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松村 文夫 県議海外旅行費 和解で全額返還させる
伊藤 克之 レンゴーの販売課長のくも膜下出血死につき、業務起因性を認める勝訴判決
大久保賢一 アメリカの朝鮮半島での武力行使を許すな
古川 景一 「二〇〇三年六月の労働法制改悪について、解雇に関して」(大阪支部城塚健之団員)へのコメント
坂本  修 “せめぎ合い”の到達点を見る“三つの視点”ー城塚団員の意見にふれて
菅野 昭夫 アーサー・キノイさんを悼む
坂 勇一郎 パブリック・コメントは五〇〇〇通・反対署名も一〇〇万筆超 一〇月一〇日の宣伝行動に参加しよう
後藤富士子 弁護はプロセスー「争う」権利の代行
齊藤 園生 発作的映画評論vol.4 「英雄〜HERO」を観る
横山 國男 陶山圭之輔弁護士を偲ぶ




県議海外旅行費 和解で全額返還させる

長野県支部  松 村 文 夫

一、九月一二日長野地裁において県会議員が海外旅行費を全額返還する内容の和解が成立しました。
 県会議長(当時・現参議院議員)が、二〇〇〇年イタリア、フランスを視察した費用三九〇万円と、アメリカ桜まつりの友好親善に使った二八万五〇〇〇円について、長野県民オンブズマン会議が住民訴訟を提起していたものです。
 この他にアメリカ桜まつり五名(計一四七万円)、東南アジア一七名(計三四〇万円)についても住民訴訟を提起していますが、このうち当時の議長分について和解が成立したものです。

二、議員が公費を使って海外旅行することに対して厳しい批判が起こっていますが、判例上では、「合理的必要性」「裁量」によって免罪した最高裁昭和六三年三月一〇日判決以来、必ずしも違法と断じた判決例は多くありません。
 その点で、判決前に和解によって全額返還させたのは大きな成果と評価できるのではないでしょうか。

三、この成果を得るのにも田中知事誕生が大きな役割をはたしています。
 田中知事誕生直後に、議長のイタリア・フランス旅行について住民監査請求をしたところ、監査委員(前知事指名)は、半額返還を勧告しました(勧告したのは長野県では初めてです)。
 この勧告をもとに、オンブズマン県民会議は、田中知事に対して、県会議員の海外旅行費につき是正するよう求めました。これを受けて田中知事は監査委員に対して過去の事例の監査を命じました。監査委員は、五年間分を監査し、そのうち桜まつりについては三分の一の返還を勧告しました。

四、私たちは、残りの半分あるいは三分の二にも公務性など認められるものではないとして訴訟を継続していたところ、今年の県議選を前にして、裁判長から全額返還の和解勧告が出されていました。ところが、足並みを揃えようとしている間に県議選があり、再選した議員らは居直るようになり、元議長だけの和解になってしまいました。

五、和解拒否組に対しては、今後旅行の中味を徹底的に追及して、全額返還させようと闘志を燃やしています。
 そして、勝訴による弁護士報酬をたとえわずかでも田中知事に請求して認めさせたいと考えています。
 弁護団は、内村修・山崎泰正両団員と私の三名です。


レンゴーの販売課長のくも膜下出血死につき、

業務起因性を認める勝訴判決

東京支部  伊 藤 克 之

 紙業大手のレンゴー株式会社の小山工場で販売課長として働いていたAさん(被災者)が、一九九五年四月一三日、くも膜下出血を発症して倒れ、同年五月一日に死亡したことが過労死か否かが争われた事件について、二〇〇三年八月二八日、宇都宮地方裁判所は、原告であるAさんの妻Bさんの訴えを認め、業務外とした栃木労働基準監督署長の処分を取り消す判決を言い渡しました。

一 関係者の証言等から労働時間を推計

 本件の特徴は、Aさんが小山工場において長時間労働を強いられおり、発症直前の一か月の残業時間は原告側の推計で一二五時間三五分に及んでいたにもかかわらず、同工場にはタイムカードなど労働時間を明確に裏付けるものがなかったという点が挙げられます。
 そのため、原告側は、長時間労働を立証するため、同工場の警備日誌(最終退出者については名前と退社時間が記載され、それによってAさんの退社時間等が判明する日もあった)や、Bさんがつけていた手帳、Bさんが帰宅の遅いAさんに深夜電話をしたときの記録などを証拠として使いました。また、後任者の残業時間や、当時Aさんが業務の締切に追われ、発症直前には家に仕事を持ち帰って家族に仕事を手伝わせるまでに至っていたことなどから、Aさんが恒常的に時間外労働や休日出勤をしていたことを細かく主張・立証しました。
 しかし、被告労基署長は、Aさんが過重労働を余儀なくされていた事実を争い、警備日誌等の記録がない日は定時の一七時に退社した可能性もあるなどと、小山工場の労働実態を無視した非現実的な主張を行い、さらに労働時間が長くなったのはAさんが無能で業務が非効率であったから発症と業務との関連性はないとか、はたまたAさんが在社中に仕事をさぼっていたこともあったなどと、Aさんの名誉を傷つけるような主張まで行いました。
 さらに脳・心臓疾患の新しい認定基準である「平成一三年一二月一二日付基発第一〇六三号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準について」の策定後も、同種事案において相次いで監督署長の業務外認定を、判決を待たずに自ら取り消す中で、本件については明確な資料がないとして業務外認定の見直しをも拒否しました。
 この点につき、判決は、具体的にAさんが何時間の時間外労働に従事したのかを特定せず、警備日誌や後任者の労働実態などからAさんの労働時間を推計する手法を取りました。
 具体的には、警備日誌等の明確な資料が存在するだけでも九七時間四五分に達しているとし、さらに後任者も恒常的に時間外労働をしていたという実態を踏まえると、時間外労働をしていない日は殆どないと推認できるとし、Aさんの時間外労時間は優に一〇〇時間を超え、しかもその間の休祝日の殆どに出勤していたことを認定し、Aさんの業務の過重性を認めました。
 本判決が採用したそのような推認の手法は異例と思われます。現に、厚生労働省が「今回のようなケースは聞いたことがない」(二〇〇三年八月二九日付下野新聞報道)とコメントしています。
 本判決が、労働時間管理が甘い日本の職場の実態の中、労働時間に関する明確な証拠が確保できない事案において影響を与えることは必至で、極めて画期的なものと評価することができます。

二 会社の執拗な妨害を退けた

 本件のもうひとつの特徴は、使用者であるレンゴーが、労災認定を徹底的に妨害してきたことにあります。
 その手段は極めて悪質でした。例えば、労基署の段階において、Aさんが無能で仕事をさぼっていただの、Aさんの帰宅時間が遅いのは妻であるBさんが怖かったからだのといった、AさんやBさんの人格を著しく傷つけるようなことを、Aさんの同僚から聴き取ったとする書面を大量に提出し、労基署長の判断に悪影響を与えました。
 さらに、レンゴーは、本訴訟において、被告である労基署長を補助するとして補助参加を申し立てました。使用者が労基署長の業務外認定を維持させるべく補助参加まで申し立てたのは極めて異例で、徹底して労働者や遺族を虐げようとするレンゴーの一貫した態度に寒気すら覚えます。
 当然、原告側としては、この非情な補助参加申立については、法律上の利害関係がないとして異議を述べて争いました。
 その結果、地裁、高裁ともに参加申立は却下されました。しかし最高裁は、労災認定されれば保険料が上がる可能性があることを理由に原審の判断を破棄して高裁に差し戻し(最決平成一三年二月二二日判時一七四五号一四四頁)、差戻後の高裁は補助参加を認めてしまいました。
 使用者の労基署長への補助参加が認められるという判例を作ってしまったことについては、原告弁護団としては慙愧の極みですが、使用者が補助参加する中、被災者の過重労働の実態を裁判所に認めさせることができたことは、使用者がいかに策謀をこらそうとも、虚偽を押し通すことはできないことを示したという意味で、大変意義のあることであったと考えております。
 (ただし、補助参加認容後、レンゴーは代理人弁護士が毎回法廷に来るものの、独自の主張や証拠提出は一切行いませんでした。)

三 最後に

 本判決は、被告労基署長が控訴を断念し、原告勝訴のまま確定しました。
 本判決が得られるまでには、被災者の死亡から八年、訴訟提起から五年の歳月を要しましたが、Aさんの過重労働の実態が正しく認定され、過重労働に追い込まれた労働者や遺族を保護する正義にかなった判決が下されたことは大変喜ばしく、本判決がよい先例になることを心より願うものです。
(本訴訟の原告弁護団は、東京支部の尾林芳匡団員、富永由紀子団員と私です。)


アメリカの朝鮮半島での武力行使を許すな

埼玉支部  大 久 保  賢 一

 朝鮮半島で、例えば、アフガンやイラクのような事態がおきれば、朝鮮半島はもとより、周辺地域に非人道的事態が生ずることは明らかである。そして、その可能性は、アメリカが、アフガンやイラクで行っていることからすれば、決して低くない。私たちは、そのような事態の防止のために、全知全能を傾けなければならない。端的にいえば、アメリカに朝鮮半島で武力行使をさせない状況を作らなければならない。その状況の構築ができない限り、アメリカは、策を弄し、剥き出しの暴力を動員して、朝鮮半島での殺戮と破壊を、フリーハンドで選択するであろう。そして、日本政府は、アメリカと共同するであろうから、私たちは、その殺戮と破壊の加担者となるだけでなく、被害者ともなるであろう。アメリカと日本の支配層の欲望のために、多くの民衆が犠牲となる。
 アメリカは対テロ戦争を口実にタリバン政権を、大量破壊兵器疑惑と独裁体制を口実にフセイン政権を打倒した。そして今、核開発疑惑と独裁体制を理由として金政権を敵視している。要するに、アメリカは、その世界戦略上必要且つ可能と判断すれば、先制武力攻撃による外国政権打倒を断行するのだ。武力の行使も外国政権の打倒も、現代国際法が厳しく禁止しているにもかかわらずである。その意味では、アメリカは「史上最強の無法者」なのだ。国際法が、巨大な軍事力によって脅かされているのである。無理が通れば道理引っ込むの図だ。この無法を制止することができなければ、国際法はその存在意義を疑われるであろう。
 そこでまず強調されなければならないのは、「武力行使の禁止」と「内政不干渉の原則」の再確認である。対話による解決と政権の保障である。アメリカが北朝鮮に対して、先制攻撃はしない、政権打倒はしないと約束すれば、問題の基本は解決する。アメリカが北朝鮮を恐れる理由はないが、北朝鮮とすればアメリカに「悪の枢軸」などと敵視されることは、言葉の本来の意味で存亡の危機なのだ。北朝鮮にとって、アメリカの「不可侵の約束」は、国家安全保障の基本的条件なのである。北朝鮮の要求は、国際法の当事者として、当然の要求である。私たちはその要求を支持すべきである。北朝鮮政府が気に入らないからといって、それを武力で打倒することは、現代国際法の枠外なのである(ヤクザ者やDV男も法主体であることには変わりがないだろう)。気に入らない政権は武力で倒せ。しかもそれが「正義」の名で行われる。そんな世界で良い訳がない。アメリカに国際法の当然のルールを守らせる運動と国際協力が求められている。
 日本政府は北朝鮮との対話を継続すべきである。平壌宣言の到達点を後退させてはならない。この後退をもたらす要因は、アメリカの好戦的姿勢と拉致被害である。アメリカの好戦的姿勢を制止するのは、関係六カ国協議の継続であり、拉致被害についてはその解決の道筋を明示することである。事態の全面的解明も被害回復や補償も再発の防止も日朝間の信頼関係の醸成を抜きにして語れることではない。他国に依拠できる問題でもなければ、他国には直接関係のない話しである。北朝鮮に対する敵視や蔑視を煽り、力でねじ伏せようという姿勢は、拉致問題の解決に結びつかないだけではなく、新たな犠牲者と混乱を生み出すであろう。
 北朝鮮の核兵器とミサイルの開発は確かに由々しき事態である。しかし日本政府は、核抑止論を採用し、アメリカの「核の傘」の下で、わが国の安全保障を確保していると公言している。しかも、ミサイル防衛に着手するという。その日本が北朝鮮に核開発を断念しろと一方的に言い立てても説得力はない。私たちは、日本政府に核抑止論とミサイル防衛構想の放棄を求めなければならない。合わせて、核兵器とその運搬手段の開発と拡散は、アメリカの先制武力攻撃に口実を与え、自国政府の滅亡の時期を早めるだけであることを、北朝鮮に説くべきである。アメリカは、存在しない大量破壊兵器を口実としてフセイン政権を打倒する力をもっているのだ。核兵器とミサイルを本当に保有するということになれば、アメリカは誰はばかることなく、「正義の実現者」として振舞うことができるのだ。しかも、その日のために、わが国では、官民上げての戦争体制が着々と準備されているのだ。
 暴力による問題解決は、憎悪と悲劇の連鎖を生み出すことになる。非軍事平和の思想を共有し、北東アジアにおける集団安全保障体制を確立するための道は遠い。けれどもそれを求めつづけたい。

(二〇〇三年九月二〇日)


「二〇〇三年六月の労働法制改悪について、解雇に関して」(大阪支部城塚健之団員)へのコメント

東京支部  古 川 景 一

  自由法曹団通信一一〇四号(本年九月一一日)に標記の意見が掲載されました。その冒頭には、「二〇〇三年六月の労働法制改悪について、解雇に関して『原則解雇自由』の文言を削除させ、判例法理を明記させたことを『勝利』と評価する意見がある。むしろそれが多数意見かもしれない。しかし私は違和感を禁じ得ない。今回、潮流を超えた取り組みが進んだり日弁連に労働法制委員会が発足して役割を果たしたことの意義を過小評価するつもりはないが、それだけでもいけないだろうと考え、以下、異見を述べさせていただく。」とあります。また、中段には、「残念ながら私には労働運動が財界を圧倒していたようには見えない。それでも『原則解雇自由』を削除させることができたのは、少なくとも財界がそれほどこだわっていなかったからではないのか。あれは『原則・例外』を書いておきたいという官僚的趣味の産物ではなかったのだろうか。」とあります。さらに、末尾に、「それなのに今回の結果を積極評価するというのはいわゆる『本工主義』(正社員中心主義)の反映ではないかとうがった見方もしたくなる。だから、今回の新設条項で中小企業の乱暴な解雇を抑制する効果は期待できるとしても、それで『勝利』という気にはなれないのである。」と記載されています。

 この意見に対して、私は、まず、具体的な事実を指摘したいと思います。
 それは、本年五月二三日の衆議院厚生労働委員会での、内閣提出法案の一八条の二(解雇条項)の意味内容を巡る民主党の城島議員と松崎労働基準局長の応酬の議事録です。
○城島委員 それではお聞きしますよ。この十八条の二ができたとしますね。そのときに、今おっしゃったようなことで、主張立証活動、どうでもいいですよ、裁判官がどっちにやらせるかどうか、それもあれにしましょう、では裁判官が主張立証活動を促した、でも裁判官の心証がグレーだったときに、この条文だったらどっちが勝つんですか。
○松崎政府参考人 これは民事訴訟法、民事上の挙証立証責任の責任の配分からいえば、現行どおり、労働者が不利をこうむるということになります。
○城島委員 何ですか、グレーのときはどっちが勝つんですか。裁判官の心証がグレーだったときはどっちが勝つんですか。一番大事なところなんだ。
○松崎政府参考人 結論として、グレーのときは使用者側が勝つということになります。
○城島委員 大臣、お聞きになりましたか。グレーのときは使用者側が勝つ、これは今と全く逆なんですよ。グレーのときは今使用者が負けるんですよ、解雇権濫用法理は。いいですか。なぜならば、先ほど言ったじゃないですか、そういう客観的に合理的な理由の存在を証明しなきゃいかぬわけですよ、今の解雇権濫用法理では。だから、証明できない、すなわちグレーのときは使用者が負けるんですよ。
 この条文で、今局長はいみじくも言いましたよ、グレーだったら労働側が負ける。これは、だから百八十度後退した形なんですよ。プラス・マイナスにならないんですよ。今、本当に大事な答えですよ、これは。一番本質的なものだ。こんなの何でプラス・マイナス・ゼロですか。とんでもないですよ。

 この松崎労働基準局長の答弁は、今回の内閣提出法案の一八条の二の本質を剥き出しにしたものであると私は考えます。もしも、こんな条文が国会を通過していたら、中小企業だけでなく大企業も含めて解雇をしやすくなります。そして、あらゆる種類の解雇事件で、客観的に合理的な理由の不存在について証明責任(=裁判官の心証形成がグレーのときに受ける当事者が受ける不利益や危険をいう。主張や証拠を裁判所に提出する責任とは全く別のものである)を労働者側が負わされ、これについて裁判官の心証形成がグレーであれば労働者側が敗訴することになるのです。そして、一九九九年秋から翌年春にかけて東京地裁労働部の若手裁判官が立て続けに出した「使用者に解雇の自由がある」「証明責任は労働者」という判決こそが正しいことになり、従前の判例法理は完全に覆されることになるのです。こんな法律が通っていたら、城塚さんもあらゆる解雇事件の場面でしんどい思いをすることになったのではないでしょうか。ですから、これを阻止できたのは『大勝利』だと私は考えます。
 その上で、今回の法案修正が、『労働運動の力が財界を圧倒してできたものではない』との城塚さんの指摘には全く同感です。なぜ、法案修正ができたのかと言えば、厚生労働省の法案の作り方とその内容があまりにも杜撰でお粗末すぎたためです。そのために、国会での激しい論戦の中で労働官僚の答弁が変転して自滅してしまい、坂口厚生労働大臣が再検討を言わざるを得なくなり、与党側が修正協議に応じることにせざるを得なくなって、国会主導で法案修正がなされるに到ったと私は考えます。その意味で、運動の力を単純に過大評価する意見には、城塚さんと同様に違和感を覚えます。
 ではありますが、今国会の中での激しい論戦は、これを担当した国会議員の個人的な力量だけによって実現されたものではなく、一九九〇年以降、労働運動や労働弁護士集団の側で労働契約法制についての理論的な蓄積が進み、立法提言の検討や意見の統一ができており、その水準が労働官僚の水準に匹敵するか一部凌駕するに到っていることを背景にして、可能となったのです。ですから、運動の側の理論的な力量の向上が国会論戦を通じて『勝利』をもたらしたと評価すべきではないでしょうか。
 今後、ホワイトカラー・イグゼンプション等で厳しい戦いになるであろうという城塚さんの指摘にも、全く同感であることを申し添えます。
なお、審議会の建議にあった解雇無効の場合の金銭解決制度が消えた経緯、及び、内閣提案の解雇ルールが国会で修正になった経緯の詳細につきましては、日本労働弁護団がまもなく発行する「季刊労働者の権利」の権利白書の号に掲載されます。また、これらに関する詳細な生資料が「季刊労働者の権利」の本年秋号に掲載される予定です。城塚さんの提起は、日本労働弁護団の総会(一一月七〜八日 愛知)での重要なテーマの一つですので、是非、ここで議論をしたいと思います。


“せめぎ合い”の到達点を見る“三つの視点”

ー城塚団員の意見にふれて

東京支部  坂 本  修

筆をとった思い

 団通信(九月一一日号)で「労働法制の評価について」と題する大阪支部城塚健之団員の論文を読んだ。同団員の鋭い指摘に多くの点で共感する。だが、若干、意見を異にするところがある。そこで、討議の発展を願って、以下、私見を述べることにする。なお、この小論は、「反論」を目的としたものではない。城塚団員の問題提起に触発されて、この課題について、私の“明日を見る思い”を述べたものである。サブタイトルにはそうした思いをこめている。そのようなものとしてお読みいただきたい。

多い一致点と若干の疑問

 城塚団員は、「今回の労働法制改悪の本丸は、有期雇用・派遣・裁量労働の拡大にあったのではないか。そしてそれはほぼ達成された」と指摘している。五月集会に提出した私の小論『労働法制全面改悪をどうみて、どうたたかうか?ー“渦中”からの速報』で、私も財界・大企業、政府の改悪の「戦略的な狙い(最大の『目玉』)」は「抜本的な労働力の流動化」にあること(具体的には短期雇用・派遣の拡大など)を強調している。そして、それまでの私のとらえ方、宣伝の重点が「解雇のルール」に比重がかかりすぎていたことを自己批判してもいる。こうした私の認識からいって、城塚団員の指摘は正しいと思う。しかし、解雇ルールについての到達点を「大企業はそれほど乱暴な解雇はして(おらず)、もっとスマートにやっている」「財界がそれ程こだわっていなかったから」原則自由規定の削除が実現したのであって、「『勝利』という気になれない」とか、「短期雇用・派遣・裁量労働の拡大」の狙いが「ほぼすべて達成」されたことを見れば、「『惨敗』としか言いようがない」という評価には疑問がある。

“三重の視点”での「評価」

 私は労働のルールをめぐる“せめぎ合い”の到達点を重なり合う三つの視点でみる必要があると思っている。第一の視点は、改悪の重大性を直視し、かつてない新たな搾取強化につながる切迫した危険をリアルにみるということである。第二の視点は、私たちのたたかってかちとったどんな部分的な成果をも重視し、そこから、これからのたたかいを発展させる法則をつかみとることである。第三の視点は、成果や“歯止め”を活用しつつ、到達点から今後どう道を切り開くかという視点を貫くということである。

 〈解雇のルールをどうみるか?〉

 こうした“三重の視点”に立って「評価」するとき、私は、(1)「カネで首切り合理化」の答申を法案から削除させたこと、(2)解雇原則自由化を法文から削除させたこと、(3)そして、合理性のない解雇は違法であることを労基法に明記させ、その内容(「四要件」の確認、挙証責任の原則使用者負担)を国会審議と附帯決議で明らかにさせたことは、なお不充分さはあっても、画期的な成果(その意味では「勝利」)だとみるのである。
 解雇をよりやりやすくする法制にすることは、厚生労働省らの「官僚的趣味」の問題ではなく、財界・大企業のもともと一貫した要求であり、近時のリストラ「合理化」で彼らがさらに手に入れたいことであると私は考える。大企業らが指名解雇を含む大量解雇という手段をいまあまり使っていないのは、整理解雇の四要件を獲得し、維持し抜いてきた裁判闘争を重要な柱とする労働者のたたかいの成果が歯止めになっているからである。解雇自由化立法(あるいは「カネで首切り立法」)を彼らが手に入れたとき、彼らは、いまの違法・脱法の事実上の解雇というリストラ「合理化」(典型はNTT)に加えて、むき出しの首切りを併用してくるに違いない。大企業は「自由な解雇」を欲していないのでは決してない。そのことは、彼らが、「カネで首切り法案」提出をなお企んでいることからも、証明されているように思う。
 いま、私たちに必要なことは、(1)大企業・財界のこうした策動を阻止し、しかも、いままでなかった明文での解雇規制条項をかちとったことを労働者の確信とすること、そして(2)職場でも、解雇反対の裁判の現場でも勝ちとったルールを具体的に活用して攻勢的にたたかう運動に取り組むこと、さらに(3)今回の成果に、これからのたたかいの法則を見出すことではないだろうか。

 〈重大な改悪をどうみて立ち向かうか?〉

 たしかに、解雇のルールをめぐる“せめぎ合い”の成果をどんなに高く評価しても、全局的にみれば、重大な改悪が実現したことは事実である。同団員が「これでは『惨敗』としか言いようがない」というのも充分理解できる。

「惨敗」視はしない

 だが、私は「惨敗としかいいようがない」とは思わないし、労働者にもそうは言っていない。なぜか?ひとつには、労働法制の改悪は、法構造的には消費税アップなどと違って、労働者がノーといい、もうひとつの労働のルール(労働基本権)を活用してたたかえば、労働者、労働組合自身のたたかいで、職場流入を阻止することができるものだからである。もうひとつには、今回の大改悪にもかかわらず、?せめぎ合い?によって、いくつもの歯止めを残し、あるいは勝ちとっているからである。前掲の第二の視点でたたかえば、改悪立法の脱法・違法拡大を阻止することは様々に可能である。大企業は法律を無視できる「万能の強者」ではない。不払残業是正のたたかいの大きな前進や茨城の日立製作所での改悪裁量労働制の脱法拡大に反対してのたたかいが示すように無法を阻止することはできるのである。「惨敗」というのではなく、こうした点を強調すべきだと私は思う。(注)

(注)全労連のパンフ「人間らしく生き、働くために、改定『労働基準法』『労働者派遣法』ー知って、たたかおう」は、同じ趣旨で、コンパクトに解決し、たたかうことを呼びかけている。私たち団員にとっても、必読のパンフである。

「雇用の劣化」との現場からのたたかい

 それにしても「雇用の劣化」は急速に拡大している。しかも、大企業らは、ここでも改悪を脱法・拡大しようとするに違いない。この重大な局面に「本腰を入れ」て、たたかうことが求められている。城塚団員の意見の「目玉」はおそらくこの点にある。私も思いをともにする。では、どうしたらよいのだろうか?城塚団員は「均等待遇の法制化などの課題」に「本腰を入れ」ることを提起している。もちろん賛成である。

補足ー「など」の重視を

 同時に、同団員が「など」としている課題について補足しておきたい。それは、職場、産業、地域を基礎とする不安定雇用労働制の権利擁護のたたかい、及びそれと表裏一体をなす未組織の組織化に本格的に取り組む労働運動を発展させることである。そのことは、言われて久しかったことだが、正社員(正規公務員)の企業内組合は、いままでこの課題に充分取り組めてはいなかった。その原因を書く紙数はない。「負の遺産」は軽くなく、「壁」もきついものがある。しかし、そのことを嘆くだけでは道は開けない。新しい運動が求められている。だが、可能なのだろうか?

 〈“闘争の弁証法”ー明日を見る思い〉

 新たな重大な局面を前にして、私は、いままでにない運動を発展させる条件はつよまっていると思う。膨大な男女不安定雇用労働者は、企業忠誠心はなく、人間らしく生き、働きたいという新鮮なエネルギーを内包している。正社員労働者を犠牲にするリストラ「合理化」に直面した労働運動は、不安定雇用労働者とともに闘う必要に直面している。こうした新たな条件の中から、いままでの運動の「枠」を破り、「壁」を超えるたたかいが随所に始まっている。紙数の関係で論証ができないが、「方針上の運動」から「生きた運動」への転化を示す貴重な“光”が随所に生まれている。そのことはここ数年、各地で数多くの学習会などに参加してきた私の実感である。

明日を夢みて、今日をたたかう

 ルールなき資本主義国(ルール破りの資本主義国)を「ルールある資本主義国」にあらためていくことが二一世紀の日本の最大の国民的課題であることは、かってなく明らかになってきている。利潤至上の暴走リストラ「合理化」は、法則的な反撃を引き起こしている。もちろん、運動の自動発展を意味しない。支配層はしたたかで、“闘争の弁証法”はきびしく、かつ複雑である。たたかわなければ労働運動の存亡に関わる事態が生じかねないのも事実である。どうたたかうかで「天地の差」がでる。
 だからこそ、今をチャンスととらえて、切り開く決意をもってねばり強くたたかわなければならないと強く思うのである。道をどう開くかは労働者と国民の運動にかかるが、国民の一人として、私たち団員もまた新たな“光”を灯すために貴重な活動ができるのは確かである。道なきところに道をつくり、新たに扉をこじあけていくために、今をたたかい、明日を夢みて、私たち団員が何ができるかーそのことを今度の総会で大いに話し合いたいと思う。

〈追記〉大幅に紙数を超過したが、事実での論証(とりわけ、新たな“光”の存在の証明)ができなかった。詳しくは、労働法制下の労働運動の課題を論じた『労働運動』誌主催のシンポジウム(「どうする働くルールと日本の未来ー労働法制改悪後の労働運動の課題」)で私見を述べている。外に他の四人のパネラー各氏と参加者の豊富な報告がある(同誌一〇月号)。できれば、お読みいただくことを願いたい。


アーサー・キノイさんを悼む

北陸支部  菅 野 昭 夫

 ナショナル・ロイヤーズ・ギルド(NLG)の長老アーサー・キノイ弁護士が、九月一九日に逝去された。享年八二才。つい最近まで元気であったと聞いていたのに、突然の訃報である。義弟のデューイ氏によると、キノイさんは、死亡の前日から呼吸困難を訴え、自宅での酸素投与をうけたが、病床で妻のバーバラさんと可愛がっていた猫に見守られながら、静かに息を引き取ったとのことである。
 キノイさんは、一九二〇年に、ユダヤ人の貧しい家庭に生れ、ハーバード大学を卒業し、第二次大戦に従軍した後、一九四七年にコロンビア・ロー・スクールを卒業した。時あたかもレッド・パージの嵐が全米に吹き始め、学生運動歴のあるキノイさんは、ウオール・ストリートの大会社専門の法律事務所に雇用され、前歴を消して弁護士資格を取得した。しかし、間もなく、当時アメリカの労働運動で最も戦闘的な潮流を代表していた全米電気労連の顧問弁護士補となり、労働弁護士としての人生をスタートした。以後、キノイさんは、一九五〇年代にはマッカーシ旋風の赤刈りと闘い、一九六〇年代には南部から燎原の火のように燃え広がった公民権運動の高揚と流血の弾圧の中で人種差別と闘い、続いて一九六〇年代から七〇年代にはヴェトナム戦争反対の反戦運動を擁護し、一九八〇年代には工場閉鎖に抵抗する労働者の闘いやウオーター・ゲート事件に関与し等々、全米の様々な民衆の運動とそれがもたらした数々の著名事件に参加してきた。また、キノイさんは弁護士としての実践のかたわら、ラトガーズ・ロースクールの教授として憲法訴訟を教え、多くの学生に人権への目を開かせた。
 こうして、キノイさんは、NLGの指導的弁護士として、進歩的弁護士から敬愛を集めたばかりではなく、ABA(全米法曹協会)もキノイさんの権利擁護の功績を高く評価し、何度か表彰をもって報いた。
 このキノイさんが一九八三年に著した「Rights on Trial」は、その劇的な内容の故に、全米の法律家の間でベストセラーとなり、日本でも「試練に立つ権利」との題で一九九一年に翻訳出版された。この本が日本の読者を捉えたことは、権利のための日米両国の弁護士の闘いの驚くほどの類似性であった。「本書は、戦闘的な労働者や黒人の立場に立って権力・資本とたたかう弁護士=民衆の弁護士の実像を書いたものとして画期的である。・・・だが同時に、著者が強調する諸論点と、太平洋を隔てたわが国でことし七十周年を迎える自由法曹団の経験の総括とが、どうしてこれほど一致するのか、不思議な想いがするほどである。一人前の弁護士になるには、実践にまさるものはない。基本的な問題は勝訴か敗訴かではなく労働者の力を強めるかどうかにある。弁論は法律上の論点に限って行うのではなく「事実を衝く」ことである。法廷闘争は大衆の闘いがあって初めて勝利する。ーこれらは著者のことばであると同時に、われわれの身上でもある」(松井繁明団員の書評)。
 かくて、キノイさんは、一九九一年に開催された団の七十周年記念事業の基調講演者として、来日する。そこでの、キノイさんの力あふれるスピーチは満場を圧倒した。キノイさんの講演は、「もし君達が弁護士として悔いのない人生を送りたいのであれば、君達はその時代の苦悩の中に身を置かなければならない」という、ホームズ合衆国最高裁判事の言葉を引用してしめくくった。まことに、キノイさんの一生は、自らをアメリカのその時代の苦悩の中に身を置いて闘い続けた人生であった。
 キノイさんの来日後、日米双方の「民衆の弁護士」の本格的な交流が始まり、以後団は毎年のようにNLGの大会に代表団を送り、またNLGも再三に渡って来日した。えひめ丸事件のように、日米の民衆の弁護士の連帯によって勝利した経験も生み出されている。
 このようにキノイさんは、アメリカの民衆にとって偉大な弁護士であるばかりか、日本のわれわれにとっても、日米の架け橋をかけてくれた弁護士である。改めて、その業績と謙虚でおおらかな人柄をしのび、心からごめい福をお祈りしたい。


パブリック・コメントは五〇〇〇通・反対署名も一〇〇万筆超

一〇月一〇日の宣伝行動に参加しよう

担当事務局次長  坂  勇 一 郎

1 パブリック・コメント五〇〇〇、反対署名一〇〇万

 この夏取り組まれた弁護士報酬の敗訴者負担についての意見募集(パブリック・コメント)には、約五〇〇〇もの意見が寄せられた。この種の意見募集への応募としては、異例の数といってよく、弁護士会・市民団体等の運動の広がりもさることながら、この問題に対する市民の関心・危機感を反映した結果となった。他方、この間日弁連・弁護士報酬の敗訴者負担に反対する全国連絡会・司法改革東京センター等が集めてきた個人署名は一〇〇万筆を超え、署名運動もおおきな峰に到達した。
 推進本部事務局による意見募集結果のとりまとめは、九月一九日開催の司法アクセス検討会に間に合わなかったが、敗訴者負担導入反対の意見が多数を占めた模様である(弁護士報酬の敗訴者負担に反対する全国連絡会のHPに主だった意見書が掲載されている)。他方、日本経団連・経営法友会等から敗訴者負担制度の導入を求める意見も出されており(これら団体のHP上に掲載されている)、警戒を要する。

2 九月一九日の司法アクセス検討会

 九月一九日開催の司法アクセス検討会では、敗訴者負担制度を導入しない範囲として、行政訴訟・労働訴訟・人事訴訟等についての議論が行われた。七月までに行われた議論状況と比較すると、これらの訴訟においては導入すべきでないという意見が強まってきており(但し、これらについても依然予断は許さない)、こうした傾向はこれまでの運動の成果と見ることもできる。他方、事務局及び推進派は、原則導入という姿勢を崩しておらず、導入意見が多数派であることをあわせ鑑みたとき、状況の厳しさは継続している。

3 次回検討会で方向性が定まるおそれ

 今回議論が行われなかった消費者訴訟・公害環境訴訟等については、次回検討会で議論が行われることになるが、これら訴訟に導入すべきでないという意見が多数を占めることができるか、微妙な状況にある。また、事務局及び推進派が原則導入を強く求めていることから、個人間の一般民事訴訟、業者間訴訟(中小零細業者を含む)への導入の危険が以前にも増して高まっている。これらの分野に敗訴者負担制度が導入されれば、商工ローン関係訴訟・フランチャイズ訴訟・下請関係訴訟・借地借家関係訴訟等に広く敗訴者負担制度が導入されることになるのであり、特に中小零細業者の権利救済・紛争解決の道は大きく狭められることになってしまう。
 次回一〇月一〇日の検討会は、敗訴者負担問題に集中して議論を行う予定となっている。導入派・反対派がお互いの「間合い」の中に入って、最も意見が先鋭に対立する点について、議論を闘わせることになる(その後の検討会日程は一〇月三〇日、一一月二一日)。

4 今後の運動について

 司法制度改革推進本部・司法アクセス検討会への要求は、(1)敗訴者負担制度を導入をしないこと(行政・労働・消費者・公害環境訴訟等はもちろんのこと、特に個人間・業者間訴訟について)、(2)今回のパブリック・コメントの結果を検討会に正しく伝え、かつ検討会は結果を真摯に受けとめること、(3)裁判当事者・経験者からのヒアリングないし公聴会を開催すること、である。
 具体的な行動提起としては、次の二点。
(1)次回検討会当日の宣伝行動に多数ご参加を
 と き 一〇月一〇日(金)午後〇時三〇分集合、午後一時三〇分まで
 場 所 司法制度改革推進本部前
    (東京都千代田区永田町一の一一の三九 永田町合同庁舎)
 ここ数回参加人数が減っています。多勢参加して検討会を包囲しましょう
(2)日弁連シンポジウムへの参加のよびかけを
 「市民を裁判からしめだす弁護士報酬の(両面的)敗訴者負担に反対し、市民の利用しやすい裁判制度を求めるシンポジウム」
 と き 一〇月二三日(木)午後六時〜午後八時三〇分
 場 所 科学技術館サイエンスホール(東京都千代田区北の丸公園二ー一) TEL 〇三(三二一二)八四八五
 主 催 日本弁護士連合会・東京三弁護士会


弁護はプロセス

ー「争う」権利の代行

東京支部  後 藤 富 士 子

1 「弁護士報酬敗訴者負担」とリーガルエイド

 「弁護士報酬敗訴者負担」問題について、反対論の根拠として挙げられるのは「提訴の萎縮」ということであり、それに終始している観がある。しかしながら、この問題は、もっと大きなバックグラウンドにおいて考える必要がある。
 まず指摘したいのは、弁護士報酬を訴訟費用化することについては、本来、リーガルエイド制度の中で位置付けられるべき事柄だということである。「敗訴者負担」になっても、その分が償還不要な給費制扶助の対象になれば、「提訴の萎縮」という心配もなくなる。換言すると、償還制という欺瞞的扶助制度をそのままにして、弁護士報酬の「負担の公平」などという欺瞞を上乗せしようとしていることに問題があるのである。
 しかしながら、より本質的な問題は、敗訴が見込まれる当事者に弁護士がつかなくなることだと思う。つまり、「弁護を受ける権利」がなくなるのである。このことは、「有罪確実な刑事被告人には弁護士がいらないか」と問うてみれば、その不当性が明らかになる。結局、「敗訴者負担」論は、訴訟の結果だけを理由に、訴訟という手続(プロセス)の意義を否定するものといわなければならない。

2 「敗訴」見込みの当事者には弁護士がいない

 私が日頃感じるのは、日本では「依頼者を裁く」弁護士が少なくないということである。統一試験・統一修習で養成されるのだから、裁判官と弁護士とで「役割」が異なるなどという意識もなく、同様に実体的真実を究明しようとしている。このような弁護士が、当事者から持ち込まれた案件にどのような対応をしそうか想像すると、まず、原告になろうという当事者から話を聞いた段階で「勝ち目がない」と思えば、そもそも受任しないだろう。「勝訴は困難でも闘いたい」という当事者を前にして、たとえ着手金を払う用意がある場合でも、受任する弁護士は少ないと思われる。それは、着手金だけで膨大な弁護活動を覚悟しなければならないからである。これに対し、被告になった当事者から相談を受けた場合、敗訴確実でも、依頼者が着手金を払えれば、受任するのが一般である。それは、着手金しか貰えなくても、なすべき弁護活動も知れたもので(答弁書だけというのが多い)、営業的には十分だからである。
 このように見ると、「敗訴者負担」制の問題は、当事者(市民)に及ぼす影響という以上に、弁護士業務や報酬のあり方に絡んでくるが、それは、問題になっているのが「弁護士報酬」なのだから、当然だろう。すなわち、「敗訴者負担」制が採られていない現行制度の下でも、原告事件では「勝敗の見通し」が受任するか否かを決める最重要な要素となっているから、「敗訴者負担」制は、多くの弁護士にとっては影響がなく、困難でも「争いたい」という市民と、それを受任しようという数少ない弁護士の問題にすぎない。これに対し、被告事件の場合には、敗訴が確実で相手方の弁護士報酬の負担を免れないのであれば、被告になった当事者は、自分の弁護士の報酬(着手金)を節約するために依頼しなくなるのではなかろうか。 これは、弁護士にとって「失業」を意味する。
 裁判官と弁護士の役割の違いも自覚せず、実体的真実の究明を弁護士の仕事と誤解していると、裁判の「結果」とは別に「弁護」そのものに意義を見出すことは困難である。しかし、「当事者主義」という事実認定の方法としての訴訟を前提にすれば、判決は弁護活動の結果にすぎないのだから、弁護活動がなければ判決もありえない。弁護活動は、提訴に始まり弁論終結に至るまで、依頼者の立場で事件を見たときに、依頼者に最も有利になる主張をして「争う」ことにほかならない。すなわち、弁護士は、当事者の「争う」権利を代行するのであり、当事者に保障されている「裁判を受ける権利」は、勝訴を求めて争う権利にほかならないのである。

3 「争う」権利を援助する制度の構築

 日本の弁護士が、当事者主義の訴訟を追行していれば、「敗訴者負担」などという問題が今般のような形で出てくることもなく、給費制扶助をとうに実現させていたはずだ、と私は思う。というのは、償還制の法律扶助は、結局、弁護士の業務対策にはなっても、当事者の「争う」権利を援助するものにはなっていないのだが、日本の弁護士は、「争う」ことを代行するのではないから、不足を感じないのであろう。また、死力を尽くしてとことん争っても報酬が僅かとなれば、弁護士は事件を受任しないから、扶助も問題にならない(もしかすると、現行扶助制度自体が、償還制も関係するのか、「勝訴の見込み」を扶助の要件としているのではないか)。こうして、当事者主義の訴訟手続は実践されないのである。
 戦前の日本で、弁護士は、「法の支配の担い手」としてではなく、「報酬目当ての私的実業家」と見られていたというが、このような市民の見方は、遠い過去のものになったであろうか? 「市民のため」に司法改革運動や「敗訴者負担」反対運動をしても、本来の業務において、弁護活動のあり方が「依頼者のため」のものに徹底していないのでは、「報酬目当ての私的実業家」という市民の見方が変わることはないだろう。このことは、刑事事件で裁判員制が導入され、「裁く」側に市民が参加して弁護活動を評価するようになれば、一層厳しいものになると思われる。
 弁護士が、本当に市民のために「敗訴者負担」に反対するのであれば、「導入させないこと」を運動の目標にするのではなく、給費制扶助の実現に尽力すべきであろう。そして、現在の官主導で進められそうな流れの中で考えれば、民刑一体の、リーガルサービスとリーガルエイドを統合した制度を設計して、その実現のために大運動すべきであろう。そういう根本からシステムを構築しないと、法務省の「リーガルサービスセンター」構想のような官製改革システムに飲み込まれていくのではなかろうか。〔2003・6・28〕


●発作的映画評論 vol.4●

「英雄〜HERO」を観る

東京支部  齊 藤 園 生

 先日専従事務局のUSIさんから、「あのコラムを読んで、観てみようかなあ、と思ったらもう終わっているんですよね」と言われました。確かにその通り。だいたい私が見に行くときは上映期間ぎりぎり、ここで見逃したらもうダメというときに駆け込みで観に行くので、このコラムに書いているときには上映は終わっているのでした。すいません、役に立たなくて。
 ということで、今回は立派に、十分上映期間中の「英雄〜HERO」。監督は「あの子を探して」「初恋のきた道」など、中国の人々の生活や感情をみずみずしく描く巨匠チャン・イーモウ。「初恋のきた道」をみて、チャン・ツィイーの愛らしさ、けなげさに涙したおじさんも多かったでしょう(私はおじさんじゃないけど、涙うるうるでした)。今回俳優陣もジェット・リー、トニー・レオン、マギー・チャン、そしてあのチャン・ツィイーと、今いちばん乗っている俳優陣をこれでもかと言うほど、てんこ盛りにそろえ、ついでに撮影クリストファー・ドイルと来たら、そりゃあ期待するでしょう。しかし、期待が大きすぎたのか、それともこれが限界なのか、結論から言うと私はイマイチだと思いました。
 物語は紀元前三世紀。秦の国の政(後の始皇帝)は他の国を次々滅ぼして、中国統一を成し遂げようとする。しかし政は多数の刺客から命をねらわれ、一〇〇歩以内に誰も近づくことは出来ない。長空、残剣、飛雪という三人の刺客を倒したと言って無名という戦士が政のもとを訪れ、褒美に政から一〇歩の距離まで近づくことを許される。しかしその無名という戦士こそ最強の刺客で、実は政に近づくために三人の刺客と「渡り合い」、政と対決するのだが・・・と言うお話。なんと言っても映像の美しさには目を見張ります。登場人物の衣装もシーンごとに変わり、中国の壮大な自然風景とともに、絵画のようなシーンが続きます。また数千の戦士の隊列、雨のように降り注ぐ矢、スケールの壮大さは例がないでしょう。しかし、物足りない。人物の描き方が足りないのです。刺客たちのそれぞれ人物像が薄いので、なぜそんな行動を取るのか、という必然性がなく物語が薄っぺらです。ジェット・リーもトニー・レオンも、マギー・チャンも芝居をやらせたら、きっともっと魅力的に演じるだろうに、せっかくの俳優陣ももったいない。物語を語らせたらチャン・イーモウはうまいはずなのに、どうしたんだ!? と思う人は私だけではないでしょう。
 胸打たれる感動映画と言うよりは、芸術の秋に映像美を求めて観るならおすすめ度九五%の映画です(残り五%は最後のあの場面が嘘くさいから)。


陶山圭之輔弁護士を偲ぶ

神奈川支部  横 山 國 男

 横浜事務所の創立者の一人である、馬車道法律事務所の陶山圭之輔弁護士が本年八月二六日、六八歳の若さで急逝しました。
 彼は昭和三八年に横浜法律事務所を開設し、労働者市民のためにすばらしい活動を展開しましたが(事務所の二〇年史掲載)、昭和四八年国会議員立候補を機に馬車道法律事務所をつくり、弁護士活動・政治活動に尽力してきました。
 ここに弔辞を掲載してご冥福を祈ります。

  弔 辞
 僕が労働旬報法律事務所に入所した一九六三年(昭和三七年)には、すでに君は弁護士三年目で、一九六〇年の安保改定阻止闘争のなかで発生したハガチー事件で刑事被告人となった労働者の弁護人として優れた弁護活動をし、いわゆる労働弁護士として押しも押されもしない有能な弁護士としての貫禄十分だった。
 労働旬報法律事務所で、翌一九六四年(昭和三八年)、横浜に労働事件のセンターとなる法律事務所を作ろうということになり、ボスの東城弁護士の命令で君と僕は、飛鳥田事務所にいた今は亡き三野弁護士との三人で横浜法律事務所を作った。
 昭和四〇年に木村弁護士が加わり昭和四八年に君が政治活動に入るまでの一〇年間は、僕らにとっては一番充実した人生ではなかったかと思う。
 君は研修所の一二期で、三野さんが一三期、僕と木村さんが一四期、歳は三野さんが一番上で君が一番若かったが、弁護士の貫禄は君が一番だった。
 一般市民事件もさることながら、事務所開設早々から労働事件が多く多忙を極めた。労働刑事事件における君の活動は天下一品で、神自交みずほタクシーの刑事事件では、裁判官席の後ろの部屋には県警機動隊を待機させての物々しい緊張した公判廷において、君の検察側への攻撃弁論は見事で、裁判所も弁護側の要求を認めざるを得ないことしばしばであった。今でもそのときの君の勇姿がまざまざと浮かんでくる。
 君の多彩な弁護活動は多くの労働争議を勝利に導き、そして労働組合・労働者の信頼を得、横浜法律事務所は神奈川における労働事件センターとしての基礎を確立するにいたったのである。
 この間の君の業績については、君も参加しての横浜法律事務所二〇年史編纂の座談会で、一緒に戦った労働事件について楽しく語り合ったときのことが、昨日のことの様に思い出される。
 一〇年後の昭和四八年、君が政治活動に入るについて相談を受けたが、すでに決意してのことであったと思う。君は馬車道法律事務所を作って横浜法律事務所を出たが、以後も兄弟事務所として変わらず弁護士活動をともにした。
 一九八九年一一月横浜法律事務所で坂本弁護士が拉致されたときも、馬車道事務所を上げて救出運動に参加してくれたことは本当に有難かった。
 君の選挙活動のさなか、集会で応援演説を頼まれて何を喋ったか忘れていたが、その後、僕が「陶山さんが自民党から立候補しても私は陶山さんを応援しますよ」、と言ったことが問題になったよ、と君から聞かされた。政党支持者の集会ということを忘れて悪いことをいったと謝ったが、君は笑って許してくれた。
 今は僕らの努力不足で君を当選させることが出来なかったことが悔やまれてならない。
 弁護士活動と政治活動という、好きだけでは決して出来ない激しい仕事を、不平も言わず精力的にやり遂げた君の姿には神々しささえ感じられた。
 タバコが体に悪いと知りながら、そして和嘉子さんの心配も分かっていながらも、煙草を吸うときが君にとって一番の安らぎの時間であったと思う。
 君が弁護士活動に一途に打ち込んだ一三年間と、加えて政治活動をした三〇年余の人生は本当にすばらしいものであったと思う。そして僕は友人として君と一緒に弁護士活動が出来たことを誇りに思うと共に感謝の念を禁じえない。
 昨年君が入院したあとの一一月、君を訪ねたとき、「早くよくなってゴルフをやりたいよ」といっていたが、今年の二月病院であったときは顔色もよく大丈夫と思っていた。然るに僕より八歳も若い君が先に逝くとは全く思いもかけなかった。まさに世は無常である。
 今日は、これまで一緒に戦ってきた多くの労働者、弁護士、友人、そして君に世話になった多くの皆さんがここに集まって君の業績を讃へ、そして君の死を悼んでいる。
 謹んでご冥福を祈り、お別れの詞とします。

平成一五年八月三〇日