<<目次へ 団通信1313号(7月1日)
京都支部 渡 辺 輝 人
事案の概要
本件は、二〇〇四年四月に京都市に新規採用された教員であるTさんが、一年間の条件附採用期間中である二〇〇五年二月二四日に分限免職処分されたことについて、Tさんが処分の取り消しを求めて提訴して第一審で勝訴後、京都市が控訴していたものである。地裁判決については、団通信一二六七号(二〇〇八年三月二一日号)で藤澤眞美弁護士が報告している。
大阪高裁の判決
大阪高裁は、二〇〇九年六月四日、京都市の控訴を棄却する判決を下した。判決は「具体的な事実関係において、〈筆者註:分限免職処分が〉裁量の範囲内にあるかどうかは、結局、行政処分庁の処分の前提として、職場での教員の指導・評価に当たる管理者等が、条件附採用期間の推移をみても当該教員が教員としての適格性を欠き、職務の円滑な遂行に支障を来すといわざるを得ず、それが、今後の、経験、研さんによっても改善される可能性が薄いと判断し、その判断が客観的で合理的なものであることが必要といえる。また、そのためには、被控訴人が新採の教員であることから、職場における適切な指導・支援体制の存在と本人が改善に向けて努力をする機会を付与されたこと、ある程度の整合的・統一的な評価基準の存在が前提となるといえる(もっとも、これらの点は、具体的な事実関係に照らした総合判断的要素の面がある)。その場合、個々の事象の評価に過度に拘るのではなく、一定の時間の経緯の中で評価すべきであり、また、教員の児童に対する指導方法については、裁量的な余地があることは否定できないから、主観的な評価の入る余地のある出来事を評価対象とすることはできるだけ避け、できる限り客観的で安定した方針の下で、今後の経験、研さんによっても、教員としての適性が備わることが困難であるかどうかを検討するのが相当である。」と述べた。
大阪高裁は、その上で、本件について「児童や保護者らが被控訴人に対する信頼を失ったとすれば、その一因は、管理職や学校の被控訴人に対する態度にもあり、学級崩壊の原因も被控訴人の能力不足が主たる原因であるとは即断できず、管理職らの指導・支援体制も必ずしも十分でなかったなどの事情からすれば、被控訴人には簡単には強制することのできない持続性を有する資質、能力、性格等に起因してその職務の円滑な遂行に支障を生ずる高度の蓋然性があるとはいえないし、管理職等の被控訴人に対する評価が客観的に合理性を有する者か疑わしいと〈筆者註:原判決は〉判断したものであり、前提となる事実関係の認定評価として是認できる。」とした。
大阪高裁判決の評価
昨今、教員の働き過ぎ、過労死、うつ病等の疾病よる休職等が社会問題化している。新採教員もすさまじい過労状態におかれ、十分な教育実践もままならなず、なかには精神疾患を患う中で、教育委員会の恣意的な評価によって「不適格」の烙印を押され、「依願退職(という名の退職強要)」したり分限免職を受け、教壇を去らなければならない事態が多数発生している。
大阪高裁判決は、Tさんに対する処分を取り消した地裁判断を維持した点自体で画期的だが、それだけに留まらない。判決は各地の教育委員会が極めて恣意的に行ってきた新採教員に対する評価を厳しく戒め、客観的な基準と継続的な事実評価、経験の蓄積・研さんによる改善可能性の有無の判断を求めた。当然のことを述べているに過ぎないのだが、従来の判例と比べれば極めて画期的な判断をしたと言える。
また、評価の前提として「本人が改善に向けて努力をする機会を付与されたこと」に言及している点も高く評価できる。この考え方を敷衍すれば、新採教員が極めて多量の業務を強いられ、自己研鑽の機会すら奪われている状況で適格性の評価を行ってはならないことにもなりえる。この判決は新採教員の過労が横行する現状自体に警鐘を鳴らしたものと言える。
残念ながら京都市は上告をしたが、高裁判決を確定させるため、弁護団も全力を挙げたい。なお、この事件は京都支部の村山晃、藤澤眞美、岩橋多恵、渡辺が担当しています。
神奈川支部 藤 田 温 久
一 ゴーン演説
日産自動車カルロス・ゴーンCEOは、二〇〇九年二月九日、日産グループのグローバル人員数を〇九年度中に二万五千人削減し、二四万人から二一万五千人とすると発表した。曰く、「景気の後退と円高により〇八年度通期でのグローバル売上は二十%減になる。」「先行きは不透明、すなわち次の数ヶ月間の予測も立てられず、予測を立てても信頼性がないという状態である。」「しかし、状況の悪化は速度と深刻度を増し、収束の目処は立っていない。」(以下「二月ゴーン演説」)。国内では、日産グループ全体で、正社員四千人、非正規従業員八千人を削減するとされた。
二 提訴
大企業の非正規切りが相次ぐ神奈川では、皆さん御存知の「いすゞの闘い」をはじめ非正規切りに反撃する闘いがどんどん広がっている。「二月ゴーン演説」に対しても、直ちに、反撃の門前ビラが撒かれ、相談会が次々開かれた(団支部も参加)。原告五人は、その門前ビラなどを見て相談に訪れ、JMIU神奈川地本日産自動車関連支部を結成し、五月十二日、横浜地裁に、日産自動車、日産車体、テンプスタッフ・テクノロジー(以下「テンプ」)、プレミアライン(以下「プレミア」)を被告とする地位確認及び賃金支払並びに損害賠償請求を求める訴訟を提訴したのである。
三 原告らと請求の趣旨
原告らは、請求の趣旨から以下の三グループに分けられる。
(1)Iグループ 土谷理美、阿部恭
日産自動車プロダクトデザイン部に、派遣元・テンプから派遣され、政令〇五号(指定二六業種)派遣として、CGデザイン業務等に従事。
日産自動車に対し、 (1)労働契約上の地位確認。(2)未払賃金支払請求。
日産自動車とテンプに対し、 (3)三百万円の慰謝料請求。
(2)IIグループ A、釜倉猛
日産車体湘南工場車体課で自動車組み立てに従事する期間工。
日産車体に対し、(1)労働契約上の地位確認。(2)未払賃金支払請求。(3)満期慰労金支払請求。日産自動車と日産車体に対し、(4)同慰謝料請求。
(3)IIIグループ 岡田知明
日産車体湘南工場車体課に、派遣元・プレミアから派遣され自動車組立業務に従事。
日産自動車に対し、(1)労働契約上の地位確認。(2)未払賃金支払請求。(3)満期慰労金支払請求。日産自動車、日産車体とプレミアに対し、(4)同慰謝料請求。
四 Iグループ
約六年間にわたり日産自動車で勤務し、三ヶ月ごとの派遣契約を繰り返してきた。
派遣先である日産自動車が、「事前面接」(誤魔化すために、面接ではない「ご面談」だと称していた)を行って労働者を特定して、採用を決していた(職安法四十四条違反、派遣法二十六条七項違反)ばかりか、更新、解雇をも労働者を特定して実質的に決定しており(職安法四十四条違反、労基法六条違反)、実際には、人事権を自ら行使しながら、長期に亘って、日産自動車において稼働させてきた。また、三年経過後も雇用契約申込をせず(派遣法四十条の五違反)、五号業務以外の業務を行わせ、説明義務契約義務違反もあり、派遣契約は民法九十条により無効というしかなく、被告日産自動車との間に、黙示の合意による雇用契約が成立しているというべきである。
五 IIグループ
Aは、(1)〇三年七月〜〇四年四月末まで「偽装請負」、その後、(2)〇四年五月〜〇五年五月末「派遣契約」、(3)〇五年五月〜〇八年三月末は「期間工(臨時従業員)」として、約十回更新し、当初の契約延長の予定期間である二年十一か月が満了するや、一旦雇い止めにし、(4)〇八年四月一日〜同年九月末日は派遣会社から「派遣」され、(5)〇八年十月〜〇九年三月末は日産車体に再度、「期間工」として直接雇用された。業務内容に変更がないにも拘わらず、雇用形態のみを変え、約六年間も脱法的雇用を続けたということである。「偽装請負」とあわせて、「期間の定めのない労働契約」と実質的に異ならない状態に至っているというべきである。
釜倉は、(1)〇三年二月〜同年十二月日産車体に臨時従業員(期間工)として勤務。(2)〇八年七月〜八月十日に日産車体に臨時従業員(期間工)として勤務。(3)〇八年八月十一日〜〇九年三月二十八日臨時従業員(期間工)で勤務。就業規則では、期間従業員との雇用期間は「二月以上六ヶ月まで」。しかし、釜倉は、日産車体で働いていた経験が認められ、就業規則所定期間を超えて、特別に約八ヶ月間の契約期間となった。労働契約更新の経過からして、少なくとも、原告釜倉には「更新に対する合理的な期待がある」といえる。
六 IIIグループ
岡田は、日産自動車が、プレミアと共謀の上、派遣の期間制限を脱法する目的で、〇四年九月以降、派遣→期間工→派遣→期間工→派遣と、雇用形態を変えて雇用し続けた。期間工から派遣への切り替えは、公序良俗に違反し無効であり、日産自動車と黙示の労働契約が成立していたというべきである。ところが、〇八年二月に岡田が労災事故に遭遇し、労災申請を願い出て療養のために休業した後、健康を回復して出社しようとしたところ、プレミアより、「従わなければ以後派遣先を紹介しない」と日産自動車からの撤退を迫られた。日産自動車とプレミアが共謀した違法な労災隠し、岡田の真意ではないことから日産車体への派遣契約は無効。よって、日産自動車との労働契約上の地位確認を求める。
七 整理解雇は違法
日産自動車は、内部留保金(利益余剰預金と資本剰余金)を三兆九九六九億円(二〇〇八年三月連結)も有している。内部留保金と、「不透明な予想」に基づく「純損失二六五十億円」を比較したとき、「純損失額」は、内部留保金の六・六%に過ぎない。
「予想」自体が「信頼性がない」ものであるが、仮にその「予想」が正しいとしても、内部留保金によって十二分に補填できる「損失」のために、原告らの生存すら脅かす人員削減を強行する必要性はない。日産自動車の人員削減計画は、雇用を維持する体力はあるのに、「赤字予想」をもとに、人減らし・リストラの強行し、「収益改善」を図ろうとするものにすぎないのである。
「予想」「純損失額」の額と比較した場合、原告らを雇い止め・解雇して削減される経費は、あまりにも微々たる金額である。他方、対処策として第一に掲げられた「キャッシュの確保」そのための「在庫の削減」は既に達成されたと思われる。グローバル在庫水準は、〇八年三月に六十三万台、同年十一月のピーク時に七十二万台であったものが、〇九年三月には前年比二十四%減の四十八万台となる見込み。
しかも、日産自動車は、今年四月にも新規採用を実施している。整理解雇の必要性がないばかりか、雇い止め回避のための努力が尽くされていない。
「二月ゴーン演説」では、利益改善のために、「報酬」は、日産自動車の取締役・執行役員が十%カット、日産自動車と国内の関係会社の管理職が五%カット、「賞与」は、日産自動車の執行役員が平均五十%カット、日産自動車と国内の関係会社の管理職が平均三十五%カット、日産自動車の取締役がゼロ、とする旨が述べられている。
しかし、関係会社の管理職はともかく、日産自動車の取締役・執行役員に関する限り、「非正規切り」の違法性を糊塗するまやかしに過ぎない。日産自動車の年間役員報酬は、十一人に対し二十五億二千七百万円(一人平均二億六千七百八十二万円)で、ゴーンCEOは、十億〜十二億円と言われている(ルノーからの報酬は、約四十五億円)。トヨタは一人平均一億二千七百万円、ホンダは同六千五百九十万円など同業他社と比較してもずば抜けた高額である。かかる日産の役員報酬を十%カットしたところで、年間報酬は一人平均二億四千百三万円(ゴーンCEOに至っては、九億〜十億八千万円)になるに過ぎない。このような「カット」をもって、雇い止め(解雇)回避努力を尽くしたなどと評価できないことは言うまでもない。
日産自動車は、原告らを正社員の代替として利用してきたのである。解雇されるべきか否かという実質的な日産自動車の判断に際しても正社員と同等の扱いを受けてしかるべきである。
北九州第一法律事務所 澤 幸 男
団五月集会の国際問題分科会に参加し、この分野のさらなる発展をとの思いを深めました。
昨年の自由権規約委員会の総括所見は、日本の人権問題の遅れた現状に対して、その是正のための積極的・具体的な勧告を行いました。この勧告を全面的に活用し、私たち自身の力で改善を行っていくことが、規約委員会から課せられた義務であると考えます。
とりわけ、規約一九条、二五条で保障されている“表現の自由”、“政治に参加する権利”を制限している公職選挙法や国家公務員法の改正や、離婚後の女性の再婚禁止期間の撤廃、公権力による人権侵害に対する訴えを検討し行動する能力を持った政府機関でない独立した国内人権施設の設立とそのための財政的人的な確保請求などの極めて具体的な勧告は、この実現に向けた早急な運動の提起ではないでしょうか。
さらに、代用監獄の廃止、取調べの可視化や弁護人の立会いなどの勧告について、一年以内に報告の提出を求めています。これについても、活動が求められています。
そして法改正が必要なものが多いことは、国会議員への働きかけの重要性を意味します。団として行えることは、要請と合わせて、団と協力関係にある議員に、政府への要求を質問主意書として提出してもらうことだと考えます。議員の質問時間は限られており、所属委員会も決められています。しかし、質問主意書は国会開会中であれば、いつでも自由に提出でき、所属委員会に関係なくあらゆるテーマで行えます。しかも、内閣は受領後、原則七日以内に提出議員の所属院議長宛に文書で回答する義務があります。団が原案を作成し、議員と協議して練り上げることも重要なのではないでしょうか。次回規約委員会への報告を待つのでなく、勧告に従った実施状況を定期的に点検するために、質問主意書は有効な手段だと考えます。
今回は自由権規約についての総括所見ですが、社会権規約についても、政府報告が求められており、それに対するカウンターレポートそして人権委員会の審査や勧告があります。同規約七条は“労働条件”について「この規約の締約国は、すべての者が公正かつ良好な労働条件を享受する権利を有することを認める。この労働条件は、特に次のものを確保する労働条件とする」とし、「(a)すべての労働者に最低限次のものを与える報酬」の筆頭に「(i)公正な賃金及びいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬。特に、女子については、同一労働についての同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件が保障されること」とあります。しかもこの規定は、二条の「権利の完全な実現を漸進的に達成する」ものではなくて「即時の適用(一般意見三)」を受けるべき権利であるとしています。さらに、裁判による救済が行えるようにすべきであるとしています(一般意見書九)。この点から考えると、いま大きな問題となっている派遣労働者などは、規約違反そのものではないかと思います。ぜひ専門家として研究していただきたいと考えます。
以前、福岡県弁護士会有志による海外司法視察に同行し、ニュージーランドに行きました。若い弁護士達が、子ども向けの「児童の権利条約」の解説リーフを配布し、子どもたちからの相談所を設け、この活動のなかで両親をはじめとする大人への人権教育を行っているのを見学しました。大胆な発想と国際規約の柔軟な活用に驚きました。
団の国際問題委員会を先頭にした人権諸条約・規約のさらなる活用を願っています。
愛知支部 石 塚 徹
一 私は、団通信一三〇六(二〇〇九・四・二一)号に、名古屋女子大学(学校法人越原学園)に労働組合が結成された直後から、学園が組合を嫌悪し、団交に誠実に応じないし、組合員のT(事務職員)をいじめ潰しにかかったあげく解雇した事件につき報告した。そして、Tへの不当告訴がなされたが、今年三月不起訴処分を勝ち取ったとも。
その解雇についての地位保全仮処分事件で、学園法人本部長の陳述書が提出され、Tへの不当告訴への対応で、愛知県瑞穂警察署の公安(警備課)の暗躍が存在した事実が判明した。
以下に、この件で私が警察署長に送った内容証明郵便「通知書」を紹介する。
二 通 知 書(一部省略)
前略、当職は、通知人Tより委任を受けた代理人弁護士です。
さて、通知人は平成二〇年八月二二日から学校法人越原学園(以下、越原学園といいます)に勤務するMの刑事告訴(被害届)により、貴署の捜査を受けることになりました。そして、貴署の通知人に対する取調は、同年一二月まで四回に及び、その間、通知人は捜査に協力し取調聴取に応じました。この四回の取調は、第三回目において、担当官から「これで取調を終了し、後は送検して検察庁にゆだねます。」と言われたところ、後日、貴署から「もう一度だけ取調に協力していただきたい。」と連絡を受けて第四回目も協力したものです。
しかるに、その四回目の取調後、さらに貴署から「もう一度、取調に協力をお願いしたい。」と連絡があり、弁護人である当職が相弁護人の小島高志弁護士と貴署に赴いて話し合った結果、当職から「文書で質問に答える。」と申し入れ、貴署が了解し、文書回答で捜査が終了し送検されたのです。
しかるに、通知人が越原学園と争っている名古屋地方裁判所の地位保全の仮処分の手続中、越原学園の法人本部長Kが提出した平成二一年五月二八日付「陳述書」には以下のとおり記載されています。
「本法人は、平成二一年二月六日(金)一〇時二五分から一〇時四〇分に、本学本館増築棟一階応接室において、瑞穂警察署の警備課、S警部補とO巡査部長の訪問を受け、T氏が教職員研修室長を突き倒した事実に関して、瑞穂警察署が取調べの後、検察庁へ起訴(ママ)した旨の報告を受けました。T氏は、警察での取調べに際し、身勝手な言い訳に終始し、警察からの呼出にも応じず、書類で全面否認の回答をするなど、全く反省がなかった旨の報告も受けました。」と。
このKの陳述が事実であれば、次の点で極めて重大です。
(1)通知人に対する貴署の取調は警備課ではなく、刑事課が担当したが、上記の訪問は、なぜ警備課の者だったのか。
(2)そもそも、この訪問はいかなる目的だったのか。
(3)その警備課のSやOは取調を担当もしなかったにもかかわらず、どうして「T氏は、警察での取調べに際し、身勝手な言い訳に終始し」と言えるのか。
取り調べた刑事課の担当刑事と当職は何度も話し合い、通知人は事実をありのまま述べる努力をしていたことをSやOは何も関知していないと言える。
(4)また、「警察からの呼出にも応じず、書類で全面否認の回答をするなど、全く反省がなかった」とSやOはなぜ言えたのか。
前にも触れたとおり、通知人は、当初から一環して率直に取調に応じ事実をありのままに供述し、一旦「終了しました。」と言われた後の取調にも一度は応じたところである。そこまで協力した通知人に対し「警察からの呼出にも応じず」などと言うことは、越原学園の利益だけに固執し、自らの失態を被疑者の責任になすりつける行為であり、職権濫用とも言うべき行為である。
以上の四点につき明確な回答を求めます。もし、回答なき場合は、貴署が被疑者を不当に扱ったものとして、しかるべき法的手続きをとる所存です。
以上、通知します。
草 々
平成二一年六月二日
三 今回、捜査側は、「取り調べは簡単に終わるから。」とか「大した罪にならないから。」とか言い、しかし、彼らの思惑どおり自白調書がとれないとみると、幾度も執拗に取り調べを重ね、さらに、「どうせ起訴猶予になるであろうから、有罪を認めてもらった方が早く終わる。」等と述べて、「それらしい」自白を求めた。担当部署は刑事課であり、公安の影は全く見えなかった。刑事課であるからと気を許し、力を抜き、妥協を計ろうとしていたら、何らかの有罪処理がなされたであろうと想像でき、それを理由にした最大限の労組攻撃が展開され、生まれて間もない労組には計り知れない障害が生じたであろう。
運動の中で生じた刑事事件問題については、決して軽視することなく、捜査段階での徹底的な事実解明と捜査の不当の糾明を行う必要があることを再確認した。警察は、労働組合がかかわる事件は必ず公安(警備課)が使用者のために動く。けっして軽視してはならない。
上記内容証明郵便で求めた警察からの回答のない場合は国家賠償訴訟を提起したい。
東京支部 萩 尾 健 太
三月二五日高裁判決の評価
(1)不当判決
一九八七年の国鉄分割民営化の際にJR不採用となり、国鉄清算事業団に収容されて一九九〇年に解雇された国労・全動労・動労千葉組合員らは、闘争団・争議団を結成し、解雇撤回・JR復帰を求めて今日まで闘ってきた。
そのうち、国労闘争団員・遺族の三〇四名(現在)が一審原告となり、国鉄清算事業団のあとを継いだ鉄建公団(現・鉄道運輸機構)を相手に、主位的に解雇無効・予備的にJR不採用による賃金・年金・退職金相当損害と慰謝料の賠償を求めて訴訟を行ってきた。
この鉄建公団訴訟は、二〇〇五年九月一五日の東京地裁「折衷案」判決を経て、本年三月二五日、東京高裁一七民事部(南敏文裁判長)により、判決が言い渡された。
この判決は、一審判決と同様、解雇無効を認めず、予備的請求も慰謝料五〇〇万円と一審と変わらず、弁護士費用五〇万円を上乗せしたのみで、停職による名簿不登載者や五五歳以上の年齢要件非該当者、第二次希望のJR採用辞退者についての請求棄却を一〇名に拡大し、清算事業団時代の北海道からJR東日本へなどの広域採用辞退者については認容額を半額にするなど、不当判決というべきものであった。
その内容も、国鉄改革に反対した国労組合員の評価が低くなることを当然視し、その成績は平均よりも低い可能性があるとするなど、鉄運機構が主張してきた国鉄改革「国是」論を半ば受け入れるようなものであった。それは、全動労事件地裁判決が指摘した、組合が会社の方針に沿う運動方針を採っているかどうかで差別してはならないとする、複数組合間での使用者の中立保持義務に反する違法判断といわざるをえない。
(2)政府関与の国家的不当労働行為、認定される!
しかし、他方で、高裁判決は国鉄総裁、葛西敬之職員局次長(現JR東海会長)、職員局から鉄労幹部に出向した佐藤正男、さらに現場の管理者に至るまで、国労嫌悪の不当労働行為意思の存在を緻密に認定した。
とりわけ、重要なのは、国鉄と動労等との第二次労使共同宣言締結と引き換えの動労に対する二〇二億損害賠償請求訴訟取り下げについて、国鉄が「鉄労、動労、政府、与党の主要人物に対して秘密裏に根回しをすべて終え」として、政府・与党に根回ししたことまで不当労働行為として認定されていることである。この「与党の主要人物」は、葛西敬之の著作「国鉄改革の真実」によれば、中曽根康弘首相である。これは、「国家的不当労働行為」が高裁によって認定されたことを意味する。
政府の責任として、政治解決に踏み出すことが、この判決からも求めらているのである。
さらに、高裁判決は、鉄運機構が求めた時効消滅の主張を明確に退けた。もはや鉄運機構は時効を理由に逃げることは許されない。
二 訴訟救助決定の経緯
(1)訴訟救助の申立
この高裁不当判決に対して、一審原告らは、当然、上告及び上告受理申し立てをした。しかし、そのためには合計六九七〇万円もの莫大な印紙代を支払わなければならない。そのため、一審原告らは印紙代支払い猶予を求めて、訴訟救助を申し立てた。
上告及び上告受理申し立ての場合、訴訟救助は、判決を出した高裁が判断する。当事者に裁判所の判断に対する異議がある場合の、最高裁への特別抗告権を確保するためだろうが、判決を出した高裁が、自らの判決について、それが最高裁で覆る見込みがある=「勝訴の見込みがないとは言えない」との訴訟救助の要件を認定するのは、困難なことであろう。そこで、鉄建公団弁護団は、上告理由書・上告受理申立理由書に近いものを作るという意気込みで、三通もの訴訟救助意見書を作成した。
(2)「勝訴の見込み」意見書の内容
第一意見書の内容としては、
(1)戦後補償裁判など、高裁で負けても上告にあたり訴訟救助決定がなされている裁判はいくつもあること
(2)解雇無効を認めなかった憲法二八条違反、「再就職必要職員」の指定の無効、解雇が不採用から一連の不当労働行為であること、採用差別の瑕疵が解雇に引き継がれるとする解雇権濫用論
(3)高裁判決の誤りの根元である上記「国是論」受け入れ「中立義務違反」不認定批判
(4)停職による採用候補者名簿不登載基準の設定・運用における、御用組合に転向した動労・国労から分裂した鉄産労組合員救済の不当労働行為性
(5)五五歳以上というによる年齢による不採用基準の設定・運用の不当労働行為性
(6)不当労働行為がなければ採用されたことの証明が無いとして、賃金等損害との因果関係を否定した誤りについて、一審原告らの勤務ぶりなど積極的事情、不良職員や被処分者でも組合を脱退すれば採用されたという消極的事情を考慮しなかったこと、事業団時代の広域採用でJR東日本に入った金平証人についてQCサークル活動に参加しないのがいけないなどとする偏った事実認定
(7)上記の因果関係論について、複数原因競合の場合に「あれなければこれなし」公式を適用すべきでないこと、集団に対する不当労働行為の場合の特定個人に関する因果関係立証の困難と立証責任の転換、その場合の確率的認定による割合的因果関係論の有用性、民法七一九条の反対形相論など
(8)期待権侵害としても、少なくとも賃金相当損害×組合別採用確率約七割×中間利益控除六割程度は支払われなければならないこと
(9)第二次希望採用辞退者や広域採用辞退者についても、請求を認容された者と同様の損害が生じていること
を述べた。
(3)資力意見書の内容
第二意見書では、訴訟救助の要件である「印紙代を払う資力がない」ことを述べた。これも、地裁判決により二五億円を強制執行し、高裁判決では弁護士費用分など四億一千万円を執行協定で入手したことから、決定を得るのに困難な問題があった。
そこで、意見書では、弁護士費用分は一審原告らの生活資金として計算出来ないとの判例があることを指摘しつつ、中央事務局、北海道、本州、九州の各代表の陳述書で、地裁判決で得た強制執行金も既に費消してしまうほどの長期にわたる生活と闘争の困難、とりわけ、年収三〇〇万円以下が大半であること、北海道における生活保護水準の闘争団での組織自活、九州における本件提訴のため闘争団からさえも排除された困難な生活、本州における定職を持てず病も発症した生活状況など、具体的に困難な状況を訴えた。
(4)中間利益意見書の内容
第三意見書では、解雇期間中の就労による利益を未払い賃金額から差し引く前提で六割にするという中間利益の控除は、あくまで解雇無効の時の未払い賃金についてのもので、損害賠償の場合には適用が無く、実質的にも、不当労働行為で不採用となった原告らの損害を六割に減らすのは公平に反することを述べた。
三 訴訟救助決定の重要性
(1)訴訟救助決定の不当性
こうした主張・立証の結果、さる五月二〇日、東京高裁一七民事部は訴訟救助を決定した。
その内容は、高裁で敗訴となった一〇名については、またしても「勝訴の見込みはないとは言えない」との要件を欠いているとして、訴訟救助を認めない不当決定であった。ただし、「本件申立についての申立人らが提出した訴訟救助付与を求める意見書の記載によっては、未だその判断に疑義が生ずるものということが出来ず」とするものであり、上告理由書・上告受理申立理由書の「記載によっては」その判断が覆る可能性を排除したものではない。弁護団・原告団は、そこを突破すべくさらに理論に磨きをかけていく決意である。
(2)「勝訴の見込み」「資力に乏しい」を認めた重要性
もっとも、他の一審原告については、高裁自ら、「控訴審判決において、国鉄が同申立人らに対して不当労働行為を行ったことが認定されているところ、その結果に関しては法的に各種の考え方があり得ること」として、自分たちの書いた判決での賠償額が「覆る見込み」を認めたことは重要である。
高裁のお墨付きを得たことにより、最高裁への扉も、僅かであるが開かれた、と言えよう。それをこじ開けるのが、これからの仕事である。
現在、四者・四団体(鉄建公団訴訟原告団・鉄運機構訴訟(二次訴訟)原告団、全動労原告団、国労闘争団全国連絡会議・国鉄労働組合・建交労鉄道本部・国鉄闘争共闘会議・支援中央共闘)は、解決要求として、「雇用・年金・解決金」(JR・関連会社での雇用と闘争団経営の事業体への援助、年金資格回復、解決金の支払い」を求めている。高裁ですら、自ら認定した五五〇万円(遅延損害金を含めて一一〇〇万円強)よりも、高くなる余地があると述べているのだから、解決要求のうちの解決金について、政治交渉の場ではなおさら、その水準ににとどまるべきものではないことは、本訴訟救助決定からも明らかである。
さらに、訴訟救助決定は「一件記録によれば、同申立人らは資力に乏しく」と記載している。この記載からも、訴訟救助決定は、原告団が短期間に集めた所得証明・非課税証明、それらを集約して陳述書を作成した原告団全体の成果と言えよう。
四 今後の闘い
(1)今後の裁判闘争
訴訟救助決定に基づき、救助を認められなかった一〇人分一九二万円の印紙代を支払った結果、上告理由書・上告受理申立提出期限が決まった。七月二一日である。
それまでに、高裁判決をひっくり返すだけの理論を鍛えた書面を作成すべく、準備中である。
二次訴訟は、七月九日に高裁での口頭弁論の期日が入っており、そこでも、三月二五日の判決で認定された不当労働行為の事実を明らかにし、採用基準策定に関与した井手雅敬元JR会長の証人尋問実現を求めていく。
(2)大衆闘争と株主総会
他方で、それまで国会は会期継続しているので、裁判闘争、大衆闘争でプレッシャーをかけつつ、会期中に政治解決のめどを付けることへ向けて、押し上げていかなければならない。さらに、加藤晋介主任弁護士が常々述べているとおり、この事態を招いた最高裁の責任も追及していなければならない。
現在の雇用不安と貧困、JRの輸送の安全の問題と結びつけて、この国鉄闘争が他人事ではない、と多くの人々に思われるような運動を急速に作れるかどうかが重要である、と私は考えている。
そのためにも、六月二三日のJR各社の株主総会は重要である。私は、JR東日本、西日本両社の株主でもある。JR東日本に対しては鉄建公団訴訟原告団、西日本に対しては尼崎脱線転覆事故の被害者・遺族らが中心となって、三〇〇単元以上の株式保有による株主提案権を行使した。現在、全国の株主に、株主提案が記載された議案書が届いている。JR東日本では、信濃川不正取水と王子駅汚水垂れ流し問題、ローカル線の切り捨て問題が、一〇四七名解雇問題とともに、JR西日本では、もちろん、尼崎脱線転覆事故の責任追及と安全対策が提案内容である。
JR東日本と西日本が、これらの株主の声に答えてコンプライアンスの観点から解決を図り、企業価値を高める方向に踏み出すかどうかが争点となる。
この株主総会も含めて、一層の集中的な闘いの高揚が必要であろう。
解決に当たっては「雇用・年金・解決金」は、四者・四団体の譲れない要求である。私も、最高裁闘争とともに、その要求実現を求め、集中して力を尽くしていきたい。
滋賀支部 玉 木 昌 美
新聞報道等によれば、びわこ放送の生放送中に許可なく猟銃を手にしたとして、滋賀県警は〇九年六月二日、フォークグループ「あのねのね」のタレント原田伸郎氏を銃刀法違反(所持)容疑で事情聴取したと報じられている。また、番組を制作・放送したびわこ放送(大津市)を同容疑で家宅捜索したとのことである。
同容疑は、原田氏が番組の中で、猟師が猟銃を出した際、原田氏が「重そうですね。」と言うと、「持つぐらいなら持ってみますか。」と勧められ、約六秒間猟銃を持ったとされている。
県警は、それが県公安委員会の許可を得ておらず、銃砲刀剣類等所持取締法の「所持」に該当するとした模様である。
この問題について、〇九年六月三日の団支部例会の議論で、何らかの抗議声明を発表すべきではないか、ということになり、文案についてファックス等も使って集中的に議論し、六月四日抗議声明を出し、滋賀県警本部と木之本警察署にファックスで送付し、マスコミに報告した。
声明では、第一に、本件行為は銃刀法が禁じる「所持」には該当しないと指摘した。判例からみても、本件の場合、原田氏は自己の実力支配関係の下に置く意図はなく、「所持」には該当しない。
「第二に、万一仮に本件行為が銃刀法違反に該当すると仮定しても、刑事罰は最後の手段であるべきである。警察としては、まず、注意・指導すべきであり、いきなり刑事処分に走ることは許されない。ましてや、報道機関であるびわこ放送にまで家宅捜索に入ることは、当然のことながら、表現活動に対する萎縮効果を伴うことになる。令状請求について十分なチェックをせず、警察の捜索・押収を安易に認めた裁判所の責任も重大である」とした。
「さらに、今回、原田氏が芸能人であることや番組の中で『違法行為』が行われたことを重視したのかもしれないが、通常刑事罰の対象とはならない行為について警察が刑罰規定を恣意的に適用することができるとするならば、まさに捜査権限の濫用であり、市民の人権にとっておそるべき事態を招来する。先日も芸能人の飲酒行為に絡んだ事件で自宅の家宅捜索までなされたことに対し、社会的批判がなされたところである。」とした。
これまで警察は、革新政党や民主団体等の表現活動に対して、屋外広告物条例や軽犯罪法、住居侵入罪等を恣意的に適用した弾圧を繰り返しており、この滋賀県においても湖東民商ポスター弾圧事件等いくつかの憲法に違反する言論弾圧事件を起こしてきたことや、「生活安全条例」の制定によって、警察の市民生活への監視・介入が危惧されていることにも触れ、「こうした警察による刑罰法規の恣意的適用、捜査権限の濫用はあってはならない。自由法曹団滋賀支部は、警察のこのような捜査権限の行使に対し、強く抗議するものである。」とした。
この抗議声明については、京都新聞や滋賀報知、赤旗が報道し、京都新聞の記事が団のメールに掲載されたことから、北海道支部の市川団員から連帯して取り組むべき課題であるとの連絡を受けた。また、「自由法曹団滋賀支部」で検索すると、声明に賛成するという意見も見受けられた。原田氏の事件は結局書類送検もされないで終了した(書類送検という誤報も沢山あったが、ある団員が予想したとおりになった。尚、猟師らは書類送検された)。当初は芸能人の事件で話題を得ようとした警察が批判を踏まえ、猟師の行為を問題にするつもりだったと方向転換した感もある。
広島支部 井 上 正 信
一 自民党国防部会防衛政策検討小委員会が六/九「提言・新防衛計画の大綱について」をまとめ、六/一一麻生首相へ提出した。マスコミ上では「敵基地攻撃論」を盛り込むという前触れがあり、私もその観点から強い関心を抱いてきた(自由法曹団通信一三一二号「九条改悪に手をつけ始めた『敵基地攻撃論』」、News for the People in Japan「憲法九条と日本の安全を考える」の五/三〇更新「『敵基地攻撃論』が狙う九条改憲」参照)。
小委員会がまとめた提言は、これまでの政府憲法解釈やそれを踏まえた安全保障政策・防衛政策を念頭に置いて読むと、以下に述べるように、驚くべき内容となっている。明らかに北朝鮮脅威論とソマリア沖海賊対策の実施を背景にして作り出されたものだ。北朝鮮脅威論を煽るかのような軍事的対応やソマリア沖海賊対策のための自衛隊派遣に対して、国民の支持は過半数を超えているのだ。この際に一気に憲法改正まで突き進もうという意図が露骨に示されている。提言が打ち出している安全保障政策・軍事政策は、旧来型の脅威を対象にした上、偏狭なナショナリズムにたった国益防衛のための政策であり、私たちの国の進路と周辺諸国にとって憂慮すべき方向性である。
小委員会提言を分析することにより、自民党新憲法草案が目指すものをリアルに理解することができる。ここで問われている憲法問題とは、我が国が周辺諸国とどのような外交関係を築くのか、軍事的安全保障政策を選択するのかそれとも、平和原則にたった安全保障政策を選択するかという極めて具体的な政策選択の問題である。九条改憲反対が過半数を占める世論状況でも、北朝鮮のロケット発射に対してミサイル迎撃措置を採ったことや、ソマリア沖海賊対策で自衛隊を派遣したことに対して、大半の国民が支持したことに見られるように、護憲運動が九条の精神を説き、九条を守れと言うスローガンだけに終わるのであれば、いざ本当に憲法改正が現実的に提起された場合、足下をすくわれる危険性は極めて高いのだ。例えば憲法改正国民投票が、北朝鮮による核爆発実験の直後に提起されたらどうなるのか想像すればこのことの意味が理解できるであろう。護憲運動は九条に基づく現実的で且つ確固とした安全保障政策を手にしなければならない。そのためにも、小委員会提言のようなものを徹底的に批判しなければならない。関心のある法律家による分析と批判を呼びかける。私のこの拙論がそのきっかけになれば幸いである。
二 一六年防衛計画大綱(以下一六大綱)自身が、五年後に見直すとしていたことから、私は中間見直しのための提言と考えていたのだが、小委員会提言は全面的な見直し(新たに作り直し)を求める内容となっていた。「(一六大綱)で示された三つの防衛力の役割(新たな脅威や多様な事態への実効的な対応、本格的な侵略事態への備え、国際的な安全保障環境の改善のための主体的・積極的な取り組み)や防衛力整備の優先順位の再検討が必要である。」と述べる。しかも、一六大綱が打ち出した安全保障戦略、防衛政策、防衛力整備の方向、日米同盟における日米の役割分担を大きく見直そうという提言となっていることに驚くとともに、その内容が尋常ではないことに強い懸念を持たざるを得ない。
小委員会提言は、我が国を巡る安全保障環境への認識とそれを踏まえた基本的防衛政策(安全保障戦略を含む)とそれを実行するための今後整備すべき防衛力の提言という三部構成をとっている。
三 一六大綱とそれを実行している現在の安全保障政策や防衛政策と比較して、いくつかの特徴を列挙すると、以下のようになるであろう。むろんこの特徴には一六大綱に既に現れているものもある。
憲法改正を前提にした防衛政策(立法改憲、解釈改憲を提言)、国際協力重視から国益防衛重視、米国の力が相対的に弱まるという認識と自主防衛論を色濃くにじませる、新たな脅威(テロ、大量破壊兵器と弾道ミサイル拡散等)から在来型の脅威(北朝鮮、中国、ロシアの脅威)を強調、全面的な集団的自衛権行使(米軍への後方支援から打撃部隊の援護)、官邸と自衛隊を含む国家の情報能力の強化、平時から有事まで間隙のない戦争国家体制づくり、海外軍事活動強化のための自衛隊統合運用態勢の強化、自衛隊三軍それぞれの海外軍事任務に重要な位置づけを与える、軍拡の提言、敵基地攻撃能力のため巡航ミサイルや中距離弾道ミサイル保有を提言である。
以下、これらの特徴を提言から読みとってゆこう。
四 憲法改正を前提にした防衛政策を提言している。「はじめに」では、提言を作成するための小委員会の議論が「憲法改正を視野に入れつつ」なされたことを述べ、「三、基本的防衛政策」では全体で一四項目にわたり記述があるうち、「憲法改正」が最初に記述される。憲法改正が「我が国の安全保障および防衛力の在り方を検討する最も重要な前提」であると断言し、自民党・新憲法草案にある自衛隊の憲法上の位置づけ(自衛軍化のこと)と軍事裁判所の設置などの改憲を早急に実現することの重要性を強調する。それを実現するために、立法改憲(国家安全保障基本法と恒久法の制定、防衛二法改正)と解釈改憲(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会報告書―安保法制懇報告書と略―の体現)の必要性を述べる。提言は国家安全保障基本法の内容として、自衛隊の意義付け、集団的自衛権行使や武器使用に関する法的基盤の見直し等を含むものとしている。これは究極の立法改憲である。
以下に詳しく検討すれば理解されると思うが、小委員会提言を実行しようとすれば、望むべくは改憲だが、それに至る段階での立法、解釈両面からの改憲が必要になることは明らかである。
五 小委員会提言は、提言自体にはそのような表現はないが、米国の力が相対的に弱まるという認識と自主防衛論を色濃くにじませている。小委員会提言の前文(はじめに)では、我が国を取り巻く安全保障環境の最近の変化として、北朝鮮・中国・ロシアの脅威とともに、「米国オバマ政権の誕生や米国の金融問題から発した世界経済の急落」を挙げる。
日米安保体制の強化という項目では、「周辺国に対する抑止体制において、打撃力については、米国に大きく依存している。今後は、オバマ政権の米国の拡大抑止戦略やスマートパワー重視政策などを考慮し、米国との役割分担に柔軟性の確保が必要となる。」と述べ、これに続く「日米安保体制下の敵ミサイル基地攻撃能力の保有」という項目で、「敵基地攻撃能力保有論」を展開する。これまでの防衛政策の基本は、専守防衛政策の下、他国への攻撃能力は日米安保体制下での米国の役割として、日本はこれを保有しないというものであったが、これを大きく変えようとしているのだ。「米国との役割分担に柔軟性を確保」するという意味はこのことである。
オバマが四/五プラハ演説で彼の政権の核政策を述べた。核兵器が存在している限り効果的な核抑止力を維持するとしながらも、核兵器を使用した唯一の国としての道義的責任に言及し、核兵器のない世界を究極的な目標とし、国家安全保障戦略における核兵器への依存度を下げる、年内にロシアとの新たな戦略兵器制限条約を締結する、包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准する、兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉開始を目指すなど、ブッシュ政権ではおよそ考えられなかった核政策を打ち出した。米州機構(OAS)総会では、キューバ排除政策を転換し、キューバの再加盟を承認した。中東政策ではイスラム諸国との和解路線を打ち出した。
これらは、いずれも小委員会提言にとって、オバマ政権下での米国の抑止政策が相対的に弱まるのではないかという懸念を持って受け止められていることを示していると思われる。
将来の日本の安全保障戦略、軍事政策の前提として、米国の力が相対的には弱まることを想定して、わが国の自主防衛構想を検討する潮流が自衛隊内部には存在する。田母神元航空幕僚長はその代表格であろう。
二〇〇四年七月二六日から五日間陸自幹部学校で第一回総合安全保障セミナーが開催された。参加者は四九期指揮幕僚過程の学生が中心である。指揮幕僚過程とは、三〇歳台前後の陸自若手幹部で将来の陸自トップエリートを養成する教育課程である。セミナーの課題は、「今後の国際情勢を踏まえ、見通しうる将来において日本が採るべき安全保障戦略について考察せよ。この際、思考過程、国家目的、目標等を踏まえ、具体的政策提言を作成せよ。」というものだ。軍人が国家元首の立場でわが国の安全保障戦略を策定することを主題としたといえる。
セミナーでの研究の成果を発表したプレゼン資料が手元にあるが、これらを見ると、将来の陸自を担う若手自衛官の考えが率直に述べてある。特徴のひとつに、将来の米国の力が相対的に弱まるという認識がある。「米プレゼンスの弱化」、「米国の戦略転換のリスク」、「米国の世界に対する影響度の変化小」などの認識を示し、そのことから日米同盟基軸論への不信感を示して、自主防衛力を強める方向性を出そうとしている。もうひとつの特徴は、わが国の安全と繁栄を維持するためのシーレーン防衛を国益防衛と位置づけて、国益圏(アジアから中東までを含む広大な地域)に展開(単独派兵も)できる軍事力の保有を提唱する。小委員会提言を読むと、シーレーン防衛を安全保障戦略の重要な要素にしたり、敵基地攻撃論に代表される自主防衛力論の立場から、日米安保体制のもとで日米の役割分担を見直そうとするなど、このセミナーの資料に現れている認識と一致することが多いことに驚かされた。ちなみにセミナー参加のあるグループは、「暴戻支那」を「白熊ロシア」、「友邦インド」と協力して封じ込める戦略を提唱するなど、驚くべき歴史認識・情勢認識を示している。この点については、以下のサイトで私が連載している「憲法九条と日本の安全を考える」の「暴走する自衛隊四」をごらんいただきたい。「(http://www.news-pj.net/npj/9jo-anzen/20080509.html)。