<<目次へ 【意見書】自由法曹団


労働者の生活と地域経済を破壊する日産リストラ計画・村山工場閉鎖を許すな

2000年1月   自由法曹団


《構成》
T 社会的責任を無視した日産「リバイバルプラン」
 1 労働者・関連企業の犠牲によるコスト削減が至上命題
 2 高まる国民各層からの批判
 3 批判に耳を傾けプランの根本的見直しを

U 工場閉鎖を労働者に押しつけることは許されない
 1 労働者の基本的権利を侵害する工場閉鎖計画
 2 「経営判断」の名の下に工場閉鎖を強行することは許されない
 3 労働者との事前の協議抜きの閉鎖計画の決定・発表は違法
 4 工場閉鎖を前提にした遠隔地配転を強いることは許されない
 5 労働者の意見を日産は村山工場閉鎖計画の根本的見直しを

V 関連企業と地域社会への責任を回避することは許されない
 1 公正な取引に反する取引先の「選別」と「コスト削減」要求
 2 地域経済・社会への責任を放棄した工場閉鎖

W 労働者の権利と地域経済を守るための国の責任は重大
 1 リストラ支援ではなく、有効な規制・指導を
 2 政府の国際的責任が問われている


T 社会的責任を無視した日産「リバイバルプラン」

1 労働者・関連企業の犠牲によるコスト削減が至上命題

 1999年3月、ルノーの傘下に入った日産自動車は、同年10月18日、日本国内5工場の閉鎖、2万1000人の人員削減、取引メーカーの半減などを内容とする「日産リバイバルプラン」(以下「プラン」という)を発表した。
 プランの概要は、以下のようなものである。

  1. 国内5工場の閉鎖
    • 村山工場(東京都)、日産車体京都工場、愛知機械港工場での車両組立生産を2001年3月で中止する。
    • 久里浜工場(神奈川県)、九州エンジン工場(福岡県)でのエンジン部品生産を2002年3月で中止する。
  2. 日産グループ全体で3万5000人の人員削減
    • 2002年4月までに、現在14万8000人いるグループの従業員のうち3万5000人を退職させ、同期間に1万4000人を新規採用する。この結果、グループの従業員を12万7000人にし、差し引き2万1000人を削減する。
  3. 日産グループ全体で3万5000人の人員削減
    • 取引メーカーの削減
    • 2002年4月までに、現在1145社ある部品・資材供給メーカーを600社以下にする。
    • 2002年4月までに、現在6900社ある設備・サービス供給メーカーを3400社以下にする。
  4. 直営ディーラー等の削減
    • 直営ディーラーの数を20%削減する。
    • 営業所の数を20%削減する。

 日産は、これによって1兆円のコスト削減を実現するとしている。日産の最高執行責任者(COO)カルロス・ゴーン氏は、ルノーで「コストカッター」の異名をとった人物である。「リバイバルプラン」は、労働者や関連企業などの犠牲のもとに徹底したコスト削減を実現し、これによって収益力を高め、国際的競争力を高めることを至上命題としている。

2 高まる国民各層からの批判

 たしかに、資本の側から見れば、「生産拠点の集約」や「コスト削減」は、短期的に利潤の増大をもたらすことになる。しかし、企業は、資本だけで成り立っているのではない。そこで働く労働者があり、企業が存在する地域経済の中でこそ企業は成り立っている。カネやモノは、もっとも利潤のあがる場所を求めて移動することができるが、企業で働く労働者や地域経済を支える企業や住民は、簡単に移動することはできない。ここから労働者や地域経済に対する社会的責任が生じるのであり、企業の経営判断に際しては、労働者や地域経済に対する配慮が求められるのである。
 今回のプランは、資本の利益追求のみを最優先し、労働者に退職や遠隔地への配転という重大な不利益を強要し、下請企業の経営を危機に追いやる乱暴きわまりないものである。
 日産の労働者は、プランを発表する記者会見をテレビで見て始めてその内容を知らされ、地元の自治体には事後的に一片の通知がなされただけであった。このことは、今回のプランが、日産という企業の存立基盤である労働者、下請業者、地域経済を全く無視したものであることを象徴している。
 こうした日産のやり方は、労働者・国民の権利を侵害するものであり、さらには深刻な不況と雇用不安に拍車をかけるものである。多くの労働者・国民から、批判の声があげられているのは当然である。また、地元自治体でも、プランの見直しを求める議会の決議などの批判が出されている。
 企業の存立基盤を無視した乱暴なリストラ計画は、短期的な利潤をあげることはできても、結局は、企業の存立基盤そのものを掘り崩すことにならざるをえない。だからこそ、財界からも、「(日産のリストラ計画で)フランス人のゴーン最高執行責任者がよくやったといわれているが、私は反対だ」(井上礼之関西経済同友会代表幹事、1999年10月27日記者会見)、「(日産のリストラ計画について)隣の家を壊してまでも、自分の家の火を消そうというやり方は、受け入れられない」、「(企業は)社会的責任の中で、最大の利益を追求すべきだ。自分の企業を守るためのリストラは必要だが、従業員や地域社会と話し合う必要がある。」(秋山嘉久関西経済連合会会長、1999年11月1日記者会見)など、プランに対する批判の声があがっているのである。また、ビル・トッテン氏は、「ルノーにとっては、日産が再生しようがしまいが、投資した六千億円を回収し、自動車産業の田舎であるフランスにはない技術を獲得し、日産の世界販売網が手に入れば、それでよいことであ」ると批判している(『諸君』2000年1月号)。

3 批判に耳を傾けプランの根本的見直しを

 以上述べたとおり、日産のプランは、とうてい社会的な支持を得ることのできないものである。プラン発表と同時に日産の株価が下がり、自動車の販売が落ち込んだことは、プランに対する批判を反映したものにほかならない。
 いま日産がなすべきことは、労働者や関連企業、地元自治体などとの協議を尽くして、プランの根本的見直しを行うことである。
 ところが、日産は、プランを既定路線として、その内容を強行しようとしている。閉鎖の対象となっている工場では、労働者に対して工場閉鎖を前提にして、配転か退職かが迫られている。また、工場と取引のある業者や地元自治体にも深刻な被害が生じようとしている。
 そこで、われわれは、村山工場に焦点をあて、日産の工場閉鎖計画が法的にも許されないものであることを以下明らかにする。

U 工場閉鎖を労働者に押しつけることは許されない

1 労働者の基本的権利を侵害する工場閉鎖計画

(1)労働者と家族に対する深刻な被害

 日産のプランによれば、村山工場の閉鎖によって、約3000人の労働者のうち、一部(約300人)を除き、栃木工場(栃木県)か追浜工場(神奈川県)に異動させられることになる。これは、村山工場に勤務している労働者に対し、通勤不可能な工場への配転を強いるものである。
 そのため、労働者は、家族とともに生活することを断念して単身赴任に応じるか、あるいは地域との関係を断ち切って家族で通勤可能な場所に転居するか、という選択を迫られている。そして、どうしても配転に応じられない場合には、退職をよぎなくされることになる。
 それぞれの労働者は、子どもの教育や老人介護、さらには労働者自身の健康の問題などを抱えている。いずれの選択をしても、労働者とその家族に深刻な被害をもたらすことは必至である。また、村山工場で働くことを前提に会社の融資を受けて自宅を購入したが、転居しようにも自宅を処分できない、ローンが返済できないという悩みを抱えている労働者も多数存在している。
 このように、村山工場の閉鎖は、労働者とその家族に深刻な被害をもらたすものである。

(2)よりいっそうの長時間過密労働を強いる計画

 村山工場では、現在でも、二交代制でぎりぎりの過密労働が追求され、不払残業が常態化している。プランによれば、村山工場から他の工場に異動した労働者には、現在よりもさらに過酷な長時間・過密労働が待ち受けていることになる。
 会社の計画を前提にすれば、村山工場閉鎖後の労働者一人あたりの年間総労働時間は、通常でも2200〜2300時間にのぼり、残業や休日出勤などの時間外労働は年間400時間を超えると言われている。そして、生産台数が増加した場合には、年間総労働時間は2700時間、時間外労働は年間740時間に及ぶという試算まで出されている。
 これは、労働者の人間らしく働く権利を真っ向から踏みにじるものである。また、日産の計画は、年間1800時間という労働時間に関する日本政府の国際公約を公然と踏みにじるものである。さらに、時間外労働については、労働基準法にもとづいて労働大臣が定める基準によって、年間360時間という上限が設けられている。日産の計画は、労働基準に違反することを公言するものにほかならない。

2 「経営判断」の名の下に工場閉鎖を強行することは許されない

 日産の最高執行責任者のカルロス・ゴーンは、「リバイバル・プラン」の発表にあたって、「どれだけ多くの努力や痛み、犠牲が必要になるか、私にもよく分かっています。」と述べながら、「日産の将来にとって、これしかない。理解を得られるはずだ。」と強調した。そして、日産は、このプランを既成事実として、労働者に押しつけようとしている。
 しかし、会社が経営判断をしたからといって、そのことによる不利益を労働者が甘受しなければならない理由は全くない。会社の経営判断が労働者の権利によって制約を受けるものであることは、戦後の労働争議や裁判の積み重ねのなかで繰り返し確認されてきた考え方である。

(1)整理解雇法理とその根本にある論理

 会社が経営上の理由で労働者を整理解雇する場合には、@人員削減を行うさし迫った必要性があること、A解雇を回避する努力が尽くされていること、B解雇する者の選定基準と具体的選定が合理的であること、C労働組合と労働者に対して十分に説明し協議が尽くされていること、という要件を満たさなければならないという法理(整理解雇の四要件)が確立されている。
 この法理は、整理解雇が、労働者に何らの責任がないにもかかわらず、労働者と家族の生活を根底から破壊するものであるという当然の認識を出発点としている。この認識に立てば、まず、整理解雇を正当化するためには、企業の側に労働者が被る不利益を上回るさし迫った必要性がなければならない。つぎに、企業が解雇権を行使するには、信義誠実の原則にしたがって手続きを尽くすことが必要である。この論理が、整理解雇法理の根底にある考え方である。この論理は、憲法25条の生存権、27条の勤労の権利、28条の労働基本権など労働者の基本権を根拠に、企業の経営の自由を制約するという憲法上の根拠を有するものである。

(2)工場閉鎖決定に対する制約

 村山工場の閉鎖は、すでに指摘したとおり、労働者とその家族に重大な不利益をもたらすものである。とくに、昨今、子どもの教育や老人介護が深刻な社会問題となっているもとで、会社に残りたければ、家族がばらばらになる単身赴任か、それとも家族丸ごとの転居かを強いられることは、それ自体が、労働者にとって解雇にも匹敵する重大な不利益である。
 また、単身赴任も家族丸ごとの転居もできない労働者は、結局、自らの意思に反して退職をよぎなくされることになる。これは、実質的には解雇そのものである。
 さらに、日本の批准しているILO156号条約(男女労働者、家庭的責任を有する労働者の機会均等及び平等待遇に関する条約)は、男女を問わず、労働者が家庭と仕事の二つの責任を両立させやすいようにすることを求めている。村山工場の閉鎖は、労動者が家庭責任と仕事とを両立させることを不可能にするものであって、この条約にも違反するものである。
 したがって、村山工場の閉鎖は、当然、整理解雇法理の根本にある論理によって制限を受けることになる。
 すなわち、村山工場の閉鎖は、少なくとも、工場閉鎖にともなって約3000人の労働者が被る重大な不利益を上回るさし迫った必要性が認められること、労働組合との協議を尽くすことなど、工場閉鎖決定に至る手続きが尽くされていること、という要件を満たさないかぎり、決して正当化されないのである。

3 労働者との事前の協議抜きの閉鎖計画の決定・発表は違法

(1)計画決定前に労使協議を尽くすことは当然の義務

 村山工場の閉鎖を含むプランの作成にあたって労働組合との事前協議は全く行われず、ほとんどの労働者は、昨年10月18日の記者会見のテレビではじめて計画の内容を知らされた。しかも、JMIU日産支部が計画に労働者の意見も反映させるよう求めたのに対し、会社は「経営の決定すべき事項について事前に労働組合と協議することはない」と拒否した。
 そもそも、工場閉鎖のような重大な労働条件の変更を伴う事項については、労使交渉を尽くすことが必要である。使用者には、労働組合の主張に対し誠実に対応することを通じて、合意達成の可能性を模索する義務がある。このことは、憲法28条や労働組合法の解釈として広く支持されている考え方である。また、整理解雇法理に照らしても、工場閉鎖について労働組合と労働者に対して十分に説明し協議が尽くされていることが必要不可欠である。
 ところが、日産は、工場閉鎖について、事前の説明・協議を全く行わないまま計画を決定・発表したうえ、その後も、労働組合との協議を通じて合意を得るとか、計画の見直しをするという態度を全く示さないまま、労働者に計画を押しつけようとしている。
 このように、労働組合や労働者との誠実な交渉を全く無視した工場閉鎖決定は、その点だけをとっても違法というほかない。

(2)ルノー本国やヨーロッパで明確に否定された違法なやり方

 労働組合や労働者を無視した工場閉鎖や解雇が違法であるということは、国際的にも確立したルールである。
 たとえば、ILO理事会が1997年11月の理事会で採択した『多国籍企業および社会政策に関する原則の三者宣言』では、「多国籍企業は、雇用に重大な影響を及ぼすような事業活動の変更(合併、業務の譲渡又は生産の移転から生じるものを含む)を検討するにあたっては、悪影響を最大限に緩和するために」、「かかる変更についての合理的な予告を行」って、「政府当局、当該企業」と「雇用する労働者及びその団体の代表」と「共同して検討」することを求めている(26条)
 また、EU(ヨーロッパ連合)の欧州労使協議会指令(欧州共同体規模企業および欧州共同体規模企業集団における、労働者への情報提供と協議を目的とした欧州労使協議会あるいは手続きの設定に関する指令・1994年)が、事業所の移転、閉鎖、大量解雇のような労働者の利益に重大な影響を与える場合には、労働組合ないし労働者代表への情報提供や協議を義務づけている。
 さらに、EUの集団解雇指令(集団解雇に関する加盟国の法制の近代化に関する指令・1975年)も、使用者が一定規模の解雇を計画するときは、適当な時期に、労働者代表との意見の一致が得られるように(集団解雇を回避、限定し、又は和らげる可能性も含めて)協議しなければならないと定めている。
 しかも、今回のプランを主導したルノーは、1997年のベルギー・ビルボールド工場閉鎖に際して、フランスとベルギーの裁判所から、工場閉鎖が違法であるという明確な判決を受けている。
 フランスの裁判所は、ルノーの決定が欧州協議会指令に違反するとして、協議義務を果たすまで工場閉鎖の効力を停止するとともに、労働者代表に対して15000フランの制裁金を支払うよう命じる判決を下した。また、ベルギーの労働裁判所は、大量解雇指令を具体化したベルギーの労働協約に違反しているとして、労使双方に対し解雇を避けるかまたは解雇人員を少なくするための協議を開始するよう求める判決を下した。ルノーは、これらの判決に対して控訴したが、いずれも控訴は斥けられている。
 今回の工場閉鎖は、ルノーの本国やヨーロッパでは決して許されないものである。しかも、ルノー自身が、労使協議を尽くさずに行った工場閉鎖決定は違法であるとの判決を受けているにもかかわらず、これと同じことを日本で強行しようというのであるから、その違法性はいっそう大きいものといわなければならない。

4 工場閉鎖を前提にした遠隔地配転を強いることは許されない

(1)「人事権」によって配転を強制することはできない

 すでに指摘したとおり、村山工場の閉鎖を前提にした遠隔地への配転は、労働者とその家族に重大な不利益をもたらすものである。会社に人事権があるからといって、会社が無前提に労働者にこうした配転を命じることができるわけではない。
 そもそも、村山工場の労働者は、村山工場で働くことを前提に生活設計をし、会社の融資で通勤圏に自宅を購入し、さまざまな人間関係を形成している。会社もこの事実は十分に承知したうえで労働者を雇用しているはずである。勤務地を限定して労働契約が結ばれている場合には、労働者の合意なく勤務地を変更することはできない。村山工場で働くことを条件に労働契約が結ばれたといえる場合には、労働者本人の同意なしに、他工場への配転を命じることは契約違反であり、労働者にはこれに応じる義務はないことになる。

(2)工場閉鎖の「経営上の必要性」は認められない

 先に述べたとおり、今回の工場閉鎖は、大多数の労働者に整理解雇に匹敵する不利益をもたらすものであるから、工場閉鎖によって労働者が被る不利益を上回るだけの経営上の必要性がないかぎり、工場閉鎖の正当性は認められない。
 しかし、村山工場を閉鎖しなければ日産の経営が立ちゆかないのか、あるいは逆に村山工場の閉鎖によって日産の再建が可能になるのか、という点については、そもそも会社から具体的な説明すら行われていない。
 また、工場閉鎖後には、他工場においていっそうの長時間・過密労働が予定されている。このことは、工場閉鎖・人員削減どころか、現在の長時間・過密労働を改善し、時間短縮によって雇用や現存の体制を維持することが可能であることを示している。また、労働基準法に違反するような長時間・過密労働を内容とする計画は、明らかに公益に反するものである。そのような計画に「経営上の必要」を認めることはできない。
 工場閉鎖に「経営上の必要」が認められない以上、これを前提とする配転命令もまた違法・無効といわざるをえない。

5 労働者の意見に耳を傾け工場閉鎖計画の根本的見直しを

 以上述べたとおり、村山工場の閉鎖計画は、手続的には、労働組合との協議も尽くさないまま決定されたものであり、内容的にも、工場閉鎖にともなって約3000人の労働者が被る重大な不利益を上回るさし迫った必要性も認められないものである。
 したがって、日産が、工場閉鎖を前提に、労働者に他工場への配転か退職かの選択を迫ることは許されないし、労働者には、之に応じなければならない義務もないのである。ましてや、会社が何度も繰り返して説得するなどして配転や退職を強要することは許されない。
 現在、村山工場の労働者は、家族も含めて深刻な悩みを抱えている。昨年の第一次面接では、4割の労働者が態度を拒否ないし留保したままであると言われている。今、日産がなすべきことは、こうした労働者のおかれている事態を直視し、労働組合との協議に誠実に応じて、計画の根本的見直しを行うこと以外にない。

V 関連企業と地域社会への責任を回避することは許されない

1 公正な取引に反する取引先の「選別」と「コスト削減」要求

(1)取引先の「選別」と「コスト削減」要求の深刻な影響

 日産のプランは、1145社におよぶ下請部品メーカーを600社以下に半減させることをうたっている。しかも、今後も取引を継続する下請企業には、よりいっそうの「コスト削減」を求めていくとされている。
 自動車産業は、多数の重層的下請構造によって支えられている産業であり、日産の下請企業の「選別」と「コスト削減」要求が及ぼす影響は広範な範囲に及ぶ。11月に明らかにされた東京都墨田区の調査によれば、自動車関連製品企業から「日産の仕事が50%あり心配」(ゴム関連企業)、「自動車関連の受注をしている企業は多数ある」(墨田葛飾プレス安全協会)等不安の声が上げられている。同区の「中小企業センター」の取引相談員から「金属、ゴム、プラスチック、繊維など自動車の加工を二次、三次下請として受注している企業は、区内の登録企業総数の20%に及ぶ可能性もある」との指摘もなされている。

(2)一方的な取引停止は法律違反

 下請企業のように、特定の企業との間で長期にわたって継続的な取引を行っている場合、当事者である企業の「契約の自由」は制限を受け、取引の一方的な解消が契約上の信義則に反し無効となる場合がある。
 下請関係についてこの法理を具体化した法律が下請中小企業振興法である。この法律は、下請関係を近代化し、下請関係にある中小企業社が自主的にその事業を運営し、かつ、その能力を最も有効に発揮することができるよう下請中小企業の振興を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的としている。
 この法律にもとづき、通産大臣が「下請中小企業振興法の規定にもとづく振興基準」を定めている。この基準では、親事業者に対して、下請との取引の内容の明確化、安定化が求められている。そして、取引を停止したり、取引を大幅に減少しようとする場合には、親事業者は、「下請事業者の経営に著しい影響を与えないように配慮し、相当の猶予期間をもって予告する」ことが義務づけられている。
 ところが、日産は、プランの作成にあたって、下請事業者の経営に著しい影響を与えないような配慮を一切しておらず、また、業者への事前の説明や協議も行っていない。これまで、日産の仕事を支えてきた下請企業に対して、日産側の都合だけで一方的に取引関係をうち切ることは、この法律に真っ向から反するものにほかならない。
 さらに、独占禁止法は、「自己の取引上の地位を不当に利用して相手方と取引すること」を不公正な取引方法として禁じている(第2条9項5号)。取引関係の打ち切りをちらつかせながら、理不尽な単価の切り下げ=コスト削減を強要する日産のプランは、日産の優越的な地位を利用して相手に不利な取引を強要するものであり、独占禁止法が禁じる不公正取引にあたるものである。

2 地域経済・社会への責任を放棄した工場閉鎖

(1)地域社会の基盤を揺るがす工場閉鎖

 村山工場の閉鎖は、日産で働く労働者のみならず、多様な関連業種、数次にわたる下請業者など、膨大な取引業者に対して、経営の存続の可否にかかわるような打撃を与える。このことは、そうした企業で働く労働者の雇用と権利にも深刻な影響を与えることになる。
 さらに、日産や関連業種の労働者と家族の日常の生活必需品の購入や飲食を考えると、地元の小売店や飲食店などの商工業者にも重大な影響を及ぼすことになる。
 このように、村山工場の閉鎖は、村山工場周辺の地域経済の基盤を根本から揺るがすことになる。さらには、教育や医療、居住環境、コミュニティなど、地域社会そのものが変容をきたすことすら予想される。
 しかし、日産が今回のプランと村山工場閉鎖に際して、地域経済や地域社会に与える影響を真摯に検討した形跡は全くない。

(2)日産は地域社会への責任を果たせ

 村山工場は、武蔵村山市や立川市による土地の無償提供や固定資産税の還付などの優遇措置を受けて工場を確保・維持し、今日まで操業している。また、自治体だけでなく、地域経済の振興のために所有農地を提供した農家も存在している。
 このように、「地域経済の振興」の名の下に数々の優遇措置や協力を得て企業活動を行ってきながら、撤退するときは事前に協議も行わず、自分の都合だけで決めるというのは、あまりに無責任である。
 日産は、地域社会への責任をあらためて自覚し、工場閉鎖による地域経済と社会への影響について説明するとともに、自治体や地元住民の意見に耳を傾けて計画の根本的見直しを行うべきである。

W 労働者の権利と地域経済を守るための国の責任は重大

1 リストラ支援ではなく、有効な規制・指導を

 今日、大企業を中心に、「国際的競争力」を強化するという名のもとに、乱暴なリストラ・人減らしや人権侵害が横行している。そして、こうした大企業の横暴は、雇用不安・生活不安に拍車をかけ、不況をより深刻なものにしている。今政府がなすべきことは、大企業の乱暴なリストラを規制し、労働者の雇用と権利を守り、地域経済を守ることである。
 この間、政府は、労働大臣が現地入り、村山工場を視察するなど、日産の計画に対する懸念を示し、日産に労働者、関連業者、地元自治体への配慮を求めている。労働大臣は村山工場において「日産には大企業としての社会的責任がある」、「失業者が一人でも増えないように対策を講じてほしい」と日産に要請したのである。これは、日産の計画に対する批判の広がりを反映したものであるが、政府には、日産に対して有効な規制・指導を行うことが求められているのである。
 他方で、産業再生法の適用などによる日産への「支援」の可能性が取りざたされているけれども、日産の計画に対して、政府がこれを後押しすることはとうてい許されない。とくに、昨年夏に成立した産業再生法(産業活力再生特別措置法)を適用して優遇措置を講ずることは、同法の規定や国会審議の内容に照らしてもとうてい許されるものではない。

(1)労働者の地位を不当に害する計画

 産業再生法第3条は、適用の認定基準として「従業員の地位を不当に害するものでないこと」を要件としている(6項5号)。
 すでに述べたとおり、日産のリバイバルプランは、村山工場の閉鎖一つをとっても、労働者に理不尽な不利益を与えるものであり、その地位を「不当に害するもの」にほかならない。
 また、政府は、第3条の要件に関して、「計画の認定時において事業再構築を行う際に、雇用の安定に配慮しつつ行っているか否か、労使間で十分な話し合いを行ったかどうか等を確認する」と再三答弁している。労働組合に対する事前の説明すら行わず、事後においても、誠実な交渉を拒否している日産がこの要件を満たさないことは明らかである。
 さらに、政府は、「労働法制に違反することが明らかな事業者を認定することはない」と答弁している。ところが、日産のプランは、年間360時間という労働大臣の定める時間外労働の基準(平成10年労働省告示154号3条)をはるかに超える長時間・過密労働を前提にしたものであり、労働基準法違反行為を行うことを宣言しているようなものである。これは、「労働法制に違反することが明らかな」計画であり、「支援」どころか、断固たる規制を行うのが筋である。

(2)下請業者への配慮が全くない

 産業再生法第3条は、事業再構築計画が「一般消費者及び当該事業者の利益を不当に害するおそれがあるものでないこと」もあわせて認定の要件としている(6項7号ロ)。
 工場閉鎖と下請企業に対する「コスト削減」要求と「選別」は、下請企業の経営の存立基盤を脅かすものであり、しかも、取引先企業に対する配慮や事前の協議などを抜きにして行われようとしている。
 したがって、日産の計画は下請業者の「利益を不当に害するおそれがある」ものである。この点からも、産業再生法の適用は断じて許されない。

2 政府の国際的責任が問われている

 深刻な不況と失業のもとで、「時短で雇用確保を」という方向は国際的な流れである。ルノーの本国であるフランスでは、週35時間法制に踏み出した。最近では、財界サイドからも、残業を規制して雇用を増やすという提言がなされている。ところが、日産のプランは、「雇用を減らしてさらなる長時間労働を」というものであって、この流れに真っ向から反するものである。このような計画を容認していては、年間総労働時間を1800時間にという日本政府の国際公約が実現できるはずがない。
 また、ルノーの本国では認められないリストラ計画を放置し、ILO条約に違反する事態を引き起こすことは、不公正な労働基準を容認するものとして国際的批判を免れない。
 日本政府は、日産のリストラ計画への対応をめぐって、国内はもとより、国際的にも厳しく責任を問われていることを銘記すべきである。