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藤木 邦顕 自民党憲法改正国民投票法案の新たな問題点
松村 文夫 医療・福祉での成果主義、不当と判断
豊野病院・労働委員会命令
米倉  勉 日本航空九〇七便ニアミス事故事件
―システム性事故における管制官の責任について、無罪の判決
笹本  潤 グローバル九条キャンペーン フランス・スイス訪問 九条の実現は国際連帯で!
萩尾 健太 国際法の流れと憲法前文・九条擁護の意義




自民党憲法改正国民投票法案の新たな問題点

大阪支部  藤 木 邦 顕

 自民党憲法調査会は、四月一二日に憲法改正国民投票法案の骨子案を発表した。今回の骨子は、自民党がメディア規制などについて譲歩してできるだけ民主党との合意を得るためのものと報道された。しかし、今回の自民党案は形を変えたメディア規制をするとともに、国民の運動を抑圧し、改憲派の宣伝のみをまき散らす意図を持ったもので、改善というには当たらない。

 第一に、国会の発議から国民投票までの期間を六〇日以上一八〇日として、その間に周知広報をはかることが提案された。その広報に関する事務は、国会議員の中から選任された衆参同数の委員で構成する憲法改正案広報協議会で行うという。しかし、その委員は各会派の所属議員数をふまえて選任するとあり、各議院の三分の二以上を占める改憲派が周知広報の権限を手にすることとなる。しかも、この広報協議会が作成する国民投票公報は「憲法改正案、その要旨および解説、憲法改正案に対する賛成反対の意見その他の事項」を掲載するとあり、周知公報といいながら改憲案の宣伝を目的とするものである。

 第二に、メディア規制をはずしたとされているが、「新聞社、通信社、放送機関その他の報道機関は虚偽の事項を報道し、又は事実を歪曲して記載するなど表現の自由を濫用して国民投票の公正を害することのないよう、報道に関する基準の策定、報道に関する学識経験を有する者を構成員とする機関の設置など自主的取組みにつとめる」として報道機関の自主規制を求めている。公選法に準じて虚偽報道・メディア不正利用の処罰を掲げた前回案をトーンダウンさせたというものの、放送法・新聞倫理綱領からして当然である虚偽報道などの規制をことさらにとりあげ、読売・産経も加入する新聞協会や民間放送連盟など通じて護憲の運動・論説をメディアに登場させない自主規制ルールを作ろうとするものである。業界の自主規制によった方が権力的介入よりも規制が徹底すると考えたのであろう。

 第三に、政党などによる意見の放送や新聞広告が無料でできるとしているが、この意見放送・広告については、先の広報協議会が基準を定めることになっている。候補者数に応じて時間枠がことなる公選法の政見放送の例からすれば、無料放送・広告は会派の議員数に比例させることも十分可能である。ここでも改憲派の放送広告が圧倒的な量となる。

 第四に、骨子案は憲法改正案に関する有料の意見広告放送は可能という前提で投票期日の七日前からこれを禁止している。テレビ・ラジオの有料広告利用をするのはもっぱら経済界の後押しを受けた改憲派であろうが、その広告も国民投票への関心が集中する投票日前七日間は逆に禁止されるという。これでは選挙前に選挙運動を禁止しているようなものであって、全く合理性がない。

 第五に、以上のように改憲派が広報の権限を握り、圧倒的に改憲の宣伝ができるようにする一方で、広汎な国・地方の公務員や教員の地位利用運動が禁止されることは従来の案のとおりである。

 昨年の一一月に欧州で国民投票制度の視察をした自民党議員の中に、国民投票というのはこわい制度だという感想があったという。そのためにメディアを消極的に規制するのではなく、積極的に利用するという発想が生まれ、今回の提案となったのであろう。国民投票法案が改憲への重要なステップであるととらえるとともに、改憲派の宣伝のみを可能にする仕掛けが新たに作られようとしていることを指摘したい。


医療・福祉での成果主義、不当と判断

豊野病院・労働委員会命令

長野県支部  松 村 文 夫

 賛育会は、東京・静岡の他に長野県豊野町に病院、特養老等を有しておりますが、二〇〇〇年四月職能給を導入して来ました。豊野病院労働組合(医労連加入)は、その導入に反対して、二〇〇一年三月労働委員会に不誠実団交等を理由に救済申立をしました。

 従前は、国家公務員の医療職給与表を準用しておりましたが、新賃金体系では、基本給が年齢給と職能給だけとなり、取得資格をほとんどみないものとなっております。職能給は、各職員がたてた目標の達成度を査定して決めるというたて前ですが、実態は各級の号俸が少なく、数年すると最高号俸に達し、昇格(昇級)しないと頭打ちの状態が続くことになり、その昇格は目標達成度よりは管理職の評価が重視されるというものです。

 目標設定・個別評価は、チームワークで成り立つ病院・福祉の現場に混乱を与えます。また、前記した新賃金体系のために有資格者でも長年勤めても頭打ちとなってしまいますので、ベテランがやめてしまうことになりました。

 長野県労働委員会では、四年間に二八回の証人調を経て、三月一六日に命令を出しました。

 新賃金体系について既に実施されていることなどを理由にせずに誠実に団交することを命じました。理由において、新賃金体系が種々労働者に不利益を及ぼし、問題点があることを認定しました。

 労働組合にとっては、この命令が職能給の撤回を求めて団交を重ねる足がかりができたと評価しております。

 本件では、形式的な団交は行われておりました。また、「働きに応じた賃金支給」という抽象論だけですと、なかなか有効な反撃ができません。

 そこで、「長年ねばればボロが出て来るはず」として、ねばり強い証人調を続けました。法人側は、当初は、減額分のたなあげなど不利益を目立たないような暫定措置をとり続けましたが、段々とできなくなり、ボロが出始めました。

 種々の問題点を団交で追及し、まともに答えないことを、地労委審理で追及し、その場での「証言」をまた団交で追及することになりました。

 これによって問題点とともに不誠実団交ぶりを明らかにすることができました。

 審理と同時進行の団交のテープ反訳や職場で発生したことを次々と書証として出し、甲号証は七七〇号、乙号証は三六七号証にもなりました。

 その結果、基本給が最高一九万円、多くが二、三万円も減額となること(しかし、暫定処置により緩和されている)を明らかにすることができ、命令でも認定されました。

 成果主義評価、給料体系変更は医療・福祉の分野にも及んで来ています。これに対して、医労連の話でも、真向うから争ったのは、本件が初めてとのことですが、前面勝利の命令をかちとることができました。

 長野県は、長年にわたる提訴も含めたねばり強い闘争の結果、田中知事が労連系の労働者委員を選任しましたが、その影響もあって、労働委員会では、先日の鷲見団員が報告した高見沢電機事件も含め、連勝しています。

 担当は、内村修団員と私でしたが、私がカッカして尋問するのに対して内村さんはさらりとした尋問でポイントを稼ぎ、良いコンビでした。


日本航空九〇七便ニアミス事故事件

―システム性事故における管制官の責任について、無罪の判決

東京支部  米 倉   勉

一 管制官の起訴

 二〇〇〇年一月三一日に、焼津付近上空で日本航空機同士のニアミス事故が発生した。私は、この事故について業務上過失致傷罪で起訴された、両機の管制業務を担当していた訓練中の管制官と訓練監督者の弁護を担当していたが、東京地方裁判所刑事第一一部は二〇〇六年三月二〇日、両名とも無罪の判決を言い渡したので、その意義をご報告したい。

二 事件の状況

 事件の概要を紹介すると、羽田空港を出発して那覇空港に向かって上昇中のJL九〇七便と、釜山空港から成田空港に向かうJL九五八便(巡航=水平飛行中)が、焼津付近上空のほぼ同高度で交差する状況になった。そこで訓練生は、巡航中の九五八便を降下させようという意図の下で過って九〇七便に降下の指示を発し、同機は降下の操作を開始した。なお訓練監督者もこの間違いに気付かなかった。ところがこのころ、機体に搭載された「衝突防止装置」(TCAS)が接近を感知し、両機に回避指示(「RA」)を発した。両機に発せられたRAは相互に調整されており、九〇七便には上昇、九五八便には降下の指示であったが、九五八便はRAに従って降下したが、九〇七便は上昇のRAとは逆方向に降下を継続した。そのため両機がともに降下して急接近するに至り、九〇七便が衝突を回避するためにさらに急降下した際、多数の乗客が負傷したというものである。

三 無罪判決の内容

 争点の第一は、注意義務違反の存否である。すなわち、主観的に便名の言い間違いがあったとしても、客観的になされた「九〇七便への降下指示」によって、事故の危険があったのかどうかである。実際には九〇七便の降下によっても、巡航を続ける九五八便との間に一〇〇〇フィート以上の垂直間隔が取れるはずで、事故の危険はなかった。

 ところが、事故当時この高度では、国土航空局が定める「管制方式基準」では二〇〇〇フィートの管制間隔を取るべきものとされており、検察官はこの管制方式基準の規定が業務上過失致傷罪における注意義務の内容をなすという理解の下、九〇七便への降下指示は注意義務違反にあたると主張した。行政法規の定める規定をもって、形式的に刑法上の注意義務とするのである。

 しかし判決は、「管制方式基準上の義務と業務上過失致死傷罪における刑法上の注意義務とは、必ずしも一致するとは限らない」とした上で、次のように判示した。すなわち、管制方式基準所定の管制間隔は、ある程度の許容範囲を見込んで設定されていること、二九〇〇〇フィート以下の高度においては一〇〇〇フィートの垂直間隔であること、洋上空域では二九〇〇〇フィートを超える高度でも一〇〇〇フィートの垂直間隔であること、二〇〇五年九月以降、二九〇〇〇フィートを超える高度においても一〇〇〇フィートの垂直間隔に縮小されたこと、公判廷で証言した機長らはいずれも一〇〇〇フィートの高度差をもって交差する場合には危険を感じない旨供述していることなどを理由に、九〇七便への降下の指示は、「乗客らの負傷という結果を発生させる実質的な危険性のある行為と認めることはできない」として、注意義務違反を否定した。

 第二は予見可能性の有無である。本来安全確保のためにあるTCASであるが、本件事故は、皮肉にもTCASの作動によって引き起こされたといえる。RAの指示内容が管制指示と矛盾した場合に依拠すべき準則が、各種の規定上十分に明確でなく、乗員らに周知されていなかったため、九〇七便のパイロットは、上昇はかえって危険という判断の下で、RAと逆方向の降下を継続した。この判断の理由は、高々度で降下の操作から上昇に転じることによる上昇性能の不足=失速の懸念にあったが、RAの指示によって上昇操作をしても上昇性能に心配はないという技術情報が乗員に伝えられていなかったことも、この判断の原因であった。判決は、RAが発せられた場合に、その一方がRAと逆方向に回避操作をすることや、その結果両機がともに降下していくことによってニアミスに至ることは予見し得ないとして、過失を否定した。

 第三は因果関係の存否である。判決は、以上のとおりである以上、両機の急接近による傷害の結果は、被告人の行為後に介在した予見できない事情による結果であるから、相当因果関係がないと判示した。

四 判決の意義

 この事故は、いわゆる「システム性事故」の典型である。この事故の原因は上記のとおり、TCASの運用をはじめ、管制・航空機側を含む複雑・大規模な航空機運航システムの中に存在する複合的なものであった。このような事故において、事故の直近に位置した個人の責任だけを取り上げて処罰することは誤りである。本件の事実関係においては、管制官にもパイロットにも個人的な刑事責任は認められない。むしろ真の事故原因であるシステム上の不備を改善することこそが事故の再発防止に必要であって、事故防止の観点からも、個人の責任を無理に追及することは有害無益である。

 本件では、このような基本的な視点の上に立って無罪の主張がなされていたところ、裁判所は弁護人の主張をほぼすべて認めて無罪を言い渡し、さらに判決は、この事故において個人の刑事責任を問うことは適切ではないと判示した。このようにして判決は、システム性事故における事故防止と刑事手続のあり方について正しい方向性を示す、画期的なものとなったと評価しうる。とはいえ、検察官は本件を控訴したので、無罪確定までさらに全力を尽くしたい。

 なお本件は、埼玉支部の鍛冶伸明団員、愛知弁護士会の藤井成俊弁護士、全運輸所属の現職管制官が特別弁護人として、そして私の四名が弁護にあたった。


グローバル九条キャンペーン フランス・スイス訪問

九条の実現は国際連帯で!

東京支部  笹 本   潤

 三月一八日から二六日にかけて、国法協(日本国際法律家協会)の会員を中心に「グローバル九条キャンペーン」の第一弾・ヨーロッパ訪問を行った。今回のツアーの目的は、日本の憲法九条について国際的世論の支持を得ていく上での交流と対話だった。フランスのパリと地方都市での集会やスイスのジュネーブでの国連人権委員会や国際的NGOとの交流など充実したものになった。

 参加した団員は大阪の梅田団員、藤木団員、私の三名、総勢六名の参加だった。

二 フランスでの対話

 フランスでは国際民主法律家協会のローラン・ヴェイユ弁護士が、地方集会や平和団体との懇談会をすべてセットしてくれた。ヴェイユ弁護士は八七歳と高齢であるが、非常にエネルギッシュで、携帯電話で話しながら次の会場の手配をしたり、自動車を自分で運転して私たちの送り迎えをしたり、メールのやりとりはもちろんホームページの作成まで手がける、演説すれば拍手喝采の元レジスタンス闘士だ。そのようなスーパー弁護士のお膳立てでフランスだけで一〇以上の集会・懇談会を設定することができた。私たちがフランスにいた時期はちょうど二六歳以下の解雇自由法案に対する労働者・学生たちのデモのまっただ中で、見に行ったソルボンヌ大学は大学閉鎖がなされていた。大学封鎖は六〇年代以来らしくそのようなフランスの歴史的場面にも遭遇することができた。

 ある革新市議会での懇談会では、昨年の日本のヒロシマ・ナガサキの原水禁大会に出席した人たちが参加した。彼らはヒロシマに行くまでは原爆の被害について知らなかったし、日本に憲法九条があるということも知らなかった、それが被爆者と会い原爆の被害を知るようになると、自国フランスが核兵器を保有し核実験を国民にあまり知らせていない態度がおかしいと思うようになったと言う。そして日本では憲法九条があるおかげで核兵器を保有していないことを知るとフランスにも憲法九条のような憲法を持つべきと考えるようになった、と感想を語ってくれた。また、別の参加者は、フランスは現在アメリカのように軍事費の支出が多くなってきている、日本では九条があるおかげで軍事費の支出が抑えられ、他の研究分野に回されていることを知ると、フランスも是非そのような憲法を持ちたい、と熱く語ってくれた。

 日本からの訪問を待っていましたとばかりに熱く語る彼らの姿を見て、九条の生命力の強さを感じることができた。

三 ジュネーブでの国際的NGOとの対話

 ジュネーブは国連人権委員会のあるところであり、政府関係者だけでなく国際的なNGOも多数事務所を持っている。三月一五日、国連総会で人権委員会から人権理事会へ組織変更する決議がなされた。アメリカは人権侵害国の参加を排除するよう画策して反対したが、結局アメリカの反対を押し切って可決された。アメリカによる決議延期のおかげで私たちがジュネーブに着いた三月二四日はまだ最後の人権委員会の会議は開かれておらず傍聴はできなかった。

 ジュネーブには六〇くらいのNGOが入っているNGOビルがある。国際的なNGOであるIPB(国際平和ビューロー、一九一〇年にノーベル平和賞受賞)を訪れた。事務局長コリン・アーチャー氏は、IPBで現在取り組んでいる国連憲章二六条キャンペーンとグローバル九条キャンペーンを一緒に取り組もうと私たちに提案した。国連憲章二六条とは、人的・経済的資源の軍事目的への転用を最低限に抑える原則のことである。ヨーロッパでは、イラク戦争やそれに協力する政府に対して国連憲章を守れという運動を展開している。国連憲章二条の武力行使禁止の原則もその重要な一つだ。

 憲章二六条のキャンペーンは、世界には自然災害や病気などで経済的援助が必要な人が何億人といて、その一方で軍事費はどんどん増えてそこでも多数の人が亡くなっている。お金の使い方を抜本的に変えて軍事費を庶民の生活に回そうという運動を世界的規模で行うのが二六条キャンペーン。軍隊を持たないという憲法九条により軍事費の支出が抑えられ、他の分野に経済力を傾けられる、そういう憲法九条と憲章二六条は相通じるものがあるというのである。ヨーロッパで九条キャンペーンを広げていく上では、ヨーロッパの課題に見合った訴え方をしていかなければならない。私たちはアーチャー氏のこの考え方に賛意を表明した。

四 九条を「守る」ことと九条を「実現する」こと

 今回のヨーロッパ訪問で一番の収穫だったのは、憲法九条を「実現」していくことに対して手応えを感じることができたということだ。

 九条を「実現していくこと」と九条を「守る」ことは違う。九条は戦後六〇年、自衛隊の創設により本来の規範性は崩されたが、海外での武力行使の禁止や自衛隊を軍隊として正式に認めさせないなど最低限の規範性を発揮してきた。仮にそのような規範性を維持させて海外での武力行使を許さない闘いが九条を「守る」ことだとしよう。

 しかし、自衛隊を縮小廃止していくことや軍事費を縮小していくという意味での本来の九条の規範力を復活させることを目指す取り組みが九条を「実現していくこと」なのかと思う。前述のヴェイユ弁護士はこう言った。「九条は世界に先駆けて自分から武器を捨てるという宣言。それに他の国が応えていかなければ非武装の世界は実現しない。今直ちに九条に応える国際署名をしなければならない。」と。九・一一事件で武力による紛争解決に歩み出し、イラク戦争まで起こしてしまった国際社会。そのような流れを食い止めて武力によらない紛争解決、武力に支出しない経済生活を作り上げていかないと本当に世界は破滅してしまう。このような日本の憲法九条二項に課せられた非武装・非軍事の理念の実現に対して国際的なサポートをするという発言を聞いたのはこれが初めてだった。九条の実現のためには日本だけでなく国際連帯が必要、これが今回の訪欧で一番強く感じた点だった。ヴェイユ弁護士は二〇〇八年の九条世界会議にももちろん来ますと約束してくれた。

 「最低限の輝かしい規範性を発揮している九条二項」と「規範性を発揮できていない九条二項の実現」。後者の国際連帯運動の力が大きくなり、世界中に既成の事実となっていけば、「理念と現実のギャップ」といわれる「理念」がユートピアでなく現実性を持ってくるのではないか。九条二項の規範性をいかに発揮させていくかという視点でこれからの国際連帯を進めていきたい。

五 今後のこと

 今回のヨーロッパ訪問の参加者は、この紙面だけでは書ききれないほど多くの「九条体験」をしてきた。詳しくは国際法律家協会の報告集を見ていただくとして、団員のみなさまにも今後のグローバル九条キャンペーンに是非一度は参加してほしい。日本の平和勢力が外国に訴えれば必ず反応が返ってくるのがこれまでの経験である。

 アジアのグローバル九条キャンペーンもまだ始まったばかりであるが、ヨーロッパでとは全く違った反応が返ってくる。GPPAC金剛山会議の報告(団通信一一九五号参照)でも述べたように、東北アジアは冷戦構造が残存しており九条を実現していく上では最も困難な地域であることには間違いない。しかし突破するカギはヴェイユさんが言ったような国際連帯の考え方なのではないか。アジア市民の強固な連帯があればきっといつかは突破できる課題だと信じている。

 今後は、六月二三〜二八日にはカナダのバンクーバーで世界平和フォーラムが開催される。そこでもグローバル九条の企画が開催されることになっている。「バンクーバー九条の会」という九条の会が活躍している。アジアやヨーロッパからの参加者も多数参加する予定である。

 二〇〇八年には日本で九条世界会議を開催し、そこで九条を支持する多くの海外参加者を招待する。それまでの間各国を行脚して海外に九条支持者を増やしていく予定である。


国際法の流れと憲法前文・九条擁護の意義

東京支部  萩 尾 健 太

一 戦争の反省

 一九四六年一一月、長期にわたる残忍な侵略戦争の反省に立って公布された日本国憲法は、前文に以下のように規定している。

 「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることの無いようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」

 二度にわたる戦争の惨害は、世界人民共通の体験であったから、一九四五年に制定された国連憲章は、その前文に日本国憲法と同様に以下のように規定した。

 「我ら連合国の人民は、我らの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、・・国際の平和および安全を維持するために我らの力を合わせ・・ることを決意し・・我らの努力を結集することを決定した。」

 国連憲章と同様の理念に立つ憲法前文を自民党案のように改廃してその理念を放棄することは、侵略者・敵国としての汚名を雪ぎ「我らは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」と宣言した国際主義の放棄であり、戦争の惨害を体験した世界人民への裏切りである。日本は国連憲章上、第二次大戦後六〇年経っても未だに「敵国」であり、さらに戦争の反省を捨てれば、永遠に「敵国」から脱却できないだろう。

二 武力行使の禁止

 また、国連憲章は、以下のように規定する。

 「第一条【目的】国際連合の目的は、次のとおりである。

 1 国際の平和および安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止および除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争または事態の調整または解決を平和的手段によってかつ正義および国際法の原則に従って実現すること。

 第2条【原則】

 4 全ての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」

 これは「武力行使禁止原則」と呼ばれる。近代ヨーロッパでは、戦争そのものは違法とされず、戦争手段についての法的規制=戦争法が発展した。しかし、機械化・総力戦であった第一次世界大戦はかつてない惨禍を生じ、世界の人々は、戦争自体を違法として規制しなければ、と考えた。そこで一九一九年の国際連盟規約は、全ての国際紛争を裁判や理事会の審査に付することを連盟国に義務づけ、一九二八年のパリ不戦条約第一条は、「国家間の紛争の解決のために戦争に訴えることを非とし、かつ彼ら相互間の関係において、国家政策の手段としての戦争を放棄する」と宣言した。それが第二次世界大戦の痛苦の体験を経て国連憲章に結実したのである。

 前記の文言は憲法九条一項と似ている。憲法九条は戦争違法化の流れ、武力行使禁止原則という同じ思想に経ったものだと言える。

 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」

 違うのは、「慎む」ではなく「放棄する」となっている点である。小森陽一教授が強調しているが、二項で交戦権の否認、戦力不保持を規定していることと関係がある。国連憲章が武力行使による集団的安全保障措置と自衛の為の武力行使を認めているのと、この点で日本国憲法は異なっている。

三 国際法と戦力不保持

 この二項は、世界の流れの先端を行く先駆的なもの、と評価されてきた。そのことは勿論だが、しかし、この二項もまた国際法の流れを受け継いだものだと言える。

 前述の戦争法は、一九世紀のヨーロッパの諸条約によって形作られた。一八九九年のハーグ平和会議の際、陸戦について規定したハーグ規則は「交戦者は害敵手段の選択につき、無制限の権利を有するものにあらず」と規定し、防守都市とそれ以外の無防守都市を区別し、無防守都市に対する攻撃または砲撃を禁止した。「戦時海軍力を持ってする砲撃に関する条約」も、敵海岸の無防守地域に対する砲撃を禁止した。ハーグ空戦規則案は空中爆撃が軍事目標に対して行われる場合にのみ適法であるとした(軍事目標主義)。第二次世界大戦は「銃後」も協力する総力戦となったが、英、仏、米、独、日ともに軍事目標のみを攻撃することを建前としていた。

 第二次大戦中には、自ら軍事目標でないことを宣言する「無防備都市宣言」を行い、戦火を免れた都市もあった。一九四〇年のパリ、一九四一年のマニラ、一九四三年のローマである。マニラでの宣言を指導したのは、後にGHQを統括したアメリカ・フィリピン軍司令官ダグラス・マッカーサー大将であった。

 日本国憲法九条二項の「戦力不保持・交戦権の否認」は、上記の「無防備都市宣言」の発展の中に位置づけることができる。

 ただし、「無防備都市宣言」が戦争のルールとしての戦争法によるものであるのに対し、九条二項は、それを武力行使禁止原則を前提とし、国家全体の宣言に止揚させてその質を転換させたものであり、先駆的・画期的意義があると言えよう。

 その転換を日本にさせたのは、国連と異なり侵略者であったことへの反省と、悲惨な被爆体験であった。芦田均憲法改正案委員長は帝国議会で「全面的に軍備を撤去し、全ての戦争を否認する」のは世界を「原子爆弾」による「文明の壊滅から救わんとする理想に発足する」と説明している。

 以上から前文の「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって・・・」との文言は、戦争法=国際法を遵守するという「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」「戦力不保持・交戦権の否認」によって「我らの安全と生存を保持しようと決意した」という「無防備国家宣言」と理解することができる。

 そして、「われらは、全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」「何れの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」との前文は、「在外自国民保護の自衛権」と称し「自国のことのみに専念して」東アジア各国を侵略し国際連盟をも脱退したことを反省して、「全世界の国民」とりわけ日本に侵略された人民の平和生存権を認めたものであるから、上記の宣言は、世界各国とともに被侵略人民に向けてられたものと言える。

 従来自らの安全確保のためになされてきた「無防備都市宣言」とはこの点でも質の転換があると言えよう。

 そうした国際的宣言であることからすれば、前文や九条を被侵略国人民の賛同を得ずに改定することは、道義的に問題があると言えよう。

 一九七七年、ジュネーブ条約第一追加議定書五九条は、「無防備地区宣言」を行った地区に対してはいかなる攻撃も禁止されることが明確に規定された。

 勿論、太平洋地域最大の米軍基地が置かれ、自衛隊が存在する現状では、日本はおよそ軍事攻撃を免れる「無防備国家」とは言えないが、九条二項は「高い理想」であるのみならず、上記の実際の経験と国際法の原則に裏付けられた現実性ある内容を有していることは強調されるべきである。

 なお、現代戦では軍隊は有効ではない。イラクでも、パレスチナでも、正規軍ではアメリカやイスラエルに到底対抗できなかったが、民衆の抵抗は今も不屈に続いている。(ただし、イギリス帝国主義がインド亜大陸で試験済みの植民地支配の鉄則=宗教による人民離反・同士討ち政策をアメリカも用い、内戦という形で実現してしまっているのは不幸なことである。)

 憲法改悪反対運動では、現状の自衛隊を認め明文改憲には反対する人々とも共同すべきことは言うまでもないが、九条二項の国際的意義と完全実施の展望も確認しておかねばならない。

四 アメリカの主張する自衛権と正戦

 九条改憲の意図として大きいのは、アメリカの先制攻撃戦略への協力である。アメリカはこれを先制的自衛権と称して正当化している。二〇〇二年九月の「国家安全保障戦略」では、「脅威が我々の国境に到達する前に特定し破壊する。米国は、国際社会の支持を得るために努力を継続する一方、必要であれば、単独行動をためらわず、先制攻撃を行う形で自衛権を行使する」と明言した。

 この先制的自衛権は、国際法上否定されていない。権威ある国際法の教科書であるエイクハースト=マランチェク著「現代国際法入門」(成文堂)には「国連憲章五一条の起草者が近年の歴史の教訓を忘れ、・・・『国は自己防衛の積極的措置をとる前に侵略者の一撃を待つべきである』と主張することは、まずあり得ない」と述べる。しかし、「厳格に制限された例外として」のみ認められるとする。具体的には「差し迫った危険」の要件による制限である。

 ところが、「国家安全保障戦略」は「我々は差し迫った危険の概念を改めなければならない」としており、より広汎な「先制的自衛権」を提唱していた。勿論、この論理は国際社会には認められていないが、アメリカでは一定の支持を受けていた。

 民党流の改憲により日本が協力を求められる「集団的自衛権の行使」には、こうした「先制的自衛権の行使」も含まれる危険がある。

 注意すべきは、アメリカは自衛権以前の正戦との主張をも用いて攻撃を正当化していることである。

 正戦とは、近代国家成立以前のヨーロッパで用いられた正義の戦争は正当化されるという観念だが、コソボ紛争の際のユーゴスラビアへのNATO軍の攻撃の時、「人道的」介入は正当化されると主張され、学者はこれを「正戦論への回帰」と指摘した(安藤泰子「国際刑事裁判所の理念」)。

 アメリカの国際法学者リチャード・フォークはアフガニスタン報復戦争を「第二次世界大戦後、最初の正戦」と称し国際法上の正戦として正当化した。

 イラク戦争に際してもブッシュ大統領はその演説の中でイラクの民主化・解放を戦争の目的の一つとしてあげていることから、正戦論に立つものと言える。

 しかし、正戦か否かの判断はアメリカ大統領の恣意に委ねられるのであり、国連による安全保障システムひいては国連憲章と相容れない。

 こうしたアメリカの「先制攻撃」への協力を目的とする改憲は、「全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」との見地とは正反対に、アメリカと「日本」の「安全と利権」のために、諸国民の生存を脅かす行為である。阻止しなければならない。