<<目次へ 団通信1226号(2月1日)
四国総支部 井 上 正 実
一 宇和島はこれから先は線路がないという四国は西南端の過疎地。戦後、最長期の好景気と言われる中で、最近では債務整理と家事事件しかないこの土地柄である。一人弁護士の当事務所は法曹過疎地の診療所の役割を担い続け、専門的知識が乏しいままにあれこれの事件を幅広く処理せざるを得ない事務所となっている。
そんな事務所でも、とんでもない事件に出くわし、自分の薄っぺらな知識ではとても処理できなくなると、専門知識を持ち合わせている気配の法律事務所に無遠慮にも電話をし、法律相談や事件処理のお願いをするのが、これまでの私の処理の在り方であった。
二 専門的な知識もない市井の弁護士として、全国各地の自由法曹団員の諸先生方の援助を請い、何とかごまかし的にも事件の処理を行なってきた。
1 弁護士になりたての頃、ゴミを燃やした場合にどんな有害物質が発生するかも分からないままに、無謀にもゴミ焼却場建設差止仮処分事件を引受けてしまった。公害についての知識もなくオロオロしてあれこれの情報を集めていたところ、私の出身地である福岡県久留米市の嫌悪施設についての第一人者である馬奈木昭雄弁護士と接触ができ、馬奈木先生の助言を受けて全国にも稀なゴミ焼却場建設差止を認める判決を勝ち取ることができた。
2 交通事故の被害者が小学校の女子児童であったとき、判例時報を調べているうちに被害者代理人の石川量堂という奈良の弁護士名が分かり、その事務所に電話をかけて、被害者代理人の石川先生が自由法曹団の団員であることが分かった。石川先生からは、女性の逸失利益に関する文献を快く送ってもらい、事件処理の援助をしてもらうこともあった。
3 当地の選挙弾圧事件では、大阪の宇賀神直先生から闘うべき弁護士の姿勢についても直接のご指導を仰ぎ、結果としては苦々しい判決を受けることになった。
団通信でその事件の事件報告を行なっていたところ、東京の上条貞夫先生から「正月で暇だったから事件報告を読ませてもらった」ということで、先生の苦い経験も踏まえたうえでの長文の激励の手紙を受け取ることもあった。
4 ハワイ沖で米原子力潜水艦に撃沈された宇和島水産高校の実習船「えひめ丸事件」が当事務所に舞い込み、手持ちの事件処理すらおぼつかなくなっていた折に、保険金請求事件についての新聞記事を読み、判決を下した名古屋地方裁判所に電話をかけ、「原告代理人の氏名と電話番号」を問い合わせ、労災事件の大御所である名古屋の水野幹男先生と知り合うことができた。
見ず知らずの水野先生からは、単に自由法曹団員の弁護士からの援助というだけではなく、遠くは宇和島の地まで頻繁に足を運んでいただき、苦慮していた保険金請求事件を助けてもらうことがあった。保険金請求事件の解決後も、その時の縁から労災事件や過労自殺事件をも先生と一緒に仕事をさせてもらっている。
三 この度、当地で子供の虐待を巡る事件が発生した。
その虐待事件は、一〇歳の少年が父親の日常的な暴力や体罰を恐れ、離婚していた産みの母親の元へ逃走して来た事件であった。少年が産みの母親の元を慕って、粗暴性ある父親の元から逃走してきた事件であったから、直ちに親権者変更の申立を行なったところ、相手の父親の方から「子の引渡請求」と「子の仮の引渡保全処分」の申立がなされた。当地の家裁支部では、財産上の仮処分と同様な視点から、子の仮の引渡保全処分を認める恐るべき審判が下された。
少年が七歳のころ、自宅の裏山の人通りのない林道のガードレールに、午後七時ころから三時間に亘ってロープで縛りつけられる事件も発生し、その後も父親からの日常的な体罰に少年は恐れを抱き、家裁の調査官に対し「父親の元に戻されたら半殺しにされてしまうと思う」と恐怖の訴えをしていた。
しかし、家裁支部の審判官は、家事審判規則第五二条の二の保全処分の「少年の急迫な危険の防止」という要件を顧みないままに、「ガードレール事件は三年前の一過性の教育的指導に過ぎず、そのような指導状況が本件時点でも継続していたとは認められず、父親の教育指導の元へ一刻も早く帰す必要がある」などと判示し、少年を父親の元に仮に引渡す審判を下した。
少年の父親の元における生活は、a粗暴性のある父親との生活、b家事を強要させられる継母との生活、c父親などから日常的に体罰を受ける生活、d少年が恐怖を抱いている元での生活―であって、審判は「少年は父親に怒られることを恐れて萎縮した生活を送っていた」と認定しているにもかかわらず、「萎縮している生活の場」へ少年を帰すことを命じた。恐怖におののく少年の立場を何ら顧みない常識のない裁判官の審判、少年の最後の救いの手をいとも簡単に払いのける裁判官の審判、財産についての保全処分と同様な視点からの常識にもとる裁判官の審判―こんな審判がいとも簡単に下されている家庭裁判所の現実の体質は、単に一事件についての問題ではなく、家庭裁判所の体質が問われかねない事件であったとの思いから、原審判を糾弾する世論を喚起する必要があると痛感した。
私のそんな思いを、インターネットで検索しただけで何の面識もない福岡の「女性協同法律事務所」に電話で訴えたところ、たまたま司法研修所の二七期四組の同じクラスだった団員の辻本章弁護士の奥さんである辻本育子先生に電話で対応をしていただき、私はそんな関係であるとも知らず、育子先生から私の訴えに快く耳を傾けていただいた。
多くの心ある自由法曹団の弁護士の諸先生方のご助力の下に、少年の虐待の共犯者である家裁支部審判官の姿勢を全国的規模で糾弾し、必ずや原審判を取り消す決定を勝ち取る運動を展開してゆくつもりである。
四 自由法曹団員の団員は、全国各地でそれぞれの分野に亘って幅広く専門的に活動している。私のような過疎地の弁護士の恥ずかしげな申出についても、全国の団員から何時も快く快諾をしていただき、適切な援助と助言をいただいている。
えひめ丸事件を共に闘ってきた大阪の池田直樹先生から「過疎地での弁護士の在り方を手記でまとめるように」との助言を受けていたが、そのような手記をまとめる能力もない。ただ、自由法曹団員の諸先生方の幅広い援助について、この団通信を通じて一言「ありがとうございます」とのお礼を申し上げたく、本投稿をさせていただくものです。
併せて、今回の家裁支部の審判に対する即時抗告事件について、虐待の共犯者である家裁の姿勢を糾弾する闘いに、幅広い団員の諸先生方のご援助をお願いするものです。
司法問題委員会委員長 今 村 核
一 日本の刑事裁判が、冤罪・誤判を生み出しやすいことが指摘されて久しい。正確な数字は確認すべくもないが、毎年、全国で少なくない数の無実の人に対して有罪判決が現実に下されている。無罪判決数は年間一〇〇件前後を推移している。あくまで私の感想だが、どんなに控えめに見ても無罪判決を言い渡された被告人の数と同数位、おそらくそれをはるかに上回る数の無実の人が有罪判決を受けていると思うのである。
誤った有罪判決を、安易に裁判官のせいにしてはならず、私たちはつねに刑事弁護活動の水準を反省しなければなるまい。しかし主体的な問題はそれとして、「刑事裁判の目的は無罪の発見にある」ことからすれば、刑事裁判システムの現状認識としては、きわめて深刻というほかない。
周防正行監督の映画「それでも僕はやってない」が今年一月二〇日から公開されている。この映画は、「無実の人が必ずしも無罪となるとは限らない」刑事裁判のあり方を問うたものだ。刑事裁判について全くのしろうとだった同監督が数年の取材を通じて感じたことは、まず驚きと、次に怒りだったという。そして「怒りがこの映画をつくらせた」「社会の現実が僕にこの映画をつくらせた、つくりたいと思ってつくったというより、初めてつくらされていると感じた」と述べている。日本の刑事司法システムが冤罪・誤判を生み出しやすいことは一般市民にはほとんど知られていない。自分が冤罪の犠牲者となってみて初めて、そのひどさを実感する人がほとんどだ。普通の市民が、これを自分の問題と考え、疑問や怒りを持つことを願っているし、二〇〇七年は、その画期となりうると思う。
二 改正刑事訴訟法が二〇〇五年一一月から施行され、一年以上が経つ。改正刑事訴訟法は、刑事司法の現状を変革するものであろうか。
これまでの無罪事例の教訓のひとつは、あたりまえのことだが無罪判決を得るには、検察側の証拠を攻撃するだけでは足りず、弁護側が積極的な立証活動を行うことが不可欠だということだ。ところが改正刑訴法で公判前整理手続を行った場合は「やむを得ない事由」がない限り、公判前整理手続終了後にあらたな証拠調べを請求することが出来ない(三一六条の三二)。不十分な検察官手持ち証拠の開示制度と引きかえに、弁護側の立証活動が大幅に制約されることにならないだろうか。ある地方裁判所の事例では、被害者の犯人識別供述の信用性のみが争点となった。被害者が最初に言語化した犯人の特徴と被告人の容貌とには少なくない不一致点があった。さらに被害者は、「他の機会にも、同じ犯人が同様の犯行をした」と公判廷で証言したが、その別件については被告人に完全なアリバイがあった。したがってそれが立証されれば本件についても被告人が犯人ではない疑いが生ずる。しかし、裁判所は公判前整理手続が終了したことを理由に、この別件に関するアリバイ立証を許さず、有罪判決を言い渡している。
他方、京都地方裁判所の事例(レントゲン技師が強制わいせつ罪に問われた事例で被害事実の存否自体が争点となったもの)では、類型証拠の開示制度(三一六条の一五)の活用により、被害者の供述の変遷が明らかになるなどして無罪判決が言い渡されたという。
また審理の過度の迅速化が気になるところである。東京地方裁判所第一号事件(イラン人の被告人の殺人被告事件で、殺意の有無や正当防衛の成否が争点となったもの)では、裁判所の弁護人に対する出頭・在廷命令権、命令違反に対する処置請求権(法二七八条の二)、審理の迅速な進行を妨げたときの処置請求権(規則三〇三条二項)などを背景に、異常に迅速化された訴訟進行が行われた。証人尋問が退庁時刻をはるかに過ぎて行われた翌朝の午前一〇時に弁論期日が指定され、弁護人は午前四時までかかり弁論を書き上げたところ、同日午後一時には有罪判決(懲役一三年)が言い渡された。判決文はすでに書き上げられていたという。公判が形骸化し、非公開の公判前整理手続で事実上の心証形成がなされているのではなかろうか。希望を抱かせる事例もあるが、危惧を抱かされる事例はさらに多い。
二〇〇五年一一月一日の施行から一年後の二〇〇六年一〇月三一日までに、全国で公判前整理手続が行われ判決が言い渡された事例は二二四件だというが、東京地方裁判所ではまだ数例であり、地方によっては非常に多用されていると聞く。検察庁はどのような戦略構想を描いているのだろうか。
自由法曹団(司法問題委員会)は、公判前整理手続、期日間整理手続が行われた事例について、団員にアンケートを行い、事例の収集・分析につとめている。これからも続行するので、ぜひご協力をお願いしたい。
日弁連(裁判員制度推進本部)は、会員にアンケートを行い、類型証拠開示の請求や、裁判所の裁定の申請などについて実務的なマニュアルを作成する方向のようである。ノウハウの紹介は必要である。しかし、改正刑事訴訟法の施行が、冤罪を現状よりもさらに増やす危険性を持つのか、あるいは冤罪を減らす可能性をも持つのか、その運用の動向を見定め、裁判員制度の実施に向け、運用について提言を行うことは、さらに重要なことと考えられる。
三 そこで、まずは事例報告会および講演会を行うこととした(日時等は後記のとおり)。公判前整理手続を経験した三名ほどの団員からの報告を受け、報告を踏まえて小田中聡樹先生(東北大学名誉教授)から講演をお願いする。最近、同先生の論文集「刑事訴訟法の変動と憲法的思考」(日本評論社)が出版された。同先生が一貫して市民のための刑事司法改革の提言を行って来られ、弁護士層を「刑事司法改革の担い手」と位置づけておられることは夙に知られている。
ふつうの刑事事件、冤罪事件、再審事件、最近のビラ配布等の弾圧事件に取り組んでおられる方々、公判前整理手続を経験された方々、その他若手、ベテランを問わず、ぜひ幅広い方々のご参加をお願いしたい。
日 時 三月一六日 午後三時〜六時
場 所 団本部
内 容 事例報告、小田中教授の講演、討論
東京支部 後 藤 富 士 子
一 「新六〇期」司法修習生の登場
昨春法科大学院を修了し、初めての新司法試験に合格した「新六〇期」司法修習生約一〇〇九人が、昨年一一月二七日から一ヶ月の「導入修習」を経て、各七週間の「分野別実務修習」に就いている。また、旧試験組の「現行六〇期」約一五〇〇名は、昨年四月開始の現行修習制度により各三ヶ月の実務修習に就いている。したがって、実務の現場は、二五〇〇名規模の修習生でパンクしそうな状態である。
弁護修習では、地方の小規模弁護士会から既に「受入限界」の声が出ている。私の所属する東京弁護士会では、「新六〇期」一四〇名弱、「現行六〇期」一二〇名強、合計約二六〇名の修習生を受け入れることになった。しかも、「新六〇期」では、「分野別」の後、「選択型実務修習」が設けられ、弁護修習で配属された事務所に戻り、ホームグラウンドとして修習プログラムを選択するので、修習生を受け入れる事務所が修習生の人数分必要になる。このような事態に直面し、私は、初めて指導担当(新司法修習)を引き受けた。
東京地裁刑事部では、一つの部で受け入れるのは二名程度だったのが、八人を同時に受け入れるので、合議事件では全ての修習生が裁判官脇に座るスペースがなく、一部は傍聴席で見学する。また、裁判官室に全員を収容するために、机を小さくしたり、ロッカーの配置を変えたりしている。
東京地検では、従前一度に六〇名だったところが一三〇名になり、指導検事も三名から五名に増員した。修習生に聞くと、事件がなく、実務修習の実がないようである。
こうした実務修習の現場の状況にもかかわらず、「新六〇期」は、法科大学院を修了してきただけのことはあると実感する。まず、意識が高く、修習に意欲的である。新司法試験に合格した修習生の「期」の呼称をどうするか議論があったと聞くが、統一修習制度をリセットするのではないことから、「新一期」ではなく、「新六〇期」に落ち着いたという。とはいえ、旧試験は二〇一〇年までであるから、「六五期」からは「現行」はいなくなる。
二 実務修習の実を担えるのは弁護修習だけ
前述したように、実務修習という点では、裁判所も検察庁も、機能不全に陥っている。弁護修習についても困難を伴っていることは否めないが、それでも人的物的資源の客観的容量からすると、頑張れば実を挙げることができる。一名の指導担当弁護士で提供できる修習内容に不足があれば、「協力弁護士」をつのり、また事務所に複数の弁護士がいれば、提供できる事件も多種多様である。弁護士会挙げて、次代の法曹を養成する責務を自覚して取組めば、本当に豊かな修習を提供できる。それは、とりもなおさず「統一修習」の名の下に行われる「弁護修習」である。
また、法科大学院は官僚法曹を養成しない。生の事実に適用すべき法解釈のあり方を考える訓練をし、依頼者の立場で法を駆使することができる法律家を育成する。そのような教育を受けた新司法試験合格者が、実務でも弁護修習で訓練されるのである。
こうして考えると、二〇一〇年まで司法修習制度が保つかさえ怪しい。そのうえ、給費制が貸与制になれば、修習を強制できなくなるだろう。
私は、一〇年以上にわたり国営修習廃止論を唱えてきたが、合格者増員により、統一国営修習は自滅に向かっている。
三 「判事補」の消滅
裁判所法四二条は、判事の任命資格について、法曹資格取得しても在職一〇年以上でなければならないとされている。同法四三条では、判事補は、司法修習生の修習を終えた者の中から任命するという。
すなわち、司法修習制度がなくなれば、判事補を任命することはできなくなる。そして、判事補が供給されなくなると、判事の給源から判事補が消える。
このことこそ、裁判官のキャリアシステムが消滅することを意味している。換言すれば、「法曹一元」の実現である。
私は、年来の「法曹一元」論者である。そして、司法試験合格者大幅増員と法科大学院創設が決まった段階で、「勝った」と思ったが、「新六〇期」の登場を目の当たりにして、本当に「新しい時代の到来」を実感している。弁護士こそが法曹の基本であり、司法制度は弁護士が担うのである。
東京支部 土 井 香 苗
昨年七月、ニューヨーク州司法試験を受けました。先輩弁護士の名刺に、「NY州弁護士」と書いてあるのをみて「かっこいいなあ」と思ったというのがその動機。
九ヶ月のLL.M.生活を期末試験と卒業式で締めくくってから約一週間。今度は、日本の大手司法試験予備校もびっくりするようなアメリカ版マンモス司法試験予備校「バーブリ」(barbri)が始まります。言うまでもなく、アメリカは連邦制で、司法試験も州ごとに行なわれます。外国人LL.M.生はほとんどがニューヨーク州司法試験を受験するようです。
五月半ばからバーブリが始まり、七月後半の司法試験まで約二ヶ月間。たった二ヶ月。されど二ヶ月。特に、五月から七月のNYは、気候も最高で遊びにぴったりなので、ひたすら勉強するにはつらい季節でもあります。観光客でごったがえすタイムズスクエアからほど近いシティ・ホールという劇場で、連日午前中に講義が行なわれました。午後はその復習をして過ごします。劇場ですから机はなく、ガバン(!)を使って講義を聴きます。数え方によるようですが、NY州司法試験は二〇科目くらいあり、一―二日で一科目が終わってしまいます。刑法が一日、刑訴法が一日という調子で、「ほんとうにそんなにあっさり終わってしまっていいのだろうかー」と思っているうちに、どんどん授業は進みます。ほとんどの講師たちは、普段はロースクールの教授ですが、エンターテーナーまがいの、ギャグあり歌あり踊りありの授業を繰り広げます。日本なら会場がしーんとしてしまいそうな寒いギャグでも、アメリカ人学生たちは心温かく(?)大爆笑。学生たちをあきさせない努力には頭が下がります。
会場には、アメリカ人はもちろん、世界各国出身のLL.M.卒業生たちもたくさんいます。アメリカ法についてほとんど知らない外国人でもがんばれば二ヶ月で受かってしまう試験ですから、日本の司法試験とは比べようもないほど要求される知識は浅いわけですが、とはいっても、二〇科目ともいわれる幅広い知識を二ヶ月で身につけるわけで、それはそれでそれなりに大変です。アメリカの司法試験に受かった日本人弁護士たちは、みな、「アメリカの司法試験は日本の司法試験に比べて簡単」と言っていたので、なめてかかっていたのですが、勉強を始めてまもなくして、なめていると落ちるということを悟りました。
本番は二日間。一日目は択一と論文で、二日目は択一でした。NYの司法試験では、論文より択一のほうが難しいのです。アメリカの司法試験は一にも二にも時間との戦いです。問題文を超スピードで読んで選択肢をざっと読んで「反射的に」回答する、これを繰り返すしかありません。問題文と選択肢を読んでから「考える」ようでは時間が不足します。「反射」の域に達するために、練習問題をたくさん解く必要があるわけです。
そんなこんなで私が時間との戦いを繰り広げる中、JDの中には、時間が余っちゃってどうしようもない、というツワモノも結構います。本番の試験会場で隣の席になった男性は、私はまだ半分少しくらいしか終わっていないときに、もう終わってしまい、ぱらぱらと問題文をめくりながら見直しをしています。そのぱらぱらという音が気になることといったら・・・結局、彼は試験終了三〇分くらい前には、帰ってしまいました。すごすぎる>私は、彼が帰って静かになったおかげで、やっと試験に集中できました。それでも、JDみなが彼のように余裕があるわけではありません。私とおなじアパートに住んでいるJD生は、残念ながら落ちてしまいました。アメリカでは、司法試験の結果がわかるのは一一月ですが、夏休み明けの九月ころから法律事務所に勤務を開始する人がほとんど。JDたちにとって、司法試験の合否は、まさに職業生命にかかわる大問題でしょうから、本当に気の毒でした。
司法試験当日、会場には透明のビニール袋しかもって入れません。もって入れるものは、お財布や弁当などだけ。携帯も禁止。透明ビニール袋にお財布いれて悪名高いNYの地下鉄に乗るなんて本当か!?と思いましたが、本当にみなそうやって会場にやってきていました。かなり厳しくビニール袋の中を調べられたあと、手首にシールの輪のようなものをはめられます。これを試験の二日間はずしてはいけないとのことで、一万人以上といわれる受験者たちがみな一様に手首に輪をはめているのは一種異様でした。また、会場の外にはほとんど何もない地域でしたので、お昼時間には、外に出て、地べたに座ってお弁当を食べるしかありません。数百人の若者たちが、炎天下の中、地べたに座って弁当を食べている姿は結構壮観でした。
ということで、以上、簡単ではありますが、ニューヨーク州司法試験受験体験記でした。そんなこんなで終わってみるといい思い出ですが、もう一度やれといわれたら、やはり丁寧にお断りしたい、そんな体験でありました。
広島支部 井 上 正 信
(前号の続き 二 日米共同作戦計画の系譜の3から)
3 朝鮮半島有事計画
先に紹介した一月四日朝日新聞記事によると、昨年一二月から日米共同計画検討委員会(包括プログラムの一部、日米両軍の制服組トップを含む委員会)が朝鮮半島有事とそれが日本へ派生する事態を想定した作戦計画作りを始めたとある。実は、〇四年一二月一二日朝日新聞が、朝鮮半島有事を想定した日米共同作戦計画五〇五五を策定し、〇二年に調印しているということを報じていた。この想定は、朝鮮半島での武力紛争で日本へ北朝鮮の武装特殊工作員が潜入するというもの。陸自は〇二年から各道府県警と治安出動のための図上演習を繰り返しているが、これは作戦計画五〇五五と無関係ではない。国民保護基本指針では、武力攻撃事態の具体的な想定として、着上陸侵攻・航空攻撃・弾道ミサイル攻撃・ゲリラ特殊部隊攻撃の四つを挙げている。ところが国民保護法による政府や都道府県が各地で行っている国民保護計画演習は、すべてがゲリラ特殊部隊攻撃やテロ攻撃を想定している。国民保護計画演習も作戦計画五〇五五と無関係ではないのであろう。
二〇〇四年一二月一二日の記事によると、国内の関係省庁や地方自治体との調整作業は積み残しとなり、米軍支援でも港湾や空港の警備など警察や国土交通省等が管轄する分野は空白で「穴だらけ」状態とのこと。これは当然のことで、作戦計画五〇五五が調印された〇二年にはまだ有事法制はできていないからである。穴だらけ状態を埋めるには有事法制の成立(特に米軍支援法、特定公共施設利用法、国民保護法)を待つしかなかった。
二〇〇五年一〇月合意された「日米同盟 未来のための変革と再編」(いわゆる中間報告)では次のような記述がある。「一九九七年の日米防衛協力のための指針(新ガイドラインのこと−著者注)が共同作戦計画についての検討及び相互協力計画についての検討の基礎となっていることを想起しつつ、双方は、安全保障環境の変化を十分踏まえた上で、これらの検討作業が引き続き必要であることを確認した。この検討作業は、空港及び港湾を含む日本の施設を自衛隊及び米軍が緊急時に使用するための基礎が強化された日本の有事法制を反映するものとなる。双方は、この検討作業を拡大することとし、そのために、検討作業により具体性を持たせ、関連政府機関及び地方当局と密接に調整し、二国間の枠組みや計画手法を向上させ、一般及び自衛隊の飛行場及び港湾の詳細な調査を実施し、二国間演習プログラムを強化することを通じて検討作業を確認する。」。これは、有事法制を前提にして、日米間で共同作戦計画作りとその検証のための軍事演習を強化するというものである。しかも演習プログラムには政府機関や地方自治体を巻きこむというのである。
一月四日の朝日記事は、以上の事実を踏まえると理解しやすい。この記事で明らかになったことの一つは、〇二年に合意していた作戦計画五〇五〇は「概念計画」であったということである。作戦計画(米軍用語ではOPLAN、概念計画のことをCONPLANと呼ぶ)と概念計画の違いを説明しておこう。
米軍用語ではOPLANもCONPLANも統合軍司令官が作成して、統合参謀本部議長の審査と承認を経る。OPLANは最終的且つ完全な計画を作成する根拠となるもので、時系列戦力展開データー(TPFDD)を伴う。CONPLANはその略式計画である。マスコミはこの二つを一緒くたにして作戦計画と呼ぶため、読むものを混乱させる場合がある。
朝日の記事では日米の共同計画検討委員会で昨年一二月から作業開始をしたとのこと。CONPLAN五〇五五を更に詳細具体的なOPLAN五〇五五に格上げするというのが、先に引用した「中間報告」の具体的な意味であったのだ。記事によると、新ガイドラインでは日本有事の共同作戦計画と周辺事態での相互協力計画は別々に準備することにしていたが、朝鮮半島有事と日本有事が並行して発生することもあるため、五〇五五は両計画を一緒に盛り込んだ。米軍が出撃や補給をする拠点となる、基地や港湾などの提供、警護など具体的な項目ごとに、警察や地方自治体、民間の協力を含めた計画を作る。港湾では、深度、荷役能力等を算出した後具体的な使用港湾を、医療であれば、提供する病院名、ベッド数、必要な医薬品類に至るまで詳細に定める。〇七年秋の完成を目指しているという。このような作戦計画を策定しながら軍事演習を行うのであるから、演習には地方自治体や民間が巻きこまれることになるのは明らかであろう。更に港湾や空港、道路、空港などの軍事利用は住民避難計画と衝突するおそれがある。日米共同作戦計画は必ず住民を巻きこんだ演習を伴うことになるであろう。既に、その動きが始まっている。毎年一月末から二月はじめにかけて陸上自衛隊と米陸軍第一軍団司令部とが行ってきた指揮所演習(ヤマサクラ演習)で、〇六年度は、九州地方の自治体の国民保護計画担当職員をオブザーバー参加させて演習を見学させた。
OPLAN五〇五五でもう一つ見落としてはならないことがある。それは、第二次朝鮮戦争を想定した米太平洋軍のOPLANがありOPLAN五〇五五はその一部であるということである。第二次朝鮮戦争になれば、日本は米軍の出撃・補給・訓練・修理・休養・情報通信の拠点となる。それを支援するための作戦計画がOPLAN五〇五五なのだ。OPLAN五〇五五は全体の戦争計画の一部である後方支援作戦であるから、前線での戦闘を含む作戦計画は別にある。それが米韓連合作戦計画五〇二七である。OPLAN五〇五五はOPLAN五〇二七と密接につながっているのだ。OPLAN五〇二七は、九四年三月米韓連合司令部がその存在を公表した。この作戦計画では、第一ステージ(兵力の動員・集中)から第二、第三ステージと作戦を進展させ、第四ステージ(平壌攻略)、第五ステージ(南北統一)という作戦段階を経て、朝鮮半島の武力統一を目指すものとなっている。五〇二七は二年ごとに改訂されていることが米国のグロ−バル・セキュリティーというシンクタンクが発表している。
こうしてみると、OPLAN五〇五五は決して我が国の防衛のためではない事が判る。それは、第二次朝鮮戦争で北朝鮮を軍事的に敗北させ、朝鮮半島を軍事統一させる作戦計画の一部に過ぎないのである。
三 軍事法制の新たな展開
1 周辺事態法改正
周辺事態法改正問題は未だ浮上していないが、必ず近い将来出てくると考えている。「中間報告」は、日本の防衛及び周辺事態への対応に関する役割、能力・任務の基本的な考え方として、「周辺事態に際しての日米の活動は整合を図る」とか「事態の進展に応じて切れ目のない支援を提供する」と述べている。現行周辺事態法では、自衛隊の活動の期間を通じて攻撃されるおそれのない後方地域での軍事支援を行い、自衛隊が攻撃されるおそれが出たら支援活動を中止したり逃げるしかない。これでは切れ目が出るし整合性をはかれない。また、周辺事態法第九条では、地方公共団体や民間への協力要請は任意とされ強制力がない。これらをクリアーしようとすれば、集団自衛権行使を認めるしかないのである。周辺事態法で後方地域支援という概念を編み出したのは、集団自衛権行使になるという批判をかわす目的であった。
二〇〇六年五月二八日中国新聞に、政府が周辺事態法改正に取り組むという記事が出た。それによると、政府は周辺事態で空港や港湾の提供など国への協力を地方自治体に義務づける周辺事態法の改正の検討に入ったという。その後周辺事態法改正問題についての記事は出てこない。既に密かに始まっている可能性が高い。
2 防衛庁設置法・自衛隊法改正法と自衛隊海外派兵恒久化法案
昨年末の臨時国会最終盤で、防衛庁設置法・自衛隊法改正法案が成立した。この法案は、防衛庁を防衛省に格上げし、自衛隊法第三条を改正して、第三条二項を新設し、その一号任務として周辺事態での活動、二号任務として国際平和協力活動を自衛隊の本来任務とするものである。防衛省とするのは、新しい安全保障政策で軍事力を安全保障政策の手段として有効活用しようとすることに対応している。すなわち、自衛隊は専守防衛政策のもとで我が国の防衛を主たる任務とすることから、海外での軍事活動を通じて国益を実現する外征軍となる。防衛省は自衛隊を運用してわが国の安全保障政策を主管する官庁となる。そのために自衛隊法第三条を改正する。新設された第二項は「別に法律で定めるところにより」一号任務や二号任務を遂行するとなっている。別に定める法律の中には既に制定されているPKO協力法、イラク特措法、テロ対策特措法があるが、さらに自民党は自衛隊海外派兵恒久化法案を用意している。自民党防衛政策検討小委員会は既に昨年八月三〇日「国際平和協力法案」をまとめている。本年度の通常国会へ提出される可能性がある。この法案では、現在イラクで米英軍が治安維持活動と称する軍事作戦を行っていることと同じことを可能にする。むろん地域的限定はない。日本独自に行うのではなく、米軍との共同作戦を採ることが想定されている。防衛庁設置法・自衛隊法改正は自衛隊が本格的な外征軍となり、海外での武力行使を行う防衛法制の扉を大きく開くものである。このような防衛法制を整備しようとすれば集団自衛権行使禁止の制約を取り払わなければならない。
3 有事法制の改正
現行有事法制は、未だ個別自衛権行使を前提にした防衛法制である。ただし、武力攻撃予測事態では周辺事態と重なり、限りなく集団自衛権行使に踏み込んでいることは否定できない。米軍支援に関する二つの有事法制(米軍支援法、特定公共施設利用法)は、武力攻撃予測事態で米軍支援の措置をとることになるので、安保条約第五条発動の要件である「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」ではない周辺事態において、安保条約第六条により在日米軍基地から出撃する米軍に対してこれらの有事法制を発動できるのである。いわば武力攻撃予測事態という概念を媒介にして、安保条約第五条と六条を融合させているのである。それでも、米軍支援法や特定公共施設利用法は、我国に対する武力攻撃排除という目的をおかざるを得ない。集団自衛権行使禁止の制約が取り払われれば、これらの有事法制の改正問題が浮上するであろう。
4 集団自衛権行使に関する憲法解釈の変更
安倍内閣は集団自衛権行使に関する憲法解釈を変更しようとしている。民主党もマニュフェストで、個別自衛権と集団自衛権の区別をなくすことを提言している。
これまで述べたように、新ガイドライン以降の共同作戦計画策定作業が、日米同盟再編強化のための日米合意(「中間報告」や「最終報告」、ロードマップ)を実行する中で、一層促進されている。集団自衛権行使に関する憲法解釈の変更は、この事態を受けたことは明らかであろう。
5 憲法九条改悪
自民党新憲法草案は、第二章を「戦争放棄」から「安全保障」という章立てにし、第九条の二第一項で日本防衛のための自衛軍の設置をし(解釈上集団自衛権行使ができる)、第三項で自衛軍の任務として国際平和協力活動と国内治安維持活動を規定している。
自衛隊の海外軍事活動を本来任務にする防衛庁設置法・自衛隊法改正法は、自民党新憲法草案第九条の二第三項を先取りしていることが理解できるであろう。自衛隊法第三条の改正により、自衛隊は海外軍事活動を主たる任務とするため、装備、訓練、部隊編成、交戦規則、などこれまでの自衛隊から軍隊へと変貌するであろう。既に陸上自衛隊のすべての師団・旅団はイラクへ派遣され、海外軍事活動の経験を積んでいる。二〇〇五年六月二二日成立した自衛隊法・防衛庁設置法改正法により、陸自中央即応集団が編成されることになった。この部隊は海外緊急展開能力を持つ統合部隊である。自衛隊の外征軍化はもう始まっているのだ。自衛隊海外派兵恒久法が制定されたら、自衛隊の変貌は一層促進される。憲法改悪を待たず自衛軍化を遂げようとするであろう。
6 秘密裏に進められている日米共同作戦計画作りは、我が国の新たな防衛法制や有事法制の推進、憲法改悪策動の推進の原動力となっている。しかしその内容は軍事機密のベールに深く覆われて、私たちにはうかがい知れないものとなっている。それだけに時々新聞記事に現れる断片的な情報に注目し、それらをつなぎ合わせて行けばおぼろげながらでも姿を知ることができる。防衛法制の改悪や憲法改悪は日米共同作戦計画を理解することで、より一層危険な本質を理解することができるのである。
教育基本法改悪阻止対策本部員 松 井 繁 明
団通信一二二一号(〇六・一二・一一)に脇山弘団員が「『伝統思想と文化』・抄」(以下「脇山稿」という)を掲載されている。団教育基本法改悪阻止対策本部が作成した小冊子「弁護士から見た教育基本法『改正』の問題点」のうち「伝統と文化」の稿(三一ページ。以下「小冊子稿」という)に対し「違和感を感じる」とする批判的意見である。
小冊子作成の経過は次のとおり。
もともとは、教育基本法改悪阻止をめざす学習会などに団員が講師として参加する際直面する質問や疑問にどう答えるか、をまとめてみようというのが出発点だった。想定される質問や疑問を選び出し、それらにたいする回答を各対策本部員が執筆し、数度の検討を経てまとめたのが小冊子の内容である。しかし対策本部としても、はたしてこれが正しい回答なのか、あまり自信もなかった。そこで、団員の利用を期待するとともに、団員からの異論や修正があれば受け入れるつもりで、しばらくはホームページに掲載するままにしておいた。しかし、臨時国会最終盤になって、これを文書化して国会議員らに送るべきだという有力な意見もあって、作成されたのがこの小冊子である。
したがって、これに対する異論・反論は大歓迎。脇山団員がわざわざ小冊子に目を留めて、このような意見を寄せていただくのは、ありがたいことである。「伝統と文化」に関する小冊子稿を担当したのは私なので、釈明なり反論なりは私がすべきだと思った。当然のことながら脇山稿を繰り返し熟読した。
脇山団員の博識には感心し、教えられるところも少なくなかった。しかし、それにもかかわらず、脇山稿の真意もしくは意図・目的がつかめない。紹介されている個々の事実については、とくに異論があるわけではないし、それぞれに興味深い。だが、それらを記述することによって脇山稿は何を主張したいのか、を十分に把握できたという自信がもてない状況なのである。そこで以下の文章が的確な釈明になっているかどうかも、確信がもてない。
しかし、まず理解してほしいのは、小冊子稿の目的は、「我が国の伝統と文化」とは何か、を探究するものではない、ということである。
我が国の伝統と文化を尊重すべきことに異論はないが、これを法律に書き込んだ場合、「伝統」とか「文化」という法概念には二義の解釈を許さない厳密さ、明確さが求められる。しかし日本の「伝統と文化」は多様性と発展性に富み、とうていそれほどの厳密さ、明確さを持ちえない。だから、「伝統と文化」を法律に書き込もうとする改悪教育基本法には反対である。―小冊子稿の意味するところは、これ以上でも以下でもない。
これに対し脇山稿は、脇山団員自ら「わが国の伝統と文化とは何か」を探究しようと試みておられるのであろうか。そうだとすれば、小冊子稿と脇山稿はまったく逆方向を向いていることになる。そのような立場から「なぜわが国の伝統と文化が何か、を探究しないのか」と責められても、はじめからそのつもりはなかった、と答えるしかない。
つぎに小冊子稿は、実際にたたかわされている論議にかみあうことを、めざしたものである。
「日本の伝統思想を語る場合、儒教や仏教それらと習合した神道、江戸時代の国学を取りあげるだろう」と脇山稿はいわれる。この文章には主語がなく、だれが「語る」のか、だれが「取りあげる」のか、が分からない。つづけて脇山稿は「冊子は儒教と国学にふれない」と不満をもらされる。しかし小冊子稿が儒教や国学にふれなかった理由は簡単である。さすがの教育基本法改悪論者も、その理由として儒教や国学の復活までは主張していない。したがってそれらに言及する必要がなかったのである。
「武士道をとりあげたのは奇異である」とも脇山稿はいわれる。
荻生徂来が「『武士道』というものはない、『武芸』があるだけだ」と書いていることは、脇山稿ではじめて知ったが、私自身も、「武士道」とは実在のものではなく虚構にすぎないと考えている。しかし、藤原正彦「国家の品格」がベストセラーになり、「武士道」がさまざまに取りあげられている現実を無視するわけにもゆかないだろう。藤原の著作は「武士道」の存在を所与の前提として、現在の「国家の品格」の衰退をなげいているのである。「武士道」をとりあげたのが、それほど「奇異」なことだろうか。
「『輪廻』が仏教思想の中核か、そうではあるまい」と脇山稿はいわれる。私も仏教思想について確信があるわけではないので、「輪廻」とは別の思想があるのか、と期待して読んだ。しかしそれに続く脇山稿は、現世利益を中心とした、日本における仏教史を語られるだけで、仏教思想そのものについては何もふれられていない。
もともと小冊子稿が「輪廻」にふれたのは、「つくる会」教科書が「日本の伝統」として「自然に宿る精霊を神々と崇める」ことをあげているのに対し、それとは異なる思想をもつ仏教も日本人の精神をとらえてきたことを述べたさいのことである。「輪廻」と現世利益とは相反するが、それでも平家物語冒頭にみられるような無常感は日本人の心を捉えつづけてきたのではないだろうか。これは、カトリックがいかに世俗化しようが、キリスト教の中心思想が絶対的な唯一神にたいする全面的帰依にあることと同じである。
脇山稿が「冊子が、狩野流の絵画、西鶴の文学、歌舞伎、浮世絵を取りあげて述べるところも理解し難い」を言われるのも、理解し難い。脇山稿は、それら芸術の担い手が誰であったか、を論じられている。しかし小冊子稿が問題にしたのは、芸術の担い手のことではない。中曽根元首相が「日本歴史の誇るべき文化的価値」として「わび、さび、もののあられ」を挙げたのに対し、これだけでは日本の芸術の価値観すべてを包摂できないことを指摘したにすぎない。
「法案の『伝統と文化』は、国学の『大和心』、加藤がいう執拗な『土着世界観』、丸山の日本人の意識の『古層』であろう」と脇山稿はいわれる。脇山団員が法案をこのように解釈されるのは自由であろう。しかし、教育基本法をめぐる国会審議や諸論議を追ってきた対策本部の一員としては、このような解釈には、やや「違和感」をおぼえる。「―こうして教育基本法改悪推進勢力にとっては、日本の『伝統と文化』とはすなわち、明治憲法下での天皇制、国家神道、教育勅語および侵略的戦争観などに集約され、一点の疑問もないようです」(小冊子稿)と考えるからである。
―いろいろ釈明もしてきたが、脇山稿が最後に「われわれも法案の『伝統と文化』の名による精神総動員を批判し、拒否し、これを乗り越えなければならない」とされるのには全面的に賛同する。
東京支部 平 井 哲 史
「労働ビッグバン」と呼ばれる労働分野で狙われている過剰な規制緩和は、労働者の権利保護のためにもうけられている規制を破る違法な状態を合法化して、より高度の利益をあげたいという経営の側の要求に根ざしていますが、逆から見れば、資本のあからさまな要求は現在の規制がある下では違法となることがあります。違法であれば是正されるべきは当然であり、つい最近解決した石川島播磨における思想差別事件のように、裁判に訴えなくても解決にいたることもあります。
そこで、不払い残業の根絶や昨年の光洋シーリング事件などのこの間の取り組みに学び、企業の違法な行為を告発し、それに対する社会的な批判によって雇用と地域経済を守る方策を模索する標記集会が左記の要領で行われます。パネラーには鷲見賢一郎団員も登場する予定です。どうぞふるってご参加ください。
日 時 二月一七日(土) 一二時三〇分〜一六時一〇分
場 所 日本教育会館 一ツ橋ホール
(東京都千代田区一ツ橋二―六―二)
電話 〇三―三二三〇―二八三三
参加費 無 料
内 容 冒頭に文化行事。主催者挨拶の後、国会報告(市田日本共産党書記局長)を受け、休憩を挟み、会場からの発言を受け、パネルディスカッションを行う。
連絡先 全労連 電話 〇三―五八四二―五六一一
FAX〇三―五八四二―五六二〇
※ 関東近県の各支部宛に、チラシを送らせていただいておりますので、そちらもご参照ください。