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菊池  紘 残暑お見舞い申し上げます。
牛久保 秀樹 職種限定契約認定、事前差し止め判決
―東京海上日動・外勤社員制度廃止事件での御礼
井上 正信 新しい時代の安全保障と防衛力に関する懇談会報告書一
我妻 真典 大学院修士論文に興味のある団員へ
玉木 昌美 野村裕団員を悼む
自由法曹団事務局 公務員制度改革等をめぐる学習会のお知らせ



残暑お見舞い申し上げます。

団 長  菊 池   紘

 東京では連日三四度、三五度の猛暑が続いています。私には耐えがたい暑さですが、みなさんはどのようにおすごしですか。

 参議院選挙は、民主党惨敗と喧伝される結果となりました。しかし比例代表で民主党が得た票は自民党の票を大きく超える一方、自民党は前回から二五〇万票も減らし長期低落をいっそう深める結果となりました。そして、各党の支持を正確に反映する比例代表で、民主・自民の両党の得票は前回の六八%から五五%へ激減し、「二大政党」への不信が顕著になっています。躍進が目立ったのはみんなの党の第三局でした。

 自民党が勝ったと言われたのは、小選挙区の一人区で二一勝八敗と圧勝したからに他なりません。二人区はすべて民主と自民が議席を分け、三人区以上の中選挙区では民主、自民のほか、公明党とみんなの党が議席を確保するという結果となりました。こうした数字は、比例代表から中選挙区制、小選挙区制まで、それぞれの制度の持つ意味を考えさせるものです。

 こうして安定多数を狙った民主党の思惑は覆えされましたが、みんなの党の進出もあり、国会は複雑な構成となりました。一年前の政権交代はおおきな期待を集めましたが、その後の普天間の「最低でも県外」から辺野古への回帰、後期高齢者医療制度の維持、障害者自立支援法等々目を覆わせる後退で、広く深く社会的に不満が鬱積する事態となっています。民主党には失望したが、自民党に戻るわけにはいかないという、そして普天間でも、派遣法などでもきちっとした解決の道がとられないという、時代閉塞の意識がこの選挙結果に反映しているのでしょう。

 選挙を受けて菅総理は、真っ先に衆参の定数削減を打ち出しました。八月末に民主党内の論議を終え、年末までに各党の合意を得るという、期限を切ったものです。そして民主党のマニフェストでは衆議院比例で八〇、参議院定数四〇の削減をいっています。枝野幹事長は「比例定数の削減が一番早い」としながら「できるだけ早い期間で合意形成ができるならば、必ずしも比例だけの削減にこだわるものでない」と、両にらみで、定数削減の議論に引き込もうとしています。

 衆議院比例定数を八〇削減すれば、前回衆議院選挙の票でみると、民主党は四〇パーセントあまりの得票で三分の二強の議席を得、自民とあわせると二党で議席の九〇パーセントあまりを独占することになります。比例代表の日本共産党の五〇〇万票と社民党の三〇〇万票のほとんどは死票となり、共産党は四議席、社民党は〇議席(選挙区で三議席)のみとなります。国民の間では消費税増税反対と九条改憲反対が多数なのに、きちっとした消費税反対の議席と九条改憲反対の議席は、国会からほとんど一掃されることになります。

 こうした不正義を許さないため、草の根の運動をすみやかに起こし、反対の世論を広げ、党派を超えた共同をよびかけていくことが喫緊の課題となっています。そこでは、あるべき選挙制度、さらには政党助成金の廃止を含め訴えていく必要があると思います。

 九月の名護市議会選挙と一一月の沖縄知事選挙がありますが、秋の課題として、普天間基地の無条件撤去、辺野古への基地建設の阻止を求めていきましょう。東京、神奈川をはじめ各地から普天間基地撤去の声を上げていきましょう。

 そして派遣法の改正のほか、引き続き整理解雇の規制と雇用の拡大、貧困と格差の是正、裁判員裁判の見直しなど、問題は山積しています。

 五月にニューヨークで開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議に多くの団員のみなさんが参加しました。国連の潘基文事務総長が、二〇一〇年原水爆禁止世界大会の成功を願うメッセージを寄せたのは、うれしいことでした。事務総長は、NPT会議へ向けた日本代表の努力が核兵器廃絶の大波をつくりだしたとし、それは「葛飾北斎が描いたような、大きく美しい、壮大な波」としたのでした。

 この夏の間にきっちり休みを取って、秋のたたかいに臨みましょう。


職種限定契約認定、事前差し止め判決

―東京海上日動・外勤社員制度廃止事件での御礼

東京支部  牛 久 保 秀 樹

 損害保険募集を専門職とする外勤社員制度、一〇〇〇名の職場を廃止し、労働者を委託契約に切り替え、代理店として企業の外に置くという事態、その制度廃止無効を訴えてきた東京海上日動事件は、東京高裁第五民事部(小林克己裁判長)において、平成二二年二月三日和解が成立して解決しました。和解内容は、職種・地域限定契約が維持され、原告団が正社員として引き続き保険募集業務に従事することを保障しました。既に、加藤さんの五月集会報告があり、詳しい報告は、労働法律旬報に掲載される予定ですが、一言、全国の団員の皆さんに、すなわち、これまでの権利闘争の裁判に励まされて、解決してきたこと、そのことに御礼を述べたく、通信します。

 裁判では、職種限定労働契約の成否が問われました。職種限定契約にかかわる判決については、入手しうるものはほとんど分析させていただきました。改めて、多くの戦いを実感しました。もっとも参考になったのは、当然、日産自動車村山工場事件・最高裁第一小法廷平成元年一〇月一二日判決でした。

 労働条件の一方的な不利益変更では、大曲市農協事件判決、みちのく銀行事件判決が重要でしたが、特に、同じ大企業事件として、最高裁で維持されたNTT西日本事件・大阪高裁平成一六年五月一九日判決が、「具体的な分析に基づく、高度の必要性を求めた」ことの判旨が力になりました。

 事案としては、歩合給賃金の切り下げが問題でした。歩合給労働者の賃金制度の変更については、第一小型ハイヤー事件・最高裁第二小法廷平成四年七月一三日判決、大輝交通事件・東京地裁平成七年一〇月四日判決の事案があり、勝訴しています。複雑さを除いていうと、いずれも、一%の歩合率の減少に対して裁判が行われました。本件は、会社資料によっても、二七%から、一四%に、一挙に一三%の歩合率の減少に及ぶものでした。従前の成果に立って、本件の異常さを際立たせることができました。

 最後に、確認の利益・事前差し止め判決の是非が問われました。会社は、制度廃止は将来のことであって、現時点で地位確認を求めることは不適法だと主張しました。現実的な問題として、四六名という大量原告団の事案で、提訴から一年間で判決が間に合うかどうかが問われました。結局、本訴で、事前差し止め判決となったのですが、大きく勇気づけられたのが、並行して審理されていた、同じ難波裁判長による日の丸・君が代事件の差し止め判決(東京地裁平成一八年九月二一日判決)でした。

 これまでの多くの権利闘争の成果に立脚した解決だったと実感しています。運動、弁護団に感謝します。こちらの運動の方は、全損保の労働組合が中核にすわり、数だけでいうと、全国で五一七万三六五二枚のビラがまかれ、全文手書きの裁判所あてハガキが二万九七五通だされたこと、四六名の原告団がくずれることなく、三年以上闘いつづけ、この闘いの流れと法廷闘争が連動して展開されてきたこと、それらが解決をつくりだしました。


新しい時代の安全保障と防衛力に関する懇談会報告書一

広島支部  井 上 正 信

 七月二七日の朝日新聞に、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」(以下懇談会)報告書案の内容が報道されています。今年策定予定の防衛計画大綱の基本的な内容を形成するものという位置づけです。二〇〇九年八月に麻生内閣の下で、「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書が作成され、その年の末までには麻生内閣が防衛計画大綱を策定する予定でした。しかし、政権交代でペンディングされて、鳩山内閣で新しく懇談会を立ち上げたいきさつがあります。平成一六大綱が一〇年間の防衛政策を策定しながら、五年後には見直すとしていたのを受けて、麻生内閣が取り組んだものですが、一年遅れて菅内閣(?)が策定しようとしているのです。

 報告書の内容は、公表されてから詳細に分析しないと正確な評価や言及はできませんので、現時点では、朝日新聞の記事から暫定的な評価、意見とならざるを得ません。しかし、民主党政権下でどのような安全保障、防衛政策を採ろうとしているのか、それが憲法九条などの平和原則とどのような関係になるのかという視点で、朝日新聞の記事を見ると、極めて重大な関心を持たざるを得ません。八月上旬に報告書が公表される予定のようなので、公表されれば報告書を詳細に分析する予定です。

 なお、懇談会の審議内容は内閣府のホームページで知ることが出来ますので、是非ご覧ください。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/shin-ampobouei2010/

 全体的な印象ですが、

(1)麻生内閣時代の懇談会報告書と基調は同じであるといえます。古色蒼然とした冷戦時代から続いている脅威論とそれに対する軍事的抑止力論に固執しています。このことと、民主党内閣が掲げている東アジア共同体構想とどのような関係になるのかが問われるでしょう。

(2)民主党内閣は「日米同盟の深化」を掲げ、自公内閣の「日米同盟強化」とは違うという印象を振りまいていました。しかし、その内容はいまいちはっきりしませんでしたが、報告書案によれば、単なる言葉の違いにすぎないことがはっきりしてきました。実は、麻生内閣時代の懇談会報告書にも「日米同盟を深化させつつ、日本の役割を明確にしていく」と書かれていますので、決して民主党の専売特許ではないようです。

(3)今後の安全保障環境の見通しでは、米国の力が相対的に弱まるという認識を示しているようです。この点も、麻生内閣の懇談会報告書や自民党国防部会防衛政策検討委員会提言(二〇〇九年六月)と軌を一にしています。

(4)これまで憲法九条の下で採用されていた、基盤的防衛力構想、非核三原則、武器輸出三原則、集団的自衛権行使の禁止、PKO参加五原則のいずれも見直そうとしています。敵基地攻撃論も導入しようとしているようです。自衛隊海外派遣恒久法制定も提言しています。これらのことは、解釈改憲そのものでもあるし、遠からず憲法九条改正への強い圧力となるはずです。

(5)基盤的防衛力構想を、今回明確に退けようとしています。基盤的防衛力構想とは、所要防衛力構想と対立する概念です。所要防衛力構想とは、脅威とする国家の軍事力に対応して、防衛力を構築するという考えで、伝統的な軍事力構想です。基盤的防衛力構想は、昭和五一年防衛計画大綱の際に導入された考え方です。仮想敵を持たず、小規模以下の限定的な侵攻に備えて、日本の領域に薄い防衛の網をかぶせるというものです。万一有事になれば、基盤的防衛力を急速に拡大するという政策でもあります。

 基盤的防衛力構想は、専守防衛政策と一体のものです。専守防衛政策とは、昭和五六年防衛白書において、我が国の軍事政策の基本として明確に概念化されました。その内容は、

(1)相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使(2)その態様は自衛のための必要最小限度(3)保持する自衛力も必要最小限度とするというものです。この内容は、九条のもとでの自衛権行使の三要件と同じです。自衛権行使の三要件とは、(1)急迫不正の侵害行為(武力攻撃)の存在(2)自衛のための必要最小限度の反撃行為(3)他に方法がないというものです。自衛権行使の三要件は、自衛隊が九条二項の戦力にあらざる自衛力であり、九条に違反しないという政府解釈の不可欠の要素です。つまり専守防衛政策は、九条に関する政府解釈から必然的に導かれる防衛政策です。

 この政策の中で自衛隊は存在することでの抑止力(静的抑止)とされてきました(懇談会報告書案が「動的抑止」という言葉を使用していることに留意)。また、敵基地攻撃能力の保有は憲法九条の解釈からは当然に否定されないが、専守防衛政策という政策上の理由から保有しないというものでした。

 実は基盤的防衛力構想は、平成一六年大綱で実質的に否定されていたものです。平成一六年大綱が打ち出した「多機能弾力的防衛力構想」は、脅威の対象に応じた多機能で弾力的な防衛力を構築するというものですから、所要防衛力構想の立つものでした。ところが、平成一六大綱は、「基盤的防衛力構想の有効な部分は承継しつつ、新たな脅威や多様な事態に実効的に対応する」と書き込んで、この点を曖昧にしてきました。今回で決着を付けようというのでしょう。

基盤的防衛力構想を否定することは、専守防衛も見直すこととなるでしょう。基盤的防衛力構想を実質的に否定した、平成一六大綱の多機能弾力的防衛力構想の実効性をいっそう上げるとする麻生内閣の懇談会報告書では、「第三章安全保障に関する基本原則の見直し」において、専守防衛も見直しの対象にあげているのです。

(6)非核三原則の内、「持ち込ませず」を事前に(おそらく「平時に」という意味)原則とすることは賢明ではないとしています。

 ところで、密約に関する有識者懇談会報告書やそれを受けた岡田外務大臣の発言では、九一年以降の米国の核政策の変更で、もはや核兵器の持ち込みはないということでした。そのため民主党内閣としては、これまでのやり方を変更するつもりはない(密約を破棄しない)ということでした。ではなぜ「持ち込ませず」原則の見直しが必要なのか。日本周辺での有事(周辺事態)では、米軍が核攻撃のため核兵器を日本に持ち込む、通過させるという必要性があるからでしょう。そうすると、民主党内閣が核兵器持ち込みに関する密約を破棄しないとする意味が明確になったと言えるでしょう。

(7)武器輸出三原則見直しも自公内閣時代から継続的に提起されていたことで、特に防衛産業、財界からの強い要求があります。防衛予算に占める装備(兵器)の新規調達額が年々低下しており、兵器産業のインフラを維持することが困難になったという主張です。兵器産業のインフラ=防衛力ということなのです。しかし、日本の先端技術を利用した先端兵器が輸出されることになれば、私たちは、諸国民の平和的生存権を脅かす国民になるでしょう。

(8)集団的自衛権行使の容認は、安倍内閣の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」が打ち出したものです。麻生内閣時代の懇談会報告書は、安保法制懇の提言を全面的に実施するよう求めています。安保法制懇のメンバーの内、麻生内閣の懇談会メンバーに四人が入っています(北岡伸一、田中明彦、中西寛、佐藤謙の各氏)。

 懇談会報告書が安保法制懇報告書をどのように取り入れているのか注目すべき点です。

(9)PKO参加五原則見直しは、二〇〇二年一二月「国際平和協力懇談会報告書(明石康座長)」(福田懇談会)が打ち出しました。自衛隊海外派遣恒久法も提言していました。この報告書はこの他にも、現在の改憲論につながる重要な論点を打ち出しており、その後の防衛政策、改憲論に大きな影響を与えました。

(10)中国脅威論、北朝鮮脅威論に立った防衛政策を提言しようとしています。六者協議再開が重要な焦点になっている北朝鮮問題、中国経済が世界経済の発展と不可分の関係となっている現在、このような脅威論と軍事的抑止力論に立った安全保障政策が、私たちの平和と安全、経済的繁栄にとり果たして有効なのでしょうか。

 平成一六大綱では、中国脅威論は控えていました。むしろ在来型の脅威よりも、新たな脅威として、国際テロ組織などの非国家的主体、大量破壊兵器や弾道ミサイルの拡散等を強調していました。わずか五年の間に、脅威の対象が変化したのでしょうか。確かに海洋資源を巡る問題や、中国海軍の艦船の活動の活発化など、世間の耳目を引くような出来事が続いています。しかし、わずか五年間で安全保障・防衛政策が変わるくらい脅威の対象が変化するということは、理解しかねます。安全保障・防衛政策はもっと長期的な展望としっかりした歴史観や現状分析により策定されなければならないと思います。私の目には、何か「際物」の様な印象すら受けるのです。

(11)基盤的防衛力構想を否定すること、非核三原則を見直すことは、麻生内閣の懇談会報告書では提言されていませんでした。懇談会報告書はその意味で、麻生内閣の懇談会報告書よりも一層踏み込んだ内容になるのかもしれません。

 懇談会報告書案が提言しようとしている内容は、自公政権時代から一貫して進められている日米同盟の強化路線です。その内容は、日米防衛政策見直し協議(一般には米軍再編協議と呼ばれる)での日米合意と、それを受けて策定された平成一六大綱の安全保障・防衛政策です。この内容は、憲法九条の解釈・立法・明文改憲に関わる重要な問題を含んでいます。日米同盟の強化(深化)こそが、九条改憲の源であることは、懇談会報告書でより一層明確になるのではないでしょうか。

 政権交代になってもなぜ安全保障政策・防衛政策が変わらないのかという疑問もあるでしょう。鳩山首相が、普天間基地移設に関する日米合意を見直すと公言しましたが、結局元の合意に戻ったということがすべてを物語っています。民主党政権でも、安全保障・防衛政策の基本は、日米同盟基軸論であり、米国の拡大抑止力依存政策であることには変わりがなく、自公内閣時代の日米防衛政策見直し協議を推進するという点でも変わりがないということです。だから、麻生内閣時代の懇談会報告書と今回の懇談会報告書は、同じ基調になるのは当然なのかもしれません。オバマ政権の対日政策がブッシュ政権時代のものと不変であることもその理由でしょう。

 NPJ通信掲載原稿より転載しました。NPJ通信も是非ご覧ください。→http://www.news-pj.net/


大学院修士論文に興味のある団員へ

東京支部  我 妻 真 典

 私は、自由と正義の本年七月号「ひと筆」欄で、早稲田大学大学院(商法専修)の修士論文で、「中小企業会社が事業再生のために新会社を設立して、事業を譲渡した場合に生じる新会社と旧会社債権者(主に金融機関)との法的諸問題」を書いたことを紹介したが、この記事に興味を持った会員の数人が、論文を欲しいと連絡してきた。その中には団員もいた。

 全弁護士を組織する日弁連の会報だったので、論文のテーマを薄めて上述の内容で紹介したが、より正確に言えば、徹底した中小企業家擁護の立場から、旧会社が経営不振に陥り、多額の貸金返還債務を抱えたまま新会社を設立したうえ、そこに主要な資産(労働力を含む)を移したうえ、旧会社と同種又は類似の事業を行っている場合に、旧会社の債権者(ここでいう債権者とはすべて貸金債権者である)が、新会社を追及するための法的主張(法人格否認、詐害行為取消権、債権者代位権、譲受人の商号続用者責任、譲受人による債務引受広告責任)の適用は厳格であるべき理由を論じたうえ、試論としてこのような第二会社方式による私的整理方式を救済するための法理を、債権者主張を排斥した数十例の判例や、学説を分析しながら論じている。

 私がこのテーマを選択した理由は、実務上中小企業経営者からの依頼で、同種の事件を比較的多く扱っていることが大きいが、そればかりではない。バブル経済の崩壊によって、銀行など金融機関は、膨大は不良債権を抱えた。時の橋本首相は、日本版金融ビッグバンの提唱と合わせて、不良債権の迅速な処理を国際公約に掲げた。

 これを受けて金融機関も、大蔵省(当時)や、金融庁の強力な指導のもとに債権回収を強めた。近くは、小泉・竹中路線で、金融ビッグ・バンに備えての不良債権処理の徹底化、加速化によって、多くの中小企業が倒産に陥った。特に不良債権の処理指針となる「金融検査マニュアル」の厳格適用や、元利金の支払猶予などの措置をとった債権については「貸出条件緩和債権」として不良債権に区分され、適用除外の要件を満たさない限り、貸し倒れに備えた引当金の計上を求められた。銀行はこれを嫌って、従来一部で認めてきた利息だけの支払で元本返済を猶予する返済猶予を打ち切って、貸しはがしや、貸し渋りを行うようになり、これが中小企業の倒産に拍車をかけた。

 このように、政府の不良債権処理政策の加速化、徹底化によって、本来倒産しなくてもよい中小企業が倒産に追い込まれているのではないかとの問題意識があった。

 他方、ここ一〇年来問題となっている整理回収機構(以下「RCC」という)の過酷な債権取立である。

 RCCが預金保険機構の財産調査権などを活用して、民間の金融機関では調査できない債務者の資産などの調査をして、債務者への情け容赦のない回収を行っており、その手法が他の民間サービサーにとってのガイドラインとなっている。

 加えて近年大手消費者金融が、灰色金利の撤廃、過払利息の返還請求訴訟の多発などによってかつてのうまみがなくなり、金融サービサー業務に活路を見出そうとして、債権回収業務に参入してきている。

 貸金業の場合、貸金(投下資本)の回収には「金利の制限」があるのに対し、債権回収会社には「投下資本の回収」に一切の法的規制がなく、不良債権として二束三文で買い取った債権でも、法的には額面どおり全額回収できるのであって明らかに暴利行為である。法務省発表では、平成二〇年(二〇〇八年)一二月三一日現在サービサー法に基づき営業しているサービサーの数は一〇二社であり、サービサー法施行以後の累計取扱債権数は七〇二五万件、累計取扱債権額は二五二兆円、累計回収額も二七兆九〇三二億円にのぼっている。

 このように不良債権回収業を専門とするRCCを頂点とするサービサー会社が、弁護士という専門家を使ってあらゆる法的手段を駆使して、その回収を図ってきている現状において、従来悪質な債権免れ、強制執行免れを目的とした第二会社方式から債権者を保護するために機能してきたこれらの法的主張や、構成の解釈や、運用を見直す必要があるのではないか、あらためて現在の情勢に見合ったものに再検討する必要があるというのもその理由であった。

 詐害行為取消権、債権者代位権制度の本来の趣旨・目的は、総債権者の共同担保保全にあるから、取消権や代位権を行使した債権者によって取り戻された財産は、債務者の責任財産を構成することになり、従ってその後の強制執行の中で、すべての債権者は平等の割合で配当を受けることになる。

 ところが取戻や、回収の対象となった財産が金銭である場合には、取消権や代位権を行使した債権者は、その金銭を直接に自己に支払うことを請求でき、これにより保全した金銭については、自己が債務者に対して有する債権が金銭の給付を目的とする債権であると相殺ができ、これによって事実上他の債権者に優先して弁済を受けることができるとされている。

 私はこの考え方と実際の運用の仕方に疑問を抱いていたところ、最近民法(債権法)改正の検討委員会が債権法改正の基本方針(改正試案)を取りまとめたが、そこではこれら「事実上の優先弁済権の効果」の是非が問題とされ、改正の方向性が示されるようになった。

 このことも、このテーマを選択した動機となっている。

 以上前置きを書いてきたが、この種の事件は多くの団員が実際に扱っており、関心を持っていると思われる。

 そこで私は本年度の団総会の会場に、この論文を自費で印刷して、関心のある団員に無償で配付しようと考えている。それによってこのところ団の行事に参加していない私にとって、多少の罪滅ぼしになるのではないか、またなによりも試論の部分は未完成なので、団員の方々から貴重な見解や、批判を仰いで、より質の高いものに仕上げていきたいと考えている。

 一方でこの論文は、債権者の主張を排斥した判例の殆どを網羅しており、またこのテーマを体系的、理論的に取り上げた文献はほかにないとの自負もある。論文は一二五頁にわたる大層な量なので、五〇部を印刷する予定である。興味のある方に是非読んで頂くようお願いする次第である。

 最後に私事にわたって恐縮であるが、私の母は私の大学院修了を見届けるようにして、六月一七日に六年余の過酷な入院生活を終えて永眠した。享年八九才であった。私はこの論文を、母の霊前に捧げた。


野村裕団員を悼む

滋賀支部  玉 木 昌 美

 滋賀第一法律事務所の野村裕団員(二三期)が二〇一〇年七月一六日に逝去された。六五歳という若さであった。

 七月一三日に腹部の動脈瘤を切除する手術を受けられ、その手術は成功したものの、翌日容態が急変し、出血性ショックで亡くなられた。一四日の止血の手術がうまくいかなかったようである。本人は、「失敗する確率は一パーセント以下」と聞いて手術を受けておられ、本人もまさかこうした結果になることはおよそ想定されていなかっただろう。家族は勿論、事務所のメンバー等周囲の者もあまりに突然のことに気持ちを整理できなかった。

 野村団員は、一九七一年に大阪弁護士会に登録され、一九七九年に滋賀弁護士会に登録換えされた。県会議員となった吉原稔団員を助ける目的であった。一九八八年度に滋賀弁護士会会長をされ、一九九四年度には日弁連副会長をされた。滋賀の会長のときには、滋賀弁護士会主催の憲法集会を初めて開催され、それが現在まで毎年欠かすことなく継続されている。また、日弁連では、刑事弁護センターで長く活動され、被疑者国選制度の実現に向けて尽力された。

 野村団員は、特に労働事件、医療過誤事件等に力を入れられて、その仕事ぶりには定評があった。この二七年間一緒に仕事をしてきたが、丁寧な事実の確認と緻密な論理構成等いろいろと教えられることばかりだった。闘う労働組合の組合員の賃金差別事件、一六戦一六勝の聖パウロ学園事件、湖東民商ポスター弾圧事件など思い出深い事件がたくさんある。

 野村団員は日弁連等の会議でも論客として通っており、その意見は誰もが反対できないような正論が多かった。もっとも、熟考型で、意見を言う時期が遅いという難点もあり、議論が一定方向にまとまりつつある最終段階でそれを根本から覆す正論を言われることもあり、会議の主宰者を泣かせることもあった。

 野村団員は思想性が堅固であり、政治的にも筋を通す人だった。日本共産党の滋賀の後援会の会長、副会長を歴任され、地道な活動をされてきた。

 趣味は釣りだったが、決してうまくない、むしろヘタくそで有名だった。熱愛されていた妻の幸子さんのほうが大物を釣り上げ、スポーツ紙に掲載されていた。

 事務所においては、若手弁護士の指導や新人事務局の育成にも力を入れ、原則的な事務処理を指導された。

 最近、仕事のペースがスローになり、引退モードになっていたようにも思われるが、今から思えば大きくなった動脈瘤の影響があったのかもしれない。

 七月一九日に通夜、二〇日に葬儀が滞りなく執り行われた。滋賀弁護士会の田口勝之会長と私が弔辞を読んだ。遠方からも含め、多数の団の関係者に参列いただき、また、沢山の弔電や生花をいただいた。ここに心からお礼を申し上げたい。野村裕団員の遺志を継ぎ、自由法曹団滋賀支部をさらに発展させることをお誓いすることでご冥福をお祈りしたい。

 坂本修団員に記念講演をお願いしている団滋賀支部八月集会は八月二〇日に予定している。野村団員も楽しみにされていた坂本講演であるが、一緒にお聴きできないことを悲しく思う。


公務員制度改革等をめぐる学習会のお知らせ

自由法曹団事務局

 現在、「小さな政府」や「公務員制度改革」の名の下で、公務の民営化や、地方への権限移譲が進められています。「地方主権」というと、何かいいことばかりのような感にとらわれますが、そう簡単には行きません。

 何もかも民間や地域に移譲することは、国が果たすべき責務の放棄です。公務員の責務の多くが国民の生存権をはじめとする社会権等の実現にあることからすれば、公務員制度改革は、国民の生存権等を脅かす大きな問題です。

この問題について、団員の理解を深め、問題意識を共有していくために、本部では、次の要領で、学習会を行うことにしました。みなさんと一緒に考えて行きたいと思いますので、多くの方々のご参加をお願いいたします。

 日 時 八月一九日 午後六時〜

 場 所 自由法曹団本部会議室

 講 師 尾林芳匡団員(東京支部)