<<目次へ 団通信1648号(10月21日)
福岡支部 井 下 顕
はじめに
二〇一八年問題、すなわち、二〇一三年四月一日に施行された改正労働契約法一八条に基づく有期雇用労働者の通算五年超えの無期転換申込権発生前に雇止めが起こるのではないかという問題、二〇一五年改正労働者派遣法に基づく三年の派遣期間満了による派遣切りが頻発するのではないかという問題である。このうち前者について、二つの無期転換逃れ裁判について報告する。いずれも雇用契約上の地位確認等請求事件である。
博報堂事件
今から三〇年前、一九八八年に新卒採用されたA氏(五三歳、女性、但し一年目から非正規雇用)が実に二九回更新、通算三〇年間働き続けた結果、本年三月三一日をもって雇止めされた事件である。第一回口頭弁論直後、ヤフーニュースのトップで記事が配信され、瞬く間に数千のコメントが寄せられるなど、高い関心が寄せられた事件である。博報堂側は無期転換申込権が発生する五年前から雇止めを予告し、業務も減らしてきた旨を主張しているが、この点は、福岡労働局長も本件雇止めは無効である可能性が高く、また無期転換申込権の発生前に雇止めすることは労働契約法の趣旨を没却する旨の助言を行っている。弁護団は当職の他、梔i由華団員、島翔吾団員である。
NTTコムウェア事件
NTT西日本の子会社であるNTTコムウェアで、二〇〇四年以降、期間一年の嘱託社員雇用契約を一二回にわたって更新してきた男性(当時五九歳)が無期転換申込権発生の一年前に、突如、雇止めにされ、そのまま六〇歳定年の地域限定正社員として一年限りで雇用され、定年後、契約社員として雇用されている事件である。
男性が雇止めされずに嘱託社員として契約が更新されていれば、手取り月給三〇万円弱が続いたものの、一年限りの地域限定正社員→定年後契約社員というスキームのため、現在は月手取り一三万円前後で、日々の暮らしにも事欠く状況にある。
NTTコムウェアでは、定年後契約社員の制度は、高年法に基づく六五歳までの雇用延長措置として用意されたスキームであり、正社員は、もともと原告の倍近い給与と定年時の退職金があることが前提となっているが、ずっと嘱託社員として正社員の半分程度の賃金しかもらえず、退職金もない原告にとっては、老後の生活設計もままならないような状況に置かれることになってしまい、極めて不当な結果となっている。また、原告は嘱託社員時の二〇一一年頃、JMITU通信労組に加盟したため、当時から降格やメーリングリスト外しなど様々な不当労働行為を受けてきており、今回の一連の賃金減額措置は無期転換逃れを介在させた不当労働行為の側面もあると弁護団は考えている。本件は提訴時に組合とともに記者会見を行い、これも大きな反響が寄せられた事件である。弁護団は当職のほか、池田慎団員と島翔吾団員である。
なぜ労働契約法一八条は制定されたのか
非正規労働者は、次の契約が更新されるかどうか、いつも内心ビクビクしている。そのため、残業しても残業代を請求できなかったり、有給休暇も利用できないなど、働く者としての当たり前の権利行使ができない状態におかれている。そうした非正規労働者の無権利状態を改善し、雇用の安定を図るために規定されたのが労契法一八条の無期転換申込権である。本件二つの事件は、いずれも労契法一八条の趣旨を没却するものであり、必ず勝利しなければならない事件である。
おわりに
資本主義社会では、労働者は労働力という商品を売る以外に生きていけない。したがって、労働者は、“安定した雇用”と“まじめに働けば暮らしていける賃金”が必要である。もっとも、それだけでは人間らしい働き方(ディーセントワーク)は実現できないため、ワークライフバランスの取れた適正な“労働時間(一日八時間週四〇時間)”が守られなければならない。しかしながら、わが国の労働法制は、非正規労働など不安定雇用に対する規制が極めて不十分であり(ヨーロッパなど諸外国はそもそも非正規労働そのものが必要か否かを個別に規制する“入口規制”が採られている。)、最賃法はあるものの、実際の最低賃金は極めて低額に押しとどめられている。さらには、ILO(国際労働機関)の八時間労働制を定めた第一号条約すらわが国は未だに批准しておらず、先の働き方改革関連法においても、残業の上限規制は過労死ラインとされた。これでは、人間らしい働き方など到底実現できない。非正規労働者の権利を実現し、人間らしく働くルールを確立することは、喫緊の課題である。
大阪支部 村 松 昭 夫
一 重要な到達点を築いた大阪一陣高裁判決
八月三一日の京都一陣高裁判決(田川直之裁判長)に続いて、九月二〇日に大阪一陣高裁判決(江口とし子裁判長)が出された。
判決は、国責任の関係でも建材企業責任の関係でも、従来の地裁判決、高裁判決をさらに一歩前進させ、建設アスベスト訴訟の重要な到達点を築くものとなった。
二 建設アスベスト訴訟の主要な争点
(1)国責任に関して
アスベスト被害に関する国の規制権限不行使の違法については、泉南国賠最高裁判決において、国の規制権限不行使が違法になる判断基準(いわゆる「適時かつ適切」の基準)が示され、以後、建設アスベスト訴訟においても、労働者との関係では、この判断基準に基づいて、安衛法等に基づく規制権限の不行使の違法を認める判決が続いていた。ところが、一人親方等の関係では、労働者と同様のばく露実態であるにもかかわらず、安衛法等が直接的には労働者を保護対象にしていることから国の規制権限不行使の違法が及ばないとする判決が続いていた。これを初めて克服したのが今年三月の東京高裁判決(東京ルート一陣訴訟)であったが、引き続き一人親方等に対する国責任の問題は最大の争点、課題となっていた。
(2)建材企業責任に関して
建設アスベスト事案では、原告らが石綿建材からの粉じんでアスベスト疾患を発症したことは明らかであるにもかかわらず、原告らは長期間に亘って多数の建築現場で多種類の石綿建材からの粉じんにばく露していることから、発症の原因となった石綿建材や建材企業を特定することが極めて困難であるという本件特有の困難性が存在している。この点に関しては、昨年一〇月の東京高裁判決(神奈川ルート一陣訴訟)が、シェアと確率論を用いてこの困難性を克服し建材企業の責任を認めていたが、引き続き、この困難性をどう克服するかが企業責任の追及において最も大きな課題となっていた。
三 新たな到達点を築いた大阪一陣高裁判決
(1)国責任に関して
判決は、一人親方等のばく露実態を重視して、安衛法等が一人親方等を直接的には保護対象にしていないとしても、国賠法上では一人親方等も保護範囲に含まれるとし、一人親方等も含めて国の規制権限不行使の違法を認めた。また、建築現場において大量の被害が発生した原因として国の住宅政策を指摘し、これに製造禁止という抜本的な対策が十数年遅れた点も指摘して、国の責任割合を従来の三分一から二分の一に大幅に引き上げた。
(2)建材企業責任に関して
判決は、本件の因果関係立証の困難性と手持ち資料を提出しない建材企業の応訴態度を指摘して、そうしたなかでは、シェアと確率論を駆使した原告らの立証方法の正当性を認め、各原告毎に主要原因建材・企業を認定し、民法七一九条一項後段の類推適用によって主要原因企業らの共同不法行為責任を認めた。建材企業の責任割合も、基本的には損害全部に及ぶことを前提にして、他の石綿建材からのばく露等も考慮して、各原告毎に平均して四割の責任を認めた。この点でも、簡明な法律論によって被害者救済を大きく前進させた。
四 早期全面解決に向けた判決の意義
第一に、国と建材企業に対する早期解決への強烈なメッセージとなった。
この判決で国は一〇連敗となったが、こうした事態はわが国の裁判史上かつてないことであり、従来にも増して国に対して早期解決を促す強烈なメッセージとなった。また、この判決で、シェアと確率論を用いて建材企業の責任を認める流れも確実なものとなり、建材企業らも早期解決に向けて主体的に動かざるを得なくなった。
第二に、最大の課題であった一人親方等の救済を大きく前進させた点も重要である。
大阪の二つの高裁判決が、三月の東京高裁判決からの一人親方救済の流れを引き継いだことは、すべての建築作業従事者の救済に向けて大きく舵が切ったと評価できるものである。
第三に、最高裁の審理、判断にも大きな影響を与える判決である。
東京高裁、大阪高裁と東西の四つの高裁判決が出そろったことになり、最高裁に対して早期審理、早期の被害者救済の判決を促すとともに、早期解決に向けて最高裁にイニシアチブの発揮を求めるものともなった。
第四に、「建設アスベスト救済基金」(仮称)の創設に向けて政治や行政への強いメッセージにもなった。
建設アスベスト被害の全面的な解決には、「建設アスベスト救済基金」(仮称)の創設が必要であるが、その創設に向けて政治や行政に強いメッセージとなった。実際にも、この判決後、野党による厚労省等に対する合同ヒアリングが実施されるなど新たな動きも出ている。
大阪一陣高裁判決は、以上のような重要な意義を有しているが、国、建材企業とも上告したため、最高裁での闘いが続くことになった。大阪弁護団は、引き続き全国的な闘いと連帯して、油断することなく、最高裁勝利と早期全面解決に向けて全力で取り組む決意である。
埼玉支部 大 久 保 賢 一
はじめに
埼玉弁護士会は、一〇月四日、「自衛隊を憲法に明記する憲法改正に反対する決議」を採択した。安倍首相が進めている憲法九条一項と二項はそのままにして、実力組織としての自衛隊の保持を憲法に書き加えようという「自衛隊明記案」に反対することを、会の総意としたのである。
まだ、発議されているわけでも、憲法審査会に提案されているわけでもない「自衛隊明記案」について、慎重審議を求めるのではなく、反対の意思を表明したのである。
もともと、埼玉弁護士会は、二〇〇八年五月に「日本国憲法の平和主義を堅持することを求める決議」を採択していた。「当会は、憲法九条二項の非軍事平和主義の規範が堅持されることを求め、二一世紀を『全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利』が保障される平和と人権の世紀にするための諸活動に取り組む」というものであった。
今回の反対決議は、それから一〇年を経た現在の状況を踏まえての意見表明である。
採択までの手続き
現在、埼玉弁護士会の会員は八六〇人。もちろん、憲法についての関心の濃淡、改憲についての賛否、弁護士会の在り方などについて多様な意見が存在している。その中で、会としての意見をまとめていくということは簡単なことではない。だから、現在の改憲論議に危うさを覚えている執行部は、できるだけ大勢の会員に関心を持ってもらい、そのうえで会内合意を形成することに腐心していた。登録後数年という白神優理子弁護士を招いての学習会や、支部ごとの意見交換会なども開いてきた。その中で、「国民投票前の意見表明は政治色が強く、時期尚早」、「弁護士会内で反対意見は軽々に言えない。貝になりたい思いがする」、「国防関係の議論について、弁護士個人の思想信条を制約することにならないか」、「改憲にネガティブな印象を与えるべきではない」などの反対意見も出されるようになった。
総会の様子
臨時総会には、九七人が参加して(委任状出席も含めれば二六五人を超える)、熱心な討論が行われた。決議に賛成する意見が多数であったけれど、反対意見ももちろん表明されていた。その中で、傾聴すべきと思ったのは「安保関連法案のように、憲法に照らして違憲だから反対するという議論と、憲法改正についての賛否は次元が異なる問題である。そもそも、そのような事柄は、憲法改正権力者である国民に委ねられるべきである」という意見である。安保法制は違憲であるとして共同していた人たちの中にも見受けられる議論である。国民がそれを選択するならそれも民主主義であってやむを得ない、という立場である。
この意見が述べられた直後、ある会員が「私の妻の母は被爆者である。健康状態はすぐれないままである。この改憲が行われ、自衛隊が書き込まれることになったら、被爆者たちにどのように説明するのか」と発言していた。大日本帝国の侵略や植民地支配の行き着いた先が原爆投下であったことに思いを致すとき、その発言には強い共感を覚えたものであった。
憲法九条改正の限界
決議に次のような一文がある。「自衛隊明記案は日本国憲法の恒久平和主義と抵触し改正限界を超えるものとして許されない」というのである。この論理によれば、自衛隊明記案についての議論は、単に政治的というだけではなく、憲法論として取り扱う必要が出てくるのである。九条改正については、一項も二項も改廃できるとする無限界説、一項の改廃は限界を超えるが二項の改廃は超えないという説、二項の改廃も限界を超えるとする説がある(註解日本国憲法上・二五一頁)。埼玉弁護士会は、その最後の説に立っているのである。二〇〇八年の決議ではこの議論は行われていなかった。改憲にかかわる議論を政治論にとどめないで、法律論として議論するためには、このような論点設定も求められているのである。非軍事平和主義に基づく戦力の放棄と交戦権の否認は、憲法改正の限界を超えるとする議論を深める必要があるといえよう。
核の時代における平和主義の在り方
決議は九条二項の意義について次のように述べている。「日本国憲法の恒久平和主義、なかでも九条二項の戦力不保持規定は、不戦条約や国連憲章をさらに推し進めた規範であり、それは、人類滅亡に直結する核兵器の出現を受けた現代における国際紛争解決の指針として極めて先駆的であり、普遍的意義を有する」というのである。この背景にあるのは「人類は核兵器を持ってしまった。核兵器を使用しての武力の行使が行われれば、戦争が文明を滅ぼすことになる。武力での紛争解決が禁止されるのであれば、戦力を持つ必要はない」という発想と論理である。一九四六年当時の制憲議会で政府が展開していた論理であり、樋口陽一先生が「八月六日と九日という日付を挟んだ後の日本国憲法にとっては、『正しい戦争』を遂行する武力によって確保する平和という考えは受け入れることはできなくなった」としているところでもある。
小括
賛成二五三、反対一〇で採択されたこの決議の特色は、自衛隊を明記する改憲を九条二項の平和主義の限界を超えているとしていることと、その根拠を、核の時代における憲法九条二項の先駆性と普遍性に求めていることにある。私は、先に紹介した被爆者に対してどのように説明するのかという発言は、核の時代における平和主義の在り方を端的に表現しているものだと思う。そして、専守防衛などとして自衛隊を認める議論についての危うさを危惧せざるを得ないのである。
いかなる事情であれ、核兵器が使用されれば、壊滅的な人道上の結末を迎えることになることは、核兵器禁止条約で確認されているところである。そして、終末時計は人類滅亡までに残された時間は二分だとしている。私たちは、いまだ核兵器が一万五〇〇〇発も存在し、そのうちの数千発が発射可能状態に置かれていることは忘れないようにして、平和主義の在り方を考えなければならないのである。(二〇一八年九月四日記)
静岡県支部 佐 野 雅 則
雑誌「世界」一〇月号に福井地裁で大飯原発差止訴訟を認容した元裁判官の樋口英明さんの論文が掲載されています。すでにご存じの方も多いと思いますが、脱原発を心から願う我々として非常に共感できる論文です。さらに多くのみなさんにもご一読していただきたくご紹介します。
本論考は、直接的には福井地裁判決を覆した名古屋高裁金沢支部判決に対する批判ですが(だとしても一審の裁判長が名前を出して判決批判すること自体がすごいと思います。)、もっと広く、最近の裁判所の揺り戻しの傾向に対する強い批判とも読み取れます。
本論考は、以下のような柱から構成されています。
・地震予知の不確実性
・一般住宅より脆弱な原発の耐震強度
・「万一の危険」と「ゼロリスク」の違い
・大飯原発再稼働 危険極まりない賭け
・伊方最高裁判決について
・不可思議な控訴審判決
・仮説を原発の安全基準に用いることは許されない
・合理性と社会通念
・大飯判決への批判について
・裁判所への疑問について
これらを見ただけでもとても興味深いと感じます。
通常五年以上かかる原発裁判ですが、樋口元裁判官は、早い段階で大飯原発の危険性を理解し、一年半あまりで確信をもって判決に至ることができたそうです。その大きな理由は、電力会社が主張する「将来にわたって原発敷地には強い地震は来ない」という根拠が「消極的地震予知ができる」という立場に立っているということでした。地震の予知などできない、それが厳然たる科学的事実です。将来の地震動を予測する緻密な計算式も「所詮は仮説」なのです。それでも大飯原発の耐震性が貧弱でもかまわないとする唯一の根拠がこの消極的地震予知だったのです。それはとてつもなく危険なことで、それだけで運転を差し止める十分な理由になると言っています。また、そのような考え方は「良識と理性は決して許さない」とまで言っています。このような明快かつシンプルな考え方の方が「社会通念」と言えるのではないでしょうか。
樋口元裁判官は、判決をするにあたって「圧力」や「示唆」はなかったと回顧しています。「圧力」や「示唆」と受け取るかどうかは各裁判官の姿勢の問題です。二〇一三年二月に全国の原発訴訟担当の裁判官を集めた研究会では、ご本人自身はパネラーに対して「気楽な人たちだ」と感じていたそうですが、同時に、これを「圧力」なり「示唆」と感じる人もいたであろうと思ったそうです。裁判官という人たちは、何より「少数派になることを恐れる人たち」です。その中では明確な圧力はなくても「雰囲気」があります。その「雰囲気」にのまれて、司法の権能を行使しようとしないことは、国民の裁判所に対する信頼を大きく損なうものです。しかし、原理原則に遡って考え、生の事実について認定していくという判断過程は極度の精神的緊張を伴うから、「その精神的負担からの解放をもたらすような判断枠組みは多くの裁判官になじみやすい」、と分析しています。今の現状を端的に表していると思います。三・一一以降、姿勢が変わったかに見えた裁判所もまた元に戻りつつあります。司法にも蔓延する「雰囲気」が原因だろうと思います。
樋口元裁判官は言います。「多くの原発が自分の住んでいる家や自分の勤めている会社のビルよりも弱いということ、そしてその根拠が不可能とされる消極的地震予知に基づくものであることは、間違いなく電力会社が最も国民に知られたくない情報である。」「国民に知られたくない情報を国民が知り、全原発の即時停止を求める国民が半数を超えれば『全原発は止まる』」と。
このような運動を作っていくことが我々には求められています。まだやれることはあります。いかがでしょうか、そんな議論をしに団本部の原発問題委員会に参加してみませんか。
東京支部 後 藤 富 士 子
一 「判事補」は憲法七六条三項の「裁判官」か?
憲法七六条三項は、「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と裁判官の独立を定めている。そして、八〇条一項は、裁判官の任期を一〇年と定め、二項で、在任中減額されない相当額の報酬が保障され、さらに七八条で身分保障がされている。
一方、裁判所法四三条は、司法修習生の修習を終えた者の中から任命する「判事補」なる職を設けたうえ、判事の任命資格を定めた四二条一項の筆頭に判事補が挙げられている。しかるに、二七条で、判事補は、「他の法律に特別の定めのある場合を除いて、一人で裁判をすることができない」とか、「同時に二人以上合議体に加わり、又は裁判長となることができない」と規定されている。
そうすると、「判事補」は、憲法七六条三項にいう「裁判官」ではあり得ない。
ちなみに、戦前の司法は、そもそも裁判所の独立さえなく、いわんや裁判官の独立もなかった。裁判所は司法省に附置され、判事と検事が「司法官」とされて任期のない「終身官」であった。また、裁判の実地訓練で先輩裁判官から教えられる「子飼い制度」をとっていたから、「判事補」などという職は存在しなかった。
すなわち、憲法は、キャリアシステムと異なる裁判官を想定していたのであり、アメリカ型の法曹一元裁判官が原型にある。そして、「判事補」こそ、日本国憲法の描く司法・裁判官の実現を頓挫させた元凶であり、これを供給するのが「統一修習」である。
二 「法曹一元」を実現した韓国の経緯
韓国では、二〇一一年七月に「経歴法官制度」(法曹一元)を制度化する法改正が行われ、二〇一三年一月一日から実施された。その内容は、判事の任用資格として一〇年以上の弁護士・検察官などの法曹他職経験を有することとし、次の経過措置がとられた。
@二〇一三年初から二〇一七年末までは、他職経験三年以上
A二〇一八年初から二〇一九年末までは、他職経験五年以上
B二〇二〇年初から二〇二一年末までは、他職経験七年以上
C二〇二二年初から、他職経験一〇年以上
これに合わせて、二〇一七年に司法修習制度と従来の司法試験制度が廃止され、法曹養成制度はロースクールに一本化されることになった。
すなわち、韓国では既に法曹一元が実現したのである。その経緯は、二〇一二年一一月に実施された日弁連の韓国法曹一元調査団に参加したメンバーの報告によると、次のとおりである。
(1) 金泳三大統領は、国際競争力を高めるために法曹人口増と専門性を備えた弁護士需要に応ずるためロースクール導入を決め、その延長線上に司法の民主化の中核となる法曹一元を予定し、経過的にキャリアシステムの下での弁護士からの裁判官任用を求めた。
(2) 金大中大統領の時に、「前官礼遇」(裁判官を勇退した弁護士が裁判所に影響力を効かせる慣習)を素地とする裁判官の贈収賄事件が起き、それが契機となってマスコミ世論が沸騰し、司法の構造改革として法曹一元の導入が避けられない情勢となった。
(3) 二〇〇三年に盧武鉉(弁護士)が大統領に就任し、その強力なリーダーシップのもとで、同年八月、大法院が一転して法曹一元の導入を大統領との間で合意した。
(4) 大法院が法曹一元の条件整備に慎重を期したので、二〇一二年に李明博大統領の下で国会がしびれを切らして裁判所組織法を改正して二〇一三年からの法曹一元に踏み切った。
三 「キャリアシステム」から「法曹一元」へ転換の鍵
韓国の経験に照らして明らかなように、「法曹一元」は、単に裁判官の資質、給源の問題ではなく、司法の民主化の中核であり、司法の構造改革として認識されている。そして、「キャリアシステム」から「法曹一元」へ転換するために、法曹人口増とそれを支える養成制度としてロースクール制度を導入したうえで、従来の司法試験制度・司法修習制度(分離修習か?)を廃止している。なお、韓国では、「判事補」という職はなかったと思われる。
これに対し、日本では、法曹人口増とそれを支えるロースクール制度が導入されながら、相変わらず司法試験は「司法修習生採用試験」であり、法曹養成に必須なものとして、「判事補」を供給する国営「統一修習」制度を残したのである。その結果、ロースクール制度は「生き残り」に汲々とする有様であり、バイパスであるはずの予備試験が活況を呈している。また、法曹人口増については、当初の司法改革提言が反故にされて、合格者数を抑制している。一方、キャリアシステムを不変の前提とした「弁護士任官」や「他職経験」では、官僚司法の民主化は不可能であることが露見している。
四 国営「統一修習」により生まれる反国民的「法曹」
私が最も理解に苦しむのは、弁護士が国営「統一修習」にしがみつくことであり、自らの「食い扶持」のために法曹人口増に反対することである。このような態度は、「法曹一元」に敵対することが明らかである。弁護士は、戦前からの在野法曹の水平運動を満足させるものとして実現した「統一修習」の既得権益を死守するために、司法の民主化に背を向けている。
しかし、「法曹一元」は、日本国憲法が描く裁判官像である。それを実現するためには、十分な法曹人口が必要であり、多数の法曹の質を確保するにはロースクール制度が有効である。それが今般の司法改革の構想であり、また、韓国の実践で証明されている。
一方、キャリアシステムを永続的前提として法曹人口を抑制すると、法曹の質は低下することを免れない。「ツイッター分限裁判」の岡口基一判事によれば、「司法制度改革で弁護士余剰時代が到来し、弁護士転身が困難となった裁判官は、組織の中で賢く生きていくことが人生の第一目標となりました。」と述べている。これは、「法曹一元」とは真逆の「職種」移動であり、キャリアシステムは、官が民へ「天下り」する法曹制度であることを物語っている。
しかしながら、このような弁護士を含む法曹の養成に国費を投じながら、憲法で手厚く身分保障された裁判官の生態に照らせば、主権者である国民が容認するはずがないと私は思う。
〔二〇一八・一〇・三〕
東京支部 酒 井 健 雄
日 程 一一月一二日(月)一八時三〇分〜二〇時三〇分
場 所 東京法律事務所
タイムスケジュール(予定)
@藤原精吾団員(兵庫)の講演
A年金裁判、新生存権裁判の報告等
B議論、質疑応答等
(終了後懇親会を予定しています)
藤原精吾団員は、一九六七年の登録以来、堀木訴訟や生存権裁判等の社会保障裁判、労災・職業病事件、国際人権活動等多方面で活躍され続けてきました。特に、堀木訴訟では、児童扶養手当と障害福祉年金の併給禁止につき一審の違憲判決を勝ち取り、また併給を実現するだけでなく、スロープの設置やトイレの改良等障害者の法廷へのアクセスの道を切り開きました。最近では、「社会保障レボリューション: いのちの砦・社会保障裁判」(高菅出版)の編集者となり、社会保障裁判をたたかうことを通じて、政治を変えることを強く呼びかけられています。
いま、安倍政権は、上がらない賃金と負担増に苦しむ現役世代との比較を口実に毎年のように年金を引き下げ(際限ない引き下げを可能にする年金カット法を成立させ)、年金生活者を含む低所得層の消費実態との比較を口実に生活保護基準を引き下げる等、各階層を分断し対置する手法で、あらゆる分野の社会保障の削減・解体を推し進めています。年金裁判や生存権裁判の枠を超えた共同により、全体の底上げ、「格差と貧困」の問題を克服することが求められています。
そこで、藤原精吾団員に社会保障裁判等のご経験をもとに、社会保障裁判のたたかいの意義やどう壁を打ち破っていくか等のご示唆をいただきながら、年金裁判、生存権裁判等の共同の取り組みをどう構築していくべきか等の議論をはじめる場として、上記の学習会を企画しました。社会保障裁判に関わる方、興味を持つ方等、多くの方のご参加をお願いいたします。
また、社会保障問題をめぐる裁判と運動の議論は、合格者や修習生、新人の方にとっても興味深いものだと思いますので、そのような方にも積極的に参加を呼びかけます。弁護団の将来も考慮したご参加も歓迎です。
多くの方のご参加を呼びかけます。なお、終了後は近場で懇親会を予定しておりますので、終了後の時間も空けておいていただけると幸いです。