<<目次へ 団通信1269号(4月11日)
東京支部 中 川 勝 之
「九条世界会議」まであと約三週間。二日目の五月五日(月)に幕張メッセの国際会議場で行われる日本と世界の法律家の分科会をそれぞれの企画担当者から紹介していただきました。
海外から法律家が約三〇名来日します。日本の法律家もこれに負けないくらいの参加で、二つの分科会を成功させましょう。
世界の法律家パネル紹介
五月五日(月)午後四時〜六時半 三〇三会議室
「世界は九条をどう生かすか?〜世界各国の法律家は訴える」
各地で平和のために闘っている世界の法律家たちが集結!
莫大な軍事費が経済を圧迫しているアメリカ、朝鮮半島の統一や北朝鮮の核問題を抱えている韓国、NATO軍の海外派兵やEU憲法の平和条項をめぐって議論がたたかわされているヨーロッパ、今も紛争の絶えない中東、民族紛争や武器輸入、武器取引が深刻な問題となっているアフリカ、軍隊のない国コスタリカの現実は?・・・各地域・国を代表する法律家が、それぞれが抱える「平和」問題の実態や人々の平和のためのたたかいを報告。それぞれが異なる状況下で、これまで日本の九条やその理念をどう生かしてきたのか、そして、これからどう生かしていけるのかについて、ディスカッションします。
(海外からのパネリスト)
ピーター・アーリンダー(アメリカ・弁護士、ウイリアムミッチェル法科大学教授)、イ・ジョンヒ(韓国・民主社会のための弁護士会前女性委員会議長、米軍委員会所属)、ヨーロッパ、アフリカ、コスタリカなど各大陸からのパネリストを予定。
日本の法律家の企画紹介
五月五日(月)午後一時〜三時半 一〇一号会議室
「環境から見た基地問題」
五月五日の午後一時から開催される日本の法律家の自主企画は、「環境から見た基地問題」をテーマに、横須賀米軍空母母港問題と沖縄・辺野古の新基地建設問題を取り上げます。講師は、それぞれ呉東弁護士とジュゴンの里代表の東恩納さんです。
横須賀では二度目の母港問題についての住民投票を求める署名活動が行われており、八月に予定されている母港化を前に現在目標の六万人の署名を集めるために、全市で燃え上がっています。辺野古では一月二四日にアメリカ・カリフォルニア州地裁でジュゴンへの影響を調査するように命じる判決を勝ち取り、今後の環境保護に新たな力を得ています。
いずれの問題も、基地は平時でも自然や環境を脅かす存在であり、しかも沖縄・横須賀ともに米兵による犯罪が多発していることもあり、基地の存在が住民の身体や生命さえも脅かしています。この九条世界会議をきっかけにして、基地と環境・住民の安全は共存できない、九条を持つ国として、戦争につながる基地の存在は許さないということをアピールしていきたいと思います。
なお、会議三日目の五月六日には横須賀の米軍基地を海外の法律家といっしょに視察するツアーを企画しています。これにもご参加ください。
*なお、賛同金、チケット、分科会内容のお問い合わせは、「9条世界会議を成功させる法律家の会」の事務局までお願いします。
9条世界会議を成功させる法律家の会事務局:日本国際法律家協会内
〒160-0004 東京都新宿区四谷1-2 伊藤ビル2F-B
電話03-3225-1020、FAX03-3225-1025
e−mail:LEH00076@nifty.ne.jp
分科会(二日間通し)
(1)改憲阻止分科会
担当事務局次長 馬 屋 原 潔
国際平和協力懇以来、恒久派兵法制定に執念を燃やしている福田総理の下、恒久派兵法を巡る情勢はいつ動き出すか分からず、急を要する情勢にあります。そのような情勢の下、この分科会では恒久派兵法を中心に据えて、じっくり議論をして、今後の運動に役立てていきたいと考えています。
恒久派兵法については、石破私案を中心とした法案の問題点のみならず、湾岸戦争以来の歴史、日米同盟強化の流れ全体との関係も含め、この法案の問題を多様な視点から浮き彫りにするとともに、今後、どのように訴えて運動を強めていくのかについても議論をしたいと考えています。
今回は二日間通しで分科会がありますので、恒久派兵法だけでなく、次の二つのテーマも取り上げたいと思っています。
一つは、経験交流で、五月三日前後の憲法集会、九条の会の取組等で、民主団体の運動の推進や共同の拡大に当たって団員や団支部が果たしてきた役割やそこから得た教訓について経験交流をしたいと思っています。もう一つは、基地問題で、これまでの常幹でも沖縄、岩国、横須賀の問題を取り上げ、基地そのものの問題や軍隊の持つ異常性等について取り上げてきました。そのような問題について更に議論を深めるとともに、基地反対闘争と改憲闘争との連携についても議論をしたいと考えています。
今回の分科会の中心テーマは恒久派兵法であることは言うまでもなく、これから先の中心的な闘争課題としてじっくり討論を深めたいと考えていますが、それだけでなく、各地の取組の経験交流や基地問題での闘争の交流も行いますので、各地の団員、事務局員の皆様の御参加をお待ちしています。
(2)教育分科会
担当事務局次長 三 澤 麻 衣 子
「改正」教育基本法に基く(1)愛国心等の徳目の押しつけ、(2)国家による教育統制の具体化が始まっています。教育三法改正、学習指導要領改訂等で愛国心の強調、教育現場の管理・評価体制の整備・厳格化が図られました。二〇〇七年四月には全国いっせい学力調査が実施され、そこでは生活習慣等調査、学校長に対する学校質問紙調査まで行われ、行政による教育現場の監視の意図が窺え、結果公表をめぐっては競争の激化が懸念されます。教育再生会議最終報告でも、道徳教育、競争主義の強化が指摘されています。このように、改正教育基本法に基き、国家からの教育委員会、学校、教員に対する管理統制が徹底され道徳教育、格差教育が推進されつつあります。
しかし、このような教育統制の動きに対して、現場で戦っている人達がいます。今回の五月集会教育問題分科会では、現場での戦いの状況を把握し、法律家として、自由法曹団として、彼らをどう支えていくべきか、あらためて考えたいと思います。具体的には、五月二四日(土)の午後には、全国いっせい学力調査に唯一不参加の愛知県犬山市の教育委員会委員であり、かつ、名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授である中嶋哲彦氏から、教育行政学・教育法学研究者として、犬山市教育委員として、お話をいただき質疑・討論、二五日(日)午前は、日の丸・君が代裁判をはじめとする教員を巡る裁判の状況について団員などから報告をうけ討論を行います。
(3)刑事裁判分科会
〜裁判員制度=刑事弁護の新たな受難時代の到来か?
担当事務局次長 神原 元
いよいよ裁判員制度の施行が来年に迫りました。裁判員制度は国民の司法参加として期待する向きがある一方、裁判員の負担減のため裁判の“迅速化”が要求される等、刑事弁護人に新たな負担を課す不安もあります。
この点、制度設計者は「裁判員裁判では核心部分の判断が正しければ枝葉にまでこだわらなくてもよい」と語っています。しかし、糾問的な捜査を変えず、重要な争点を公判前整理手続きで切り捨てつつ“迅速”な裁判を行うとすれば、「精密司法」ならぬ「杜撰司法」となり、冤罪・誤判の温床とならないでしょうか。
日々刑事弁護に取り組む私たちは、裁判員裁判にどう取り組むべきでしょうか。分科会では、過去のえん罪事件にヒントを求めながら、立法上の問題点を指摘するだけでなく、法廷で具体的にどう闘えばいいのか、実践的な問題にも議論を進めたいと思います。
何より、制度のもとで刑事弁護の実践に取り組む若手に、多くの参加を求めます。
(4)労働分科会
労働問題委員会委員長 鷲見賢一郎
一日目「ワーキングプアと労働者派遣を考える」
「一七〇〇万人を超える非正規労働者、年収二〇〇万円以下一〇〇〇万人超える、労働者派遣のピンはね率三二%」等の労働・生活実態が明らかになる中で、いま、「ワーキングプア・ノー、労働者派遣法の抜本改正を」の世論が広がっています。労働問題分科会一日目は、脇田滋龍谷大学教授を講師にお迎えして、分科会「ワーキングプアと労働者派遣を考える」を行います。脇田教授の最近の著書には「労働法を考える」(新日本出版社)等があります。
二日目「労働裁判闘争を勝ち抜くために」
この間、各地の裁判所・労働委員会で、勝訴、敗訴の裁判・命令が出ています。「事実の解明、憲法と法律の適用、職場内外の世論」等、労働裁判・労働委員会闘争勝利の要因は何か、また、敗訴をいかに勝利に転ずるか等を議論したいと思います。また、原告等当事者、労働組合、弁護団の団結等、たたかう体制の確立のために何が必要か等についても意見交換したいと思います。労働審判の取組についても討議します。これから労働裁判に取り組もうという方も多数参加下さい。
(5)貧困問題分科会
担当事務局次長 半 田 み ど り
5月集会では、生活保護・多重債務・年金問題といった、貧困を一つのテーマとして取り上げます。
生活保護を求めて申請窓口に訪れる市民を違法不当に追い返したり、保護が開始された市民に違法に辞退届を強要するなどと言った、重大な人権侵害は、餓死事件で悪名を馳せてしまった北九州だけではなく、各地の自治体で起こっています。
このような状況の中、生活保護問題に対する弁護士の関わりが活発になっています。本分科会では、各地の団員による、生活保護に関する相談活動、生活保護申請への同行や代理申請、不服審査請求・生存権訴訟などへの取り組みの報告・経験交流を行います。
さらに、各地の生活保護行政で多発する違法不当な取り扱いの実態を踏まえ、なぜこのような問題が起きるのかを知り、改善につなげるため、約三〇年間、ケースワーカーとして勤務した大阪府職労OBを招き、内部から見た生活保護行政の実態や組合の戦いについて報告をいただきます。
また、生活保護に限らず、クレサラ被害者の会会長から多重債務問題、社保庁OBからは年金問題にみる貧困といった、興味深いテーマのご報告もいただきます。
団員だけではなく、各現場に携わる人の貴重な報告を交え、より多くの団員に、貧困問題の関心・取り組みを広めていける分科会にしたいと考えております。
(6)地方自治分科会
担当事務局次長 町 田 伸 一
真の住民自治・団体自治を目的としてではなく、国の財政赤字の解消を目的とした構造改革・新自由主義路線に基づく三位一体改革は、市町村合併を押し付け、地方自治体の財政を破壊し、公務を次々と民営化しています。この流れに抗することのできない自治体では、住民は社会保障の切り捨てに、自治体労働者は失職や労働条件切り下げの事態に直面させられています。また、地方財政健全化法に基づく指標の公表が平成一九年度決算から、財政健全化計画の策定の義務付け等が平成二〇年度決算から適用され、財政破綻する自治体が続出することが予想されます。
団は、昨年9月に夕張市を訪れ、財政破綻した自治体の状況を視察しました。また、団員は、各地で、オンブズマン活動を行い、自治体労働者の権利擁護のために奮闘しています。今年の大阪府知事選、京都市長選では、団員が自治体民主化を訴えて奮闘しました。
地方自治分科会では、自治体アウトソーシング・自治体労働者のたたかい・地方財政と市民オンブズマン活動・選挙を通じた自治体民主化等について、活発に取り組んでいる団員からご報告頂き、地方自治を巡る裁判の状況について交流します。地方自治分科会を、今自治体に求められている地方自治体の機能の再構築・専門的力量の回復に弁護士として関わり、大企業本位の地方自治行政をやめさせ、住民の福祉を充実させる自治体作りに全国で取り組むための足掛かりにしましょう。
茨城(県) 谷 萩 陽 一
日本一アユが捕れる川はどこかご存じだろうか。四万十川あたりの知名度が高いようだが、実はわが茨城県と栃木県を流れる那珂川なのである。年間漁獲高は、那珂川が一〇二五トンで、二位の相模川の二六八トンを大きく引き離している。
茨城県には、日本第二位の面積をほこる霞ヶ浦があるが、これがまた日本一(?)汚れている。そこで、那珂川から霞ヶ浦まで四六キロもの地下トンネルを掘って那珂川のきれいな水を霞ヶ浦に流し込んで浄化しようという「霞ヶ浦導水事業」なる国の事業が進められている。総事業費は一九〇〇億円。すでに総額の七割以上を使って、トンネルは三分の一しか進んでいない。完成予定年度はすでに三回延長されている。典型的な金食い害虫的公共事業である。
この導水事業の那珂川からの「取水口」の建設工事については、那珂川に漁業権を持つ漁業組合との話合いがすでに二〇年以上続いてきた。
漁協が心配しているのは、アユが卵からかえって仔魚(しぎょ)となって海に下る間にこの導水に吸い込まれてしまうこと。また、那珂川の水量が減るから、仔魚が成長する河口付近の海の環境が変わり、川に帰ってくるアユが減ってしまうことなど。
昨年秋になって、国交省は突然漁協との話合いを打ち切って工事に着工すると通告。「実物大の実験施設を作る」というふざけた名目である。漁協は強く反発。経緯を報じる新聞紙上に『法的手段も辞さず』といった表現がみられるようになり、ひそかに(?)成り行きを見守っていたところ、わが事務所に持ち込まれた。
また大変な事件だが、団員たるもの逃げるわけにはいかない。四月にも着工か、という期限の迫るなか、八ツ場ダム裁判の弁護団の方などにも応援を頼み、バタバタと準備をして、さる三月二七日、取水口の着工等の差止を求める仮処分の申立を行った。『那珂川アユ裁判』と名付けた。
申立人には、那珂川にアユなどの漁業権を持つすべての漁協・連合会が加わった。申立当日は、二〇〇名以上の組合員が、アユのイラストの付いたおそろいの帽子をかぶって裁判所周辺をデモ。申立後は、建設予定地の堤防で集会。旗や横断幕をかかげた漁船約三〇隻が那珂川に出てアピールをした。読売新聞が空からこの様子を撮影し、記事はネットでも公開された。この種の公共事業では、漁協が補償金をもらって事を収めてしまうことがある。しかし今回の漁協の姿勢はすっきりしている。
実は、霞ヶ浦導水事業をめぐっては、以前に水戸地裁で住民訴訟をやったのだが、「財務会計行為論」のレベルで見事に門前払いされ、苦杯を舐めた。今度はその心配はない。
川辺川、諫早湾などの弁護団員や、多くの団員の皆さんにも代理人に就任していただき、漁協への励ましとなった。全国の釣り人にも支援を呼びかけようなどと相談している。今後、ご支援をよろしくお願いしたい。
東京支部 土 井 香 苗
(国際NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ(*)日本駐在員)
*ヒューマン・ライツ・ウォッチは、世界八〇カ国の人権状況を常時モニターする世界最大級の国際人権団体。本部ニューヨーク。
本原稿執筆時点で、中国政府によるチベット及び周辺地域での弾圧が続いています。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、チベット関連でも多くの情報を配信していますが
(詳しくは(英語) http://www.hrw.org/doc?t=asia&c=china)、以下、中国における人権侵害に関連して日本語訳された文書を2回にわたって紹介させていただきます。
●第一回
(二〇〇八年三月一三日 東京)ヒューマン・ライツ・ウォッチは、本日、中国北京で開催される二〇〇八年オリンピックに参加する日本政府当局者に対し、中国政府が、政府に反対する意見を述べる者たちにを黙らせている問題を解決し、オリンピック開催に関連して人権状況を改善するというオリンピックに関する公約を遵守するよう中国政府に働きかけるべき、と発表した。ヒューマン・ライツ・ウォッチのエグゼクティブ・ディレクター、ケネス・ロスは、アジア各地の人権問題についての働きかけを行うため、3月半ばに来日する。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本国の福田康夫内閣総理大臣への書簡を公開することで、二〇〇八年八月に開催される北京オリンピックに先立ち、日本政府に対し、人権保護や報道の自由を促進するよう強く働きかけた。そして、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、オリンピックが開催されるまでに5ヶ月足らずの現在、中国における人権状況はむしろ悪化しており、国際社会が一致してこの問題に注目することが、中国政府の行動を変えるためには必要である、と述べた。
「日本政府高官が北京オリンピックに参加するのを機会に、日本政府は、日本の持っている影響力を発揮し、中国政府に人権の改善をするよう働きかけるべきだ。」「日本政府が、北京オリンピックに先立ち、オリンピックに関連した中国での人権問題を解決するための戦略を欠いていることは、残念だ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのエグゼクティブ・ディレクター、ケネス・ロスは述べた。
1月8日付け福田首相への書簡において、ヒューマン・ライツ・ウォッチは以下の質問を行った。
○日本政府は、中国政府に対し、二〇〇八年オリンピック大会に関連する人権侵害についての懸念を表明するため、どのような行動を取られますか。大会開始前のこの数ヶ月の間に懸念を表明するための、日本の外務省の戦略をお知らせください。
○日本政府は、北京入りする多数の日本人のジャーナリスト、国際・国内通訳者、コーディネーター、写真家などが、中国政府の報道の自由に対する公約を額面どおりに捉えた場合に、拘禁、ハラスメントなどの嫌がらせを受けないようにするため、オリンピック大会前及び期間中、いかなる措置を取られますか。
○日本政府は、日本オリンピック委員会及び国際オリンピック委員会が、中国における人権に関して、いかなる義務を果たすと期待されますか。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本政府に対し、中国政府による具体的な改善が見られるようにしっかりと要請することを求めた。改善が見られない場合(特に報道の自由について改善が見られない場合)、福田康夫首相その他日本政府高官は、北京オリンピックの開幕式又は閉幕式への招待を辞退することを考慮すべきである。---プレスリリースは以上
ヒューマン・ライツ・ウォッチの福田康夫日本国首相宛書簡
二〇〇八年一月八日
人権と北京オリンピックについて
内閣総理大臣 福田康夫 殿
二〇〇八年北京オリンピックに先立ち、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本政府が、中国における人権状況に好ましい変化をもたらすため、主要な役割を担うことができる、と思料いたします。貴殿は、中国訪問を成功させ、来春には胡錦濤国家主席の日本訪問を控えておられ、こうした役割を担うにつきまたとない立場におられます。これは、日本政府にとって、国際連合に対する「日本の自発的誓約」(「人権が国際社会の正当な関心事項であるとの強い信念」について言及しています。)に従い、人権促進への貢献を示すよい機会でもあると存じます。
この地域における日本の立場に鑑み、こうした日本政府のイニシアチブは特に重要です。こうしたイニシアチブは、北京五輪に参加する他の多くの国の行動に影響を及ぼす他、主要な企業スポンサーはもちろん日本オリンピック委員会からも実りある歩みを引き出すことにつながると思われます。昨年の一一月、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本オリンピック委員会の方々とお会いし、情報を提供させていただき、関心をお持ちいただきました。
二〇〇一年二月、当時、五輪招致活動を行っていた劉敬民(Liu Jingmin)北京五輪組織委員会執行副主席は、招致を勝ち得た場合、「中国における人権状況をより改善するのに役立つ」と述べました。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、今に至るまで中国における多くの人権侵害を調査・記録しています。しかも、その多くは、中国政府の五輪招致に特に関連する人権侵害です。
1 報道の自由に対する侵害
中国政府は、二〇〇一年、オリンピックの間メディアに報道の自由を与える、と具体的に公約しました。二〇〇六年一二月、中国政府は、公約の一環として、二〇〇八年北京五輪の期間中及びその準備期間中、認定を受けた外国人ジャーナリストに対し、より広範な自由を与えるため、新たな暫定的規則を発表しました。この決定により、報道活動に対する厳格な公的統制(こうした統制の結果、中国における外国特派員の表現の自由は、長期間制限されてきました)がかなり緩和されたかに見えました。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチの調査は、上記暫定規則が執拗に無視され続けており、外国人ジャーナリストたちが、中国政府の役人、治安部隊、そして、政府の命令で活動していると思われる私服の暴徒により、日常的に嫌がらせを受け、身柄拘束され、脅迫され続けていることを示しています。一方、中国人のジャーナリスト、調査員、通訳者、アシスタント、外国特派員には、公式のプロパガンダシステムの背後でこうした措置が取られていることを報道すれば、政府から悪意の報復を受ける危険が存する状態が続いています。
2 北京における出稼ぎ建設労働者の権利の侵害
二〇〇一年、北京が二〇〇八年五輪の開催地に選定されたことで、建築ブームに火がつきました。この建築ブームは、一〇〇万人以上もの圧倒的多数の出稼ぎ建設労働者に支えられていますが、これらの労働者たちは、日常的に賃金を騙取られ、危険な労働条件下におかれ、基本的な社会サービスを受けられないことはもちろん、医療保険や事故保険も適用されません。
3五輪関連のインフラのための北京住民の大量立退きと住宅取壊し
オリンピック会場や新道路の建設、地下鉄網の拡張などのインフラ建設のため、北京の広域にわたって再開発が行われ、莫大な人的被害が発生しています。特に、数千人もの北京市民たちが、適正手続や法定の補償金の支払いもないまま、自宅から強制的に立ち退かされ、その後、自宅を取り壊されています。
4 反体制活動家を封込め沈黙させるための自宅軟禁など、超法規的手段の使用の増大
二〇〇八年北京五輪に先立ち、政府が人権を尊重しないことを批判する中国市民は、自宅軟禁などの超法規的手段で身柄拘束され、沈黙を強いられています。自宅軟禁などの手段は、個人の自由への無期限の制限として強制されており、警察が直接実行しています。曖昧な法的根拠や被疑事実によって実行されることが多く、中国市民は公開裁判を受ける基本的な権利も認められていません。著名な中国の反体制活動家である胡佳(Hu Jia)氏と曾金燕(Zeng Jinyan)氏は、二〇〇八年五輪に先立ち、中国政府の人権状況を批判したため、二〇〇七年五月より北京で自宅軟禁されています。
以上の人権侵害、そしてその他の人権侵害の詳細につきましては、北京オリンピックに関するヒューマン・ライツ・ウォッチのウェブサイト(http://china.hrw.org/press/)をご参照下さい。
上記の状況に鑑み、ヒューマン・ライツ・ウォッチは、日本政府に対し、以下を明らかにするよう要請いたします。
○日本政府は、中国政府に対し、二〇〇八年オリンピック大会に関連する人権侵害についての懸念を表明するため、どのような行動を取られますか。大会開始前のこの数ヶ月の間に懸念を表明するための、日本の外務省の戦略をお知らせください。
○貴殿又は日本政府のメンバーがオリンピックに出席予定の場合、オリンピック大会前及び大会期間中、オリンピックという機会を捉えた戦略の一環として、いかなる発言及び行動を取られるおつもりですか。
○日本政府は、北京入りする多数の日本人のジャーナリスト、国際・国内通訳者、コーディネーター、写真家などが、中国政府の報道の自由に対する公約を額面どおりに捉えた場合に、拘禁、ハラスメントなどの嫌がらせを受けないようにするため、オリンピック大会前及び期間中、いかなる措置を取られますか。
○日本政府は、日本オリンピック委員会及び国際オリンピック委員会が、中国における人権に関して、いかなる義務を果たすと期待されますか。
福田総理大臣、貴殿は、オリンピックへのカウントダウンが続く今、これらの人権問題、並びに、北朝鮮からの脱北者の頻繁な逮捕や強制送還等を含むその他の緊急の人権問題について、中国の指導者らに、実質的に関与するという希有な機会をお持ちです。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、そのための、貴殿のご尽力を支援したく希望します。そして、中国の人権状況について話し合うため、貴殿との面談の機会をいただければ幸いです。そして、貴殿と日本政府が事態に変化をもたらす方法について、具体的に提言させていただきます。ヒューマン・ライツ・ウォッチには、日本駐在スタッフがおりますので、貴殿のご都合がよい最も早い日時に、お会いさていただくことが可能です。
ご検討に感謝いたします。
エグゼクティブ・ディレクター ケネス・ロス
上記プレスリリースと書簡の英語オリジナルについてはこちらのURLをご参照下さい。
プレスリリース http://hrw.org/english/docs/2008/03/13/japan18280.htm
書簡 http://hrw.org/english/docs/2008/03/11/japan18254.htm
(次号に続く)
北海道支部 市 川 守 弘
1 マスコミによれば、3月中旬以降、チベット自治区、四川省、甘粛省などチベット人居住地域において、チベット人に対する中国人民解放軍ないし武装警察官による死者を含む暴力的行為が繰り返されている。多くのメディアがこの模様を取材できない為、情報は中国政府とダライ・ラマ亡命政府などからの情報をもとに判断するほかはない。しかし、情報が少ないことは我々がこの問題にどのように対応するかに躊躇する理由にはならない。
まず、映像だけを見れば、チベット人はたいした武器を持っていないにもかかわらず、中国政府側は装甲車まで出動させていること、チベット人に死者が出たことは紛れもない事実であること、などから、圧倒的武力を背景に、中国の武装勢力がチベット民衆と対峙していることは疑いようのない事実であることだからである。そして我々は、このような武力行使そのものに対して、断固として抗議すべきである。
2 次に、我々はチベットの歴史を見ることによって中国政府のいう今回の「暴動」の背景を知ることができる。
チベット人は、有史以前からチベット高原を舞台に生活をする民族である。中国の漢民族などの多数民族とは異なり、独自の言語、文化、宗教を持ち、明らかに少数民族として中国大陸のチベット高原に存在していた。一九五〇年一〇月に軍事的に侵攻してきた中華人民共和国の行為に対し、チベット内閣及び国民議会は、中国による武力行使を止めるべく国連に訴えた。国連は五九年一〇月「チベット人の基本的人権と特有の文化及び宗教生活の尊重」を要請する決議をあげた。六五年一二月には国連総会が「チベット人が常に享受していた人権と基本的自由をチベット人から奪うあらゆる行為の停止」を求める決議を採択した。なお六〇年にはチベット亡命政府が樹立されている。
「偏らない」事実を見ても、少なくとも中国は少数民族であるチベット人に対し、その民族的権利を、暴力を背景に一方的に踏みにじってきた歴史を知ることができる。
このような背景のもとに、今回のチベット人の中国政府に対する抗議、それに対する解放軍による暴力的制圧が行われたと見ることは、かなり的を得ているものと考える。
3 我々は、アジアで起こっている重大な多数民族による少数民族に対する支配をいかに考えるべきか?
市民的及び政治的権利に関する国際規約27条は、少数民族の権利として自己の宗教的、文化的、言語的権利を享受する権利を有することを規定している。また昨年採択された先住民宣言は、先住民族は民族の抹殺から保護される権利、固有の民族的・文化的アイデンティティーを保持し促進する権利、自らの言語を使用する権利、先祖伝来の土地および領域を所有し管理する権利、没収された土地に対する補償を受ける権利、かれらに影響を及ぼす開発プロジェクトについて協議を受ける権利、領土内および地域問題に関する自治の行使の権利、そして「国家の政治的、経済的、社会的、文化的生活に差別をうけることなく、他のすべての市民と同等の立場で参加する権利」を有している、と宣言している。
これらの規約や宣言は、国際的に認められている民族の権利である。たとえ、この権利が「独立の権利」を認めていないとしても、他民族による支配、抑圧、搾取に対し、これを排除し、先住少数民族自らが自己決定権を有することを認めている。
我々は、少なくともこの国際法に従って解決することを、広くアジアに発することができるし、しなければならない。中国は、チベット問題は「国内問題である」という。しかしこれは絶対に違う。今回の問題は、中国国内の多数民族と、異なる独自の言語、文化、宗教を持つチベット人との問題であり、異なる民族間の問題である。各民族がそれぞれ自己決定権を有する以上、この異なる民族間の問題は、自己決定権を有するもの同士の関係となり、常に国際問題なのである。もし、この問題を「国内問題」と認めれば、それは直ちに多数民族による少数民族の抹殺を肯定することになってしまうからである。この点がカンボジア(ポルポト問題)やミャンマー(ビルマ)の事件と大きく異なる視点である。
4 我々は行動すべきである。我々はアジアにおいて諸民族の平和的共存を願うのであれば、チベット問題に真剣に取り組まなければならない。それがチベット人の殺戮に関わるのであれば、直ちに行動しなければならない。それがアジアにおいて責任ある立場である。もっとも、多くの日本人は団員を含めて、事実関係に懐疑的な人たちもいるであろう。情報が少ない以上、やむをえないかもしれない。そこで、まず、チベットで何が行われているのか、の国際的調査を呼びかけると共に、団自らも調査に乗り出すべきである。ダライ・ラマ亡命政府に行くもよし、中国内をチベットに向けて行けるところまで行くもよし、できることをしていこうではないか。まずは、中国政府によるチベットにおける暴力を止めさせることからはじめよう。そのためのできる限りの手段を使おうではないか。
山梨県支部 加 藤 啓 二
山梨県弁護士会には「弁護士会在職三五年を迎えた会員を表彰する規定」があります。当事務所の寺島勝洋弁護士(二二期)が今年度は在職三五年にあたり先日の山梨県弁護士会定期総会で表彰状と記念品の贈呈を受けました。寺島弁護士が東京の三多摩法律事務所から二人の事務員とともに甲府の地で事務所を開いたのが一九七一年(昭和四六)年ですからそれから三五年が経過したわけです。この種の表彰は時間が経過すれば誰でも対象となるのですからありきたりの話ではあります。
しかし寺島弁護士の場合には二つの特徴があると思われます。一つ目は病気です。寺島弁護士が脊椎小脳変性症という難病にかかり完全に仕事をやめたのが一九九八年九月です。もう今年で一〇年になります。この一〇年間会員も増加し寺島弁護士を知らない会員は4割近くになります。それにもかかわらず、というべきか、それだからとこそというべきか、総会のあと開催された懇親会は寺島弁護士を褒め称える言葉であふれました。それが二つ目の特徴です。
誰が取り仕切ったわけでもないにもかかわらず、山梨県弁護士会の中心的な会員が次々に寺島弁護士がどれほど会務に貢献したのか、弁護士会館が出来たのも委員会活動が充実してきたのも常議員会が会議らしくなったのもひとえに寺島弁護士が会務の中心にいたからであるという話がエピソードを交えながら語られました。「弁護士会が裁判所の一室にあったころ民暴やサラ金相談の連絡先が裁判所構内の弁護士会となっていたことに裁判所の中で営利活動を行うことはけしからんというクレームが裁判所からあった。寺島さんは私たちの先頭に立って裁判所に文句を言いに行った」「それが弁護士会館を作ろうという機運になり寺島さんがまとめていった」「寺島さんは三七歳で当会の会長、四七歳で日弁連の副会長を立派につとめ上げた」
そうした話を聞きながら私は嬉しくなりました。うれしさの半分はリタイアして一〇年が経過した今でも山梨県弁護士会の中心となっている会員にとって寺島弁護士の会務への貢献の記憶が鮮明であることを感じたこと、後の半分は寺島弁護士の会務への貢献を語ることで若い会員に弁護士、弁護士会の意義と役割を伝えようとする心意気を感じたことです。そうした会員と私たちとの政治的な立場はもちろん異なります。しかし弁護士という職業は政治的立場のちがいをこえて人権擁護と社会正義の実現という言葉でまとまることの出来るものであることを改めて実感しました。
なお後で寺島弁護士に聞いたところ、在職三五年表彰規定は「あああれは僕が作ったものだよ」ということでした。
東京支部 神 田 高
1 “不動産バブル”の崩壊した後の九〇年頃、ある経済の学習会で「不動産のあとはどんなバブルがくるのですか?」と質問したら答えは返ってこなかったが、最近“サブプライム・ローン”とやらで答えが返ってきた。
『世界』3月号の特集“「カジノ資本主義」の終焉?”は興味深かった。イラク戦争開始半年前に出版されたトッドの『帝国以後』は、アメリカに資金が流入する“帝国主義的循環”について、次のように述べていた。
「(膨大な赤字をかかえる)アメリカの国際収支の均衡を確保しているのは金融資本の動きである。毎年アメリカ国内へ流れ込む資本の動きが世界全体から到来する財の購入を可能にしている。その多数が消費にむけられるが、このメカニズムには構造的に不安定な、逆説的なものが存在する」と。
そして、「ヨーロッパ、日本などの投資家たちが、早晩身ぐるみ剥がされることは間違いない。最も考えられるのは、前代未聞の規模の証券パニックに続いてドルの崩壊という連鎖反応で、その結果はアメリカ合衆国の“帝国”としての経済的地位に終止符を打つことになろう。」と予言していた。
2 二宮厚美教授も“帝国循環”について、これは「アメリカの経済収支(貿易収支+貿易外収支)の赤字を外資の絶えざる流入によって穴埋めし、その余力を使ってアメリカ系多国籍企業が対外投資を押し進める構造」だとしている(ポリティーク7号)。
『世界』の特集で“「バブル・リレー経済」の袋小路〜動揺する米国一局支配”では、「バブル膨張とその崩壊」を近年の世界経済の動向を素描し分かりやすく解きあかしている。第1次オイルショックとともに始まった「バブル・リレー」は、原油価格急騰と先進国経済の成長鈍化による国際的余剰資金が中南米をのみ込み、潜在成長力をはるかに上回る資金流入が、利払い負担を急増させ、八二年のメキシコのデフォルト(債務不履行)ともにバブルは崩壊した。この余剰資金を八〇年代後半に「吸収」したのが日本の“不動産バブル”だった。その仕掛けが、アメリカによって押しつけられた八五年9月の「プラザ合意」、超低金利政策だった。これにより急激な円高が進行し日本経済は重大な打撃を受ける。低迷した企業の投資活動による「カネ余り」が“不動産バブル”をもたらした。その後も日本は低金利政策の押しつけによって、経済主権、金融政策の主導権を米国に奪われ、バブルは前代未聞の規模に膨れあがる。円高と不動産バブル膨張による資産担保力の急上昇が海外の余剰資金を日本に呼び寄せ、「ジャパンマネー」が海外へ向かい、資産を買い漁った。しかし、九〇年の金融引き締めにより、その後バブル崩壊による「失われた一〇年」を迎える。
しかし他方、ヘッジファンドのソロスにとっては「一九八五年は、すばらしい年だった。ファンドは、前年比一二二・二%もの驚くべき成長を記録した。八四年末の4億余ドルのファンドは、八五年末には一〇億三一〇〇万ドルに急増した。」成功の主因の1つは「日本円での大儲け」だった(『ソロス』早川書房)。
八〇年代後半以降、「外資導入・輸出志向型」の東南アジアへ国際的余剰資金が投資され、九七年のタイ・バーツ急落を皮切りにアジア通貨危機により、バブルは崩壊する。その後、国際的余剰資金は「IT革命」の名のもとで米国市場に流れ込む。二〇〇一年にはIT機材の普及一巡によりバブルは崩壊し、FRB(米連邦準備制度理事会)の利下げ政策による住宅価格上昇と低所得者層向け住宅ローンの融資基準緩和により、住宅ローン市場が急速に拡大し“住宅バブル”を出現させる。しかし、急拡大した住宅ローンを「原債権」として、多様な金融商品を大量に作り出した、この“金融資産バブル”は利上げへの政策転換とともに返済不能者を生みだし、バブルは崩壊をたどる。
3 三〇年余にわたる“バブルリレー”を支えたのは、不断に増大する国際的余剰資金であり、その源泉は「拡大の一途をたどる米国の経済収支赤字と米国から世界に向けて放たれた対外投資にほかならない」。世界に蓄積された巨額のドルはもはや生産的な実物投資で吸収できる規模を遥かに超えているという。バブルの発生、増幅が世界のどこかでおこるのは不可避である。
今や、米国一国の経常収支赤字は世界の経常収支赤字全体の7割を占めるという。それは、「世界経済が輸出先としての米国経済にいかに大きく依存しているかの証左である」。米国のジレンマは世界経済のジレンマでもある。論者が言うとおり、厳しい試練に耐えながらではあっても、「米国経済からの相対的自立」に向けた模索は不可欠である。このとき、トッドが言うように、「アメリカ・システムの命を救うことはないであろう」イラクに対する戦争に、各国が反対し、やめさせることも絶対不可欠である。