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小池 拓也 いすゞ期間工解雇・派遣切り―神奈川の取り組み
田中  隆 「安全・安心まちづくり条例」の新展開……自主的防犯活動から街頭活動規制へ
大崎 潤一 表現の自由を侵害する東京都安全・安心まちづくり条例改正に反対を―三月三日の都議会要請にご参加を
菅  一雄 「三人に一人しか助けない大量切り捨て」が与党の「救済」方針〜水俣病の与党「新救済策」が隠しているホンネ
笹本  潤 グローバル資本主義と日本の雇用問題―求められている国際連帯活動―
松本 育子 自由法曹団女性部新年学習会



いすゞ期間工解雇・派遣切り

―神奈川の取り組み

神奈川支部 小 池 拓 也

一 はじめに

 当事務所の存在する藤沢市では、名だたる大企業が次から次へと事件を起こしてくれる。二〇〇〇年には荏原製作所藤沢事業所が過去最高濃度のダイオキシンを河川に排出してきたことが明らかとなり、漁業関係者が被害を受けた(二〇〇六年七月二七日横浜地裁判決・判時一九七六―八五。後処理の事件が二〇〇八年やっと終結)。 二〇〇二年にはIBMがハードディスクドライブ部門を日立に売却した際、会社分割を悪用し、同部門の拠点藤沢事業所の労働者の多くを同意なくして転籍した(二〇〇八年六月二六日東京高裁判決・労判九六三―一六。上告中)。

 そして今度は、藤沢最大の企業というべきいすゞ自動車がやってくれた。

 二〇〇八年一一月一七日、いすゞは、藤沢工場の期間工三九八名につき契約期間途中(一二月二六日)での解雇予告をなすとともに、派遣契約を期間途中での解約を通告して派遣労働者五四三名の受入を中止し、派遣元での労働者の解雇(これも契約期間途中)を惹起した。

 いすゞは、期間工の大半とは雇用期間六か月の契約を一〇月(すなわち九月のいわゆるリーマンショック後)に締結していたにもかかわらず、である。

 いすゞは栃木工場でも同様に一五五名の期間工解雇、二六九名の派遣切りをなしており(総計一三六五名)、東京、埼玉の団員が一足先に取り組みを開始し、一二月四日、期間工二名につき仮処分を申し立てていた。

二 自由法曹団神奈川支部の取り組み

 自由法曹団神奈川支部では、この動きを受け、一二月一日の幹事会にて、藤沢工場の期間工解雇・派遣切りに全力を挙げて取り組むこととした。

 まず、長後駅、湘南台駅、藤沢工場での早朝宣伝活動を二度に渡り実施した。労働者のビラの取り具合・反応は比類なきものであったらしい(私は早朝は不可能だ。請容赦)。一二月五日には鷲見団本部幹事長を招き、期間工、派遣工の方々向けの説明集会(ビラで告知したもの。二桁の労働者が参加)を藤沢で実施し、その場で複数の労働者がJMIUに加入した。

 そして、一二月七日には三名の労働者の個別聴取等を行い、一二月九日には、期間工三名についての第一陣の仮処分(対いすゞ。解雇予告の効力停止と賃金仮払を求める)を申し立てた(期間工については一二月二六日までに第二陣一名、第三陣二名の仮処分申立を行った)。

 さらに、一二月二〇日等に派遣労働者についても個別聴取を行い、一二月二六日には、派遣労働者五名について、対派遣会社(四社)の地位保全、賃金仮払の仮処分を申し立てた。

三 社会的反響

 一二月九日、二六日の申立・記者会見は各報道機関で大きく取り上げられた(我が家の四歳児はテレビに写った私を見て大喜びしたらしい。依頼者の多くも私の姿を目にし、処理を遅滞していた件では「私の事件は優先順位が低いのか」とのお叱りを受けたりもした。)。

 特に実名・肖像等を公表した労働者については、密着取材がなされ、その労働生活実態が広く社会に明らかとされるとともに、彼らの肉声―正社員になれるという期待をもたせ努力させながらこれを裏切り、期間途中の年末に解雇される怒り―が全国に届いた。

 他の大企業が期間工については期間満了時の雇い止めを表明していたのと比し、いすゞの暴挙は顕著であり、いすゞは期間工解雇、派遣切りをなした企業の代表格となっていった(アエラ〇九年二月九日号には特集記事が組まれた)。

四 現在の到達点

 こうした中、いすゞは一二月二四日、期間工についての解雇予告を撤回すると共に、期間内賃金の八五%支払等を条件とする合意解約を申し入れてきた。もっとも解約に応じない場合は期間満了までの休業命令(休業補償のみ支払)をなしているし、二日以内の回答を迫るという乱暴なものである。また、派遣労働者についていすゞは一切の責任を否定している。

 派遣元会社については、仮処分審尋の中で、派遣契約の解消は概ねいすゞからの申入による合意解約であったことが明らかとなってきており、裁判所を唖然とさせている。〇九年二月四日現在、栃木を含めて決定に至った事案はないものの、神奈川では一月三〇日、派遣会社一社労働者一名との関係で、解雇撤回と合意解約、相応の金員支払を内容とする和解が成立している。

 多少売上減があったからといって、あるいは派遣先から労働者受入が拒絶されたからといって、労働契約期間途中での解雇は許されない。このことは裁判所のみならず広く社会的にも合意が得られるようになったものと考えられ、今後の本邦での労働契約関係の展開において、ルールとして機能していくであろう。要するに、期間工を雇用する以上、期間中の賃金相当の現金を、必ず確保せよ、ということである。(なお、注釈民法は民法六二八条の「やむを得ない事由」を「事業の長期休止・廃止」としている。これは破産の場合の六三一条(六二七条同様となる)との対比に基づく、ごく当然(むしろ控え目)の解釈である。)

 ここまで到達できたのは、先行した東京埼玉の団員(特に神奈川の事件でも中心となっている鷲見幹事長)と組合、明日をも不安な中立ち上がった労働者(特に実名等を公表した労働者)の奮闘の力が大きかった。報道機関も好意的に報じてくれた。ただ、それのみならず、自由法曹団神奈川支部の組織としての力もあったと思う。一月足らずの間に、ほぼゼロの地点=労働者への働きかけ・組織化からスタートし、計七件一一名の申立を行い、非正規雇用労働者が立ち上がったことを世に知らしめ、このままではいけないとの世論を喚起できた。若手団員(実年齢は若いとは限らないが活動歴は若い団員)らが、宣伝活動に労働者の聴き取りにと機動力を発揮しなければ、到底不可能であったはずだ。

五 さらなる課題

 契約期間内の雇用ないし賃金が確保されても、当座をしのぐのみであり、契約期間満了時の雇い止めを防がない限り、不安定雇用は解消されない。ひるがえって、雇い止めが防げないのであれば、立ち上がる労働者も自ずと限られる。如何にして現在の非正規雇用労働者の生存を確保していくかは、さらなる課題である。

※なお、本稿は全くの私見であり、弁護団の統一見解ではありません。念のため。



「安全・安心まちづくり条例」の新展開

……自主的防犯活動から街頭活動規制へ

東京支部  田 中   隆

一 安全・安心まちづくり条例「改正」案の浮上

 東京都「安全・安心まちづくり条例」が制定されたのは二〇〇三年六月、ブッシュ政権がイラク侵攻戦争に踏み切り、有事三法が強行された直後のことだった。この年三月に発表された東京都安全・安心まちづくり懇談会報告書には、グローバリゼーションと構造改革が生み出す「体感治安の悪化」に、自治体・事業者・住民を取り込んだ「防犯の協働」で対処するという条例の「政治哲学」があけすけに語られていた。東京都条例を機に全国に広がった「安全・安心まちづくり条例」は、すでに四二都道府県で制定されている。

 あれから六年、「監視カメラ」がいたるところに設置され、「民間パトロール」が随所で展開され、警察サイドからは犯罪の認知件数の減少と治安の回復が誇らしげに語られるようになってきた。

 そのいま、東京都議会第一定例会(二月一八日開会)に、東京都条例の「改正」案が提出されることが明らかになった。条例制定後はじめての本格的な「改正」案提出である。

 「改正」までの手順は尋常でない。

 「改正」案が正式発表されたのは二月一〇日、繁華街等での防犯活動強化と条例「改正」を提言した「繁華街等における安全・安心まちづくり有識者会議報告書」が発表されたのは、その前日の二月九日だった。同じ九日には、「繁華街等における安全・安心の確保に関する考え方」なる性格不明の文書が発表され、二月一六日を期限とするパブリックコメントが募集された。実はこの「考え方」、条例「改正」のあかつきには指針に格上げされ、「改正」条例が施行される本年四月一日からは来訪者を含むすべての関係者の行動を規制する規範として機能することが想定されている。

 この「カラクリ」とも言うべき制定劇を仕かけたのは東京都青少年・治安対策本部、石原都知事直轄のこのセクションにとっては、有識者会議や都議会は「お墨つき付与機関」以上の地位をもっていないのである。

二 パフォーマンス・街頭活動を「自警団」が規制

1 安全・安心まちづくり条例の構造

 東京都条例は、

(1)自治体・都民・事業者に安全確保や安全・安心まちづくり推進の 責務を課す(第三条〜第五条)、

(2)都道府県単位と区市町村単位の安全推進体制(=安全・安心まち づくり推進協議会)を構築する(第六条)

(3)犯罪防止のための自主的活動の促進をはかる(第七、八条)、

(4)共同住宅、道路・公園、金融機関・深夜店舗、学校・通学路など に犯罪防止に配慮した構造設備や特別の安全対策を要求する(第 九条以下)

という構造をもった条例であり、「自主的活動での防犯」が理念(あるいは建前)とされて住民等の行動に直接規制を及ぼすことは想定されていなかった。一般人に要求されているのが「通学路等において、児童等が危害を受けていると認められる場合又は危害を受けるおそれがあると認められる場合」の通報等(第二二条第二項)に限定されていたのはそのためである。

 この構造は全国の条例でもまず変わらない。

2 「改正」案による条例の変容

 「改正」案は、

(1)繁華街その他の店舗が集積し、多数の来訪者がある地域で、

(2)店舗、駐車場その他の施設若しくは土地を所有し、若しくは管理 する者又は事業を営む者、地域住民、ボランティア及び来訪者が、

(3)「繁華街等における安全・安心の確保に関する考え方に関する指 針」に基づいて必要な措置を講ずるように努める

ものとする(「改正」案第一八条の二)。

 対象地域((1))は「よほど寂れていない限り商店街ならすべて入る」というほどに無限定、対象者((2))は不動産所有者・事業者・住民から買い物客、表現者、通行人に至る来訪者のすべてを含むものでこれまた無限定である。その商店街であらゆる人々に要求される責務を定める規範が指針(知事と公安委員会が策定 「改正」案第一八条の三)であり、その原形がパブリックコメントに供された「考え方」である。これでは対象となる行為((3))に条例上ではまったく限定をおかず、指針に白紙委任することになる。

 指針によって来訪者を含むすべての関係者の行動を直接規制し、繁華街・商店街の秩序・治安を強権的に維持すると言っているのが「改正」案にほかならない。

3 規制の主体は「自警団」と警察

 その規制はだれによって担われるか。

 「報告書」や「考え方」では、「○○街安全・安心まちづくり協議会」を設置し、協議会が策定する活動計画にもとづいて、事業者・住民とボランティアが積極的役割を担うものとされている。「改正」案にも明記されているこのボランティアとは、防犯協会やガーディアンエンジェルスなどの「防犯ボランティア」であり、その実質は「自警団」と言っていい。

 「自主性」を掲げてきたこれまでの条例では、民間パトロールの役割は「防犯意識の涵養」とされており、犯罪などの問題への対処は予定されていなかった。だが、指針を梃子に秩序・治安を強制しようとする「改正」案のもとでは、いっそう強権的で危険を伴う役割を担うことになるだろう。「考え方」が、「事件・事故発生時における対応マニュアルの作成及び訓練並びに必要な装備、器具に関すること」を活動計画の規定事項としているのはそのあらわれである。

 「自警団」が「事件・事故」に公然と介入するようになれば、指針を口実にした警察の権力的干渉もいっそう激しくなるだろう。警察署長に対し、来訪者を含む「事業者等」への「情報の提供、技術的助言その他必要な措置を講ずる」権限を付与した「改正」案第一八条の四第二項が、権力的な介入の「武器」として活用される危険も甚大と言わねばならない。

4 規制されるのは表現活動

 「改正」案によって来訪者はなにを強要されるか。

 「考え方」では、「大衆に多大な迷惑となるパフォーマンス等、街の秩序を乱す行為を慎む」、「ゴミ・タバコのポイ捨て、歩行禁煙の禁止等のルールやマナーを遵守する」が来訪者の責務とされている。パフォーマンスや大道芸は行う側からすれば表現活動であり、ときに迷惑感をあたえることはあっても「まちのにぎわい」をも形成している。それを「多大な迷惑となる行為」や「秩序を乱す行為」として排除することを許すなら、その矛先は駅頭でのリレートークや街頭宣伝活動などの言論表現活動におよぶだろう。

 対応訓練をほどこされ、設備、器具を整えた「自警団」が鎮圧するのは、言論表現活動となりかねないのである。

三 「新自由主義破綻」の時代の治安対策

 なぜいま「改正」案か。その回答は今回の報告書の冒頭に掲げられている。言わく、「世界同時不況」による政情不安のもとでの犯罪増加の危険と「秋葉原や八王子等での無差別殺傷事件」による治安への信頼の失墜である。

 後者がたまたま起こった事件を口実に持ち出す「いつもの手口」であることは直ちに見て取れよう。どれだけ自警団を闊歩させても、「暴走自動車で突っ込んできて凶器でなで斬りにする」といった凶悪犯罪を予防することはできないのである。

 これに対して、前者の「世界同時不況」云々は、支配層や権力サイドがこの時代に抱く「恐怖」をはしなくも物語っている。安全・安心まちづくり条例の六年は、市場競争が生み出すものが明らかになって新自由主義の破綻が露呈するに至った六年であり、軍事力で平和を創造することができないことが明らかになった六年でもあった。これでは、市民を自主的に支配の側に取り込んだ「防犯の協働」も容易ではない。

 こうしたもとで、かつての理念(ないし建前)だった「自主的活動」はかなぐり捨てられ、強権的な治安強制に置き換えられようとする。そのひとつの現われが、安全・安心まちづくり条例「改正」案だと考えれば、報告書が「世界同時不況」からはじまるのも理解できないではない。

 東京都安全・安心まちづくり条例「改正」案は、新自由主義の破綻が露呈した時代の治安対策の性格を帯びており、それゆえに他の分野や道府県に及ぼす影響も決して小さくない。

 権力サイドが「治安の危機」を感じる繁華街をかかえているのは東京都だけではなく、東京都条例にはない「繁華街における不動産所有者や事業者の防犯の責務」を組み込んだ条例も存在する(和歌山県条例、栃木県条例など。これらの条例でもさすがに来訪者の責務は規定されていない)。

 こうした都道府県では、「改正」案と同じような変容がいつ生じてもおかしくない。警戒とチェックが必要である。

(二〇〇九年 二月一六日脱稿)



表現の自由を侵害する東京都安全・安心まちづくり条例改正に反対を

―三月三日の都議会要請にご参加を

東京支部  大 崎 潤 一

 東京都は二月開会の都議会で東京都安全・安心まちづくり条例(以下「安全安心条例」という)の改正を狙っています。この改正は表現の自由の重大な侵害をもたらすものです。

 これは、繁華街の安全を口実に、繁華街に訪れる人(来訪者)に、「街頭や歩行者天国において大衆に多大な迷惑となるパフォーマンス等、街の秩序を乱す行為を慎む。」ことを努めさせ、それに条例上の根拠を持たせるというものです。具体的には次の形を取ります。

 安全安心条例に「来訪者は、・・・繁華街に関する指針に基づき、当該繁華街等の安全・安心を確保するために必要な措置を講ずるように努めるものとする。」との規定を追加し、改正文言にある指針に、繁華街等の来訪者に対し「街頭や歩行者天国において大衆に多大な迷惑となるパフォーマンス等、街の秩序を乱す行為を慎む。」と規定しようというものです。

 しかし、「大衆に多大な迷惑となるパフォーマンス等、街の秩序を乱す行為」とは極めてあいまいな表現であり、憲法を守り活かす取り組み、反貧困の街頭行動、労働組合等のストリート相談・社前行動などが禁止される危険性が高く、表現の自由の重大な侵害であり憲法二一条、二八条に反します。

 新自由主義、構造改革路線の矛盾、破綻により政府や大企業への要請行動が大きな規模で、しかも創意を生かし多彩に各地で繰り広げられていますが、この改正はそうした「パフォーマンス」を抑圧するものです。

 昨年の映画「靖国」上映の自粛に見られたように表現の自由の危機が進行している現在、安全安心条例の改正は表現の自由の危機をさらに深化させるものです。

 そして安全安心条例の改正案はその「対象地域」、「対象者」、「とられる措置」のいずれも限定がなく、三重の無限定となっており、警察の行動が規制されず、その暴走を招きやすい形になっています。また住民間の対立、相互監視につながるものです。

 東京支部では、二月二七日・二八日の支部総会でこの問題を議論する予定です(同日に総会を行う支部は他にもあるそうです)。またこの改正を許さないために東京支部は広く民主団体に呼びかけて都議会要請を行います。

 ぜひ、ご参加下さい。

【都議会要請行動】

   日 時  三月三日(火)午前一一時三〇分

   場 所  東京都議会 議会棟二階談話室三



「三人に一人しか助けない大量切り捨て」が与党の「救済」方針

〜水俣病の与党「新救済策」が隠しているホンネ

熊本支部  菅   一 雄

【第一 「救済」とは名ばかりの実質「大量切り捨て」】

 公式発見から五二年近く経た現在も「水俣病は終わっていない」…これが誰も否定できない現実である。二〇〇九年一月末現在、熊本・鹿児島両県の認定申請者は六二六七人、新保健手帳申請者は二万二八七九人(うち同手帳所持者二万二〇七人)である。救済を求める声は広がり続け、とどまるところを知らない。

 問題は、どう解決するかである。

 私の属するノーモア・ミナマタ訴訟弁護団は、裁判を通じ、司法救済制度を実現して解決する方針を掲げている。

 これに対し、与党水俣病問題プロジェクトチーム(与党PT・園田博之座長)は「新救済策」を掲げている。この与党「新救済策」はさまざまな問題点を持つが、最大の問題点は「救済」とは名ばかりの実質「大量切り捨て」である点である。

 本稿では、この「大量切り捨て」について解明する。

【第二 「新救済策」はそもそもの基本方針から「大量切り捨て」】

一 与党「新救済策」の基本方針を示す「中間とりまとめ」

 二〇〇七年七月三日、与党PTは「水俣病に係る新たな救済策について(中間とりまとめ)」なる文書を発表した。これは同年四〜五月の環境省による実態調査の結果を基に、与党「新救済策」の基本方針を示した文書である。(上記実態調査の結果報告と共に、http://www.env.go.jp/chemi/minamata.html で入手可能。)

二 「中間とりまとめ」が示す「二重の切り捨て」方針

 この「中間とりまとめ」は多くの重大な問題点を含んでおり、機会があれば別の場で批判したいが、ここでは救済対象者の要件の問題に絞って述べる。

(一)「四肢末梢優位の感覚障害」が無ければ「第一の切り捨て」

 まず、「中間とりまとめ」はIIIの1で「四肢末梢優位の感覚障害」を救済要件とする方針を示している。このため、例えば、四肢末梢優位の感覚障害よりも比較的重度である全身性(均等型)の感覚障害が切り捨てられてしまう。

 「中間とりまとめ」はIIの1の(1)で「調査の結果、現在『四肢抹消優位の感覚障害がある』と判定された者は認定申請者の四七・一%、保健手帳所持者の四〇・七%であった。」と述べており、感覚障害の要件で申請者の半分以上を切り捨てるつもりであることが分かる。

(二)他疾患や高齢を理由に「第二の切り捨て」

 「中間とりまとめ」は上記引用部分に続けて、「但し、他の疾患や加齢による可能性等もあり、母集団ではこれより低くなると考えられ…」と述べ、さらに他疾患の持ち主や高齢者をフルイ落とす方針を示している。

 ちなみに、環境省調査によれば、既往歴に糖尿病のある者は認定申請者の九・九%、新保健手帳所持者の一二・一%、頸椎症のある者は同じく八・三%、一〇・六%である(アンケート調査IIの3の(2)参照)。これらを切り捨てるとすると、結局、

  認定申請者のうち救済されるのは、

    47.1% ×(1-0.099)×(1-0.083)= 38.9%

  新保健手帳所持者のうち救済されるのは、

    40.7% ×(1-0.121)×(1-0.106)= 32.0%

となる。

 要するに、与党「新救済策」では、そもそもの基本方針からして、三人に一人が救済される保証すらないのである。

【第三 予算から見ても「大量切り捨て」方針】

一 園田PT座長発言「申請者数二万人、救済費用二〇〇億円」

 その後、二〇〇七年一〇月、与党PTは「中間とりまとめ」を具体化して、「一時金一五〇万円、医療費自己負担分支給、療養手当月一万円」という内容の与党PT案を発表した。その後、与党PT案は自公両党の承認を得て、与党「新救済策」となった。

 この与党PT案発表時に、園田与党PT座長は「新救済策の申請者数を二万人、救済費用を二百億円と見込んでいることを明らかにした」(一〇月二一日熊本日日新聞)。

二 「大量切り捨て」方針を予算から裏付け

 この園田発言は、与党の「大量切り捨て」方針を予算から裏付ける発言であった。救済費用二〇〇億円を一時金だけに充てても一万三三三三人分に過ぎず、申請者数二万人にははるかに及ばないからである。

 医療費自己負担分や療養手当の費用は将来予測するよりないが、仮に平均余命七年だと療養手当は八四万円、医療費は月一万円の通院五年で六〇万円、月四万円の入院三回で一二万円と考えると、控えめに見ても一時金と同程度以上の費用は必要となろう。

 そこで、救済対象者一人当たり合計三〇〇万円の費用を要するとすれば、救済対象者は六六六七人。つまり、予算から見ても、申請者見込み二万人に対して、やはり三人に一人が救済される保証もないのである。

【第四 「新救済策」は一貫して「三人に一人しか助けない」計算】

一 二〇〇八年一二月の「救済対象者一万人」報道

 その後、与党「新救済策」に進展の無いまま一年以上が経過したが、二〇〇八年一二月、与党はチッソ分社化容認に方針転換し、チッソの積極姿勢を取り付けて「新救済策」を四月までに実現するとの方針を明らかにした。

 その際、「新救済策」による救済対象者数につき一万人という数字が報道された。この数字が与党PTから出たことは間違いない。

二 救済対象者数の見込みを立てるには申請者数の見込みが必要

 しかし、どうして「救済対象者一万人」という数字が出たのか?出せたのか?

 政策の立て方というものを考えてみると、根拠もなく救済対象者

数だけを出せるわけがない。与党は「新救済策」の申請者数についても何らかの見込みを持っているはずである。そして、その申請者数見込みに救済割合の見込みをかけた結果として、「救済対象者一万人」という数字が出てきた、という手順を与党はふんだに違いないのである。

 二〇〇七年一〇月に園田PT座長が「申請者数は二万人の見込み」と発言したことは、この推論を裏付けている。与党が申請者数の見込みを持っていないわけがないのである。

三 申請者数の目安は「認定申請者数+新保健手帳申請者数」

 では、与党は「新救済策」申請者数の見込みを何を根拠に立てているのか?

 振り返ると、与党PT案発表直前の二〇〇七年九月末には、熊本・鹿児島両県の認定申請者数が五五八七人、新保健手帳申請者数が一万四六七八人、合計二万二六五人であった。そして、その時点では、与党は「新救済策」の申請者数を二万人と見込んだのであった。すなわち、与党は「新救済策」申請者数について、認定申請者数と新保健手帳申請者数の合計を目安にしているのである。

 たしかに、認定申請者も新保健手帳申請者も、未救済者の内、何らかの救済を求めた者と言える。また、両者の重なりはあったとしてもごくわずかである。したがって、認定申請者数と新保健手帳申請者数の合計を申請者数の目安とする与党の考え方は、「現時点で手を挙げている未救済者を、期限を区切って短期間だけ一定救済して、被害者を黙らせて水俣病問題の幕引きを計る」という与党の方針とも符合し、一応合理的とすら言える。(もちろん、前提となる与党の方針そのものが大問題だが。)

四 与党は現在、申請者数を何人と見込んでいるのか

 では、申請者数の見込みは、現在も二〇〇七年一〇月に示した二万人のままか?

 それはあり得ない。なぜなら、「救済対象者一万人」との数字を出す直前の二〇〇八年一一月末の時点で、認定申請者数は六一九九人、新保健手帳申請者数は二万二〇七三人、合計二万八二七二人に達していたからである。三万人近い被害者が救済を求めて手を挙げているこの瞬間に、「申請者数は二万人の見込み」とは口が裂けても与党は言えないであろう。

 今もなお認定申請者数も新保健手帳申請者数も急増中で、二〇〇九年一月末時点で合計二万九一四六人である。与党が「新救済策」成立を目指すと言う四月には三万人を超えることは間違いない。だから、与党は申請者数を一応三万人と見込んでいるはずである。

五 救済割合は「三人に一人」

 これにより、与党が救済割合をどう見込んでいるのかも判明する。与党は申請者三万人に対して救済対象者を一万人と見込んでいるのであるから、救済割合は三人に一人である。

 こう考えると、別の事実ともピタリと符合する。二〇〇八年二月、療養手当のために国と熊本県で合計九億三〇〇〇万円を支出する県予算案が組まれた。七七五〇人分である。そして、この直前の同年一月末の認定申請者と新保健手帳申請者の合計二万三一三二人を救済対象者数とすれば、救済率は七七五〇人÷二万三一三二人=三三・五%である。やはり、「救済対象者の目安は認定申請者数+新保健手帳申請者数」で「三人に一人しか助けない」計算である。

 さらに前述の「中間とりまとめ」の救済率(三八・九%と三二・〇%)を、発表直前の二〇〇七年六月末の数字に当てはめると、認定申請者のうち五二七一人×三八・九%=二〇五〇人、新保健手帳申請者のうち一万二一二六人×三二・〇%=三八八〇人、で合計五九三〇人が救済対象者となり、全体の救済率は五九三〇人÷一万七三九七人=三四・一%である。これまた「三人に一人しか助けない」計算である。

 与党は「中間とりまとめ」から一貫して「三人に一人しか助けない」計算をしてきたのである。

【第五 「大量切り捨て」の「新救済策」を実現させてはならない】

一 「新救済策」の根本矛盾

 以上より、「三人に一人しか助けない大量切り捨てが与党PTの方針」と断定せざるをえない。ここに「新救済策」の根本矛盾がある。

 私は、二〇〇八年二月二二日のノーモア・ミナマタ訴訟第一二回口頭弁論での意見陳述で次のように述べた。

「この大量切り捨てこそが「新救済策」の致命的な弱点です。自らを切り捨てる案を患者たちが受け入れるわけは絶対にありません。与党らが『新救済策』をどんなにゴリ押ししようとしたとしても、具体化が進めば進むほど、かえって大量切り捨ての中身が誰の目にも明らかになり、患者はこれを拒むのです。」

 いかに幕引きしようとしても、現に存在する被害を消すことはできない。被害があるかぎり、私たち被害者のたたかいは続く。私たち被害者がたたかい続けるかぎり、加害者の幕引き策は必ず破綻する。重要なことは、幕引き策を形にさせずに早くツブすことである。「大量切り捨て」の事実の暴露・批判を強めて、被害者に伝えなければならない。

二 司法救済制度の優位性

 誰が救済対象者を決めるのか。これこそ水俣病被害者が歴史から学んだ根本問題であった。加害者である行政は水俣病被害者を切り捨て続けてきたし、今もまた切り捨てようとしている。

 裁判所での解決こそが最も公平で正しく、かつ、水俣病被害者にとって最も有利である。これは歴史的に明らかな事実である。私たちノーモア訴訟が司法での解決を求める一番の理由もここにある。 司法救済制度を実現する以外に水俣病問題の真の解決はあり得ない。



グローバル資本主義と日本の雇用問題

―求められている国際連帯活動―

東京支部  笹 本   潤

 鷲見幹事長が常任幹事会で推薦していた中谷巌著「資本主義はなぜ自壊したのか」を読んでみた。構造改革の急先鋒の著者の懺悔の書というだけのことはあり、全体として今の新自由主義、資本主義の問題点がわかりやすく記されていた。

 私はそのなかでも一つのところに注目した。グローバル資本主義の項で「中国沿海部の景気がよくなって、人件費が高くなれば、内陸部から安い労働力を調達すればよい。その内陸部から来た労働者の賃金水準が上がりはじめたら、中国に見切りをつけて、もっと労働力が安く調達できるところ―たとえば、ベトナムなどに生産地を移転するまでのことである。

こうした動きは何も先進国の企業だけではない。新興の中国企業などの中にも、自国での見切りをつけ、ベトナムなどに進出していることころが次々と現れているそうである。」と資本がつねに安い労働力を求めて移動する性質について論じている。

そしてさらにこのような資本の移動が日本の労働条件の低下にも結びつくという。「東側世界が競争に参加した結果、安い労働コストを求めるグローバル資本は生産地をどんどん東側世界に移していった。その結果、アメリカや日本では「空洞化」が進み、先進国の賃金は切り下げられざるをえなかった。東側諸国の労働者と同じ仕事をする先進国労働者に対する需要が減ってしまったからである。あるいは、日本では労働コストの高い正規労働者を減らし、パートや派遣などのコストの安い雇用形態が急速に増えた。」と指摘している。

 グローバル資本主義のもとでは、生産と消費が分離し、消費はあくまでも先進国の消費者であるから(一〇〇円ショップなど)、中国などの労働者に収益を再配分して購買力をつけさせるメリットはない、とも指摘しているのである(以上、同書九二〜九五頁)。

 ここまで読んで、このようなグローバル資本主義の構造を維持したままでは日本の雇用問題を解決していくのにも障害が大きいと感じた。日本の雇用状況の改善、格差社会の是正のためにも、国際的なグローバル資本主義という「システム」に対置する、市民・労働者・法律家の国際連帯活動が求められているのではないだろうか。

 このような指摘は、渡辺治教授も以前行っている。二〇〇七年の日民協での講演の中で、アジアの低賃金労働システムを放置したままで、日本の多国籍企業、日本の労働者の労働条件の低下が防げるのか、として今まで弱かった国際連帯の必要性を訴えていた。

 海外に進出する多国籍企業を多く抱える「先進国日本」の法律家として、海外、特にアジアに行ってこのようなグローバル資本主義、新自由主義の構造の問題性を訴え、交流・連帯を推進すべきではないだろうか。ここまで資本のグローバル化が進展するともはや日本一国の運動だけでは立ちゆかなくなる。

 私は国法協(JALISA)などの国際活動をやっている中で、経済の分野に限らず、様々な分野での国際連帯の必要を感じる。 

 昨年の九条世界会議などの平和の分野における国際活動も全く同じである。日本一国だけが九条を守ろうとしても、北朝鮮のミサイル危機などがあれば九条を守る上での障害になる。武力紛争を未然に防止するための国際環境、国際関係の構築を、企業や国家の利益にとらわれない法律家や市民の国際連帯活動が中心となって推し進めていく必要がある。

 アジアには、私たちに近いところでCOLAP(アジア太平洋法律家会議)、GPPAC(武力紛争予防のためのグローバルパートナーシップ)などのネットワークがある。

 六月六〜八日には国際民主法律家協会(IADL)の大会がベトナムのハノイで開かれる(くわしくは、団通信一二九八号参照。)。また、今年の五月集会でも団国際問題委員会はアジア共同体をテーマに分科会を開催する予定だ。

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 韓国ではこの間日本よりも一足早く格差社会、非正規雇用の社会になっている。民弁の弁護士は、このような新自由主義の弊害を一層加速することになるアメリカとのFTA(関税の撤廃を柱とする自由貿易協定)の締結に反対し座り込みの抗議活動までした。

 昨年三月団東京支部と民弁を訪問した際にFTAハンドブックを作成して私たちにも普及してくれた。

 また、日本よりも一層ひどい非正規雇用労働者、多重債務者などの格差社会の問題にも立ち向かっている。昨年五月の民弁二〇周年記念式典で訪韓した際にも、アメリカからの輸入牛肉反対の大きい集会がソウル支庁舎前で開かれ、民弁もこの集会の警備を担当していた。

 一方、IADL大会が開かれるベトナムは、二〇〇七年にWTOに正式に加盟して、新自由主義の波に本格的にさらされる状況になってきている。ドイモイ(刷新)路線がグローバル資本主義の波の中でうまく機能しているのか、現在では、外国からの過剰な投資や外国企業との労使問題も生じているという。

 IADLハノイ大会には、「九条世界会議」で来日した海外の法律家を含め多くの国の法律家が参加する。団の中でも多くの人に関心を持って参加してもらいたい。自由法曹団の中でも国際活動はまだまだ一部の人にしか関心を持たれていないと思う。この機会に一度外国を訪れ、海外の法律家とも問題意識を共有していただきたい。

 なお、IADLハノイ大会に向けて、ベトナム人の経済学の専門家を招いて学習会を開くので参加をお願いします。

□講    演:「ベトナム経済の現状と課題」

       ド・マン・ホーン氏(桜美林大学講師・専門経済開発論)

□映像で見るベトナムの今:岩井美佐紀氏(神田外語大学准教授)

□日時と会場: 二〇〇九年三月一六日(月)午後六時半から九時

       青山学院大学総研ビル九階一六会議室

(地下鉄「表参道」駅下車。正門を入ってすぐ右側のビルです。)



自由法曹団女性部新年学習会

神奈川支部  松 本 育 子

 二〇〇九年一月三〇日、東京法律事務所において、藤原真由美先生を講師にお招きし、「女性弁護士のはつらつ事件簿〜仕事・生きがい・家族‥よくばり人生のヒミツ教えちゃいます」をテーマとした新年学習会に出席しました。

 藤原先生は毎晩寝る前にお子さんに本を読み聞かせて育てられた経験から、子どもの教育上、住民が気軽に利用できる図書館が充実したものであることの必要性を痛感し、図書館をつくる会を立ち上げて地域の主婦の方々とネットワークを構築したそうです。弁護士としての人的関係のみならず、全く異なるライフスタイルの女性達との交流を積極的にもったことが、自己の人生観を広げることのみならず、その後の子育てにも役立ったという経験談に大変感銘を受けました。私も今は仕事で精一杯ですが、今後仕事以外の交流の場にも積極的に参加し、様々な方面に人脈を築いてゆきたいと思いました。

 また、藤原先生が、「えひめ丸事件」の弁護団活動の現場をお子さんに見せることで他では得がたい社会勉強の機会を与えるなど、子どもの個性を重視し、その子のために今一番何が大事かという観点から自由な発想で教育をしてこられたというお話にも多くの示唆を得ました。

 そして、お話の最後に、藤原先生は、「人間の最も優れた能力は何か」という問いを投げかけられ、「考え方の異なる敵を味方に変える力である」と教えてくださいました。私自身、これは法曹としても最も重要な能力のひとつなのではないかと日々実感しているところです。藤原先生のお話を心にとめ、弁護士としての実力を着実に磨いてゆけるよう頑張りたいと強く思いました。

 学習会の後は、素敵なレストランで新人歓迎会が開催されました。全員が自己紹介をした後、お食事をしながら和やかな雰囲気のなか歓談が進み、話題は日々の仕事、女性部の活動、家庭生活、子育て、趣味、旅行など多岐にわたり、大変盛り上がりました。

 学習会、新人歓迎会をとおして、先輩会員の方々のお話それぞれに、お一人お一人がこれまで歩んで来られた弁護士としての道のりへの自信と充実感を感じました。先輩会員の皆様からいただいた経験に基づく貴重なアドバイスを、私も今後の人生に活かしてゆきたいと思いました。