<<目次へ 団通信1497号(8月11日)
田中 隆 | 政令案・運用基準案を読む |
森 孝博 | 秘密保護法の施行令と運用基準案について ―廃止の重要性がいっそう明らかに― |
今村 核 | 三鷹バス痴漢冤罪事件に逆転無罪 |
谷 文彰 | 高裁も人種差別と初判断 〜京都朝鮮学校ヘイトスピーチ事件〜 |
横山 詩土 | マツダ派遣切り訴訟 和解の報告 |
中瀬 奈都子 | 資生堂・アンフィニ事件地裁判決のご報告 〜解雇・雇止め無効の判決が出ました |
畠山 幸恵 | 給費制廃止違憲訴訟第ご報告とお願い |
大久保 賢一 | マーシャル諸島共和国の核兵器保有国に対するICJ提訴を支持する |
東京支部 田 中 隆
一 公表とパブリックコメント
七月一七日、情報保全諮問会議が開催され、政令案・運用基準案関係の資料が公表された。膨大な資料はすべてHP上に公開されている。秘密保護法を逐条批判した意見書等を編集した関係で、解析と検討を試みざるを得なかった(適性評価部分は未了)。解析MEMOは改憲阻止MLに掲載しているので、参照いただきたい。
政令案・運用基準案および独立公文書管理監を設置する内閣府本府施行令改正案について、パブリックコメント(PB)が実施されている(八月二四日まで)。
はっきりさせておくべきは、「枝葉」の政令・運用基準がどうなろうと、本質や構造に影響をおよぼさないこと。「枝葉」に過剰なまでの情報の公表を行い、執拗なまでの意見募集を行うのは、「枝葉」の検討に参加させることによって「共同検討者=共犯」に仕立てあげ、「反民主的」との「汚名」を打ち消そうという「カラクリ」とすら考えられよう。
自由法曹団は軍事法たる秘密保護法を原理的に否定しているのであって、「よりよき秘密保護法」を志向しているのではない。また、国民的な関心や批判は秘密保護法に向いているのであって、「枝葉」に向けるべきものではない。PBへの参加を呼びかけるなら、本質を叩いて廃止に結びつけるものでなければ意味がない。
「民意に反して強行された憲法違反・人権蹂躙の本質は変わっていない」(政令)「行政機関の一存で無限定に秘密が広がる問題点はまったく解決していない」(運用基準)「内部の監査で管理の適正ははかれない。まして官僚が提供を拒否できるようでは」(内閣府)と叩いて「秘密保護法はただちに廃止を」とつなぐあたりの、はっきりとした打ち出しが必要だろう。
このことと、法律専門家として政令・運用基準等に解析を加え、監視と批判の視座を確立することとは別の課題。前記の解析はそのための作業である。本稿では特徴的な三点だけ取り上げる。
二 行政機関・指定機関をめぐって
検察庁を行政機関に追加(令一条 「長」を検事総長だけでなく、検事長、検事正に重層化 令二条)したうえで、限定条項(令三条)で指定する行政機関(指定機関)から多くを除外した。
その結果、指定機関は、(1)国家安全保障会議、(2)内閣官房、(3)内閣府、(4)国家公安委員会、(5)金融庁、(6)総務省、(7)消防庁、(8)法務省、(9)公安審査委員会、(10)公安調査庁、(11)外務省、(12)財務省、(13)厚生労働省、(14)経済産業省、(15)資源エネルギー庁、(16)海上保安庁、(17)原子力規制委員会、(18)防衛庁、(19)警察庁の一九機関となった。
防衛・外交に直接対応する機関((1)(2)(11)(18))を中心に、治安警察・危機管理関連の機関((4)(7)(8)(9)(10)(16)(19))と経済・資源エネルギー関連の機関((5)(12)(14)(15)(17))を両翼に連ねる「布陣」である。「本土決戦・全住民避難」まで想定した有事法制モデルからすれば、国土交通省や文部科学省も不可欠なはずだが、「古典的な全面戦争など想定しない」というのが前提だから、「さしあたりは不要」と考えたのだろう。まさしく「外向きで現代戦対応の限定」である。
検察庁を重層的に組み込みながら指定機関から除外したのは、「特定秘密の提供を受ける機関」(法六条(1))に加えておくため。秘密保護法違反の捜査や公訴を遂行するのは検察官だが、法一〇条(1)一ロの規定で検察官に提供できるから、この関係では検察庁を追加する必要はない。検察庁の組み込みは、行政機関たる検察庁を重層的に「特定秘密共有主体」に取り込むことを意味している。公安調査庁や公安審査委員会の残置も含め、治安公安方面への傾斜が顕著であることに、留意と警戒を要する。
三 管理システムの「水準」をめぐって
令四条から一五条で組み上げられたのが、指定・解除・保護措置などの管理システム。秘密保護法本体にまさるとも劣らない複雑怪奇な法文だが、言っていることは三点しかない。
(1)指定したら表示や通知をし、「管理簿」に記載する。
(2)満了・延長・解除のときは変更し、「管理簿」に記載する。
(3)保有する者には(1)(2)をやらせ、ルールを守らせる。
大事にものごとを管理しようとすれば、こうするしかないことなど小学生でもわかる理屈で、「管理マニュアル」は「小学生レベル」を一歩も出ていない。一二条の「一二のルール」項目もあたりまえのことを言っているにすぎない。
パソコン(PC)の扱いが取り上げられているのは、ウェブ上の流出やハッキングを警戒してのことだろうが、特定秘密を収録するPCを他のPCと分離することや、インターネットから切断するなどの具体的な方策は記述されていない。仮にこうするとしても、公表すると「手の内」を見せることになるからだろう。
この「小学生レベル」が、「適合事業者についての基準」(令一三条 法五条(4))と連動し、現実の問題に転化するおそれがある。普通の企業であれば当然守れるルールが基準だから、「適合性」の要件はないに等しく、どのようにでも「適合事業者」が生み出せるからである。
四 「監理機関」をめぐって
法一八条の要求で策定される運用基準の最後に、「適正確保の仕組み」の章が設けられている。法案への批判・反対の強まりのもとで、修正によってあわただしく法一八条(4)(首相の指揮監督)と法附則九条(適正確保のための措置)が挿入されたためである。
前者に対応する保全監視委員会は運用基準で設置され、後者の独立公文書管理監では内閣府本府施行令の改正で設置される。法改正で設けられるべき「監理機関」が閣議決定にすぎない運用基準などで生み出されるところに、本質が透けて見えている。
なにが起こるか。
保全監視委員会や独立公文書管理監は、職務遂行のために特定秘密の提供を求めることができる。そのために法一〇条(1)イの「準ずる業務」を活用することになるが、これでは「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認められない」と、行政機関が判断すれば拒否が可能になる。法一〇条(1)イの「なんでもはいるマジックカード」に逃げ込んだためだが、より本質的には「なにが秘密かは内閣にも内閣総理大臣にも秘密」という「官僚の情報独占」の構造をもっているためである。
二つの機関の関係・分掌もまことに珍妙である。
保全監視委員会は指定・解除と文書ファイル、独立公文書管理監は指定・解除と適性評価で、指定と解除は両機関の「共管」。これを無理して分けようとするから、適正のチェックと把握は独立公文書管理監、数量的把握は保全監視委員会という「分担のための分担」が発生する。質と量を切り分けるに等しいこの手法が、マネージメントとして適切とはとうてい思えない。「情報の切り分けが不適切で、特定秘密の件数が多すぎる」という問題が発生したら(こんな通報がされたら)どう対処するのだろうか。
五 秘密保護法と集団的自衛権と国会と
政令案・運用基準案が公表された七月は、集団的自衛権等の閣議決定が強行された時期であり、「衆議院選挙制度に関する調査会」(第三者機関)の委員等が公表された時期でもある。
それぞれに対応してきた因果からか、すべてに解析と対応を組むことになってしまった(結果はそれぞれのMLに掲載)。多忙な暑い夏ではあるが、筆者が生まれた年の警察予備隊創設以来の憲法史と、国家秘密法以来の秘密法制と、政治改革以来の議会政治の検証と考えれば、半生の総括ということにもなるのだろう。
(二〇一四年 八月 六日脱稿)
東京支部 森 孝 博
先月二四日、内閣官房の特定秘密保護法施行準備室から、秘密保護法(以下、単に「法」とも表記します。)の施行令と統一的な運用基準の案が公表され、これらの案に対するパブリックコメントが開始されました(八月二四日まで)。施行令は秘密保護法に二二箇所も規定された政令委任によるもの、運用基準は法一八条一項に基づくもので、当然のことではありますが、その内容は秘密保護法で定められた枠内のものにすぎません。つまり、国民主権の形骸化(行政による情報の独占と統制)、基本的人権の侵害、反平和主義(軍事法)といった秘密保護法の構造的欠陥を是正するものでは何らありません。むしろ、施行令や運用基準の案をみると、秘密保護法の有害性をいっそう助長する危険性が高いといわざるをえません。
気付いた問題点をいくつか挙げてみたいと思います。
(1)秘密の対象とされる「防衛に関する事項」(法三条、別表第一号)に「自衛隊の運用」が掲げられていますが、運用基準案ではここに「米軍の運用」が含まれることを明記しています。集団的自衛権の行使、米軍と自衛隊の一体化という秘密保護法の狙いが現れています。
(2)秘密とされた情報の廃棄の危険性も秘密保護法の大きな問題ですが、施行令一二条は、法が政令に委任した秘密保護措置の一つに「特定秘密の漏えいのおそれがある緊急事態に際し、その漏えいを防止するため他に適当な手段がないと認められる場合における焼却、破砕その他の方法による特定秘密文書等の廃棄」(同一〇号)と定めています。内閣総理大臣の同意を得なくても、「保護措置」の名目で曖昧な要件のもと「廃棄」が可能となり、いっそう国民の知らぬ間に重要情報が闇に葬られる危険が高まります。
(3)適性評価について、運用基準案は「評価対象者の思想信条並びに適法な政治活動及び労働組合の活動について調査することは厳に慎み」としていますが、具体的には「仮に調査の過程で調査事項に関係しない情報を取得した場合には、これを記録してはならない」とするのみで、思想信条、政治活動、組合活動に関する情報が収集される危険があることを否定していません。
(4)運用基準案で、秘密取扱者(取り扱わなくなった者も含む)に対して「漏えいの働き掛けを受けた場合」のみならず「その兆候を認めた場合には、上司その他の適当な者へ報告するなど、適切に対処する」という責務を課しており、国民監視を助長する危険があります。また、秘密取扱者間でも、「外国籍の者と結婚した場合」、「裁判所から給与の差押命令が送達される」等、「特定秘密を漏らすおそれがないと認めることについて疑義が生じた」場合は速やかに特定秘密管理者に報告するとしており、相互監視をもたらそうとしています。
(5)運用基準案で掲げている内閣保全監視委員会(仮称)、内閣府独立公文書管理監(仮称)は独立性がなくチェック機能は全くありません。さらにいえば、運用基準案は、内閣府独立公文書管理監(仮称)について「必要があると認めるときは、行政機関の長に対し、特定秘密である情報を含む資料の提出又は説明を求め、又は実地調査をすることができる」などとしていますが、この機関は法一八条四項に基づくものでなく、いかなる法的根拠をもって上記のような権限を有しているとしているのか全く不明です。国民の批判をかわすためだけに設置された「第三者的機関」のお粗末さが端的に表れています。
(6)運用基準案は、「適正確保」として秘密指定等に関して行政機関に通報窓口を設けるとしていますが、通報に際しては「取扱業務者等は、特定秘密である情報を特定秘密として取り扱うことを要しないよう要約して通報するなどし、特定秘密を漏らしてはならない」としています。このような要約が可能なのかそもそも疑問ですし、仮に可能としても、その要約を誤れば漏えい罪に問われかねず、この窓口が内部通報に資するとは考えられません。
(7)国民の大きな懸念である罰則規定(法第7章)については、具体的な言及が全くなく、人権侵害や悪用の危険性が何も払拭されていません
ここで挙げた以外にも施行令、運用基準は多くの問題点を抱えていますが、そもそも秘密保護法自体が「廃止」以外に途のない違憲立法であり、その下位に位置するにすぎない秘密保護法の施行令、運用基準によって違憲性が助長されることはあっても、改正や解消されることはないということが最大の問題です。いみじくも今回公表された政府案はこのことを明らかにしたと思います。今後も「廃止」を強く求めて運動に取り組んでいきましょう。
東京支部 今 村 核
公訴事実
本件は、三鷹市の公立中学勤務の津山正義氏が、二〇一一年一二月二二日午後九時二八分ころから同三五分ころにかけ、走行中のバス内で女子生徒(一七)の臀部を着衣の上から触ったとして起訴された事件である。女子生徒は、後ろに立った津山氏が、ねっとりと手のひらで数回、お尻全体を撫で上げたので、耐え切れずに振り向いたと供述した(目視せず、臀部の触感による)。津山氏は逮捕、勾留され「目撃者がいるんだ!」「車載カメラに痴漢しているところが映っている」など「インボー方式」の取調べを受けたが否認をつづけた。
車載カメラ映像
バス会社は、交通事故解析用に車両にカメラを搭載し、一つはフロントガラス上部から後方を俯瞰していた。ステップを上がりバス後方にいた女性と津山氏も、人に遮られつつも映っていた。ただしカメラは二五万画素、一秒に五枚の静止画像しかなく夜間で、照明も暗い。最初眼が慣れない私には、ただの迷彩模様に見えた。
津山氏は保釈後、検察庁に通い十数時間その映像を見た。そして女性が「耐え切れず振り返った」時刻を二一時三四分二六秒と特定した(女子生徒は黒マフラーをしていた。ずっと車窓を向いていたが、左後方を振り返り、黒いマフラーが両肩から二本垂れた様子がわかり、カメラに背中を向けたことがわかる時刻を特定)。
そこで、その直前に被告人が「痴漢行為」をしたか否かを検討した。通信会社のサーバの記録によれば、三四分一八秒に津山氏は携帯電話で交際中の女性にメール返信をした。映像上は、三三分〇三秒ころから、右手で携帯らしき物を持っている姿が確認され、それが最後に確認できるのが三四分二三秒だった。三秒以内に右手で、先に述べた痴漢をするのは不可能と思われた。
私は画像鑑定を、東京歯科大学の橋本正次教授(法人類学)に依頼した。同教授は、警察、検察から年間一〇〇件以上、防犯カメラの画像鑑定の委嘱を受けている。同教授は、「私は中立ですよ。画像で判断して正しいと思ったときだけ鑑定を受ける」と述べ、鑑定を引き受けてくださった。同教授は、三四分一五秒〜一九秒ころにかけてバスが左右に大きく揺れ、被告人が前方の女子生徒に激しくぶつかり、被告人が腹側にかけたリュックが女子生徒の臀部付近にぶつかった、それを契機に女子生徒が移動し、身体の向きを変えて、縦ポールに背凭れる姿勢になったと指摘した。被告人が右手に持っていたのは、スマートフォンではなく、二つ折りの携帯電話で、三四分二三秒ころまで見えると指摘した。手の先に細い直線状のものが延びた状況がわかる静止画像がいくつかあり、被告人の顔の傾きからそれを見ていることが推定された。映像上「右手では痴漢行為は不可能」との鑑定結果となった。
リュックの刺激と勘違い
他方、女子生徒は、「犯人の左手はつり革を持っていた」と証言した。バスが揺れて、女子生徒の頭がつり革を持った「犯人」の左手にぶつかり、犯人の懐に抱かれ「鳥肌が立った」ことを記憶していたためらしい。立会人として指示説明した犯行再現の写真でも仮想犯人は左手でつり革をつかみながら右手で仮想被害者の尻を右手で撫でていた。そうすると左手でも痴漢は出来ないはずだ。
津山氏が女子生徒を右手でも左手でも痴漢する余地はなく、バスの揺れ(ちょうど工事現場を迂回して走行中)で、津山氏の腹側に提げたリュックが女子生徒の臀部にぶつかり、これを痴漢と勘違いをした可能性が高い。そこで日大の厳島行雄教授(認知心理学)に、臀部の触覚のみでリュックと手指を識別しうるか鑑定を委嘱した。同教授は、実際の条件(冬なので四枚重ね着)よりも触覚がよくなる条件で実験をくり返し、正答率が、偶然確率(四択なので四分の一)と有意差がなく、臀部という鈍い感覚受容器では、リュックと手指を識別しうる可能性は低い、との鑑定結果を出した。
繊維の付着
被告人の手指に女子生徒のスカート繊維と類似した繊維の付着はなかった。女子生徒の制服を学校長に事情を説明して入手し、羊毛一〇〇%だったそのスカートを触り、繊維の付着の有無を確かめた。繊維片採取状況のデジタルカメラ写真の「プロパティ」欄から採取時刻を特定し、実験では付着後、バス乗車時刻と採取時刻との差の時間経過後、羊毛繊維片が数本採取された(玉川寛治氏の鑑定による)。
一審判決
一審(東京地裁立川支部刑事三部、倉澤千巌裁判官)は、橋本正次教授の鑑定のみを証人尋問後に採用し、他は「必要性なし」として却下した。「証拠の採否が自由裁量に近い」ことが、裁判官の権限を肥大化させ、誤判原因となっていると私は思う。
一審(二〇一三年五月八日)は、津山氏に有罪判決(罰金四〇万円)を言い渡し、判決理由で次のように述べた。
「右手で痴漢を行うことは不可能に近い」「右手で携帯電話を操作しながら左手で痴漢をすることは、容易とは言えないが、不可能とか、著しく困難とまで言えない」、「被告人の左手はつり革につかまっていたと被害者は証言するが、それは痴漢が始まったころのことを指し、痴漢をされている間中つり革につかまっていたとの趣旨ではないと思われる」
しかし同判決の認定によれば「痴漢が始まったころ」、被告人は左手でつり革を持っていた。他方右手で痴漢をすることは「不可能に近い」。よって「痴漢を始める」ことが出来ないことになる。一審判決はあからさまな論理則違反をしていた。また一審判決は、「一度や二度の刺激ならともかく、何度も刺激を受けているのだから、物か手指かの区別はつくはずだ」から「リュックと勘違いをした可能性はない」とした。
控訴審
本件は国民救援会三多摩支部の支援を受け、傍聴券発行事件でつねに満席だった。一審判決後、傍聴していたジャーナリストの判決批判のつぶやきがツイッターで拡散し、閲覧件数が十数万となっていた。
控訴審では、「左手でつり革につかまっていた」ことを映像上明らかにし、裁判官が得心できることを第一に心がけ、橋本教授に第二鑑定を依頼した。一枚一枚の静止画像から当該部分を切り出して拡大し、コントラストを強調して連続で見ると、左手がつり革にずっとつかまっていることが確認された。例えば、ドーナツ状のつり輪だけが宙に浮いたように見える画像がいくつかあったが、このバスではつり輪は進行方向と平行に垂れているので、誰かが持っていないと、車載カメラ側から見てドーナツ状には見えない。それを持ちうる人物は被告人しかいない。バスの揺れでつり輪が画面上右側に移動し、手前にある縦ポールの陰に隠れて半分ぐらい見えている画像もあった。画像が工事現場の照明で明るくなり、被告人の左手の手首の辺りが白っぽくよく見える画像もあった。一枚単独ではなく、連続で見ていくと、被告人は左手でずっとつり革を持っていて、それは三四分二四秒まで確認できる、との鑑定結果となった。
コンピュータは、人間の肉眼が見分けることが出来ない色のわずかの差を、数値の差として認識しうる。RGBの三原色で八ビットずつ二四ビット、約一万六七〇〇の色の差を数値として認識している。情報学の博士課程の大学院生に「コンピュータで同じ色を追跡し、一コマで三画素以上移動した部分を、ベクトル表示する」方法で画像解析をしてもらった。被告人の頭部、右手、つり革をつかむため斜め上方を向いた左手が「連動する」ことが示され、これらは「同一人物に帰属する」と鑑定された。この内容を橋本教授に「補足書」として提出していただいた。
厳島教授は、同一刺激を二〇回連続で与えたとき正答率は向上するか、実験したが、回数を増やしても正答率のグラフは右肩上がりには上昇せず、成績の向上は認められなかった。さらに微物採取したスライドグラスそのものを顕微鏡検査したところ、左右の手掌にそれぞれ四〜五〇〇本ぐらいの繊維片様微物が付着しており、採取二時間前に羊毛が付着したとすれば存在しないのはやはり不自然だった。
控訴審では、進行協議後、橋本教授の第二鑑定につき、同教授の主尋問、反対尋問が各一期日ずつ行われ、被告人質問が一期日行われた。そこで証拠調べが終結され、最終弁論が行われた。七月一五日、東京高裁第四刑事部(河合健司裁判長)は、原判決を破棄し、自判して被告人を無罪とする判決を言い渡した。左手はずっとつり革をつかんでいたと認定したばかりでなく、橋本第二鑑定がなかったとしても、原判決の「容易とは言えないが、不可能とか著しく困難とまで言えない」として左手で痴漢をしたとの認定を、「著しい論理の飛躍がある」、「論理則、経験則に照らして不合理である」、「この種事案に必要な慎重さを欠いたもの」等と批判した。ようやく、まともな理性、知性が裁判所に残されていることが示された。二〇〇九年四月の防衛医大教授痴漢冤罪最高裁無罪判決後、一、二審の有罪判決を破棄し、無罪とするか差し戻す最高裁判決がいくつか続いた。しかしその後も、下級審の刑事裁判実務は大勢としては劣化しつづけたのではないかと危惧している。
弁護人は今村核、池末彰郎団員
京都支部 谷 文 彰
一 控訴審で初めて人種差別性を認定した大阪高裁
本年七月八日、大阪高等裁判所第八民事部は、「在日特権を許さない市民の会」(通称、「在特会」)らによる控訴をすべて棄却する判決を下した。この判決は、昨年、京都地方裁判所が、在特会らによるヘイトスピーチに対して日本で初めて違法性と人種差別性を認定し、高額の損害賠償と学校周辺での街宣等の禁止を命ずる判決を下した事件の控訴審判決として下されたものである(地裁判決の概要は、平成二五年一一月一日付団通信一四六九号を参照されたい。なお、学校側は控訴していない。)。
大阪高裁は単に在特会らの控訴を棄却しただけではない。内容としても、「人種差別」であることを明確に認め、子どもたちのいる場所で行われたことやインターネット上に動画をアップロードしたことといった事案の特殊性を適切に評価し、さらには、学校は「教育業務として在日朝鮮人の民族教育を行う利益を有する」と認定するなど、画期的だった京都地裁判決をさらに前進させる内容となっている。
ヘイトスピーチを抑制し、人種差別を根絶し、何よりも子どもたちが安心して学ぶことのできる環境を護っていくために、今回の判決もまた、大きな意義を有していることは間違いない。
・大阪高裁判決の概要
まず大阪高等裁判所は、在特会らの言動について、「本件示威活動における発言は…人種差別撤廃条約一条一項にいう『人種差別』に該当する」と認定した。高等裁判所レベルで、このように人種差別撤廃条約一条一項の「人種差別」に該当するとの判断がされたのは初めてのことである。
その上で、人種差別行為を無形損害の算定にどのように考慮すべきかという点については、「私人間において一定の集団に属する者の全体に対する人種差別的な発言が行われた場合には…これによって生じた損害を加害者に賠償させることを通じて、人種差別を撤廃すべきものとする人種差別撤廃条約の趣旨を私人間においても実現すべきものである」、そのような「人種差別撤廃条約の趣旨は、当該行為の悪質性を基礎づけることになり、理不尽、不条理な不法行為による被害感情、精神的苦痛などの無形損害の大きさという観点から当然に考慮される」と述べる。そして、在特会らの「本件活動は、その全体を通じ、在日朝鮮人及びその子弟を教育対象とする被控訴人に対する社会的な偏見や差別意識を助長し増幅させる悪質な行為であることは明らかである」とし、さらに、インターネット上に動画がアップロードされたことによって「今後もその被害が拡散、再生産される可能性があること」や「児童・園児には当然のことながら何らの落ち度がないにもかかわらず、その民族的出自の故だけで、控訴人らの侮蔑的、卑俗的な攻撃にさらされたものであって、人種差別という不条理な行為によって被った精神的被害の程度は多大であった」ことなども考慮して、京都地裁の認定した無形損害額(合計一一〇〇万円)は正当であると判示した。被害の実情に真摯に目を向け、被害者に寄り添った丁寧な判断といえよう。
さらに、学校側が最も重視していた民族教育事業については、「人格的利益の内容として、学校法人としての存在意義、適格性等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を保持し、本件学校における教育業務として在日朝鮮人の民族教育を行う利益を有する」、「本件活動により、本件学校における教育事業が妨害され、本件学校の教育環境が損なわれただけでなく、我が国で在日朝鮮人の民族教育を行う社会環境も損なわれた」などとして、朝鮮学校の行っている民族教育が法的保護の下にあると明確に認めて、それが大きな影響を被ったことを慰謝料算定や差止めの成否を判断するにあたって重視した。民族教育事業が人格的利益の内容をなすとの判断も、初めてのことである。
他方で、在特会らの、公益を図る目的があり、表現の自由の範囲内として違法とはならないとの主張に対しては、「本件学校における教育業務を妨害し、被控訴人の学校法人としての名誉を著しく損なうものであって、憲法一三条にいう『公共の福祉』に反しており、表現の自由の濫用であって、法的保護に値しない」と一蹴している。在特会らの本件でのヘイトスピーチ等が憲法秩序の下で許されない、憲法的価値を有しない行為であると認めたといえ、地裁判決と同様の立場に立っている。
・今後に向けて
前回の報告の際、地裁判決が予想以上に画期的であったため代理人としては悩ましい部分もあるなどと述べたが、すべて杞憂に終わった。ヘイトスピーチによる被害は未だとどまることを知らず、国連もヘイトスピーチに対して適切な対応を取るように日本政府に対して求める中で、法曹関係者としても何らかの対応が必要なのではないか。裁判所には、もしかするとそうした問題意識があったのかもしれない。
もちろん高裁判決はマスコミでも大きく報道され、ヘイトスピーチに強い警鐘を鳴らすものとして社説等でも高く評価されている。
学校関係者も、「希望の一歩となった」、「子どもたちの未来のために、裁判をしてよかった」、「朝鮮人として学び、朝鮮の言葉を話すということを、日本の人たちは守ってくれるのだと子どもらに伝えたい」と述べてくれた。あの日、卑劣な街宣にさらされた子どもたちも、「在日朝鮮人として誇りを持って生きていけます」、「これからは自分も学校をまもるためにがんばります」と話してくれている。「日本人」によって受けた傷を「日本の」裁判所に訴えることには、周りからは想像もできないような苦悩と葛藤があっただろう。その中で勇気を振り絞って立ち上がられたみなさんに、心から敬意を表したい。今回の判決も機に、深く傷つけられた子どもたちの心が少しでも癒されることを改めて願うばかりである。
在特会側は早々に上告し、裁判はまだ続く。みなさまのこれまでのご支援・ご協力に感謝申し上げるとともに、より一層のご支援・ご協力を改めて心よりお願いするものである。
山口県支部 横 山 詩 土
一 和解成立
二〇一四年七月二二日、広島高等裁判所でマツダ派遣切り裁判の和解が成立した。原告全員(控訴審ではあるが「原告」と表記する。)とマツダとの間で、和解(職場復帰を伴わない金銭解決)が成立した。
かくして、弁護団長の内山新吾弁護士が「意外な判決」と評し、支援する会の代表者が「敗訴したときのスピーチしか考えていなかったので、何を言って良いか分からない。」と述べた第一審判決は、残った。ちなみに、第一審判決については、内山弁護士が、団通信一四五〇号に「超意訳 派遣切りマツダ判決」と題して、「判決くんの独白」を書いているので、そちらをご覧いただきたい。本当に「超意訳」なのだけど・・・なぜか第一審判決の意義を理解するにはちょうどいいので。
「超意訳」の中で、「判決くん」は、「一日も早く全面解決をして下さい。原告を楽にしてあげて下さい。そして、この私も守って下さい。」と言っていた。和解が成立したことによって、「判決くん」の想いは実現できた、ハズ。
二 派遣は雇用の調整弁
二〇〇八年九月のリーマン・ショック前、マツダ防府工場には、幹部社員やパート等も含めて約五一〇〇名の労働者が存在しており、そのうち派遣労働者は一一〇〇名以上であった。
しかし、リーマン・ショック後にマツダが派遣切りを実施した結果、マツダ防府工場の派遣労働者は、約二〇〇名にまで減少した(二〇〇九年二月末時点。その後も更に減少していると思われる。)。
これに対して、マツダ防府工場の正社員数は、リーマン・ショックの前後でほとんど変化していない。派遣労働者が、まさに雇用の調整弁として機能した結果である。
原告は、自分たちが雇用の調整弁として、モノのように扱われたことに憤りつつ、「マツダの社員も、マツダの仕事も好きだから、マツダに戻りたい。」という想いで、訴訟を提起した。ちなみに、原告の「マツダが好き。」という想いは、控訴審が続くなかでも変わりなかった。和解後、ある原告は、「マツダに言いたいことはありますか?」と問う報道陣に対して、「和解で区切りがついた。」と述べつつ、「マツダが好きだし。今でもマツダの車に乗っている。これからも良い車を作って欲しい。」と答えていた。
三 辛い車上生活
派遣切り後、原告は、住んでいた寮やアパートから退去することを余儀なくされた。仕事も住む場所もなくなってしまった原告の一人は、一時期、配偶者と一緒に車上生活をしていた。少しでもガソリン代を節約するため、真冬の寒空の下、駐車中はエンジンを切って生活をしていたそうである。その結果、本人と配偶者は体調を崩し、仲間に助けを求めることになった。
他にも、長引く裁判となかなか正規雇用が見つからない状況などから、精神的に不安定になってしまう原告もいた。法律的な因果関係はともかく、「もし、派遣切りがなかったならば・・・」と思わざるを得ない。派遣切り直後に収入のアテがあった者は存在せず、日々の食事に対する不安もあって、支援者から米などの食料品を寄付してもらうこともあった。
四 分断すれば静かになる
派遣労働者が労働組合に加入していることは稀であるし、同じ職場で働いていても「横のつながり」はあまりない。労働条件について同僚と話すことも、疑問を持つことも少ない。ましてや、団体交渉や訴訟をしようとする派遣労働者は稀であろう。今回の訴訟でも、地域の労働組合が配っていたビラを見てはじめて「問題」であることを知り、訴訟に参加した原告がいる。
マツダの「サポート制度」は、派遣労働者が分断されていたからこそ実現できた制度なのだろう。分断された派遣労働者は、「サポート制度」の違法性に気付くキッカケさえなく、働き続けていたのである。そして、仮に、違法性に気付いても、一人きりでは指摘できない。
五 「モノじゃない!」とモノ言う原告
派遣切り後、原告が少しずつに集まってきて、裁判をすることになった。
しかし、一五名以上の原告が、バラバラのままでは裁判を続けることはできない(同じ職場で仕事をしていた原告もいたが、面識が無い人たちもいた。)。
弁護団会議には原告の代表者にも出席してもらい、各原告の近況を報告してもらっていた。原告のみなさんは、原告団集会を定期的に開催して、近況を報告しあったり、訴訟についての勉強会を開いたりしていた。
原告団に、大きな模造紙にマツダ防府工場の図面や自動車を作る過程を描いてもらい、弁護団向けに『マツダの車ができるまで』を説明してもらったこともあった。それを見て、ようやく原告がどのような場所で、どのような仕事に就いていたかを理解することができた。この説明を受けた後、ある弁護士は、「子どもの夏休みの自由研究ってことで、マツダの工場見学に行こうかな。」と言っていたが、どうやら実現しなかったようである。
訴訟提起後、原告団は、支援者とも一緒に、定期的にマツダ防府工場や工場近くの防府駅で、ビラ配りや署名活動をした。署名活動等を続けるうちに、原告に理解を示し、署名をしてくれる市民が増えていった。署名活動は、市民に訴訟を知ってもらうという効果もあったが、原告自身が「防府市民にも理解してもらえているのだから、この訴訟は間違っていない。みんなで頑張ろう。」と信じる一つの契機にもなったのだと思う。
かくして、原告は、モノ言う労働者となって、裁判を続けていった。その結果(?)、原告団の事務局長は、今では私よりもずっとスピーチが巧い。報告集会などで、私の発言後に拍手が起きることはほとんどないが、事務局長の発言後は必ず大きな拍手が起きる。
六 サポート制度にサポートされて
(1)労働者派遣法は、派遣労働者の受入可能期間を原則一年(例外的に三年まで延長可能)と定めている(同法四〇条の二)。しかし、派遣労働者を受け入れない期間が三か月を超えて存在した場合には、新たに派遣労働者を受け入れることが認められ得るとする厚生労働省の「派遣先が講ずべき措置に関する指針」が存在していた。
この三か月を超える空白期間は、「クーリング期間」とも呼ばれている。マツダは、クーリング期間を利用して、継続的に派遣労働者を雇用し続ける方策を採った。マツダは、(1)派遣労働者の受け入れ → (2)元派遣労働者を、三か月と一日間(サポート期間)、有期直接雇用する → (3)再び派遣労働者として受け入れる、ということを防府工場の全職場において循環的に行っていた。
(2)「判決くん」は、このサポート制度の違法性に着目して、松下PDP最高裁判決の「特段の事情」を認めた。その結果、原告一五名中、サポート期間を経験した一三名について正社員としての地位が認められた。
なお、第一審で意見書を作成していただいた大学教授(労働法)は、「これ以上の違反態様は考え難い。本件で『特段の事情』が認められないとすれば、『特段の事情』が存在することは無いというに等しい。」とおしゃっていた。
(3)控訴審における争点も「特段の事情」であった。そして、約一年のやり取りを経て、ようやく和解が成立した。
第一審で勝訴したとはいえ、原告の生活が変わったわけではなく、苦しい状況が続く原告も多くいた。原告の早期救済という観点から、和解ができて良かったと思っている。なお、和解が成立した当日の裁判報告集会で、私が「今日は早めに仕事を切り上げて、酒を飲みに行きたい。」と感想(?)を述べたところ、報告集会に参加していた方から日本酒をいただいてしまった。今度の報告集会(たぶん最後の報告集会)のときに、原告団と一緒に飲みたいなあ。
七 これから
マツダの第一審判決は、「特段の事情」の解釈・あてはめについての指針を示したものであると思う。
原告の一人は、「この判決を守って、これからも運動をしていきたい。」と述べていた。訴訟は終わったけれど、原告の方々や派遣労働者の置かれている状況は、まだまだ改善していない。改善されるどころか、派遣法が改悪されて、悪化しそうなくらいである。第一審判決は、派遣労働は一時的・臨時的業務についてのみ認められるという労働法の大前提を正面から認めた。派遣法改悪の動きに対しても、この判決が生かされて欲しいと思う。
最後に。この訴訟の弁護団の一人である大賀一慶弁護士とは、記録検討や弁護団会議、起案が終わる度に頻繁に酒を飲みに行き、「勝訴して、『プロフェッショナル仕事の流儀』とか『情熱大陸』とかに出よう!」、「痩せてテレビ映りを良くしよう。」と、酔っ払いのたわ言を繰り返していた。出演までの道のりは遠そうだけど、出演のオファーが届くその日まで、ひとつひとつの事件を頑張ろうと思う。それと、ダイエットも。
神奈川支部 中 瀬 奈 都 子
一 一部勝訴判決
今年七月一〇日、横浜地裁第七民事部(阿部正幸裁判長)は、資生堂鎌倉工場で口紅製造に従事してきた女性七名が、資生堂からの減産通告を機に、所属会社であるアンフィニから解雇・雇止めをされたのは、違法であるとして資生堂およびアンフィニに対する地位確認等を求めた事件につき、資生堂の社員としての地位は認めなかったものの、現在でもアンフィニの社員であることを認め、アンフィニにバックペイと今後の賃金の支払いを命ずる一部勝訴判決を言い渡しました。
二 資生堂・アンフィニ事件とは
原告らは、長い人では九年もの間、資生堂鎌倉工場口紅製造ラインで働いてきました。その間、所属会社と契約形式(請負・派遣)は、転々と替えられてきましたが、その間一貫して、資生堂の正社員と渾然一体として働き、資生堂から直接指揮命令を受け続けてきました。
〇九年四月、資生堂が発注量約四割減の通告を行った直後、請負元会社であるアンフィニは、原告らとの労働契約の期間を、同年末から五月末日に書き換え、五月一七日には原告のうち五名を含む二二名を期間満了前に整理解雇、五月末に原告のうち二名に対し、雇止めを行いました。この解雇・雇止めは無効であるとして、資生堂と直接雇用関係にあること、仮にそれが認められない場合、アンフィニと労働契約があることの確認と、未払い賃金の支払いなどを求めて、一〇年六月に提訴したのが、本事件です。
三 本判決の意義
まず、原告ら五名に対する契約期間中の解雇について、本判決は、「早急に人員を削減しないと会社全体の経営が破たんしかねないような危機的な状況であったということはできず」、人員削減の高度な必要性はなかったなどとし、「やむを得ない事由」(労働契約法第一七条一項)は認められないから、無効であるとしました。
次に、雇止めについて、アンフィニ参入前後を通じ更新され続けていることなどから、「雇用継続への合理的期待を有していた」とし、解雇権濫用法理を類推適用するとした上で、人員削減の高度な必要性があったとはいえない、人員削減回避措置を尽くしていない、人選の合理性もない、手続きの妥当性も欠くとして、雇止めも無効であるとしました。
リーマンショック以降、いすゞ事件東京地裁判決や日産事件横浜地裁判決など、有期労働契約の「雇用継続への合理的期待」を限定し、生産計画の変動や、受注量減少があったことのみをもって、雇止めの必要性を認める判決が相次いだ中、本判決は、これらの不当な判決の流れを変える画期的な意義があると考えています。
四 資生堂との地位確認を認めず
他方で、本判決は、契約書上雇用主となっているのはアンフィニであることなどの形式的な理由だけで、資生堂との間の黙示の労働契約の成立を認めませんでした。
前述したとおり、原告らは、所属会社・契約形式を転々とさせられながらも、労働実態も資生堂からの直接指示という指揮命令系統も変わらず、資生堂の社員と同じように働いてきました。口紅製造ラインで働いていた労働者は全員アンフィニに移籍し、移籍後も、所属会社が変わったにもかかわらず、原告らの賃金、役職、就業ライン、労働内容はすべて同じでした。このような事態は、資生堂からアンフィニへの指示なくして起こりえず、資生堂が労働者派遣法の根幹たる常用代替防止原則を組織的に脱法してきたのは明らかです。そして、これらの実態からすれば、松下PDP最高裁判決における「特段の事情」が存し、原告らと資生堂との間に黙示の労働契約が成立していると認められるべきです。
五 闘いの場は控訴審へ
資生堂は、「すべての人が『一瞬も 一生も 美しく』あるように」と、宣言しています。しかし、資生堂は、原告ら女性労働者を切り捨て、そればかりか、「企業の構造改革」のため、来年、鎌倉工場を閉鎖すると発表し、約七〇〇名の労働者を失業に追い込もうとしています。
原告らは、日本を代表する化粧品メーカーである資生堂で、しかも、主力商品である口紅の製造に従事することに誇りを持ち、高い技術を提供してきました。この裁判闘争は、原告らが、働く誇りを取り戻し、そして、労働者を安易に切り捨てる大企業の経営姿勢を断罪し、雇用責任を果たさせる闘いです。闘いの場は、東京高裁へうつりますが、引き続きみなさんのご支援をお願い申し上げます。
【弁護団構成】藤田温久(弁護団長)、高橋宏、川口彩子(事務局長)、関守麻紀子、志田一馨、石井眞紀子、小野通子、中瀬奈都子(以上、神奈川支部団員)
東京支部 畠 山 幸 恵
一 訴訟の概要
平成二三年一一月、司法修習生の給費制が廃止され、貸与制に移行し、もうすぐ三年が経とうとしています。私新六五期は、貸与制第一期の修習生として、平成二五年八月に、給費制廃止違憲訴訟を全国四地裁(東京・名古屋・広島・福岡)で一斉に提訴しました。原告数は二一一名(東京一一八名、名古屋四五名、広島一六名、福岡三二名)、原告は各地裁ごと、代理人は全国四地裁共通で訴訟に取り組んでいます。
四月の異動で、東京訴訟の裁判長が交代しました。裁判長は、「平田です。期は三九期です。よろしくお願いします。」と述べ、弁論を更新しました。平田裁判長は被告にも積極的に書面を出すよう促してくれていて、中身のある審理を心掛けているように感じられます。ぜひとも、本訴訟を真剣に取り組んでもらいたいと思います。
東京では七月一六日に第四回期日が終わり、次回は九月一七日です。広島では、八月二五日に第四回期日、福岡は九月二四日に第三回期日、名古屋は一〇月一日に第三回期日がそれぞれ行われます。
二 今後の主張予定
これまで、国から実質的な反論が出されており、原告は、これに対しいくつか求釈明を行っていました。今回の東京の期日では、国が求釈明に対する回答書面を提出しました。国からは、「給費制の根拠と規定である旧裁判所法の『給与』の意味は『職員の勤務に対する対価』ではない」、「司法修習生は,職務を遂行することは予定されていないし,そのような権限は与えられていない。」などといった回答がなされました。国は、次回までに、司法修習生の身分に関しての求釈明の回答を提出する予定です。
次回期日以降、私たちは、給費制時代の修習制度から,給費制が憲法上の要請であることの主張をしていく予定です。
三 お願い
今後の立証予定である給費制度下における修習制度に関し、現在、給費制のもとで修習をしていた先生方の当時の状況や身分等について、アンケート形式の陳述書の協力を募っています。貸与制のもとで修習をした私たち新六五期には体験しないことなので、先生方のご協力を得なければ当時の状況を分析することができません。選択形式と簡単な自由記入欄のアンケート形式となっています。弁護団にご協力いただいている先生に限らずお答えいただければ幸いです。紙面の都合でアンケートを載せることができないため、アンケートにご協力いただける場合は、kyuhisosyo65jimu@gmail.comまでご連絡ください。
また、給費制制度下で修習生がどのような身分として扱われていたのか、修習生に当時配布していた資料等からの立証も検討しています。「司法研修所要覧」「司法研修所便覧」「司法修習ハンドブック」「修習生活へのオリエンテーション」などの冊子を集めています。図書館等で探していますが、司法研修所要覧は、昔のものが、司法研修所便覧は二〇〇〇年前後のものがまだ入手できていません。ハンドブックとオリエンテーションは、いつから存在するものかも明らかではありませんが、二〇〇代のものがいくつかある程度でほとんど集まっていません。これらについて、お持ちの先生がいらっしゃいましたら、こちらもkyuhisosyo65jimu@gmail.comまでご連絡いただけると幸いです。
四 法律家のひよこ応援くらぶ
本訴訟について、世間の理解を得るためにサポーターズクラブを設置しています。会員数は現在一五〇名程度です。メールマガジンの発行や、残暑見舞いなどで訴訟の進捗状況をお知らせしています。
ステッカー、バッジ、クリアファイルなども販売し、本訴訟の認知を広める取り組みをしています。
ホームページにも入会案内を掲載しておりますので、ぜひ周りの方々にもお声掛けください。
五 六六期
六六期の提訴も近々行う予定です。六六期の方でまだ原告になっていない方でも、まだ間に合いますので、ぜひご連絡ください。
六六期提訴の際には、また改めてご報告をいたします。
六 団員の皆様へ
現在も代理人及び原告を募集しております。また大変恐縮ですが、カンパによる御支援もよろしくお願い致します。いただいたカンパは各地での会議の交通費や宣伝費に使わせていただいております。
私たちは未熟な点が多く、皆様にご迷惑をおかけする場面もあるかと思いますが、今後も給費制訴訟についてご協力のほどよろしくお願い申し上げます。
〈振込先〉
ゆうちょ銀行 〇〇一五〇―七―四四一五七二
ゆうちょ銀行以外からの振込店名:〇一九
口座番号:〇四四一五七二
〈名義〉「給費訴訟を応援する会」
〈連絡先〉給費制訴訟事務局メール kyuhisosyo65jimu@gmail.com
城北法律事務所 弁護士 種田和敏
電 話:〇三―三九八八―四八六六
FAX:〇三―三九八六―九〇一八
〈ホームページ〉http://kyuhi-sosyou.com/
〈twitter、facebook〉「給費制廃止違憲訴訟」で検索ください。
埼玉支部 大 久 保 賢 一
マーシャル諸島共和国は、四月二四日、核兵器保有国九か国(中国、北朝鮮、フランス、イスラエル、パキスタン、ロシア、米国)を相手方として、核軍縮交渉を誠実に行わないことは核不拡散条約(NPT)六条や国際慣習法に違反することの確認などを求めて、国際司法裁判所(ICJ)に提訴した
核実験被害国であるマーシャル諸島は、核軍縮交渉の誠実な交渉と完結を求めているICJの勧告的意見(一九九六年)に従っていない核兵器保有国は、「人間の正義」を拒絶していることになると主張し、違法性の確認と交渉を開始するよう命ずる判決を求めているのである。
この提訴は、非核兵器国政府による「核兵器のない世界」に向けての一つの具体的行動と評価することができよう。
日本反核法律家協会は、七月二三日、この提訴について「管轄権論争を乗り越えて、実体的審理に入り、核兵器廃絶を大きく進展させる契機となるよう激励のメッセージを送る。」との声明を採択した(末尾に声明全文を紹介する)。そして、七月二五日、マーシャル諸島大使館で、支持と連帯の意思をトム・D・キジナー大使に伝達した。
トム大使は、支持と激励に感謝すると述べたうえで、核兵器の最初の犠牲者を出している日本からの支援を期待するとの見解を表明した。
そして、反核法律家協会や日本の反核運動に期待するのは、マーシャル諸島は専門的な法律家が少ないので法的なサポートや、この提訴を支持するという政治的なアピールであると述べていた。
この提訴は、核兵器保有国にとっては、全く容認できないものであろう。当然、大きな抵抗が予想されるところである。そもそも、応訴すらしない政府もあるかもしれない。したがって、国際司法裁判所が、訴えの内容について審理できるかどうかも不透明である。
けれども、そのような困難はもともと想定されていたところである。にもかかわらず、マーシャル諸島共和国が提訴したことは勇気ある行動である。
「核兵器のない世界」を求めて、あらゆる知恵と勇気を出し合うことは、必要なことであり有意義なことである。
ぜひ、多くの団員の理解と協力を求める次第である。(二〇一四年七月二八日記)
資料
マーシャル諸島政府の核兵器保有国に対するICJ提訴を支持する声明
二〇一四年七月二三日
本反核法律家協会 会 長 佐々木猛也
マーシャル諸島共和国は、四月二四日、中国、朝鮮民主主義人民共和国、フランス、インド、イスラエル、パキスタン、ロシア連邦、イギリス、アメリカ合衆国九か国の核兵器保有国を国際司法裁判所に提訴した。
提訴の内容は、相手国がNPT当事国であるかどうか(インド、イスラエル、パキスタンは非当事国)、国際司法裁判所の管轄権を認めているかどうか(インド、パキスタン、イギリスは強制管轄権を受諾している)によって、若干の違いはあるが、主要な請求は、次のとおりである。
i NPT当事国が、核軍備競争の早期の停止および核軍縮に関する効果的な措置についての誠実な交渉を積極的に行わないことは、NPT六条及び国際慣習法上の義務に違反していること、NPT非当事国が同様の交渉を行わないことは、国際慣習法上の義務に違反していることを確認すること。
ii 相手国に、上記の義務に従うために必要なすべての措置を、一年以内に講ずる命令を発出すること。そして、その措置の中には、「厳重かつ効果的な国際管理の下におけるあらゆる点での核軍縮に向けた誠実な交渉を遂行すること」が含まれている。
私たち日本反核法律家協会は、核兵器の廃絶を求める日本の法律家団体として、このマーシャル諸島政府の提訴を歓迎し、連帯の意思を表明する。
現在、国際社会において、核兵器使用がもたらす非人道的結果に着目して、核兵器使用の違法性を確認し、核兵器廃絶を求める動きが強まっている。
今回のマーシャル諸島政府の提訴は、i)核実験被害国の提訴であること、ii)核兵器国に対して、一九九六年のICJ勧告的意見を無視していることの是正を求めるものであること、iii)核兵器など大量破壊兵器の除去を求めた国連総会第一号決議から六八年、NPT発効から約四五年、ICJ勧告的意見から約二〇年である今日において、NPT六条の不履行は「人間の正義の拒絶」であるとしていること、などの特徴がある。
当協会は、マーシャル諸島政府に対して、この提訴が、管轄権論争を乗り越えて実体審理に入り、核兵器廃絶の動きを大きく進展させる契機となるよう激励のメッセージを送る。
合わせて、この提訴を日本国内に広く紹介し、支援と連帯を呼び掛けかけることとする。