<<目次へ 団通信1112号(12月1日)
蒲田 豊彦 | 「風害訴訟で勝つ」 | |
尾林 芳匡 | 八王子観光協会住民訴訟 東京高裁で勝利和解 | |
伊藤 和子 | 静かなるジェノサイド―イラクにおける劣化ウラン弾被害 | |
坂 勇一郎 | 急転回、敗訴者負担 ―事務局・推進派は「原則各自負担の合意論」で最終とりまとめへ | |
伊須慎一郎 | 福岡総会の感想(3) 福岡団総会に参加して | |
愛須 勝也 | 福岡総会に参加して | |
渡辺登代美 | 教科書採択制度改悪陳情を契機にした地方議会に関する神奈川支部の教訓 | |
神田 高 | メディア時評―メディアの退廃と改憲 | |
鈴木 亜英 | アメリカロースクール調査報告―公益的活動に従事する法律家をいかに育てるか その一 | |
永尾 廣久 | 『日弁連副会長の日刊メルマガ』(上) | |
齊藤 園生 | ●発作的映画評論Vol.7●「ポロック」を観る |
大阪支部 蒲 田 豊 彦
一 大阪高等裁判所は、平成一五年一〇月二八日、風害で被害を蒙った住民が、分譲マンション(三棟で高さ五七メートル)を建てた商社や工務店(いずれも大企業)らを訴えていた損害賠償請求事件で、加害企業三社に対し、慰藉料六〇〇万円(一人一〇〇万円宛)、不動産価値の下落分の損害として一一一〇万円(二戸分)など総額一四九〇万余円(第一審の認容額四二〇万円は既に別途支払われている)の支払いを命じる判決を下した(武田多喜子、山下満、青沼潔の各裁判官)。この判決は確定した。
この判決は、ビル風による風環境の悪化による損害を請求した事件についての、日本で最初の住民側勝訴の判決である(第一審判決を掲載し解説した判例タイムス一一一三号、一七八頁以下参照)。
二 この判決は、次の点で意義があると思う。
その一つは、判決が右に述べたように風害訴訟で住民側の初の勝訴となったことのほか、風害によって不動産の価値が下落したことについて、「住宅周囲における風環境の悪化が継続する場合、建物のみならず、その敷地の価格が下落するのが自然というべきである」として、風環境の悪化がなかった場合の不動産の価格と、被害者らが売却したときの不動産の価格の差額の七割(風環境等の変化以外の価格下落要因が三割)を、風害による損害として認定したことである。
これまでは、同種の事件である日照権訴訟や眺望権訴訟において、慰藉料は認めるが請求しても不動産価格の下落を損害として認めない判決がほとんどであったと思われるが、この種の事例でこの点を突破しえたことは極めて意義があるものと思う。今後、この判決は十分に参考にできると思う。
二つには、判決は「個人がその居住する居宅の内外において良好な風環境の利益を享受することは、安全かつ平穏な日常生活を送るために不可欠なものであり、法的に保護される人格的利益として、十分に尊重されなければならない」として、本件について受忍限度を越える被害であると判断したが、この理由は、かかる加害マンションの建築禁止の仮処分などにも十分に活用できると思われることである(もっとも受忍限度論は従前からあったものであるが)。
三つには、この判決は都市部における住民の住環境を無視するような高層マンション建設などの開発に対し、企業(デベロッパー)に警鐘を鳴らすものとなったことである。
三 勝った理由は住民側が業者とのねばり強い交渉のなかで、業者側に加害マンションの建築前、建築中、そして、建設後の五年間にわたって風速計設置による風力や風向を計測させ、そのデーターを提供させ確保したことである。これによって、加害マンション建築による風環境の変化(悪化)や、その程度を立証することができたのである。この生データがなければ、高額(七〇〇万円ぐらいときいている)だといわれる風洞実験などによる風害と被害との因果関係を立証しなければならないことになる。この困難を乗り越えるためにも、住民運動による資料の確保をするとともに裁判を経ることなく解決が図られることを願うものである。(弁護団は私のほか、岩城穣、山名邦彦、大橋恭子で、いずれも団員)
東京支部 尾 林 芳 匡
一〇月二九日、東京高等裁判所第一〇民事部において、八王子観光協会の事務をとっていた八王子市職員の給与を八王子市が負担していたことをめぐる住民訴訟について和解が成立し終了した。住民訴訟によって行政の外郭団体との不正常な関係を正す、住民の画期的な勝利といえる和解である。
一 市職員による観光協会資産の「横領」事件
八王子観光協会は、八王子市内の団体・個人等で構成され、「高尾山若葉まつり」「観光写真コンクール」「花火大会」「もみじまつり」等の観光イベントを主催している。一九九九年七月、八王子市職員がこの観光協会の資産を「横領」したとの報道がなされた。職員は懲戒免職となり、刑事事件となった。
刑事事件そのものも衝撃的であったが、市の職員が市とは別個の社団法人である観光協会の資産を横領できる程度に占有管理していたことに驚かされた。八王子市民オンブズマンに結集する市民一三名が観光協会の業務を行う者の給与を市が負担することは違法であると住民監査請求をしたが棄却され、一二月に住民訴訟を提起した。
二 全面勝訴の一審判決
観光協会に対しては不当利得返還、職務命令と支出命令をした市長以下八名の被告に対して損害賠償を求めた一審は、各被告に対する請求原因や監査請求期間との関係などの主張を補充をした上、刑事事件記録により市職員でありながら大半は観光協会の業務を行っていた実態を明らかにし、直接の上司の証人尋問を行った。
〇二年七月一八日、東京地裁は原告主張を全面的に認め、観光協会には約四〇〇〇万円の市への返還、他の被告はそれぞれ関与に応じた賠償を命ずる判決を下した。観光協会に返還を命じた不当利得は、横領した職員の一〇年分の給与総額の半分という認定であった。給与支給の違法性に関わらず問題となる賠償・不当利得返還請求の怠る事実の相手方への請求について一年の監査請求期間制限が及ばないとし、給与支給に関する財務会計行為担当者が違法な勤務実態を知りながら放置した場合は給与支給が違法となるとの判断であった(判例時報一八一七号四三頁、判例地方自治二三七号六六頁)。
三 東京高裁での審理と和解勧告
被告らは控訴し、二〇〇二年一〇月から東京高裁での審理が始まった。控訴人らは、市の職員らの責任とその範囲を争う主張をしてきたが、被控訴人側は基本的につぶさに反駁をした。
その中で高裁から、八王子市と観光協会との不正常なあり方をただすことについては十分に目的を達した、一審判決をこのまま生かす上でも話し合い解決をしてはどうか、との打診があり、和解交渉が持たれた。
四 和解内容の骨子
成立した和解は次の内容である。
(1)八王子市に対し前市長と観光協会は合計一三五〇万円を支払う。
(2)弁護士費用を控訴人らが被控訴人らに対して支払う。
(3)関係職員は本件で被控訴人らが提起した問題を真摯に受け止め、観光協会に関連した業務について、より適正に行われるよう努める。
(4)訴訟終了を確認する。
この和解条件は、一審判決が観光協会が市職員に事務をさせて得ていた利益を八王子市に返すことを命じた基本的な枠組みに沿ったものであり、市長や市職員の責任も明確にした内容であることなどから、この案で和解を成立させることとした。
五 住民訴訟の意義
観光協会は、市からの補助金自体が見直しの対象となっており、職員の癒着も問題であった。住民訴訟の提訴を受けて八王子市は観光協会事務所を移転した上、観光協会の業務と市の業務との厳密な区別をする措置をとり、市と観光協会との関係の正常化も一定程度進んだ。痛快な勝利であり、八王子市民オンブズマンの市民はますます意気盛んである。(弁護団は他に関島保雄、土橋実の各団員)
東京支部 伊 藤 和 子
一〇月一五日から一〇月一九日までの間、ドイツのハンブルグにおいてNGO主催で開催された、ウラニウム兵器禁止に関する国際会議に参加した。参加の目的は、アフガニスタン国際民衆法廷における劣化ウラン弾被害立証のための証拠収集であったが、この会議において、イラク等における劣化ウラン弾の被害がいかに深刻であるかを知ることができた。
1 劣化ウランの危険性
天然ウランは、ウラン二三五(〇・七二%)、ウラン二三八(九九%)、ウラン二三四(〇・〇〇五四%)で構成される。核兵器の製造には、核分裂を起こすウラン二三五の割合を増加させる「濃縮」作業が必要になるが、この濃縮によって生ずる残存物が「劣化ウラン」である。
残された「劣化ウラン」は依然として強力な毒性を持つ放射性物質であることに変わりはなく、例えば鉛の六五〇〇〇倍の放射性を有する。劣化ウランのほとんどを占めるウラン二三八の半減期は四五億年であり、人類の歴史に比すれば、永遠に放射能を出し続けるといっても過言ではない。
劣化ウランを兵器の貫通体として使用する「劣化ウラン弾」は、幾多の戦場で使われてきた。劣化ウラン弾は攻撃対象に貫通すると衝撃で燃焼し、燃焼と同時にミクロン単位の微粒子となって周囲に大量かつ広範に放出される。そして、戦争が終わった後も、およそ気の遠くなるようなウランの半減期の期間を通じて、極めて広範な土壌・大気・水を汚染しつづける。そして、呼吸、水、汚染された土壌から作られた食物摂取を通じて人々の身体に侵入し、ひとたび体内に入り込めば、甚大な体内被曝をもたらす。劣化ウランの微粒子は長期にわたって人体にとどまり、二時間に一度の割合で体内で放射能を放ちつづけ、細胞や遺伝子を変容させ、癌、白血病、リンパ腫、遺伝子異常、先天性異常児出産を発生させる。その威力は、一ミクロン単位の劣化ウランの微粒子が体内に入り込めば、単独でがん細胞を発生させることができる、という極めて危険なものである。そして、被害は遺伝子の変容を通じて子々孫々まで世代をこえて連鎖する。
2 イラクでの劣化ウラン弾被害
ハンブルグ会議には、八月に来日されたイラク人医師たちが出席され、イラクでの劣化ウラン弾被害を告発した。医師らは、毎日続々と生まれる先天性異常の赤ちゃんの写真や夥しい数の小児癌の子どもの写真を参加者に示して、被害を訴えた。先天性異常で誕生した赤ちゃん、小児癌、白血病に苦しむ子どもたちの、言葉を失うような映像がこれでもか、これでもかと映し出された。しかし、映し出された映像は、終わることなく続くイラクでの被害のほんの一場面に過ぎない。人間をこのように破壊し、苦しめる劣化ウラン弾の投下は人類そのものに対する許し難い犯罪である。
現在生じているイラク人の被害は、湾岸戦争によって投下された劣化ウラン弾によるものである。今回のイラク戦争で米軍はさらに八〇〇トンもの劣化ウラン弾を投下したといわれている。新たな劣化ウラン弾投下のもたらす被害は、さらに想像を絶するものである。
ハンブルグで発表された科学者の評価によれば、八〇〇トンの劣化ウラン弾の使用は、広島型原爆が一万三〇〇〇発投下されたのと同様のウラニウム分子量に匹敵するという。
もちろん、劣化ウラン弾は核爆発を伴わないため、熱線による瞬時の大量殺戮は発生しない。しかし、残存放射能汚染を考えれば、広島型原爆の二次被爆に比しても極めて重大な状況にあることは明らかである。このままでは、イラクの多くの人々が、大気・土壌等に大量に蔓延する目に見えないウラニウム粒子を、何も知らずに毎日体内に取り込みつづけ、少しずつ発症し、死んでいくこととなる。米軍の占領下で、静かなるジェノサイドが進行しつつある。
このような事態を放置してよいだろうか。ひとたび投下された劣化ウラン汚染は完全に除去できない。しかし、可能な限りの、汚染された土壌等のクリーンアップ作業が行われなければ、汚染は益々土壌深く広がり、水や食物の汚染を生み出していってしまう。
一刻も早くイラクにおける米国の占領をやめ、暴力の応酬を断ち切り、劣化ウラン弾の汚染をできる限り取り除き、子々孫々までもたらされる甚大な被害を防がなければならないと痛感した。
そして、今まさに劣化ウラン弾に苦しんでいる人々に対する援助は圧倒的に不足している。イラクの医師は、「医薬品が不足しています。抗生物質も、医療用の針も糸も、補液もありません。放射線治療機器があればたくさんの命を救うことができるのに、それがほとんどないのです。」と訴えた。また、「日本の自衛隊が、莫大な軍事費を使ってイラクに駐留するお金があるのなら、それを私たちの国の医療援助に回してほしい」と言われた。こんなにイラクの人々の命を救うために医療援助が切実に求められているのに、それが十分可能な費用が、自衛隊などの莫大な駐留費として消えていくとしたら、なんと愚かなことであろうか。
3 兵士と家族たちの警告
ハンブルグで私は、一九九四〜九五年にペンタゴンで劣化ウランプロジェクトの責任者をしていたダグ・ロッキー氏にインタビューする機会を得た。彼は「劣化ウラン弾の危険性を米軍は一九四三年から知っているが、この兵器を手放したくないため、嘘をつきつづけている」と言った。事実、秘密指定からはずれた一九四三年マンハッタン計画当時の科学者が将軍にあてたメモには、既に劣化ウラン弾の人体影響が極めて甚大であることが克明に報告され、対人殺戮兵器としての利用が提唱されているのである。彼は劣化ウラン弾の危険性と予防策を兵士に教えるペンタゴンのプロジェクトのリーダーだったが、プロジェクトの政治的影響を危惧したペンタゴンはプロジェクトを解散させ、提言を葬り去った。ダグ・ロッキー氏は、日本の自衛隊派遣について、「劣化ウラン弾被害で、湾岸戦争に派兵された米兵のうち二〇〇万人は身体障害者となり一万人が死んだ。」「あなたたちの軍隊、息子たちや夫たちまでも同じ目にあわせたいのか」「イラクで殺されるか劣化ウラン弾汚染で死ぬかが待っている。勝者など誰もいない」と語った。
また、私はこの会議で、湾岸戦争やコソボPKOなどに派兵し、白血病などで死亡した兵士の妻や恋人に出会った。彼女達の声は自国の軍の圧力によって、かき消されているが、劣化ウラン弾に汚染された多数の兵士たちが静かに命を落としていることは厳然たる事実である。
4 今一度、理性と人道に立ち返って考える必要がある。イラクにおいて、想像を絶する非人道的な事態が起きている今、私たちは何をしなければならないのか。
その答えは少なくとも、占領に加担する自衛隊派遣ではあり得ない。米軍の占領と劣化ウランによるジェノサイドを一刻も早くやめさせるよう、声をあげていかなければ、と思う。
担当事務局次長 坂 勇 一 郎
前回までの議論の状況
一一月二一日司法アクセス検討会が開催され、敗訴者負担についての議論が行われた。前回までの検討会では「合意による敗訴者負担」が急浮上していたが、その内容については原則敗訴者負担の前提に立った案や原則各自負担に立った案等、さまざまな考え方が出されていた。また、前回検討会では推進派から「敗訴者負担を導入すべき範囲」として個人間訴訟・業者間訴訟・差し止め訴訟が強く主張されており、推進派からの巻き返しが強まることも懸念された。
一一月二一日検討会までの動き
団は、一一月一五日の常任幹事会にて「弁護士報酬の敗訴者負担『合意論』に反対する意見書」を承認し司法制度改革推進本部に提出した。(団のHPにアップされているので是非活用して欲しい。)
一一月二〇日、日弁連理事会が開催され、かねて執行部から意見照会が行われていた「原則各自負担の合意論」について約二時間半にわたって議論が行われた。討論では、現下の情勢ではこの「合意論」に反対するともっと悪い方向に行きかねない、「原則各自負担の合意論」であれば評価できる、等の賛成意見と、これまでの国民的運動を呼びかけてきた単位会内や市民団体との関係でも「合意論」賛成で理解を得ることは容易でない、「合意論」にもさまざまな弊害があるという反対意見が相半ばし、継続審議となった。
一一月二一日の司法アクセス検討会〜事務局・推進派は「原則各自負担の合意論」
こうした状況下で開催された一一月二一日の司法アクセス検討会では、推進派・事務局の「合意による敗訴者負担」の骨格が明らかとなった。その骨格は、
(1)(すべての範囲について)原則各自負担とし、合意があった場合に敗訴者負担とする、
(2)敗訴者負担の合意は、訴訟提起後代理人双方の共同申立による、
というもの(「原則各自負担の合意論」)である。この日の議論の経過から、推進派・事務局は(少なくとも検討会の場では)当初から固執していた「原則導入論」をほぼ放棄したと評価できそうである。このことは敗訴者負担反対運動の重要な成果である。
他方、推進派・事務局は強い反対運動の中で法案化にむけた「現実的提案」として、上記の「合意による敗訴者負担」を展開してきたものであり、今後はこの「合意論」の是非が焦点となる。
契約約款上の敗訴者負担条項の問題
検討会で提示されている(裁判上の)「合意による敗訴者負担」が導入された場合、最も懸念されるのは、「敗訴者負担」が周知されることにより労働契約・消費者契約約款等に「敗訴者負担条項」が増大することである。このような条項が入れられると、労働者や消費者は(裁判上の)「合意による敗訴者負担」は拒絶できても、労働契約・消費者契約約款等によって結局「敗訴者負担」を強いられることになりかねない。労働契約・消費者契約約款等の「敗訴者負担条項」により、司法アクセスが阻害されることになってしまうのである。この労働契約・消費者契約約款等の「敗訴者負担条項」は、司法アクセスの抑制に爆発的な威力を発揮しかねない重大な問題であり、緊急に問題点を明らかにしていくことが必要である。
今後の日程等
司法制度改革推進本部事務局は、「原則各自負担の合意論」を軸にとりまとめを行い、次回一二月二五日の司法アクセス検討会にペーパーを提出するとしている。事務局宛、「原則各自負担の合意論」の問題点を具体的に指摘していくことが緊急に求められている。
*検討会の議論状況・最新情報等については、司法制度改革推進本部のHPのほか、日本民主法律家協会のHPの敗訴者負担ニュースボードをご覧下さい。
埼玉支部 伊 須 慎 一 郎
1 団総会が終了して二〇日以上経過したので、現状を踏まえ、総会をふり返ってみます。
2 まず、一一月九日に行われた総選挙ですが、マスメディアを通じて、政権政党として、自由民主党と民主党のどちらを選択するのかという情報が氾濫した結果、憲法改悪、イラクへの自衛隊派兵の是非等、日本の将来、行く末に関わる重大論点が背後に隠れ、自民党と民主党にとって有利に働いたことは選挙の結果を見れば明らかです。平和憲法を守り、自衛隊のイラク派兵反対を掲げた日本共産党、社民党は、選挙運動の時点で敗北が決定づけられていたようなもので、実際、大幅に議員数を減らし、党としての存続自体が危ぶまれる状況にまで追い込まれています。
3 また、自衛隊のイラク派兵についても、一一月一二日にイラク南部ナシリヤで起きた爆発事件で、イタリア軍、警察官など少なくとも一八名がその尊い命を失いました。日本政府は、年内の自衛隊イラク派兵を早々に撤回し、国民の自衛隊イラク派兵に対する批判を封じようとしています。このような将来を見据えない場当たり的・日和見的な日本政府の発想こそ、若い自衛隊員、いずれは自衛隊員ではない国民の尊い命を奪うことになる危険なものであることを示してます。
4 総会に参加し、平和憲法を死守することは、弁護士としてのみならず、日本国民として重要な使命だと痛感しました。しかし、団で議論されているような私たちの未来に関わる重要な論点が、なぜ、現時点で、国民に広く浸透していないのでしょうか。私は、常々、こう思っています。平和憲法は世界に誇れるものであり、当然、守らなければならない、また、イラクへの自衛隊派兵は明らかに違憲です。正真正銘、真っ当な考えのはずです。しかしながら、有事法制反対のビラまきの時もそうでしたが、どうも周囲の反応がよくない。なぜだろう。団の内部で、議論し、考えを深めることは非常に大事です。しかし、団の考えは、国民の考えにはなっていないのではないでしょうか。団総会において、その考えを団の外部に幅広く伝えていくための具体的な組織化、活動については、議論がされていなかったと思われます。私たちの考えを広めていかなければ、その使命を果たすことはできません。総会を通じて感じたことは、いかにすれば、私たちの考えを広く国民に広め、その使命を果たすことができるのかということです。二〇〇五年には、自由民主党が憲法改悪に向けて動き出します。今後は、一日一日が非常に大切になります。皆さんで議論し、そして外部に向かって活動の輪を広めましょう。
大阪支部 愛 須 勝 也
私は、前日のプレ企画「これからの自由法曹団を考える」から参加した。この企画には、毎回参加してきたが、大阪支部では、これといった前進がないまま、東京での実践の報告を聞くだけで肩身の狭い思いをしながらの参加であった。今回は、支部総会で初めて、後継者養成問題についてまとまった時間をとり、支部全体の認識までもっていくことが出来たので、多少なりとも前向きに参加できたかなと思う。大阪でもようやく、学生ゼミを展望して、青法協主催で学習会を企画し、その宣伝のために、弁護士五人で大学の門前でビラ撒きをするという「画期的な」取り組みにまで至っている。また今後、第二弾の学習会も準備されている。
今回の会議では法曹人口の大幅増員の中で、意識的な事務所展開をしていくことの重要性が確認されたが、支部の議論の中でも、新人弁護士の採用を「欠員の補充」と見るような消極的な姿勢ではなく、もっと積極的に事務所を拡大する必要性があるのではないかという問題提起がなされた。その点で、地元福岡支部の積極的な事務所展開は大変示唆に富むものであったし、驚異的な内容であった。規模的に言えば大阪より小さな福岡で、なぜここまで積極的な事務所展開が出来るのか、強い関心を持った。大阪でも地域ごとに共同事務所が配置されているが、福岡の取り組みに比べれば、相当遅れをとっているということは認めざるを得ない。
また、若手を積極的に弁護団に誘い、若手が弁護団の中心になって活動している姿も衝撃的であった。修習生の時に福岡の弁護士のみなさんにお世話になったときも、そのバイタリティには感心させられたが、同期(五三期)の迫田さんが加入している弁護団の数を聞いてひっくり返ってしまった。半端でない。すごい。
このプレ企画は今回で終了ということであるが、今後は将来委員会が立ち上げられて、議論の成果を実践していくことになるという。 一連のプレ企画が、多くの新しい団員を迎え入れ、若い団員も古い団員もともに大変活気のある福岡支部で締めくくられたことは大きな意味があったのではないかと思う。そういった意味で大変実り多い総会であった。これでいい温泉があればいうことはなかったが、そこまで贅沢は言うまい。
神奈川支部 渡 辺 登 代 美
1 神奈川県議会で、「つくる会」の教科書採択制度改悪陳情可決
神奈川県議会に、九月二五日、「教科書を良くする神奈川県民の会」という「新しい歴史教科書をつくる会」派の市民団体から、教科書採択地区再編等を求める陳情が提出された。採択地区に関する陳情の趣旨は、(1)市については可能な限り単独の採択地区とすること、(2)政令指定都市(横浜市、川崎市)は、全市を一採択地区とすること、(3)町村など単独の採択地区とすることが困難な場合は、別途採択権者の権限と責任が明確になるように採択事務に関するルールを定め、あらかじめ公表すること。
この陳情は、一〇月七日に県議会文教委員会で可決され、県教育委員会に通知された。県議会レベルでは全国初だ。
次回の教科書採択は、小学校が二〇〇四年、中学校が二〇〇五年。「つくる会」は、これを視野に採択地区見直しの活動を旺盛に展開し出した。神奈川では、県議会に先立つ九月初旬、県議会と同趣旨の「つくる会」派の請願が鎌倉市教委と藤沢市議会で相次いで採決され、逗子市教委にも提出されている。今後も、全国各地でこのような請願・陳情が出されることが予想される。
支部幹事会では、「つくる会」の狙うもの、その本質などについて活発な討議がなされた。その中で、以下、神奈川支部の教訓。
2 地方議会の議員と日常的な交流を
これは要注意の新しい手法かもしれない。陳情は請願と違って、紹介議員も本会議での採決も要らない。文教委員会を握ってしまいさえすれば、極端な話、一切外部に干渉されずに教育委員会に恫喝をかけることができる。
実は、神奈川支部がこれを知ったのは、本部事務局の森脇さんが教科書ネットのMLから有事と教育のMLに転送した記事を渡辺が受信し、同じ事務所の篠原に印字して渡し、それが同じ事務所の藤田支部幹事長に伝わった、という経緯。それまで全く情報が入ってこなかった。しかし、これではいけない、と後で調べてみたら、何と、県文教委員会にちゃんと共産党の議員がいるではないか。
この問題然り、各地での生活安全条例の問題然り。地方議会の議員に全く問題意識がなくて、こちらに情報が伝わってこないケース、逆にこちらの問題意識が足りなくて議員の疑問を受け止め切れなかったケースが多々ある。地方議会では動きが早い。神奈川支部では、これまでにも考えてきたことではあるが、支部と地方議会議員との日常的な交流ルートを確保し、常に情報交換を行なうことの重要性を改めて痛感している。
東京支部 神 田 高
1 総選挙が終わった。毎日新聞一一月一二日朝刊の岩見特別顧問、岸井編集委員、松田論説委員の座談会を興味深く読んだ。「自民vs民主・政権選択選挙」を煽った張本人たちの事後評価である・・。
―まず、全体の印象から。
(岩見)まあ、たぶんにテレビ選挙ですからね。
(岸井)底流は二大政党へ向かって流れている。
―民主党躍進の原動力は。
(岸井)政権選択選挙の仕掛けだと思うんです。「自分の一票を死に票にしたくない」と考える無党派層や共産、社民の票が、これで相当、民主に流れたんじゃないかな。
(松田)ただ、マスコミ全体が民主党に下駄を履かせた面もある。・・未熟、お粗末過ぎると思う。
(岸井)(改革路線に)自民党と民主党の違いはないんですよ。原則的なところは大きな違いがない。
―投票率が低かった(五九・八八%)ことは。
(岩見)今回の選挙は「どちらでもいい、どっちにしようか、こっちは…」と迷う層が増えたのが特徴だ。民主党は無党派層を迷いの段階に転化させた功績〔!!〕がある。その結果、棄権者が増えて投票率が伸びなかった。低投票率が嘆かわしいことであるとは言えない。投票率は六〇%あれば十分だ〔!〕。それで民意はだいたいでる。
―選挙報道について。一週間前にメディアがそろって「自民党優位」の世論調査を出したが。
(岸井)(劣勢の民主党に投票する)アナウンス効果はやっぱりあったと思う。
(岸井)メディアが「二大政党、政権選択」と意図的に報じたのは少数意見を抹殺する陰謀だ、という共産、社民の批判に答えないといけないんじゃないか。
(岩見)少数意見というのはそれぞれの党内で消化するテーマで、少数政党がなければ少数意見が生かされないということではないんじゃないかな。
★(寸評)発言者は、アナウンス効果を予定し、「政権選択選挙」を有権者に煽ったことを自白し、もともと基本政策に違いのない「二大政党」の選択に迷いを生ませ、投票率を下げさせることになったことを「成果」という。民主主義は「二大政党」の枠に入るものだけでよいという訳だ。岸井は社会(有権者内)の「少数意見」の抹殺を問題視するが、岩見は問題をわざと逸らしている。これで「社会の木鐸」なのかと呆れるが、その仕掛け人が「財界」であることは公知の事実なのに三人とも黙秘している。社会的ペテンである。
ここから、いよいよ「政権選択選挙」の本質である「改憲問題」に進むが、毎日の名誉のため、一一月四日朝刊一面「衆院選 私の見方」での牧専門編集委員の「隠された争点は改憲」を紹介する。―権力は「嘘つき」だ。二〇〇三年秋、権力の「嘘」は目に余る。マニュフェストという嘘。二大政党時代到来という「嘘」。政権を取るためには「何でもあり」の離合集散。中曽根さんは権力を失い驚くほど「正直」になった。「憲法改正のための選挙じゃないか」「護憲勢力を一掃するための選挙」と何故言わない、と叫んだ。今回の選挙は改憲準備選挙である。
★(寸評)全くそのとおり。しかし「争点」を隠す主犯格となった新聞の弁明は、アリバイ造りとうがってしまう。再び座談会へ。
(岸井)憲法改正はこの一、二年の間に加速するだろう。
(岩見)憲法はこの選挙では鮮烈なテーマではなかった。共産、社民を除き、既に実質的な改憲合意ができている。
―憲法改正をきっかけとする「〇五年体制」、ありえるか。
(岩見)民主党主導となれば面白い。
2 東京新聞一一月一三日朝刊では、慶大の小林良彰教授が「二大政党制」に根本的疑問を投げかけている。
「二大政党制は今後加速していくが、おかしいと思う。結局、どこまで民意をくみ取れるのか。例えば憲法の問題では、必ずしも二大政党では集約できていない。今の選挙制度には疑問を感じる。」
若干の良識ある記事は見られるが、メディア、大新聞、テレビを中心に、全体として体制翼賛的報道が大勢を占め、国民をペテンにかけている。ここで、改めて、丸山眞男の日記の言葉を思い出すー「知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリストの転向からはじまる。テーマは改憲問題」(自己内対話・みすず)。改憲問題とは戦争のことである。第二次世界大戦後、大新聞各社は、侵略戦争への加担の責任を痛苦に反省したはずの宣言を出している。例えば、朝日は「真実の報道、厳正なる批判の重責を十分に果たし得ず、…国民をして時代の進展に無知なるまま今日の窮境に陥らしめた罪を天下に謝せん」として(加害面が弱いが)、「常に国民とともに立ち、その声を声とするであらう」とし、「あくまで国民の機関たることを」宣言している。他社も同様のはずである。
メディアはこの誓いを果たしたか。丸山の日記には「He who do-es not learn the past is doomed to repeat it.」との詩人の言葉が記されている。真摯に過去に立ち向かおうとしない権力者たちは、必ず国民を侵略へと駆り立てる。丸山は日記を残して世を去ったが、われわれはただ見ているだけではいられない。
東京支部 鈴 木 亜 英
1 ナショナル・ロイヤーズギルド(NLG)のミネアポリス総会(一〇月二二日〜二七日)に参加したのを機会にミネソタ大学のロースクールとウィリアム・ミッチェル法科大学を訪問した。訪問したのは菅野昭夫国際問題委員長、藤原真由美と私である。教授や学生と懇談したり、意見交換するなどして人権に関わる弁護士をどう育てていくかを学んできた。今回はマサチューセッツ、アリゾナ、カリフォルニアに続く四回目の調査となった。
ミネソタ州は米国中北部にある人口四六〇万人の農業州であり、一万ともいわれる多数の湖が有名である。ミネアポリス及びセントポールはミシシッピー河を挟んで隣接するツインシティであるが、両市の圏内には二七〇万人が居住するというが緑が多くどことなくのんびりしたところでもある。二回にわたって報告したい。
2 滞在ホテルの目の前にあったミネソタ州立大学は職員が待遇改善を求めるストライキ中で、ピケットが張られていた。スト破りはできないからといって教授らは学外で私たちに会ってくれた。
(1)私たちがまず会ったのはデイビッド・ワイスブロット教授である。教授は国際人権活動に従事、国連人権組織とも深い関係をもち、グアンタナモの囚人の弁護を学生たちのサポートを得て数人の弁護士たちとやっている。大学では不法行為法、移民法を受け持ちながら、人権法も教えている。大学の人権法には人権法一般、アメリカ大陸人権法、国際刑事法、女性の人権、ニュールンベルグ裁判、ヨーロッパ人権法があり、七五〇名のロースクール学生のうち、人権法関連の科目を受講する学生は五分の一だそうである。人権法を受講した学生のうち、フルタイムの人権弁護、例えばILOで働いたり、移民弁護士となるのはわずか数人だそうである。
大多数は企業のための法律分野に就職するというが、その多くがボランティアとして人権活動にも従事するというから、「数人」という数字にあまり悲観することはなさそうである。ミネソタ州では、アムネスティ・インターナショナルとかミネソタ人権擁護機構といった人権NGOのために六、七百人の弁護士がその活動に加わっているが、その多くが企業弁護士のボランティアであり、多くの法律事務所がこの活動に寄附しているというから、それはそれで大きな力である。企業弁護士と人権弁護士のボーダーが日本ほどはっきりしていないのである。このことは法曹一元のもと、将来裁判官になってゆくためにも、公益的活動に従事した経験や実績が重要というアメリカの法曹制度とも関連しているようである。後にピーター・アーリンダー教授に聞いたところ、こうした人権NGOの守備範囲にはもともと限界があるが、真面目な活動なので、NLGはその連携を大切にしているそうである。
人権法のクリニカルコースで政治亡命と人権弁護を担当しているワイスブロット教授は「アメリカでは公益活動の重要性については伝統的支持がある。ロースクールに入学する学生の約半数はそうした関心を抱いて入学するが、卒業後も関心をもち続けるのは一〇乃至二〇パーセントではないか」、「人権法(ヒューマンライツ、シビルライツ)は多くの州では司法試験科目ではない。人権法を多くの学生に真剣に学ばせるためには、これを司法試験科目にすることが必要なのだ」と述べた。
(2)続けて会ったのは大学で法曹倫理とクリニックを担当しているモーリー・ランズマン教授である。
ロースクール一年生のうちは基礎科目が中心であるが、二年生になると臨床的な科目や社会的不正義に関するコースが選べるという。教授はそうしたことを具体化するために三つのことにかかわっているという。
ひとつは、ミネソタ・ジャスティス・ファウンデーション(MJF)の活動である。二〇年前に学生自身によって設立されたというこの団体には学部や弁護士も参加しており、学生たちに社会的不正義に関心を抱かせる活動をしている。
ふたつ目は、カリキュラムの中にそういう科目、例えば貧困者のための法、DV法、国際人権法などを設け、教えることだという。
三つ目は、クリニック教育を行うことだという。クリニック教育は一九六〇年代に学生たちの進歩的な運動として要求され、これが受け入れられ各州の最高裁が弁護士の指導の下で学生にも弁護士と同じ活動ができる規則を設けたといういきさつがある。
ランズマン教授のところでは学生が離婚・家庭内暴力・移民法・所得税トラブル等の相談、破産申立、刑事法収容者の民事事件の援助などの諸活動に従事しながら、貧困や社会的不正義に関心を抱くようになっているという。アメリカのロースクールは今でも教官の主流は論文や判例評論といった学者的な仕事が中心で、弁護士の実務を重視する人は少数だという。しかし、NLGの会員でもあるランズマン教授は学生に社会的関心を抱かせ、かつ技術を修練させるにはやはりクリニックは最適なものだと強調した。
ミネソタ大学にはNLGの支部があり、ランズマン教授はそれに関与している少数の教官のひとりだそうだ。教授は学生の経済的な困難が悪化していると心配する。授業料は公立で年一万四千ドル、私立では年二万四千ドルで、このほか年に二、三千ドルの諸費用がかかり、これがすべて学生の借金となる。対策としては奨学金と公益活動従事者に対するローン支払免除だが、これも十分ではないらしい。これが、学生たちの初志を奪いとる最大の敵となっているというのだ。(続く)
福岡支部 永 尾 廣 久
福岡県のなかの辺境の地である大牟田に事務所を構える私が、福岡県弁護士会の会長そして日弁連の副会長になれたのは、本当にありがたいことでした。本年三月までの日弁連副会長としての一年間をふり返って一冊の本(花伝社、二一〇〇円)にまとめてみました。全国の団員の皆さんにも、ぜひ買ってお読みいただければ、と思います(読んだ人はなかなか面白かったと言ってくれますが、三六〇頁もあって、思ったようには売れません)。
□ 日弁連副会長として
平日は東京にいて、日曜日にやっと自宅で過ごせる。そんな生活を一年間ずっと送っていました。
日弁連の正副会長会は、毎週ではありませんが、ほぼ2週に1度、朝から夕方まであります。絶えず司法改革をめぐる最新情報が大量に集中してきます。膨大なボリュームなので読むのも大変でした。正副会長会で議論を煮詰めておかなかったテーマは、2ヶ月に3回の割合で開かれる日弁連理事会で必ず紛糾します。
日弁連理事会は朝10時から夕方5時ころまであり、実質的な審議がなされます。といっても討議すべき案件がいつも山積しているため、実は毎回、時間不足のため執行部に一任せざるをえないところがあります。そこで、正副会長会での審議が実は日弁連全体の方針を決定しているといっても過言ではありません。
□ 権力機構と日弁連
私が日弁連執行部に入ってもっとも身近に見聞できて良かったことは、三権分立という司法、立法(とくに自民党)、行政(首相官邸と法務省などの中央官庁)の拮抗関係と政策決定過程を垣間見たことです。官僚の優秀さと、その豹変ぶりも直接体験しました。彼らも、司法の分野では日弁連を無視できないと考えており、日弁連執行部の動向には細かく気を配り、絶えずコンタクトをとって情報交換につとめています。そのなかで、トップシークレットの情報が流れてきますが、会長と総次長どまりで副会長には情報が来ないということにもなりがちです。情報が一般会員にまで流れるのは困るというのが理由です。極秘情報を知らされると、知らされた人はそれを大切に思いがちになります。つまり、取りこまれる危険が生まれます。これが最終案だ、もはや変更の余地はないと伝えられた法案の案文が、一夜たつと全面的に書き換えられていたということも体験しました。日弁連正副会長会で強い異論が続出したことが伝わって官僚の側で手直ししたのです。また、自民党の有力議員の一言で法案の内容(表現)が変わったこともありました。
マスコミ幹部との懇談の場にも出席して、世論形成過程の一端も知ることができました。権力者といえども世論は無視できません。大新聞の論説委員と膝をまじえて懇談し、日弁連の主張を説明します。彼らは、最高裁や法務省とも強いコネをもっていて、日常的にコンタクトをとっています。日弁連の主張に理があると思えば、それが社説や解説記事となって反映します。理がないと思ったら鋭く反論されてしまいます。
司法改革は、最終的には立法化されるものですから、政権党である自民党や与党である公明党への働きかけを日弁連執行部は重視し、いろんな手だてを講じてアプローチします。朝八時からの議員会館での勉強会に私も二度ほど参加しました。国会議員がこんなに勉強しているのかと驚嘆しました。政治は決して夜の赤坂からだけですすんでいるのではないのです。しかも、その勉強会には、決していわゆる御用学者ばかりが呼ばれるのではありません。その道の権威だということであれば意外な人も招かれています。そして、なるほどと思うと、それを取りいれる柔軟性もあります。自民党の若手議員が中心となってまとめた行政訴訟の改正提言は、そうやってできました。
自民党議員などとの懇談を通じ、また、自民党議員の政治資金パーティーやセミナーに参加し、大企業と国会議員との政策とお金の両面での親密な関係(はっきり言えば癒着)も実感で分かりました。
(次号に続く)
東京支部 齊 藤 園 生
最近、ちょっと趣味的に「画家もの」映画をよく観ている。「フリーダ」、「アララトの聖母」、「ポロック」。どれも画家をあつかった物語なのだが、中でも「ポロック」は二〇世紀中盤に画壇に登場し、ヨーロッパ中心の画壇をアメリカ中心に置きかえたといわれる画家、ジャクソン・ポロックの生涯を描いた作品。ポロックなんて知らないぜ、という方も多いでしょうが、絵を見たら、「ああ、どっかで見たことある絵だ」くらいに思うでしょう。正直私もこの人の名前、知らなかったです。
ポロックは若い頃は、アルコール浸りの売れない画家。ある展覧会で、新人画家として紹介され注目を浴び、同時に女流画家リーと知り合い同棲します。ポロックは元々、精神不安定(というか、極度の躁鬱だろうなあ)のうえ酒浸り(というか、完全なアル中)、社会生活上はとてもじゃないが付き合い切れない奴なのだが、リーは彼の才能を認め、ひたすら彼の制作活動を援助する。その支えの中で、キュービズムのような絵を描いていた彼が、次第にフォルムをなくし、色鮮やかな流線の重なりのような絵、ついには絵の具を垂らして、その絵の具の動きで表現するような画風を確立し、画壇の寵児となる。しかし、ここが彼の壁。さらなる作品を生み出せず、アルコールと女に走り、愛想をつかしたリーの旅行中、殆ど自殺に近い形で四四歳の若さで事故死する。
主演・監督のエド・ハリスが実にいい。私は「スターリングラード」のナチの将校役といい、「ザ・ロック」のテロリスト役といい、以前から実に存在感のある、名脇役だと思っていたが、この映画でも実にいい。純粋で社会にとけ込めない天才画家を、魂が乗り移ったように演じている。構想一〇年以上をかけ、自分自身もポロックになりきるため絵を勉強したというのだから、もう納得である。そして自身も画家でありながら、誰よりも早くポロックの才能を見抜き、時には保護し、時には突き放し、ポロックの制作をひたすら支援した妻リー。彼女がいなかったら、おそらくポロックは世に出なかっただろう。このリーをマーシャ・ゲイ・ハーデイが演じ、見事彼女はアカデミー助演女優賞を得ている。そしてエドとマーシャ、実生活でもこの二人は夫婦である。どうりで波長が合っていたわけだ。
これは画家の人生というよりも、強固な信頼関係で結ばれたある夫婦の物語。秋の夜長に芸術家チックな気分になって、人生を考えたい方におすすめです。