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四位 直毅 *憲法特集*
安倍改憲と立憲主義
石田  享 改憲には八割の同意必要 ―村民による「大嶺憲法」―
香川 志野 『二〇一三 憲法を語ろう!道民集会』が開催されました
廣島 敦隆 五・三広島憲法集会 報告
今泉 義竜 憲法紙芝居ご活用ください
みちのく赤鬼人 安倍晋三の欺瞞を斬る
・・・立憲主義をまもるために ・・・
守川 幸男 九六条問題の論点整理の補強
瀬川 宏貴 「社会権規約委員会・日本政府報告書審査傍聴に行ってきました」
鈴木 亜英 二つの国際人権―日本審査を傍聴して 建設的な対話はできたのか
安部 千春 仁比弁護士の応援を



*憲法特集*

安倍改憲と立憲主義

東京支部  四 位 直 毅

 団通信(一四五二号)の松島暁論稿(「九六条改憲と立憲主義」)の冒頭で、松島さんが私の電話の件にふれている。この機会に、表題の件について私の意見を述べておきたい。

一 安倍改憲の核心

)九条・九六条改憲と立憲主義の否定が、安倍改憲の核心である。安倍政権は、本命の九条改憲のために九六条改憲の先行を策している。二段構えの改憲策動は、九条改悪に反対する過半数の民意をふみにじろうとする点において、また「国民の改憲意思を三分の二の発議要件の壁で妨げてはならない」などの口実を設けて時の政権の改憲要求実現を容易にする点において、憲法を国家権力をしばるものから主権者国民の手をしばるものへと一八〇度転換をねらう暴挙にほかならない。つまりは立憲主義の否定そのものである。

)日本国憲法九九条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」の憲法尊重擁護義務を定めているが、主権者である国民は同条に含まれていない。ところが、自民改憲案は(上記九九条にかわる)一〇二条の一項で「すべて国民は、この憲法を尊重しなければならない。」と定め、二項で「国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員」の憲法擁護義務を定めるものの、現行憲法の「天皇又は摂政」を除外している。ここにも安倍改憲による立憲主義否定が顔をのぞかせている。

)日弁連は「憲法第九六条の発議要件緩和に反対する意見書」(二〇一三年三月一四日)で、九六条改憲案について「国の基本的な在り方を不安定にし、立憲主義と基本的人権尊重の立場に反するもの」と断じている。同連合会は、これに先だつ二〇〇五年一一月一一日、「立憲主義の堅持と日本国憲法の基本原理の尊重を求める宣言」を採択した。同宣言は「日本国憲法の理念および基本原理に関して確認」された「三点」の冒頭に「一 憲法は、すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国家権力を制限し、人権保障をはかるという立憲主義の理念を基盤として成立すべきこと。」を挙げている。

 同宣言は「改憲論議の中には、憲法を権力制限規範にとどめず国民の行動規範としようとするもの」「憲法改正の発議要件緩和や国民投票を不要とするもの」「集団的自衛権の行使を認めた上でその範囲を拡大しようとするもの」などを挙げ、「これらは、日本国憲法の理念や基本原理を後退させることにつながると危惧」し、「立憲主義の理念が堅持され」ることなどを求めている。

 九条改憲をめざして九六条改憲先行をはかる安倍改憲の危険な諸相をいいあてている(宣言案作成には、奈良の宮尾さんらが奮闘した)。

)近代立憲主義の先駆とされるイギリスで、一六八九年に制定された権利章典の契機は、平時における常備軍の徴集、維持と「大権の名を借りて」「王の使用に供するために金銭を徴したこと」などを禁じることであった。「国防軍」と消費税増税をめざす点において、安倍政権と三〇〇年以上前の「王」の姿とは重なりあうのではないか。

二 安倍改憲と国民

)国民はこの数年来、安倍(一次)ノー、自公ノー、民主ノーと国政を動かし、今や「第三極」への疑問と批判へと歩を進めている。三・一一と原発、復興のあり方、TPP、消費税、普天間・オスプレイと安保、アベノミクスと諸物価高の不安などなど国政の根幹にかかわる諸問題に直面して、国民はこの国のあり方への疑問と関心を深めている。

)九六条改憲阻止で、立憲主義を高く明確に掲げて訴えることにより、主権者国民が憲法とは何かについての探求を深め、さらに憲法を守り実現する国民本位の国づくりをめざす方向へと国民認識が展開、発展することをめざして努力しようではないか。

(一三・五・一六記)


改憲には八割の同意必要 ―村民による「大嶺憲法」―

静岡県支部  石 田   享

 現在、反動的改憲をとなえる自民党政権は憲法第九六条の硬性憲法規定を改めようと、政権に追従するマスコミを巻き込んで策動しています。

 しかし、憲法は、そもそも安易に変えられてならないことは、政治史、憲法史の鉄則であり、人類の知恵と思います。

 過日、浜松市博物館に展示されていた、もと大嶺村(現・浜松市天竜区龍山町大嶺)の一〇〇年以上も昔の「大嶺憲法」というものを見学したところ、第一条には「愛と自由と統一とに依る平和を旨とすべし」と高らかにうたい、以下、別紙「龍山村誌」(抄)によれば、村の自治、大嶺民の選挙権、被選挙権、大嶺会議と常議員、大嶺会議の発言の自由など、民主主義的政治の基本が定められており、非常に立派な内容が含まれていました。

 特に、その第二八条には「将来此の憲法の条項を改正するの必要ある時は大嶺民八分(私註、八割)以上の同意を得るに非ざれば改正することを得ず」と定められていました。

 憲法を、たやすく変えるべきでないことは、日本の住民の昔からの知恵でした。人々の「愛と自由と統一と平和」の尊厳を村るため、一〇〇年有余も昔にあっても、山々が連なる天竜川右岸の大嶺村の人々は、安易に変えられることのないようにキチンと定めていたわけです。

 なお、このことは「しんぶん赤旗」の本年五月二四日「東海・北陸信越」のページにも同博物館学芸員の方や日本科学史会会員のコメントを含めて紹介されています。


『二〇一三 憲法を語ろう!道民集会』が開催されました

北海道支部  香 川 志 野

 二〇一三年五月三日午前一〇時から、札幌市中央区のかでる二・七ホールにて、恒例の「憲法集会」が開催されました。集会の様子をご報告いたします。

一 大盛況でした

 当日は桜の蕾もまだほころばないほど寒く、冷たい雨が降る中、客席数五二一席のホールは立ち見客が出るほどの超満員となりました。余裕を持って準備したはずの資料が足りなくなるほどの盛況ぶりに、いかに憲法に対する市民の危機意識が高まっているかを感じさせられました。

二 講演・報告のご紹介

 集会は、北海道憲法会議事務局長の齋藤耕団員による開会の挨拶で始まり、紙智子参議院議員より来賓のご挨拶をいただきました。

 その後、東北大学名誉教授の日野秀逸氏による記念講演「憲法と社会保障で震災復興と原発ゼロを」が開催されました。まずは「震災復興に何が必要であるか」をテーマに、震災から一年、二年が経過した後の復旧・復興の現状と問題点(震災の人災化)を、住まいの状況や震災関連死、仮設住宅入居者の抑鬱傾向等に関する様々なデータをもとに指摘し、その要因と社会保障制度の再建・復興の必要性を説明していただきました。続いて社会保障と税の一体改革の問題点に話が及びました。ここでも貧困の増大や収入の減少、所得格差の増大など現状の課題を、データをもとに解説していただき、社会保障は自助・共助ではなく国の責任で行うべきことや、一体改革の諸問題、社会保障の所得再分配機能などについてお話をいただきました。その他、講演内容は多岐にわたりましたが、「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の実現に向けた社会保障の再生を基軸として、時折ユーモアも織り交ぜながら、非常にわかりやすい講演をしていただきました。日野教授の記念講演に引き続き、「明日の自由を守る若手弁護士の会」共同代表を務める神保大地団員から、「九六条改憲の目指すもの」と題する特別報告がありました。時間の都合上非常にコンパクトな報告でしたが、市民に向けて九六条の改正要件、諸外国の憲法との比較、改正要件を緩和することの問題点が端的に紹介され、自民党憲法改正草案についての勉強会開催の呼びかけで締めくくられました。

三 おわりに

 集会後、客席にいた私は、記者(?)らしき方から、「若い女性が来ているのは珍しいので、意見を聞きたい」と声をかけられました。多くの来場者を前に市民の危機意識の高まりを感じる一方で、関心を持ち、足を運ぶ世代が偏っていることに危惧を覚えます。今、憲法に何が起ころうとしているのかを広く市民に伝え、ともに人権を守っていかなければならないと強く感じます。


五・三広島憲法集会 報告

広島支部  廣 島 敦 隆

 広島では、一九九四年から毎年五月三日に、一部は学者やジャーナリストの方々による講演会、二部は市民による手作り憲法ミュージカルの二本立てでやってきました。憲法ミュージカル二〇周年となる今回は、作成する私たちも六五〇名の観客も熱気があって盛り上がりました。

 一部の福島生まれの講談師・神田香織さんは、『はだしのゲン』の場面を切々と語り、いまフクシマはどうなっているのかについて、東電と国の無策を痛烈に批判されました。しかし、彼女の話の真骨頂は、ネバリ強く、楽しく闘うように元気を与えることにあり、二部のミュージカルにぴったりつながる話でした。

 『憲法の底力―九条改正はイケン』と題するミュージカルの脚本は、二〇作目となる私の作品ではありますが、原案から完成稿に至るまで、色々批判やら注文やら受けて、例年にも増して難産でした。筋書きを言うと、プロローグでは、主人公となる女子司法修習生が、過労死で父を亡くした母子家庭で育ったが、母や兄弟を励ましながら、司法試験に受かった合格祝い(パースデイ)の場面です。

 第一場は、弟の通う画一高校の卒業式での君が代斉唱に対して、音楽教師が君が代を現代語にすることで、生徒に歌の本質や内容の問題性を分からせるという話です。

 第二場では、主人公の司法修習生が、若者の就職難と非正規労働者の貧困についての勉強会に参加して、労働者の権利をどう守るかを議論します。

 その中で、規制緩和主義者の竹中らしき男がテレビから飛び出して、規制緩和の正しさを強弁します。

 この場の終りでは、当日広島で行われる予定の「反原発・若者の雇用を守るデモ」の参加要請をしますが、実際に本集会後、「さよなら原発ひろしま」主催の原発反対ウォークがあり、多くの人が参加してくれました。

 第三場では、広島の井上正信弁護士が先頭を切って頑張っている、秘密保全法の問題点を、交番から取調室、そして法律事務所から警察署へと次々と場所を変えて、主人公の母親が、秘密文書らしきものを持っていただけで、現行犯逮捕され、駆けつけた当番弁護士が、まだ法律が成立していないことを知り、重大ミスをした署長に謝らせるというコメディ。

 その中で、「隠ペイダー」と「公開音頭」という歌と踊りが入るのです。

 第四場が、自分党の憲法改正草案について、「地方の意見を聞く会」という場面で、ヤベ首相や石山幹事長たちと改正反対派のおかしくも、激しい討論となります。主人公ともう一人の希望という名の女子司法修習生が、改正草案の問題性を鋭く追求します。私自身も会場の客席から野次で討論に参加しました。今、現実に国会内外で論じられている論点について、ほとんどすべてカバーしていました。

 フィナーレは、「希望の憲法」というオリジナル(他もすべて)の歌の合唱でした。

四 観客の反応

 今回は、やはり憲法改正問題が毎日の新聞、テレビなどで報じられている為か、例年にない緊迫感が会場にただよっていました。そして、六五〇人余の参加者の中から回収した九〇人のアンケートをみても、脚本の意図を正確に受け取っておられることや、このような劇を強く望んでおられることを感じました。

 終りに、私たち、憲法を擁護しようとする者にとって、現在はピンチには違いないですが、闘い次第では、逆転ホームラン又は憲法の素晴らしさを多くの人に知って頂く、またとないチャンスであると思います。

 そして、その反撃については、あらゆる方法を創意工夫することが必要だと思います。憲法を愛する一人一人に対し、「共にたたかいましょう」と申し上げます。

※ 尚、本講演及びミュージカル劇については、DVDを作成する予定がありますので、ご希望の方は廣島敦隆法律事務所に電話又はFAXでご通知下さい。値段は未定です。

  廣島敦隆法律事務所 電 話 〇八二(二二三)四八〇〇

                 FAX 〇八二(二二三)四八三四


憲法紙芝居ご活用ください

東京支部  今 泉 義 竜

 東京法律事務所は、この度、憲法の価値と自民党改憲案の危険性を伝える憲法紙芝居を作成しました。この紙芝居は、@立憲主義A九六条B憲法の三原則の内容とそれに攻撃を加える自民党改憲案の危険性を一七枚の絵で表現したものです。憲法にあまり関心がない人にも分かりやすく伝えるものにしようと苦心しました。

 これを、学習会の導入部や地元議員の集会等で発言する際のツールとして利用しています。先日私が東京地評女性センター主催で学習会の講師を務めた際には、冒頭に紙芝居を参加者の方々に演じてもらいました。演じていただいた方々は教職員出身ということもあり、弁護士よりもずっと上手にやっていただきました。紙芝居の絵は、チラシを作成する際の挿絵としても活用できます。

 紙芝居は当事務所のホームページから見ることができます。また、笹山団員による紙芝居の上映例を、ユーチューブにアップしています(「憲法紙芝居」で検索)。データご希望の方は、imaizumi@tokyolaw.gr.jpまでメールをください。なお、データを利用される方には、東京法律事務所九条の会への任意のカンパをお願いしています。


安倍晋三の欺瞞を斬る
・・・立憲主義をまもるために ・・・

みちのく赤鬼人

憲法改正の発議要件について
安倍晋三は言うのである。
「二分の一に変えるべきだ。
 国民の五割以上が憲法を変えたいと思っても、
 国会議員の三分の一超で阻止できるのはおかしい」

確かに、憲法改正の発議要件は
「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」である(九六条)
彼には
この条項が邪魔なのだ
しかし、安倍晋三の論理には
幾重もの詭弁がある、
許しがたい憲法原則の無視がある。
主権者である国民として わたしは
彼の欺瞞の論理を拒絶する

彼は
「国民の五割以上が憲法を変えたいと思っても」
と言うのだが、
憲法施行後六六年の間に
「国民が憲法を変えたいと思ったこと」はあったのか
事実をもって答えてみよ
「国民の五割以上が憲法を変えたいと思ったこと」はあったのか
事実をもって答えてみよ
「国民が憲法を変えたいかどうか」の調査を
実施しようとした政権さえも 無いではないか

彼は
「国会議員の三分の一超で阻止できるのはおかしい」
と言うのだが
この国の国会に
「憲法改正案」が提案されたことは一度もない
だから「憲法改正案が審議されたこと」
など一度もない
「国会議員の三分の一超で阻止できるのはおかしい」
と言うのだが
この国の国会で
「憲法改正案の採決」が
「三分の二条項で阻止されたこと」など
一度としてなかったことなのだ

安倍晋三が自説を語るとき 彼は
「自らの立ち位置」を隠している
自分がこの国の総理大臣であることを語らない
権力者である自分には
「憲法遵守の義務」あること(九九条)
を語らない

権力者が自由の領域を拡げれば
国民はその権利が狭められる
国民がその自由を護る為には
権力をこそ縛らなければならない
憲法は 自由を求める闘いの末に
権力を縛る制度 として生まれてきた

恐ろしいことではないか
安倍晋三の論理には
「権力者にもっと自由を」との欲求がある
それは憲法を否定する時代錯誤の欲求

憲法がわたしたちに求めるもの
それは九七条が語っている
「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」を
「将来の国民に」伝えること
わたしは憲法からの
  この呼びかけに応えたい
なによりも
  自分の子どもや孫たちに
  平和のバトンを渡したい

憲法九条渡したい

  いまの九条そのままに

   子どもや孫に渡したい

安倍晋三の

欺瞞の論理を
拒絶する

(二〇一三・五・一二)

宮城県支部  庄 司 捷 彦


九六条問題の論点整理の補強

千葉支部  守 川 幸 男

一 はじめに

 新潟五月集会で配布し、団通信五月二一日号に掲載されたものについて、二項の「情勢の見方の補論」の中に「九六条改正議連ができている」ことを補足するほか、三項の「論点整理」のうちいくつかの項について五月集会での討議を踏まえて若干の補強をしておきたい。

 なお、自由法曹団が五月一六日付で出した「九六条改憲による発議要件引き下げに反対する意見書」は、ほぼ同様の論点整理をしているが、私の論点整理はそれらをほぼ網羅しているうえ、箇条書きなのでわかりやすい点に意義があると思っている。

二 補強(アンダーライン部分)

(7)項 国民主権に資するものか

 「国民の判断する機会が奪われている」との弁解に対する批判を

 その前に国民が選挙で国会議員を選んでいることを忘れた議論

 改正の必要があれば、選挙を通じて三分の二を獲得する努力をすべきもの

 国民投票は、国会の発議した改正案に賛成か反対か判断するのみで、国民の判断する機会が奪われているとか「国民主権」に反するなどという大げさなものではなく、論点のすり替えでは

 不十分な審議による発議がなされれば、不十分な改憲手続法とあいまって、国民の知る権利が十分に保障されないまま国民投票に至ることが予想される

 国民主権や立憲主義に対する浅薄な理解

(8)項 発議要件を法律より低める

 九条を含めた一〇〇を超えるすべての条文が単純多数決で発議できることになる

 法律でさえ以下の四つの特別多数の規定(もっとも分母は「総議員」ではなく「出席議員」)があるのに、発議要件を法律より低くしてよいのか

(別に国民投票の手続は必要だが)

・五五条但書の資格を失わせる争訟 ・五七条一項但書の秘密会

・五八条二項但書の除名 ・五九条二項の再議決

 (当然のことであるが、「改正要件」としていたのは不正確であり、「発議要件」にすぎない)

(11)項 一票の格差違憲訴訟での相次ぐ違憲、無効判決や民意を反映しない選挙制度との関係

 国民の代表としての正当性に疑問をつきつけられている国会に憲法改正の発議をする資格があるのか

 小選挙区制という民意を反映しない選挙制度のもとで、国民の多数の支持を得ていない政権党が提案して国会が発議をしてよいのか

 なお、学問的には、憲法改正権を使って改正規定を変えることは法理論的に問題があるとされてきた(樋口陽一氏)とのことである。


「社会権規約委員会・日本政府報告書審査傍聴に行ってきました」

事務局次長  瀬 川 宏 貴

 四月二九日三〇日に行われた社会権規約委員会の日本政府報告書審査を傍聴するため、ジュネーブの国連欧州本部を訪問してきましたので、本稿で報告します。今回の審査傍聴については五月一一日号の団通信で井上洋子団員から投稿がありますので、本稿では私なりの感想を述べたいとおもいます。

一 何を見てきたか〜日本政府報告書審査とは〜

 社会権規約とは、国連で採択された経済的社会的及び文化的権利に関する国際規約の略称で、日本は一九七九年に批准しています。同規約では、労働の権利、社会保険その他の社会保障についての権利、相当な生活水準に対する権利、教育についての権利などが定められています。

 社会権規約には、締約国による社会権規約の履行を確保するための実施措置として、国家報告制度が設けられており、各国が条約上の義務の履行状況を国連の社会権規約委員会に報告することになっています。社会権規約委員会は、報告書の審査を行い、締約国に対する懸念と勧告を表明します。今回は、三回目の日本政府報告書審査で、二〇〇九年一二月に日本政府が提出した報告書を審査するものでした。今回の審査を受けて五月一七日に勧告が出る予定になっています。

二 カウンターレポートとNGOミーティング

 日本政府報告書は、適切に条約上の義務の履行を行っているというもので、政府に都合の悪い日本の実情は記されていません。そこで重要になるのがNGOの意見です。規約委員会は、政府報告書とともにNGOが提出したカウンターレポートを事前に読んだ上、審査に臨みます。加えて、審査日前日に、規約委員会の委員とNGO代表者によるNGOミーティングが行われ、NGOの代表者による意見陳述と、委員による質疑が行われます。

 四月二九日に行われたNGOミーティングでは、国際人権活動日本委員会(団も構成団体の一つ)、日弁連、ヒューマンライツ・ナウなど計一六団体のNGOが参加しました。NGOミーティングは、すべて英語でやりとりされ(本審査では同時通訳が付きます)、NGOの代表は、原稿に推敲に推敲を重ねてミーティングに臨んで意見を述べ、委員からの質問にもその場で英語に適切に回答していました。

 印象的だったのは、NGOの代表が非常に立派に意見を述べている点と、規約委員会の委員は明らかにカウンターレポートを読み込んだ上でかなり突っ込んだ質問をしていた点です。NGOの意見を「聞き置く」などというものとはかけ離れたものでした。

三 本審査の様子

 四月三〇日に行われた本審査は、一〇時から一三時、一五時から一八時の計六時間行われ、委員からのコメント・質問に日本政府の代表者(外務省など各省の官僚)が答えるという形式で進められました。

 審査の全体的な印象としては、各委員の具体的、詳細かつ熱心な質問に対し、政府の担当者(外務省が大使及び課長クラスで、各省の担当は二〇〜三〇代の若手中心)は、日本語で、官僚答弁を繰り返すというものでした。

 委員の質問姿勢は礼儀正しく、謙虚に政府担当者と対話をすることで日本の現状の理解を深めたいというものでしたが、質問内容は、儀礼的なものではなくNGOの報告も取り入れた踏み込んだものでした。日本担当委員からは、はじめに、日本政府報告書の全体の特徴として透明性に欠ける点があるという趣旨のコメントがあり、これは政府に厳しい審査となるなと新鮮な驚きを覚えました。

 その他、印象的なやりとりを述べると、委員から原発の問題は規約のどの条文の問題というものではなく条約全体の問題であり、次回報告には福島の原発の問題の詳細な報告を求めるという発言があった点、日本の相対的貧困率は一五・七%という統計があり、これはメキシコ、トルコ、アメリカに次いで高い水準であるがという質問に対し、政府担当者から日本の生活保護受給者は約二〇〇万人でありそのような統計は信用できないという回答があったこと(この統計は厚労省の統計であり、貧困層イコール生活保護受給者としている点で乱暴な回答であった)、非正規雇用について政府担当者が、労働者と企業の双方のニーズで増加してきたという説明をしていた点などでした。

 これらのやり取りを読むと、規約委員会に言いたいことがある団員がたくさんいらっしゃると思います。そのような方は是非次回のカウンターレポートの作成にご協力いただくことを提案します。団の取り組みを委員会に伝えることは、日本の人権状況の具体的な問題点を規約委員会にリアルに伝えることにつながると思います。


二つの国際人権―日本審査を傍聴して 建設的な対話はできたのか

東京支部  鈴 木 亜 英

 私はジュネーブ国連人権高等弁務官事務所で行われた、本年四月三〇日の社会権規約第三回政府報告及び五月二一、二二両日の拷問等禁止条約第二回政府報告の各審査を傍聴した。いずれも日本が批准した人権条約であるが、両者に強い近接性があるわけではない。しかし、人権条約に対する日本政府の対応には共通するものがあり、興味深い事実に遭遇したので報告したい。

 審査機関としての社会権規約委員会及び拷問等禁止委員会はともに条約上の監視機関であり、国連そのものの機関ではない。「監視」と云ったが、締約国が批准した国際人権条約がそれぞれの国において尊重され、活用されるなど効果的な実施がなされているかをこのような審査を通じて促してゆくと云った意味合いが強い。また審査はコンシダレーションと呼ばれ、熟慮に基づく意見交換と云ったもので、そのやり取りは「建設的な対話」を旨とするとされている。それぞれの条約の保障する権利は多岐にわたるから、おのずから課題も多く、わずか五、六時間の審査では、それまで相当の準備を重ねたとしても時間不足は否めない。すべてを紹介することはとても無理であるが、日本政府の人権対応がどんなものであるかを見るために両条約を通じて三つの課題を取り上げたい。

 一つ目は、中高等教育の無償化プログラムの問題である。日本は一九七九年の社会権規約の批准に際し、中高等教育の無償化の漸進的導入条項(規約一三条二項(b)・(c))を留保した。これまでこれを留保していた国は後発開発途上国のマダガスカルとGDP三位の先進国日本の二国のみであった。日本は昨年二月、この留保を撤回し、審査ではこの報告があり歓迎された。遅きに失したとはいえ、それ自体は喜ばしい措置である。しかし、実態はあまりにも醜い。相対的貧困率はひとり親世帯では五〇・八%にのぼり、先進三〇ケ国中、最下位。教育費の家計負担は年々その重さを増し、OECD調査で、教育費の公的負担割合は高等教育段階で、〇・五%と、同じく先進三〇ヶ国中最下位。リストラ、非正規雇用による収入激減は核家族化と離婚を誘発し、頑張ってもそれから抜け出せない状況は最早日本社会の特徴とすらなっている。家計の貧困化はそのまま進学率や学生生活の貧困化につながっている。授業料の無償化だけでは、食費・交通費等は賄えず、有利子返還の奨学金が七五%を占める奨学金制度も、お金の心配なく学びたいと思う多くの学生の願いに答えていない。批准留保の撤回をこうした問題の解決に向けての弾みにしたいところである。

 ところが、この改善への契機とは裏腹に、朝鮮学校を「無償化」から適用除外し続ける日本政府の人権感覚は腑に落ちない。数名のチマチョゴリ姿の韓国NGO女性がこの適用除外を人権侵害とするアピールのために審査を傍聴していた。委員会から無償化適用の「除外」を問われた日本政府は、北朝鮮政府の拉致問題、砲撃事件、ミサイル発射問題、政治体制、民族教育等々をあげ、無償化措置は、日本国民の意識がこれを許さないと説明した。北朝鮮政府の政策のあれこれを以って、日本で学ぶ子らの教育を受ける権利を制限することはまさに出身による差別であり、このような差別があってはならないのは当然であろう。死刑制度議論を持ち出すまでもなく、日本政府は常々、その制度や政策を固守するために、国民世論を持ち出し、これを正当しようとしてきた。人権が国民の多数意見によって左右されることがあってはならないことからすれば、日本政府の教育の無償化条項の留保解除も単に国民の視線を気にしてのそれだとすれば、日本政府の人権に対する立ち位置も不確かと云わざるを得ない。

 二つ目は、従軍慰安婦問題である。自由権規約委員会、女性差別撤廃委員会は云うに及ばず、今回の二つの委員会のいずれにおいても度々問疑されてきた課題である。今回の審査で日本政府は、この問題は(一)七〇年前の出来事であり、社会権規約及び拷問禁止条約発効以前の問題であって、条約の適用はない、(二)すでにサンフランシスコ平和条約と二国間の平和条約で解決済みである、(三)村山談話、河野談話、アジア女性基金などで謝罪・賠償済みであると跳ねつけた。この硬直的態度はこれまでのすべての審査に共通のものである。とりわけ傍聴していた韓国NGOを意識してか、日本政府代表団団長である上田秀明国連大使は「(日韓)平和条約で解決ずみなんだ」と突然声を張り上げた。

 「従軍慰安婦」問題は正に謝罪とは何かが問われている。騙され、さらわれ、強制され、性的奴隷となった女性たちに対する、政府による眞の謝罪と賠償と再発防止が求められているのである。アジア女性基金の運用だけでなく、安倍首相の河野談話の見直し発言、橋下大阪市長の「慰安婦」必要発言などが相次ぐ今日。委員は「最近の不運なトーン」にも触れ、ドイツの解決を見習えと諭し、教科書記述の必要、歴史教育の大切さも説いた。だが審査の席上で「解決ずみ」を叫ぶ上田国連大使に日本政府の歴史認識の危うさを感じたのは傍聴者のすべてであり、私だけではなかった。多くの委員が言及したこの問題は拒絶的な日本政府の対応により、来年の自由権規約の審査でも改めて問題が問われることになるだろう。

 三つ目は被疑者の取調べの問題である。代用監獄の廃止は自由権規約委員会及び拷問禁止等委員会のかねてからの勧告であるが、即時の廃止が困難だとしても、改善は可能だとして、二三日の長期に及ぶ取調べ、深夜に及ぶ取調べ、取調べの録画録音、また取調べ時の弁護人の立会権がないことなどの問題が次々と質問の対象となった。そんな中モーリシャスのドマ委員だったと思うが、自白偏重捜査に触れ、「自白に頼った手続きは中世(社会)のやり方、中世の名残。こう言った制度から離脱して国際標準に合わせたらどうか」と迫った。審査の終わりに上田大使が、この発言を取り上げ、「中世社会だと云われたが…」と口を切り、「日本は人権の先進国のひとつだ」など開き直ろうとした。途端に委員も含め会場に含み笑いが漏れた。私も笑った。ジョークのひとつでも飛ばすのかと思ったからだ。しかし、上田大使は突如大声で、「今笑ったのは誰だ。(人差し指を振りかざし)シャーラップ!シャーラップ!」と叫び、怒りをあらわにした。余りのことに会場は静まり返ってしまった。

 人権侵害実態を尋ねる委員らと、法の備えが完うしているから人権侵害は存在しないとする日本政府のやり取りは平行線を辿り、歩み寄るところはほとんどなかったが、それでも委員らの質疑と日本政府の回答は意見交換の域にあった。

 しかし、上田大使の傲慢不遜なこの態度は居並ぶ委員や傍聴のNGOを見下したもの以外の何ものでもなく、人権状況の審査を貫く「建設的な対話」の精神は審査の最後で台無しとなってしまった。まさに中世社会の暴君を見たようで、驚きと怒りと失望の入り混じった複雑な気持ちを抱えながらNGOが会場を後にしたのはそれから間もなくであった。

 日本政府は人権条約をどう考え、審査をどう受け止めているのかそんな思いが沸々と湧き上がってきた。委員からはしばしば日本は進んだ国のリーダーとして世界の模範になって欲しいという励ましの言葉を受けながら、日本政府のこの態度はこれに答えることなく裏切っていると云わざるを得ない。大型代表団を送り込む前に、そしてあれこれの人権に紋切り型の答弁をする前に、日本政府は日本が批准した国際人権と謙虚に向き合い、その襟を正す態度を身に着けるべきではなかろうか。


仁比弁護士の応援を

福岡支部  安 部 千 春

自由法曹団の国会議員

 私は昭和四六年四月に弁護士になった。二三期である。

 七〇年代の遅くない時期に民主連合政府をと言われた時期には松本善明氏をはじめ、多くの自由法曹団員が国会議員になった。福岡県だけでも諌山博氏と三浦久氏が国会議員になった。

 しかし今では元国会議員で、国会をめざしている自由法曹団員は仁比そうへい弁護士だけになった。寂しいし、何としても仁比弁護士に国会で活躍してもらわなければならない。

 赤旗の平成二四年四月二三日から二八日まで西日本のページには六回のシリーズで仁比そうへい物語が掲載された。インターネットで仁比そうへいで検索すれば彼の活躍が載っている。

仁比弁護士の誕生

 私は弁護士になって直後から八幡から千葉県君津市の新工場への配転命令無効の裁判を担当した。三浦久弁護士がすでにこの配転命令の効力停止の仮処分を勝ち取り、私はその本案訴訟を担当した。原告と弁護団、支援の会を含めた弁護団会議は支援の会の事務局長だった仁比氏のお父さんの自宅で行われた。

 結局この裁判は原告がこの転勤命令の有効を認め、被告新日鉄は君津から八幡への新たな転勤命令を原告に出すという和解で終了した。被告新日鉄は形式をとり、私たちは転勤をしなくてよいという勝利の和解を勝ち取った。

 仁比氏が弁護士になってからは八幡から千葉県富津市への転勤無効の裁判や岡崎工業等への出向無効裁判を一緒にした。

仁比弁護士への支援拡大を

 参議院選挙の比例区は、日本共産党の政党名を書いた得票と仁比そうへいなど候補者の個人名を書いた得票の合計に比例して、日本共産党に議席を配分し、そのなかでは個人名の得票の多い候補者が当選となる。仁比弁護士は、〇四年は個人名得票が三位で当選したが、一〇年は個人名得票が四位で日本共産党への議席配分が三議席だったので落選した。

 仁比弁護士に国会で活躍してもらうには、個人への支援を広げることが必要である。

 日本共産党の比例区の各候補者は世間一般でも有名で、全国的に個人名得票を積み上げている。これらの候補者と比較すると仁比弁護士は自由法曹団の中では有名人でも、世間一般での知名度は劣る。そのために九州・四国・中国地方以外では、仁比弁護士の個人名得票はあまり出ていない。だから、ますます仁比弁護士への応援を強めなければならない。

 黒崎合同法律事務所の事務所ニュースは通常、七月末か八月初めに出すのだが、今回は有名人の東敦子弁護士と仁比そうへい弁護士の対談記事を載せ、六月に発行する予定にしている。これは宮崎中央法律事務所のニュースを真似た。事務所ニュースで仁比弁護士を宣伝できるところはお願いします。

ひょうきん弁護士

 黒崎合同法律事務所のホームぺージを作り、ひょうきん弁護士を一〇日に一回書いていると団通信に書いたら、その日は七三七のアクセスがあった。普通は一日一〇〇位のアクセスしかないので六〇〇位が増えた。自由法曹団は二〇〇〇人位なので三割の人がアクセスしてくれた。私にはひょうきんな面はあるがこれは一割位で、残りの九割は真面目そのもので、ひょうきん弁護士も一〇回に一回くらいしか面白くない。そこであっという間にアクセスは元に戻った。下りのエスカレーターに乗っているようなものなので、新規を増やさなければならない。五〇年ぶりに一度も出なかった宗像高校の同窓会に出て、宣伝をした。疲れた。