部  山 本 英 司

一、二〇〇一年一月二六日、東京高裁第一民事部で全税関賃金差別事件の控訴審判決の言渡しがあった。結論は全税関労働組合への二〇〇万円の慰謝料及び五〇万円の支払を認めるもの。但し労働者の個人の損害賠償請求は棄却。
 この裁判は差別是正を目的にして提起した訴訟である。事前の打合せで、とにかく判決が大蔵省(現財務省)の差別行為を認め、国の責任を少しでも認めていたら、一応「勝訴」と評価しようということになっていたので、裁判長の主文朗読後、傍聴席から拍手が起こった。組合支部長が「勝利判決」の垂れ幕を持って法廷の外に駆け出した。

二、しかし、当局の差別意思に基づく団結権侵害を認めたことは評価できるとしても、判決理由を読んでみるととても手放しで「勝訴」と評価できないことがわかってきた。
 判決はまず全税関組合員と非組合員を比較して、その処遇に有意の格差があったことを認める。そして、関税局、東京税関当局の謀議文書(これは当局が全税関組合を嫌悪、差別して、組合つぶしの方策を審議していた会議の議事録、資料等で一審段階で偶然こちらの手に入ったもの)をもとに、当局の組合に対する確固たる差別意思があったことも認める。その上で、税関当局の組合に対する具体的な差別行為もいくつかは認める。ここまでは地裁判決どおり。
 地裁判決は、処遇の格差は当局の組合敵視政策による部分もあるが、一方で組合員は「非違行為(庁舎内での無許可集会やリボンプレート闘争等の労働組合活動)」を繰り返していたのであり、「非違行為」が処遇上マイナスに働くことは是認できるとして、処遇格差のうちどの部分が当局の差別によるものであり、どの部分が「非違行為」による正当な部分であるかを区別できないから賃金格差の損害は認めないが、慰謝料の請求は認めるとして組合及び個人原告の慰謝料請求を一部認めた。
 しかし、高裁判決は組合員の「非違行為」を前面に押し出して、昇給等について裁量権を有する東京税関長が、「非違行為」を理由に個人原告を低位に扱ったとしても裁量権を濫用したとはいえないとして、個人原告の請求をすべて棄却してしまった。結局、認められたのは組合の慰謝料のみ。

三、しかし、これでは当局が全税関攻撃の最大の手段としてきた処遇における差別を全面的に免責することになってしまう。到底容認できないところである。
 この判決をよく読んで見ると、いたるところで杜撰な論理展開が見られる。裁判官の頭の中には、最初に結論ありき、後は適当に証拠をつまみぐいしてその結論を導きやすいように、判決理由を適当にでっち上げたとしか考えられない。
 最大の問題点は、何ゆえに賃金格差の原因が非違行為にありと断定したのかが判決を何度読んでみても全く明らかとなってこない点。右に述べた当局の謀議文書においても、組合つぶしの手段として給与に格差をつける方策が議論されている。そして判決はこの謀議文書をもとに明確に当局の差別意思を認めている。だとしたら、当然、賃金格差もこの差別意思、差別政策の結果であるとするのが素直な帰結である。百歩ゆずっても、地裁判決の認定のレベルにとどまって然るべきである。しかし、この判決は特に何の理由も示さずに、「給与格差の原因が非違行為にあり」と断定して、恥じるところを知らない。
 次におかしいのは野村文書に関する認定。野村文書とは係争期間当時、幹部職制として組合の弾圧の先頭にたっていた人物が、故あって、当時の組合弾圧の実態を生々しく告白した文章を、エコノミスト等の雑誌に発表したもの。野村氏は発表当時、組合がまだ裁判を闘っているという事実を知らず、裁判とは全く無関係に、大蔵省の腐敗を指弾するためにこの文章を発表した。そこには、当事者しか知りえない当局の組合弾圧に対する並々ならぬ姿勢が赤裸々に述べられていた。我々は早速これらの記事を証拠として提出するとともに、証人申請を行った。しかし、結果は不採用。
 ところが、判決においてはこの野村文書は具体性に欠くとして証拠価値を全く認めなかった。
 これは全く承服できない。野村文書はもともと訴訟提出を目的として書かれたものではないのだから、日時、人物等の具体性を欠いているのは当然のこと。我々はさらに、その内容を具体的に明らかにしてもらおうと野村氏の証人申請をしたのに、それを蹴っておきながら「具体性に欠ける」とは。これでは二階に上げてはしごをはずすようなもの。最初に結論ありきの裁判官は、具体的で生々しい野村証言を聞いてしまうと、その「結論」とやらを変えなければならなくなることを恐れて、野村証人を不採用としたとしか考えられない。

四、裁判官は一体何に気兼ねしているのか。なぜすべての証拠を虚心坦懐に評価して、万人を納得させうるようなわかりやすい論理的な判決が書けないのか。全税関の四半世紀におよぶ裁判闘争の結果がこれであるとしたら余りにも情けない。
 これが官僚裁判官の限界だとしたら、労働事件においても陪審制を導入して、市民の良識を裁判に反映させる手立てを考えなければならない。
 裁判長は判決言渡に先だって、コメントを発表した。それは裁判の長期化は裁判所だけでなく、当事者双方も等しく責めを負うべきこと、そして判決を契機に双方互譲の精神を発揮して紛争解決を図ることを期待するという、責任逃れとしかいいようのないものであった。裁判官は最初から逃げ腰だったのである。

五、この判決に対して、原被告とも、二月九日、最高裁に上告、上告受理の申立を行なった。
 全税関賃金差別訴訟は東京以外に、横浜(一審敗訴、二審一部勝訴)、大阪(一審一部勝訴、二審敗訴)、神戸(一、二審とも敗訴)と、計四か所で闘われており、すべて最高裁に係属中である。これで四事件がすべて最高裁に出そろった。
 最高裁で四事件とも勝利を納めるために、原告団、弁護団はより一層、連携していかなければならない。

六、なお、裁判官は東京高裁第一民事部、裁判長江見弘武、陪席は岩田眞、井口実。
 弁護団は竹澤哲夫、千葉憲雄、大竹秀達、羽倉佐知子、そして私。


所沢でも焼却炉が止まりました

埼玉支部  鍜 治 伸 明

 所沢でも、住民たちの力で、いくつかの産廃焼却施設の焼却をやめさせることができたので、今回は、二つのケースについて報告します。

一 証拠保全
 相手は、関越道所沢インター近くの産廃業者。以前から、周辺に煙や灰を撒き散らし、周辺住民無視の態度をとり続けてきた悪質な業者である。
 住民と弁護団とで相談した結果、とりあえず、証拠保全をやることになった。早速、準備にとりかかり、昨年一月二七日に申立書を提出した。保全の対象として求めたものは、排ガス、焼却灰の採取・分析、マニュフェストや帳簿類等の書類の検証などである。弁護団と裁判所で何度かやりとりをして、昨年四月五日、証拠保全が実施された。手続は、比較的速やかに進み、丸一日かけて、証拠保全の手続は無事終了した。施設内部を写真・ビデオ撮影し、マニュフェスト等の書類を検証することができた。排ガス等は採取できなかった。
 証拠保全の結果、この業者が、廃棄物処理法一四条一一項の帳簿(廃棄物の出入りを記載する帳簿)を全く記載していないことが明らかになった。この規定の違反については、刑事罰(三〇万円以下の罰金)が設けられており、さらに、廃棄物処理法違反で罰金刑が確定するということになると、その業者は営業の更新許可を受けられなくなる(産廃処理業が続けられなくなる)。そこで、昨年七月四日、住民らが告発人となり、この業者を廃棄物処理法違反の被疑事実で埼玉県警に告発した。告発にあたっては、証拠保全の調書を添付した。その後、県警は、マニュフェスト等の書類を押収するなど積極的な捜査を行い、一二月五日には、この業者と社長、従業員一名を地検川越支部に送検した。
 検察庁の最終的な処分はまだだが、刑事告発、送検等が報道されたため、この業者に焼却を委託する業者がいなくなり、今では、この業者は、完全に「死に体」となり、現在は全く焼却を行っていない。
 周辺住民は、心休まる日々を過ごしている。

二 自主調査
 相手は、「くぬぎ山」内にある業者。閣僚や知事が所沢を視察する際には必ず立ち寄り、この業者の社長は、「うちは他の業者と違います」と、いつも嬉しそうに説明していた。行政側からは「優良業者」と見られていた。
 しかし、住民側の見方は違った。この業者の焼却施設に隣接する土地を見ると、黒ずんだ油が浮いたような状態になっていた。この施設から、汚水が垂れ流しになっていたのである。住民の観察結果によると、焼却炉を洗浄した水を施設の外に流していた可能性が高い。
 我々は、隣接地の地主の承諾をとり、その土壌を採取し、専門業者に検査、分析を依頼した。その結果、土壌一グラムあたり五一〇〇ピコグラムのダイオキシンが検出された(環境基準の五倍以上)。さらに、鉛、カドミウムなどの重金属類も環境庁の「含有量参考値」を大きく上回る量が検出された。我々は、昨年一〇月、この結果をまずマスコミに発表し、その直後に、県に焼却の停止を求める要請を行った(インパクトを増すために、ダイオキシンについてのものと重金属類についてのものとの二回に分けて行った)。
 県としても、この「自主調査」の結果を無視することができず、隣接地の汚染原因究明のための調査を行うと約束せざるを得なかった。しかし、「安全宣言」を乱発してきたこれまでの県の態度からすると、安易な調査でお茶をにごし、「汚染があったのは間違いないが、汚染源は特定できませんでした」などという発表をする可能性が極めて高かった。そこで、我々は、県が行う調査について住民らの意見を取りいれること、調査に住民らを立ち会わせることなどを強く求めた。案の定、県は、「調査は県が責任をもって行う。住民の立ち会いは必要ない」などという態度をとった。これに対して強く抗議すると、県は「そんなに私たちのことが信用できないのですか」などと開き直った(そのとおり、信用できないんですよ)。それでも、住民側が再三にわたり強く求めたため、最終的には、県も住民の立ち会いを認めざるを得なくなった。
 その後、県の調査が行われた。調査には、住民らも立ち会い、施設内外の土壌等のサンプリング地点の選定などについては、住民らの意見が大幅に取り入れられた。この調査の結果、施設内外の各地点から高濃度のダイオキシン、重金属類が検出された。結局、県としても、この業者の焼却施設が汚染源であることを認めざるをえなかった。ただ、それでも県は、操業停止、許可取消等の処分をすることはなかった。
 しかし、昨年末、この業者は、突然、県に廃炉の届出を行った。おそらく、県がこの業者に対して廃炉を迫ったのではないかと思われる。こうしてこの業者は、焼却をやめた。
 周辺住民は、心休まる日々を過ごしている。


リレー特集 各地でひろがる憲法運動


杉並区における教科書採択等をめぐる運動

東京支部  渡 部 照 子

 東京都教育委員会が採択していた小・中学校の教科書を、昨年四月から、各特別区の教育委員会が行うことになった。 東京都教育委員会は、これまで各特別区教育委員会を通じて、各学校から一教科三種類以上に順番をつけて報告される教科書を、各教科毎に最も希望の多い順に採択する方法をとっていた。
 元々、一九六〇年代の初めまでは、各学校毎に教科書の採択が行われていた。教師は自分が教える子どもたちに最も適切な教科書を選択することが保障されていた。しかし、六三年の教科書無償制度の導入に伴い、採択権が教育委員会へと移行し、現場の教師の意見が反映しづらくなった。全国的には一県一社の教科書が増加する中で、東京都教育委員会の採択方式は、直接子どもの教育に携わっている教師の希望がともかくも尊重される制度であった。

 右権限委譲をうけ、藤岡信勝東大教授らによる「自由主義史観」の流れをうける団体が、相当数の区に「教科書採択に関する請願・陳情」を提出した。杉並区に提出された陳情書によれば、「歴史を学ぶ子供たちが日本の国の歴史に対する愛情を深め、誇りを持ち、未来を生き抜く勇気を沸き立たせられるような教科書の採択を望む」として、いわゆる学校票方式の廃止、教育委員会は自らの権限と責任において適正かつ公正に最終決定機関としての機能を果たすことなどを求めた。この狙いは、「あぶない教科書」の採択を狙ったものである。

 杉並区議会は昨年四月、自民、民主、公明などの賛成多数で、陳情を採択し(前記の陳情は取り下げられ、同様な陳情が出された)、また、小学校、中学校の教科用図書採択要綱を確定した。その内容は、これまでの東京都教育委員会の採択方式は教育委員会の権限が侵される事実があったという認識の下で、いわゆる学校票方式を否定し、教育委員会の権限と責任に基づいて採択する方式とした。これは、学校、教師の意向を尊重するものではない。陳情内容を取り入れた採択要綱に他ならない。

 杉並区山田区長は昨年秋、教育関係者から評価されていた教育委員会委員二人に対し、教育委員の任期満了を口実として「来年はやめてもらう」と述べ、再任させず、弁護士佐藤欣子氏、大蔵雄之助氏ら三名を推薦した。山田区長は、圧倒的な支持で区長に当選後、直ちに区庁舎に日の丸を掲揚した人物であり、ミニ石原と呼ぶ人もいる。「あぶない教科書」採択の意向をもつと言われる区長が、教科書を「教育委員会の権限と責任に基づいて採択する」ための布陣であろう。
 そのニュースを知った「杉並憲法集会連絡会」(毎年、憲法集会を開催している連絡会)のメンバーを中心にFAX、メール、電話が飛び交い、右二名は統一協会の機関紙と言われる世界日報の常連執筆家であり、大蔵氏はアメリカで開催された国際会議で「従軍慰安婦は売春婦」との発言を行った人物であることなどを知らせあい、一一月二四日、「杉並区の教育を考える学者・文化人の会」(呼びかけ人代表は山住正己元都立大学総長)が「教区委員の選任に関するアピール」を発表し、右二名の選任に強く反対する呼びかけを行った。わずか四日間で二三〇名を越える賛同者が集まった。在日本大韓民国民団東京杉並支部も「要望書」を提出し、大蔵氏の教育委員就任に異議をとなえた。一一月三〇日の区議会最終日には七〇名の傍聴者が見守る中、山田区長は自民党議員からも異論があった佐藤欣子氏を除いて提案し、賛成多数で大蔵氏を含む二名について、議会の同意を得たのである。
 傍聴に集まった人たちは、この採決の結果を見て、これからが本番と確認しあい、「杉並の教育をつくるみんなの会」を直ちに発足させ、抗議文を発表し、区長、区議会にとどけ、また、一月二一日には、沖縄から高島伸欣氏を講師として招き、今後の展望を語りあう集会を開催した。雪の降った翌日であったが、六八名が参加し、闘いはまさにこれからと確認しあったのである。
 「みんなの会」は、区長に教育委員一名の欠員補充について、教育に深い関心をもち、子どもや親の心に配慮する心を持ち、子ども達の権利を擁護できる四、五〇代の女性を選任するよう申入れするとともに、教育委員会、文教委員会の傍聴を継続し、また、「あぶない教科書」を読んでみる小集会を活発に開催している。

 東京都教育庁は、この二月八日付けで各区市町村教育委員会に対し、「教科書採択事務の改善に関する通知について」と題する通知を出した。その内容は、「各教育委員会は、教科書の採択権者としての立場と責任を自覚し、自らの判断で採択すべき教科書を決定すること」とし、採択要綱に、下部機関が採択すべき教科書を一種、又は数種に限定する規定があるときは速やかにその規定を改正して、「採択手続きの適正化」を図ることとしている。これをうけて、従前のような各学校からの順番をつけての報告を盛り込んだ規定の廃止が予想される。各地域での情報を集め、さまざまな申入活動などに取り組む必要がある。


今こそ全国の単位弁護士会で、裁判所速記官の
養成再開と拡充を求める声を結集しよう

大阪支部  笠 松 健 一

一、裁判所法六〇条の二は、「各裁判所に速記官を置く」と定めているが、最高裁判所は、国会での審議を経ることもなく、一九九七年二月、裁判所速記官の新たな養成を停止し、民間委託による録音反訳方式による逐語録調書の導入を決定した。その理由としては「人材確保が困難であること」、「速記タイプの製造基盤が脆弱であること」の二点が挙げられた。更に、今後逐語録調書の需要が増大すると予想され、それに応えるためには速記官による速記録によってではなく、録音反訳調書で代替が可能であるとし、かつ、そのような代替方策がある以上、速記官の養成を続けることは財政当局に説明ができないことを挙げた。

二、速記官の作成する速記録は、弁護士をはじめ訴訟を利用する当事者からも高く評価されている。法廷に裁判所速記官が立会うことによってその正確性を担保されている速記録は、数々の冤罪事件でも無実を明らかにする大きな力となった。ところで、逐語録調書の需要は今後更に増大するものと予想され、速記官が不足している裁判所において、録音反訳調書を補助的に利用することを否定するものではない。しかし、そうであるからといって裁判所速記官の養成を停止することには結びつかない。

三、その後の、録音反訳調書の運用実績を見ると、数々の問題点が生じている。
 例えば、一時間の供述を記録したもので、八〇ケ所もの校正をしなければならなかった録音反訳調書の例が報告されている。また録音自体を失敗した事例もあり、尋問のやり直しを余儀なくされたという報告もなされている。主尋問のやり直しは可能であろうが、反対尋問のやり直しは、虚偽の供述を暴かれた供述者に弁解の機会を許すこととなり、事案の真相解明という裁判の目的を没却するものである。
 録音反訳調書の正確性に問題があるとして異議を申立てた代理人が、同時に細部にわたって正確性を検証するために録音テープのダビングを申請したところ、裁判所庁舎内での聴取が可能であることを理由にダビングを却下されたという事態も生じている。このような運用では、多忙な代理人にとっては検証は不可能である。
 最高裁は録音反訳調書のいわゆる問題事例(聴取不能部分の反訳不能や、聞き間違い、誤記等)は減少しているとするが、上記のような問題は、裁判に対する信頼を損ねるものであり、放置することは出来ない。市民にとって、訴訟は一生に一度の重大事であり、事案の解明という観点からも、更に当事者の納得という観点からも、裁判記録の正確性を如何に担保するかは重大な問題なのである。

四、最高裁の上記決定後、速記官から書記官への転官政策が推し進められ、毎年一〇〇名もの速記官の減員が続いている。大阪では毎年一〇〜一五名の減員である。最高裁の転官政策がこのまま推進されれば、数年後には裁判所速記官がいなくなる事態も考えられるのである。本年四月からは、奈良、岡山、函館、松江の各地裁本庁が速記官一人庁となる予定と伝えられる。速記官一人では、ほとんど速記録需要への対応はできない。
 ところが、裁判所速記官の大幅減少が進む中で、裁判所速記の技術は大幅な改革を遂げた。現在、裁判所速記技術はコンピューター技術と結合し、「はやとくん」というソフトの開発によって、供述内容を直ちに文字化できるまでに発達している。このソフトを用いれば、法廷での供述が終了して二・三時間後には逐語録調書が完成する。
 訴訟の迅速な運営に大いに貢献するものである。
 更に、供述内容をその場で直ちに文字化して、モニター上に表示することも可能となった。大阪弁護士会が昨年から今年にかけて実施した二度の陪審劇の市民集会では、公判中の発言を全て直ちに文字化してモニターに表示し、多数の参加者に衝撃を与えた。日弁連が昨年一一月一八日に行った陪審フェスティバルでも、同様の試みがなされ、成功を収めている。
 この速記技術を活用すれば、聴覚障害者の裁判を受ける権利を実質的に保障することも可能なのである。

五、社会は高度に専門化・複雑化・国際化しているが、それは訴訟にも反映され、より複雑困難な事件が増加し、集中審理に対応できる迅速で正確な逐語録調書の作成が求められている。
 コンピューターと結合した裁判所速記の技術は、正にそのような時代の要請に応えるものである。録音反訳方式では、上記の正確性の問題の他、逐語録調書の完成までに、如何に急いだとしても一〇日はかかる。「はやとくん」のように、数時間で完成することは到底不可能である。
 また、どのような形であれ、司法への市民参加が実現するとすれば、裁判所速記官がコンピューターを利用して作成する迅速で正確な速記録は、迅速で充実した審理のためになくてはならないものである。

六、なお、最高裁が挙げる裁判所速記官養成停止の理由であるが、人材の確保に関しては、裁判所速記官養成停止前数年間の応募状況を見ても、毎年約一〇〇〇人の応募があった。現在の長引く不況の下、養成を再開して募集をすれば、多数の応募者が殺到することは想像に難くない。
 速記タイプの器械については、現在のタイプ製造会社は、当初から「社会的、道義的責任として製造を続ける」と表明していたところであるが、それが仮に困難であったとしても、現在、アメリカのステノグラフ社製の「ステンチュラ」という日本語対応型速記タイプが、日本製とほぼ同価格あるいはそれ以下の価格で購入できることとなった。したがって、速記タイプ器械の入手についてはなんら問題はない。

七、本年一月一七日に、日弁連会長から司法制度改革審議会と最高裁宛の裁判所速記官の養成再開を求める要望書が出された。そこで、私は、以上の理由によって、裁判所速記官の養成再開と拡充を求める司法制度改革審議会と最高裁宛の大阪弁護士会常議員会決議を上げてもらうよう、司法改革関連委員会で検討してもらい、委員会の了承を経た。現在は大阪弁護士会執行部にその扱いを検討してもらっているところである。
 埼玉弁護士会が、二月六日にこの問題で臨時総会決議を上げたという情報も伝わっている。
 従来、日弁連のこの問題に関する態度には、すっきりしないものがあったが、ようやく日弁連は正しい方針を採用し、裁判所速記官の養成再開を求める要望書を提出した。ここで、全国の単位弁護士会から同様の決議が上がれば、裁判所速記官の養成再開と拡充の方向に大きく方針転換させることが可能である。よって、全国の団員が、今全国から声を上げるよう運動を提起するものである。


コンビニ・FC一一〇番の実施結果と連絡会の結成について

担当事務局次長  柿 沼 祐 三 郎

 二月一三日、自由法曹団本部にて、弁護士一一名、コンビニ・FC加盟店全国協議会から四名の参加を得て、午後一時から五時四五分ころまで電話による相談活動を実施した。一一〇番による相談活動は、今回で二度目であるが、前記協議会のホームページに今回の一一〇番の案内が掲載されたことも影響してか、前回の五件から今回は一九件と相談件数が飛躍的に増大した。全国各地から合計一九件の相談が寄せられたが、一二件はコンビニ関係、七件はその他のフランチャイズ関係の相談であり、思うように売上げ・利益があがらず経営に悩むオーナーからの深刻な相談が目立った。

 典型的な一例として、東北のある県のコンビニオーナーからの相談を紹介すると次のとおりである。「平成六年にコンビニを開店したが、昨年から経営成績が悪く、対策として店舗を改装した。その借り入れに対する返済も含めると赤字であるので、閉店を考えているが、その場合には本部から閉鎖手数料を払うように言われている。もともと開店をするときに本部から説明をされた利益の予測は月八〇万円であったが、開店後の実績はその半分であった。弁護士に相談をしたが、損害賠償の請求等は難しいと言われた。」この相談のようにフランチャイズ契約の締結時に説明された売上げないし利益の予測が実際と異なるという相談がかなりあった。この点については、フランチャイズ契約における典型的な争点のひとつであり、本部側の説明義務違反等をてこに争うことが可能であることを相談者には説明し、希望によりその地域の団員弁護士を紹介するなどした。

 一一〇番終了後、参加した弁護士の協議に基づき、「コンビニ・FC問題弁護士連絡会」が結成され、近藤忠孝団員が代表世話人、神田高団員が事務局長に選任された。今後連絡会では、協議会と協力連携をしながら、年二回程度一一〇番を行うこと、情報交換及び学習会を随時行うことなどが確認された。すでに、有志による一回目の学習会は一月二九日に団本部で開催され、その際にはローソン千駄ヶ谷店への仮処分事件(詳細は団通信一〇〇九号)についての検討等がなされたが、二回目の学習会は四月一三日午後一時から団本部で行う予定ですので、コンビニ・FC問題に関心のある多数の方にぜひ参加していただきたい。