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菊池 紘 組合事務室問題のILOへの報告
坂井 興一 本多君、「ざっくりメモ」の時間外記録で高裁勝訴
宮田 陸奥男 裁判員裁判について
土井 香苗 スポーツ選手の権利はどこに?
―我那覇選手事件を通じて(2)
(我那覇選手弁護団の一人として)
労働問題委員会 労働者派遣法の抜本改正をめざす
七・五JR新宿駅西口
「宣伝・相談・アンケート活動」参加のお願い
小川 秀世 書評「入門・覚せい剤事件の弁護」(現代人文社)



組合事務室問題のILOへの報告

東京支部  菊  池  紘

 自由法曹団の五月集会の間にスイスとイタリアの旅に出たことについて、ひたすら遊び歩いたのだという誹謗中傷が一部で飛び交っている。イタリアで遊び歩いたことを否定はしないが、ジュネーブではそれなりの仕事をしてきたので、不正確なウワサを訂正したい。

 郵産労のみなさんとともにスイスとイタリアを歩いたことは、新鮮で興味深い経験の一週間だった。なかでも組合事務室問題の報告についてのILO幹部の発言にはある感慨をもった。

ILOへの郵産労弁護団の報告

 ジュネーヴ。ILOでは、郵政の組合事務室問題について、〇二年の日本政府に対するILOの要請がどういう変化をもたらしたのかについて、報告した。

(1)郵政では、多くの郵便局で他の二つの組合には事務室を与えながら、企業から自立した郵政産業労働組合(郵産労)にはこれを与えなかったので、一九九八年に中央労働委員会に不当労働行為救済を申し立てた。ところが労働委員会はその役割を投げ捨て、まったく審理を進めようとしなかった。この状況を変え、前進する道をどこかに見出せないものかと苦しむなかで、郵産労はジュネーヴでこの問題を訴えた。訴えに正面から応え、ILOは日本政府に勧告した。「労働委員会の審査の手続きが遅すぎて不当である」、「申立ての迅速かつ有効な処理を」と。二〇〇〇年一一月のことだ。

(2)ILOの勧告は状況をおおきく変えた。労働委員会は迅速な審理計画を決め、証拠調べを進めて〇四年一一月には最初の救済命令を出し、その後も救済を連発した。

 郵政はこの救済を不服とし、裁判所に取り消しを申し立てたが、裁判所は命令を支持し訴えを退けた。この二年余りのうちに、労働委員会の救済命令が七本、これを支持する東京地裁の判決が二本、東京高裁の判決が二本、緊急命令が五本重ねられた。

 昨年一〇月一日をもって郵政は民営化されたが、それからの半年間で東京圏で九つの郵便局に組合事務室が与えられた。さらに今、三つの郵便局で組合事務室の貸与へ向け交渉が進められている。労働委員会の命令もないなかで自主的に交渉を通じて組合事務室を手にしようという、まったく新しい経験で、数年前には思いもよらないことである。

(3)こうした経過について報告するとともに、この問題の結論として四点について述べた。

 「 (1) まず、労働委員会が郵産労の活動に理解と共感を抱いたことです。労働委員会と裁判所はその命令と判決で、組合事務室を与えないのは、深夜勤務の規制などディーセントワークを求める郵産労の活動を嫌ってのことであると、郵政を批判しています。

 (2) 第二には、ILOの日本政府に対する勧告が大きな意味を持ったことです。労働委員会はことあるごとに、ILOの要請はよく理解していると言っています。今回も命令に従って事務室が貸与されたことをILOに何時報告するのかと、くりかえし聞いてきています。

 (3) 第三には、有数の大企業日本郵政を相手にその不当労働行為を是正させたことで、労働委員会がその社会的権威を高めたことです。

 (4) そして四つめに、この新しい事態が郵産労と郵政労働者のたたかいにあらたな展望をきり開いたことです。もともと郵産労が組合事務室を求めたのは、なによりも職場での労働者とのつながりを大切にしたからです。九つの組合事務室を得たあたらしい労使関係の下で、そこから数多くの非正規労働者の権利の拡大、深夜勤務労働の規制などの活動が広がっています。あらたに組合員も加入し、前進が始まっています。このことを報告できるのは、私たちのおおきな喜びです。」

報告についてのILOの発言

 この報告にダン・クニア労働者活動局長が次のように答えた。

 「充分に役割をはたせて、ほんとうにうれしい。自分たちの仕事が勇気づけられる。この件は私が担当した。日本の公務員問題とくに国労ケースにいい方向を与えることを願ってやまない。皆さんの決意、忍耐が大きかった。」「日本の裁判制度はたいへんな年月がかかることを知っている。それについて外部的な補助を提供して解決に至ったということで、ILOとしてもほんとうにうれしい。」と。

 ついで山崎清郵産労委員長が発言し、これにカレン・カーティス結社の自由委員会責任者・国際基準局次長が答えた。

 「非常にいいニュースをくれてうれしい。タイミングがよい。三日後の結社の自由委員会が開催されるので、そこに報告したい。」

 牛久保秀樹弁護士によると、ILOへの勝利報告は野村證券女性差別事件に続いて二件目とのことである。なんにしても、ILOとのつながりの強まりは、労働者と労働組合のたたかいの未来をひろげるものだとの実感を強めた。

CGILミラノ訪問

 ミラノではCGIL(イタリア労働総同盟)郵政ミラノ支部と懇談をし、イタリアの郵政民営化について聞いた。「民営化とはいえ、(1)政府と公的な金融機関が全株式を保有、(2)解雇でなく、退職者を補充しない形で、二三万人から一五万人に減ったが、労働条件の悪化はない、(3)郵便局ネットワークは維持されるなど、金融・通信のユニバーサルサービスは維持されている」とのことであった。また「ベルルスコーニが郵便局の削減をしてくるなら、ストライキでたたかう」との決意が表明された。国民サービスの維持と労働条件の確保という共通の課題をめぐり、イタリアと日本の間で興味深いやり取りがなされた。

ローマ・テルミナで

 ローマ中央駅・テルミナからユーロスターでミラノにむかった。遠い昔、大理石とガラス張りのテルミナが新築されたとき、ネオ・リアリズモの旗手ヴィットリオ・デシーカがここで「終着駅」

(Terminal Station)を撮影した。映画では、ホームをうろうろする団体の情景が写されていたが、それは私たちの様子にも似たものだった。ユーロスターの入線までのしばしの時間を、ジェニファー・ジョーンズとモンゴメリイ・クリフトが一時間三〇分余りの別れを演じたテルミナのホームを歩いた。このささやかな経験に満足して私は東京に戻ったのだった。



本多君、「ざっくりメモ」の時間外記録で高裁勝訴

東京支部   坂 井 興 一

(概要)神奈川県藤沢市の湘南送電工事(株)社員だった本多史和君(現城北法律事務所事務局)が当事者、小生が一、二審代理人となっていた時間外賃金請求事件の控訴審判決が5/28東京高裁一民であり、一審の横浜地裁民七合議部のH19年4/26に続いての勝訴判決となった。「決め手は出退勤メモ、残業代支払わせた、高裁417万支払いを命令!」と6/2赤旗で紹介されている。事案はH15年4月湘南工科大卒で入社した本多君が、八時から30分のサービス早出、五時半以降の終業諸事務や土日・休日出勤、そして電気工事会社故の現場作業期間に社有車を運転しての運搬・上司送迎・作業準備整理のための会社経由出勤について、会社側は自宅⇔現場の直出(直行)直帰指示であり、その運行時間を手当の要らない通勤時間扱いして無視した。その結果、平均月85h、退社迄の一年半で計1628hもの未払い時間外があったとして、会社の言う通りとすると初任給月20万だけで時給換算は八百円にもならず、これでは生活保護・ワーキングプア並で納得できないとして訴えたものである。判決は、会社が時間管理をせずその記録がない場合、労働者側にメモ等の一定の証拠があってそれなりの時間外労働を伺わせる状況があれば、厳密立証がないことを理由に会社が争っても認定は許されるとした。証拠的には、本人が学卒新入社員であったため、カレンダーにざっくり程度の時間メモと本人供述位でそれ以外の有利な証拠がなく、残業を必要とする仕事ではないとか、それがサービス的で労働時間性がない・希薄であると言ったりして会社職制証人らが否定したケースだった。然し会社には、時間外支給の実績・意思が全くなく、それ故に労基署告訴刑事有罪となったことを記録で明らかにしていた。そうした事案について、高裁も横浜判決を支持し、未払い時間外分227万円と、未払いのままの会社の態度が悪質として、二年時効にかかる分をカットした相当の190万円の付加金請求を最終事実審として認めたものである。

(要点)時間管理のことは、イ、会社は従業員全員ついてその労働時間を管理しておらず、本多君の労働時間を客観的に証明出来る証拠はなく、ロ、会社は自身の意図的怠慢を逆手にとって、残業が必要な仕事はさせてない、早出せよと指示していない、現場移動が短時間で済む直出直帰でいいと言っていたとして、職制証言や詳細・煩瑣な業務データ等をあげて抵抗した。この会社は大手や官公庁受注中心で、顧客対策用の業務報告資料が多く、反面、提訴など考えもしなかった本多君のざっくりメモの、それ故の不完全さを突かれての苦労であった。尚、イ、始業前30分の早出は社旗掲揚・掃除・諸準備のためであったが、概ね皆が早出している状況下では、指示に曖昧さがあったとしても認定可能とし、ロ、早出・居残り残業や現場移動等の時間外分請求については、会社はそれらの指示や必要性がないとか、通勤と紛らわしく労働時間該当性が希薄であるとして争ったが、移動経路等の立証工夫を評価し、これを認めたのである。刑事事件については、イ、本多君は在職中に会社の違反を労基署に匿名申告し、署は調査、是正勧告・指導したが、会社は或いは支払い、或いは是正したと虚偽報告して言い逃れ、ロ、退職後に労基署に告訴し、署が再調査をしたうえで横浜区検に送検・起訴。

 横浜簡裁は労基法32・37条違反で罰金刑を言い渡し、ハ、然し会社は、にも係わらず、刑事認定の対象は一部分でしかない、未払いのものは請求側に立証責任があり、ざっくりメモと本人の口(尋問結果)程度ではその認定は出来ないとして抵抗を続けたのである。

(雑感)本多君が言うには、H18年度に不払い残業1679社と、労基署から是正指導を受けた企業数が調査開始以来、過去最高となったことを厚労省が発表し、社会全体の悪風土が改めて明らかになったが、うち不払いを繰り返した悪質故の送検例は39件で、本件はまさにこの中の一件である(筈)。払うのはざっくりの基本給と交通費だけとは中小企業では聞く話だが、そのままでは金額が安過ぎて泣き寝入りする訳にはいかない「強制サービス残業」を告発するもので、働きやすい職場を求める若者の希望を実現するため、裁判は大きな意味を持つと受け止めていたという。係争の意義として、イ、孤立無援の時でも、ざっくりメモでも、それ故会社が争う煩瑣を嫌って労基署や裁判所がウンザリ・冷淡であっても何とかなると云うことと、ロ、また、本多君は虚偽処理を繰り返す会社での前途に失望し、退職してからの一人での組合(全国一般神奈川合同労組)加盟であったが、両親の関係(クレサラ対協、移住労働者支援運動)や、その後バイトでお世話になった城北事務所、法会労現役・OBOG関係者等の支援する会の活動にも支えられたことが挙げられる。

 小生は合同労組による交渉決裂後この件に接し、受任した。提訴は審判制施行前のものだが、会社側が徹底抗戦すれば同じことかと思われ、また、電気技術者としてのキャリアを積む大事な時期での、狭い業界故の再就職困難をおしての重い決断だった。代理人の感慨としては、法律事務所事務局員には、争議団・闘争経験を持つ人が以前は少なくなかったが、近頃はその履歴の持ち主も珍しくなって、それ故、余儀なく異業種・異職種に転じた本多君の当事者経験が活かされることは嬉しい。そしてまた、もう40年も前に江崎グリコでの不当配転・解雇事件でチョコレート製造工だった20代のご父君に出会い、以降も同じ事務所や、数々のクレサラ関係活動を共にしてきた者としての浅からぬ感慨もある。清貧に甘んじ世のため人のため尽力する本多君ご一家は、当節まことに貴重な社会文化財的存在であり、ささやか事例ながら小生も幾らかお手伝いできて、ま、イイかなと思っての投稿故、ご海容の程。



裁判員裁判について

愛知支部  宮 田 陸 奥 男

 五月集会の「刑事裁判分科会」に参加した。私も発言したが、時間の制約もあり意を尽くせなかったので、改めてこの通信でその趣旨を記しておきたい。

(1)裁判員裁判を前向きに闘おう

 裁判員裁判の実施を目前に控えて、今、団員がやるべきことは何か。

 市民が裁判員として参加する制度を生かし、これに対応すべき刑事弁護の体制を作ることである。これに立ち向かう構えが大切で、後ろ向きになってはいけない。裁判員裁判を前向きに闘うことである。

 市民裁判員を信頼し、裁判員を説得する刑事弁護をいかにして展開するかが問われているのである。

(2)国民(市民)の司法参加の意義

 玉木団員の通信前号に私の発言が「引用」されているが不正確である。私は裁判員制度を「絶賛」したことは一度もない。

 ただ私は国民(市民)の司法参加の意義を改めて強調したのである。裁判員制度に消極的な人たちの中には、この国民の司法参加の意義について軽視があるのではないか、と指摘したのである。

 四年程前、団通信誌上で論争されたし、その後もすでに論じ尽くされたことかもしれないが、私としては今一度この「原点」について深い議論が必要だと思う。

 裁判員制度の意義を考える場合、裁判官と裁判員の違いをしっかり見ることが大切である。第一に、裁判員(市民)は、いつか自らが刑事被告人になるかもしれないという立場にある。自らが裁かれる側に立つかもしれないという立場にある市民は、「自分が裁かれたい方法で裁く」という目をもって審理に立ち合うことになる。一方、官僚裁判官は、一生裁判官である。自らが裁かれる立場に立つとういことは制度的にありえない。従って、市民の持つ右のような目は裁判官にはない。

 第二に、裁判員(市民)は最高裁の目を気にすることなく裁判に参加できる。ところが官僚裁判官は逆に最高裁の目を意識せざるをえない。このことが捜査の違法(自白の強要)などについてチェックするべき裁判所の役割を十分果たせない大きな理由となっている。

 市民裁判員はこの点気兼ねなく厳しくチェックできる立場にある。

 我々弁護士がこの市民裁判員へ直接語りかけることができること―このことこそが今までの官僚裁判官のみの裁判と市民が参加する裁判員裁判との最大の違いである。

 我々弁護士は、市民に直接訴えることによって、官僚裁判官の裁判とはちがった民主的な判断を闘いとることが可能となった。このことをもっと正しく見る必要がある。

 「能面」のような裁判官相手にむなしい弁論を行い、徒労感にさいなまれていたことと比べ、我々の努力により、血のかよった市民裁判員の判断を勝ち取る可能性が生まれたのである。

(3)私がこのように力説すると、「できた制度について文句を言うな」と私が言っているかのように聞こえたらしいが、そのようなことはもちろん言っていない。裁判員制度は陪審制とくらべ中途半端な市民参加形態あることは異論のないところである。英米型の陪審制の方が司法への市民参加の観点から見ればより優れたものであることは明らかである。そのような制度改正課題(立法論)を議論することも必要であり反対するわけではない。しかし、さらにつきつめて考えると、改正論を提起して、これが実施前に実現できなかった場合(その可能性の方が大きいことは明らかである)どうするかという点である。

 一部の消極的論者のように、「○○が改正されないなら裁判員裁判の弁護はやらない」という立場をとるのであろうか。私が危惧しているのはこの点である。

(4)もう一つ、私が強調したかった点は、刑事弁護を取り組む体制をこれまでと比べ格段に強めようということである。わが団員の中でも、刑事弁護一般について消極的な団員も少なからずいる。それは(私選はともかく)これまでの国選弁護が面白くなかったことに起因すると思われる。

 しかし、司法改革の一つの重要な成果として、全面的な被疑者国選制度が始まるこの時期からは刑事弁護も今までと違って面白くなる可能性が大きい。

 早い段階で弁護人として関与することによって、争いのある事件については「調書をとらせない」弁護が可能となる。これが公判前整理手続、公判手続に大きな影響を与えると思われる。今こそわが団員は勇躍して刑事弁護に取り組むべき時である。



スポーツ選手の権利はどこに?

―我那覇選手事件を通じて(2)

(我那覇選手弁護団の一人として)

東京支部  土 井 香 苗

処分と処分経過

 Jリーグドーピング・コントロール委員会(青木治人委員長)は、二〇〇七年五月一日、我那覇選手、チームドクター、川崎フロンターレ社長から「事情聴取」を行いました。

 ドーピング・コントロール委員会における「事情聴取」は、真実を明らかにしようという内容ではなく、「二〇〇ミリリットルの点滴で症状が改善するなどというのは脱水症ではない」という誤った考えを前提にして、最初から「処分ありき」で、ドーピング・コントロール委員会が「処分」のための材料探しを行ったに過ぎませんでした。

 「事情聴取」の杜撰さを示すものの一つが、診療録(サッカーヘルスメイト)を調べなかったことです。CASの先例では、「正当な医療行為」の要件として「事後の検証に耐えうる医療記録の存在」を要件の一つとしていました。Jリーグは、本件では、CASの先例が示す医療記録の保存がなかったと主張しました。

 「サッカーヘルスメイト」は、日本サッカー協会スポーツ医学委員会が発行し、チームドクターが選手一人一人について作成する医療記録です。後藤医師は、(財)日本サッカー協会スポーツ医学委員会の指示どおりに、我那覇選手の診察に際し、経過を「サッカーヘルスメイト」に詳細に記録していました。CASは、後藤医師が診療記録を適切に残していたことについて、「本件の医療行為は、医師によって、医師のプロとしての診断に基づき、治療の一環として選手に対し治療を行い、これと同時に適切な医療記録が医師によって作成されたものであることが、明らかである。」(CAS決定四二項)と判断しています。

 ドーピングコントロール委員会は、処分前には「サッカーヘルスメイト」を全く検討せず、本件処分がなされてから後の五月一六日にこの手続き上の不備に気がついて提出をさせたのです。

 医師・法律家であれば、医療の正当性が問題になっているときに、最初に診療録を検討することは常識です。しかし、Jリーグドーピングコントロール委員会はこのような基礎的な調査さえしていなかったのです。

 Jリーグのドーピング禁止規程(当時)・二〇〇七年Jリーグドーピングコントロール要項では、アンチ・ドーピング特別委員会(本林徹委員長・元日本弁護士連合会会長)が最終的にドーピング違反であるか否か及び処罰内容を決定します。この決定は最終的なものであり、第三者に対する不服申立の方法はありません。

 アンチ・ドーピング特別委員会が最終処分を決定する前には、処分対象者には、弁明の機会を与えなければならないと定められていました。

 しかし、Jリーグは我那覇選手に対して、処分を受ける前に弁明の機会を与えませんでした。Jリーグは弁明の機会について川崎フロンターレ宛の弁明通知はしました。しかし、我那覇選手に対しては、弁明の機会があること自体を知らせず、その結果我那覇選手は潔白を説明することはできませんでした。

 アンチ・ドーピング特別委員会は、五月七日開催されました。川崎フロンターレからの弁明も、我那覇選手からの弁明もないまま、我那覇選手が受けたこの治療行為を、世界アンチ・ドーピング規程で禁止されている「正当な医療行為でない点滴」と判断し、フロンターレ及び我那覇選手をドーピング違反として制裁することを決定しました。

 Jリーグは、報道関係者に対し、五月八日、「NEWS RELEASE」と題する書面を配布し、フロンターレ及び我那覇選手に対する制裁について公表しました。それから二日後の一〇日、Jリーグは、川崎フロンターレに対して、ファクシミリで制裁の種類及び内容を通知しました。

 しかしながら、我那覇選手に対しては、Jリーグから制裁の種類及び内容を記載した書面が送付されることはありませんでした。また、フロンターレ宛の書面には、Jリーグがフロンターレに対して我那覇選手にこの通知を伝えるよう指示する文言はなく、Jリーグがフロンターレに対して別途そのような指示をしたこともありませんでした。結局、フロンターレ宛の書面が、フロンターレから我那覇選手に交付されたり提示されたりしたことはありませんでした。

 このことは二つの点で異常です。一つは、当事者に結果を告げる前にマスコミに発表し、当事者にはマスコミ発表後の二日後にようやく通知するという順序が逆転している点です。もう一つは、当事者である我那覇選手宛の処分の告知が存在しないという点です。

 処分手続きは、以上です。弁護団は、本件処分は、Jリーグ自身が定めている手続規定にも合致しておらず、適正手続きに著しく欠けるものであると考えております。

本件は我那覇選手個人の問題か

 本件は、直接の被害者は、我那覇選手と後藤医師です。弁護団は、被害者の権利救済は重要だと考えました。しかし、弁護団は、本件は、このような個別権利救済が必要であるというにとどまらない重要性を持つ事案だと考えました。我那覇選手が受けた治療がドーピングであるという先例が確定すると、スポーツ選手は安心して医療行為を受けられなくなります。

 我那覇選手の事件以降、医師が必要と判断して点滴治療をする時に、「後でドーピング違反の判断が下されるかもしれない」という不安と恐怖が、選手にも医師にも生じました。そのために、「風邪や下痢で体調不良となり、本来なら点滴治療を行なうべき状態の選手に、点滴を控えて経過を見たために結局肺炎になってしまった」という事例や、「脱水のために内耳障害を起こした」事例が現実に生じていました。

 これからも、例えば、熱中症の疑いの選手に点滴を控えて、最悪の結果を招くなどの問題に発展する可能性もありました。我那覇選手のみにとどまらない、日本のスポーツ選手全体に関わる問題です。

 日本・アンチドーピング機構(JADA)及び世界ドーピング防止機構(WADA)が、Jリーグチームドクター連絡協議会に対して、二〇〇七年WADA規程禁止リストが定める「正当な医療行為としての点滴」は「現場で処方する医師の判断に委ねられます」と回答したのもこの点を重視して回答したものです。

 JADAとWADAは、上記回答において、「正当な医療行為としての点滴治療は、現場で担当医の判断に委ねられる」との見解と異なる立場から、我那覇選手への治療行為をドーピング違反とみなしたのであれば、これは誤りであり、「ドーピング違反とはみなされない」と回答しているところです。

 スポーツドクターの多くが、本件がどのように判断されるかに関心を持ち、支援をしてくれた理由もここにありました。後に述べる日本のドーピングコントロールに精通している医師の方々が、我那覇選手は正当な医療行為を受けただけであるとする鑑定意見書を作成し、とくに大西医師(慶應大学スポーツ医学研究センター所長・教授、日本オリンピック委員会アンチドーピング委員会委員、全日本スキー連盟理事、同情報・医・科学委員会委員長、日本相撲協会アンチ・ドーピング委員)は、CASにおける二日間の審理に終始同席し、証言してくれましたが、これも、本件の本質が重要であるからと認識していたためです。

 弁護団も、本件のこのような重要性を十分理解した上で、我那覇選手と共にCASで真実を明らかにする必要を感じて共に努力を尽くしたのです。我那覇選手個人にとどまる問題ではない!という、本件の本質をぜひ御理解いただきたいと考えております。

(次号に続く)



労働者派遣法の抜本改正をめざす

七・五JR新宿駅西口

「宣伝・相談・アンケート活動」参加のお願い

労 働 問 題 委 員 会

 五月集会での労働問題分科会は、脇田滋教授の講演、各地からの活動報告等、充実した分科会が持てたのではないでしょうか。民主党、日本共産党、社民党、国民新党の四野党は、五月二三日、労働者派遣法改正に向けて、各党の政策担当者間で協議を進めることを合意しています。

 労働問題委員会では、労働者派遣法の抜本改正を実現するために、四月五日に続いて、七・五JR新宿駅西口「宣伝・相談・アンケート活動」を計画しました。今回は、労働者派遣法抜本改正についてのシール投票も行う予定です。

 労働者派遣法抜本改正を実現するため、関東圏を中心に、多数の団員が参加されることを呼びかけるものです。

七・五JR新宿駅西口「宣伝・相談・アンケート活動」
―今回は、シール投票も行います。―

と き 七月五日(土)午後一時〜三時

   (準備のため可能な方は午後〇時三〇分にお集まり下さい。)

ところ JR新宿駅西口

内 容 宣伝カー、机等を出して、労働者派遣法抜本改正問題を中心に、「宣伝・相談・アンケート活動」を行ないます。また、「日雇い派遣=禁止か存続か」等について、シール投票を行う予定です。

総括・交流会

 「宣伝・相談・アンケート活動」終了後、引き続き、午後三時三〇分〜午後五時の予定で、隣り駅の代々木総合法律事務所(東京都渋谷区代々木一丁目四二番四号/TEL〇三−三三七九−五二一一/JR代々木駅から徒歩五分)四階会議室で、総括・交流会を行います。        

 お問い合わせは、自由法曹団本部まで



書評「入門・覚せい剤事件の弁護」(現代人文社)

静岡県支部  小 川 秀 世

 この本は、西嶋勝彦団員が世話人をしている「東京弁護士会期成会明るい刑事弁護研究会」の著作である。「期成会実践刑事弁護叢書」の二冊目として刊行されたもので、一冊目は、二〇〇六年に出版された「保釈をめざす弁護」(現代人文社)である。

 本書の内容は、(1) 覚せい剤の弁護活動、(2) 覚せい剤の鑑定、(3) 覚醒剤Q&A、(4) 薬物依存症・中毒性精神病の治療、(5) 覚せい剤事件の判例となっている。

 (1)の弁護活動の部分は、基本的なことを含め全般を手短にまとめているが、初心者にはもちろん、ベテランであっても、つい惰性的に終わってしまいがちである覚せい剤の弁護活動のチェックに役立つ。

 (2)、(3)、(4)は、専門家医師による記述であり、我々が断片的に知っていた科学的な知識を体系づけて整理して説明されている。毛髪からは、汗による付着と毛根から取り込まれたものがあるとの説明や、中毒と依存症はどのように異なり、どのような治療法がなされているのかなど、とても興味深いし、実際に、記録を検討する際の指針になるばかりか、鑑定人の尋問の際に、あるいは弁論などで使えるところも多い。

 さらに(5)の判例紹介の部分は、事実論や法律論が争われた八〇ものケースについて、的確に「判示」「事案の概要」「本件の争点」「コメント」がまとめられており圧巻である。

 これらを見ていくと、まず、覚せい剤事犯では、事実論であれ法律論であれ、争われた事例が実に多いこと、しかも、それが多種多様にわたっていることに、あらためて驚かされる。訴因の特定、共謀共同正犯の成立要件、「所持する」「使用する」の意義、責任能力、そしてとりわけ多いのが採尿手続きあるいは押収手続きの適法性、すなわち違法収集証拠の問題などである。捜査から公判まで、文字通り刑事手続きのあらゆる段階の問題が扱われている感がある。そして、覚せい剤の判例には、わが国の刑事手続の問題が凝縮されているような感がある。

 視点を変えると、警察官が、被疑者を警察署に任意同行した後、取調室に強引に押し留め、そこで「説得」に名を借りた尿の提出の強要が行われていることに対して、裁判所がなんとか救済しようとしている姿などが浮かび上がってくる。わが国では、「任意の取調べ」もまた、違法行為の温床であるということである。また、これをみるとわが国の捜査手続きの不透明性が、公判におけるいらぬ争点を新たに作り出していることがよく理解できる。

 もちろん、これだけ多くのパターンの判例が、きれいに整理されていると、担当している事件に適用できる判例を、非常に見つけやすい。

 刑事事件を扱う弁護士であれば、ぜひ手元に置いておきたい一冊である。