<<目次へ 団通信1405号(1月21日)
大阪支部 村 松 昭 夫
泉南アスベスト国賠訴訟(一陣)は、昨年八月二五日、大阪高裁(三浦潤裁判長)において驚くべき逆転敗訴の不当判決を受けましたが、八月三一日、原告全員が上告申立及び上告受理申立を行い、その後、全員に対して訴訟救助決定を勝ち取り、一一月二二日には、総力を挙げて上告理由書及び上告受理申立理由書を作成し提出しました。この理由書の提出にあたっては、団員をはじめ、労働弁護団、公害弁連、じん肺弁連など全国各地から実に一〇〇八名の方々に代理人に就任していただき、原告団、弁護団とも大いに励まされております。心よりお礼申し上げます。なお、上告理由書及び上告受理申立理由書は、近々大阪じん肺アスベスト弁護団のホームページ(http://www.asbestos-osaka1.sakura.ne.jp)にアップする予定です。一月一二日には、かもがわブックレットで、高裁判決批判を中心とした「問われる正義―大阪・泉南アスベストの焦点」(六三〇円)を発刊しましたので、是非ご一読いただきたいと思います。また、一二月二〇日には最高裁から記録到達通知があり、係属部は第一小法廷と決まりました。
一二月三日、東京において、一三〇名の参加を得て「最高裁での勝利をめざす首都圏(全国)スタート集会」も開催され、いよいよ最高裁での逆転勝利に向けた闘いがスタートしました。
さらに、二陣訴訟(被害者数三三名)も、昨年一〇月二六日、大阪地裁で結審し、判決言い渡しが今年三月二八日となりました。原告団、弁護団は、何としても、「産業発展や工業技術の進歩のためには生命や健康が犠牲になってもやむを得ない」とする一陣高裁判決を跳ね返す反撃の第一歩にしたいと思っております。
今年は、アスベスト関係では、三月二八日の泉南アスベスト国賠訴訟(二陣)判決を皮切りに、全国六箇所で闘われている建設アスベスト訴訟(アスベスト建材メーカーと国を被告としている)でも、全国のトップを切って五月二五日に神奈川訴訟で判決が言い渡されることが確定し、続いて東京訴訟も四月二五日に結審する予定であり、尼崎アスベスト訴訟(クボタと国を被告としている)も三月には結審が予定されるなど、重要な判決が相次いで言い渡されます。まさに、正念場の闘いが続きます。
アスベスト被害は、採掘、加工、輸送、消費、廃棄の全過程で、労災、公害、廃棄物公害など深刻な被害が発生している史上最大の社会的災害です。わが国では、今なお毎年数千人規模で中皮腫や肺がんなどの被害者が発生し、今後も一〇年、二〇年の長期に亘って被害発生が続くと予想されています。その被害の全面的な救済とこれ以上の被害発生を防止するためには、何よりも国やアスベスト建材メーカーなどの法的責任を明確にすることが不可欠です。そして、泉南アスベスト被害は、わが国のアスベスト被害の原点であり、国の誤りの原点でもあります。原告団と弁護団は、被害の原点を救済の出発点にすべく、引き続き、一陣最高裁、二陣地裁での勝利判決を勝ち取るために全力を挙げる決意です。引き続き、大きなご支援ご協力を心よりお願い申し上げます。
なお、「問われる正義―大阪・泉南アスベストの焦点」(かもがわブックレット)の購入に関しては、弁護団事務局の
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京都支部 畑 地 雅 之
一 「職場復帰」勝ち取る、画期的な和解が成立
(1)本件は、三年の期限付きで龍谷大学経済学部助手を務めていた嶋田ミカさん(以下、原告)が、一回目の契約更新時に雇い止めを通告されたことに対し、少なくとも一回については更新されるはずであったと主張して、学校法人龍谷大学を相手取って、労働契約上の地位確認等を求めた事件です。
(2)二〇一〇年七月に京都地裁へ提訴して以降、計七回の口頭弁論を重ね、審理が続いておりましたが、二〇一一年一〇月中旬より、予定されていた証人尋問の実施をいったん延期し、原被告間で和解に向けた協議を重ねてきました。
(3)そして、同年一二月二二日、被告が雇い止めの意思表示を撤回するとともに、原契約を合意解約したうえ、原告を新たに一年間、龍谷大学アフラシア多文化社会研究センター(全学の研究機関)で雇用するという内容の裁判上の和解が成立するに至りました。
原告は、正式には、本年四月一日より一年間、同センターの研究補助者として雇用されることになりましたが、本和解においては、いわゆる「助走期間」を考慮して、本年一月下旬から正式採用される三月末までの間についても、同センターで臨時雇用されることが併せて合意されました。
(4)本件のような非正規雇用の地位確認請求訴訟、特に、初回更新時の更新拒否事案において、使用者側に雇い止めを撤回させ、事実上の「職場復帰」を実現させる内容の和解が成立したことは、非正規労働者に対して厳しい司法判断が続いたり、勝訴判決を得ても必ずしも職場復帰を果たすに至らない事例も多いなかで、画期的といえます。
(5)雇用期間が一年に限られたこと(和解調書中「更新をしないこと」を明示)やバックペイが無いことについては、原告の思いを最大限満足させる内容とは言えず、不満が残ります。
しかし、(後述するように)初回更新時の更新拒否事案であったこと、契約更新につき「一回に限り更新することがある(二期を超えることはできない)」旨が労働契約上明示されていたこと、そして、上訴審係属中に二回目の更新時期を迎えてしまう可能性があったこと、などが不安材料としてありましたので、原告及び弁護団としては、本件の最大の獲得目標であった「職場復帰」を勝ち取ることを最優先し、和解の決断をするに至りました。
支援者からは、職場復帰の和解を決意した原告に対し、「おめでとう」「ほとんど完全勝利」という祝福の言葉が寄せられました。原告は「和解を受け入れてよかった」「私の事例から、一人でも多くの非正規労働者が勇気をもっていただけたら、それ以上の喜びはありません」と語っています。
二 雇い止めされるに至った経過
(1)原告は、二〇〇七年四月に、龍谷大学経済学部の「特別任用教員(以下、特任)」枠の助手として、三年契約で採用されました。原告の雇用形態は三年の有期雇用でしたが、募集要項には「教授会が認める場合一回に限り更新する事がある」とあり、内規にも「更新することができる」と明記されていたことから、契約更新の道が完全に閉ざされていたわけではありません。また、原告が採用される以前に「特任」枠で採用された経済学部所属の研究者についても、契約更新がなされた実績が多数存在していました。これらの事情から、原告は、少なくとも一回は契約が更新されることが当然の前提と受けとめ、最低六年間は龍谷大学のもとで研究活動に従事することができるものと考えていました。
(2)採用後、原告は、龍谷大学経済学部の専任の助手として、経済学部内に設置されたサービスラーニングセンター(以下、SLC)の運営や、フィールドワーク科目などのサポート業務、および研究活動に従事してきました。SLCは、今後恒常的に経済学部におけるフィールドワーク科目等の支援を担う機関として設立されたもので、決して時限的な機関ではなく、原告の担ってきた業務も決して臨時的な性格のものではないといえます。
(3)ところが、二〇〇九年六月、原告ともう一人の助手に対して、「期間満了」を理由に、二〇一〇年三月末日をもって雇い止めする旨の通告がなされました。
(4)少なくとも六年間は雇用が継続されるものと信じて疑わなかった原告は、すぐに龍谷大学教職員組合に相談し、組合の全面的援助のもと自らの雇用継続を求める交渉を始めました。大学側は、交渉過程において、原告の雇い止めの理由について、「SLCは機能不全の状況にあり、全面的に全事業を見直すこととなった」などと述べて、雇用継続を頑なに拒否しました。結局、原告の要求が受け入れられないまま二〇一〇年三月末日が経過し、原告は雇い止めされました。
三 訴訟の経過など
(1)原告弁護団として、佐藤克昭団員、福山和人団員、そして私の三名が参加し、二〇一〇年七月に提訴。本件訴訟の審理で、原告側は、(1)雇用継続に対する合理的期待があったこと、(2)雇い止め(更新拒絶)に合理的理由が無いこと、をそれぞれ主張してきました。
(2)大学側は、訴訟に至って初めて、「SLCはもう閉鎖した」「原告が働くべき場所はもはや被告(大学)には存在しない」旨を述べるなどして、整理解雇四要件に則して雇い止めを合理化する主張を展開してきました。提訴前の交渉段階で大学側が述べてきたことは、あくまでSLCの継続を前提にした議論でした。このような雇い止め前の説明と矛盾する大学側主張に対して、原告側は、たとえSLCが存続しなくとも、SLCが担ってきた事業は引き続き経済学部内で行われているのであるから、原告の担うべき業務自体は存在しており、やはり雇い止めには合理的理由が無いことを主張していました。
(3)本件は裁判官一人の単独事件でしたが、弁論期日においては、教職員組合や、支援団体「嶋田ミカさんの雇用継続を求める会」のみなさんが毎回多数駆けつけ、傍聴席がほぼ満員となる盛況ぶりでした。「嶋田ミカさんの雇用継続を求める会」は、大学関係者や非正規雇用の問題に取り組む方など三〇名の呼びかけで結成され、一〇〇〇人を超える賛同者が集まりました。
こうした裁判外のとりくみが、社会的反響を呼び起こし、和解の機運を高めることにも繋がったと確信しています。
四 余談
私は、龍谷大学法科大学院の第一期生で、同大学院卒で新司法試験に初めて合格した者の一人です。そんな私が、弁護士登録一年目で、龍谷大学を相手方とする原告弁護団の主任を務めるなどということは、表面的には「母校に対して、恩を仇で返す」が所業に見えなくもありません。しかし、私としては、卒業生として、同大学院が掲げる「憲法がうたう平和・民主主義・人権尊重という理念の実現を担う『市民のために働く法律家』を養成」するとの教学理念に正面から応えただけであります。結果として和解による解決に至ったことも加味すれば、母校・龍谷大学に対する究極の恩返しをすることができたのではないかと自負しております。
行政委員月額報酬条例事件で最高裁で逆転敗訴
滋賀支部 吉 原 稔
一 一五〇〇万人のワーキングプアがいるのに一月に二回の会議に出て、時間はたった三〇分、連合の労働委員の三分の一はサボっている。それなのに、月給二〇万円をもらっている。行政委員と称するこんなノンワーキングリッチが全国に都道府県で二五〇〇人もいる。
こんな非常勤行政委員の実態に、昭和三一年の地方自治法改正以来五二年目にその違法性に全国で唯一人私が気付いて、自分が原告になって大津地裁に提訴した。まさに、ミネルヴァの梟は夕暮れに飛び立った(ヘーゲルの言葉、時代を集約する知恵はその時代の終わる頃にようやく登場する)。一、二審では勝訴し、順調に飛び立ったが、一二月一五日の最高裁第一小法廷の判決で逆転敗訴した。もっとも横田尤孝裁判長が補足意見として、
「この点に関し、原判決は、『今日では、多くの地方公共団体において財政的困難に直面し、首長等が法や条例で規定されている給与を一部カットする非常措置をとったり、職員の給与に減額措置をとるような状況に立ち至っていることは周知の事実である。また、一般にも、より適正、公正、透明で、説明可能な行政運営が強く求められる社会状況になって』いると判示しているところ、その状況認識・指摘自体は妥当なものと思われる。また、被上告人(私のこと)の主張によれば、本件の一審判決後少なからざる地方公共団体において行政委員の月額報酬条例が日額報酬制に改正されているとのことであり、滋賀県においても、同県労働委員会及び収用委員会の各委員(会長を含む)について、平成二三年四月一日から、それまでの月額報酬制を日額報酬制に変更しているところである。
このような社会状況の変化等にも鑑みると、地方公共団体にあっては、当該地方公共団体における非常勤職員の報酬制度につき、報酬額の水準等を含め、法二〇三条の二第二項の趣旨にのっとった適正、公正で住民に対して十分に説明可能な合理的内容のものとなるよう、前記考慮事情を踏まえながら適切かつ柔軟に対応することが望まれる。」
と述べている。これは、最高裁判決にめずらしいリップサービスであるが、せめてもの慰めである。
二 私は記者会見で次のような談話を発表した。
「最高裁の判決は、憲法判断を回避したもので、実態に迫ることなく、形式的判断に終始したもので遺憾である。
私が提起した訴訟の大津地裁判決の後、滋賀県を含めて都道府県の約半分(二九)と数市が条例を月額制から日額制に改正したが、無駄な経費を節減しようとする行政の流れに竿を指す、歴史に逆行する判決である。
最高裁で逆転したが、私が訴訟を提起して行政を大きく変える一石を投じたことに満足している。行政は、この不当な判決を無視して、一層条例の改正を進め、無駄な経費の削減に進んでほしい。」
三 大津地裁判決には朝日、中日、京都新聞が社説で全面賛成論を展開した。全国知事会すら条例改正を提言した。そして二九都道府県と数市が条例で月額制を日額制に変えた。ここまでは想定内であり、二審も勝ち、ミネルヴァの梟は順調に飛翔した。
四 この事件は「想定外」の連続であった。大津地裁判決の後の五月集会(富山集会)で私は「全国で訴訟を起こして勝訴すれば弁護士費用だけで、数億円が稼げる。これを団に寄付すれば団の財政問題は解決する」と豪語した。
しかし、大津地裁判決の後に出された訴訟は一四地裁、四高裁で敗訴した。わずかに勝ったのは仙台地裁のみ。また、判例評釈も大津地裁判決に反対する説ばかりである。東京高裁の加藤新太郎裁判長の如きは第一回弁論で「自分は一審判決の合法説はとらない」と明言しながら、直後に結審して敗訴判決を出した。おそらく最高裁の意向を忖度したに違いない。これは全くの想定外であった。
そこで私は、最高裁行政局が裁判官会同を開いて判例統一を図ったのではないか、これは司法権の独立の侵害だとして情報公開、弁護士会照会をした。その中で最高裁の情報公開は要綱によるものだから公開拒否に抗告ができないのが通説判例であることを知った。この通説判例に挑戦しようと考えたが、裁判官の会同の証拠が掴めなかったので、最高裁を被告とする抗告訴訟と国家賠償請求は断念した。しかし今回の最高裁判決で私の国家賠償請求の原告適格は付与された。後は内部告発を待つばかりである。
第二の想定外は、私はこの事件の争点は憲法九二条(地方自治体の自主立法権)と憲法九四条(法律の範囲内で条例を制定できる)との対立、憲法の矛盾・相克・憲法同士の内輪喧嘩でいずれが優先するかと捉えたのに、一審判決以外にどの判決も憲法裁判所たる最高裁も、この争点に触れなかった。これは全くの想定外で、私の最も不満とするところである。
第三は、この裁判の勝訴が確定すれば給与条例主義により月額制の支給は無効だから行政委員に過去五年分一人平均二〇〇〇万円の返還を求めるつもりであったが、それができなくなった。
しかし大津地裁判決の後、神奈川県の松波知事が全行政委員を日額制に変えたのをはじめ、滋賀県、大津市を含む二九の都道府県、一〇市が月額制を日額制に変えた。
ミネルヴァの梟はそれなりの果実をたくわえたのである。私にとってもこの事件での「新判例開発」と「売名」の目的は達した。その意味では満足している。
東京支部 澤 藤 統 一 郎
自由法曹団岩手支部の菅原一郎先生は、昨年一一月五日未明に亡くなられました。ご家族に見守られ、「幸せだった」という言葉を残しての大往生であったということです。享年七七。まだまだご活躍が期待されるなかでの、惜しまれるご逝去でした。
一二月二五日に盛岡市内でお別れの会が開かれ、先生を慕う三〇〇人余が参列しました。私も列席して弔辞を読み、また多くの人のお別れの言葉を伺いました。
この席で感銘を受けたことは、岩手人々の先生に対する篤い信頼ということです。多くの人が、岩手にかけがえのない人であったと惜別の言葉を語られました。
これに応えて、奥様の菅原瞳弁護士がこうお話しされました。
「故人は、誇りをもって岩手の弁護士を自認し、岩手を愛し、岩手の人々に感謝していました。私たち夫婦は、多くのたたかいの中で、たくさんの岩手の人々と結びつき、岩手の弁護士として鍛えられ、育てられ、支えられてきました」
そのような人生であればこそ、「幸せだった」と稀有な最期の言葉を残せるのでしょう。
東京で生まれ育った先生が、奥様ともども岩手弁護士に登録して盛岡に根を下ろしたのが一九六六年。以来、四五年にわたって岩手に根を張って息の長い活動を続けられ、この地に骨を埋められたことになります。それだけではなく、常々「労働事件をやるために弁護士を志した」と言われた先生の言のとおり、県内の大小無数の労働事件を受任され、嚇々たる成果をあげてもこられました。岩教組事件、県医労南光病院事件、自治労関係事件、国労・全動労事件、岩銀従組差別事件、東北銀行解雇事件、農協労組関連事件‥。岩手の労働運動史のなかに、先生は大きな足跡を残されました。
先生と違って私は盛岡の生まれ。一九七七年から一九八八年までの一一年間を岩手の弁護士として、先生といくつもの事件をともにしました。しかし、岩手の地に骨を埋めることにはならず、信頼はその地の人々とともに生きることから始まるという教訓を噛みしめています。
私がともにしたのは、国民救援会とともに現場でたたかったいくつもの選挙弾圧事件、痛ましい学校事故損害賠償事件、豊田商事を筆頭とする悪徳商法や消費者事件、薬害スモン訴訟などを思い出します。そして、印象に深いいくつかの憲法訴訟。釜石市の市会議員に対する公職選挙法弾圧事件では盛岡地裁遠野支部で「戸別訪問禁止は憲法違反」という素晴らしい判決を得ました。また一〇年余に渡った岩手靖国訴訟では、仙台高裁で、首相の靖国への公式参拝は憲法違反という画期的な判決を得ました。さらに、岩手銀行の女性差別事件では、一審・二審とも、家族手当・所帯手当という名の賃金差別を憲法一四条を引いて違法とする勝訴判決となりました。先生は、各事件の法廷においてだけでなく、運動の面でも終始目くばりを怠らず、弁護団の中心におられました。
先生は、国家秘密法や刑法改悪反対の運動でも、常に献身的に活躍しておられました。その根底には、戦後の民主化の時期に教育を受けた第一世代として、厳しく天皇制や軍国主義を批判し、人権・民主主義・平和を体現する日本国憲法をこよなく大切にする確固としたバックボーンがあってのことでした。
今はなき菅原一郎先生に、心からご冥福をお祈り申しあげます。
東京支部 坂 本 修
久し振りに傍線を引いて読んだ「新たな福祉国家を展望する」(井上英夫、後藤道夫、渡辺治編 旬報社)について、とりあえずのレポートとして筆をとることにした。
本書の構成 本書は、第一部「今なぜ、社会保障憲章、社会保障基本法が必要か」、第二部「社会保障憲章二〇一一」、第三部「社会保障基本法二〇一一」の三部構成になっている。第一部は、本書の総論にあたるもので「対抗構想」の全体像とそれが求められている情勢についての解明であり、問題提起である。ここでは、財界と自民党政権が長年にわたって進めてきた新自由主義、構造改革が大きな“災い”をもたらし、「社会矛盾を爆発させ、その停止と社会の再建を待ったなしにした」ことが明らかにされている。本書は、
(1)国民の要求を反映して政権交代が実現したにもかかわらず、民主党政権が期待を裏切り、「構造改革へのさらなる傾斜」を進めたこと、
(2)しかも自然災害であるとともに、“政治的人災”であることが明らかな三・一一大震災、原発大事故後、野田政権は、「支配層の強い期待と圧力を受けとめて、きわめて積極的な姿勢をとり、そのために事実上の大連立と構造改革型政策の遂行競争が始まっている」「(それは個別の政策にとどまらず)構造改革型国家構想」であることを、豊富な事実と明快な論理で論証し、鋭く告発している。その上で、本書は、では私たちがどう立ち向かうかを総合的、攻勢的に提起している。「対置して示さなければならないのは、構造改革で切り崩された個々の社会保障のあるべき姿だけに止まらず、新しい国家の構想である」とし、「新しい福祉国家」の実現を提起し、その内容を「六つの柱」にまとめている。「柱のなかの柱」といってよい第一の柱は「憲法二五条の謳う、人間の尊厳にふさわしい生活を営むことを保障する権利のための雇用保障と社会保障の体系」である。
第二部では、「新しい福祉国家」の必要性、正当性の理論的根拠を「憲章」として明らかにし、第三部では、第一の柱についての立法と行政の改革案を提起している。各パートは響き合って「新たな福祉国家」の内容と展望をトータルで明らかにするものとなっている。
なにを学んだか 私が第一に学んだことは、社会保障問題の持つ重要な意義そのものである。社会保障をめぐる“せめぎ合い”に参加したことがない私にとって、本書は「目からウロコ」であった。
第二に、第一以上に私にとって新鮮だったのは、悪法、悪政の阻止、告発に止まらずに積極的な「対抗構想」を持ち、具体的な「対案」を提起していくことの大切さである。半世紀を超えて、私は悪法反対闘争に参加してきた。そのことは重要だったし、今もそうだと考えている。この一〇年、それだけでは足りない。多くの労働立法、さらには、目の前の選挙制度「改革」法などに対して、民主的な対案を掲げて立ち向かわなければならないという思いをつよくしてきてはいた。だが、「意あれど力足らず」の歎きがあった。本書での「対抗構想」と「対案」はどういうものであるべきかについての解明は、私にとっては「干天の慈雨」になった。
第三は、本書が「対抗構想」として、個別の「対案」や社会保障についての路線の提起にとどまらず、「新しい福祉国家構想」に踏み込んで提起していることである。財界と民主党政権、そして基本的には「同根」「同軸」の自民党らは、あれこれの反動立法にとどまらず「構造改革型国家構想」の実現に全力をあげてきている。こうした策動に、全面的に立ち向かい、人間らしく生き、尊厳ある人生を実現するには「国家」のあり方を抜本的に変えなければならない。それには「新しい福祉国家構想」を提起し、実現することが不可欠だと本書は語っている。私流に言わせてもらえば「憲法の生きる日本」の国にするということでもある。あらためて、この提起を大切なものとして私は学んだ。
望蜀(ぼうしょく)の願い 多くを学んだ本書についてであるが「望蜀」(「足るを知らない望み」)の思いがある。それは定数削減による議会制民主主義の空洞化、強権政治体制確立の「国家構想」に対する反対と、「対抗構想」として、民意がとどく議会制民主主義の復権、「平等な価値」のある一票の実現のための選挙制度改革の重要性の指摘がもっと欲しかったということである。
「新しい福祉国家」は、「正当な選挙(憲法前文)」による国権の最高機関として役割を果たす国会を必要とする。本書(たとえば、第一部での「第六の柱」)で、この問題にしかるべき焦点をあてて提起する、そして対抗すべき「当面の課題」として、本書が提起している(1)TPP参加、(2)「原発推進維持体制の再建・確立」、(3)「消費税引き上げと社会保障一体改革」、(4)「普天間基地辺野古移転」の次に(5)として定数削減問題の重要性を提起しておくーその方が、問題の重要性と切迫性に照らして有益であり、整合性を持つと思うわけである。
「貴重な一石」の御一読を 「新しい福祉国家」の構想は、語り合えば必ず広範な人々の支持を得られるものだと私は確信する。民意の反映する選挙制度の実現についても、そう思っている。もちろん、こうした構想を実現していくには、理論・政策面でも、運動面でも多くの未知の課題、困難な課題があるに違いない。そのことは直視する。しかし、今、大事なことは激動する歴史の岐路に立って、新しい国家・社会のあり方を大局的、抜本的に「構想」し、多くの人々と語り合うことではないだろうか。真実をつかみとり、語り合ってこそ、要求はみんなのものになる。多くの人々が自らの要求を掲げて、草の根の現場から動き出したときに、“扉”は開かれるーそのことが現実に可能な時代に生きているのだとつよく思うのである。
本書は、新たな時代を開くために必要な大局的な構想について、「貴重な一石」を投じ、“光”を掲げていると確信し、団員のみなさんに、「是非、御一読を」と願って筆をおくことにする。
〈追記 二七人の共同討議にもとづき、三・一一以後の情勢を踏まえて完成させた本書は、新鮮でわかりやすい。その上、二七三頁で一二〇〇円と「格安」です。蛇足のPRとして、そのことを付記しておきます。〉
*書評*
福岡支部 光 永 享 央
自分自身に読ませたかった
普通、書評とは自分が読んだ本を不特定多数の他者に薦めるものであるが、私はこの本をほかならぬ一〇年前の自分自身に薦めたい。
東京で大学生をしていた私は、就職超氷河期といわれていたにもかかわらず、テレビCMのイメージや就職人気ランキング上位の会社を受けて辛酸を舐めた末、運よく滑り込んだ会社で過酷な長時間労働に苦しんだ挙句わずか二年で退職した。
企業名実名の意義
この本は、まさにかつての私のような学生に対し、企業のパンフレットや就職情報サイトには決して書かれることのない企業社会の現実を突きつけてくれる。というのも、この本の前半部分(第一部)は誰もが知っている会社で起きた二一の労働事件を企業名実名で紹介しているからだ。大多数の学生にとって、電通(広告)、中部電力(エネルギー)、日本マクドナルド(外食)、トヨタ(自動車)、キャノン(精密機器)、東芝(電機)など幅広い業種の日本を代表する企業の暗部をまとめて読める機会はそうないはず。サービス残業、過労死・過労自殺、パワハラ、男女賃金差別等の労働問題がいかに日本の企業社会に蔓延しているかをリアルに物語っている。
ワークルールの重要性
この本のもうひとつの特徴は、後半部分(第二部)で、労働法無視が横行する企業社会において自分の身を守り、職場環境を改善するために知っておくべき労基法や労働契約法等の法律知識を「ワークルール」として平易な言葉で簡潔に解説している点である。
弁護士の解説本は正確を期すあまり冗長になりがちであるが、この本では法律の条文は極力排し、労働法の本来のルールがどうなっているか、会社にどのようなことを要求できるのか、どこに相談すればよいのか、という学生・労働者の視点を大事にしている。労働事件で偉大な功績を残してきた著者らだからこそなせる技であろう。
こんな活用法も…
このような良書も、企業名実名がネックとなって大手マスコミ等では取り上げられにくいようである。高校生や大学生の子どもを持つ先生方はぜひ一読の上、近所のパパ友・ママ友にも薦めていただきたい。
それ以外にも、法教育の教材として、労働法に関する講演の際の参考書籍として、あるいはちょっとしたパーティに…用途は無限大と思われる。
(『就活前に読む 会社の現実とワークルール』宮里邦雄・川人博・井上幸夫、旬報社、九八七円)
大阪支部 杉 本 吉 史
二〇一一年一一月二七日に大阪市長選と同時実施された大阪府知事選において、大阪支部の梅田章二団員は奮闘及ばず、勝利には至りませんでした。
御礼が遅れましたが、全国の団員の皆様には支援カンパをはじめとして様々なご支援をいただき本当にありがとうございました。
団大阪支部は、明るい民主大阪府政をつくる会の構成団体として、また梅田さんを知事にする弁護士の会の中心になって、憲法知事の実現と大阪維新の会の「独裁政治」を許さないという激しい闘いに臨みました。
大阪維新の会の両候補は、本来民意を問うべき「教育基本条例案」「職員基本条例案」については選挙戦ではほとんど言及をせず、ひたすら「大阪都構想」で今の政治に対する不満を抱える府民に改革の幻想をあおり、大阪市をぶち壊す候補と既得権を守るための候補のどちらを選択するか、という争点隠しで票を集めました。
しかし、当選後は、「選挙に勝てば、自分たちが『民意』だ。」とばかりに、就任直後から立て続けに、極めて強権的な施策を推し進めています。
大阪府と大阪市が共同で、「府市統合本部」を発足させ、助言役の特別顧問として、堺屋太一、元経済産業省官僚の古賀茂明や原英史、慶応大教授の上山信一などを参加させ、二〇一二年二月からの議会に都構想推進協議会の設置条例案を提案をもくろんでいます。
大阪市では生活保護の不正受給や職員の不正を暴くために、新たに大阪府警から監察職員を多数採用し、大阪府で子どもに対する性犯罪で服役した後の刑務所出所者に対して、居住地の届け出を義務づける大阪府の条例案を次の議会に提出するなど、警察との連携強化が早速にはかられました。
また大阪市では、職員の政治活動について厳しく対処するとともに、労働組合の施設からの退去を進めることを明らかにしています。まさに、我々が危惧をした「独裁政治」が進められています。
そして懸案の二条例については、今の大阪維新の会の姿勢からみれば、この二月からの府議会での「強行採決」が予想されるところです。
選挙後の新聞報道でも、維新の会の候補に投票をした有権者に教育基本条例についてのインタビューを行ったところ、ほとんどの有権者がその内容を理解していないことが明らかになりました。
大阪支部では、『教育基本条例』『職員基本条例』の制定を許さない大阪連絡会の一員として、決して選挙では民意が問われたものではないとして一〇〇万人の署名に取り組むことを決めています。
去る一二月七日に開催された二条例反対集会には、選挙直後で参加人数が危ぶまれる中で、立ち見の参加者を含めて一四〇〇名の参加者を集めて成功しました。新年が始まり、いよいよ二条例阻止のための大きな闘いが繰り広げられることとなりました。全国の団員の皆様には、引き続きご支援のほどをよろしくお願い申し上げます。
東京支部 平 井 哲 史
「就職浪人」四〇〇人!?
今年もフレッシュな新人のみなさんが入所し、早速活躍を始めています。ところが、昨年一二月の報道によると、新六四期の二回試験合格者のうち約四〇〇名が未登録となっています。弁護士登録者が一四〇〇人余りですから、二二%強の人が弁護士生活のスタートを切れないでいるということです。この数字はだんだん減っていくものと思われますが、それにしても高い学費をかけてロースクールに行き、試験に合格してもなお二割以上の人が稼働の場を得られないでいるという状況を果たして二〇〇四年の当時に想定していたでしょうか?
これに加えて、六五期では修習期間中、従前の給費制度が貸与制に切り替えられています。「いったい奨学金を返していけるんだろうか?」、「もし就職口がきまらなかったらどうしよう?」と思い悩んでいる修習生も少なからずいると思います。稼働の場を得ることができず、収入をあげられなければ奨学金を返していくことは不可能でしょう。ドイツでは弁護士の破産もあると聞きますが、そうした状況が日本にも出てきてもおかしくない状況が広がっていく気配です。もしそうなれば、「多額の借金をしてもで目指すのはリスクが高すぎる」として法曹を敬遠する向きが出ることは予想にかたくありません。そうなっては「多様な給源をえる」ことを目的として司法制度改革の理念に逆行する事態となりかねません。こうした不安を解消し、心おきなく修習に専念してもらうために給費制の維持が必要です。
給費制をめぐる状況
昨年一一月に民主党は「暫定貸与制」を打ち出し、給費制復活を求める声に冷や水をかけることになりました。この方針に沿って政府案として「暫定貸与制」とする裁判所法改正案が国会に出されましたが、公明党が給費制を維持する内容の修正案を出し、両案とも継続審議となりました。
通常国会では改めて「暫定貸与制」とするのか、給費制を維持するのかが問われることになりますが、修正案は継続審議の対象とならないため、改めて通常国会に給費制を維持する内容の修正案が出て、これが多数の支持を得ることが必要となっています。民主党も執行部のレベルでは「暫定貸与制」で決定したものの、法務部会では大多数が給費制維持に賛同を示されていたと聞きます。そうであれば、再度野党から修正案が出されれば、政府案が覆る展望もあるということです。
鍵を握るのは国民世論を形で示すこと
昨年の取り組みの際に民主党の有力者から「世論がほしい」ということが言われました。解散総選挙をにらみながら推移することになる通常国会の状況では議員はいっそう世論の動向を気にすることになるでしょう。これは修正案を出す野党側にも言えることです。給費制維持を求める世論の下支えがなければ公明党も再度修正案を出すというところまでいかない可能性もあります。
このため、できるかぎり世論が後押しをしているのだということを示すことが求められているかと思います。日弁連では時間との兼ね合いがあるため一昨年のような個人署名を今の時期に集めることはせずに国会対策と市民集会を軸に考えているようですが、諸課題がある中で各地の単位会で執行部交代の時期ということもあり、簡単には進まないことが予想されます。人任せではことは進みません。
そこで以下のことを各支部でできないでしょうか?
(1)六二期以降のビギナーズネットに加入しておられる団員は、まわりの同期などにビギナーズネットの会員になるよう働きかけていただき、その活動をサポートする。たとえば、各地でビギナーズネットの支部を立ち上げ、そこで弁護士会への申し入れ&共同行動(議員要請や街頭宣伝)をおこなう。
なおビギナーズネットの事務局長は修習前に共同代表をしていた当事務所の新人、山添拓弁護士がなりましたので、六四期の皆さんは連絡がとりやすいかと思います。
(2)六一期以前の団員はビギナーズネットのカンパに協力し、財政的支援をおこなう。
(3)各地の単位会において日弁連同様の、「暫定貸与制ではなく給費制維持を求める」声明が出せないか模索する。(これは会務を担っている上のほうの期の団員に頑張っていただく必要があろうかと思います。)
(4)各地で改めて給費制の維持を求める(単独のテーマでなくてもよいかと思います。)市民集会の実施を模索する。
東京では、二月二一日(火)一八時から、日比谷コンベンションホールでシンポが開かれますので、そこにぜひご参集ください。
対策本部への結集を
自由法曹団給費制維持対策本部では本部執行部および各支部と連携し、また他の団体と共闘をするためのマンパワーを必要としています。また、各地の状況が見えないため情報の提供も募集しています。全国の団員(とりわけこのテーマでは若手の団員)がMLを活用して各地の情報を交流していただくとともに、とりわけ東京の団員となりますが対策本部へのご参加をお願いいたします。次回対策本部会議は以下のとおりです。
一月三一日(火)一〇時〜 @団本部会議室
事務局次長 與 那 嶺 慧 理
昨年一一月に、子どもの権利・教育・文化全国センター(子ども全国センター)で、リーフ「子どものいのち、育ちを大切に」が作成されました。子ども全国センターは、女性団体、文化・スポーツ団体、教職員組合、労働組合など各地の団体・個人が参加しており、憲法・教育基本法、子どもの権利条約の理念に立って、子どもに関わる問題について、情報交換や集会、学習会、行政への要請行動などを行っている団体です。自由法曹団も参加しています。
今回のリーフは、東日本大震災、福島原発事故で破壊された学校教育や各地の子どもを巡る環境の回復、放射能汚染から子どもを守る運動の提起を中心にされています。また、現在問題となっている高校授業料無償化、給付制奨学金など教育の無償化の拡大、三五人学級の実現、学力テストの問題などが分かりやすくまとめられ、各地での取り組みを紹介しています。表紙の震災・津波被害に遭遇した大舘高校の校舎とその生徒の真剣なまなざしの写真も印象的です。
今回の団通信と一緒に送付しておりますのでご覧いただき、ぜひ、各地での教育に関する懇談会や学習会資料等にご活用ください。なお、リーフは一〇万部作成され、参加団体には無償で配布されるとの事です。ご連絡は、
子ども全国センター
(千代田区二番町一二―一 全国教育文化会館五F
TEL〇三-五二一一-〇一三三
FAX〇三-五二一一-〇一三四)まで。
また、団も毎年協賛している全教主催の「子どもと教育を語るつどい」が今年も開催されます。二月二五日、場所は仙台です。「三・一一、子どもと教育は」と題して、震災と子どもを巡る問題について、研究者の基調講演の他、現場からの報告がある予定です。詳細はおってお知らせする予定ですが、ぜひご参加ください。
2・8 「秘密保全法」学習会2月8日(水)午後6時30分
■会場 平和と労働センター・全労連会館 3階会議室
■講師 吉田健一弁護士(自由法曹団改憲阻止対策本部委員)
★団員価格で購入できます。
自由法曹団本部あてにFAXでお願いします。
定価 五二五〇円(税込)→ 団員価格 四二〇〇円(税込)
★ 一〇冊以上のお申込みの場合、送料無料/請求書・振込払い
★ 九冊以下のお申込みの場合、送料実費/代金引換(その場で着払い)
★ ご希望ならば、無料で名入れもできます。(一〇冊以上の購入に限る)