<<目次へ 団通信1192号(2月21日)
小部 正治 | NTT企業年金の減額申請却下と「裁判」 |
竹澤 哲夫 | 横浜事件第三次の再審公判で「免訴」の判決、請求人側控訴 |
増田 尚 | 雇用促進住宅問題 〜民間開放・「効率化」を理由に入居者追い出し |
富永 由紀子 | アメリカの民衆の弁護士が追った「えひめ丸事件」 |
森 真奈美 | 書評「えひめ丸事件 語られざる真実を追う」 |
後藤 富士子 | 「代用監獄廃止」を実現しよう |
東京支部 小 部 正 治
企業年金の切り下げが強行されいくつもの裁判が取り組まれているなか、〇六年二月一一日の新聞で厚生労働大臣が「OB企業年金 NTTの減額認めず」と報道され阻止した事例が実現した。東京合同・坂弁護士とともに取り組んだ裁判の側面から報告する。
一 受給権者の切り下げの手続・要件
NTTの適格退職年金制度は退職金の一部(二八%)を原資とするものである。NTTは〇四年四月、適格退職年金から規約型確定給付企業年金へ移行し、受給権者に対して給付引き下げを〇五年四月から実施することをめざして手続きを始めた。
NTTは確定給付企業年金法施行規則第六条「給付の額の減額について、受給権者等の三分の二以上の同意を得ること」に沿って〇四年九月以降同意書面の徴収を開始し、同法第五条に過半数組合又は過半数労働者の代表の同意を得た上で厚生労働大臣の承認が必要とされているので、その承認申請を〇五年一月と策定していた。
さらに、同施行規則第五条では、引き下げの規約改正を行うには、「実施事業所の経営の悪化により、給付額を減額することがやむを得ないこと」(二号)又は「給付の額を減額しなければ掛金の額が大幅に上昇し、事業主が掛金を拠出することが困難となると見込まれるため、給付の額を減額することがやむを得ないこと」(三号)のいずれかの客観的要件を充たすことが必要と規定されている。
二 攻勢的裁判の取り組み
引き下げに対抗する裁判の依頼が来た。NTTの元職員で組織し通信産業労働組合も支援するという。弁護団は「厚生労働大臣の承認がなされればそれに対する処分取消の行政訴訟が提起できる。減額されれば、NTTを相手に差額請求訴訟も取り組むことができる。」と説明をしても当事者は納得しない。「受給権者の三分の二以上が同意し厚生労働大臣の承認が出た段階では、既に引き下げ反対運動の大勢は決しており、それから裁判を提起しても所詮は負け戦というイメージになってしまう」という声が相次いだ。その結果、「NTTは厚生労働大臣に減額の承認申請をしてはならない」との差止め訴訟を行うこととした。この時期にNTTを被告に据え、企業年金の切り下げの違法性・不当性を告発する訴訟として位置づけた。その後に想定された承認処分取消し訴訟や差額請求訴訟への契機になればとも考え、〇四年九月六日、原告二八五名で東京地方裁判所に訴えを提起した。
法廷は、原告及び傍聴者で満員になり、毎回原告が減額に反対する意見陳述を行った。
リストラの中でNTTを退職し子会社に就職している受給権者が全受給権者の半数以上も存するが、同意書を提出しない者だけを対象とし子会社の職場における上下関係を利用して期限を定めて全員に提出するよう求めた実態を告発した。退職していた受給権者には、NTTが資金を出して元労働組合幹部や元上司などと業務委託契約を結び、元の組合員・部下の自宅を訪問させるなどして有無を言わせず同意書を提出させ、しかも同意者が増えるごとに相当額の歩合が支払われることも告発した。すると、NTTは同意書を撤回するシステムを公表し受給権者が撤回の申し出をすれば認めざるをえなくなった。
差止め訴訟は翌〇五年九月八日、想定どおり原告らの差止め請求を認めない判決が出された。しかし、この訴訟は企業年金引き下げ反対の運動を展開する上で大きなインパクトを与えた。NTTは〇五年一月に予定していた厚生労働大臣への承認申請をこの判決が出される〇五年九月まで行うことができなかった。毎月一四万人の受給権者が平均一万円の減額をされるはずであったので〇五年四月から九月までの半年だけでその単純合計額は八四億円であると原告らは説明する。この裁判は、厚生労働大臣・NTTにも大きな動揺を与えたと思う。緒戦の勝利であり控訴する必要はなかった。
三 厚生労働大臣の承認却下に関して
実は却下するかもと期待はしていた。その理由は、NTTは〇四年の決算では七一〇二億円にのぼる純利益を計上し第二位の位置を占めたこと、〇五年四月から一二月までの生命保険会社の企業年金運用の利回りは一九・五%という過去最高で年金財政が改善していること、あおぞら銀行では厚生年金基金であるが受給権者の減額の認可は困難であると断念したこと等である。
新聞によると、NTTの減額申請理由は、「(1)NTT東日本と西日本の二〇〇〇〜〇四年度の当期利益が平均六五〇億円の赤字となった。(2)将来の年金試算の運用利回りが現在の見込みを下回るため、年金の掛け金が上昇する」としたのに対して、厚労省は「〇三年度、〇四年度の当期利益は一〇〇〇億円前後の黒字となり急激に経営状況が改善していたほか、年金資産の運用利回りも見込みを大きく上回っていた。」として却下したという。減額の客観的要件である施行規則第五条の二号と三号の要件をいずれも充たしていないという常識的な判断だと評価できる。
受給権者の既に確定的な権利として発生している受給権の引き下げは安易に許されるべきでない。契約の一方当事者による契約内容の変更(就中相手方の権利の引き下げ)は、企業倒産やこれに準ずるような場合でなければ許容されないという法の原則から当然である。「企業年金の教室」を著した河村健吉氏の「厚労省が企業の損益を考慮して減額の妥当性を判断したのは大きな前進だ。制度変更時点より前の既得権を維持するのが欧米の常識で、日本でも安易な減額は慎むべきだ。」との談話が新聞に載せられている。
日本経団連が労使、受給者との合意があれば、理由を問わず減額を認めるよう政府に要望していたが、極めて不当である。不同意を明確にしている受給権者にまで減額という不利益を課する必要性・合理性はない。NTTの年金はさまざまなバリエーションが選択できる個別的な制度であり、画一的・集団的な処理は不要である。同法施行規則等にも、同意した人だけを減額の対象とする手続きを是認する規定も存するのである。
もともと再審開始確定後の再審公判であるから、判決主文が免訴か無罪かに限られている横浜事件再審公判である。事件ねつ造の全体像を明らかにし、残忍な特高の拷問を認定し、記録、判決書等を焼却、滅失した司法の責任と反省をこめた無罪判決が期待された横浜事件第三次再審請求事件にかかる治安維持法違反被告事件について、横浜地裁第二刑事部は二月九日午後一時三〇分、免訴の判決を言渡した。判決言渡しに際して弁護団が入手できたのは、「判決要旨(報道機関用)」とある書面だけであった。
弁護団は判決言渡し後、再審請求人との連名で発した声明で、再審の経過、その中で明らかにされた拷問、その拷問による自白を唯一の証拠とする有罪判決の証拠構造等が抗告審決定で具体的に明確に確定され、さらに再審公判の公開の法廷で確認されているにかかわらず、免訴を言渡すことは再審の理念及び目的にも反し、違法であるとした。声明は結論として、「本件判決は、実質的に見て、検察と一体となって横浜事件の隠蔽を図ったものといえ、特高警察と検察の言うがままに違法な確定有罪判決を言い渡した横浜地裁の行為への反省の姿勢は微塵も見られない不当な判決であるといわざるを得ない。我々は、かかる不当判決には到底承服できず、ただちに控訴の手続きをとる。」とした。
二月一〇日、弁護団は東京高裁宛ての控訴申立書の提出を済ませた。判決全文の交付を受けた後、改めて判決の検討を深め、無罪に向けて歩を進めたい。
団通信一一八六号にてお知らせしたとおり(松本恵美子団員の「雇用促進住宅の廃止明渡問題に関する市民問題委員会開催のお知らせ」)、一月二五日、団本部において、雇用促進住宅の事業廃止をめぐって、全国借地借家人組合連合会や、神奈川、静岡、大阪、大分など当該住宅の入居者らとの意見交換が行われました。
雇用促進住宅問題とは
意見交換では、まず入居者から、雇用促進住宅の事業廃止についての政策の推移が報告されました。
雇用促進住宅とは、もともと、閉山によって離職を余儀なくされた炭鉱労働者に対し、移転と再就職を支援するために設置された住宅で、その後、職業安定のために住居を確保するために、職業安定所(ハローワーク)でも入居あっせんを行うようになりました。事業主体は、独立行政法人雇用・能力開発機構です。促進住宅は、二〇〇五年一一月末現在、一五二一住宅・一四万四五四四戸で、うち約二割が炭坑離職者及びその家族となっています。
政府は、この間、いわゆる「民間開放」を促進する観点から、独立行政法人の「見直し」作業をすすめていますが、「特殊法人等整理合理化計画」(二〇〇一年一二月一九日閣議決定)において、雇用促進住宅事業について、できるだけ早期に廃止し、三〇年間で全住宅を売却するなどの方針が決められました。そうした中、全国の雇用促進住宅で、地方公共団体や民間への譲渡が検討され、そのために現入居者に立ち退きを迫る動きが広がりました。定期借家契約への切り替えなどのほか、耐震性がないことを理由に取り壊しを持ち出し、入居者に不安を与えています。
しかし、炭坑離職者は、長年にわたり住み慣れた住居を離れることは困難であり、また周辺に適切な公営住宅がなく、居住環境が大きく引き下げられる立ち退きには、応じることはできません。また、立ち退きに際して支払われる「補償金」はわずかに二〇万円であり、新居の引っ越しすらままならない低廉な金額です。このような「涙金」で、居住の権利を奪う雇用・能力開発機構のやり方に批判が集まっています。
一方、規制改革・民間開放推進会議は、第二次答申(二〇〇五年一二月二一日)の中で、雇用促進住宅の事業廃止を三〇年かけるという方針でも不十分であると批判し、平成一八年度中に検討し、具体的な結論を得るよう要求しています。その上で、次のとおり、雇用促進住宅の事業廃止の計画を明らかにしています。
「現在、雇用促進住宅については、老朽化し、又は機能的に陳腐化しているものもあり、これらの建物の資産価値は極めて低く、賃貸による運用によって適切な収入を確保することは困難な場合もある。このため、民間事業者等の知見・ノウハウを活用しながらできるだけ早期に譲渡・廃止する。具体的には、従来の地方公共団体への譲渡という方法に加え、例えば、更地にすることを前提に、まず現在の普通借家による契約関係を解消し、速やかに跡地を民間等に一般競争入札で売却する。その際には、公営住宅等の入居基準を満たす入居者については、所在地の地方公共団体に協力を求め、当該団体が管理する公営住宅等への入居等を図る。生活保護世帯については、退去に伴い、別の住宅への入居に必要となる住居費の給付としての住宅扶助制度の活用を図る。それら以外の入居者については、他の同等の所得の世帯の多くが民間賃貸住宅に市場家賃で入居していることとの衡平を勘案すれば、これまでに一定の受益をしてきており、民間普通借家における正当事由制度や、それを前提とする立退き料の考え方以外の考え方がありうることから、移転促進のための適切な給付の基準を定め、借家契約の解約による明け渡しを求める。
また、土地の最有効使用に資する築年次の新しい住宅については、民間事業者等の知見・ノウハウを活用しつつ、例えば、建物を引き続き使用することを前提として、現在の普通借家関係を解消する等により、速やかに総収益を最大化するよう土地・建物全体を一体として、又は個別住居ごとに民間等に一般競争入札等により売却する。
このように、財界は、雇用・能力開発機構の保有する土地を更地にして、デベロッパーに売却して有効活用させよとあけすけに要求しており、そのために早期に、入居者との「普通借家による契約関係を解消」(解約明渡や定期借家契約への切り替え)するよう迫っているのです。また、解約にあたっては、これまで低額な家賃で居住できたのだから、賃借権・居住権の補償としての立退料も低額でかまわないという暴論まで披露しています。
こうした「入居者追い出し計画」ともいうべき第二次答申について、政府は、答申の出された翌日に、「最大限に尊重し、所用の施策に速やかに取り組」み、本年度末までに、「規制改革・民間開放三か年計画」の再改定をするとの閣議決定をしました。まさに、「官民一体」となって、入居者の生活や居住権を奪う雇用促進住宅つぶしです。
全借連などの運動
次に、入居者側から、事業廃止による立ち退き工作への対応状況が報告されました。
雇用促進住宅の入居者は、住宅ごとに自治会を組織しており、それらの連合体である全国連合会は、この間、厚生労働省や議員などを精力的に訪問し、こうした「雇用促進住宅つぶし」を批判しつつ、入居者の「住み慣れた家で暮らし続けたい」という権利の実現のために奮闘されています。
また、全国借地借家人連合会も、こうした雇用促進住宅入居者と連携して、各地の住宅での運動や全国的な取り組みを支援しています。
大阪府八尾市の別宮(べっく)住宅では、八棟全部を二〇〇八年三月までに取り壊すとの計画が明らかにされました。八尾市も、財政難を理由に雇用促進住宅を譲り受ける意向を示しておりません。また、市内には公営住宅が少なく、受入先は、現住宅から遠く離れた場所にあるため、ほとんどの入居者は、取り壊し計画に承服しておりません。
また、大分市の戸次(へつぎ)住宅では、二棟が耐震性がないと診断され、他の八棟への転居を要請されています。しかし、公共性の高い集合住宅で耐震性がない設計・建築がなされたとは考えにくく、また、耐震性がないなら、なぜこれまで放置されてきたのか疑問であり、「耐震性なし」との根拠は明白でありません。また、耐震性診断の基礎データについても、住民に開示されません。いわば「逆耐震偽装」によって、入居者の不安をあおり、低廉な補償金での立ち退きを迫ろうとしているのではないかとさえ考えられます。
いずれにせよ、単なる老朽化・陳腐化では、解約申し入れの正当事由があるとは認められないというべきでしょう。
自由法曹団への要望
その上で、入居者側からは、「効率化」を錦の御旗に、いっそう事業廃止のスピードアップが懸念される状況のもとで、自由法曹団に対し、法的問題点を明らかにする意見表明や、雇用・能力開発機構が法的手段を採った場合のサポートなどについて、要望がありました。
自由法曹団としても、雇用促進住宅問題は、民間開放・「効率化」を口実にして、入居者の居住権を破壊する一方で、自らの利権を確保しようとする財界の要求の一つのあらわれであり、こうした新自由主義的横暴と断固たたかうこと、各住宅ごとの問題や住民の不安に対しては、各地の団員を通じて相談に応じること、意見表明については二月の常任幹事会で検討することなどを回答しました。
全国の団員のみなさま方におかれましても、雇用促進住宅問題について、入居者の居住権を擁護し、新自由主義の横暴と対峙していただきますよう呼びかける次第です。
市民問題委員会では、今後も、雇用促進住宅問題や、耐震構造設計偽装問題、コンビニ・FC問題、金利上限引き下げ問題など、市民生活にかかわる様々な問題を取り上げていこうと考えています。市民生活や消費者問題に興味・関心のある若い世代の団員の参加をお待ちしております。 次回委員会 |
二〇〇一年二月九日、ハワイ・オアフ島沖の海上で、米原子力潜水艦グリーンビルに衝突され沈没した、愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」。当時乗船していた生徒・教師・乗組員計三五名のうち、九人が犠牲になるという大惨事だった。
事件後、米海軍は査問会議を開き、ワドル元艦長らを処分。NTSB(米国家運輸安全委員会)も事故原因を分析し、昨年一〇月に報告書を提出している。しかし、「あんな広い海で、最新鋭の原子力潜水艦がえひめ丸に衝突したのはなぜなのか」―そんな遺族の当然の疑問に、これらは到底応えるものではなかった。
本書は、事件から五年を経た今、膨大な資料分析をもとに、改めて「えひめ丸事件」の真相に迫ろうとしている。ナショナルロイヤーズギルドの元議長のピーター・アーリンダー弁護士と、そのパートナーで元新聞記者の薄井雅子氏の共同作業からなる筆は、冒頭から読者をぐいぐいと惹きつけてやまない。
本書の構成は、大きく二つに分かれている。
まず最初に語られているのは、事故の直接的原因と、その背景にあるアメリカの戦争政策との錯綜した連関である。事件発生間もないころから弁護団とともに活動し、特にワドル元艦長来日にあたって大きな役割を果たした二人は、米海軍やNTSBなどが収集した資料のみならず、ワドル元艦長らから直接聞き取った事実も織り交ぜ、生々しく実態を浮き彫りにしていく。考えられないような怠慢・ミスの連鎖の背景には、当日搭乗していた多数の特別招待客の存在があったこと。そして、この「特別招待客ツアー」が、広い意味では国家の軍事政策に、狭い意味では個々の士官たちの昇進に影響を及ぼすという、いわば政治力学に満ちたものであり、だからこそ、この事件が軍事裁判にもかけられず曖昧なまま幕引きされようとしたこと。このあたりは、ピープルズ・ロイヤー(民衆の弁護士)として長く活動しているアーリンダー氏の、まさに本領発揮ともいえる展開である。
続いて本書は、視点を日本国内に置き換え、重大な問題提起をする。すなわち、えひめ丸では、漁獲高を稼ぐために「舷門」(漁獲物の取り入れ口)が水面すれすれに設けられた結果、生徒らの居住空間が水面下に配置されて避難しにくい構造になっていた。こうした構造上の問題をはじめとした「漁獲偏重主義」がもたらした弊害が、今回の被害を拡大したことは否定できない。その意味でも、実習航海の運営責任主体であり、かつ、教師や乗組員の雇用主である愛媛県自身、本件について責任を追及されうる立場にあったのである。にもかかわらず、愛媛県は被害者らに対し、県自らが選任した弁護士に依頼するよう働きかけた。そしてまた、県を代理した弁護士も、利害相反になることを知りつつ、被害者の代理人となったのである。
アーリンダー弁護士は、二〇〇一年四月に行われた米海軍と愛媛県主催の「説明会」に先立ち、宇和島に行って被害者家族と対面した。同氏は、当時から右に述べたような利益相反の事態を重く受け止め、これによって第二の悲劇が起こることを、なんとしても止めたいと思っていたのである。同氏は言う。「アメリカの戦争政策とその能力は、日本の政権による支持と援助によってなりたっているという、この関係こそが、えひめ丸事件の真実を隠蔽し、日本の被害者・家族の利益をないがしろにする原因なのだ」と。
このような事件に直面したとき、弁護士としてなすべきことは何か―。民衆の弁護士としての極めて重要な視点を、本書は与えてくれる。
えひめ丸事件と出会って早五年。高知県で行われた団の五月集会で、ご遺族寺田亮介さん・真澄さんの悲痛の訴えを聞いて、「何かしなければいけない」と、夢中で走り出したあの頃。親として訴え続けるその姿は、何よりも力強く、衝撃的で心揺さぶられました。
ピーター・アーリンダさんは、この本で書いています。
「真の平和をつくるためには、普通の人々≠ェ、ときには自分の国の政策に反しても、みずから行動を起こす事が不可欠なのだ」と・・・。
みずから行動を起こした被害者のご家族。その心の傷の深さを目のあたりにして、「自分もなにかが・・・」と、もう一歩踏み出す勇気をもった「普通の人々」がたくさん生まれた事。私もその一人だった事。
そんな大袈裟な事でなくても、アーリンダさんの言う「普通の人々がみずからの行動を起こす事」それが、平和を作っていく原動力につながるのだと、大きな共感を得ました。そして、アーリンダさんとパートナーである共著の薄井さんは、この本を書き上げ出版するという行動で、とても立派にそれを実践されたのだと思います。 薄井さんの訳は、人柄を感じさせる暖かさがにじみでていて釘付けになりました。
アーリンダさんとの日米文化のやりとりも、興味深く新鮮なものでした。
この本は、アーリンダさんらが公表された査問会議報告書やNTSBによる関係者の事情聴取録など段ボール五箱分の資料を精査して執筆されたと、いいます。
調査報告書が触れなかった重大事実の解明と米海軍の思惑が、詳細に書かれています。又、愛媛県の「利益相反」を厳しく指摘し、同じアメリカ人の責任として被害者への説明にご尽力された事、地元宇和島でご奮闘・ご苦労された団員井上正美弁護士のいちはやい行動力・法的センスの鋭さがまずあり、そしてそれを周りで支えるえひめ丸被害者弁護団の多彩な専門分野とネットワークの広さを物語る部分が紹介されています。
被害者の願いであった、ワドル元艦長の宇和島謝罪確定に、私達支援者が行った「愛媛新聞」意見広告運動が背景にあった事が特筆されている部分を読み、大変うれしい思いがこみ上げました。
一 「監獄法」改正の現段階
昨年成立した「刑事施設及び受刑者の処遇に関する法律」(以下「受刑者処遇法」という。)により、明治四一年に制定された「監獄法」は失効したが、所謂「既決先行」立法であり、「未決」についての法改正は、今国会に上程されることになっている。「既決先行」立法になったのは、行刑改革会議の答申も既に出て、速やかに法改正がなされるべきことは歴然としていたが、一方で、「未決」については「被逮捕者問題」「代用監獄問題」など難問があり、簡単に決着がつきそうもなかったからである。
この「既決先行」立法(すなわち「未決切り離し」)を巡って最大の問題になったのは、「代用監獄」に関する条文である。法務省側は、「監獄法のうち受刑者の部分だけ抜き出そうとすると、残りの部分について立法技術上それなりの手当をしなければならない」として、監獄法の一部(未決部分)改正を附則第一五条で行い、題名を「刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律」(以下「被告人収容法」という。)とし、同法第二条に旧監獄法一条三項の代用監獄規定をそのまま残す一方、受刑者処遇法第三編補則第四章に「警察留置場」という章を新設し、一四六条から一五一条までの六ケ条を置いた(この条文は、警察庁が起案して挿入したものだという)。これに対し、日弁連は、「代用監獄については現状を一切変えない」という約束を、法務省だけではなく、警察庁からも取り付けて、受刑者処遇法案の国会提出に同意した。
しかしながら、受刑者処遇法第三編補則第四章「警察留置場」の規定は、旧監獄法には存在しなかったものであり、「立法技術上必要な手当」ではないことは明らかである。また、受刑者処遇法は既決部分の監獄法改正なのだから、せめて既決については代用監獄を廃止すべきであったにもかかわらず、日弁連は「代用監獄については現状を一切変えない」という約束を取り付けて、受刑者についても代用監獄規定を存続させたのである。これでは、「代用監獄漸減・廃止」どころではない。受刑者処遇法に既に「警察留置場根拠規定」が入っているのであり、警察は「お目当て」を手に入れたのである。
二 「施設管理運営」による拘禁権限の奪取
「代用監獄問題」として語られてきたのは、起訴前の被疑者取調に身柄拘束が利用されることの弊害であった。日弁連が、既決の代用監獄規定について、殆ど意に介さなかったのも、そのためと思われる。
しかしながら、明治四一年に監獄法が制定されたときの刑事訴訟法では予審制度をとっていたから、代用監獄は「捜査官(=予審判事)が身柄を管理する」という機能をもっていたわけではない。むしろ、純粋に監獄不足に対する法的手当だったのであり、既決については自由刑の執行であるから、「但懲役又ハ禁錮ニ処セラレタル者ヲ一月以上継続シテ拘禁スルコトヲ得ズ」と配慮されている。戦前、広範に行われた警察官による身柄拘束の状態での取調は、刑訴法外の、行政執行法による「検束」や、違警罪即決令による「拘留」が、捜査目的のために利用ないし濫用されたものであった。そして、このような事態の改善は多年の懸案であり、戦後の刑訴法改正にあたって原動力となったという(松尾浩也「刑事訴訟法・上(補正第二版)」弘文堂六〇〜六二頁)。
それでは、戦前の「警察による暴虐」は、戦後、どのように改革されたのであろうか?
これを考えると、まず、警察権力は司法の世界に存在しているものでないことが自覚されなければならない。戦前の暴虐は、警察が独自に身柄拘束する権限を刑訴法外で有しており、しかも自前の拘禁施設=留置場を持っていたことによって可能になったのである。 これに対し、戦後は、警察は、刑訴法外で身柄拘束する権限を与えられていないし、刑訴法上も逮捕権限だけで、未決勾留は警察の権限ではない。しかも、逮捕は令状主義によって司法的コントロールの下に置かれている。そうしてみると、現行法制下で「身柄拘束を取調に利用する」事態は、専ら代用監獄により事実上もたらされていると言える。
この分析を前提にすると、警察が欲しているのは「未決勾留の執行業務権限」であり、それは「勾留施設」に付随しているという論法をとるのであろう。換言すると、警察が未決拘禁について何らかの法的権限を手にすることができるとすれば、自分の管理する留置場を提供することによるほかないのであり、それ故に「監獄法」という施設法の改正に際し野望を実現しようとするのであろう。「留置施設法」は、その証左であった。
三 代用監獄廃止への道程
警察留置場は、明治四一年に制定された監獄法によって「代用監獄」とされたものである。制定時には、「拘置所を増設して、代用監獄に収容する例を漸減させる」旨の付帯決議がなされている。しかるに、二〇〇四年の統計によると、未決拘禁の九八・三%が警察留置場で行われ、拘置所はわずか一・七%にすぎない。一九七一年には拘置所収容は一八%強であったというから、拘置所が増設されることなく、警察留置場が増設された結果であろう。いずれにせよ、戦後も、監獄法制定時の付帯決議と逆コースを辿ったのである。
このような「代用」と「真正」とが逆転している現実を前にすれば、拘置所を増設する方向で代用監獄を廃止することは絶望的である。しかも、現実の代用監獄は、警察署から独立した大規模留置場など、現象は拘置所と同じである。それ故に、「警察留置場で問題ない」とする議論が出てくるが、他方で、「拘置所と同じなら、なぜ警察なのか?拘置所にすればいいではないか」という本質に迫る議論が浮上する。ここに、代用監獄廃止のヒントがあると思われる。
前述したように、受刑者処遇法で警察留置場の規定が置かれている。しかし、現実に既決囚の自由刑執行を警察留置場で行っている例は聞かないから、既決について法律上、代用監獄を廃止することに何の障害もない。したがって、受刑者処遇法第三編「補則」第四章「警察留置場」(一四六条〜一五一条)を削除すれば足りる。
他方、未決については、拘置所を増設する方向は絶望的であることを踏まえると、警察留置場を「拘置所の代用」ではなく「真正拘置所」にすることである。すなわち、「警察留置場移管法」により、代用監獄を法務省の管轄に移管することによって、代用監獄を廃止するのである。したがって、「未決拘禁法」には、「『警察留置場移管法』により代用拘置所がなくなるまでの間、警察留置場を代用拘置所とする」旨の規定を置き、別途、「警察留置場移管法」を策定するのである。
日弁連の対応姿勢は、法務省の後追いであって、監獄法改正立法のイニシアティヴを取ろうともしない。代用監獄を刑事施設として格上げしようと目論む勢力や、そこまでいかなくても代用監獄として存続させようとする勢力に、代用監獄廃止法というべき法案を起案してもらおうなどと考える者はいないはずである。また、「代用監獄廃止」のスローガンが単なるお題目でないのであれば、どうして廃止法案を起案できないのか。日弁連の現状は、「起案できない」という以前に「起案しようとさえしない」というもので、「刑事拘禁制度改革実現本部」は看板に偽りあり!というほかない。
心ある弁護士の奮起を願ってやまない。