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渡部 照子 再び、燃える夏
田中  隆 行政警察権を理由とした軍事行動
……海賊対処法から特定貨物検査法へ
井上 正信 自民党防衛政策検討小委員会
「提言・新防衛計画の大綱について」を読む(下)
佐瀬  桂 団の五月集会に参加して
玉木 昌美 法曹養成制度の問題点
柳  光守 上田誠吉弁護士を偲ぶ
在日朝鮮人の人権擁護に献身
萩尾 健太 駒場寮は蘇える―駒場寮同窓会入会のお願い



再び、燃える夏

東京支部  渡 部 照 子

 杉並区教育委員会は二〇〇五年八月一二日、教師、区民の反対意見を敵視して、扶桑社版歴史教科書(以下、単に「同教科書」という)を採択した。これは、杉並区教科用図書の採択に関する規則第二条(基本方針)に定める「教科書に関する専門的な調査を行い、その成果を生かすこと」に違反するものでもあった。専門的な調査の結果によれば、同教科書の評価は低かったのである。なお、全国で採択したのは、杉並区と栃木県大田原市だけで、採択率わずか〇・三九%でしかなかった。(尤も、その後、石原都政下で中・高一貫校などの採択が広がっている)。

 翌年から中学生たちは同教科書を使って学んでいる。二〇〇六年四月、区校長会で(1)教科書を使わずに授業をしてはならない、(2)資料集だけで授業をしてはならない、(3)教科書の誤りを子どもたちの前で指摘してはならない等の口頭による指導がされたと伝え聞く。しかし、教師たちは様々な工夫をして同教科書使用による実害がでないように努力されてきた。

 採択をさせない運動を担った人々は、四年後再び採択を許してはならないことを誓って運動を継続してきた。私も「『輝け 未来を担う子どもたち!』杉並教科書アピールの会」(以下、単に「アピールの会」という)の事務局を担当している。アピールの会は、「あの戦争は正しかったと教えることは間違いです」とのアピールを区民に広げ、同教科書採択反対の区民世論を広めるべく努力してきた。

 昨年一一月末日に、同教科書を積極的に支持する教育委員二名が任期満了を迎えた。二名は共に七〇歳代であり、かつ、再任されると三期目となる。また、現状の女性教育委員は五名中一名に過ぎない。区内の各団体は、再任させないために様々な要請行動をした。アピールの会も(1)教育委員の構成男女比は三対二あるいは二対三にして下さい、(2)七〇歳代の教育委員は一名以内にして下さい、(3)教育委員の任期を原則二期八年以内にして下さい、との内容の要請を行った。教育委員は、教育行政全般にわたり広範な認識と見識の上にたって議論を深めることが期待されており、女性委員の増加、幅のある年齢構成が求められているからである。議会各派への上記要請行動の際には、民主党、公明党を含め再任に動揺しているかに思われた。しかし、結果としては自民党と共に両党とも賛成をし、二名ともに再任された。

 この間、同教科書の執筆者で構成された「新しい歴史教科書をつくる会」は二〇〇六年に分裂し、「日本教育再生機構」が新たに結成された。日本教育再生機構は、「教科書改善の会」をつくり、扶桑社の子会社である育鵬社から歴史教科書を二〇一二年に発行予定である。この分裂は、扶桑社が同教科書はあまりに右により過ぎている、などと判断したことを発端とする。「新しい歴史教科書をつくる会」の中心メンバーである藤岡氏らは自由社から新しい歴史教科書を出版し、検定を経て、今年の採択対象教科書の一つになった。また、藤岡氏らは扶桑社を被告として東京地方裁判所に著作権を根拠として同教科書の出版等の差止めをもとめる裁判を提訴し、現に係争中である。

 二〇〇五年の採択時に扶桑社版を推した杉並区の二人の教育委員は、扶桑社側と自由社側に分かれている、と聞く。また、扶桑社側の一人は、単なる支持者ではなく、「日本教育再生機構」の「代表委員・設立発起人」に名を連ねた。同人は、扶桑社側と自由社側に「利」と「害」を有する人物である。かかる人物が教科書採択審議に関与してはならない。

 「開かれた歴史教科書の会」は、パンフ「もめごとだらけの教科書はもうやめて!『つくる会』歴史教科書」を発行し、同教科書の問題点や、分裂などについて分かりやすく解説している。

 アピールの会もこの六月に(1)採択対象である教科書の出版社などと利害関係がある教育委員は、採択審議に参加しないこと、(2)教員及び区民の意見を採択に反映させること、(3)「教科書調査委員会」の審議を公開すること、(4)著作権等をめぐり裁判係争中の教科書の採択をしないことを要請した。

 また、自由社側の一人(七六歳)は、教育委員会のこの五月開催の会議の席上、区立男性教諭が電車内で中三年の女子生徒に対する痴漢容疑で逮捕された報告がされた後、「最近電車に乗っていると、女性の度を越えた服装の乱れが見受けられ、指導が必要」などと発言した。まるで痴漢擁護発言ではないか、と批判されている。

 この六月一〇日、区教育委員会庶務課に要請書を持参した際に、担当者は前回は、採択当時以前からかなりいろいろあったが、今回は静かである旨の発言をした。

 各運動体は、今年に入ってから駅頭などでの街頭宣伝活動に力を入れている。また、小集会を継続的に開催し、更に、七月二一日に大集会を予定している。集会内容は、「子どもたちに伝えたい人権と歴史」と題し、会場は杉並公会堂である。講演は中村正則氏の「人権と歴史認識を考える」、対談は、蓮池透氏と池田香代子氏の『拉致問題は重大な人権問題』である。

 区庁舎内では静かに見えよう。しかし、今、各個人、団体が区民に知らせ、広げ、そして採択を許さない風を次第に大きくおこしつつある。今年も暑い燃える日々を迎える。



行政警察権を理由とした軍事行動

……海賊対処法から特定貨物検査法へ

東京支部  田 中   隆

 七月六日、「第二陣」の「はるさめ」と「あまぎり」がソマリアに向けて出航した。海賊対処法施行(七月二四日)を待って、海賊対処行動による船団護衛任務につくことになる。翌七月七日、北朝鮮特定貨物検査特措法(特定貨物検査法)が国会に提出された。

 本稿は、海賊対処法に対応してきた視座をふまえて、この問題の論点・問題点の抽出を試みたものである。

 特定貨物検査法案は一四日に衆議院を通過したが、「二一日にも・・」とされる衆議院解散で廃案になると目されている。だが、政権交代のいかんにかかわらず、本質を同じくする法案が再浮上することは必至であり、検査法問題の検討は不可欠である。

一 特定貨物検査法の構造

1 公海上の行政警察権の創設

 特定貨物検査法は、北朝鮮の脅威と安保理決議を理由に、北朝鮮特定貨物(安保理決議による禁輸物資)にかかわる検査などの行政警察権限を、公海上の外国船舶にも及ぼすものである。

 脅威を理由に公海上の外国船舶に警察権を行使することはできないから、「船籍国の同意を得て船舶検査をするよう求める」としている安保理決議一八七四が、警察権の根拠と考えるしかない。

 だが、海賊対処法の海賊罪を導いた国連海洋法条約が、海賊を絶対的な犯罪行為とする確立した国際法規であるのに対し、安保理決議には理事国以外は関与しておらず、批准手続も行われていない。

 こうした安保理決議が、特定国にかかわる貨物だけを対象にした公海上の行政警察権の「法源」となり得るだろうか。

2 旗国の同意があれば強制権限発動

 海上保安官が行う船舶検査には、旗国の同意と船長の承諾という「二重の要件」がかかっており(三条(2)、八条)、北朝鮮特定貨物の提出命令(四条)や検査のための回航命令(六条)にも旗国の同意が要件になっている(八条)。この船舶検査を、武力による強制を本質とする軍事的な臨検・拿捕と同視することはできない。

 だが、旗国の同意さえあれば、停船、陸揚・積替、検査に応じない船長には回航命令が出せ、回航命令違反には罰則が適用されることになる(六条、一四条)。立入・検査・質問等への拒否・妨害・忌避、答弁拒否、虚偽陳述にも罰則がある(一四条)。

 海上保安官には司法警察権があるため、回航命令―命令違反―刑事捜査発動―現行犯逮捕と連続し得ることは、国内での行政警察権の発動とかわらない。

 「旗国の同意による検査」しか規定していない安保理決議から、ここまでの強制権限が導けるかも、重大な問題である。

3 実効性と政治的・軍事的影響

 この国の港に北朝鮮籍船が入港することは考えられず、公海上での検査に北朝鮮が同意することはあり得ないから、北朝鮮籍船についてはまったく実効性がない。決議を守ろうとする国なら検査に同意するだろうが、その国の船舶は本国の港での検査で処理できるから、他国が公海上の検査で摘発するまでもない。従って、実効性があるのは、「旗国の検査をすり抜ける北朝鮮通謀船」といったレアケースにすぎない。

 他方、特定貨物検査法や検査活動の強行が、「反北朝鮮プロパガンダ」をエスカレートさせることは明らかで、北朝鮮側は「経済破壊の海上封鎖の強行」「通商を脅かす海賊行為」等として対抗策を講じることになるだろう。実効性の乏しさにもかかわらず、政治的あるいは軍事的緊張は確実に拡大することになる。

二 海上保安庁と自衛隊

1 巡視船も「連合海軍」の一翼

 検査の主体は海上保安庁となっており、警察活動を口実に自衛隊派兵を推進した海賊対処法とは様相が異なっている。

 だが、米軍などが決議の実行として展開させるのは海軍兵力だから、「海上封鎖」の主体が「連合海軍」であることはソマリアと変わらない。その「連合海軍」に送り込むのが巡視船だからといって、「日本は平和的に対処している」ことにはならない。

 巡視船「しきしま」(七千トン)や「みずほ」級(五千トン)は、護衛艦に匹敵する排水量や速力、装甲をもっており、三五ミリ機関砲も装備している。千五百トンのフリゲイト程度しか海上兵力をもたない北朝鮮から見れば、巡視船といえども「立派な軍艦」なのである。

2 海上警備行動との連動

 自衛隊の「海上における警備その他の措置」を規定する法案は、海上警備行動(自衛隊法八二条)と連動することを予定している。「海上警備行動は公海上での船団護衛や海域哨戒まで含む」というのが、ソマリアで積み上げられた既成事実であり、発動すればなんでもできることになりかねない。

 海上警備行動にあたる護衛艦には、

 立入検査・質問(海上保安庁法一七条の準用)

 停船・航路変更・移動命令(同法一八条の準用)

 危害射撃(警職法七条の準用)

が許容されている(自衛隊法九三条)。

 これらが公海でも可能となれば、海上警備行動の発令を受けた自衛隊も公海で船舶検査ができることになる。しかも、この検査には旗国の同意や船長の承諾が要件となっていないから、いっそう強圧的な検査が行われることにもなりかねない。これは、北朝鮮を「敵国」とした軍事臨検に限りなく近い権限を、行政警察権を理由に行使することを意味している。

 現在考えられる最も危険な事態は、海上警備行動による自衛隊の船舶検査の強行なのであり、「現行法制を活用すればそれで十分」と言っているわけにはいかない。

三 海賊対処法と特定船舶検査法

1 警察活動を理由とした軍事行動

 国連憲章七章を発動し、「海賊とのたたかい」を呼びかけた安保理決議を口実に、護衛艦を派兵して「連合海軍」の海賊掃討作戦に加わったのが、海賊対処法であった。これに対して、憲章七章を発動し、特定貨物の船舶検査を提起した決議を「法源」に、巡視船や護衛艦を送って「連合海軍」の「海上封鎖」に加わろうというのが、特定貨物検査法である。

 海賊罪での検挙が刑事警察権、特定貨物の検査が行政警察権という「警察活動分野の違い」こそあれ、この二つはほとんど同じ構造をもっている。それ自体としては国家の武力攻撃ではない海賊行為や特定貨物輸送行為に、武力をもって掃討・鎮圧をはかりながら、警察活動として説明する構造である。

 ソマリア派兵や海賊対処法と同様に、政府は、検査のための「海上封鎖」や米軍などとの共同を「憲法の禁止の範疇外」と説明し、北朝鮮の艦船と一触即発の事態になっても、「警察活動だから武力行使や武力による威嚇にはあたらない」と説明するだろう。

 軍事・戦争と治安・警察の連関にかかわる問題を投げかけ、戦争放棄の再検証を要求する点でも、特定貨物検査法は海賊対処法と変わらないのである。

2 「不安定な弧」に面した「海の前線」

 最後に、純軍事的な問題。

 海賊対処法が施行され、特定貨物検査法が成立すれば、

 ソマリアへの海賊対処行動での三軍統合派兵、

 アラビア海への給油法での補給艦・護衛艦の派兵、

 東シナ海・黄海への検査法と海上警備行動での巡視船と護衛艦の派兵が常態化することになる。

 これは、紅海―アデン湾―アラビア海―インド洋―(東南アジア)―東シナ海―黄海という「シーレーン」に、この国の二つの「海上兵力」が実戦展開し続けることを意味している。マラッカ沖海賊問題でも再燃すれば、南シナ海やベンガル湾への派兵も可能となり、中東から北東アジアに至るすべての海域が「派兵海域」となる。この広大な海域こそ、「不安定な弧」に面した「海の前線」にほかならない。

 しかも、給油法は「法律そのものに派兵計画を盛り込んだ」との「論理」で国会承認は要件となっておらず、海上警備行動、海賊対処行動、特定貨物検査はいずれも警察活動を理由に国会承認は要求されていない。国会承認が要求されない「海の前線」への派兵によって、軍事部門の権限が拡大していくことも明らかだろう。

 これが、世界有数の水上打撃戦力=護衛艦隊(および哨戒部隊)と、世界最強のコーストガード=海上保安庁をリンクさせた、この国の「海上覇権構想」ではないだろうか。

(二〇〇九年 七月一五日脱稿)



自民党防衛政策検討小委員会

「提言・新防衛計画の大綱について」を読む(下)

広島支部  井 上 正 信

一〇 小委員会提言は敵基地攻撃論を打ち出した。「専守防衛の範囲(予防的先制攻撃を行わない)で、日米の適切な役割を見いだし、我が国自身による敵ミサイル基地攻撃能力の保有を検討すべきである。」と述べる。提言が「専守防衛の範囲」と述べたことは、提言全体の趣旨からすれば、単に枕詞と考えざるを得ない。なぜなら、提言自身が憲法改正を前提にした防衛政策を提言しようとしているからである。「専守防衛政策」とは、九条に関する政府解釈を前提にした防衛政策である。専守防衛政策のもとでは集団的自衛権行使は禁止され、敵基地攻撃能力を保有しないこととされている。しかし、枕詞であっても「専守防衛の範囲」と述べざるを得ないことは、九条改憲への国民の根強い反対があるからであろう。

 敵基地攻撃論は、敵国が我が国への攻撃を着手(例えば、我が国を標的にした弾道ミサイルが発射台へ屹立)した時点での反撃を許容する意味で、「理論的には」自衛権行使の三要件や国連憲章五一条と整合性があるかもしれない(国際法上の一つの解釈として)。しかし実際には、敵国が攻撃を着手した時点というものの判断は極めてファジー(発射台に取り付けられた弾道ミサイルがどうして我が国を標的にしていると判断できるのか微妙)であり、軍事的合理性に裏打ちされた考えであるから、万一の事態を考えて、先制攻撃になってしまうことは明らかであろう。提言が「予防的先制攻撃を行わない」と但し書きを付しているが、予防的先制攻撃とは明白な国際法違反に他ならない。ブッシュ政権が行ったイラク攻撃がその典型である。この但し書きを付けたということは、敵基地攻撃は現実的には予防的先制攻撃になりやすいことを自ら告白したようなものである。

 敵ミサイル基地攻撃のため我が国が保有すべき攻撃能力として、提言が提案するものは、「ダメージコントロール可能な通常弾頭程度の威力と被害極限を追究できる高精度の着弾と効果確認可能な敵ミサイル攻撃能力の保有」である。その攻撃能力とは具体的には、「宇宙利用による情報収集衛星と通信衛星システムによる目標情報のダウンリンクと巡航ミサイルや小型ロケット技術を組み合わせた飛翔体(即応性よりも秘匿性を重視した巡航型長射程ミサイル又は迅速な即応性を重視した弾道型長射程個体ロケット)への指令により正確に着弾させる能力」である。

 提唱する攻撃能力とは、いわゆる「外科手術的」攻撃能力であるが、既に実戦(九九・四〜旧ユーゴに対する空爆、〇二・一〇〜アフガニスタンへの攻撃とその後の掃討作戦、〇三・三〜イラク攻撃とその後の治安維持作戦)において、爆弾やミサイル自体は精密攻撃するが、目標のインプットや情報の不正確さ、パイロットのの判断ミス等により、多くの非戦闘員の犠牲が「誤爆」と称して生まれている。収束爆弾に至っては、以下に精密誘導兵であっても無差別攻撃兵器には違いない。決して提言が夢想するように「ダメージコントロール」ができるものでも、被害が限局されるものでもない。敵基地攻撃を敢行すれば、事態の急速なエスカレーションと非戦闘員の犠牲を覚悟しなければならない。

 具体的な兵器システムでは、秘匿性と迅速性の相反する能力を求めている。秘匿性では、これまでよく議論になっていた巡航ミサイル(海上・陸上・空中発射)を挙げる。ところが、巡航ミサイルほど敵基地攻撃に不向きな兵器はないのだ。

 巡航ミサイルは、亜音速で飛行するジェット旅客機とほぼ同速度である。千数百キロの飛行時間は二時間くらいであろう。敵ミサイル基地攻撃が、発射台に据え付けてから何時間もかけて液体燃料を注入するテポドンミサイルを想定しているとすれば、これは破壊が可能であろう。しかし、戦争で使用される弾道ミサイルは移動式ランチャーや堅固な地下基地に格納されたミサイルだ。巡航ミサイルが着弾するまでに、敵国は弾道ミサイルを発射し終わっているし、移動式ランチャーは既に遠くに移動している。空振りなのだ。しかし、秘匿性が高いため、予防的先制攻撃兵器として使用すれば効果的であろう。巡航ミサイルが実戦で初めて使用された湾岸戦争やイラク攻撃では、先端を開いたのが海上発射巡航ミサイルであった。まさに先制攻撃用の兵器である。

 迅速即応性を追求した兵器として、「弾道型長射程固体ロケット」を提唱する。聞き慣れない言葉(小委員会提言の造語か?)であるが、固体燃料推進の中距離弾道ミサイルと翻訳すればすぐに理解できる。提言がわざわざ一般には使用されない言葉を使った意味は、おそらく北朝鮮の中距離弾道ミサイルの脅威をさんざん煽りながら、自分たちもそれを保有することのジレンマを誤魔化すためなのではないかと思う。自民党がもし本気で中距離弾道ミサイル保有を考えているなら、極めて重大な問題となるであろう。なぜなら、我が国は一部の先進国が自主的に組織している「ミサイル技術輸出管理機構(MTCR)」へ参加しているからだ。MTCRは、大量破壊兵器の運搬手段である弾道ミサイル技術の拡散を阻止するための国際レジュームである。射程三〇〇キロを超える弾道ミサイルとその部品や技術の輸出を厳しく管理し、我が国はそのために外国為替管理法で禁止している。我が国が新たに弾道ミサイルを開発すれば、イランや北朝鮮のミサイル開発を非難することはできなくなる。弾道ミサイルを規制する軍備管理条約が現在まで存在しないだけに、わが国による弾道ミサイル開発は、MTCRの基礎を弱めるものとして国際的な非難を受けることになるかもしれない。その上、極めて外交的リスクの高い政策選択となろう。我が国周辺諸国(韓国・中国・北朝鮮・ロシア)との軍拡競争になるかもしれないのだ。典型的な安全保障のジレンマとなる。安全保障のジレンマとは、自分の国の安全のために執った措置が、かえって自らの安全を損なうという事態である。

 敵基地攻撃能力のもう一つの不可欠なの要素として、自前の情報能力を保有しようとしている。情報収集衛星と通信衛星システムである。宇宙基本法の制定がこのことを可能にしている。自前の情報能力の強化も日米安保体制における日米の役割分担の見直しの一つの重要な分野になるであろう。米国にとって、卓越した情報能力は、弾道ミサイル防衛システムと合わせて、我が国を常に軍事的な従属状態に置くことができる重要な手段なのである。元々米国は、我が国が自前の偵察、情報衛星を保有すること自体に反対していたが、平成六年大綱策定の際、それを認めた経緯がある。じつは、自前の情報能力の強化は、小委員会提言が最も重視したことの一つではないかと考えている。提言では随所に情報能力について言及されており、二一頁建ての提言の内二頁を超える分量となっているからだ。

一一 小委員会提言は随所で自前の情報能力の強化を求めている。「三、基本的防衛政策」の「四、総合的統合的安全保障戦略の作成」では、官邸機能の強化として、「情報部門の強化と制作部門と情報部門との連接」国家安全保障会議(日本版NSC)設置と人材育成を挙げる。国家安全保障問題担当補佐官と防衛省・自衛隊出身の総理補佐官の設置を求める。官邸を中心とした情報コミュニティーを作ろうというものだ。「情報体制の強化」では、内閣の情報機能強化として、閣僚級の「情報委員会」の設置、情報委員会(内閣情報官を議長)が各省庁の情報を集約、評価する体制、対外的な情報を対象とした国家情報組織(CIAのようなものか)の新設、国家的情報保全組織と法律の整備、情報衛星の運用による情報収集態勢の強化と即応性の高い衛星打ち上げシステムの整備、自衛隊による、平時から有事まで間隙のない情報収集・偵察・警戒監視活動(ISR)実施などである。

 ここに垣間見えるのは、米国から自立した情報能力の保有であると思う。内閣・官邸の情報機能強化、情報コミュニティーの組織、軍事的情報能力の強化、そのための衛星システムの保有は、三正面の脅威に軍事的に対応するためのものである。必ずしも米国の国益と常に合致するとは限らない。北朝鮮核開発問題を巡っても、米国の国益と日本の国益(「拉致問題解決」)とが衝突して、我が国は米国に梯子をはずされた経験がある。敵基地攻撃を巡ってその様な衝突があれば、我が国は自前の情報能力がなければ、敵基地攻撃すらできなくなるからである。

一二 小委員会提言は、平時から有事まで間隙のない戦争国家態勢を作ろうと提案している。情報能力の強化について述べたが、これはまさに平時から戦争を想定した情報活動を強化することだ。そのための国家体制を作ろうということでもある。自衛隊は、平時から公海・公空でのISRを行い、その際敵国から威嚇されたり攻撃されることを想定し、「ISR時の安全確保」として、武器を使用するという態勢で臨むというものだ。この対象国は三正面(中国・ロシア・北朝鮮)である。専守防衛政策のもとで領海・領空侵犯を警戒監視するスクランブル態勢とは訳が違う。極めて危険な軍事冒険主義である。平時から武装工作員、武装工作船対処のための領域警備活動を強化することを提案する。この活動は、防衛出動・治安出動・海上警備行動には至らない段階での活動として位置づける。つまり、平時から自衛隊がこのような国内活動を行うということであろう。軍事と警察の融合が一層進むことにもなる。自民党新憲法草案第九条の二、三項で自衛隊の任務として国内治安維持活動を規定しているが、その意味はこのようなことであると合点がいく。

 自衛隊がこれらの活動を行おうとすれば、当然に自衛隊法の改正は不可欠である。例えば、航空自衛隊が海上自衛隊のような海上警備行動を行おうとすれば、自衛隊法を改正しなければならない。平時からのISR活動は、海上警備行動のような補完的な警察活動ではない。これも自衛隊法の改正が不可欠である。その際の武器使用権限についても改正が必要になるだろう。自衛隊のISR活動を提言する項目の表題が「情報収集・警戒監視・偵察(ISR)活動時の安全確保、領域警備、航空警備等の法制化」としているのはその意味である。

 自衛隊によるこのような活動を支える国家システムが、情報機能の強化である。既存の有事法制と相まって、我が国は平時から戦争国家態勢を作り上げることになる。

一三 小委員会提言は、自衛隊をどのように変貌させようとしているのであろうか。提言「四、今後整備すべき防衛力」の項目を見てみよう。

 最初に、平時有事を通じた自衛隊活動の基盤として、自衛隊基地・駐屯地を位置づける。地政学的な戦略的脅威(三正面+シーレーン)の防衛のために全国隙のない配置が必要とする。

 次に提言は軍拡を要求する。「骨太の方針:ゼロベース」の見直しを要求する。中国の国防費が世界第三位になっていることと比較し、我が国は世界第五位(〇七年)であると述べて、人的、物的な軍拡を要求している。その際、宇宙の軍事利用と米軍再編経費は防衛費の枠外とするように指南している。中国と軍拡競争でもするのであろうか。

 提言は自衛隊の統合運用態勢の強化を求めている。そのために、自衛隊の統合運用と情報機能の一元化を官邸機能強化と並行して進めるとしている。

 陸・海・空自衛隊に共通してなされている提言は、海外軍事任務に重要な位置づけを与え、そのための能力の強化である。陸自では、三正面の抑止・対処能力の維持、国外任務対応能力の強化を求める。三正面の抑止・対処能力では、一六年大綱で北方重視から南西重視へと部隊編成を変えたが、南西重視と合わせて北方重視の編成に戻そうとするのであろう。まさに冷戦時代の態勢である。海自では、海上交通の安全確保態勢の強化と洋上支援能力の強化を挙げている。ソマリア沖海賊対策のような活動を強化するのであろう。海自の活動強化でもう一つ見逃せないのは、「国家安全保障環境改善のための態勢強化(外交的ツール)」である。これは艦砲外交のことである。小委員会提言はここでも軍事冒険主義を示しているのだ。空自では、ISR機能強化と国外任務対応能力の強化を挙げる。

 このように、自衛隊三軍に対しては、三正面+シーレーンに対する脅威に対処するため、平時から海外で軍事活動を行うことができる軍隊へと変貌させようとしているのである。

一四 小委員会提言は、憲法改正を前提にした安全保障戦略、防衛政策を提言していることは既に述べたが、改正を求める内容は自衛隊の憲法上の位置づけと合わせて、軍事裁判所設置を要求している。なぜ軍事裁判所設置が新しい防衛計画大綱実施にとって必要なことなのか。既に詳しく見たように、新しい防衛計画大綱として提言が要求している防衛態勢は、平時から有事まで間隙のない戦争態勢を作り、海外での軍事活動の態勢を強化する内容となっている。軍事裁判所設置の要求は、自衛隊の海外軍事活動の拡大と共に強まってきている(NPJ「暴走する自衛隊」を参照)。

 現在の自衛隊法では、自衛官の任務における非行(抗命、敵前逃亡、任務懈怠など)を刑事罰で処分するには、防衛出動命令・同待機命令・治安出動命令の発令が必要である。海外へ派遣された自衛官が任務を放棄して無断で帰国しても、首にはできても刑事処分はできないのである。

 自衛隊の海外任務が拡大し、非戦闘地域ならぬ戦闘地域での活動を含むようになり、今後前線での活動など厳しい任務に直面するようになればなるほど、自衛隊員の非行は増加すると考えられている。自衛隊員は任務として人の殺傷や器物の破壊・放火を行わなければならず、およそ市民としての規範意識とは逆の精神構造を要求される。組織として軍事活動を行うのであるから、軍事規律の維持の関しては厳しさが要求される。それでこそ自衛隊が自衛軍となれるのである。そのため特別に厳しい処罰が必要になる。例えば、夜間の歩哨任務についた自衛隊員が、うっかり居眠りをしただけでも重罪になるのだ。彼の任務懈怠の結果、部隊は全滅の危機にさらされるかもしれないからである。

 更に海外活動中の自衛隊員を処罰しようとした場合、彼が所属する部隊(師団・旅団,航空団、艦隊)本部を管轄する検察庁が起訴し、同じ管轄の裁判所が審理判決する。非行を犯した自衛隊員を国内へ移送し捜査・起訴・公判手続きを進めなければならない。過って市民を殺傷して業務上過失致死傷罪(或いは特別公務員暴行凌虐罪)を犯したとすると、彼の部隊長や同じ任務で共にいた隊員、そばにいた他国の市民などが参考人、目撃証人として捜査の対象になるかもしれない。必然的に捜査や公判審理が長引くであろう。起訴された隊員は否認する可能性が高い。任務遂行中の行動が犯罪になれば、自衛隊自身もやりにくいはずである。武器使用が犯罪になるかならないかに関して、裁判所の有権解釈が確定するまでに何年もかかるようでは、迅速・有効な海外活動は不可能だ。おまけに、軍事には素人の職業裁判官、検察官、弁護人の行う刑事裁判に対する不信感がどうしてもある。

 そこで登場するのが軍事裁判所制度である。海外で迅速に裁判ができるよう、派遣部隊の部隊長が裁判官になり、自衛隊員が検察官になり、審級制度も制限するということになる。軍事的合理性を兼ね備えた裁判制度である。むろんこれに対応した軍刑法も制定するであろう。

一五 自民党国防部会防衛政策検討小委員会がまとめた提言は、これまでの政府憲法解釈やそれを踏まえた安全保障政策・防衛政策を念頭に置いて読むと、驚くべき内容となっている。明らかに北朝鮮脅威論とソマリア沖海賊対策の実施を背景にして作り出されたものだ。北朝鮮脅威論を背景にした軍事的対応やソマリア沖海賊対策のための自衛隊派遣に対して、国民の支持は過半数を超えているのだ。この際に一気に憲法改正まで突き進もうという意図が露骨に示されている。提言が打ち出している安全保障政策・軍事政策は、旧来型の脅威を対象にした上、偏狭なナショナリズムにたった国益防衛のための政策であり、私たちの国の進路と周辺諸国にとって憂慮すべき方向性である。

 小委員会提言を分析することにより、自民党新憲法草案が目指すものを、リアルに理解することができる。ここで問われている憲法問題とは、我が国が周辺諸国とどのような外交関係を築くのか、軍事的安全保障政策を選択するのかそれとも、平和原則にたった安全保障政策を選択するかという極めて具体的な政策選択の問題である。九条改憲反対が過半数を占める世論状況でも、北朝鮮のロケット発射に対してミサイル迎撃措置を採ったことや、ソマリア沖海賊対策で自衛隊を派遣したことに対して、大半の国民が支持したことに見られるように、護憲運動が九条の精神を説き、九条を守れと言うスローガンだけに終わるのであれば、いざ本当に憲法改正が現実的に提起された場合、足下をすくわれる危険性は極めて高いのだ。憲法改正国民投票が、北朝鮮による核爆発実験の直後に提起されたらどうなるのか想像すればこのことの意味が理解できるであろう。 護憲運動は九条に基づく現実的で且つ確固とした安全保障政策を手にしなければならない。そのためにも、小委員会提言のようなものを徹底的に批判しなければならない。関心のある法律家による分析と批判を呼びかける。

 私のこの拙論がそのきっかけになれば幸いである。



団の五月集会に参加して

日比谷シティ法律事務所  佐 瀬   桂

 私の働く法律事務所は団員数が一〇対三と少なく、事務所もいわゆる団事務所ではないので、団の五月集会や総会などの話は聞く機会があり、参加してみたいなと思いながらも、勤めて一四年間、一度も参加したことがありませんでした。

 それが、今回たまたま機会を頂き、みんなには「物好きな」と言われつつも、自費で初参加させていただきました。

 参加して、改めて団事務所というのは弁護士と事務局が協同で、本当に様々な活動に関わっているのだということを実感しました。私の働く事務所ではそこまで地域の人々と密接にかかわる機会がないので、少しうらやましく思いつつ、本当に大変なご苦労を弁護士と事務局の双方でされているのだなと、頭の下がる思いがしました。

 しかし、事務局交流会の全体会で長野中央の栗岩さんのお話などを聞いていると法律事務所で働く事務員の気持ち「先生方は本当に大変で大切な仕事をしている。そしてわたしたちはその仕事に関わっている」というこの仕事に対する誇りのようなものは共通なのだと感じました。

 交流会でも話題になりましたが、昨年の秋から、日弁連の事務職員能力認定制度がスタートし、全国各地で研修会が開催されています。私も参加しています、そこに参加している事務員達の話を聞いても、そういった思いをひしひしと感じます。

 事務員交流会では、長野の相馬弘昭先生も、ぜひこの制度を活用して欲しい。そしてより良い制度するためには、意見を上げる事務員の全国的な組織も必要ではないかとおっしゃっていただきました。

 私も所属していますが、法律事務員の全国組織は、「法律事務員全国連絡会」と「全国法律関連労組連絡協議会」というものがあり、この両方が今回の事務職員能力認定制度の設立にもかかわってきています。

 私も盛岡で行われた業務改革シンポジウムのときから、少しですが、関わってきました、相馬弘昭先生は当初の制度のほうが事務員にとってよかったのではとおっしゃっていましたが、少しですが当時から関わってきた者としては、当時の議論から比べると、ずいぶんと事務員の実態にあったそして事務員の思いを反映した制度に変化してきたと思います。これは、この二つの全国組織が日弁連に地道に要請し、事務員の意見を上げた成果でもあります。確かにこれからまだ改善の必要はあるのでしょう、それでも全国統一研修を実現したこの制度のスタートには大きな意義があると思います。

 しかし、さらにより良い制度にすることは大切なことで、そのためにはやはり事務員一人一人の意見をまとめてあげることが必要だと思います。そこで相馬弘昭先生もおっしゃっていましたが、事務員の全国組織はすでにあります。ぜひ、ここに結集してみんなの意見を日弁連に届けていけたらいいのではないかと思いました。

 日程の関係上、途中で帰らなければならなかったので、分科会などにはほとんど参加できなかったのが、残念でした。また、機会があればぜひ参加してみたいと思いました。



法曹養成制度の問題点

滋賀支部  玉 木 昌 美

 先日、青年法律家協会の姫路総会に出て、新人弁護士や修習生の状況の報告を聞いた。法科大学院と修習期間の短縮と弁護士人口の急増が惹起している問題性を痛感することとなった。

 大津修習は現在二四名であるが、滋賀弁護士会の会員数九二名(ちなみに私が登録した二六年前は二〇人台だった)で、うち約三分の一がここ三年の新人であることからすれば、受け入れ率全国ナンバー一である。そのため、団支部のメンバーも五六期の永芳団員から一九期の吉原団員まで九名の団員が修習生の個別指導を担当している。三五期の私は、四五期の方から現在の新六二期まで、弁護士会長をした平成一〇年など二回だけ免除してもらったほかは毎年ずっと担当しており、今後も続く。地方ならではのすばらしい修習生支援である。

 さて、法科大学院が実務もふまえた形で司法修習期間の半減に対応できる形になっているであろうか。合格しなければ話にならないから、人権課題よりも、受験勉強が優先する。吉原団員はある法科大学院で「事件の自慢話より、試験を意識した授業を。」という注文を受けたそうである。そうなると、やはり受験予備校化せざるをえない。また、経済的に余裕のない階層には、大学を卒業してからの二年間、三年間の学費や生活費もばかにならない。学生時代、大学院時代を奨学金で過ごし、修習生時代は給与貸与制では弁護士になっても自己破産状態から出発する。そして、就職難、貧困化が待ち受ける。これでは優秀な人材の確保が困難になるであろう。

 修習生たちと話していると、「法科大学院はいらない。」という声も多い。資格試験なら、大学を卒業して一定の水準に達していれば合格させればよい。大量増員ゆえの法科大学院のようだが、大量増員そのものが見直されるべき課題である。

 最近の就職難は半端ではない(現在、大津修習の人が滋賀で就職を希望しても受け入れ事務所は極めて少ない)から、修習生は必死であり、就職が決まらないうちは修習に専念できない。また、前期がないから、以前と比較すれば、修習生同士が深く交流することも少ないようにも見受けられる。

 私は、学生時代と修習生時代は人生の充電期間であり、自由に読書をし、多くの人と語り合い、どんな法曹になるのか、人生の方向性を決める貴重な期間であると思っている。それが、リベラルな精神を培い、人権の擁護や社会正義の実現を担う法曹を生み出すことにつながる。ところが、今の修習生は学生時代一回生から司法試験の受験勉強を始め、修習生になったら就職活動に飛び回りそれどころではない。修習生がサラ金を利用して事務所訪問の費用を工面するようなことまであるらしいという話まで耳にした。そして、期間の短縮もあり、弁護士や先輩法曹との人間的なふれあいも希薄になっていく。法曹は職人的な要素が強く、修習期間にいろいろな先輩の話を聞き、その活動を見る中で学んでいく面が強いと思うが、とてもそのゆとりがない。大津修習では、これまで一人の修習生はタイプの異なる二人の弁護士についていたが、短縮の結果ついに一人につくだけになった。これも修習内容の空疎化につながる。

 最近は収入の安定した公務員である検察官も人気があり、成績が平均以上あるいは上位三分の一以上が要求されるそうである。そのため、任官希望者だけでなく任検希望者までもが成績を気にして勉強に忙しいようである。かつては、検察官の成り手がなく、成績はまったく問われず、実務修習地では検察官から飲ませ食わせの接待を受けていた(小説『検察捜査』にその実態が描かれており、ドラマにもなった)が、大変な様変わりである。

 いずれにしても、「改革された」法曹養成制度は失敗ではないかという印象が強い。姫路城の近くで、『前法務大臣が明かす 司法の崩壊 新任弁護士の大量発生が日本を蝕む』河井克行著、PHP研究所を購入して読んだ。光市母子殺害事件の捉え方等疑問な点もあるが、法曹養成制度の問題点の指摘としては興味深く、共感するところも多かった。

 法曹養成制度の重要性はいうまでもない。団としても、後継者の確保、養成等を議論しているが、制度そのものについて改めて検討すべき課題であるように思う。制度が出来てしまった以上今さら変えることはできないという発想でよいはずはない。二〇〇七年度の五月集会の特別報告集の城塚健之団員の「仕方がないではすまされない−特に三〇〇〇人問題について」を再読したが、今回改めてその指摘の先見性・重要性を感じた。



上田誠吉弁護士を偲ぶ

在日朝鮮人の人権擁護に献身

在日本朝鮮人人権協会顧問  柳   光 守

 在日本朝鮮人人権協会顧問の柳光守氏が、「朝鮮新報」に「上田誠吉弁護士を偲ぶ 在日朝鮮人の人権擁護に献身」と題する追悼文を寄せていらっしゃいます。

 上田さん(事務所の同人としてそう呼ばせていただきます)の活動は、メーデー・松川他の刑事事件、千代田丸などの労働事件、自由法曹団員としての活動等々、実に多様でした。その中の重要な分野として、在日朝鮮人の権利擁護の活動があったのですが、公刊されている文章では余り触れられていないように思われます。柳光守氏の追悼文は、この分野での上田さんについてのものであり、ご本人と団執行部の了承をえて転載させていただきます。

松 島   暁(東京支部)

「他民族を抑圧すれば自らも自由ではない」

 六〇年近い弁護士生活で一貫して在日朝鮮人の人権擁護に献身され、私たちを力強く温かく励まし、勇気づけてくれた恩人ともいうべき上田誠吉弁護士が、宿痾のため五月一〇日に逝去された。

 渾身の思いを込めて執筆された著書「国家の暴力と人民の権利」が示すように八二年の生涯は、国家の暴力に抗い続け、日本の平和と民主主義、人権を守りつつ、一方で在日朝鮮人の人権問題の解決に取り組む日々でもあった。

 物静かにゆっくりと話される深く、重い一言一言に教えられ、長年その薫陶を得てきた者の一人として、もうお会いすることのできない現実に、ただ胸が痛む。

 最後にお会いし、親しくお話させてもらったのが、九六年二月の人権協会主催の懇親会の場であった。「在日朝鮮人の人権と弁護士生活」について熱っぽく語られたその姿がいまも記憶に残る。そのうちに…と思いつつ不義理を重ね、お会いする機会をなくしてしまった。悔やまれてならない。

「会」結成に心血

 一九五〇年に弁護士になった上田先生は、GHQ(連合国軍総司令部)による「在日本朝鮮人連盟」の不当な財産接収に反対し、その補償を求めるたたかいを皮切りに在日朝鮮人の人権擁護活動の中にいつも身をおかれた。

 一九六〇年代、「韓日条約」締結を前後して日韓両当局が在日朝鮮人の人権に対する全面的弾圧を強行しようとしたとき、上田先生は弁護士、学者、国会議員らと「在日朝鮮人の人権を守る会」(一九六三年)を結成、中心的役割を担いつつ、人権を守るたたかいで文字通りその先頭に立たれた。

 「他民族を抑圧する民族は自らも自由ではない…身近に住んでいる他民族の人権が侵されるような状況下においては、日本人自身の人権も守られることはあり得ないという意味で、在日朝鮮人の人権問題は、日本人自身の人権問題」(「在日朝鮮人の基本的人権」)とする共通認識の下、その後のたたかいにおいて、いわば、バイブル、教科書といわれた「在日朝鮮人の法的地位」、「在日朝鮮人の民主主義的民族教育」等の三部作を共同で書き上げる一方、在日朝鮮人の社会活動、民族教育を規制する「出入国(管理)法案」「外国人学校法案」の廃案、朝鮮大学校の設置認可を求める活動にも努力された。

 とりわけ心血を注がれたのは、それまで不安定かつバラバラに定められていた在日朝鮮人の在留資格を一本化し、その在留権をより安定させることであった。そのために多くの論文も書かれ、講演もこなす忙しい中、入管当局が歴史的事情も無視して「不法入国」や「密入国幇(ほう)助」といった口実で親子、兄弟間に離別を強いる退去強制処分を乱発したことに対しては数百名の弁護士とともにその取り消しを求める訴訟を日本各地で展開された。

 その甲斐あって、たとえば北海道の柳禎烈さんへの退去強制処分の取消を求める裁判では入管相手にはじめて勝訴する画期的な判決を勝ち取ることができた。

物怖じしない取り組み

 在日朝鮮人にとって大きな念願であった在留資格は「特別永住」に一本化され、在留権、法的地位もより安定したものとなった。

 これらのたたかいのなかにはいつも上田先生の姿があり、その成果のひとつひとつに上田先生の長きにわたる大きな尽力があったことを私たちは決して忘れない。

 上田先生は在日朝鮮人の人権擁護だけでなく過去の植民地清算の問題にも深い関心を寄せられ、日朝合同の強制連行真相調査(七四年・九州)にも参加され、朝鮮の統一に関する国際会議にも出席し、私たちの悲願実現に心温かい支援を寄せられた。

 上田先生はメーデー事件の主任弁護人を務められ、松川事件も担当、多くの無罪判決を勝ち取られるなど、日本の民主主義と平和、人権を守るうえでも大きな足跡を残された。一九七四年からは一〇年間、伝統ある自由法曹団の団長も務められた。

 このような激職にありながらいつも朝鮮民族を思い、在日朝鮮人の人権を自らの、日本人自身の人権問題としてとらえ、共にたたかい、朝鮮の統一にも心を砕いて下さったことに万感の思いをこめて心から感謝を捧げたい。

 生前上田先生は、自らの体験を踏まえ、「いつも新しい問題への物怖じしない取り組み」についてもよく話された。

 上田先生を失った今年、朝鮮大学校卒業生が司法修習生活を終え、弁護士生活をスタートさせた。

 私は、上田先生たちに支えられ、生まれ育った彼(彼女)らと共に「新しい問題に物怖じしない取り組み」を心がけたいと思う。そのことこそ上田先生への手向けになり、遺志を継ぐことにもなると確信しつつ。



駒場寮は蘇える―駒場寮同窓会入会のお願い

東京支部  萩 尾 健 太

一 時の流れ

 “シュプレヒコールの波、通り過ぎてゆく 変わらない夢を流れに求めて” “時の流れを止めて、変わらない夢を見たがる者たちと戦うため”

 中島みゆきの「世情」の一節。一人でこの曲を聴くと、今でも涙がこみ上げてくる。

 一九三二年に、当時の最高の西洋建築技術を駆使して設立された旧制第一高等学校駒場寮は、戦前から反戦と自治の砦であり、戦後は、教育の機会均等を保障する福利厚生施設であるとともに、学生の交流と人格発展の場であった。そして、駒場キャンパス内の五分の一以上の敷地面積を有する学内寮として、大学レッドパージ反対闘争をはじめとして、長らく学生運動の拠点であった。

 しかし、私が在学中の一九九一年、東京大学教養学部は、駒場寮の廃寮計画を決定し、一九九五年に駒場寮は「廃寮」とされた。だが、その後も、駒場寮自治会は毎年自主入寮募集を行い、寮自治を存続させるとともに、多くの寮生らが国=教養学部当局が提起した建物明け渡し訴訟の被告とされながらも、裁判を闘ってきた。学生投票や大衆団交などを繰り返し、学内で廃寮反対闘争を継続してきた。私も、一九九九年の弁護士登録当初から、駒場寮弁護団に加わり、廃寮反対闘争を闘ってきた。

 にも拘らず、二〇〇一年、東京高裁の仮執行宣言つき明渡認容判決にもとづき、同年八月、教養学部当局は、強制執行を通告してきた。

 その通告を受けて、キャンパスのメインストリートに面した北寮前で、夜の闇にライトを灯し、廃棄ベッド・机などで「砦」を作っていた寮生たち。上記の「世情」は、彼らが、その時、ラジカセで流していた曲だ。

 「三年B組金八先生」の最終回で、学校の放送室を占拠した生徒たちに対し、警官隊が学内に導入され、生徒たちが逮捕されていくシーンがある。「世情」は、そのBGMに使われていたことを、私は駒場寮の強制執行よりかなり後になって知った。寮生たちは、逮捕をも覚悟していたのだ。そのことが、改めて胸に迫った。

二 強制執行

 二〇〇一年八月、台風が関東を直撃する中、東京地裁の執行官三〇数名と、数百人のガードマン・作業員が学内に導入され、キャンパスの周りを数十台の機動隊護送車がズラリと取り囲む中、駒場寮は強制執行された。占有移転禁止の仮処分の対象とならなかった「非債務者」寮生までが建物内から排除され、寮生たちの私物まで持ち去られた。私自身も、作業員らに両脇・両足を掴まれて寮外に排除された。

 土砂降りの雨に打たれながら、抗議のシュプレヒコールに声を枯らし、あの時、確かに、私の青春は終った。それから、私は悔悟の闇を生きている。

 強制執行後、何人かの寮生は、自分たちを犯罪者扱いして権力に売り渡そうとした大学への不信から、学業を半ばで放棄していった。

三 時代

 一九九一年、廃寮計画決定当時、私は東大学生運動の責任者だった。あの時、徹底した反対運動を組めなかったことが、後の敗北に繋がった。その責任は重い。強制執行時の闘いも、あれでよかったのだろうか・・・。

 私が司法試験受験生だったころ、父の経営する会社が倒産し、私の修習生当時、祖父からの土地・建物を売却し、小学生の頃から住み慣れた家を追われた。可愛いがっていた小鳥やウサギの遺骸が眠り、愛犬が跳ね回っていた緑の庭は、今、硬いアスファルトで覆われた駐車場となっている。

 そして、私が学生時代をすごした駒場寮も今はない。鬱蒼と茂っていた木々は切り倒され、キレイなタイルが敷き詰められ、外食チェーン店などが入る今風の建物が建っている。強制執行の前夜に見た、寮前を歩くハクビシンの親子の姿が、闇の中に光っていた目が、なぜか思い出される。もはやそこにハクビシンが生息することは適わない。

 私は、二度までも自分のすごした「場所」を失った。

 新自由主義が始まった八〇年代後半からの時代、臨調行革、臨教審、大学審路線に、駒場寮は押しつぶされていった。二〇〇一年には、山形大学でも、早稲田大学でも、法政大学でも、東工大学でも、次々と学生の運動の拠点が壊滅させられた。そして、大学の構造改革、国立大学の独立行政法人化の名による大学自治潰し、産学協同の推進が進行していった。

 私は、今、臨調行革路線に押しつぶされた国鉄の解雇撤回闘争に加わっている。「あの時代」に決着を付けたい、そうした思いからでもある。

四 不死鳥

 今年三月、最後の駒場寮生が大学を卒業し、それを契機に、駒場寮に残された長年の財産をもとに、「一般財団法人駒場寄宿寮同窓会」を設立した。折りしも、新自由主義の破綻が言われるようになってきた。今、私の脳裏に浮かぶのは、駒場寮を擁護して教養学部教授会で孤軍奮闘されていた小川晴久教授の作成したパンフレット「駒場寮廃寮反対闘争の日々」の扉絵:天に向けて飛び立つ不死鳥。

 駒場寮は死なない。必ず蘇える。

*駒場寮同窓生の方、恐縮ですが、会の財政・活動のため、ぜひ、会員になっていただき、お振込みお願いします。年会費五〇〇〇円です。

*また、同窓生以外の方も、よろしければカンパをお願いします

  振込口座 みずほ銀行亀戸支店 普通 1325823

  名  義 一般財団法人東京大学駒場寄宿寮同窓会

ご質問等は、萩尾健太(渋谷共同法律事務所)まで

  電  話 〇三―三四六三―四三五一  

  ホームページはこちらです→http://www.komaryo.org/