<<目次へ 団通信1496号(8月1日)
団 長 篠 原 義 仁
一 安倍政権は、国家安全保障会議設置法と特定秘密保護法を強行採決し(一二月六日)、国家安全保障戦略、新防衛大網、中期防衛力整備計画を公表しました(一二月一七日)。次いで、「安保法制懇」(五月一五日)の報告をうけ、そして、自公の与党協議を経て、七月一日、臨時閣議を開き、わが国が集団的自衛権の行使を可能にすることを柱とする憲法九条の「解釈変更」を閣議決定しました。
昨年末にたたかわれた秘密保護法の反対運動の前進と法制定後も廃止を求める取り組みが継続するなかで、解釈改憲反対の声は、年明けから大きく盛り上り、「七月一日」を目前に控えるなかでも六月以降、官邸包囲行動が二度、三度と連続的に展開されました。
原発NO、秘密保護法反対、「改憲」阻止の声が大きく官邸と国会を包囲するなかで、平和を求める民意を無視して七月一日の閣議決定が強行されました。
戦後の歴代内閣が、長年にわたって違憲と判断してきた集団的自衛権の行使を、「限定承認」というまやかしの「論理」の下で、限定のための「要件」としては意味をなさない、抽象的文言、時の政権の恣意をを排除できない文言を付して強行しました。
団は、七月一日に直ちに抗議声明を発し、「戦争をする国づくりのためのあらゆる改憲策動を阻止するために全力を尽くす」と決意表明しました。
二 集団的自衛権行使容認の閣議決定は、政治的には大きな影響をもちますが、しかし、その実効化のためには、個別法の「改正」が必要で、「改正」が予想されるものとしては、「自衛隊の行動に関する法律」として、自衛隊法、武力攻撃事態対処法、周辺事態安全確保法、船舶検査活動法、国民保護法、特定公共施設利用法、海賊対処法、PKO法などで、「組織に関する法律」として、防衛省設置法、国家安全保障会議設置法などがあげられています。
これに対応して政府は、七月一日付で、内閣官房の国家安全保障局の下に三〇人規模の法案作成チームを起ちあげ、検討を開始しました。そして、当初は、これら「改正」提案は、九月二七日開催の秋の臨時国会に提出と予想されていましたが、安倍政権はこの間の内閣支持率の低下のなかで、近づく一一月沖縄知事選や来年四月の統一地方選への影響を懸念して、その結果、統一地方選明けの来春五月以降に「改正」法案を一括提出する、と報道されるに至っています。
国民に信を問うなら、直ちに信を問え、あるいは解散して一から信を問い直せ、ということでしょうが、安倍内閣は、国民の反撃を避けるため、「事態鎮静化」後の来年五月提出を目論んでいます。
他方、私たちは、この間にこの「閣議決定」の問題点を徹底的に解明し、独自に、あるいは弁護士会の取り組みに参加して、学習会や街頭宣伝を旺盛に展開し、原発のたたかい、秘密保護法のたたかいで示された教訓を総括し、より一層幅広い人たちとの間の共同の取り組みを推進し、同時に、(団も参加する「共同センター」が情勢に合わせて、斗う組織に発展的に改組された)、「憲法共同センター」の諸企画(各種集会、デモ、学習会、駅頭・街頭行動など)を圧倒的に成功させ、国民の共同、大衆運動の取り組みを推進してゆくことが求められています。そして、その斗いは、国会閉会後の七月以降の日程として具体的に提起されています。奮斗してゆくしかありません。
三 暑い夏のなかでの課題は尽きません
刑事法制の局面では六月三〇日、法制審が最終案を発表し、七月九日、その最終案が承認されました。ここでは捜査過程の全面可視化と証拠の全面開示の課題が、「盗聴法」の拡大、「司法取引」の制度化へと徐々に重心が移り、「盗聴法の拡大を獲りたい警察、司法取引を導入したい検察、可視化という成果をあげたい日弁連」という三者構造の下で、市民参加の委員の奮斗があったにもかかわらず、「妥協的」に最終案が承認されました。
団は、盗聴法(通信傍受法)の拡大と「司法取引」の課題を追求するために七月常幹の討議をふまえてこの問題の斗争本部を立ち上げ、松川裁判等の団の刑事司法での取り組みの実践と経験を生かして、継続的に取り組むための体制を確立してゆきたいと考えています。
「生涯派遣・正社員ゼロ」を強要する労働者派遣法「改正」案と無期転換権を骨抜きにする有期雇用特別措置法案の課題は、国民の側の反撃に加え、提案者側の失点もあって、六月国会は乗り切ることができましたが、九月(実質は一〇月)国会に再度議論されることとなり、再び、暑い取り組みが必要となっています。
この外、政府は、財界の意向をうけて (1)解雇しやすく低賃金の「限定社員制度」 (2)タダ働きと過労死を増やす残業代ゼロ法案 (3)解雇の金銭解決制度も画策しており、「企業にとって使い勝手のいい」労働者政策との全面対決の課題も山積しています。
沖縄の辺野古への米軍新基地建設問題も緊迫し、政府は、七月中にも埋立て工事へ向けた海底ボーリング(掘削)調査を強行しようとしています。普天間基地に配備されたオスプレイについても、「オスプレイ列島縦断計画」がくりひろげられ、岩国基地への飛来につづき、全国展開の様相を呈し、関東周辺に限定してみても、七月一五日に「人員輸送」のために厚木基地に立ち寄り、一九日には「給油」のために横田基地に飛来することが明らかとなりました。
原発問題では、全国各地の原発訴訟の前進、これらの斗いを大いに激励する大飯原発訴訟で画期的な差止判決をかちとる一方で、川内原発の再稼働が、「新しい規制基準」の下で八月中、遅くとも九月には、原子力規制委員会のゴーサインが出されようとしています。
三・一一事故以来、原発の稼働なしで電力供給が賄われ、原発NO、国民の生命、健康を守るという強い国民の信念によって国民の節電意義も高揚し、再生可能なエネルギーの開発にその眼が向い、原発なしでも国民生活が維持されてきました。それにもかかわらず、電力資本、財界の後追しで川内原発の再稼働が画策され、第ニ、第三の原発の稼働も狙われています。
暑い夏です。地球温暖化の影響もあるのでしょう。かって経験のない「天候不順」を経験しています。猛暑に負けず、体調を整え、熱中症にも留意しつつ、団の歴史と伝統の上にたって、前記諸課題の実践的追及のために、地域に入り、中央行動にも参加し、闘う仲間と連帯して、お互いより一層奮斗してゆきたいものです。
ひきつづく、ご協力、活動をお願い致します。
(追記)
七月一六日、原子力規制委員会は、九州電力川内原発一・二号機の再稼働の前提となる審査で、「新規制基準」に「適合している」との審査書案を了承するところとなり、情勢は、より一層緊迫しています。
東京支部 加 藤 健 次(盗聴法・司法取引阻止対策本部)
法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という)は、七月九日、「新たな刑事司法制度の構築についての調査審議の結果」(答申案)を全員一致で決定した。
答申案は、冤罪根絶のための刑事司法制度改革という特別部会の使命から大きく後退しているばかりか、「捜査手法の高度化」などと称して、自らに都合のよい捜査手法を求めてきた捜査当局の要求を正当化するものとなっている。
とりわけ重大なことは、答申案が、盗聴法の適用拡大と司法取引の導入を具体的に提起していることである。これらは、捜査機関の要求に応じ、冤罪を生み出し、国民の人権侵害につながるものであって、絶対に容認することはできない。
答申案は、盗聴(通信傍受)の「合理化・効率化」として、(1)盗聴法の適用対象を大幅に活用するとともに、(2)通信業者の立ち合いを不用として適用要件を緩和するなど、捜査機関にとって「使い勝手の良い」盗聴法への改悪を提起した。
そもそも盗聴法は、憲法が保障する「通信の秘密」(二一条二項)を侵すものであり、犯罪とは無関係な会話を対象とするなど国民のプライバシーを侵害する憲法違反の捜査手法である。また、警察は、実際には違法な盗聴を行ってきたが、緒方日本共産党国際部長(当時)宅盗聴事件が明るみになった後もまったく反省の色を示さなかった。
「こんな警察に盗聴法は渡せない!」という幅広い反対運動の中で、一九九九年に盗聴法(通信傍受法)が成立したが、対象事件は麻薬や銃器関係の事件に限定され、かつ、通信事業者の立ち合い等の要件が課された。そのため、捜査機関にとっては使い勝手の悪い法律となり、実際に令状に基づいて盗聴が実行された事案は年間数十件にとどまっている。
答申案が現実のものとなれば、捜査機関は自由気ままに盗聴を実行できることになりかねず、国民の通信の秘密やプライバシーが日常的に侵されることになる。
答申案は、「捜査・公判協力型協議・合意制度」すなわち司法取引と刑事免責制度の導入を提起した。
「共犯者」の誤った自白、証言が数多くの冤罪事件を生み出してきたことからすれば、盗聴法の拡大と同様に、特別部会で司法取引や刑事免責が議論されること自体が筋違いである。さらに、答申案では、被疑者・被告人と検察官との「取引」には、弁護人の同意が必要とされている。捜査段階での証拠開示制度もない現状の下で、弁護人は捜査段階で被疑者が取引を望んだ場合、一体、どのような資料をもとに取引の正当性を判断できるのであろうか。司法取引制度は、弁護活動の変質につながりかねない問題点を含んでいる。
「海外で戦争をする」国づくりに暴走している安倍内閣は、秘密保全法の年内施行に向けた準備を始めている。また、共謀罪の国会提出も取りざたされている。その中で、国民の監視体制と未然の弾圧を可能にする手段が、盗聴法であり、司法取引なのである。安倍内閣が進める「戦争をする国」作りを阻止するという点からも、盗聴法拡大と司法取引の導入を阻止することは、重要な課題である。
そもそも、特別部会が果たすべき役割は、冤罪を生み出す捜査手法を根本的に改め、国民の権利を守るための刑事司法の実現に向けた具体的な方策を議論することにあった。取調べ過程の全面可視化はその出発点となるべきものであった。しかし、答申案では、可視化対象事件は裁判員裁判対象事件など全体の三%程度にとどまっている上、例外事由も設けられている。
可視化の到達点の評価についてはいろいろな意見がありうるし、今後も取調の全面可視化を初めとする捜査の改革を求める運動に取り組むべきことは当然である。しかし、可視化の法制度化を理由に盗聴法拡大や司法取引導入を容認するなどとということは、絶対に認めがたいものである。
報道によれば、来年の通常国会に答申案を具体化する法案が提出されると言われている。団は、答申案が提起した盗聴法拡大と司法取引の導入を阻止するための運動を急速に広げていくために、七月沖縄常幹で「盗聴法・司法取引阻止対策本部」を立ち上げた。
八月二八日には、刑事訴訟法学者もお招きして、答申案の危険性について議論し、今後の運動方針を確立する予定である。
多くの団員の参加をよびかける。
盗聴法の拡大と司法取引の立法化を阻止するための全国会議
◎日 時 八月二八日(木)午後二時〜五時
◎場 所 弁護士会館を予定(決まり次第FAXニュース等でお知らせします)
東京支部 馬奈木厳太郎
一 急転直下の展開
「国、試算資料を提出 『存在せず』から一転」、「津波試算『資料あった』 国一転、存在認める」、「津波試算関連資料『現存』 国側、前回の回答訂正」――七月一六日付の各紙は、こうした見出しとともに一斉に報じました。
七月一五日、「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟の第七回期日が、福島地方裁判所において開かれました。前日の午後七時すぎ、国から「訂正書」と「上申書」と題された書面が、私の事務所にファックスされてきました。この「訂正書」と「上申書」が、冒頭の見出しにつながることになりました。
この日の期日では、国と東電、そして原告がそれぞれ書面を提出し、宮城県在住の原告が意見陳述しました。
国の書面は、規制権限の不行使を判断するに際して行政の裁量を否定する原告の主張は誤りであり、O.P.+一〇メートルの津波到来につき国に予見可能性は認められず、経済産業大臣には基準適合命令を出す権限が事故当時にはなかったとするもの(準備書面六)、原告の主張する平穏生活権が保護されるべき利益にあたるとしても、指針で定められた以上の慰謝料が認められるためには特段の立証が求められると主張するものです(準備書面七)。
また、問題の「訂正書」は、原告側が予見できたとする根拠として、一九九七年に農水省などが作成した「太平洋沿岸部地震津波防災計画手法調査」(「四省庁報告書」)が二倍の津波高さで試算するようにとしていることから、これに基づき二倍で試算するよう東電に指示したことがあるか否かを明確にするよう求めたものに対して、「当時の資料が現存しないため、事実の有無を確認することができない」としていたものを訂正し、求めたことについて「国も認める」と認否を改めたもので、「上申書」は、原子力規制庁原子力規制部安全規制管理官(地震・津波安全対策担当)付事務官において、七月八日、「電力会社らから提出されたと認められる資料を確認した」として、当該文書を添付して開示するとしたものです。
東電の書面は、原賠法は特別法なので民法の適用を排除すると述べたうえで、中間指針などの内容が合理的で相当であることから慰謝料の額を算定するにあたっても過失を考慮する必要はなく、「現在進行形の本件訴訟と同種の他の訴訟事件においても、複数の裁判所より被告東京電力の過失は問題とならない旨の見解が示されている」と主張したものです(準備書面九)。
原告の書面は、国・東電が唯一の津波評価手法であるとする土木学会の策定した「津波評価技術」の問題点を指摘し、「長期評価」など否定できない危険性を示唆する情報・知見に真摯に耳を傾けていれば予見できたとするもの(準備書面二一)、予見可能性の対象について主張を補充し、予見可能性を基礎づける知見の程度に関する国の主張に反論するもの(準備書面二二)、シビアアクシデント対策として津波対策を怠った国の責任を指摘するもの(準備書面二三)、国や東電の中間指針が合理的で相当だとする主張を批判し、原告らが請求する慰謝料の性格について主張したものです(準備書面被害総論四)。その他、被害立証にかかる検証申出書や検証予定書なども提出しました。
二 添付された資料の内容
「上申書」に添付されていた書面には、過失の存否について重要な内容が含まれています。添付書面は、四省庁報告書への「対応について」と題されたもので、一九九七年七月二五日に「津波対応WG」が作成したことを示す記載があります。
四省庁報告書は、一九九七年三月、過去に生じた津波にとらわれず「将来生じうる地震・津波を想定すべき」とし、従来の想定の二倍の津波高さで対策を考えるよう指摘していました。これを受け国は、電気事業連合会(電事連)に試算結果をまとめるよう指示していました。
添付書面には、従来の二倍の津波高さになった場合の全国の原発への影響結果を試算した一覧表も含まれ、福島第一原発での津波は敷地高九・五メートルとなっています。添付書面は、「四省庁資料から読み取った津波高さは……福島第一、福島第二、東海第二、浜岡とともに、余裕のない状況」と明記しています。福島第一原発については、「非常用海水ポンプのモータが水没する」ともされています。一方、このように敷地高を超える津波の危険性を認識していながら、敷地高を超える津波による建屋への浸水の危険については考慮された様子はなく、対応策についても、「建屋駆体の変更」を例として挙げながら、続けて「ただし、現状建屋の駆体変更は難しい」として対策を取ることはできないとし、これに代わる代替策の検討を行った形跡もありません。
また、「検討結果の公表にあたっての四省庁に対する要望事項」として、「最大規模の津波の数値を公表した場合、社会的に大きな混乱が生ずると考えられることから、具体的な数値の公表は避けていただきたい」、「検討結果の公表に際しては、事前に公表内容の調整をさせていただきたい」など、数値の公表を避けるよう働きかけていたことを窺わせるものとなっており、「津波防災計画策定指針(案)」の文言についても、何カ所にもわたって、「『常に安全側の発想から』の記載があると、事象の発生確率、対応するためのコストとは無関係に安全側の設定がなされる恐れがあり」として、文言の削除や「対策として設定するものとする」とされているものを「設定することが望ましい」に修正するよう求めていました。
この添付書面は、前記の内容からもわかるように、一九九七年段階で、国も東電も福島第一原発の敷地高を超える津波の危険性を認識していたことを窺わせるものであり、あわせて対策をとることを極力避けようとする事業者側の姿勢を示すものと評価することができます。
原告側は、期日において、作成者を明確にすることや、「上申書」への添付といった方法でなく作成者が自ら証拠として提出することなどを求めました。
三 世界観の対決
東電は、今回の書面において、「複数の裁判所より被告東京電力の過失は問題とならない旨の見解が示されている」とし、あたかも福島地裁の審理が全国のなかで異様なものであるかのように主張し、なおも過失の審理は不要だとの態度に固執しました。原告側は、裁判所に不当な影響力を与えるものだとして撤回を求めました。裁判所も直ちに、「過失は重要な争点として審理を進めていることを改めて確認する」と発言し、東電の主張を一蹴しました。
第七回期日を経て、過失をめぐる争点についての主張はほぼ出揃った形になりました。住民の生命・健康といった利益と企業の経済活動といった利益の対立がいよいよ鮮明になってきたといえます。
原子力規制委員会委員長が、新規制基準への適合をもって、「安全だということは私は申し上げません」と適切にも述べているなか、国は、「世界で最も厳しい」という新たな“安全神話”を作り上げ、再稼働を推進しています。
私たちの裁判は、「人の生命や健康よりも企業の経済活動を優先させる社会のありかたを変えよう!」という問題提起でもあります。大飯原発差止判決などの流れをより大きなものにするよう、引き続き全力で取り組みます。
東京支部 後 藤 富 士 子
一 「法律婚」の利権を貪る母親
七月一七日、最高裁第一小法廷は、DNA鑑定で父子関係が否定された三件のケースについて、「妻が婚姻中に妊娠した子は、夫の子と推定する」という民法七七二条一項を厳格に適用し、父子関係の存否を争うことはできないと判示した。「嫡出推定」は、法律婚における「子の身分関係の法的安定」を図るもので、夫は、嫡出否認の訴えによってのみ父子関係を否定することができる。しかも、夫が嫡出であることを承認したときは否認権を失うし(同七七六条)、出訴期間は出生を知ったときから一年以内とされている(同七七七条)。また、嫡出否認の訴えは、夫のみに認められているもので、夫以外の者が嫡出否認訴訟で父子関係を争うことはできない。
ところで、三件の訴訟のうち二件は元妻または妻側から提起され(北海道と近畿のケース)、一審、二審が父子関係を取消したのに対し、夫側が上告して逆転勝訴したものである。あとの一件は、元夫が父子関係取消を求めたものであるが(四国のケース)、一審、二審のいずれも嫡出否認の訴えの出訴期間を過ぎていることを理由に認めなかったもので、上告でも敗訴している。すなわち、下級審判決は、科学的に自分の子でないことが証明されても、父親は「子の身分関係の法的安定」を理由に父子関係を否定できないのに対し、いわば「姦婦」である母親にはそれが許されるというのである。一方、最高裁は、「子の福祉」ではなく、「法律婚」を守っているにすぎない。
ここで「私がその子どもだったら」と想定すると、ただただ自分を産んだ母親の背信性に打ちのめされる。母親は、法律婚の夫と、夫以外の男性と、同じ時期に性交渉をしていたわけで、どちらの子であったかは偶然の賜物にすぎない。しかも、嫡出否認の出訴期間を徒過させているうえ、子の血縁上の父である不貞の相手方男性と同居し、または再婚して、その男性との血縁上の父子関係の承認を国家に求めている。私は、性的潔癖症の感情はあまり持ち合わせていないが、「法律婚」の利権を貪る母親の卑しさに我慢がならないのである。
二 「嫡出推定」をめぐる諸問題
「嫡出推定」を規定する民法七七二条の第二項は、婚姻成立から二〇〇日経過後または離婚から三〇〇日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定するとしている。民法七三三条で女にだけ六か月の再婚禁止期間が設けられているのも、法律婚制度の要である「嫡出推定」のためであろう。「三〇〇日問題」として騒がれた際にも、DNA鑑定が全てを決着させると思われた。
一方、性同一性障害に関し、平成一六年七月に施行された特例法(平成二〇年に改正)により法律婚をしたFTM夫(女から男へ戸籍の性別変更)と妻が、代理精子を用いて子を設けた場合の取扱いで、最高裁第三小法廷は「嫡出子」と認める判決をした。ここで主張された論理は、非配偶者間人工授精で生まれた子も嫡出子とされていることとの比較である。こちらのケースでは、いずれもDNA鑑定では父子関係を否定される。
ここでも私は、「子の立場」で考えてしまう。自分の生物学上の父親が誰なのか、その個人特定自体よりも、どのようなDNAをもった、どんな男性だったのか分からないというのは、全く冗談ではない。非配偶者間人工授精で生まれた子も、「出自を知る権利」を主張している。七月二二日毎日新聞の「香山リカのココロの万華鏡」で、親子関係を判定する上で大切なのは、血縁でも法律でもなくて、「どれだけ子どものことを大切に思ってくれるか」ではないかと思えてくる、という。
三 「法律婚優遇」を止めませんか?
日本国憲法二四条一項は、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と定めている。
これに照らせば、父子関係取消訴訟三件いずれのケースでも夫は非難されるいわれはないのに対し、妻は非難されてしかるべきである。「家族の在り方の多様化」に比べて民法の規定が古くなったのではなく、法律婚の利権だけが貪られる無法地帯化しているにすぎない。ちなみに、事実婚主義を採用している中国では、育てる意思をもって育てた親が父であるという。血縁や権力的強制ではなく、人として自由意思に基づく行為を基本にした制度でなければ脆弱で荒廃していく。
翻って、「相続差別」が問題にされた「非嫡出子」も、法律婚優遇制度が生み出した「地位の不平等」である。離婚・非婚の単独親権制も、子にとっても親にとっても「地位の不平等」にほかならない。
これらの問題事象をみるとき、法律婚の利権を求めて「嫡出子」になろうとするのではなく、むしろ法律婚優遇制度を止める覚悟がなければ、問題を解決することはできないように思われる。夫婦の意思に基づき同権と協力によって維持される婚姻こそ、未だ実現されない憲法が規定する婚姻像であり、それは事実婚ではなかろうか。
(二〇一四・七・二二)
滋賀支部 玉 木 昌 美
昨年の団総会でみややっこの憲法落語を聞いたとき、憲法を語るのにこんな切り口もあるのかと大きな衝撃と感動を覚え、団通信に「みややっこに惚れた」を書いた。また、京都で笠木透さんのコンサートを聞いたとき、戦時中の体験に基づいた憲法や「はだしのゲン」を語るトークと歌に感動し、これまた団通信に「笠木透コンサートを全国で開催を」と一文を書いた。昨年最も感動したこの二つの憲法企画を同時に行うという贅沢な企画、憲法落語&ピースナインコンサートを七月二〇日大津市民会館において開催した。当日は連休のど真ん中という日程にも関わらず二〇〇席の会場はほぼ満杯となった。
オープニングでは実行委員会のメンバー二人が自ら作った平和の歌を披露した。そして、実行委員会を代表して私が挨拶をし、今回の企画に至る経緯や集団的自衛権行使容認の閣議決定は許されない旨を訴えた。
みややっこの憲法落語は、団総会のときとは異なり、九〇分をかけて憲法を全面展開するものであったが、時折笑いを誘いながら、聴衆を引きつけるものであった。憲法一三条の重要性を強調し、とりわけ戦前から戦後へ女性の人権状況がどう変わったのか、そして、自民党憲法草案のひどさを流れるように展開し、九〇分を長いと感じさせなかった。みややっこの話で麻生のナチスの手口発言とその弁解(「反語」)を見事に切り裂いたのは痛快であった。尚、彼女の文化的素養、造詣の深さに改めて感心したが、ある程度の素養がないと笑えない場面も一部あったかもしれない。彼女の話によれば、女性の反応は敏感であるが、男性は今一つらしいが、男性は・・・。
また、笠木透さんと雑花塾のコンサートは、トークも歌も会場と一体となったすばらしいもので、これまた感動的であった。昭和一二年生まれの笠木さんは、闘病生活もされ、杖を突きながら登場されてやや痛々しい感じも受けたが、歌い、語りだすやそのパワーに圧倒された。笠木さんは、戦時中は、自由にものが言えず、歌も軍歌ばかりで自由に歌えないなど国民生活自体が大きくゆがみ、子供たちも天皇のために死ぬことを当然とする教育を強制されるなど大きな影響を受けた、しかし、その中でも子供たちは軍歌すら替え歌にして歌うなどしていた、と語った。そして、校長が教育勅語を朗読中、鼻水もすすれない子供たちの苦難や「海ゆかば」を動物の「かば」と理解していたことを面白おかしく語り、会場は大爆笑となった。戦争は戦場で鉄砲を撃つことだけと思ったら大間違いで国民生活そのものがおかしくなるという指摘は重要である。歌は「あの日の先生は輝いてみえた」から始まる「あの日の授業〜新しい憲法のはなし」や従軍慰安婦を歌った「ホウセン花」が懐かしく、印象的であった。反原発の思いが凝縮された「海を汚すなよ。」の三行の歌もみんなで繰り返し歌い、思いを共通にした。
私はプログラムに笠木さんが作った中から特に思い入れの強い二つの歌を選んで掲載し、「みんなで歌おう」と提起していた。一つは「軟弱者」であり、「私たちはどんなことがあっても戦力は持たない 私たちは何と言われようと戦争はしない」という歌である。笠木さんは、今の情勢の中でしっかりと闘いをしなくてはならないと言われ、最後にこの歌をみんなで合唱した。さらに、アンコールでは、笠木さんは、原発問題で土のうえで遊べない福島の子どもたちの現状を紹介し、見捨てられた福島の現状からすればオリンピックどころではないと政府を批判され、有名な「私の子どもたちへ」をみんなとともに歌い、会場は感動の渦に包まれた。
終了後、会場出口でみややっこと一緒に参加者を送り出したが、ほとんどの人が感動しており、「よい企画をありがとうございました。」という反応であった。
この企画はより幅の広い人、たとえば、保守的な人や若い人にも参加してもらおうという意図があったが、いつもの憲法学習会に比べると若い人の参加がそれなりにあったと言える。
多くの人から沢山の感想文が寄せられたが、その一部を紹介する。
(若い人の感想)
○憲法落語
・私たちは憲法が何を経て作られたのか、戦争がどのようなものだったか、創作物や教科書、人の話で知ってきました。ですが、まだまだ知らないことはたくさんあり、正直関心もうすいと思います。そんな私にもわかりやすく話、落語聞くことができました。大人たちがこれだけがんばって考えているのだから、私たち子どもはまだ学ぶ必要があり、大切なことをつないで、受け取っていかなくては、と感じました。勉強、がんばります。
・むずかしい言葉とかがでてきて分からないことがあったけど、憲法が大切だとか、今あべさんが自分勝手なことをしようとしていることがわかりました。私は今日で一六才になって大人になったと思っていたけど、今回ので、まだ自分は子どもで二〇才じゃないからできる事がすくないのがくやしいです。
○ピースナインコンサート
・日本は昔自由がなかった事を、笑い話を交えながらでわかりやすかったです。でもすごくかなしいことがいっぱいあったのが分かりました。
・教科書や授業で知る戦争より、歌として伝わる当時の方が心にきます。これからも当時何があったのかをもっと知っていこうと思いました。
(一般の人の感想)
○憲法落語
・とにかく、笑いながら、しかし、しっかり学ぶことができました。小難しくなく、核心をつく話ができるようにもっともっと勉強が必要だと思いました。
・憲法ですから、むつかしい話だと思うところを、このように話していただけるのは非常に貴重だと思う。是非一門を形成してもらいたい。弁護士先生たちで!!
・今年の春、玉木先生のお話も聞きました。きょうの飯田先生のお話とおなじようにわかりやすかったと思います。なので玉木先生も和服を着て座布団座って講義していただくのはどうでしょうか。
・とても大事な約束、きまり事、笑わせながら学べるとは感動です。わかりやすく、たのしく、そして変えられたら大変という力がわいてきました。
・あっというまでした。面白おかしく辛口での講義ですっきりしました。
・自民党の草案のひどさがよくわかりました。
○ピースナインコンサート
・平和の尊さをかみしめたはずなのにこの日本の政治家たちは!!笠木さんのライブをきかせたい。平和を六八年、六九年と続けられるように。
・笠木透さんの歌、ひさしぶりです。そうです。御本人の顔はじめて認識しました。すみません。どの歌も涙なしでは歌えませんでした。
・玉木先生の「僕の大好きなものを二つに一度」と言われていたことがよくわかりました。ありがとうございます。笠木さん最高です。慰安婦のうた、聞けてよかったです。フォークソングって良いですね。
・笠木さんの力強いお話と歌。最高でした。
・大病を克服された笠木さんの歌素晴らしかったです。「海を汚すなよ」のうたはキンカンで歌っていきます。
・若いころから何十回も歌ってきた「私の子どもたちへ」の作者の笠木さんの歌声を今日初めて聞かせていただくことができ、本当に感動しました。ありがとうございました。全曲ステキでした。歌いつないでいかなければならないと思いました。
・久しぶりに笑い、涙しながら、あっという間に時間が過ぎました。
・親しみやすい歌とリズム、そして、笠木さんのお話も腹の底から笑えるもので、とってもとっても楽しかったです。
・歌もトークも本当に良かった。笠木さんの平和への思い、また、それを多くの人に伝えたい思いがよくわかりました。
(その他・今後の企画についてのご意見・ご要望)
・楽しみながら学べるこのような企画をまた希望します。
・憲法の大切さを広く多くの人に伝える方法として今回の企画は大へん素晴らしと思いました。若い人たちにももっと参加していただけたらなお素晴らしいですね。
・またやって!!
・本当にすばらしい企画ありがとうございました。誰もが感動できる内容だと思います。
今回の集会には大阪の西晃団員にもご参加いただき、「・・コンサートへ。これがもうサイコー、今日は一日で二度美味しい・・そんな贅沢を思い切り味わいました。」と絶賛する感想をいただいた。
集会終了後は、出演者を囲んで懇親会を行ったが、参加者それぞれが感想や思いを語り、大いに盛り上がった。
結論的には、前にも書いたように全国でこうした企画の開催をお勧めしたい。
福島支部 安 田 純 治(松川運動記念会・理事長)
来る八月三〇日一三時から、福島市郊外の福島大学で記念学習会があります。
松川記念塔は、松川事件無罪確定を記念し、松川の闘いの意義を後世に伝えるために、列車転覆現場の近くに建てられました。
そこには、作家・広津和郎の起草になる「人民が力を結集すると如何に強力いかなるかということの、これは人民勝利の記念塔である」という言葉が刻まれています。
アメリカ軍の占領下で起きた、戦後最大の謀略事件は、何者かが列車を転覆させ、共産党員を中心に二つの労組の合計二〇名を起訴したことから始まり、わが自由法曹団と団外の広範な弁護士、市民が支援の輪を拡げ、権力側と一四年にわたる激闘の末、完全無罪を勝ちとり、追い打ちをかけて検察・警察の証拠かくしなどを追及する国家賠償訴訟を提起して、これも完全勝利をした歴史的事件であり、今も生きている教訓の宝庫というべき事件です。
私自身、弁護士五〇年の法廷内・外での活動で、松川事件の運動の経験が常に生かされてきました。
故・岡林団員が提唱したといわれる「主戦場は法廷の外にある」という言葉(実はもっと丁寧な説明がついていたのが、スローガンとして単純化された)が、どのような条件で提起されたのか、またスローガン化された場合の功罪、あるいは、無罪判決要求か公正裁判要求かの論争の意味などなど、市民運動と結びつく訴訟を担当するとき、松川運動の経験は実に貴重なものでした。
私が駈け出し弁護士であったころ、福島県で全国ニュースになるような争議や事件が頻発しましたが、いかにも経験豊かな弁護士のように振る舞えたのは、松川運動のたまものと思っています。
戦後七〇年、今や国会でも、地獄の使者がのさばり歩き、街頭でも、ヘイトスピーチに市民が動員される状況が生まれています。
昔と違って、反動の流れに抗する力も大きいのは事実です。しかし、松川事件直前には福島県には四〇〇〇名の党員が居たといわれております。それが松川事件後は二〇〇名位になったといわれています。もちろん、松川事件だけが原因でなく、レッドパージ、大量解雇などで職を追われたり、いろいろな原因が相乗作用したことはありましたが、松川の謀略が、共産党員を孤立化させ、支持する市民を蹴散らしたことは否定し得ない事実です。
日本を取り戻す、などといっている勢力は謀略を仕掛けたくてウズウズしている、と私には思われます。われわれは、謀略を素早く見抜く力量を高めておかねばなりません。謀略を打ち破る能力を高めておかねばなりません。
証拠の捏造・隠匿、証人の誘導、自白の創作などの手口は、政治的謀略事件に限られたものではありません。そこで私たちは、記念塔五〇周年記念講演に、袴田事件の弁護団長の西嶋団員のお話も用意をしました。困難極まりない再審の壁をいかにして打ち破ったか、貴重な教訓もお伝え頂けると思っています。
当日は、故岡林・大塚両団員の寄贈資料を含む福島大学松川資料室の見学もして頂けるし、同資料室の研究に生活の全部を投じておられる伊部元教授の話もありますので、ぜひ団員のみなさま、ことに若手団員のみなさまに、この記念講演会への賛同と御参加をお願いします。
二〇一四年七月二二日