<<目次へ 団通信1403号(1月1日)
団 長 篠 原 義 仁
明けましておめでとうございます。
昨年は、三・一一の東日本大震災、そして、福島原発問題の発生ということで、私たちはかって経験したことのない大事件に遭遇しました。
震災からの復興、再生へ向けての取り組み、原発被害の、原状回復を基本とする完全、かつ全面的な損害賠償、脱原発とクリーンエネルギーへの転換など、国民的規模での課題が提起されています。団は、地元被災県の団員を中心に関東圏はもちろん、全国各地で精力的な取り組みを展開しています。
本年も、この課題の追及は不可欠となっています。
他方、様々な課題があるなかで、野田民主党政権は、選挙時のマニュフェストをもかなぐり捨てて、国民に犠牲を押しつける悪政を推し進めようとしています。
その上、昨年一二月には、マニュフェストに明記されていなかった増税について、「社会保障との一体改革」は名ばかりで、その本質は、消費税を増税し、同時に社会保障を改悪するという過去最悪の「一体改悪」を提起するに至りました。これをうけて、民主党政権は本部長に野田首相を配置して「社会保障改革本部」を立ち上げ、「不退転の決意で臨む」と改悪むき出しの姿勢を露わにしています。
その内容は、消費税を二〇一〇年代半ばまでに段階的に一〇%に引き上げ、他方で社会保障については、基礎年金の国庫負担(二分の一)を恒久的に消費税で賄うとし、年金受給額を二〇一二年度から段階的に二・五%引き下げる、保育の公的責任を放棄し、保育を市場化する「子育て新システム」を導入する、七〇〜七四歳の医療費の窓口負担を一割から二割に倍増する、外来診療に一〇〇円程度上乗せする受診時定額負担を導入する、などなど、自民党政権の下でもここまで一挙にやりえなかった改悪を自らが「捨石となって」強行しようというものです。
「福祉削減、消費税一〇%化」をもくろむこの企てが、国民生活、とりわけ低所得層の生活に決定的な打撃を与えることは必至です。
大企業への優遇税制の見直しや軍事費の削減、あるいは、ムダな大型公共事業のストップなしに、国民いじめの政策がこの一月の通常国会に法案として提出されようとしています。民主党は、この法案を自民党・公明党との協議、合意の下に国会を通過させ、「一体改悪」路線を突き進もうとしています。
憲法二五条をもち出すまでもなく、こうした国民生活に大打撃を与える法案は、断固阻止する必要があります。
昨年末の国会で決着が持ちこされた労働者派遣法や国家公務員給与削減法の課題、TPP、米軍基地普天間移設問題、改憲策動阻止の取り組み、法の下の平等に反する現行選挙制度の、小選挙区制を廃止した上での抜本的改革のたたかいなど課題は尽きません。
新年早々、若い団員を大量に迎い入れ、優に二、〇〇〇人を越す大組織となった自由法曹団として、団も団員事務所も財政基盤の確立をはかりつつ、各世代の連帯と協同の下で、また、新しい一年をたたかい抜いてゆく必要があります。
お互いに健康に留意して力を合わせて頑張ろうではありませんか。
この一年が皆さんにとってよい年になりますように。
*秘密保全法特集*
事務局次長 井 上 耕 史
一 秘密保全法案、政府、通常国会提出を狙う
昨年八月八日、「秘密保全のための法制のあり方に関する有識者会議」が「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」を政府に提出しました(上記名称で検索してダウンロードできます。)。これを受けて、昨年一〇月七日、政府は、一月からの通常国会への提出に向けて、秘密保全に関する法制(秘密保全法)の整備のための法案化作業を進めることを決定しました。
二 団本部、反対意見書を提出
報告書に対するパブコメ募集を受けて、団本部では秘密保全法制に反対する意見書を提出しました。意見書の要点を述べます。
秘密保全法制は、「特別秘密」の範囲を(1)国の安全、(2)外交、(3)公共の安全及び秩序の維持の三分野としており、国家機密法案以上に広範囲です。公務員だけでなく、研究者や企業の技術者・労働者などにも秘密保持義務が課され、漏えいは過失であったとしても処罰(五年ないし一〇年の懲役刑)の対象となります。さらに、情報取得行為が取締りの対象とされ、共謀、教唆、扇動行為が独立犯として処罰されます。
国政に関する情報は国民に公開されるのが原則であるはずなのに、国民は国政に関わる情報を取得することも議論することもできなくなります。例えば、原発問題やTPP交渉などをとってもその弊害は明らかです。
さらに、報告書は、「適性評価制度」を導入するとしています。これは、秘密を取り扱わせようとする者(対象者)について、行政機関や警察が、職歴、活動歴、信用状態、通院歴等の調査を行い、秘密情報を取り扱う適性を評価するものです。対象者本人だけでなく近親者も調査対象です。公務員だけでなく民間人も対象であり、弁護士も例外ではありません。国民のプライバシー侵害、思想・信条による差別など人権侵害の危険が極めて大きい制度です。
意見書全文は団本部HPからダウンロードできますので、ご活用ください。また、日弁連、大阪弁護士会なども意見書を提出しており、日弁連の意見書は日弁連HPでダウンロードできます。
三 国家機密法案阻止の経験を活かそう
一九八五年に国家機密法案が国会に提出された際には、団の取組みと弁護士会、国民の共同により廃案に追い込みました。その経験を活かし、秘密保全法制反対の世論を急速に広げる必要があります。当時のたたかいの経験について、宇賀神団員、松井団員に団通信に投稿していただきましたので、ご活用ください。
四 秘密保全法制阻止に全力を
団本部では更に詳細な意見書の作成準備中です(一月常幹で確定予定)。さらに宣伝物の作成も進めます。今年は秘密保全法制を阻止するため全力を挙げて取り組みましょう。各地で学習会、集会、宣伝活動などに大いに取り組みましょう。なお、日弁連でも、法案の国会提出を阻止すべく反対運動を単位会へ呼びかけるとのことです。各地の単位会でもご奮闘のほど宜しくお願いします。
東京支部 松 井 繁 明
国家機密法案の国会上程
一九八五年六月、中曽根内閣は通常国会に国家機密法案を上程した。これにたいする国民の反対闘争は一気に拡大・高揚した。いったんは継続審議となった同法案は同年一二月、ついに廃案においこまれた。
しかしこれで終わったのではない。政府は引き続く国会でも、常に同法案再上程の機会をねらいつづけ、息をつくヒマもなかった。闘いは八七年一一月の竹下内閣の成立まで継続したのである。
私は当初から国家機密法反対闘争に参加してきたが、八六年一〇月に自由法曹団幹事長に就任し、責任はいっそう重くなった。しかも当時、政党法の成立がたくらまれ、国鉄分割民営化が進行し、八七年には警察拘禁二法案まで国会上程されるという状況であった。
そのなかで自由法曹団は、悪法阻止闘争の手法を積みあげていった。精密な法案分析とその公表、大小無数の学習会への講師派遣、分かりやすいパンフその他の宣伝物の発行・普及、街頭宣伝・シンポジウム・一般紙への意見広告・集会やデモなどの組織と参加、国会議員への要請行動その他である。
ゾルゲはスパイか?
こうした実務的対応とともに国家機密法案は私たちに、深い国家論の検証を迫るものであった。私をふくむ当時の自由法曹団執行部は、外交・軍事には秘密が存在し、その漏洩は国家的利益に反するが、それを処罰するために国民の言論表現の自由や知る権利を侵すことは許されない、という立場をとった。これに鋭い疑問を呈したのが、故上田誠吉団員であった。
戦前、最大のスパイ事件とされたのがゾルゲ事件である。しかしゾルゲは、日本の軍国主義勢力が北進(対ロシア戦争)するか南進(対米英戦争)するかを探知したにすぎない。その行為は優れたジャーナリストのそれと合致し、処罰の対象とされるべきではない、というのである。―この上田さんの疑問について当時も理論的決着がついたわけではない。今回も、あらためて論議する必要があるだろう。
状況の変化
八五年当時と今日とでは、政治・社会の状況が著しく異なる。
「社公合意」によって反共産主義に走った社会党・総評も、国家機密法案反対の一点では、それなりに強力であった。今では自民党の悪政に加担している公明党でさえ、国家機密法案には反対であった。マスメディアも、言論の自由に関してはきわめて敏感であった。
高度経済成長政策のもとで一般国民も経済的余力をもっていた。それが、政治を考え、行動する基盤となっていた。
これにたいし今では、国会内では「二大政党」による「大連立」が目指され、マスメディアもそれに加担している。一般国民は日々の生活に追われ、東北大地震・福島原発、TPP、消費税、沖縄など幾多の諸課題をかかえて疲弊している。
「新・国家機密法」の目的が日米共同作戦の「深化」にあり、その本質がきわめて危険であることは、八五年版と異なるものではない。これを許してはならない。
しかし反対運動を組織し、発展させて新法案を阻止するためには、すでに述べた諸条件の変化を十分に考慮し、より慎重な手筈が必要になるだろう。とはいえ、心配ばかりしていてどうなるものでもない。まず第一歩を踏み出すことから始めようではないか。
(二〇一一・一二・五記)
大阪支部 宇 賀 神 直
当時の中曽根政府は一九八五年六月六日国家機密法案を衆議院に提出したが審議もなしに同二五日に本会議に於ける記名投票という異常な議決で継続審議を決め、本格的審議は秋の一〇月一四日から一二月二一日までの臨時国会で行われることになった。それも各階各層の反対運動により全く審議に入れずして一二月一九日に遂に政府と自民党はこの法案を制定することを断念し、廃案に追い込まれた。当時と今日の政治情勢は違うが、あの時の運動、闘争の教訓を生かし、急速に運動を立ち挙げて秘密保全法案の国会提出を阻止する必要がある。
当時私は団本部の幹事長をしていて、この機密法案阻止の闘いを五月集会に報告した。その時にこの機密法案阻止の闘いを第一、第二、第三の時期に分けてその闘いの発展を追って見た。第一の期は、五月二八日の自民党総務会の決定と六月六日の国会提出から六月二五日の継続審議の決定、第二期はその六月二六日から一〇月一四日の臨時国会の招集まで、第三期はその国会で廃案になるまで。国会に出した六月六日と継続審議の議決の時点ではマスコミの報道、世論の関心は低かったことを思うと、この六月間の短期間で国家機密法案を廃案にした運動の盛り上がりは極めて注目すべきもがある。
そして、その運動の高揚は政府・自民党やこの法律の制定を推進している勢力の再度の国会提案をも断念させたのである。さて、第一期の運動であるが、言うならば新聞・テレビなどのマスコミ反応は極めて鈍いもとで言うならば自覚的民主勢力の中の闘いであったと言ってよい。でも、一〇の弁護士会が反対決議をしている。
わが自由法曹団はこの法案の危険性を分析して内外に発表し、宣伝と反対運動に取り組んだ。第二期に入ると、わが団の活動は全国的に広がり、学習会、宣伝活動、地方議会へ反対決議の要請活動が行われた。日弁連の刑法委員会は夏の合宿でこの法案の問題点を集中的に討議しその危険性を明かにして各弁護士会の会内の合意形成や法案反対決議やその運動に寄与をした。この第二期に入ってからの特徴は労働組合、民主団体などで結成された「国家機密法阻止連絡会議」の人々による新聞・テレビ・ラジオなどへの法案反対の要請活動が強められたことである。こうした活動を更に高めて第三期に入るのである。この第二期から一〇月一四日の臨時国会の招集と国会開会中に中央・府県・地域に約三〇〇余の国家機密法阻止連絡会議が結成され、地方議会やマスコミ各社への申し入れ活動と請願署名二五〇万を集める運動を展開した。この運動の発展は学会などにも及ぼし、歴学者七六〇余名、法学者五二一名の反対声明となり、更に日本ペンクラブ・シナリオ作家協会・映画監督協会の反対声明など進み世論を盛り上げた。そして、廃案に向けての世論の動向を新たな局面に展開させたのが一一月一三日の日本新聞協会(新聞、通信、放送の一〇六社加盟)の「表現の自由を侵す恐れが強い」と立法に反対する見解を発表したことである。そして、加盟各社はこの協会の反対見解を紙面に掲載し更に社説は論文を載せた。この新聞協会に次いで民間放送各社が加盟している日本民間放送連盟が一一月二一日、日本書店組合連合(全国の小売店一三〇〇が加盟)二七日には機密法に反対する出版人の会が発足し、一二月に入ると日本雑誌協会、日本書籍雑誌協会が反対声明を出すなど言論・出版の全部が反対するに至った。労働組合であるが、一三年ぶりという一一月二八・二九のストを含む一八〇万人の労働者が決起した。これらの反対運動の中で、私達として重視しなければならないのは、日弁連や各弁護士会や弁護士の仲間での活動である。日弁連は一〇月一六日に「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」に対する意見書を発表し同一九日の人権大会において反対決議をした。そして、各弁護士会では全国五二会のうち四九会と関東弁護士連合会・中国弁護士連合会・近弁連が反対し廃案の世論を作るのに大きく貢献した。そして「国家秘密法に反対する大阪弁護士懇談会」の活動であるが一七〇〇名の会員にうち一〇五〇名が反対声明に賛同したなど各地での弁護士仲間での活動も世論形成に寄与した。
これらの運動・闘争にわが団と団員は大衆運動・弁護士会・理論研究・学習会などで廃案に向けての運動の重要な役割を果たしたのである。
中曽根政府と自民党やスパイ防止法制定を推進する人々は、少しばかりの修正をして再提出を狙っていたが、廃案を示現した世論の前にそれを諦めざるをえなかった。
処で、この六カ月間の法案阻止の運動でそれを実現したのであるが、自覚的と言われる人々や団体の並みなみならぬ世論形成の活動があったのである。自由法曹団もその一つである。この法律の危険性をあらゆる角度から分析してそれを発表することを第一義とし、更にそれを基にしての宣伝活動、それと並行しての反対勢力の組織作り、学習活動などである。それと弁護士会、弁護士層の中での宣伝と反対の署名活動などである。情勢は迫っている。運動を開始しましょう。
埼玉支部 大 久 保 賢 一
世論は割れている
福島原発事故の収束はいまだ見えていない。「冷温停止」が達成されていないだけではなく、放射能汚染は拡大し続けている。収穫された米から暫定基準値を超える放射性物質が検出され、子どもたちの累積被曝線量が年換算で一ミリ?を超えたとの報道もなされている。除染や損害賠償も遅々として進捗していない。被災者たちの不安は日々増大している。にもかかわらず、電力会社や政府は、停止中原発の再稼働を急ぎ、原発輸出手続きは進行している。
そして、原発の維持・拡大か、縮小・廃止かで世論は割れている。「日本は二つの領域に分断された。引き続き原発依存型の経済成長と繁栄を求める人々の日本と、今度という今度こそはそこから脱却しなければならないと考える日本に」(山田孝男・毎日新聞編集委員)といわれている。
戦争との対比
ところで、この「三・一一」を「戦争」、「空襲」、「原爆投下」、「敗戦」と対比する言説も現れている。作家・高橋源一郎は、この現象について、「崖から落ちる者の脳裏には、落下していく僅かな時間に、過去のすべての風景がよみがえるという。ならば、『三・一一』という、凄まじい落下は、日本人が忘れていた過去の記憶の封印を解いたのかもしれない。」と指摘している。例えば、フリージャ―ナリスト・綿井健陽は、「東電だけではなく、この国ではマスコミも政治も経済も、お互いにもたれ合うような構造で、『安全な』原子力発電を宣伝する虚構体制を続けてきた。そんな国策の後始末のために、いま実際に危険な放射能を浴びて作業をしなければならない原発労働者は、有事に徴兵される『兵士』のようにも見える。」としている。東京大空襲時に一〇歳であった入江昭・ハーバード大学名誉教授は、「頻繁な停電も、物資の買いだめも、政府から与えられるわずかな情報への不信感も、一九四五年当時のようであった。…特に福島原発事故が深刻化するにつれて高まった不信感、これから日本はどうなっていくのだろうという不安感は、敗戦前夜の心理状態と通ずるものがあったと思う。」と述べている。広島平和研究所講師の高橋博子は、原発事故での政府の対応について、「残留放射線・内部被曝の影響を軽視しつつ、『直ちに影響はない』とするもので、これは、原爆投下時に日本政府が行った、地面に伏せるか建物の陰に隠れれば、『新型爆弾は恐れることはない』と同類のものであった。…大本営発表や核実験当事者が繰り返してきた言説を出し、同じような過ちを犯そうとしている。」と批判している。
いずれの言説も、六六年前に集結した「戦争」との対比で、今回の事態の深刻さと政府の無策を指摘している。これらの指摘は傾聴に値するものである。
確かに、私たちが直面しているのは、あの大戦後の「戦後処理」にも匹敵する困難な課題なのである。しかも、この国はあの戦争を十分には反省していない政府の下にある。その政府と対峙しながら、高度成長期の「栄耀栄華」や「太平の夢」を経験した人々とともに、その事業を達成しなければならないのである。私たちは、国論が二分されていること、政府も議会も財界も知識層もジャーナリズムも、もちろん対抗する勢力はあるが、「脱原発」を優先していないこと、私たちも経済成長の恩恵を受けてきたこと等を視野において、この課題を取り組まなければならないのである。そのための方策を探ってみたい。
何人かの識者の提言
参考になるのは、何人かの識者による提言である。いくつか紹介しておくこととする。ノンフィクション作家柳田邦夫は、「避難者へ見通しを示せ」と提言している。災害や事故に関する情報が被災者や一般国民にとって有効な意味をもつためには、少なくも四つの条件が必要だとしている。(1)何が起きているのか正確な状況把握。(2)これからどうなるのかの見通し。(3)一般の人にもわかりやすいこと。(4)日常から起こりうる事態に対する対応策(避難を含む)についての啓蒙活動などである。その上で、柳田は今回の政府の対応はいずれにおいても失策だったとしている。原発被災者や私たちの想いからすれば、余りにも初歩的な指摘であり、政府の無策・無責任さはここに極まれりというべきであろう。先に紹介した入江昭は、「孤立ではなく世界と連帯」をと呼びかける。「二〇世紀半ばに世界を相手にした日本が、二一世紀初頭に国際社会から支持や支援を受けている。日本としても国内経済や社会の立て直しを図ると同時に、そのような国際社会が一層強固なものとなるように努力を続けていくことが歴史的な任務ではなかろうか。」というのである。原発事故が国境を超える事態であることからすれば、視野に置かなければならない視点であろう。同じく、高橋源太郎は、「原発」のような「政治的」問題は、遠くで、誰かが決定するもの。私たちは、そう思い込み、考えまいとしてきた。だが、そんな問題こそ、私たち自身が責任をもって関与するしかない、という考えに共感を示し、そこに新しい「公共性」への道を見出したいとしている。主権者のあり方と、公共性についての洞察といえよう。文芸評論家・加藤典洋は、「『非核』選択こそ被爆者に応える」としている。国連安保理常任理事国が核兵器国であり、核兵器の使用が国際法違反とはみなされていない中で、原爆被爆者の「核が平和のために転用されることが、気持ちを落ち着かせる面があった。」との言葉を援用しつつ、「原発をどうするか。被爆者のこの認識に照らし、判断されなければならない。なぜ、被爆者たちが平和利用に夢を託するしかなかったか、その背景を見ず、自らの関与を忘れ、安全対策をないがしろにして、私たちは、今回の事故を迎えた。…原爆投下から六六年。私たちもそろそろグラウンド・ゼロに還る必要はないか。これからは、非核の選択が、被爆者たちの祈念に、応える道であろう。」と結ぶ。核兵器廃絶と被爆者支援に多少なりとも携わり、核兵器も原発もなくしたいと考えている私にとっては、心にしみるメッセージである。
海外の識者の主張も聞いてみよう。ゲアハルト・シュレーダー前ドイツ首相は、脱原発について、「中・長期的にみれば経済的、今世紀半ばまでには当たり前になる」としている。ドイツの脱原発への転換の理由は、原子力は人類が制御できない科学技術であること、再生可能エネルギーに投資したかったこと、使用済み核燃料の処分先の解決策がなかったことであるとしている。そして、原発のない世界は可能かとの質問に対して、「私は生きていないかもしれないが、二〇五〇年にはその質問自体が笑われてしまうはずだ。」と対応している。平和学の泰斗であるヨハン・ガルトゥングは、脱原発と東アジアでの非軍事共同体の形成という「二つの大転換」を提言している。民生のエネルギー源である原発も、ひとたび地震や津波で危険な状態にさらされれば、原爆と同様に放射性物質をまき散らす。原爆の被害者であり植民地支配の加害者である事実を受け止め行動する指導者が日本に必要だという見解がその背景に存在している。そして、「苦境を克服しようとする日本に賞賛の気持ちを抱く。力強い市民社会が被災者支援のために一つになり、女性やNGOの伸長など目覚ましい底上げをわれわれは目撃している。」と結んでいる。ノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイは、人類の能力には限界があり、コントロールできない物があることを理解しなければならないとしている。そして、私たちにこう呼びかけている。「自然の力に謙虚になる一方で、勇気と希望を持ち続けなければならない。人類は立ち直れる。太陽は沈んでも再び上る。日本は日の昇る国だ。」。最後に、米国の作家であるレベッカ・ソルニットの「市民は連帯し、政治を変える」という提言にはこのような一節がある。彼女は、大災害で得た力を市民はどう生かすべきかという問いに次のように答えている。「まず、他者を助ける喜びや平常時もそうした助け合いが起きていることを認識する。そして、『社会は競争だ。一歩でも敵を欺けば勝だ』といった偏見にとらわれない。人間は元々苦しくても『意味をもつ苦しみ』は拒まないものだ。また、政府の役割は何か、自分たちはどんな社会を望むのかを、じっくり考えてみることも大事だ。」というのである。
今、求められていること
今、私たちは、直接的かつ具体的には、原発の再稼働を阻止すること、速やかな除染を進めること、適切な損害賠償を獲得すること等の行動が求められている。けれども、その進捗を阻む勢力も厳然として存在し、かつ手強い抵抗の姿勢を示している。この直接的かつ具体的な実践を、最大限進める必要があることはもちろんである。しかながら、これらの課題を実行する上でも、私たちは、この国と人類社会の未来を決することになる歴史的な戦いの渦中にあることも忘れてはならないであろう。
ここに紹介した、被災者に寄り添い、政治のありように異議を唱え、何をなすべきかを示唆している提言は、その自戒の念を私たちに提供してくれているのではなかろうか。(敬称略)
二〇一一年一二月一二日
東京支部 萩 尾 健 太
私は今期から、貸与制に移行した六五期司法修習生の指導担当となりました。一方、議員立法を通じた給費制復活の運動は継続されています。そのことを踏まえて、この問題は決して修習生や若手弁護士だけの問題ではない、と言うことを改めて訴えます。
一 修習生の経済難は弁護士の質を変える
「司法改革」の結果、司法試験を受験するには既習コースで二年、未習コースで三年間は法科大学院に通って卒業しなければいけなくなり、多額の学費がかかるようになりました。そのうえ、これまで司法修習生は、国から給料を支払われて修習をしていましたが、今年の六五期から、二〇万円弱の貸与を受けるだけ、という制度が発足してしまいました。その結果、法律家になったとたんに、学生時代や法科大学院時代の奨学金も含めた多額の借金を背負って活動するか、あるいは、もともと金銭の心配のない金持ちしか、法律家になれなくなることが優に予想されます。すでに、司法試験に合格しても、修習が貸与制になったために経済難から修習を断念するものが出てきている、と聞きます。
現在の二〇〇〇人合格体制のもとでは、そうした傾向が大勢になり、弁護士層の質も替えてしまうでしょう。
二 法曹間格差拡大、法曹一元に逆行する運動潰しの法曹養成制度改革
この経済難の問題を解決するために、ということで、司法研修所・司法修習廃止へ誘導される危険もあります。しかし、それは、在野の立場の弁護士も司法制度の重要な担い手であるため裁判官・検察官とともに国費で養成するという統一修習の破壊であり、弁護士の地位を戦前同様一段低いものにすることになります。
一部には、修習が無くなれば裁判官を弁護士から登用する法曹一元になる、と夢想する意見もあります。しかし、給費制が廃止されるいまの力関係では、「裁判官の独立」を形骸化させる参与判事補=見習い裁判官制度ができ(「法と民主主義」No・四六三・四九頁参照)、法曹一元の芽としての統一修習が潰されるだけです。
統一修習、特に前期修習では、かつて、青法協などの自主的活動が活発に行われ、それが任官者を含めた多くの修習生に影響を及ぼしてきたと思います。新自由主義改革と一緒に労組や民主的運動が潰されてきた歴史からすれば、司法修習破壊の策動は、まさにそうした自主的運動の影響を遮断するのが狙いと考えられます。司法修習の充実、前期修習の復活こそ、自由法曹団が求めていく必要があると思います。
三 給費無く拘束される修習生は奴隷
修習生は、修習をするにあたって、弁護士、裁判所、検察官を手伝って書面作成や判決起案、取り調べの調書作成も行います(それ自体の問題もあり、私は原則として取り調べ修習を拒否しましたが、そのことはここでは措きます)。わたしも修習生に書面作成を手伝ってもらって大変助かっています。検察官の人数が少ない検察庁では、修習生が調書を作成しないと回らない状況のところもあります(このことは、少なくない若手団員から実際に聞いています)。しかし、今後は、そうした労働を無給でやらせようというのです。
貸与というのは借金ですから、従来とは異なり、国家公務員共済組合にも入れません。それにも拘わらず、修習生は修習専念義務が課され、最高裁の命令で全国各地で修習します。無給なのに他の収入を得ることは許されず、自腹を切って引っ越して働かなければならない、というのは、奴隷労働であり、それを国が制度として行うのは、奴隷的拘束を禁止した憲法一八条に違反します。司法自らが憲法違反の制度を作り出すことは重大な問題です。今後は、違憲国賠訴訟も検討する必要があると思います。
四 新自由主義の雇用改革のモデルとしての給費制廃止
これは、法律家だけの問題ではありません。従来、日本の企業は、終身雇用を前提として、新人を給料を払って養成し、高い技術力を誇ってきました。それが、非正規雇用に徐々に置き換えられ、必要な能力を持つ者を必要なときに雇っては使い捨て、労働者は、能力を身につけるために自腹を切ってパソコンや資格の学校などに通わなければならない、という方向に変化してきています。雇用の新自由主義的改革です。そのもとで、企業は短期的には利益を上げても、日本の物作りの水準、そして国際競争力は低下していることは多くの人が知る事実です。
さらに、司法の根幹である法律家の養成まで、自腹を切らなければならなくなれば、たがが外れて、それがおよそ全ての業種に波及し、お金のない人は一生技能を身につけられず身分が固定されてしまう、という身分社会となりかねません。
修習生の給費廃止は、雇用の新自由主義改革のモデルケースなのです。多くの労働者に波及しかねない問題として、反対していく必要があります。
なお、日弁連現執行部に対して、給費制の問題ばかりに取り組んで、派遣法改正の問題に十分取り組んでいない、という批判の声が出されたと聞きました。しかし、それは、いずれも新自由主義改革の流れに由来する問題であることに無理解であり、給費制の問題を単に若い弁護士の問題としか見ない狭いとらえ方による意見であると思います。
事務局次長 斉 藤 耕 平
一一月一五日に発表された民自公三党による労働者派遣法改正案(いわゆる「骨抜き法案」)を断固として阻止すべく、労働問題委員会・大量解雇阻止対策本部は、一二月五日にJR新宿駅西口で街宣行動を行ないました。
当日は、団員七名のほか、全労連、原告の方含め一二名の方にご参加をいただきました。かなり冷え込み、駅前を歩く方々もだいぶ足早でしたが、それでも、積極的にビラを取りに来る方もおり、ある程度関心を持っていただいたのではないかと考えています。用意したリーフレットも、約五〇〇枚が配布できました。赤旗のほか、読売の記者の方も取材に来られ、内容に対するマスコミの関心の高さも窺えました。なお、今回の街宣行動では、通行人の女性が突然街宣カーの上まで上がってきて、音がうるさいなどと苦情を述べるという事件が起きました。あまり想定できない事態でしたが、今後の街宣行動の安全性を図るうえで一考すべき問題であると感じています。
今国会での骨抜き法案の成立は見送られましたが、これはあくまでも廃案回避を目的とした措置であると評価するのが適切であろうと思います。一月の通常国会において、予算審議前のどさくさに紛れて法案を通過させることを目論んでいるなどの噂もあり、まだまだ予断を許さない状況です。二〇一二年も、非正規格差を許さない強い運動をさらに継続する必要があります。
一方、有期労働契約に関し、年内に労働政策審議会労働条件分科会の答申が出るとの動きに合わせ、労働問題委員会・大量解雇阻止対策本部は、「有期労働契約に対する抜本的規制強化を求める意見書」を急遽作成し、一二月一四日、これを労働政策審議会に提出し、記者会見を行ないました。意見書では、有期労働契約締結の際のいわゆる入口規制、更新回数や利用可能期間、不合理な雇い止めへの対応等のいわゆる出口規制について、これまでの団の主張を展開しています。なお、私は、記者会見に先立ち、同日に行なわれていた労働条件分科会を傍聴しましたが、使用者側委員は、入口規制・出口規制に対し、かなり露骨に反対の意思を示しており、例えば、利用可能期間については、七年、一〇年という数字が実際に挙げられており、企業側の相当な抵抗がかいま見えました。事実、その後分科会から出された取りまとめは、入口規制、出口規制につき十分に考慮された内容とはほど遠いものでした。分科会での議論の流れを動かすような世論の形成が必要不可欠だと感じています。
二〇一二年は、非正規労働者の権利実現にとって飛躍の年となるよう、労働問題委員会・大量解雇阻止対策本部は全力で取り組む所存ですので、団員の皆様方のお力添えを是非ともお願いいたします。
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