<<目次へ 団通信1471号(11月21日)
田中 隆 | *秘密保護法特集* 秘密保護法の陥穽(わな) |
加藤 健次 | 国家公務員を起点に多くの市民を監視下におく秘密保護法案 |
青木 努 | 秘密保護法反対の埼玉弁護士会パレード |
中谷 雄二 | 秘密保護法廃案へ向けての愛知の取り組み |
毛利 崇 | 京都における秘密保護法反対の取り組み |
柳澤 尚武 | 小選挙区だけではないプエルト・リコの選挙制度 |
杉本 朗 | ナショナル・ロイヤーズ・ギルド(NLG)の総会に行ってきました |
玉木 昌美 | 笠木透コンサートを全国で開催を |
太田 啓子 | 憲法への関心を拡げるための実践 |
笹山 尚人 | 東京地評労働相談弁護団の総会 |
杉山 佐枝子 | いわきの広田次男団員を迎えての八月集会成功する。 |
山川 真季 | 「八月集会―東北からの視点―」 |
庄司 捷彦 | *岩手・安比高原総会特集* 安比総会・見聞記 |
田井 勝 | 事務局次長就任のご挨拶 |
佐野 雅則 | 本部次長就任のご挨拶 |
鶴見 祐策 | 税務行政の新たな傾向と対策の必要性 |
市民問題委員会 | 『税金裁判の手引き』が発行されました |
*秘密保護法特集*
東京支部 田 中 隆
一 謎の管理・管制システム
「二つの秘密法制・・三〇年のときを経て」などという論稿を起こしたこともあって(団通信一四六七号)、秘密保護法に忙殺されるようになってしまった。三○年前の国家秘密法と一〇年前の有事法制にいずれも対応した立場だから、「やむなし」というところか。
対策プロジェクトの緊急検討の成果は、緊急意見書「徹底解明 秘密保護法案」に集約されている。コメンタールを起稿したのは事務次長を中心とした若手メンバー、いまのところ類書のない逐条解説でもあり、ご活用をいただきたい。
国家秘密法との最大の違いが、前者にない管理・管制システムが組み込まれていることにあることは、頭書の稿でも指摘した。その管理・管制システムの運用をあれこれシミュレートすると、まことに妙な構図が浮かび上がる。
法案によれば、特定秘密の指定は「行政機関の長」が行い(三条)、「必要があると認めたとき」には「行政機関の長」が他の行政機関や外国に提供できることになっている(六条、九条)。「長」は、指定したことを公表したり、国会に報告したりする必要はなく、「なにが秘密か」は「国会にも秘密」「国民にも秘密」である。
ここまでは、だれでも指摘する基本構図である。
だが、「秘密」はそれにとどまらない。指定や提供を行うとき、「長」は内閣総理大臣の承認を得る必要はなく、指定や提供をしたことを内閣総理大臣や内閣に報告する必要もない。法文に「内閣総理大臣」はまったく登場せず、「内閣」が登場するのは、三○年を超える指定を行う際の内閣の承認とそのための内閣への提供の場面だけである(四条四項)。
するとどうなるか。
指定した「長」は、三〇年待たなければ特定秘密を「内閣」に提供することはできず(四条四項の反対解釈)、「長」が内閣総理大臣に漏らすと漏えい罪が成立することになるだろう(二二条一項に「公的な行為」や「公共目的」の除外はない)。要するに、「なにが秘密か」は「内閣総理大臣にも秘密」「内閣にも秘密」なのである。
緊急意見書等で指摘しているとおり、秘密保護法は有事(武力攻撃事態等)にも適用される(というよりそれが本領域の)軍事法である。その武力攻撃事態において、出撃する自衛隊の「最高の指揮監督権」は内閣総理大臣に属している(自衛隊法七条)。
「最高司令官に軍機を漏らすと漏えい罪になる」ような軍事法体系のもとで戦争ができると、政府・与党は考えているのだろうか。まさかと思うが、「平和憲法を持つ国では戦争はできないから、情報は集まらない方がいい」とでも、思っているのだろうか。
二 「縦割り分権」の秘密保護法
戦争の問題だけではない。
「内閣総理大臣」や「内閣」が登場しないことに見られるように、秘密保護法にはきわめて「縦割り分権性」が強い。指定や提供が、それぞれの「行政機関の長」の自己完結した権限とされているところに、その性格が如実にあらわれている。
その「行政機関」には、防衛省や外務省などの「防衛」「外交」を扱う官庁だけでなく、復興庁や原子力規制委員会、公安調査庁といった官庁も含まれている。
こんなことも起こり得るだろう。
*復興庁は、原子力発電所のある○○県××市の防潮堤の構造を、テロ攻撃やゲリラ攻撃に対する安全保障上の理由から特定秘密にした。この特定秘密はどこにも提供されなかった。
*原子力規制委員会は、再稼動をはじめた□□県△△原子力発電所の安全性やセキュリティを、テロ対策の必要性から特定秘密にした。この特定秘密は警察庁にだけは提供されたが、□□県知事はおろか、内閣総理大臣にも知らされなかった。
*公安調査庁は、在日●●人団体の構成や動向を特定秘密に指定し、内閣総理大臣に無断で■国に提供した。この情報は、■国の■CIAによって活用された。
これでは、秘密保護法によって、「行政機関」による情報独占と恣意的操作を保障していることにしかならない。
その独占や操作を、これらの「行政機関」を実質的に動かしている高級官僚が掌握することになることは自明だろう。内閣が変わるたびに顔が変わり、専門的技術的知見を有しているわけではない閣僚による制御は、ほとんど期待できない。そもそも、公安調査庁長官の法務大臣への報告すら、義務づけられてはいないのである(報告すると漏えい?)。
国民や国会が知らないところで、こうした情報の独占と操作が行われること自体許しがたいが、そのことはひとまずおこう。
地元自治体も政府も知らないまま、「防潮堤の構造」や「原発の安全性やセキュリティ」が秘匿されるようで、果たして住民の安全が守れるか。内閣総理大臣も外務大臣も知らないところで治安情報が流出して、まともな外交ができるか。こんなことで内閣は、憲法に託された行政権(六五条)を行使できるか。
ここで問われているのはこのことである。
だが、秘密保護法には、こうした「官僚の独占」や「情報の流出」を抑止する仕組みは設けられていない。
あの複雑怪奇で精緻きわまる管理・管制システムは、システムを構想し法文を起稿した高級官僚が、情報の独占と操作のために、政府にしかけた陥穽なのではないか・・そんな疑問すら生まれてくるのである。
三 秘密保護法の孤立と暴走
いかに戦争を効率的に行うか・・この一点だけを考えれば、権力・権限を集中し、指揮命令系統を明確にし、反対世論などの阻害要因はすべて排除すればいい。これが「軍事合理主義」の必然的帰結である。だから、「国家安全保障会議(日本版NSC)設置法」に情報集中を義務づける規定が挿入されたことは、その限りではうなずけないではない。
他方、「軍事合理主義」によって臨戦態勢を強化すれば、軍事的緊張と発動の衝動を高まらせ、戦争そのものを呼び寄せる。だから、非戦平和のためには軍事法体系そのものを否定しなければならない。これが、有事法制以来の、基本的な対抗である。
集中と統制を本質とする軍事法体系のなかで、秘密保護法はある種の「孤立」を保っている。国会や地方自治体・住民を組み込んだ有事法制との抵触・相克は頭書の拙稿で指摘したとおりだが、前記のとおり、行政権の一体性や自衛隊の指揮権などとの関係でも、抜き難い矛盾や抵触をきたしている。軍事法としては、欠陥法とでも言うほかはないだろう。
第一次安倍政権が生み出した「未完成の欠陥法」=改憲手続法は、国民的批判のもとに凍結を余儀なくされ、強行より六年半をへた第二次安倍政権のいまに至ってもいまだ「解凍」できていない。
だが、仕組まれた「軍事欠陥法」=秘密保護法が強行されれば、法文に記述されていない部分を含めて、軍事態勢が秘密裏に動き出すに違いない。国民の認知を要する改憲手続(国民投票手続)と違って、軍事態勢構築は本来的に「密行性」を旨とするからである。
「軍事欠陥法」の暴走ほど危険なものはない。
秘密保護法は欠陥法であるがゆえに、なおさら阻止されねばならないのである。
(二〇一三年一一月一四日脱稿)
東京支部 加 藤 健 次
一 はじめに
秘密保護法の本質は、国民に知らせたくない情報を政府が秘匿し、この秘密を暴露しようとする動きを刑罰の威力で封じ込めるところにある。その意味で、秘密保護法は、国民の知る権利、言論表現の自由(報道の自由、取材の自由)と真っ向から衝突する。
もう一つの本質は、秘密保護を口実として、秘密を取り扱う者を起点として、広汎な市民を日常的な監視下におき、プライバシーを侵害する点にある。
国公法弾圧・堀越事件では、公安警察が、国家公務員の政治的行為の禁止規定を悪用して、堀越氏を文字どおり二四時間の監視体制下におき、尾行・盗撮を行った実態が明らかとなり、大きな反響を呼んだ。この事件の経験も踏まえて、秘密保護と国家公務員という視点から、秘密保護法の危険な本質を考えてみたい。
二 すでに進められている国家機関の「公安化」
秘密保護法案一二条は、特定秘密の取扱業務を国家公務員に対する適性評価を実施するとしている。調査対象は、(1)スパイ活動、テロリズムとの関係、(2)犯罪及び懲戒の経歴、(3)情報の取り扱いに係る非違の経歴、(4)薬物の濫用及び影響、(5)精神疾患、(6)飲酒についての節度、(7)信用状態その他の経済的な状況の多岐にわたる。(1)の調査対象は本人のみならず家族にも及ぶ。「関係」の調査だから、その対象は、友人、知人、関わっている団体などにも当然及ぶことになる。
実は、国家公務員については、すでに秘密保護を口実とした広汎な調査が実施されている。「カウンターインテリジェンス機能の強化に関する基本方針」(二〇〇七年八月九日)に基づき、二〇〇九年四月から「秘密取扱者適格性確認制度」として、本人に知らされまいまま公務員の身辺調査が実施されている。二〇一三年六月三〇日現在、二三の府省庁等で六万四三八〇人(うち防衛省六万四八〇人、外務省二〇一四人、原子力規制委員会五二人など)が特別管理秘密の取扱者とされている。
「しんぶん赤旗」が入手した防衛省の内部資料によれば、自衛隊員は一九項目にわたる「身上調査書」を記入させられている。調査項目の中には親族、交友関係、所属団体(現在・過去を問わず)までもが含まれている。その結果、自衛隊員のプライバシーが丸裸にされるだけではなく、市民の個人情報が本人の知らないところで収集されている。
秘密が指定され、その秘密を取り扱う担当者を決めてから「適性評価」を行うというような「泥縄」はまず考えられない。適性評価を実施するには、日頃から広汎な調査対象に関する情報収集を行う体制が不可欠となるだろう。
自衛隊には内外の情報収集を任務とする情報保全隊が存在し、公安警察と同様に市民を対象とする違法な情報収集活動を行っている。秘密保護を口実とする「適性評価」は、行政組織全体を「公安化」させるおそれが大である。
三 広汎な刑罰規定の危険性
秘密保護法案では、特定秘密の漏洩、取得に関して、未遂犯、過失犯までが処罰の対象とされ、共謀、独立教唆、扇動も処罰の対象となっている。
この規定の存在によって、いったん秘密が漏洩された、あるいはそのような動きがあったという情報がキャッチされた瞬間、「犯罪捜査」の名の下に、特定秘密の取扱者を起点として、周辺の職員、友人、知人、つきあいのあるマスコミ関係者、運動体のメンバーなどが「捜査」の対象となり、情報が収集されることになる。
堀越事件では、政党機関紙を配布したというだけで、大がかりな監視、情報収集が行われた。「秘密保護法違反」ということになれば、その対象はこの比ではないだろう。
そして、捜査の対象となっている「秘密」が何なのかはわからないのだから、本人がまったくあずかり知らないところで、公務員と市民のプライバシーが侵害されることは必至である。
四 公務員の人事の公正を歪める「適性評価」
法案は、適性評価に同意しなかったことを利用、提供してはならないとする(一六条一項)。しかし、同意しない公務員は特定秘密を取り扱う業務には従事できないことになる。上級の官職になるほど「特定秘密」を取り扱う可能性も大きくなるであろうから、同意しなければ事実上の不利益を受ける可能性は高い。
さらに法案は、国家公務員について、行政機関の長が適性評価で取得した個人情報が、公務員の欠格事由、分限免職・降格事由、休職事由、懲戒事由に該当する場合は、その個人情報を用いて処分を行うことができるとしている(一六条一項但書)。この規定は、公務員の公正な人事の確保という点で大きな問題がある。
国家公務員法七四条は「全ての職員の分限、懲戒及び保障については、公正でなければならない」と規定する。これは、人事上の不利益な取扱いに対する適性手続を保障したものであり、憲法三一条の要請でもある。
そもそも秘密保護法という憲法違反の法律に基づいて取得した個人情報を用いて不利益な処分を行うことは公正さを欠くのではないか。
また、「嫌疑」がないうちから、無限定に公務員の個人情報を調査した上で、そこで取得した情報を不利益処分に利用するというのは、いわゆる「事前捜査」「探索的捜査」と同様に許されないのではないか。さらに、当該公務員は何が調査されているのか分からないのだから、防御権の行使という点からも問題である。
秘密保護法という法体制は、「公務の民主的且つ能率的な運営」(国家公務員法一条)とは、相容れないものと言わざるを得ない。
秘密保護を口実に、常にその動向を監視され、自由に物が言えない公務員を作り出そうとする法案の成立を許してはならない。
埼玉支部 青 木 努
一一月一一日昼、埼玉弁護士会が主催する秘密保護法に反対するパレードが行われ、弁護士や事務所職員、市民ら約三〇〇名以上が参加しました。埼玉弁護士会としては、二〇〇二年に行ったイラク派兵に反対するパレード以来、一二年ぶりに行う弁護士会としてのパレードでした。きっかけは、一〇月中旬に、「秘密保護法反対の動きが盛り上がりを欠けている、何か世論に訴える行動ができないか」有志で議論になり、イラク派兵反対で弁護士会がパレードを行ったときには、NHKをはじめとするメディアからも注目を受けたことや、いち早く愛知弁護士会が行っているので、同じように弁護士会として行動することはできないかという判断となりました。
幸い、歴代会長経験者二三名の賛同が得られ連名で会内に呼びかけ、執行部と会の改憲阻止対策本部がこれを積極的に受け止め、パレードを行うことになりました。決定から実施まで約一週間でした。団事務所はいずれも積極的に受け止め、事務所を挙げて参加するという体制も採ることが出来ました。
ただし、「パレードを行う」といっても、弁護士会に動員力があるわけではないので、他団体・市民の協力を得られることが成功の鍵となります。この点も幸い、埼玉では一〇月一六日に、「秘密保護法の制定を許さない埼玉の会」(代表は団支部の支部長である柳重雄団員)が結成されており、一〇月三〇日には、同会もパレードを行っていることから、同会を通して市民団体に広く参加の呼びかけをしてもらいました。直接の呼びかけ行動には支部の事務局長が動きました。なお宣伝カーは連合からお借りすることが出来ました。
その結果、団支部事務所で弁護士及び事務所職員が一〇〇名強、市民団体も三〇弱の団体からの参加があり、埼玉県内におけるパレードとしてはメーデーなどを除けば、近年にない相当大きなパレードとすることができ、参加者を力づけました。
今後の行動としては、弁護士会として国会議員に対しての要請行動を行おうという提起が会長自身からなされています。また大宮の埼玉中央法律事務所は一三日に独自の宣伝行動を予定しています。現在、団支部には、秘密保護法に関する学習会要請が毎日複数件寄せられており、各事務所に割り振りながら講師派遣に応じています。
他方でパレードは期待していたNHK・朝日新聞の取材がなく、メディア報道の消極性も目に付きます。会期末までの残された日数、弁護士会と連携しながら団支部としても力の限りを尽くすつもりです。
愛知支部 中 谷 雄 二
一 愛知では、昨年四月に「秘密保全法に反対する愛知の会」(以下、愛知の会という)を結成し、以来、学習会を積み重ね、二週間に一回の街頭宣伝を続けてきた。いよいよ、秘密保護法が国会に上程され、反対運動への取り組みは本格化してきた。
一つは、愛知県弁護士会秘密保全法対策本部の取り組みである。一〇月一六日、単位会としては全国で初めてデモ行進を行った。緊急の呼びかけにもかかわらず、二〇〇人の弁護士・市民が参加した。沿道からの声援や店舗から人が飛び出して来て、手を振ってくれるなどこれまでに経験したことのない元気のでるデモであった。参加者は口々に「またやろう」「楽しかった」という感想を述べていた。
二 これを受けて、これまでより一回り大きな集会を開催しようと、愛知の会を含む二〇団体で実行委員会をつくり、秘密保護法反対の一〇・二七集会を開催した。毎日新聞の臺宏至記者の講演と新海聡全国オンブズマン事務局長、本秀紀名大教授によるパネルディスカッションや民主党、共産党の国会議員が参加していただき、集まった四〇〇名の市民は、法案の危険性を知り、さらに廃案へ向けての運動を広げようと思いを一つにした。この集会後、定例の街頭宣伝(一一・六)、国会議員要請行動(一一・八)、街頭宣伝及び自民党県本部への要請行動(一一・一四)を行い、一一月二一日には東京で予定されている五〇〇〇人集会に連動して、名古屋で一〇〇〇人の集会とデモを行うことを決定した。
三 最近の街頭宣伝では、バス待ちをしていた高齢者が熱心に私たちの訴えに聞き入り、うなずくなど、反応はよく、連日のマスコミの報道を受け、チラシの受け取りもよくなった。国会議員要請行動では、自民党議員の秘書が個人的には反対だと明言するなど、法案の危険性が広がっていることを実感させた。
現在、一一月二一日の集会・デモに向けて、賛同者・賛同団体を募集しているが、幅広い分野の方の賛同が広がり、その数は日々増え続けている(賛同者・賛同団体は、愛知の会のブログhttp://nohimityu.exblog.jp/に掲載されているので見ていただきたい)。
四 昨年の「愛知の会」の結成以来、学習会を積み重ねて来たためか、会員や賛同団体の構成員を中心としたメンバーは、法案の危険性についての認識が浸透しており、これまで述べたような会の活動の枠を超えて、自発的に個人でシール投票を何カ所も実施したり、国会議員要請行動に行くなどの活動を行っている。その報告が毎日大量にメーリングリストに流れ、それによってさらに元気づけられている。また、連日、時には同日、数カ所で学習会が計画されており、これまで会に参加していない団体も含めて、急速に運動が広まっている。地元のマスコミも中日新聞が、連日、会の活動を掲載するだけでなく、法案の危険性を訴える記事を掲載している。私も、地元のラジオ局から取材を受け危険性を説明し、反対の声を挙げようと訴えた。
五 私は、この闘いは、我が国の今後にとって大きな節目になるものと考えている。秘密保護法は国民にも危険性が理解しやすく、マスコミも反対している法案であるため、大きく反対運動が広がれば、成立阻止は可能だと考えている。悔いのない闘いを全国で展開することを訴えます。
京都支部 毛 利 崇
一 京都支部では、有力な地元マスコミの一つである京都放送(KBS京都)の労働組合や京都共同センターなどと協力をして、以下の取り組みを実施または予定している。
一〇月二五日(金)街頭宣伝@四条烏丸
一〇月二八日(月)街頭宣伝&デモ 四条河原町〜京都市役所前
緊急の呼びかけにもかかわらず、参加者は、市民団体や労働組合を中心に八六名の参加があった。中には「将来、マスコミ関係への就職を目指している。二五日に四条烏丸でもらったビラを見た。」と言って参加をしてくれた学生さんなどもおられた。
一〇月三一日(木)街頭宣伝@四条烏丸
一一月 三日(祝)ブース出店、リーフレット配布@梅小路公園
憲法九条京都の会主催の憲法集会が梅小路公園で開かれた。支部では、展示コーナーの一角に出店をし、特定秘密保護法案、自民党改憲草案、京丹後エックスバンドレーダー基地問題などについて展示を行った。また、来場者にリーフレット配布した。リーフレットには、FAX要請文と特別委員会委員の名簿を折り込んで、FAX要請を呼びかけた。
一一月 六日(水)街頭宣伝@四条烏丸
一一月一一日(月)街頭宣伝@四条烏丸
一一月一四日(木)街頭宣伝&デモ 四条河原町〜京都市役所前
一〇月二八日のデモ参加者が八六名であったでの、今回は一〇〇名を超える規模でとの呼びかけで実施したところ、一三〇名を超える参加者があった。
一一月一九日(火)朝日新聞への意見広告掲載
一一月二二日(金)街頭宣伝&デモ 京都市役所前〜四条河原町
また、支部団員で担当を決めて、地元選出国会議員の地元事務所への議員要請を順次行っている。
秘密保護法についての学習会要請も増えてきており、講師として団員を派遣している。また、秘密保護法の学習会でなくても、リーフレットやFAX要請文を持参して秘密保護法の危険性や情勢を訴えるよう工夫をしている。
二 京都弁護士会では、秘密保全法対策本部が立ち上げられ本部事務局長を小笠原団員が務め、本部員にも団員が参加して重要な役割を果たしている。他作本部では、会期末まで原則毎週月水金に街頭宣伝を実施することを決定している。
東京支部 柳 澤 尚 武
プエルト・リコはキューバの東方に位置する島国で日本と反対側。NLGの総会が行われるということで、とんでもなく時間のかかる空路で船酔い状態になってかろうじて着いた。スペイン植民地から米国の植民地となり、現在は、米国の「自由連合州」(自治州)。
プエルト・リコには、内部に、政府もあり、議会もあり、司法もある。政府は、知事などが国民の選挙で選出され、議会(上院・下院)も普通選挙によって選出される。せっかくプエルト・リコまで来たのだから、選挙制度を調べておきたい。以前、米国の選挙制度を調べていたときに、プエルト・リコがアメリカ下院に一人議員を出しているというのを読んだことがあった。ちょうど良い機会。もっとも選挙に関する情報も、インターネットで、選挙結果など、かなりのデータも入手できる。
入手出来なかったのは「選挙法」だった。
選挙管理委員会に行って選挙法をほしいと言うと、スペイン語のものならあるが、英語のものは入手して渡せるのは五、六日後になるという。「え?」と思ったが、仕方がない。担当者もスペイン語版を翻訳アプリケーションで翻訳してくれたが、まるでだめ。結局選挙法は政党でコピーしてくれた。米国内とはいえ、ここでもスペイン語が英語を圧倒する。
プエルトリコ議会に議員を有している政党は、選挙管理委員会の建物に部屋を提供されて常駐している。現在は三つの政党が議会に議員を持つ。二大政党である人民民主党(PPD)と新進歩党(PNP)、少数政党であるプエルトリコ独立党(PIP)である。
米国の議会選挙と同じ日に行われ、二〇一二年一一月の選挙では、知事はPPDのパディラ候補が僅差で当選し、アメリカ連邦下院への議員はPNPがとった。上院は、PPD一八議席、PNP八議席、プエルトリコ独立党一議席。下院は、PPD二八議席、PNP二三議席。ほとんどを二大政党が独占する。
選挙制度は、米国内の州議会と同じようにすべて小選挙区制かと思いきや、違う。
上院は、選挙区選挙が八選挙区(一六議席)、全国区(一一議席)。選挙区選挙の選挙区は二人区である。有権者は二票あるので、異なる政党の候補に一票づつ分けて投票することもできるが、実際は政党政治が行き渡っており、ほとんどの人(九九%)は二票とも同じ政党に投票している。全国区は有権者一人一票である。
下院は、選挙区選挙は四〇選挙区(四〇議席)、全国区(一一議席)。こちらは一人選出の小選挙区である。
これをみると、小選挙区(または小選挙区と同等の効果をもたらす二人区)が多くを占めるが、それでも「全国区」の割合がかなりある。上院では四割が全国区選出だ。下院でも二割。「全国区」は、日本の以前の参院全国区と同じで、一人一票をもって投票する。複数の議員を選ぶ選挙区は、通常、中選挙区とか大選挙区とか言われるが、その選出する議員の数が大きくなればなるほど比例代表制に近づく。もちろん有権者一人が一票のみをもつということが前提だ。米国は、連邦議会、州議会は、すべてが小選挙区制。その意味で、プエルトリコは米国本土と異なる。なにか、弱者への配慮というか、そんなものを感じる。健保制度が行われ住民は無償で医療サービスを受けられるが、それもその傾向のひとつだろうか。
「全国区」の選出数は一一議席だが、二つの二大政党とも、それぞれ候補を六人に限定する。候補を増やすと票が分散して候補者一人当たりの得票が減る、それを避けるためだと、PPDの担当者は説明していた。
プエルトリコは今後どうなるのか。このままの自治領で行くのか、アメリカ合衆国の一州となるのか。それとも独立志向が復活するのか。米国はプエルトリコ人の意思に委ねることを認めている。
政党では、PNPが州昇格を政策に掲げ、PPDは自治拡大を主張する。PIPが明確にプエルトリコ独立を掲げる。しかし、議会選挙では、独立を目指すPIPは数%の得票にとどまり、かろうじて上院・下院に一議席を有するのみである。二〇一二の選挙とともに行われた住民投票で、「五一番目の米国州への昇格」が六一%を得た(反対三三%、独立六%)。投票では、現状(自治州)維持への賛否も聞いており、地位の変更五四%、現状維持四六%で、ほぼ拮抗している。これを受けて米国連邦議会で議論されるだろうが、どうなるかは予測できないとされている。二〇〇〇年選挙までは三〜六%のの得票だったる独立党は、二〇〇四年以後の知事選挙で二%台の得票となっている。選挙法によって、投票用紙に政党名・候補者が掲載されるためには、七%の政党投票を得なければ、次の選挙は前回知事選投票の三%以上の署名を集めなければならない。独立党では、二〇一二年一一月の選挙の後、二〇一三年五月までに三%分の署名を集めたという。三%は六万人程度である。独立党は、これまでも米軍の基地(ヴィケス島)の撤去を求め、それを実現してきたと、担当者は説明した。
州昇格の行方はわからないが、仮に、米国の州の一つになったら、「全国区」のような制度はどうなるのか、気になるところである。
神奈川支部 杉 本 朗
NLGは、世界大恐慌がもたらした失業と貧困のもと、労働条件の改善とニューディール政策の実現を求めるアメリカ労働者の闘いを支援するために、一九三七年に創立されました。
自由法曹団とのお付き合いは、菅野昭夫団員が、アーサー・キノイ弁護士に会い、「試練に立つ権利」(日本評論社)を翻訳出版した一九九一年から始まります。以後、毎年のように自由法曹団員がNLG総会に参加し、あいさつをし、日本の現状を訴えることによって、交流の基礎が築かれ、関係が発展してきました。
プエルト・リコで開催されたそのNLGの総会に、ひょんなことから参加して来ました。何か目的的主体的に行動したわけではなく、国際問題委員会でNLG総会が話題になったときに手帳を見たらたまたま日程が空いていたこと、プエルト・リコなんてこんなことでもないと行かないだろうなと思ったこと、家族に「国際会議なんだから行ってきたら」と妙に勧められたことなどから自由法曹団からの「代表団」に加わることになりました。(といってもエアチケットの手配からホテルの予約から、全部自分でやるのですが。)
NLGの総会は、ホテルの宴会場のあちこちで、同時並行的に、いろんなフォーラムやら、ミーティングやら、コーカスやらが開かれています。(区別はよく分かりません。いろんな規模の分科会、とイメージしていただけばいいと思います。)小規模のところは、テーブルを取っ払って、イスを向かい合うようにオーバルに並べて、参加者はそこに座って議論します。語学力もさることながら、そもそも日本語でも自分の考えが言えるかどうかというテーマもありました(マルクス主義と法、とかね)。
キー・ノート・アドレスというのはたぶん基調講演ということになるのでしょうが数百人が参加していました。講演者は、ラファエル・キャンセル・ミランダというスペイン語訛りのおっちゃんで、プエルト・リコ独立闘争の話などをあつく語っていました。興奮すると完全にスペイン語になったりします。「リアル・レボリューショニスト」と紹介されていて、国会襲撃事件を起こして獄中にいた人のようです(無知ですみません。もうちょっと紹介されていたし、本人も話していたのですが、私の能力の限界です)。
インターナショナル・コミッティー・レセプション(国際交流の立食パーティのようなもの、でしょうか)では、自由法曹団が紹介され、私が挨拶をしました。井上委員長が編集したニュースレターをもとに、福島第一原発の話、憲法九条の話、TPPの話を簡単にしました。思い出したくもない黒歴史ですが、「安倍って、福島第一は、アンダーコントロールって言ってるんだよ」と小学生のような英語で言ったら、会場からブーイングが起きたので、まぁいいか、と思っています。
明るいノリで妙に盛り上がるあたりに好き嫌いは生じるかもしれませんが、レセプションでも、誰かが前の方で話しているときに、話を聞かないで勝手に話をしていると、周囲からSH------!とやられるのは、なかなかいいな、と思いました。
みなさん、ぜひNLGの総会に参加してみませんか。
滋賀支部 玉 木 昌 美
今年日弁連の人権大会で広島へ行き、久しぶりに平和記念館を訪問しました。そのとき、「はだしのゲン」の作者である中沢啓治さんの著書を二冊購入して読みました。著者が『はだしのゲン わたしの遺書』の中で、生きるつらさに直面している人たちに歌を歌えと言っていることが一番印象に残りました。「悲しい、悲しいと思ってばかりいては、落ち込んでしまいます。そんなときゲンは、何が何でも生きるために、バイタリティーのある歌やふざけた替え歌を、わざと大口を開けて歌いました。」とあります。私も仕事で疲れても、夜カラオケで、演歌等を大声で歌うと元気が取り戻せるタイプであるので大いに共感しました。
そうした中、一〇月六日、午前中余呉湖健康マラソン一四キロを走ったあとに参加したオスプレイ反対の集会(あいば野)で久しぶりにびわこランナーズの知人に会いました。彼は私がフォーク歌手の笠木透さんのファンであることを知っており、「笠木透と雑花塾」出演のコンサートを教えてくれました。それは、第三回京都春歌学会「マンガ『はだしのゲン』にみる春歌」というコンサートでした。チラシには、「今回、中沢啓治さんの追悼の思い、また、反戦平和の願いをこめて『はだしのゲン』に描写されている春歌を熱唱されます」とあり、万難を排して行くことにしました。決して「春歌」に惹かれただけではありません。
一一月二日、京都市伏見区のそうぞう館でコンサートが開催され、妻を連れて行きました。コンサートは私の好きな「私のこどもたちへ」という歌から始まりました。笠木さんのトークと歌は期待していたとおりのものでした。むのたけじの「はじめにおわりがある。(抵抗するなら最初に抵抗せよ)。」という言葉を引用しながら、ものが言えなくなる秘密保護法案の危険性を語り、その反対運動は今、できるときにしないといけないことを強調されました。また、おかしいときに笑うことも悲しいときに泣くこともできない、戦争賛美の歌謡曲と童謡以外は軍歌しか歌えなかった戦争中でも人びとは心の中であるいはひっそりと歌っていた歌があったが、それはどこかで戦争を否定するものだったとの指摘は印象的でした。橋下の「歌っているのかどうか口をみろ」に対しては、「君が代」の「君」を「我」に変えて冒頭だけ小声にすれば堂々と歌える、英語の替え歌KissMeGirlにすれば、まったく逆の意味の歌になるということも傑作でした。ほとんどの人が戦争に協力し(させられ)、たとえば、北原白秋は一五〇曲の軍歌を作ったが、野口雨情は一曲も作らなかったこと等も紹介されました。
本論の「はだしのゲン」の替え歌研究では、第一巻から一〇巻までの各巻にしばしば登場した替え歌の資料が配布され、みんなで歌いました。たとえば、軍歌「月月火水木金金」(若い人は知らない?)の節で「朝だ五時半だ 弁当箱さげて 家を出て行く おやじの姿 昼めしは ミミズのうどん ルンペン生活なかなかつらい月月火水 ノミがいる」(第一巻)となっています。歌を歌ってゲンは元気を取り戻していったのです。笠木さんは「『はだしのゲン』を権力が嫌うなら、私たちはなおのこと普及させなければならない。」と指摘しましたが、著者には戦争批判だけでなく天皇批判の視点もあるがゆえに閲覧が制限されたのではないかと思います。今回、替え歌を探しながら「はだしのゲン」を再読すればより面白いといえます。
今回は参加型のコンサートでしたが、私は、軍歌も(春歌も)知っており、カラオケで鍛えたのどで替え歌等を一番大声で歌い楽しむことができました。私は、アンコールで「軟弱者」をお願いし、歌ってもらいました。「私たちは どんなことがあっても 戦力は持たない 私たちは 何と言われようと 戦争はしない」という歌ですが、憲法集会においてみんなで合唱したいものです。ほか新婦人の方の要望で「一八八一年五日市憲法」が歌われ、明治憲法発布の実に八年前に田舎の五日市で民衆がハイレベルの憲法案を作っていた意義(「押しつけ憲法論」など論外)をみんなで確認することになりました。
先の岩手総会ではみややっこの落語に魅了されましたが、今回の笠木さんの歌とトークのコンサートもすばらしいものでした。是非滋賀で企画を具体化したいと思っており、他府県でも開催されたらと思います。若者や保守層を巻き込むことができる多彩な憲法運動のひとつになるでしょう。
神奈川支部 太 田 啓 子
横浜の太田啓子(五五期)です。
以前にも団通信に書いたことがあるのですが、今年の五月頃から、「今まで憲法に関心を持ったことがない方々にこそ拡げたい」ということで、色々試行錯誤しつつ憲法学習会などなどを行っています。
ひたすらやっていたところ、九月三〇日の神奈川新聞、一〇月八日の東京新聞神奈川版で学習会を取材した記事が掲載され、この記事をきっかけに新たな学習会のご依頼を頂くなどして、関心の輪は拡がっているという手応えもありますので、追加のご報告をすることにしました。
私のそもそもの問題意識の出発点は、たとえば事務所に寄せられる憲法学習会の要望を受けて行くと、参加者の多くはもともと九条は大事と思っている、憲法を変えるなんてとんでもないと思っている、なので今の最新情勢を深く知りたいと思って要望しました、というパターンが結構あるということでした。
こういう、いわゆる「既存の護憲勢力」には、ますます牽引力になってほしいので、こういうところとの学習会をおろそかにしていいとは全く思っていませんが、しかし、こういう学習会だけだと「問題意識は深まり、高まるが、拡がらない」と感じました。今はとにかく、関心の裾野を拡げることが一番重要と思っていることもあり、自分の役割を勝手に新規開拓に決めて動いています。
問題意識を拡げ、そもそも憲法学習会を弁護士に依頼しようということを考えたことがなかった、というところにこそ情報を届けたいと思うと、学習会の要望を待っているだけではなく、こちらから学習会を売り込んで営業してみたらいいのではないかと思い、今年はひたすらそればかりやってきました。
きちんと数えていませんが、今まで多分二〇回くらいの学習会をやって、のべ四〇〇人近い方に憲法情報をお伝えしてきましたが、その大半は「初めてこういう学習会にきました」という方々だったと思います。
私が思っていますのは、とにかく、あまり「憲法憲法していない」場所で、日常生活のあちこちで、多くの方が憲法の情報を目にする機会を増やせるといいなということです。たとえば、ご飯を食べにカフェにいったら憲法のチラシが置いてあった、髪を切りに美容院に行ったらそこにも置いてあった、髪を切ってもらいながらファッション誌と女性週刊誌を読んでいたらそこにも憲法のことが書いてあった、病院に行ったら待合室の掲示板にも憲法に関する情報が貼ってあった、夕飯のおかずの買い物に行ったらそこの店頭には憲法学習会の告知があった、というような状況をつくれないものかと。
と思い、「お宅のお店でこういうチラシを置いてくれませんか、更に、お宅のお店で学習会をやりませんか」という手紙を添えてチラシを送るという営業活動もしています。
地域の方から「あそこのお店はそういうこと好きだと思うよ」という情報を得て、飲食店のほか、雑貨屋、接骨院、助産院などにもご案内しました。そこから学習会の実施につながったこともあります。
そして、憲法学習会の都度「皆さんの身近で、そういうことに関心がありそうなお店があったらぜひ教えて下さい」と聞いて、新たな情報を得たらまた営業です。
こだわりのミニシアターがあるから送ったらいいとか、どこそこの子育てサークルの主宰者を知っているから紹介しましょうとか、学習会参加者の方から頂く情報はとても参考になります。
更にいうと、学習会参加者の方と一期一会ではもったいない、今後も憲法に関する情報を共有し一緒にアクションを考えたいと思い、メーリングリストを作りました。今参加者が七〜八〇人くらいです。たとえば今だと、特定秘密保護法案に反対してほしいと国会議員事務所に電話したらこんな反応だったよとか、メディアに報道を増やすよう連絡する連絡先一覧はこれだよとか、今度近所でこんな映画上映会があるよとか、そんな情報がやりとりされています。
割と、食の安全に関心がある方は、そこからスタートして社会の色々な問題に関心をもちやすい素地があるように体感しています。ですので「こだわりの有機オーガニック無添加」みたいな飲食店をみつけると、「ここ憲法もいけるんじゃないか」とついつい妄想してしまいます。
同様に、放射能汚染、原発に強い関心がある方にも、憲法に関する情報は、すっと入るということも感じています。これは、憲法は根底には権力というのは濫用の危険があって、その暴走に対する懐疑心があるところ、今まで「権力???」「暴走????」と思っていた方も、原発事故と放射能汚染への国の対応をみて幻滅し、「そういうのよくわかるーーー」と思うようになっているからではないかと思います。
ですので、そういうネットワークとご縁があると「食の問題、放射能の問題ともつながるから、今度番外編で憲法のこともどうですかね」と売り込んでいます。
子育てサークルも同様に、「子どもの未来の問題だから、憲法のこともどうですかね」と売り込み売り込みです。子どもは、わかりやすい、親だと大体持っている関心のスイッチですので。
人によって何がきっかけになるかはまちまちでしょうが、何か関心をもつきっかけになるスイッチを探し、うまくそこを押すと、憲法についても、関心をもちやすくなると実感しています。
飲食店、美容院、助産院など、地域の、不特定多数の方が集まる場所への営業(ご案内)はほんとにお勧めです。ぜひ全国でこの営業活動が拡がればと思い、今までの私の経験をご紹介しました。
東京支部 笹 山 尚 人
一 自由法曹団東京支部は、数年前、東京の弁護士が労働事件と労働組合の取り組みについて広く共同し、東京地評の相談活動と組織化を援助する観点から、「東京地評労働相談弁護団」を結成した。東京地評は、相談の中から、事案の性質等に鑑み、適当と考えたものを弁護団登録弁護士に配点し、弁護士は事件活動を行う。年に三回程度、弁護団の集まりを持ち、弁護団担当事件の集約、共有と、東京地評の相談活動を交流し、時々の情勢やトピックについて学習する。そんな活動をしてきたが、ここのところ配点事件数も少なく、また、配点された後当事者が法律事務所に相談に来ないといった例も多数発生して、弁護団活動としては低迷している観は否めない。
二 二〇一三年一〇月三〇日、この弁護団の総会が行われた。弁護士一〇名、東京地評から二六名、プレ研修生二名という参加であった。この日は、宮里民平、竹村和也の両団員からのブラック企業対策弁護団の活動、私から労働契約法改正を悪用する事例として「カフェ・ベローチェ事件」の報告、それから梅田和尊団員からアベノミクスの規制緩和の動きの現況ということで報告をし、討議した。また、東京地評側からは、東京地評の最近の相談活動の状況、東京都労働委員会公益委員の公平性確保の問題と手続き、労働審判員の現場からの報告を受け、討議した。最後に、役員として、幹事長小部正治団員、幹事長代行で私、事務局長梅田団員という従来の役員体制の続投を確認して終了し、懇親会も大いに盛り上がった。
三 東京地評側からは、労働法の規制緩和に関する危機意識と、それに対応する労働運動の盛り上がりを作る意気込みを感じた点が印象的だった。
とりわけ前澤東京地評労働相談室長が次のように語っていたのが印象的だった。(宴席ですから私を含め数人しか聞いていません)
「解雇の金銭解決のルールを導入しようという話しも、現在も実際そういうことが行われているからそれを制度化すると言われるが、全然これは質の違う話だ。解雇事件で、解雇が不当だ!戻りたい!と言ってもなかなか現実の情勢が許さず、やむを得ず金銭解決するケースは確かに多い。しかし、この解決に至る過程の中で、労働者は企業の言い分や事情を知るし、自分の要求を叶えるためにはどういうことが必要なのか、労働組合の取り組みがあればどうだったかということを学び考える。企業は企業で、労働者の言い分や痛みを聞き、裁判官から説得もされて、今後の経営についてどうするか学び考える。それが、双方、今後の労使関係に生かされていく。弁護士だって裁判官だって、その過程で労使関係ということをよく考え、学ぶはず。それが、「解雇の金銭解決制度」というのを設けたら、それがルーティーンになって、こうした労使関係の形成の機会を逸するのだ。」
四 労働事件や労働組合の活動と関わるときは、常に当該事件そのものの処理だけでなく、その事件や運動で職場が変わったか。労働組合の団結は深まったか。そこを考え、将来を見据えなければならない。それが、労働法の規制緩和反対やあるべき労働法の制定の運動は勿論、脱原発や改憲阻止の運動の根源にもなっていくのだから、責任は重大だ。私たち弁護士は、常にこうした労働運動との連携についての感覚を磨く努力をしなければならないという感想を持った。
五 近頃、原発公害に対する弁護団活動(福島原発被害弁護団)の活動で忙しいので、東京地評の弁護団活動からは正直手を引こうかと考えていたが、そんなわけでそうもいかなくなった。私としては、低迷する弁護団活動を向上させ、当初の目的に沿った活動になるように、方策を考えることにした。
ついては、東京の弁護士で、既に弁護団ご加入のみなさん。これから入ってもいいかな、と思うみなさん。ぜひご協力をお願いします。詳細は追って連絡します。
滋賀支部 杉 山 佐 枝 子
平成二五年八月二一日、大津市公会堂で八月集会を実施しました。
八月集会とは、五月集会の滋賀支部版として毎年実施しているものであり、今年で七回目を迎えました。団員・事務局はもちろんのこと、団員以外の先生や民主団体の方にも声をかけ、幅広く参加者を募っています。今年は、革新懇・国民救援会からご参加いただきました。
メインテーマは、福島支部の広田次男団員をお招きして、原発問題についての講義でした。過去の特別報告集を使い例会(滋賀支部で毎月一回開催している勉強会)で事前学習を行い、講義に臨みましたが、地元で活躍されている団員のお話は現地の苦しみに真に迫るものであり、講義後には質問も多く寄せられました。また、「残りの弁護士人生の全てをかけて原発問題に取り組む」という広田団員の言葉に、滋賀支部一同が勇気づけられました。
そのほか、各団員の活動報告、意見交換会などを実施。いじめ問題や原発、残土問題など各団員・団事務所が幅広い分野で活躍していることが分かる、よい機会となりました。
懇親会にも、多くの団員・事務局が参加。集会とは異なり、打ち解けた雰囲気で話に花が咲きました。毎年実施している一言スピーチでは、各団員の個人的な近況や今後取り組みたい事件、気になっている事などを知る事が出来、より団員・事務局間の理解と結束を深めることが出来ました。
八月集会は、集会が閉会すればそれで終わりというわけではなく、各団員・事務局にアンケート用紙を配布し、集会の感想や要望、改善点などを聞いています。アンケートを読むと、福島からお越し頂いた広田団員のお話に感銘を受けた参加者が多く、熱意をもって原発問題に取り組まれている広田団員のように、自分たちもそれぞれの分野で頑張ろうという決意が多くみられました。また、事務局間での交流をもっと図りたいという意見や、進行をもう少し練った方がよかったのではといった意見も寄せられており、執行部としては課題を見つけるいい契機ともなっています。
滋賀支部は他支部に比べると人数は少ないものの、その分アットホームな雰囲気で、月に一度の例会、八月集会、支部通信などを通じて多くの交流の機会を持っています。あと半年もすれば、来年の八月集会の計画を立てる時期。次回も実り多い八月集会になるよう、執行部を中心にしっかり準備を進めていきたいと思います。
吉原稔法律事務所 山 川 真 季
今回、八月集会に初めて参加させて頂きました。自由法曹団の集会自体、初めての参加だったので、全てが新鮮で大変勉強になりました。
先生方の各種報告では、初めて聞く事件もあり、いかに自分が無関心に毎日を過ごしいたかを痛感し反省した機会となりました。
なかでも特に心に残ったのが、福島弁護士会所属の広田次男先生の記念講演でした。
公害史上最悪と言われる福島原発事故について、今まで携われてこられた環境訴訟や弁護士人生を踏まえ、大変興味深く語って頂き、先生の問題に取り組む真摯な姿勢を感じることができました。原発の変わらない利権構造。地方自治体の貧しさにより、原発マネーに頼らざるを得なかった現実。その結果、地震の物理的な被害に留まらず、目に見えない放射能への恐怖や、被害住民の賠償基準の分断などのお話を聞きながら「これは天災ではない、人災だ」と福島の知人が漏らしていた言葉を思い出しました。
私自身も仙台に住んでいたことがあり、地震発生当時は、仙台から山形へ向かう高速道路を車で走っていました。いきなりタイヤがギュルギュルと音をたて、前の車が次々と停車していきました。前に倣って車を止めた瞬間、激しい揺れを体感しました。ゴゴゴという地鳴り音、目の前で数十センチずつ一部陥没していく道路に収まらない地震。私はここで死ぬのかもしれないという可能性に、ただただ愕然とし、あのときの光景はいまもつぶさに思い出されます。そのときは、沿岸に津波が迫ってきていることも、これから原発によって放射能の危険にさらされることも、予想だにしませんでした。
福島在住の知人も、みな、地震後は放射能による風評被害や、生活を脅かされる恐怖にさらされていました。その中で、先生は被災者のお一人として、生活を続けてながらも、既にご自身の為すべきこととして、原発被害の救済へ取り組まれることをご決断されたのは、まさしく自由法曹団の理念にのっとっていらっしゃるのだと強く感じました。
今後も各地の原発について、様々な弁護活動がなされるかと思いますが、事務局としても精一杯サポートしていきたいと改めて考えさせられる機会でした。
広田先生、御講演頂き、誠にありがとうございました。
*岩手・安比高原総会特集*
宮城県支部 庄 司 捷 彦
一 東北に住む私でも初めての安比高原でした。団総会を被災地東北で開催する決断に敬意を感じました。今回の総会に私が出席を決めたのは、幾つかの理由があります。一つは私自身が、総会での恒例行事「古稀表彰」の対象者になったことです。単純に年令に達したことに過ぎず、また高齢化を反映するように人数も多いとのこと。記念文集は一〇六頁もの厚さなっています。被表彰者に発言時間がなかったのは、私には幸運と言うべきでした。
この文集で驚いたことがあります。郷路征記団員を紹介している佐藤哲之団員の一文です。郷路さんが再婚されたお相手が、団創始者の一人弁護士布施辰治の孫である布施鉄治氏の妻だった布施晶子さんと書かれていたのです。晶子さんには鉄治氏存命中、ご一緒に何度か石巻に来て頂き、又鉄治氏を通じて、多数の辰治の遺品を石巻市に寄託して頂きました。そして大賀氏の文から、晶子さんも震災直後の時期にご逝去されていることも初めて知った次第です。いつの日にか郷路征記団員と親しく言葉を交わしたいものと切に思われてなりません。
二 総会では参加者の皆さんに訴えるべき一つの責任を負うていました。それは宮城県支部の佐藤正明団員が宮城県知事選挙に立候補していることを報告し、全国からの支援を訴えることでした。大震災後の宮城県政では多くの問題が顕在化しています。漁業権特区の設定は全国の漁業関係者の強い反撥を受けながら、この九月から、石巻市桃浦の海域で強行されました。新自由主義に忠実な現知事は、例えば仮設住宅の建設を大手ゼネコンへ丸投げにし、その結果、暖熱材や風呂追焚など追加工事に多額の出費を余儀なくされました。更に、国は『被災者への医療・介護費用の援助を一〇割から八割に縮小し、二割は地元自治体の負担と改悪した(今年四月から)』。これに対し、岩手・福島両県はこの自治体二割負担を受け入れて、「被災者への医療・介護費用の無料」を維持しているのですが、宮城県ではこの地元自治体負担を受け入れず、有料化してしまったのです。県議会の要請決議も無視したまま、県知事は自説を変えようとはしていません。災害復興住宅建設についても具体的展望がない。この様な県政の現実を直視して、県政の転換を求める人々の代表として、佐藤正明団員が立候補したのです。同氏は私と同じ二六期です。団メールでのアピールは草場団員へお願いし、私は総会での支援要請の発言を準備していたのでした。投票の結果は一三%余の得票で、直前の立候補としては善戦したとの評価です。全国の方々からのご支援にこの場を借りて改めて感謝申し上げます。
三 プレシンポと一泊旅行の内容にも、強い関心を覚えました。被災地での復興過程で、宮城県とは対照的に、住民の意見を反映させるシステム造りが順調のように見えている岩手県。その中の大槌町や陸前高田市の町長や担当職員の話を聞くことが出来る機会を準備してくれたのです。
私も被災地の一つ石卷市に居住しています。各地から被災地視察の多くの団体が当地を訪ねてくれていますが、私に出来ることは地元の様子を語ることだけです。県境を越えて岩手県までは行くことが出来ませんでした。この機会に隣県の被災状況や復興への姿勢に学びたいと、一泊旅行にも参加しました。プレシンポが充実した内容の報告で終始し、参加者に、被災の深刻さと復興の困難さについて、改めて考える機会を与えてくれていました。主催者が事前準備を重ねられていることがよく分かる、充実したシンポでした。司会者の「自分が饒舌に過ぎたので」というのも、かれの準備状況を示すものと理解した次第です。
旅行での宿も、津波での大きな被害を乗り越えて再開を果たした旅館「宝来館」でした。被災当日のビデオや宿の女将の体験談にも、強い衝撃を受けました。何年かしてもう一度訪ねてみたいと思える、心に残る宿でした。
四 翌日の大槌町と陸前高田市での見聞でも強い衝撃を受けました。大槌町では、そこが大槌川と小鎚川という二つの川に挟まれた町と知ったことや、町民が映したビデオ映像の迫力には圧倒されたことなど。そして陸前高田市では、著名な「一本松」の由来と現状について、地元の「松林を守る会」の方から丁寧な説明を受けました。更に、地元の市会議員さんからは、盛土による市街地復興とその盛土用の山土については、隣接する山を数十メートル切り下げて土を掘り出し、その土を巨大なコンベアーを作り、これを利用して山土を市内の盛土現場に直接に搬送することなど、壮大な土木事業の説明を受けました。一〜二年後の壮大な土木工事を見たいものです。
私には、お腹が一杯になった安比高原総会でした。
神奈川支部 田 井 勝
新次長を務めることになった田井です。よろしくお願いします。
最初に、簡単に自己紹介させていただきます。六〇期、神奈川支部の横浜合同法律事務所に所属しています。香川県高松市出身です。大学時代や受験時代(浪人時代)は京都で過ごし、修習ではじめて神奈川に来て、そのまま現在の事務所に入所いたしました。
団については、これまでは神奈川支部内で、主に労働関係の活動で関わらせてもらいました。
特に、二〇〇八年のリーマンショックに端を発する各自動車メーカーの派遣切り以降は、日産の裁判や集会等で、団員の先生方と共に活動させてもらいました。
私自身、労働事件については大学時代・受験生時代はおろか、修習生の頃もそれほど関心を抱いていていませんでした。でも、この派遣切りによって、自分と同年代の三〇代前後の若者が、一気に職を失っていく状況を目の当たりにし、強いショックを覚えました。そんな中、団の労働関係の集会に参加した際、多くの団員の先生方が派遣切りの問題を訴え、法改正の動きに懸命に頑張っておられる姿には感動しました。あの頃の先生方の思いに触発され、自分も微力ながら活動させていただいたようなものでした。
次長職について、自分のようないい加減な人間につとまる者なのか、現在でも少し不安です。
でも、その派遣切りから五年も経った現在でも、非正規・派遣の問題は全く解決していないし、むしろ更に改悪されるような動きすらあります。また、それ以外にも限定正社員問題等々、労働法制に関する様々な問題がまき起こっております。
労働者が働きにくい世の中にしたくなく、次長としての二年間、この労働問題に真剣に関わっていければと思っております。
労働問題だけではなく、憲法改悪の動き等々、ありとあらゆる問題が起こっており、この二年間は、団としての活動も盛んになるんじゃないかと思います。
現時点では諸先輩方の知識に全くついて行けておりません。勉強していきたいと思っています。
神奈川支部で次長を経験された団員の先生は皆、次長当時を振り返り、「あの頃はきつかったけど、楽しかった」といいます。「きつかった」という言葉はさておき、私も他の先生と同様、終わったときに「楽しかった」といえるよう、充実した日々を送れればと思います。
労働、国際、選挙、広報の委員会の担当になりました。諸先生方に教えられたりしごかれたりしながら、一日でも早く、力になれるよう頑張っていきます。
全国の団員の先生方とは、特に総会や五月集会でご一緒させていただくことになるかと思います。二年間、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。
静岡県支部 佐 野 雅 則
先日の岩手安比総会において本部事務局次長に就任しました静岡県支部の佐野雅則(旧六〇期、静岡合同法律事務所)です。
静岡県支部から本部事務局次長を出すことは初めての試みとなります。静岡県支部で活躍されている多くの先輩方を差し置いて、未熟で若輩者の私が次長に就任することについては、大変恐縮であり、また大変光栄に感じております。
昨年の静岡焼津総会のあたりから、静岡から次長を出すという策動がにわかに具体化しました。まさか私が出ることになるなんて露程にも思っていなかったので、はっきり言って他人事でした。まさに対岸の火事くらいに思っていましたが、今年の静岡県支部総会(六月)において、懇親会の後の部屋飲みの最中、御大塩沢支部長より、「次長やらないか」と指名され、だいぶ飲んでいたおかげで、うっかり快く承諾してしまいました。しまったと思っているうちに安比高原まで来ていました。
地方にいると中央の動きには疎くなります。これまで参加した団総会などの中で、多くの発言を聞きましたが、当初は「この連中は一体なにを言っているんだ」ぐらいで全くついて行けない感じでした。その後、県支部の運営委員になり、それなりに色々知らないといけないと思うようになり、情勢を勉強するようになりました。そうすると、最近の団総会などでの発言趣旨がよくわかるようになり、理解が深まっていきました。まさに立場がその人を作っていくものだと実感しています。
そういうわけで、まだまだ次長にふさわしいだけの能力が備わっているとは言えませんが、次長という立場で多くのことに関わり、勉強し、議論し、考えることで、大きく成長していきたいと思っています。その間には多くのご迷惑をおかけしますが、田舎次長を温かく見守って下さい。
秘密保護法をはじめ、憲法を崩壊させようとする現在の危険な政治情勢において、自由法曹団の役割は重要度をさらに増しています。その中で本部事務局の仕事は想像を絶する激務ですが、微力ながらその一翼を担い、一致団結して徹底抗戦をしていきたいと思います。
静岡県においては、団員を中心に秘密保護法や憲法の学習会など多くの活動を積極的に行っています。ところが県弁護士会は、今年六月に憲法九六条改正反対の決議をしたきり、秘密保護法に至っては昨年三月に意見書を出したきり、最近の情勢に対しては何も動きもありません。何とも不甲斐ない。本部事務局次長が静岡から出たということで、県の団の活動、さらには県弁護士会の活動にもつなげていきたいと思います。
二年間、よろしくお願いいたします。
東京支部 鶴 見 祐 策
改正国税通則法(新法)の施行にともなう顕著な特徴が生まれている。「行政指導」に形をかりた修正慫慂である。新法で調査の事前通知と調査終了時の説明責任などが明記された。このことは団の総会議案書でも指摘されているとおりである。これ自体は当然である。ところが税務当局には負担らしい。
その迂回策であろう。納税者あてに税務署長名の文書が送られてくる。「確定申告の見直し・確認について」「確定申告についてのお尋ね」「書類の提出について」など表題は様々だが、「行政指導として送付」との付記はほぼ共通している。国税庁の指導と思われる。
新法施行に向けて国税庁が発表した「事務運営指針」では、「調査」と「調査に該当しない行為」の峻別をことさら強調している。「FAQ(一般納税者向け)」でも、行政指導の一環として納税者に「自発的な見直し」を要請し、必要に応じて修正申告書の「自発的な見直し」を要請するとの説明がある。
行政指導は「調査」ではない。通則法(二四条)の更正は「調査」を前提としている。だから更正にはよらず、自主的な修正の方向に納税者を誘導することになる。事前通知も説明責任の負担も免れたうえに税額増差の実を得ようということだろう。それは、従来の「慫慂」と変わらない。その予告にひとしい。
それに加えて送りつけられた文書には、納税者が修正申告に応じた場合には過少申告加算税は課さないが、これに応じない場合には、「調査を実施する場合があり」申告内容を是正するときは「過少申告加算税が課されることがある」との記載がある。不利益処分を掲げて「行政指導」に従わせようとするのは、行政手続法(三二條二項)の明らかな違反である。
調査の結果でも更正の理由や根拠に関する新たな紛争の原因が予想される。すでに新法施行後の税務当局の対応に対して納税者や税理士の取組みが各地で始まっている。
日本特有の不公平税制は改善のきざしがない。累年の優遇税制で大企業は本来の課税を減免され、巨額の内部留保(実質は隠れた補助金)を溜め込んでいるが、その一方で労働者や中小零細事業者など勤労市民層に所得税や消費税の課税と徴税攻勢が格段に強められようとしている。このことは最近の台風の進路よりも確実に予測できそうに思われる。強権的な税務調査と事業実態を無視した課税処分が行するに相違ない。納税者の権利を守る立場から課税処分の不服申立や処分取消訴訟の積極的な取組みが各地の団員に求められていると言えよう。
市 民 問 題 委 員 会
二〇一三年一月から改悪された国税通則法が施行されました。課税権の強化を目指す国税庁は、今回の改悪によって、全納税者の「記帳義務」の導入、税務調査における物件の「提示・提出」「留め置き」の新設、更正期間の五年延長などを実現させました。その半面、課税庁の側には、税務調査の事前通知、調査終了の手続の説明責任、処分理由の付記の義務が課せられました。
新法施行を踏まえ、団市民問題委員会では『税金裁判の手引き』を編集し、全国商工団体連合会から発行されました(A4版全四六頁)。本書は、税金裁判における納税者自身の気構えに力点を置きながら税金裁判の仕組みの全体について明らかにするという、これまでの「手引き」の特長を引き継ぎつつ、新法に対応して大幅な改訂を行ったものです。
実務の手引きとして、税務訴訟に取り組もうとする団員の入門書として、あるいは民主商工会などでの学習会のテキストとして、広く活用できるものとなっています。
団本部において頒布中ですので、どうぞご利用ください。
販売価格 一部四〇〇円(定価 一部四五〇円)
送料込みで一部五〇〇円(五部以上の場合、要相談)
注 文 先 団本部(FAX〇三―三八一四―二六二三)まで