<<目次へ 団通信1308号(5月11日)
酒井 健雄 | いすゞ自動車派遣切りVSプレミアライン勝利決定の報告 |
中島 晃 |
内橋克人著「新版 悪夢のサイクル」を読む |
高橋 謙一 |
推薦します! 馬奈木昭雄著『農家の法律相談 よくあるトラブルQ&A』(農文協) |
東京支部 酒 井 健 雄
この度、いすゞ自動車栃木弁護団(埼玉:山普E伊須・佐渡島・上田、東京:鷲見・林・酒井)は、派遣労働者の中途解約に関して、画期的な勝利決定を得ましたので、ご報告申し上げます。
一 本件の概要〜給料のほとんどを家族への仕送りに回す派遣労働者のたたかい〜
本件は、クリスタルグループの一員である派遣会社シースタイルに雇用され(後にグッドウィルグループの株式会社プレミアラインが包括承継)、いすゞ自動車栃木工場に派遣され、三年間以上働いてきた派遣労働者が、派遣先のいすゞ自動車の「非正規切り」に遭い、派遣元であるプレミアラインから期間途中で解雇されたために、賃金仮払等仮処分の申立を行った事案です。
本件申立を行った派遣労働者は、青森県出身、四〇代でリストラに遭い、四人の家族を養うためにやむなく栃木工場への「派遣」を選び、派遣会社の寮に入り三年以上働いてきました。残業・休日出勤も積極的にこなし、自分の手元にわずかな生活費を残すほかは、すべて家族への仕送りに回し、奥さんと三人の子どもを養ってきました。長男が地元の大学への進学を決め、さて入学金を稼がなければ、という矢先にいすゞ自動車の非正規切りに遭い、突然収入の途が断たれたのです。本件は必ず勝たなければならない事件でした。
我々は、年末年始に申立の準備を行い、平成二一年一月六日に宇都宮地方裁判所栃木支部に申立を行いました。栃木では、先行する期間社員の仮処分、同時に申し立てた派遣労働者の仮処分、一月一九日に申し立てた派遣労働者の仮処分とあわせて四件の仮処分を並行して行う形になり、そのときから週に二度三度と栃木に通いつつ、その合間に証拠を探し、書面を準備するという日々が続きました。
二 本件の争点、裁判所の判断〜著しく正義・公平の理念に反する解雇手続〜
本件では、(1)解雇予告の直後に派遣会社に指示され書かされた退職届の提出をもって合意解約が成立したか、(2)「やむを得ない事由」の存否が主な争点となりました。
まず、(1)退職届の提出による合意解約の成否について、我々は、本人が退職届を書かされたときの状況を本人から詳細に聞き取り、克明に描写した陳述書を提出するとともに、意思表示の不存在と錯誤無効、詐欺取消を主張しました。
裁判所(橋本英史裁判官)は、合意解約の成立を否定したうえ、「債務者は、後日、債権者ら派遣労働者から、債務者による解雇の効力を争われることのないよう、任意の合意解約の体裁を整えて、…その意図を秘して、派遣労働者全員に対し、退職届を作成するよう、逐一、指示してこれを徴収するに至った…かような債務者の解雇の手続は、労使間に要求される信義則に著しく反するものであり、明らかに不相当である」と踏み込んで判示しました。
次に(2)「やむを得ない事由」の存否については、相手方が、派遣雇用契約の特殊性から、派遣先による派遣契約の打ち切りにより、派遣元と労働者との雇用契約も当然に終了するという主張が出されました(安西愈著「新版 労働者派遣法の法律実務 下巻」七九二頁以下参照)。我々は、労働者派遣法の立法の際の国会議事録や厚生労働省の平成二〇年一二月一〇日通達を提出し、上記主張がまったくの誤りであることを論じたうえで、本件解雇は整理解雇四要件を一つも充足せず、「やむを得ない事由」を認める余地が存在しない旨主張しました。
この点についても裁判所は、(I)「債務者が本件のように直ちに派遣労働者の解雇の予告に及ぶことなく、債務者において派遣労働者の削減を必要とする経営上の理由を真摯に派遣労働者に説明し、希望退職を募集ないし勧奨していれば…解雇に敢えて及ぶことはなかった」、(II)「本件解雇の予告以降、債権者に対して、具体的な派遣先をあっせんするなど、就業機会確保のための具体的な努力を全くしていない。…債務者は…派遣企業に求められている社会的な要請への対応も怠った」、(III)「債務者は…いすゞ自動車との労働者派遣契約が終了することを一方的に告げるのみであって、債務者の経営状況等を理由とする人員削減の必要性の説明を全くしておらず、…債務者は…退職届の提出をもって有効な合意解約が成立しているとの主張を強行し、…使用者がそれまで雇用してきた労働者の地位を喪失させる解雇の手続を取るにあたり、元に使用者の指揮監督下にある労働者の信頼を利用し、かような策(退職届を書かせたこと)を弄することは、著しく正義・公平の理念に反するものとして、社会通念上、到底容認することができない」、(IV)「債務者の経営状況等は、相当に厳しい…債務者の財務状況によれば…債権者…との派遣労働契約を期間内であるにも関わらず敢えて解消し、…賃金の支出を削減する必要性は、およそ認め難い」、とし「本件解雇は明らかに無効である」と判示しました。
さらに裁判所は、保全の必要性についても十分に債権者の主張を汲み取って、「債権者は自らの生活費を切りつめながら、家族に送金しており、…家族においても…経済的に逼迫していることが一応認められるから…保全の必要性は、優に認めることができる」と判示し、解雇日以降期間満了までの賃金の仮払を決定しました。
裁判所は、本件解雇の違法性と派遣労働者の苦しい立場を正しく判断して期間満了時までの賃金仮払を認めたうえ、さらに「著しく正義・公平の理念に反する」と、プレミアラインをきびしく断罪しました。経済的苦境にも負けずにたたかい抜いた当事者の熱意・勇気と、各地で盛り上がる「派遣切り」を弾劾する運動が、この決定を導いたのだと思います。もちろん、我々も栃木に通いつめ、四ヶ月弱の間に九通の準備書面と四通の陳述書、多くの証拠を探し出し提出するなど、最大限の努力で訴訟活動を行いました。
三 本決定の意義
本決定は、(1)解雇予告後、さしたる説明なしに退職届を書かせ、後日解雇の効力を争わせないというやり方が著しく不当であること、(2)派遣労働者であっても期間途中の解雇は原則として許されないこと、を明らかにするもので、「派遣切り」被害に遭った派遣労働者を救済するために大いに役立つ内容のものです。
裁判官を正しい判断に導くためには、派遣労働者の労働の実態、苦しい生活実態、派遣会社の取扱いのずさんさ、労働者派遣法を巡る諸通達などを突き詰めて主張・立証していくことが必要だと感じました。
何もせずに派遣労働者からピンハネして多大な利益を得てきたにもかかわらず、派遣契約が打ち切られると、わずかな給与の負担すら惜しんで派遣労働者をクビにする、恥を知らない派遣会社を追い詰めるために、本決定をご活用いただければ幸いです。
京都支部 中 島 晃
一 本書の著者内橋克人氏は、一九九五年に「規制緩和という悪夢」(文藝春秋)を出版し、規制緩和が民衆にいかに困難と厄災をもたらすのか、その地獄絵を具体的に描き出して、規制緩和万能論にいち早く鋭い警告を発してきた。
著者は、「規制緩和」を始めとする無定見な自由化、ネオリベラリズム(新自由主義)が、アメリカ、南米、アジア、欧州、そして日本で引き起こした変化の波を分析するなかで、「ネオリベラリズム循環」ともいえるべきものがあることを指摘して、これを本書は「悪夢のサイクル」と呼んでいる。
本書のいう「ネオリベラリズム循環」とは、非常に大雑把にいうと、資本の自由化、規制緩和等によって、大量の海外マネーが流入してバブルが発生し、やがてバブルが崩壊して、膨大な負債と倒産、失業等を招くことになり、それを繰り返す毎に、格差が拡大して、一方に超富裕層が出現するとともに、他方で貧困にあえぐ人々が増大し、地域の荒廃が進行するというサイクルが繰りかえされることである。
二 本書で瞠目すべきことは、ネオリベラリズムが一九七三年、南米のチリで、アジェンデ政権をクーデターで倒したピノチェトの軍事独裁政権の経済政策の柱となったこと、それがアルゼンチンの軍事政権でも採用され、九〇年代後半に対外債務の返済不能危機に陥り、アルゼンチン経済が大混乱に巻き込まれたことを指摘している部分である。
また、アメリカのブッシュ政権によるイラク攻撃の本当の意味は、「正当な労働の対価以外は受け取ってはならない」とする戒律があるイスラム世界に市場経済を持ち込み、イスラムを市場化することにあると説く。このようにネオリベラリズムは、軍事的支配の強化と深く結びついており、日本における憲法九条改悪や集団自衛権の容認をめざす動きの背景には、ネオリベラリズムがあるとする本書の指摘は重要である。
このように見てくると、規制緩和を推し進めてきた小泉政権が、アメリカのイラク攻撃をいち早く支持したのは、至極当然なことだということになる。
リーマンブラザーズショックに始まった世界同時不況は、循環のバブルが弾けたのが、ネオリベラリズムを生み出した本家本元のアメリカであったことから起こったものであり、ここに今回の危機がこれまでのものと決定的に異なる点がある。
三 本書で注目に値することは、ネオリベラリズム循環による「悪夢のサイクル」を断ち切るためにいくつかの具体的な提言を行っていることである。いま問題になっているのは、世界を駆け回るITマネーに象徴されるヘッジファンドをどう規制するかである。
かって、アジア通貨危機にあたって、マレーシアは、実需を伴わない為替取引禁止の方針を打ち出し、投機的な通貨取引を規制して、ヘッジファンドの攻撃から自国の産業を守り抜いた。しかし、日本を始めアジア諸国がアメリカからの圧力によって実需規制を撤廃し、投機的な通貨の先物取引を解禁したことが、急激な円高や、九〇年代後半の世界的な通貨危機を招くことになった。
本書は、アメリカのジェームス・トービン博士が提案した、投機的な短期資本の移動を抑制することを目的とした新しい税制、トービン税を紹介している。現在では、当初のトービン博士の構想を発展させた「平時には一律に低率の税を課すが、為替市場に投機的な変動が発生した場合には、短期大量の資金移動に対して高率の税を課す」という二段構えの税制が提唱されている。このトービン税については、フランスの世界的なNGO団体ATTAC(アタック)がこのトービン税の採用を働きかける運動を続けてきており、二〇〇六年七月、ベルギー国会の下院で、ユーロ諸国の参加を待つことを条件にして、「トービン税法」が採択されたという。
これと平行して、世界の貧困問題改善のための資金調達について、フランスのシラク大統領が二〇〇五年一月のダボス会議で「国際連帯税」構想を発表した。国際連帯税は、世界各国が強調して、国際金融取引及び外国資本移動への課税、航空・海上輸送燃料や航空券への課税などを行うことによって、貧困国への開発援助資金を集めるというアイデアであり、フランスでは、すでに先行的な取り組みとして、二〇〇六年七月から航空券への国際連帯税の課税を始めているという。
本書は、以上述べたほかにも、市場に対する市民社会的制御の具体的な仕組みについて、フィンランド、スウェーデン、ノルウェーといった北欧諸国の経験を紹介しており、読んでいて大変教えられるだけではなく、新しい可能性と希望をあたえてくれるものとなっている。
四 本書は、二〇〇六年一〇月に単行本として出版されたものに、今回の世界同時不況以降の状況を加筆して、今年三月文庫本(文春文庫)として出版されたものだが、非常にコンパクトで平易な言葉で書かれており、大変読みやすいものとなっている。しかし、そこで書かれている内容は、最新の研究成果をもとにした、きわめてレベルの高いものであり、私たちが本書を手がかりにして、その内容を一つ一つ深めていくことが求められているといえよう。
そういうことからいえば、自由法曹団として、ネオリベラリズムと対決し、それをいかに克服していくのかという課題に真剣に取り組むために、独自の研究調査活動に取り組む必要があるのではないかと考える。
福岡支部 高 橋 謙 一
一 福岡支部の馬奈木昭雄団員と言えば、公害・環境問題の第一人者として、北は北海道から南は沖縄まで全国を飛び回っている弁護士で、この種の事件に携わっている団員で知らない人はいないと思う。実際、今年の五月集会でも、「公害・環境」分科会において基調報告を担当している。
彼が「全国行脚」をしていることから、こう言うと「あれっ」と思う方も多いかもしれないが、彼の第一モットーは「弁護士(特に団員)は地域に根付き、地域の問題を解決しなければならない」というものだ。「地域事務所はその地域における全ての人権問題を完全に解決する、そういう意識でいなくてはならない。ある地域における人権侵害は、その地域特有の問題ではなく、必ず全国に起こっている。『完全な解決』とは問題を根っこから断つことだ。だから」と彼は展開する。「同じ問題を抱える全国の地域事務所が共闘することが不可欠である」
彼が全国を渡り歩いているのは、全国的問題に関与しているからではなく、一地方の問題を解決するため全国問題にまで発展させた「結果」に過ぎないのである。廃棄物問題などはその典型であろう。
二 その彼が事務所を構える久留米市は、典型的農村発展型都市である。「福岡第三の都市」と謳っているが、奥底に「農村」が潜んでいる。しかも確固として。それゆえ久留米市では農業に関する法律問題(たとえば圃場整備とか、小作問題が)多いことは当然として、一般の法律相談も、ある特有の「農村」的色彩に染められている。その中で三〇余年弁護士業務を続けてきたのであるから、当然ながら、彼は「農家の法律問題」に通暁している。
その経験の集大成が、この本である。農文協が発刊する『月刊現代農業』に一八年もの長きに亘って連載されてきた同タイトルの法律相談を、余すとこなく収録したもので、実に九章二〇六本にものぼる。
ちょっと紐解くだけで、「小作人から農地を返してもらいたい」「死んだ地主の息子から小作地を返せと言われている」「農地の所有権移転登記に応じてもらえない」「購入した苗が枯れた」「自分が家を継いでがんばってきたのに兄弟から財産を請求されている」といった一般的相談はもとより、圃場整備における種々のトラブル、農協や部落集落の紛争、共有林・共有権(入会権)に関する法律論などの農家特有の問題まで、幅広い事例が見つかる。それどころか「どぶろく作りが摘発された場合に『いや酢を作っているんだ』という言い訳は通るか」「公務員がボカシ肥を頒布したら違法か」などといったおよそ考えたことのない、そんなこと聞かれても困るなあ的相談にさえも丁寧かつ的確な回答が述べられており、農家の法律問題はことごとく網羅されていると言っても過言ではない。
三 ここまで完璧に農家の問題を押さえた法律相談書はこれまでなかったはずであり、それだけでも十分な価値があるが、この本の魅力はそれにとどまらない。
新聞・雑誌でよく見かける法律相談は、紙幅の都合とも思うが、往々にして表層的・形式的であり、「静的」内容となっている。そのため現実のトラブルの解決として実務家の参考になるものは少ない。しかし著者の実戦経験に裏打ちされているこの本には、相談者が今後どうすればよいかという具体的方針が生き生きと示されている。その意味で極めて「動的」である。
それが際立つのは、相談者の希望通りの回答ができない時である。法律相談において、そういうことは多々あり、誰でも経験していることである。そのとき「無理です」と引導を渡すのも一つの考え出し、ああだこうだと愚にもつかない話をして煙に巻くのも「あり」だろう。ただし、彼はそのどちらも取らず、どうやったらそのトラブル自身を「なくすことができる」のかを示す。そのトラブルの原因がどこにあるのかを指摘した上で、相談者自身の考え方を変えることを示唆したり、じっくりと話し合うことを勧めたりする。「弁護士は、常に相談者・依頼者に希望を与えなければならない」を座右の銘にする彼ならではの回答が並ぶ。「週末の通い農業をしているが、嫌がらせを受ける」という相談に対して、「何が原因で受け入れてもらえないのか考えてみたらどうか・・・本来は農村は人を暖かく迎え入れてくれるところである」と回答した上で、農村社会の特殊性をユーモラスに描いた漫画を勧めるところなどは、まさしく真骨頂である。
四 このように、法律相談を通じて、著者の「哲学」が炙り出しみたいに浮かび上がるところが、この本の最大の魅力なのである。ここで私が引用したいくつかの発言でも分かるように、著者は、弁護士としてしっかりとした「哲学」を持っているが、常にその「哲学」に基づき、その「哲学」を通して、回答している。そのため、収録されている回答を読むと、単に法律知識が見につくだけでなく、あるいは一歩進んで「実戦的解決」の薫陶を得るだけではなく、弁護士はいかにあるべきなのかという著者の「哲学」も学べるのである。
もちろん私だって、この本の底を脈々と流れる「彼の哲学」が「普遍的真理だ」とまでは言わない。反発するところもないではない。しかし、だからこそ、私を含めて読者に「弁護士のあり方とは何か」という問題意識を突きつけてくるし、それに答えようとすれば自ずと、己の「哲学」を顕在化させざるを得なくなる。法律相談を通じて、自己の哲学を示し、同時に読者へ「あなたの哲学は何?」と問いかけ、思索させる。これはもはや「ハウツウ本」の域を超えており、法律相談を題材にした「エッセイ」と理解すべきなのかもしれない。
五 このように実戦的な知識と解決方法だけでなく、弁護士としてのあり方まで示唆する点で、この本は類を見ない出来となっている。地方都市で活躍している若手団員に必携であることは言うまでもないが、一家をなしたベテラン先生、そうなろうとしている中堅団員にも、是非ご一読いただきたい。自分の「哲学」を鍛え直す一助となること請け合いである。