<<目次へ 団通信1238号(6月1日)
今村幸次郎 | 五二五名が参加した熊本・阿蘇五月集会 |
平松真二郎 | 五月集会に参加して考えたこと |
玉木 昌美 | 五月集会へ一七名参加の滋賀支部 |
蕪城 哲平 | 小松基地訴訟控訴審判決 |
村田 浩治 | 松下プラズマディスプレイに対する慰謝料認められる!ただし…。 |
一 はじめに
五月一九日から二一日、緑の外輪山に囲まれた雄大な阿蘇の火口原で、二〇〇七年自由法曹団研究討論集会が開催されました。改憲手続法の可決成立が強行され、米軍再編特措法、教育三法、少年法改悪なども強行採決が目論まれる情勢の中、五二五名(うち弁護士三一九名)が参加し、活発な討論が行われました。
二 全体会(一日目)
議長団として、熊本支部の塩田直司団員、埼玉支部の山崎徹団員が選出されました。冒頭、松井繁明団長から開会の挨拶、熊本支部の千場茂勝団員から歓迎の挨拶があり、来賓として、宮本勝彬水俣市長、三藤省三熊本県弁護士会会長、仁比聡平参議院議員からご挨拶をいただきました。
その後、都留文科大学教授の後藤道夫先生から、「構造改革の頂点と〈収奪・放置・抑圧・戦争〉の国家体制作り」というテーマで記念講演をしていただきました。小泉「構造改革」以降の急激な格差拡大と貧困化の進行、セイフティネットの極度の脆弱とワーキングプアが急増する現況等について、客観的な資料を踏まえ、わかりやすく解明していただきました。と同時に、改憲阻止闘争と格差・貧困との闘いを結びつけることにより「新たな福祉国家」への道を開く「歴史的転換」の展望が示されました。改憲手続法が通され、改憲阻止闘争を質的にも量的にも飛躍的に発展させることが求められている今、まさにタイムリーでかつ大変示唆に富むお話でした。
引き続き、田中幹事長から、改憲手続法をめぐる闘争の経過と到達点、憲法と平和を守り、「構造改革」や治安国家化に対抗する運動を取り巻く情勢と課題等について基調報告がなされるとともに、「明日に向けたヒント」が得られるよう活発な討論の呼びかけがありました。
三 分散会
全体会の後、四つの分散会に分かれて、格差・貧困化とのたたかい、地域における住民の運動、競争教育・治安強化・軍事大国化とのたたかい等について、各地での取り組みや課題を経験交流し、こうした闘いと憲法を守る運動どう結びつけるか等の点について討論がなされました。
各分散会の参加人員は次のとおりです。第一分散会一一四名、第二分散会一二一名、第三分散会一二〇名、第四分散会一一五名。
四 分科会
二日目の前半は、課題別に分科会形式で討論しました。各分科会と参加人員は次のとおりです。
(1) 改憲阻止分科会A 七七名
(2) 改憲阻止分科会B 七三名
(3) 教育分科会 四二名
(4) 労働分科会 八三名
(5) 治安警察分科会 三三名
(6) 司法分科会 三六名
(7) 市民問題分科会 六四名
(8) 国際問題分科会 二七名
司法分科会には、立命館大学法科大学院の指宿信教授にご参加いただき助言等をお願いするとともに、鹿児島事件で自白を強要された当事者である川畑幸夫さんからもご報告をいただきました。また、市民問題分科会には、「熊本県生活と健康を守る会連合会」の阪本深さんにご参加いただき、熊本における生活保護行政の現状や生健会の活動等についてお話しいただきました。
五 全体会(二日目)
分科会終了後、全体会が再開され、以下の一〇名の方から発言がありました。なお、時間の関係上、長野支部の毛利正道団員、東京支部の泉澤章団員、東京支部の菊池紘団員の発言通告につきましては要旨の紹介のみとなりました。
(1) 鹿児島事件における体験報告 当事者本人・川畑幸夫さん
(2) ノーモア・ミナマタ訴訟について 熊本支部・園田昭人団員
(3) グローバル九条キャンペーンについて
東京支部・笹本潤団員とピースボートの松村真澄さん
(4) 改憲阻止の取り組みについて 奈良支部・佐藤真理団員
(5) 辺野古沿岸における事前調査の強行と自衛艦出動について
沖縄支部・加藤裕団員
(6) 教育三法案を阻止する運動について
神奈川支部・阪田勝彦団員
(7) 少年法改悪を阻止する運動について
東京支部・飯田美弥子団員
(8) 犯罪被害者参加法案について 大阪支部・増田尚団員
(9) 団の伝統をどう活かすか 京都支部・近藤忠孝団員
(10) 原爆症認定問題について 熊本支部・寺内大介団員
全体会で採決された決議は次のとおりです。
(1) 日本の軍事大国化に反対し、改憲阻止闘争をさらに発展させる決議
(2) 教育三法案の強行採決に抗議し、廃案を求める決議
(3) 少年法等の一部を改正する法律案の廃案を求める決議
(4) 共謀罪新設法案の廃案を求める決議
(5) 全ての水俣病被害者に対する正当かつ早期の補償を求める決議
(6) 原爆症認定制度の抜本的かつ早期改善を求める決議
(7) 辺野古沿岸への米軍新基地建設に向けた事前調査の強行と海上自衛隊の出動に抗議する決議
決議採択の後、一〇月の総会開催地である山口支部の内山新吾団員から歓迎の挨拶、熊本支部の板井優団員から閉会の挨拶があり、五月集会は閉幕しました。
六 プレ企画
集会前日の五月一九日には、次の三つのプレ企画が行われました。
(1) 新人学習会(四五名参加)
新入団員に向けて、次の二つの講演がありました。
「川辺川ダムをめぐる裁判など」 熊本支部・板井優団員
「団活動のススメ」 東京支部・村田智子団員
(2) 将来問題プレ企画(六三名参加)
法曹人口増員時代における事務所建設の課題やエクスターンシップへの取り組み等について議論しました。
(3) 事務局交流集会(一三五名参加)
全体会で次の二つの講演を行ったのち、「憲法」、「仕事」、「新人交流」の三つの分科会に分かれて討論がなされました。
「ハンセン病訴訟のたたかいと団の活動」
熊本支部・国宗直子団員
「ベテラン事務局から」 渋谷共同法律事務所・寺下章夫さん
七 終りに(お礼)
この集会の成功のためにご尽力いただいた熊本支部の団員、事務局の皆さんをはじめ関係者の方々に、この場を借りて改めてお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。
私は、これまで、日本国憲法擁護の訴えがどれだけ「憲法を変えたい人々」に届いているのか、そして「彼ら」と同じ土俵で議論ができるのか、疑問に感じてきました。
安倍首相の著書「美しい国へ」では、「私たち」という言葉が多用されています。安倍首相は「私たち」=「日本人」であり、「美しい国」とは「日本人」が形作る国であると論を進めていきます。安倍首相は「私たち」とそれ以外に分けて論を進めていきますが、「私たち」に含まれない人々に対する視線や配慮はありません。
自民党の憲法草案が発表されて以降、憲法改正を主張する人たち、特に自民党の議員の中からは、「憲法」が権力に対する制限規範ではなく、国民に対する命令規範、行動規範であるかのごとき言説が振りまかれ、さらに「国家と国民は対立する存在ではなく、協働する存在である」という、とても近代立憲主義の枠では理解できない主張をする者さえ現れています。「彼ら」は、歴史、特に西欧近代史における「憲法」の意味を全く理解していないといわざるをえません。
そして、従軍慰安婦の問題、沖縄での集団自決の問題などについて旧日本軍の関与を否定する言説を並べ立てる人と「彼ら」は重なり合っており、安倍首相もその一員であるといってよいでしょう。そして、これまで「彼ら」は執拗に護憲を求める人たちに対し自虐史観攻撃をしてきましたが、これも西欧近代史における「憲法」の意味を理解していないがゆえになせることでしょう。
「彼ら」の論理は、「彼ら」がいう「私たち」がほかの者より優越しているという意識に支えられていると感じます。そうすると「彼ら」との間で、近代立憲主義など歴史的文脈の中での日本国憲法の位置づけ、あるいは基本的人権の不可欠性、そして平和主義の意義について議論が成り立つでしょうか。
「彼ら」は、自らの優越意識ゆえに人権の普遍性を基軸とする近代立憲主義を見下しているのですから、私と「彼ら」とは、憲法に関して近代立憲主義という共通の言語を持っていないのです。私は、もはや「彼ら」にむかって日本国憲法の擁護を訴えたところで、議論はかみ合わず、「彼ら」は改憲への道を推し進めていくのだろう、「彼ら」が権力を握って憲法を変えようとしていることに徒労感すら感じていました。
五月集会では、分散会そして改憲阻止分科会での議論を通じて、教育基本法改正あるいは改憲手続法制定、教育三法改正、少年法改正などの諸立法に反対し、憲法擁護を訴える各地での様々な取り組みが紹介されました。
私は、全国各地で、地道に憲法擁護を訴える多くの団員の活動報告を聞きながら、「彼ら」と議論が成り立たないとしても、「彼ら」を直接説得できる言語を持たないとしても、「彼ら」の暴走を止めることはできるし、止めなければとの思いを持ちました。
「彼ら」の言語には普遍性はないはずです。支持する国民が少なければ「彼ら」はいまの言語を捨てざるをえなくなるのです。すなわち、多くの国民に基本的人権の不可欠性、そして平和主義の意義を理解してもらう地道な活動を通じて、「彼ら」による改憲は葬り去ることができるはずです。
基本的人権の尊重、平和主義を掲げる日本国憲法の普遍的価値を「彼ら」よりすこしでも早く、「彼ら」よりすこしでも多くの人たちに伝える取り組み、そしてすこしでも多くの人に憲法擁護の力になってもらう取り組みが、これからますます重要になってくることを再認識した三日間でした。
この熊本五月集会へ滋賀支部からは、弁護士六名(三事務所から、五九期二名を含む)、事務局一一名(四事務所から)参加し、集会成功に大きく貢献した。
改憲手続法阻止の闘いにおいては、三月五日に改憲手続法案阻止滋賀県連絡会を結成し、多彩な運動を展開してきた。その準備段階から、滋賀第一法律事務所から私と事務局二名が入り、運動の中心を担ってきた。その中身は、改憲分科会で配布した「てんやわんやですよ」ニュース一七号にあるとおり、街頭宣伝一四回、団のリーフ三万八〇〇〇部の配布、県内各地での憲法学習会等を展開した。街頭宣伝には、団の弁護士、事務局が多数参加し、他団体との共同から独自に企画するまでになった。街頭宣伝では、吉原団員などは県議時代を思い起こしたようにマイクを握った。事務所依頼者への働きかけの反響も大きく、学習会用のパワーポイントの製作、写真付きの抗議葉書の作成と配布、宣伝における着ぐるみパンダッチの活用、事務所周辺への団のリーフの全戸配布等創意工夫を凝らし、ありとあらゆる活動を行った。
今回、国民投票法案は成立したものの、井上団員が指摘するとおり、敗北感はない。私たちの運動が修正や運動規制を押し止める答弁を引出し、あれだけ後ろ向きだったマスコミの姿勢を変えたともいえるからである。滋賀でも、四月一二日に記者会見を行い、運動の現状を伝えるとともにマスコミの情けない状況を批判したところ、若い問題意識のある記者が翌日報じてくれた(毎日、中日、京都等)。
この五月集会では、各地の闘いの活動の報告を聞き、大いに励まされた。毎月一〇〇〇円の会費を集め、事務所まで設置した兵庫の弁護士九条の会の取り組み、一人二万円を集めて意見広告を出した沖縄の弁護士の取り組み、繁華街でのシール投票をした京都等いくつもの報告が印象に残った。
憲法学習会では戦争体験から始めていかに説得力をもって憲法を語っているかという近藤忠孝団員の報告にも感動した。分科会では、「近藤団員や坂本団員に長生きしてもらわないといけない。」という意見も出されたが、戦争体験のない世代は、他の人の体験を引用しながら語る必要がある。ちなみに、私の場合は、研修所の刑弁教官であった土屋貢献先生の体験(剣道二段の腕を理由に捕虜を切るように命ぜられるも、四段の人が名乗りでて免れるが、その四段の人は終戦後MPと警察に追われ、自殺した)を紹介し、国の交戦権を認めることは、国による殺人行為を認めることであるなどと説明している。また、伊藤団員のアメリカの貧困、格差社会の現実を学習会で語っているという報告も興味深かった。私も学習会では触れているが、もっとその内容を豊かにする必要を感じた。説得力があって感動的な話ができる講師になるために努力する必要があり、他の団員の魅力ある講師活動に学ぶ必要がある。
坂本団員のまとめにも共感した。他の護憲勢力との共同は重要である。また、労働組合が立ち上がらない現状については、滋賀でもそうであり、うちの事務所で中心になった事務局のWさんが運動を展開する中、県労連の事務局長を詰めることになった。今回の滋賀の積極的な取り組みが可能であったのは、弁護士よりも絶対に妥協しないWさんや多くの事務局の存在が大きかったといえる。
後継者問題の関係では、滋賀では、私の娘と同世代の事務局三名も街頭宣伝に積極的に参加し、五九期の二名の団員も学習会の講師等をさっそく担当している。この五名とも五月集会に参加した。
分散会で京都の岩佐団員の弾圧事件の報告が印象に残った。私も国民救援会滋賀県本部の副会長として弾圧学習会の講師を担当しているが、街頭宣伝における携帯電話の持参問題、刑事訴訟法二一七条と黙秘の問題など団できちんと議論すべきであると考えている。
五月集会の持ち方であるが、分散会も分科会も時間の関係で遠慮して一回しか発言できず、また、発言を聞いて関連して発言することが困難なことにストレスがたまった。会議は「言いっぱなし、聞きっぱなし。」になる。さらに、事務局が発言しにくい雰囲気も改善する必要がある。ちなみに、前記Wさんは、前回の五月集会における団の活動を積極的に担っている事務局の発言に感動し、今回奮闘した。加えて、「うまくいった。」という自慢話ばかりでなく、内山団員の最後のあいさつ(これが実にすばらしく、声をたてて笑ってしまった)にあったような悲惨な支部の現状、抱えている課題についての報告があってもよく、そこからどうするのかを議論できるようにしたほうがよい。
いずれにせよ、今回の滋賀支部からの大量参加は事務局を含めて支部を活性化させる起爆剤になるだろう。六月六日には事務局にも参加してもらい、支部例会で五月集会報告会を開催する。これからさらに多くの新入団員を迎え、来年の五月集会にはさらに沢山の参加ができるようにしたいと考えている。
はじめに
去る二〇〇七(平成一九)年四月二日、名古屋高裁金沢支部(裁判長裁判官・長門栄吉、裁判官・沖中康人、同・加藤員祥)で小松基地訴訟控訴審判決が言い渡された。判決は、日々繰り返される原告らの身体、生活への侵害を根本的に解決するものではなく、次なる戦いを強いられる内容であった。
第三次、四次訴訟の提起
小松基地訴訟は、一九七五(昭和五〇)年に、わが国初の軍事基地を相手方とする騒音等をめぐる訴訟として、基地周辺住民らが国を被告とし、自衛隊機、米軍機の軍事行動の違憲性などを根拠として、それらの飛行差し止めを求めて提起し、その後提起された第二次訴訟と併合された後、一九九四(平成六)年一二月二六日の高裁金沢支部の判決でひとつの区切りをつけた。同判決は、過去分の損害賠償は認めたが、自衛隊等の違憲性は判断せず、原告らの悲願であった差し止めも却下(米軍機については棄却)したため、原告らの騒音被害の根本的解決にはならなかった。
そのため、住民らに第一次、第二次判決の説明会を開催する中で、住民らの間で自然発生的に今一度新たな戦いを構築すべきだとの声があがってきた。そこで、住民らの日々の騒音被害の根本解決を目指して、一九九五(平成七)年一二月二五日に第三次訴訟、一九九六(平成八)年五月二一日に第四次訴訟を提起し、両訴訟が併合されて審理された。この第三次、第四次訴訟の原告総数は一八〇二名となった。
そして、二〇〇二(平成一四)年三月六日、第三次、第四次訴訟の一審判決が言い渡されたが、同判決でも、過去分の損害賠償は認めたが、自衛隊等の違憲性は判断せず、結果的に差止めも認めなかったが、自衛隊機の民事差止請求の適法性を肯定したのである。これは、先の一次、二次訴訟の一審判決と同じであるが、その後、厚木基地訴訟最高裁判決(一九九三(平成五)年二月二五日)が自衛隊機の飛行差し止めを民事訴訟で求めるのは不適法としたことから、小松基地一次、二次訴訟の前記控訴審判決も一審判決を破棄していた。しかし、それにもかかわらず、再び民事差止請求を適当と判断したのである。この判断は、住民らの悲願である騒音被害の根本的解決のための大きな一歩となるとともに、自衛隊機の飛行訓練拡張の動きに対する大きな抑止力になると評価できるものであった。
この一審判決に対して双方が控訴して本判決が言い渡された。本判決では、(1)自衛隊機の民事差止の適法性はもちろん、(2)自衛隊及び在日米軍の違憲性、(3)健康被害の存否、(4)七五コンター住民の救済、(5)国主張の「危険への接近の法理」の採否、(6)将来請求の成否、などが主要な争点となった。
判決の内容
控訴審は、(1)自衛隊機の民事差止の適法性について、原告は、立命館大学の吉村良一教授の意見書を提出しながら公害訴訟において差止を認容する判決が増えていることを説いたが、判決は、自衛隊機の運航は、防衛庁長官の公権力の行使にあたるので、民事上の請求として不適法であるという先に引用した厚木基地訴訟最高裁判決をそのまま踏襲して請求を却下した。また、(2)違憲性の主張についても、これまでどおり、司法消極主義から判断を回避している。このような司法の消極的態度が結果的に自衛隊の存在を追認し、その活動を飛躍的に増大させてきてしまったことを、司法は自覚すべきである。さらに、(3)健康被害についても、原告らが現実に健康被害に苦しんでいることが健康被害調査から明らかであるにもかかわらず健康被害を認めなかった。また、(6)将来請求については、原告らは、騒音地域が固定化していること、地方都市では転居の可能性が低いこと、防音工事も単に賠償額の減額要素となるにすぎず権利発生の基礎をなす事実関係及び法律関係が継続する蓋然性は大きいこと、また、原告らが訴訟を反復することは極めて困難であることを説いたが、控訴審は、居住状況の変動の可能性、防音工事の進捗の可能性という理由で将来請求を一切認めなかった。
しかしながら、過去分の慰謝料請求については、控訴審判決は、原告らの騒音被害と国の施策の違法性を認め、国に対して総額約一一億八八〇〇万円の支払いを命じた。判決の中で、裁判所は、(4)七五コンター内の原告らについても救済しており、もはや七五コンターのラインで住民を救済する判例が確立しているといえる。また、(5)「危険への接近の法理」については全面的に否定した点も評価できる。すなわち、コンター内への新規転入者については、コンター内で一定期間生活するまでは、騒音の有無、程度、頻度等の騒音の詳細な実態を把握することは極めて困難であるとして、「危険への接近の法理」の適用を否定している。また、コンター内において転居した者、あるいは、コンター内に再転入した者については、ある程度騒音の実態について認識があったといえないわけではないとしながら、小松基地周辺は地縁血縁が強い土地柄であり婚姻等を契機にコンター内へ再転入等することはやむを得ないことであるとの判断を示して、「危険への接近の法理」を否定した。これにより、救済された原告は決して少なくないので、この点も評価できるところである。
終わりに
本控訴審判決では、損害賠償については一定の結論を得られたが、差止請求について大きな後退を見せるなど決して原告らの騒音被害を根本的に解決する内容ではなかった。しかし、少なくとも、本控訴審判決のような賠償勝訴の判決を勝ち取っていくことは、今後の小松基地拡大の抑止力になるものであり、やがては騒音被害の根本的解決に結びついていくものであると信じる。小松基地では周知のとおり、沖縄嘉手納基地の米軍の一部受け入れが決定し、今年五月から飛行訓練が開始され、今後の騒音被害はますます悪化していくことが予想される。このような向かい風の中で、「抑止力」としての小松基地訴訟の意義はますます大きくなっていくと思われる。
一 事件概要
この事件は、二〇〇六年七月三一日から始まった朝日新聞の偽装請負告発キャンペーン(と朝日新聞編集部自身がそのように述べている)に先立つ一年前である二〇〇五年六月、松下プラズマディスプレイ(以下「松下」と示す)茨木工場(大阪府茨木市)で稼働していた下請労働者である吉岡力氏が、大阪労働局に松下の偽装請負を告発し、同時に地域労働組合による交渉によって二〇〇五年八月から「期間工」(有期契約)となった後、就労をしながら、二〇〇五年一一月に松下に対し、
1 黙示の労働契約の成立によってもともと期限の定めはない
2 労働者派遣法に基づく直接雇用申込義務から期限の定めのない労働契約が成立
3 「期間工」に採用後、朝会にも参加させず、隔離したことに対する慰謝料請求を求めて提訴中の二〇〇六年一月三一日、期限とおり雇い止めを受けたことに対し
4 松下による有期契約を理由にした更新拒否行為の無効
5 解雇したこと自体が組合活動、告発行為であり、不法行為による慰謝料請求を追加したという事件である。
二〇〇七年四月二六日、大阪地方裁判所の山田陽三裁判官は、吉岡氏の請求のうち、直用となった後に松下が吉岡氏に与えた仕事がいやがらせであるとして四五万円の慰謝料は認めたものの労働契約上の責任は契約形式のみで切り捨てる不当判決を下した。
二 判決理由の要旨
1 吉岡氏に対する労働契約上の地位確認について
判決は、吉岡さんの黙示の労働契約の有無、労働者派遣法四〇条の四に基づく雇用契約の成立、期限の定めに対する交渉経過の中での異議の効力のいずれも否定した。
しかし否定の理由は簡単過ぎるといえる。判決は、吉岡氏に対し松下従業員が指揮命令をしていたことから「いわゆる偽装請負の疑いが極めて強い」と認定した。しかし「雇用契約の本質は、労働を提供し、その対価として賃金を得る関係にある」として松下と吉岡氏の間に「賃金支払関係がない」という事だけで契約上の地位をあっさり否定している。これでは間接雇用形態では黙示の労働契約は一〇〇パーセント否定される。
さらに、派遣法四〇条の四の解釈では「偽装請負」である本件でも「被告を派遣先、原告を派遣労働者とする関係であると解する以上、被告としては、一定の条件のもと、労働者派遣法に基づき、原告に対し、直接雇用する義務が生じることが認められる」との積極的判断をしめしながら「労働者派遣法は、申込の義務は課してはいるが、直ちに、雇用契約の申込があったのと同じ効果まで生じさせない」として雇用契約関係の成立を否定した。
また二〇〇六年一月末日で契約更新を拒絶したことに対しても、代理人弁護士名で内容証明でもって松下に対し異議を留めたうえで、署名押印した契約であったが、判決は「異議を述べていても契約を締結する際松下を拘束するものではない」として、期間工の期限の定めも契約書に署名した以上、契約期間としての取り決めは有効であり、松下による吉岡氏に対する更新拒絶は容認できるとして、地位確認請求をすべて否定した。
2 松下による不法行為(隔離による嫌がらせ)に対する慰謝料請求について
裁判所は期間工契約後に、松下が吉岡氏をリペア作業(パネルに付着した接着剤を何時間もかけて竹ぐしで剥がす作業)に就かせたことについて、リペア作業そのもののが、嫌がらせ目的という点は否定したものの、そもそも労働者派遣法の趣旨からすれば、吉岡氏を従前の業務に従事させるのが本来の趣旨であるはずと派遣法の趣旨を引用し、すでにパスコから退職したいた吉岡氏が松下からの雇用契約の内容まで否定出来なかったことを踏まえ松下が吉岡氏に命じたリペア作業が、「あえて原告に担当させる必要性もなかった」「他の従業員との接触を長期間にわたり制限することになるリペア作業を命じることは、本件雇用契約の締結にいたる経緯を前提とする限り、原告に対し精神的苦痛を与えるものである」であるとの判断を示し慰謝料四五万円の支払を命じた。
三 高等裁判所で問いなおされる労働契約の意味
判決が、吉岡氏の告発から契約にいたる経緯を踏まえ松下の「いやがらせ行為」を認定し断罪した点は大きい。しかし、松下のコメントは「最大の争点に勝訴」というものであり、不法行為が認められたという反省はない。
このような形式的判断では、労働契約において、労働者が保護されることはまれになってしまう。使用者は自らに有利な契約を労動者に押しつけるのが常だからである。
「形式平等に隠された使用者の意思の貫徹と使用者責任回避を如何に防ぐのか」高等裁判所で改めてとうことになる。
四 敗訴でも広がる非正規労働者の運動
判決当日は、吉岡氏のよびかけに応じて全国から組合の立場を超えて偽装請負で闘っている組合が集まった。キャノン茨城工場の東京ユニオンや東芝家電茨城工場の武庫川ユニオン、徳島光洋シーリングテクノ分会など組合代表者らが集まり、判決を批判し、国による抜本的な対策を求める共同声明を発表した。また新聞も朝日を始め、判決批判が展開された。負けても非正規の運動は広がっているのである。(代理人は報告者の他、中筋利朗、大西克彦、奥田愼悟、中平史)