<<目次へ 団通信1604号(8月1日)
荒井 新二 | 夏の想い |
山口 真美 | *憲法討論集会特集・その3* 憲法討論集会に向けて 〜安倍改憲戦略をどうとらえ、どう立ち向かうか |
大久保 賢一 | 「安倍流改憲」阻止のために その三 ―正攻法の改憲問題をどう考えるか― |
守川 幸男 | 中国は領土拡張主義だし、北朝鮮が攻めて来たらどうするの? ―だから抑止力って必要じゃないの? |
樋川 雅一 | 戸田市住民訴訟全面勝訴判決のご報告 |
今野 久子 | JAL・客室乗務員(CA) マタニテイハラスメント訴訟で勝利和解 |
松村 文夫 | 観光バス運転手過労死 東京高裁で逆転敗訴 |
渡辺 和恵 | 性犯罪の罰則等改定論議に、 関与事件の体験から参加する |
中野 直樹 | 五月の風渡る 春山三山―巻機山(下) |
団 長 荒 井 新 二
共謀罪施行の日の早朝、「脱時間給法案を修正」の一面トップの見出しがいきなり半開の眼に飛び込んできた。すわっ!とうとう時間給労働の問題に手をつけ修正するのか、と思いきや、読んでみると、なんのことはない、高度プロフェッショナル法案のことであった。連合が受け入れ、この臨時国会で他の労働法制改悪案と一緒に出し直すという報道。労働時間ではなく成果に関わることから「脱時間給」と命名したらしい。労働者が心血を注いで獲得した労働時間の法制度をこんなに安易に手放していいものか。パートなどの時間給労働者をこんなに惨めな状態にしておいて、何が仕事の成果か、なにが「脱時間給法案」か、と自らの早合点を棚にあげて暫し憤った。その後に連合のなかで、この「残業代ゼロ法案」にたいする執行部の先行に異論が噴出したのも当然なことだ。
こういう本質からずれた言葉の使い回しは、先の国会での共謀罪審議にも見られたところである。法務省は、準備行為が構成要件である(処罰条件にあらず)との説明をした。「計画に基づき資金又は物品の手配、関係場所の下見その他の計画をした犯罪を実行するための準備行為」は曖昧なうえ、「その他」はいかにも限定がなく構成要件たる外延を欠くと言うべきだろう。
ことは官僚だけの問題ではなく、司法も決して無縁でない。昨年九月の辺野古埋立にかかる那覇高裁の判決がその一例である。全国の自治体がこぞって基地受入を拒絶したら国の国防は立ち行かなくなる、沖縄は北朝鮮のミサイルの射程外だから米軍を駐留させる地理的な意味があるとする、政府の主張をそのままなぞったものであった。米軍の基地押しつけに国民は沈黙せよと言い放ったに等しい。米本土へのミサイル攻撃も可能な段階に進んだと言われる昨今の情勢は、その地理的優位さがないことを明らかにしている。ところが最高裁はこの判決を正面から諌めることなく、安易にお墨付きを与えた。そうしたうえで政府は判決を金科玉条のごとく持ち上げ、沖縄県が予定する辺野古埋立拒否の提訴を強い語調で非難する、これが今日の事態である。沖縄県の裁判闘争を政府と裁判所の挟殺プレーだけに委ねてしまうことは、民主主義の恥であろう。
突き詰めた事実究明や全うな道理の重要さを強調する必要性は、マスコミやネット上のフェイクニュースだけではない。社会の隅々に広く垂れ流されていることに我々は十分に注意し、権力の情報の操作的運用をただしていこうではないか。
この七月の福島常幹に併せた原発周辺地域の見学の際、現地の人からこういう話を聞いた。来県する政府関係者・役人らは被災者の帰還をオリンピック開催の前に出来るだけ実績をあげることに腐心する一方で、原子炉圧力容器から解け落ちたデブリの取出しは開催後の作業日程を想定している、とのこと。オリンピック開催を施策の中心軸に据え、被災者に背を向け矛盾する施策をすすめるというショッキングな内容である。しかし現実の事態は確かにそのように動いている。
これらと同様な問題が安倍首相の九条三項新設の呼びかけにも表れている。団は夏の終わりに、この改憲策動を主題に二日間の討論を行う予定である。すでに団通信紙上では多様な意見が寄せられている。八月は鎮魂と平和への思いを巡らすときである。秋からの高い水準での運動ができるよう活発な意見が飛び交う討論をしたいものである。先の仙台市長選では、市民と野党の共闘が見事に勝利し、共闘運動の全国的な波及と前進を大いに励ましている。安倍の改憲策動に抗して市民と野党の統一した運動をいかに対峙させ、これを克服していくかを含め、今後の展望を確信できる討論を期待したい。
さて、この二年間の夏はのっぴきならない政治課題がたてこんだなか、多くの団員はゆっくりと休暇が取れなかったのではないだろうか。この夏、おおいにリフレッシュして英気を養っていただきたい。澄み切った青空のもと、思い切り体を伸ばせば、勇気と闘志が白い雲のように湧いてくるでしょう。
私の若かりし時、東京三会のテニス合宿に、もと団長の故上田誠吉さん等とともに参加したことがあった(ふたりは結局、下手のままに終わった)。白いスポーツ服で細身を包んだ上田さんは当時六〇才程であった。おそらくは酔余の一興のことであろう、原稿用紙に鉛筆で認めた一文を私によこしてくれた。題は「バッファロー賛歌」、作者名は「読みひとしらず」であった。
球を追い 地響きをたてて/ダッシュするその英姿は/巨大なバッファローが/兎を追うに似る とどまらんとして砂塵をまく/バッファローの後足は/地を擦ってコートを削る/その背を兎が走る ときにミートしたときは/球はるかにフェンスをこえ/煙霧のかなたくに消えて/もどることなし 嗚呼 バッファロー
バッファローの復元には、到底及びべくもない私だが、この夏、青空と高い雲のもと、おおいに体を鍛え秋にそなえるつもりである。
東京支部 山 口 真 美
(改憲阻止対策本部事務局長)
一 本年五月三日、安倍首相は、改憲派の集会「第一九回公開憲法フォーラム」にビデオメッセージを寄せ、九条一項、二項を残しつつ、自衛隊を憲法に書き込む改憲論を示し、二〇二〇年を新しい憲法が施行される年にしたいと明言した。
これは、改憲の本丸が九条であることを明らかにし、二〇二〇年施行という具体的な政治日程の表明によって改憲を加速させようとするものである。平和憲法を守り活かすのか、これを投げ捨て日本をアメリカとともに戦争する国となるのか、国民は歴史的選択を迫られることになる。
二 安倍発言の背景には日本会議の動きがある。改憲派の現状認識と改憲戦略は、日本会議の政策委員を務める伊藤哲夫が代表を務めるシンクタンク・日本政策研究センターが出版した「これがわれらの憲法改正提案だ 護憲派よ、それでも憲法改正に反対か?」に端的に示されている。
彼らは、国民世論の現状について、憲法改正に向けた議論それ自体には「期待」が大勢だが、自民党憲法改正草案に示される「九条二項削除、自衛隊の軍隊化」という改憲では国民の支持を得られず、国民投票を突破できないとみている。他方、戦後はじめて改憲勢力が「衆参三分の二の議席」を獲得した中で、今しか改憲を実現できないという認識のもと、国民の過半数の合意を得られる改憲案を提示することで何としても改憲を成し遂げようとしている。
その改憲戦略が安倍発言に示された「自衛隊を憲法に書き込むだけ」という切り口である。改憲派は、「現行憲法を認めた上で補うだけだ」と主張すれば、護憲派の大義名分は失われ、その説得力は目に見えて落ちるだろうとしており、国民意識をふまえ、護憲派に揺さぶりをかけ、戦争法阻止闘争の時のような大々的な統一戦線を組ませない戦略として「加憲」論を持ち出したのである。
三 偽りの「加憲」論の正体を明らかにしなければならない。自衛隊が憲法に明記されれば、戦争法によって集団的自衛権まで行使でき、世界有数の軍事力を持つ軍事組織である自衛隊が公認されることになる。九条二項という「歯止め」は失われ、戦争の放棄、戦力不保持、交戦権否認という憲法の平和主義は根底から覆される。伊藤哲夫らは、「世界の国々は平和を維持するためには『力=戦力』が必要だと考えており、『二項』は世界の非常識である」とし、その空文化を公言している。「自衛隊を憲法に書き込むだけ」、「現行憲法を認めた上で補うだけだ」という主張は、ごまかし「加憲」であり、九条を支持する国民を騙す改憲隠しの「印象操作」にほかならない。
安倍政権による九条への自衛隊明記で何が起こるのかを明らかにし、「加憲」というウソを暴くことが必要である。
四 改憲派の戦略に対抗し、九条改憲に反対する声を国民の多数派にするためには、国民の意識を正確に把握し、その疑問に答える働きかけが重要である。
NHK世論調査「日本人と憲法二〇一七」によれば、九条改正について「必要ない」が五七%であり、「必要」の二五%を大きく上回っている一方で、平成二七年内閣府国民意識調査では、自衛隊や安保条約、安全保障について次のような結果がでている。
自衛隊について「良い印象を持っている」 九二・二%
安保条約は日本の平和と安全に「役立っている」 八二・九%
「現状どおり日米の安全保障体制と自衛隊で日本の安全を守る」 八四・六%
日本の平和と安全の面から関心を持っていること
「中国の軍事力の近代化や海洋における活動」 六〇・五%
「朝鮮半島情勢」 五二・七%
大多数の国民が憲法九条の平和主義を支持しており、武力は最後の手段であり、できれば使いたくないという軍事消極主義の姿勢を示す一方で、自衛隊や安保条約が日本の安全に寄与していると考えており、中国や北朝鮮に脅威を感じている。改憲派は、この意識につけ込み、「自衛隊明記」を打ち出したのである。
国民の意識に答え、九条改憲反対を国民の多数派とするためには、第一に、「安全保障環境は変化し、中国や北朝鮮の脅威に対抗する必要がある」という改憲派の主張への反論が必要となる。第二に、自衛隊の存在と安保条約の問題点を改めて確認し、専守防衛の自衛隊を認める人々との一致点をつくっていかなければならない。第三に、武力によらない平和の構築の可能性と具体案を明らかにする必要がある。戦後の日本の平和は何によって守られてきたのか、そして、これから何によって守るのか、それを私たち一人一人が自らの言葉で語らなければならない。
憲法討論集会では、これらの論点を徹底的に議論する予定である。是非多くの団員の皆さんにご参加いただきたい。
埼玉支部 大 久 保 賢 一
武力で国際紛争を解決するのか、陸海空その他の戦力を保有し交戦権を行使するのか
自衛隊の合憲化を図るための改憲などという目くらましや子供騙しに乗らないとしても、正攻法での九条改憲をどう考えるかという問題は残る。武力で国際紛争を解決するのか(九条一項)、戦力不保持と交戦権の否認(九条二項)は止めてしまうのかという問題である。
安倍首相も自民党改憲草案も平和主義は堅持するとしている。しかしながら、これまで、自公政権は、アメリカが世界各地で展開している武力の行使に反対したことはない。むしろ、アメリカ政府に同調する方策をとり続けてきた。アメリカに押し付けられた憲法だからダメといいながら、アメリカと一緒に武力行使をするための改憲をいうのは、アメリカが嫌なのではなく、武力行使ができないのが嫌だからである。
そして、安倍首相は、米国の軍事活動に協力することは「積極的平和主義」だという。平和を口にしながら、武力行使を認めるのである。「平和の党」を標榜する公明党も政府与党であることを忘れてはならない。彼らは、自衛隊のイラクでの行動が、憲法九条一項に違反するとの判決が出されても、何の反省もしなかった。彼らは、国際紛争を武力で解決することを禁止する九条一項を無視しているのである。そのような彼らがいう「平和」は眉唾物である。彼らは、国際法の到達点である武力行使は違法ということも眼中にないかのようである。私たちはこのことを見損じてはならない。
政府は自衛隊を合憲であるとしてきた。自衛隊は自衛のための最小限度の実力であって、九条二項にいう戦力ではないという理由付けである。下級審に自衛隊は戦力であって違憲であるという判決はあるけれど、自衛隊を合憲とする判決はない。最高裁はこの判断を避けてきた。
憲法研究者や実務法律家の意見は分かれている。自衛隊を違憲と考えるかどうか。安保条約を違憲と考えるどうか。九条一項や二項の改廃を可能と考えるかどうかなどで、その見解は分かれる。しかも、自衛隊の合違憲、安保条約の合違憲、憲法改正の限界の有無などの組み合わせで、多くのバリエーションが表れることになる。
ただし、忘れてならないことは、安保関連法制について、自衛隊の存在が違憲か合憲かの違いを超えて、政府・与党に対して異議を述べるだけではなく、反対の行動に出た多くの法律家がいたことである。
さてそこで、自衛隊を違憲とする人の中でも、改憲によって軍隊を持てるという意見(むしろそうしろという意見もある)と、改憲によっても軍隊は持てないという意見に分かれている。九条二項の廃止は憲法改正の限界を超えると考えるかどうかの違いである。憲法改正の限界を超えると考える人が「安倍流改憲」に反対であることは自然である。ただし、改憲によって軍隊を持てるとする人たちが「安倍流改憲」に賛成するかどうかはわからない。その手法についての反発もありうるし、「安倍流改憲」は九条一項まで反故にしてしまう危険性を認識して反対する可能性もあるからである。九条二項はともかくとして、九条一項の廃止は憲法改正の限界を超えると考える人は多いのである。
武力の行使で国際紛争を解決しないという規範を完結するために、九条二項はその保障措置となっているのである。純粋に自衛のための軍隊や非人道的な事態に対処するための実力組織は必要と考える人たちにも、「安倍流改憲」には反対してほしいと思う。
合憲とする学者の中では、個別的自衛権行使・専守防衛に必要な範囲で合憲とする人と、集団的自衛権などでの任務も含めて合憲とする人が存在する。安全保障法制は現憲法の範囲内にあるかどうかの見解の違いである。後者に属する人は少数である。安倍首相が気に入らないのはここである。
個別的自衛権の行使の範囲内で合憲とする人は「安倍流改憲」には反対するであろう。これ以上憲法を改定する理由はないからである。けれども、正攻法での九条改憲に反対するかどうかはわからない。二項の規範性を深いところから認める人は反対するだろうけれど、政策選択の問題だと考える人は、特段の反対はしないであろう。
自衛隊は合憲だけれど、海外での展開には反対だとしている人の中で、自衛隊の合憲性を確認するだけならいいじゃないかなどという人が出てこないことを祈りたい。
集団的自衛権の行使を含めて合憲だと考える人たちは、そんな手法は甘いと言いつつ、「安倍流改憲」を支持するであろう。自衛隊の国防軍化を進めることになるとの思惑からである。武力の行使で物事を解決することを容認する人たちにとって、現行九条は非現実的なのだから、とにかく骨抜きにできることはいいことなのである。(続く)
千葉支部 守 川 幸 男
私はかつて、自由法曹団通信二〇一三年九月一一日号の「『防衛的ナショナリズム』の台頭にどう対抗し、どう説得するのか」で、同様の問題提起をした。今回、その後の情勢の進展や新たに考えた点を加えてレジメ風に問題提起したい。このレジメは最近行った「憲法カフェ『憲法問題』論戦力アップ連続講座」(問題提起者、守川とした)のレジメ第一ないし第九のうちの第八項にあたる。今回これに若干の補強をした。
一 日本にミサイルを撃ち込めば被害は当然出ることをリアルに見る
・迎撃など不完全な技術で、その時点ではもう避けようがない
・だから、あらかじめどう防ぐのかを議論しよう
二 これらは、警察力や海上保安庁、せいぜい個別的自衛権の問題でしょ
・焦点は中東での集団的自衛権=参戦権だよ
・すり替えを見抜く
三 北朝鮮と日本の関係―北朝鮮が日本を攻めるって?
(1)北朝鮮が先に攻撃するのは韓国であって日本じゃないでしょ
・韓国が冷静なのに日本は大騒ぎ(地下鉄停止、Jアラート)とその狙い
・意味のない「対策」で危機意識をあおる
(2)北朝鮮が日本を攻めると何かトクするかなあ?
・攻める動機はあるの?日本に資源はあるの?
・北朝鮮の国力(国家予算やGDP)は? 日本の小さな県並みだよ
・北朝鮮指導部は戦争で人を殺すことが趣味なの? まさかね
日本を攻めた結果殺される覚悟しているのかなあ? まさかね
(3)豊臣秀吉以来、日本は朝鮮や中国を侵略し続けてきたよ
・加害者が被害者みたいに言うのやめようよ
(4)核脅迫しているのはアメリカで、北朝鮮は先制攻撃するって言っていないよ
(5)カダフィ大佐率いるリビアの例
・核放棄したら滅ぼされたね
・これから教訓を学んだ北朝鮮が譲歩するはずはない
(6)核兵器禁止条約に対する北朝鮮の対応
・二〇一六年一〇月二七日 国連総会第一委員会(軍縮)で、核兵器禁止条約に向けた交渉を二〇一七年に開始する決議案が賛成多数で採択
日本が米に追随して不当にも反対、北朝鮮は賛成
・二〇一六年一二月二三日 国連総会が核兵器禁止条約交渉開始決議を採択
日米が反対、北朝鮮は欠席
・これって、「交渉でこそ解決」の大義を示すもの
四 日中間の貿易の現状や経済の依存度をよく見てみよう
・輸出入とも一〇〇〇億ドル台(二〇一五年)
・中国は戦争するとトクするのかなあ?
・経済界はどう見ているんだろう?
経済界と言っても、多国籍企業、大企業、中小、零細企業を区別して
五 アメリカは日本と中国が戦争したら助けてくれるんでしょ?
―抑止力って必要でしょ?
・いや、海兵隊を置いてアメリカの世界戦略に沖縄を利用しているだけ
・アメリカと中国間の貿易額は日中間より大きい!
アメリカから中国への輸出は一〇〇〇億ドル台だが
中国からアメリカへの輸出は四八三二億ドル(二〇一五年)
だからアメリカが日本のために中国と戦争するはずないでしょ!
六 軍事費を突出させて国民生活を破壊することを受け入れるの?
七 むしろ、アメリカが北朝鮮を攻める反対動機がある
(1)北の反撃能力
・核を持たない中東とは異なる
・米韓日に対する破れかぶれの反撃のおそれ
(2)韓国に在朝米国人が多数
(3)米国人が死んだらトランプ政権は倒れる
(4)だから、実は米も北も対話を望んでいる
八 世界で、抑止力って役に立っているのかなあ?
逆効果じゃないの?
・「手出ししたら攻め込むぞ!核だって使うぞ!」と言っている国って現在安全なのかしら?
・アメリカやフランスやイスラエルはテロの恐怖におびえているよ
・丸腰のコスタリカってどこからも攻められないねえ
九 日本の平和は九条のおかげか日米安保条約と抑止力のおかげか?
・抑止力ってかえって危険を増大させているよ
・軍事同盟のもとで基地があれば攻撃対象だよ
・原発だらけの日本なのに、テロの標的になる覚悟してるのかなあ?
一〇 それより、攻められる心配ばかりしないで加害の自覚しようよ
・そもそも発想が逆だよ 被害を受け続けて来たアジアに思いを致す必要性
一一 日本の国際貢献って何ができるんだろう
・すでにNGOがあちこちでがんばっているよ
・武力紛争やテロの温床(貧困、教育、社会的不公正)を解決しないとね
(後注)最近私は、条文に沿った法律解釈、情勢、展望のうち、法律解釈部分を大幅に省略して、今回のような論点別、項目別のレジメを作って、知識よりも物の見方、考え方を中心に問題提起して参加者の議論を促すやり方に切り替えている。以前より好評である。
埼玉支部 樋 川 雅 一
二〇一四年九月に提訴しておりました表題の事件について、二〇一七年五月二四日、さいたま地方裁判所第四民事部において、全部認容判決を得ましたのでご報告します。
一 事案の概要
戸田市は、埼玉県南東部に位置し、荒川を挟んで東京都に接している人口約一三万三〇〇〇人のいわゆるベッドタウンです。戸田市では、長年にわたり、市議による視察に名を借りた海外派遣がほぼ毎年のように行われていました。この海外派遣は、当選した市議のいわば既得権のようなものとしてとらえられており、派遣の目的や必要性等を検討しないまま、毎年、漫然と派遣が実施されていました。近年は、戸田市の姉妹都市となっているオーストラリアのリバプール市と中国の開封市を目的地として、派遣が行われてきました。
二〇一三年一〇月一六日から二一日にかけて、市議五名と議会事務局一名を含む派遣団が、オーストラリアのシドニー市とリバプール市を訪問しました。この派遣においては、姉妹都市関係にあるリバプール市への滞在はわずか一日のみであり、残り三日間の大部分の時間は、シドニー市内の観光地への訪問にあてられました(二日間は移動日です)。このような不適切な内容の派遣に対して、戸田市の予算から、総額二三九万四〇〇〇円が支出されました。
戸田市では、このように慣例的に毎年実施されてきた海外派遣について、議員の既得権であり、税金の無駄であるとして、長年にわたって反対する市民・市議も少なくない状況でした。
二 訴訟の提起
そこで、約二三〇名の住民が、住民監査請求を経て、同年九月、さいたま地方裁判所において、戸田市長を被告として住民訴訟を提訴しました。住民側の主な主張は、(1)議会における派遣決定時、派遣目的の明示が不十分であり、また、派遣の行程表が示されていないという手続上の違法のほか(2)派遣決定時の目的に含まれていないシドニー市内訪問が日程の大部分を占めていること及び(3)派遣行程の大部分がいわゆる観光地であり派遣目的との関連性を欠くこと等でした。これに対する、被告側の反論は、派遣決定時に目的として明示されていないシドニー市内の観光地を訪問したのは、戸田市の中学生がホームステイをする際に訪問する可能性がある観光地の治安・安全確認を行う目的があったというものでした。被告側が、派遣目的を後付けで設定したことは明らかでした。
三 判決内容
判決は、被告戸田市長は、海外派遣に参加した五名の議員に対して、それぞれ四七万八八〇〇円(合計二三九万四〇〇〇円)の支払を請求せよというもので、原告の請求を全面的に認容するものでした。
判決は、派遣の目的については、「不合理とまでいうのは困難である。」としました。しかしながら、「本件派遣の場所や行程」については、被告の反論を考慮しても、派遣決定時の目的に照らして、「明らかに不合理といわざるを得ない。」と断じました。
また、シドニー市内の治安・安全確認という目的が存在した旨の被告側の反論についても、紙幅を割いて明示的に否定しました。
四 現在の状況
本件地裁判決については、住民や一部の市議の申入れやマスコミによる報道がなされたにもかかわらず、被告側が控訴しました。今後は、東京高裁に舞台を移し、訴訟及び運動を継続することになります。
本件は、伊須慎一郎、南木ゆう(いずれも埼玉支部)、黒澤瑞希(東京支部)及び筆者の各団員が担当しています。
東京支部 今 野 久 子
JALの現役客室乗務員(CA)である神野知子さん(原告)が、日本航空株式会社(JAL)を被告として提訴したJAL・CAマタニティハラスメント訴訟(東京地裁民事第一一部合議係、佐々木宗啓裁判長)で、二〇一七年六月二八日に和解が成立しました。制度自体を変更させるという画期的な和解内容ですので、ご報告します。
一 事案の概要
JALにおいては、妊娠が確認された客室乗務員は乗務資格が停止され、航空機に乗務することができなくなります。そこで、組合(CCU)は、安心して子どもが産めるように要求してたたかい、一九八〇年に「女子客室乗務員の産前休職制度ならびに産前地上勤務制度に関する規程」(産前地上勤務制度)を獲得しました。これは、妊娠したCA本人の希望によって産前地上勤務または産前休職のいずれかに就ける制度です。ところが、JALは、経営悪化を理由に、二〇〇八年の制度改悪によって、妊娠したCAが希望しても「会社が認める場合」(会社許可要件)でなければ産前地上勤務に就けないことに改悪しました。この改悪によって、実際に多くのCAが産前地上勤務に就くことができず、意に反した無給休職(産前休職)を余儀なくされました。
産前休職は無給となるだけでなく、健康であってもアルバイトも禁止され、勤続年数にも算定されず(昇給、昇格、退職金に影響する)、社宅や寮に入居していれば退去を強制されることになります(本件訴訟提起後、社宅・寮からの退去制度については撤廃されました)。
原告は、二〇一四年八月第一子を妊娠し、産前地上勤務を申請したのに対し、会社は「ポストがない」という理由で拒否、休職命令を発し無給としました。原告も、原告が所属する組合(CCU)も、被告に対し話しあいや団交での解決を求めたのですが、進捗せず、提訴に踏み切ったのです。原告は、(1)会社許可要件によって、会社が認めなければ産前地上勤務に就けず休職とさせられることは、労基法六五条によって妊娠した女性労働者に与えられる軽易業務転換請求権を制限するものであり、また(2)妊娠等(労基法六五条三項に基づく軽易業務転換権の行使及び妊娠そのもの)を理由とする不利益取扱いを禁止した均等法九条三項に違反し、違法無効であるとして、原告に対する休職命令の無効確認、未払賃金及び慰謝料の支払いを請求しました。
二 和解内容(骨子)
訴訟は、本年四月二六日に結審しましたが、その後和解手続に入り、和解に到ったものです。和解内容(骨子)は(守秘条項は除く)は、以下のとおりです。
1 被告は産前地上勤務制度について以下の五項目に基づいた対応をとる。
(1)被告は、平成二九年度以降、原則として申請者全員を産前地上勤務に就ける運用を行うこと。
(2)被告は、やむを得ない理由により、申請者を産前地上勤務に就けさせることができないと判断した場合、当該申請者に対し、その事情について説明を行うこと。
(3)被告は、早ければ平成三〇年四月一日以降、遅くとも同年一〇月一日以降、申請者から勤務形態(短時間勤務若しくは普通勤務)の希望を受け付け、原則として、その希望に即した勤務形態による産前地上勤務に就ける運用を行うこと。
(4)被告は、やむを得ない理由により、(3)の申請者をその希望する勤務形態に就けさせることができないと判断した場合、当該申請者に対し、その事情について説明を行うこと。
(5)被告は、平成三〇年度以降、CCUに対し、前年度の産前地上勤務の配置先及び配置人数、並びに当該年度の予定配置先、予定配置人数概数を開示すること。
2 被告及びCCUは、CCUが、被告に対し、産前地上勤務制度の円滑な運用及び問題点の解決を求める団体交渉申入れをした場合等において、これらが団体交渉の協議事項となることを確認する。
三 本件訴訟の和解の意義
(被告の主張)
被告JALは、客室乗務員は職種限定で採用され業務は客室乗務に特定されているから、妊娠で乗務できなくなるのは「労働者の責めに帰すべき労務の不提供」であるので、「ノーワーク・ノーペイの原則」に基づき賃金支払いの義務はない、と反論しました。この法理論が通用するならば、職種特定の女性が妊娠した場合に、その職種の業務の中に軽易業務がなければ、使用者は軽易業務への転換義務は負わないことになります。しかし、労働基準法六五条三項の軽易業務転換権は、妊娠した女性であれば誰でも認められる権利であり、職種による制限はありません。
さらに被告は、日本の他の航空会社では、そもそも妊娠すれば即休職になるのであり、JALは業界他社に先んじて先駆的な制度をもうけたのであり、軽易な業務がない場合に「新たな軽易な業務を創設して与える義務まではない」とする通達を引用して、産前地上勤務申請時に付与できる軽易業務がなければ、転換に応じる義務はない旨反論しました。
(和解の意義)
しかし、世に様々なマタハラがありますが、「妊娠したら無給」というのは不利益取扱いの「極めつき」というものです。おまけに寮や社宅を退去しなければならないというのでは、賃金と住まいを失うというのですから理不尽というものです。
和解を成立させた力として、原告の「私と同じような辛い思いをする妊婦を二度と出してはいけない。誰もが安心して妊娠・出産できる職場になってほしい。」という思いから裁判に立ち上がった勇気と、それを支えた組合(CCU)の地道で揺るがない活動が特筆されます。CCUは、徹底した聴き取りなどの事実調査を行い、産前地上勤務が認められるかどうかわからないために妊娠すること自体を躊躇したり不安に思う実態や、無給のため経済的に困窮し退職金を出産費用にあてるために退職する例など、実態を明らかにしました。被告側証人に対し、裁判長から「あなたが産前地上勤務を拒否されて、休職をかけられて、住んでいた場所を出る人だとして、次はどうやって生活していくというふうに算段しますか。」「活躍するって、どう活躍するわけ。端的に聞きたいのは、退職させるためのシステムに見えるんでね。」という尋問がありました。労務の提供と賃金の支払いは、労働契約の基本です。妊娠したからといって、働く意欲のある女性を無給にして休職させ、賃金を支払わず、しかもJALと雇用関係にあることからアルバイトも許さない。育児休業期間とは異なり、産前休業中は、公的な給付金もなく、社会保険料の負担もある。裁判途中で、JALが寮・社宅からの退去制度を改善したのも、その理不尽さが社会的に批判されることをおそれてではないかと思います。
CCUは、他方で、過去に地上勤務を認められた場合の仕事の内容を聞き取り、JALのような大企業で妊婦を就けようと真剣に取り組めば、補助業務に就けることは容易であることを、CCU委員長や実際に産前地上業務に就いたCAが証言しました。被告は、団交では開示しなかった産前地上勤務の枠も、経営破綻を免れ営業利益が回復しているのとは逆比例で、わずか九つまで減少していたことを明らかにせざるを得なくなりました。法廷の傍聴席は、赤ちゃんを抱いたママさんCAの参加もあり、いつも満員となり、CCUと「未来の飛んでるママを支える会」が協力して、署名活動や集会など、支援の輪も大きくひろがりました。裁判途中から、短時間勤務とはいえ希望者は全員産前地上勤務につける運用がなされるようになったのも、社会的な批判が確実にJALを追い詰めたのだと思います。
和解内容からおわかりいただけると思いますが、和解には、原告が所属する組合であるCCUが利害関係人として参加しています。妊娠したCAの希望にそった(平成三〇年度からは短時間勤務か普通勤務かも含めて)地上勤務が認められるようになり、万が一にも認められない場合は、申請者への説明、さらに納得しない場合にCCUとの団交事項とすることの確認がされています。
JALのCAの数は、原告が産前地上勤務を申請したときで四八九八名、うち九九・八%が女性で、まさに女性の職場です(男性は長い間CA採用者はゼロで、それ自体均等法違反といえます)。CCUは、JALにおける結婚退職制、妊娠退職制、育児期間中の深夜業免除中の乗務割当てにおける不利益取扱いなど、女性が結婚・妊娠・出産して働きつづけることを阻む制度や運用に対し、安心して働きつづけることができる道を粘り強くたたかい切り拓いてきました。今回の勝利和解では、少数組合が制度自体を変えさせるという抜本的な解決を実現できるという成果を上げました。原告やCCUには、たくさんの「たたかってくれてありがとう」という声が寄せられているといいます。
「マタハラ」という造語が普及し、マタハラをしてはいけないということは、観念的には認識されるようになりましたが、二〇一五年一一月の厚労省初のマタハラ調査でも、正社員でも妊娠した女性の二一・八%がマタハラを経験しているといいます。実は、国内の他の航空会社では、いまだ妊娠した客室乗務員は、無給休職にするのが一般的です。今回の和解が、他の航空会社で働く女性たちの働き方の改善に波及していくこと、そして未解決のJALの整理解雇の解決に向けて、はずみになることを心から願っています。
(弁護団は、船尾徹、安原幸彦、長尾詩子、竹村和也、今村幸次郎、橋本佳代子、長谷川悠美の各弁護士と筆者です)。
長野県支部 松 村 文 夫
一 バス・トラック運転手の過労死が最も多いとされているが、観光バス運転手の労災認定例はほとんどない。
そのなかで、平成二〇年八月日光で観光バス運転中に脳内出血を発症し死亡した戸波事件は、長野地裁平成二八年一月二二日業務外決定取消の判決が出され、全国過労死弁護団においても、突破口になると期待されていた。
ところが、東京高裁一四民事部(後藤博裁判長)は、本年七月一一日逆転敗訴判決を言い渡した。
二 観光バス運転手の場合は、拘束時間が長いものの、労基署長が認定する労働時間は、運転手がハンドルを握って走行している時間と清掃・点検時間だけで、乗客がトイレ・買物・見物に行っている待機時間を休憩時間として労働時間に含めない。
しかしながら、運転手は駐車中にも乗客への対応をしなければならないのが実状である。
ところが、高裁判決は、会社が賃金支払の対象にしていないことをもって、接客は本来の業務ではなく、例外的であるとして労働時間に算入しなかった。私たちは、せめて休憩時間中二〇分は労働時間に算入すべきである(これによって時間外労働が月三〇時間ほど増える)と主張したが、高裁判決は、「一五分で仮眠できる」説などを取り上げて、切り捨てた。
三 労災認定基準では、長い拘束時間も負荷要因として定めている。そして、トラック運転手の「改善基準」(同じ厚労省が定めている)では、拘束時間につき、一日一三時間を限度としている。
本件被災者の拘束時間は、一人運行の場合の半分が一日一三時間を超えていた。
ところが、高裁判決は、労働密度を拘束時間に占める労働時間の割合(七〇%程度)として、拘束時間が長くても労働の過重性を認めなかった。これでは、拘束時間が限度の一三時間であっても労働密度の七〇%を乗ずると九時間となり、八時間労働より一時間超えているのに過ぎないとなる。これでは、労働時間と同じことになり、拘束時間を労働時間とは別に負荷要因としている趣旨を没却することになる。そもそも労働時間については、認定基準では、時間外労働が一日四時間(月八〇時間)となると、八時間労働・休憩一時間を加えて拘束時間が一三時間となり、睡眠時間は六時間となるとして過労死ラインにしているのであるが、高裁判決は、このことについて何ら触れていない。
四 このような判決を確定させては、観光バス労働者の多発する過労死に対して、労災認定が遠ざかってしまいます。
私は、七〇歳を過ぎ、五〇年近くも判決を迎えると不安になって食欲もなくなることを続けてきましたので、もうそろそろ引退しようと考えておりましたが、このような敗訴判決を放置できません。敗訴判決を報告するのは恥ずかしいのですが、団通信で報告すると必ず全国から自分たちの経験の連絡が来て、これまでも困難な事件を前進させる成果が得られて来ました。
最高裁で再逆転させために私ももうひとふんばりしますので、ぜひ経験を教えて下さい。
大阪支部 渡 辺 和 恵
一 去る七月一三日、性犯罪の罰則等改定が施行された。罰則等改定は(1)強姦罪を強制性交等罪と改定され、被害者は旧規定の女性だけでなく男性も被害者となり、刑罰下限が三年から五年と上げられる。(2)親などの監護者がその影響力に乗じて一八才未満の者に及んだ行為については暴行・脅迫が無くても監護者性交強制等罪などになる。(3)これらは親告罪であったのが非親告罪になる、などである。私は弁護士生活四〇年余り、女性又は女児に対する性暴力事件に民事・刑事ともに関わることが多く、今回の性犯罪の罰則等改定は当然のこと、あるいはやっと改定にこぎつけたとの感をもっていた。
二 ところが、団通信で守川意見を読み、また日弁連が賛否いずれの意見も出さなかったことを聞き、驚いてしまった。(1)刑罰の重罰化に反対する(2)構成要件が不明確なままの犯罪の新設に反対する(3)非親告罪化は被害者のプライバシーを侵害し、負担を負わせることになるとの理由を知って大きく驚いた。驚いたのは、私が女性の立場の中にいてその問題点を外と交流してこなかったことの反省と、団および日弁という法律家としての最高の理性を持っておられるところで、被害現場と離れた議論をしておられたのではないかという点である。
三 私は(1)について強姦の刑罰の下限が強盗のそれより軽いという価値の不均衡は是正されるべきだと思ってきた。不均衡は一一〇年前に女性に人権が認められない時代に「女性の性」がいかに軽んじられたのかの歴史の残骸だ。強盗の下限五年が重いとの評価(あるいは強制性交等罪の下限五年)は日本の刑法の重罰の解消の中で対応されるべきである。
(2)(3)については実父からあるいはクラブの顧問からの性暴力にも関わったのでその経験から意見を述べる。実父からの性暴力に遭ったのは一六才のA子さん。暴行・脅迫があったので刑事告訴した。しかし、暴行・脅迫を伴わない行為は連日に及んでいた。新規定では一八才未満なので暴行・脅迫を伴わなくても犯罪となる。当時は親告罪だったので刑事告訴期間は六ヶ月だからA子さんがお母さんのところに逃げてきた時はこれを徒過していた。しかし、親権を父から母に変更する審判を経てからでないと告訴期間は進行しないと解釈して刑事告訴した。警察は性暴力、しかも実父を訴えるのであるから「A子ちゃんはお父さんを犯罪人にするのかね」と言われかねず、A子さんの精神的負担が大きいと考え検察に刑事告訴した。私が信頼した検察も結局は不当にも起訴猶予にした。A子さんにこんな残酷なことをした父に対し、検察も立ち向かう姿勢を持たなかった。性犯罪はプライバシー保護の名のもとに親告罪とされてきたから、性犯罪は公の犯罪になり得ていないのではないかと思った。プライバシー保護の問題は被害者への配慮の問題であり、全く別の課題である。
次にクラブの顧問の教師からのB子さん(中三年生)への性暴力は暴行も脅迫もなかった。新規定にも監護者とは親子関係と同視しうる程度の関係を要求されるのでこの件は犯罪とならない。当時B子さんは先生に辞めてもらいたいと強く思っていたので、人権擁護委員会に人権侵害の申立をした。しかし、教師は否認し、B子さんは教師のその姿勢に疲れて、申立を取り下げざるを得なかった。関与事件でこの種の事件はその他にもあり、私はその都度非親告罪とすること、また法の新設の必要性を痛感した。
「立法事実がない」との批判は、私の経験とは全く相反する見解である。
又、監護者強制性交等罪の構成要件が曖昧との批判は、これを明確にする対案が出されるべきである。三年後には見直しもされることになっている。これに反映すればよい。
四 議論の方向の提案
各団員とも性暴力事件を受任しておられると思う。この改定については経験に基づいた議論をするのが一番有意義だと思う。あわせて性犯罪の現場で「性が人格権の中で大きな位置を占めるその共通認識がない」ことを痛感する。事件関与は人権学習の最良の場である。これが私の現在の到達点である。以上、自分の弁護士体験に基づき提案するものです。
なお、A子さん、B子さん事件は私の著書「子どもの事件簿」(一九九七年発行)に収録してあります。既に絶版になっていますので、必要な場合はご連絡下さい。
神奈川支部 中 野 直 樹
天狗尾根取付き
先行していた四人男性グループは、リーダー一人が相当な経験を積み、残りの三〇才台のメンバーは経験が浅いことが見て取れた。地図には天狗岩を過ぎたあたりに天狗尾根取付点と表記され、「残雪時に取付点を見落とさぬよう」と赤字で付記されている。アイゼンを付けた四人が取り付こうとしているところは正しそうだ。地図に「急坂」と書かれた、胸に迫る急斜面の直登開始。私たち二人はここまでアイゼンを付けておらず、そのまま一〇メートルほど登り、さらに斜度がきつくなったところで、融けた雪に滑り始めたことから壷足では無理と判断し、木の根の窪地でアイゼンを装着した。 ここからの五〇メートルほどの壁のように感じた雪面は途中で腰を伸ばして休息をとれるような場所はなく、腰をかがめたまま、ひたすら足を動かし続けなければならなかった。このような急斜度ではストックは全く役立たない。一〇分ほどの集中でようやく傾斜が緩やかな斜面となり、まっすぐ立って乱れきった呼吸を整えた。天狗岩の頭が目線の高さとなった。さらに雪を踏みつけながらの登りが続き、最後に藪こぎをして稜線に出た。時計は一〇時一五分頃だった。夏道が出ていたので、アイゼンをはずした。
連続する底雪崩のこだま
尾根の向こう側のヌクビ沢が見えた。割引沢よりも狭く、周囲の切り立った斜面にはひび割れた残雪が張り付いていた。その一部が崩れ落ちて谷底の雪渓を盛り上げていた。危険すぎる様相であり、回避したことは正解だった。深田久弥氏の「日本百名山」はあまりに有名な名著だが、同氏は数多の山旅紀行文を書いている。それを選集した「百名山紀行」(ヤマケイ文庫)の巻機山の頁を開くと、一九三六年四月にスキーを担いで井戸尾根を登っているときの底雪崩のことが書かれている。「T君が微かな音をききつけて雪崩れ!と叫ぶ。あそこだという方を眺めると、ワリメキ沢の一枝沢に、底雪崩の落ちていくのが見えた。底雪崩の跡はすさまじいがその割に怖くない、と案内の小野塚正生が言う。音がするし速力もそう早くないから逃げる余裕があるという。怖いのはホウロという奴で、これはまるで電気みたいに早く来るそうだ。ホウロというのは上層の新雪雪崩のことである。いま一つミゾレというのも怖い。これはザラメ雪の雪崩のことだそうである。」。今年三月、那須岳で訓練中の高校山岳部部員が発生した雪崩に巻き込まれ八名が死亡する大事故が起きたが、これはこのホウロだった。
天狗尾根を歩いているとき、底雪崩の音が幾度となく響いた。深田氏が描写しているとおりの光景であった。気温が高くなった今の時間帯に割引沢の雪渓を登っていたとするならば、どう判断・行動したろうかと考えながら歩を進めた。シャクナゲがピンク色の開花直前の蕾をつけ、目を楽しませ、被写体となってくれた。一一時一〇分、頂に着いた。到着口には「下山禁止」との標識があった。
壮大な眺めと小さな観察
山頂には石の社が置かれ、一等三角点が埋め込まれていた。「割引岳山頂一九三〇・九」と書かれた標識柱が倒れていたので、これを立てて石積みで支え、写真を撮った。背景は、すっかり親密な気持ちをもつようになった越後駒ヶ岳、中岳、八海山の三山である。目を右手に向けると、巻機山本峰の女性的と表現されることの多い、なだらかな山容が広がる。まだ残雪面と地肌面が競り合っていた。さらに右手に、赤城山とその左の奥にシルエットが見えるのは皇海山だろうか。
山頂から本峰に向けた太い尾根の残雪を靴でスケーティングをしながら軽快に下った。豊富な雪を残したヌクビ沢の源流部が姿を見せていた。
巻機山の山上は、夏は、草原と池塘に高山植物の花々が咲き乱れるそうである。今は雪原を歩きながら足下を見ていると、いろいろな虫が雪面に羽根を休めていることに気づいた。まさか冬ごもりをしたわけでもあるまい。上昇気流にのってやってきたものだろう。ぎょっ、なんとカメムシがいるではないか。私のふるさとでは「へこたむし」と呼ばれる有名な奴で、春と秋に大量に家に入りこみ、うっかり触れると容易にとれない悪臭をもつ分泌液を放つ。イネの大敵で、この対策のためにどれだけの金と時間が費やされていることか。
頂はどこか
前掲の深田氏の紀行文には「巻機山とあるのは、一九六〇メートルの等高線に囲まれた頂上の広い峰だが、委しい詮議となるといろいろ異説があるらしい。しかしそれは近代の登山家が、どんな小さな峰でもいちいち名前が無くては済まされない詮議策から、土地の猟師や案内人の自分勝手な名付け方をもさも重大視して採用したがために起こった混乱であって、僕にすればあのへん全体を漠然と巻機山と呼ぶことに賛成したい。」と記してある。そのとおりだと思いつつも、九四番目の百名山登頂を記録する浅野さんとするとどこかポイントを定めなければならない。最高点一九六七mの場所も指示が無く、まだ雪を被っている標識らしきものを掘ってみたりしていたが、結局特定のポイントは不明だった。
暑いほどの日差しのもとでゆっくりと昼食をとった後、ところどころ雪の被る木道の道を辿って牛ケ岳に登り、八海山から中岳への険しい稜線を正面に眺めた。東から南に、尾瀬の山々、日光白根、昨日登った独立峰の武尊山、皇海山、赤城山を確認した。
帰りは井戸尾根の残雪を快適に靴滑りしながら一気に下り、芽吹いたばかりの新緑のブナの木漏れ日林を経て一六時三〇分桜坂駐車場に戻った。帰り仕度をしているときに明日の登山の偵察にきていたランクル車の方から割引沢の様子を尋ねられたので、連続した底雪崩のことを伝え、やめた方がよいとの意見を述べた。終わり。