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「会社分割」法案及び「労働契約承継」法についての意見と私たちの立法提言

2000年3月
自 由 法 曹 団

はじめに―緊迫した重大な情勢、二法案の閣議決定と、国会上程

3月10日、政府はこれまでの我国の法制にはなかった企業分割制度を導入する「商法等の一部を改正する法律案」(以下「会社分割」法案と略称)と「会社の分割に伴う労働契約の承継等に関する法律案)(以下「労働契約承継」法案と略称)を閣議決定した。質量ともにかつてないリストラ・合理化を強行している財界が、「わが国の競争力強化に向けた第一次提言」中の「企業組織形態の多様化を進めるための法制・税制の整備」(99年5月18日)などで、強く要求していた法案である。
 「会社分割」法案は、労働者の雇用と労働条件をかつてなく危うくし、我国の労働法制と判例上の諸権利の多くを解体し、さらには民法上の権利(民法625条第1項、同意なき移籍の禁止)をすら侵害する重大なものである。一方、「労働契約承継」法案は、労働契約の承継について一定の積極面を持つものの、労働者の権利擁護についてはあまりにも欠落が多く、しかも、同意なき「労働契約の継承」を明記するなど、このままでは、とうてい会社分割による労働者の権利侵害を防止することはできないものである。
 私たち自由法曹団は、真実が明らかにならないまま、さしたる国会審議もなしにこれらの法案が可決成立することを深く憂えざるを得ない。
 そこで以下、まず〈パートT〉で両法案の内容とそれが現実の労働状況にどのような影響を及ぼすかを明らかにする。ついで〈パートU〉で、「ではいまどんな法案が必要なのか」についての立法提言を行う。
 私たちの意見は、最近の合併、分社化、営業譲渡などをつかっての解雇や、労働条件の一方的不利益変更にともなう裁判等を担当している多くの弁護士が、自らが労働者とともに経験している事実にもとづくものである。
 私たちは事実を踏まえて、労働者の権利を正当に護る立場から、民主党と日本共産党の労働者保護法についての立法提言や、日本労働弁護団の意見書、ならびに本意見書、末尾の資料1で要約したEU諸指令を参考にした上で、合理的、現実的でかつ必要不可欠と考える提言をしている。両法案について判断し、対応を決める上で、みなさんが参考にされることを心から要望する次第である。

<パートT>
「会社分割」法案と「労働契約承継」法の重大な問題点
―限度のないリストラ・合理化促進法

第1 リストラ・合理化複合法制と両法案の位置

1 進行、拡大するリストラ・合理化

 両法案がどういう内容を持ち、現実にどんな役割を果たすものかは、あれこれと、そしてバラバラに両法案の条文解釈をするのではつかめない。
 まず第一に、最近のかつてないリストラ・合理化の実態と、そしてそのなかで会社の合併、分社化、営業譲渡がどう利用されているかをみる必要がある。第二に、この間、労働のルール(働き方と雇用のあり方)がすでに制定された一連の複合的な法制によってどのように変えられてきているかをつかむ必要がある。第三にその上で、こうした複合法制のなかで両法案がどの様な位置を占めるのかを構造的につかむ必要がある。以下、まずそのことについて述べる。
いま、我国では、大企業をはじめとする多くの企業で、合併、分社化、営業譲渡など多様なやり方での企業組織の変更・再編が、激しく展開している。それらの企業再編は、ほとんど例外なく人減らしと労働条件の切り下げを伴うリストラ・合理化として強行され、長期化している不況のもとでいちだんと深刻な社会問題を生み出している。
日本列島は失業者にあふれ、雇用・失業問題は、一日も放置できない状況となっている。総務庁・労働力調査の統計開始以来の最悪の5%に迫る完全失業率、完全失業者も300万人を超える事態が続き、失業は産業、地域をとわず拡がっている。そのうえ、財界・大企業はリストラ・合理化をさらに加速拡大することを計画している。株式公開企業910社では、昨年と今年の2年間で約70万人もの人員削減を予定していると報告されている(「日経」リストラ調査)。これは過去3年間の実績の3倍という急テンポの大リストラ計画である。
 このような状況のもとで、労働者に対する大量解雇と労働条件の大幅な切り下げをともなう転籍、出向の強要、早期・希望退職の名による退職強要、これに応じない労働者に対しては仕事も外線電話も窓もない部屋に「隔離」するといった常軌を逸した人権侵害・「いじめ」が、全国各地に蔓延している。
かつてないリストラ・合理化は、すでに多くの労働者の生命さえ奪うところにまで達している。警察庁の統計によれば、98年に32,836人が自殺し、前年の97年の34.7%も増加している事実を発表している。なんと1日あたり90人もの国民が自殺により死亡しているのである。このような自殺者の増加は、厚生省発表の男性の「平均余命年数」を押し下げるほどになっている。そのうち、ローン返済や子供の教育費負担という重荷を抱えることの多い中高年男性(40歳から59歳)の自殺は44.6%も増加している。自殺の理由でもっとも多いのは、「仕事上の悩み」となっている。将来の不安と自己否定された「リストラ自殺」が、「過労自殺」とならんでこの国を代表する社会問題となっているのである。
 ルールなき資本主義といわれる我国のリストラ・合理化は、実はこの国の経済と社会を危機に晒している。経済企画庁の本年3月13日の発表によればGDP(国内総生産高)は実質で前記(7〜9月)に比べて1.4%減、年率換算で5.5%の2期連続のマイナス成長となっている。こうした経済不況の大きな原因が、個人消費の冷え込みにあることは政府・財界首脳さえ認めざるを得ず、経済学者の多くも指摘するところである。そして個人消費の冷え込みの最大の原因が5兆円規模といわれるリストラによる所得喪失と雇用不安・年金不安による労働者・国民の先行き不安にあることも広く知られている。
 先に希望の持てない社会は必ず歪む。異常な少子化をはじめ、我国の社会はいまかつてない危機にさらされているのである。  事態を改善するためには、国法によって、人間らしく働くルールを確立し、5,400万労働者が希望を持って家族とともに生きられるようにすることがどうしても必要である。
 だが実際には、政府財界は、「我が亡き後に洪水は来たれ」(「後は野となれ、山となれ」)とばかりにルール破壊の悪法制定を進めている。

2 先行した複合法制━相次ぐ立法

 すでにのべたリストラ・合理化を強行するために、以下列記するように、多様な法律が相次いでつくられている。それらは連環してリストラ・合理化、そして労働条件引き下げのための複合法制となっている。
 労働法制(労基法等)全面「改正」 第1のグループは、労働時間や、派遣等についての労基法などが定めていたいままでのルールを改悪するものである(97年〜99年、労働基本法等の改正)。@女子保護規定の廃止、A新裁量労働制の導入、B変形労働の要件緩和、拡大、C短期雇用制度の導入など一連の労基法「改正」、そしてD派遣労働の原則自由化を認める派遣法「改正」、E職業斡旋事業の原則自由化を認めた職安法「改正」がそれである。
 公的資金によるリストラ促進法 第2グループは、企業のリストラ・合理化を「公的資金」(税金)を使って促進する以下の法制である。
  1. 「公的資金」による金融機関の整理、「体力強化」を、人員削減、賃下げなどを条件に認める金融再生法と早期健全化法(98年)
  2. 分社化や営業譲渡を容易にするとともに、税制の優遇措置や「債務の証券化」での金融債務を「棒引き」を、リストラ・労働条件切り下げを主な内容とする事業再構築計画を主務官庁(通産大臣)が承認することを条件にみとめる産業再生法(99年成立)
  3. 中小企業の再建処理のためということで、裁判所による営業譲渡を容易にし、大企業らの中小企業整理をやりやすくする面を持つ民事再生法(99年成立)
  4. 株式交換又は持株移転の方法による完全親子会社の創設をみとめ、1997年に行われた独禁法「改正」による純粋持ち株会社制度を容易にする商法「改正」(99年成立)

3 重大な両法案の位置─労働者の権利無視の「分割」の合法化

 すでに先行した、複合法制のなかで、「分社分割」法案は複合法制の“相乗効果”を全面的に発揮させるための、いうならば一種の決め手になるものである。財界が「会社分割」法の早急な制定、施行を強く求めたのはそのためである。
 「分社分割」法案は、いままでの法律になかったもので自由自在に会社を分割できるようにするものである。
 分割にあたって、「分割する会社」の株式や債権者の権利の保障については、それで充分かつ適正はともかくとして、一定の保障規定が法案にはある。しかし驚くべきことに、「分割する会社」で働いてきた労働者の権利保障については、ただのひとつの条文もない。
 自由自在、かつ多種多様な企業分割によって、労働者の権利が奪われる危険が極めて大きいことは日本労働組合総連合(以下、連合と略称)と全国労働組合総連号(以下、全労連と略称)の2つのナショナルセンターがきびしく指摘し、朝日新聞が「気づいた時は別会社」「手続き簡単、再編を加速」(同紙、3月11日)と報じているように誰の目にも明らかなはずなのにである。
 では、「労働契約承継」法案は、「会社」分割法の上記の重大な危険を解消しているか?とうていそうではない。「労働契約承継」法案は、のちにくわしくのべるように、労働者の同意なしに実質上の移籍を強要するという「分社分割」法案の狙いを承認し、これをはっきり法的に裏付けている。しかも、分割をリストラ・合理化に利用する会社の恣意的なやり方を規制する仕組みが決定的に弱いという重大な弱点がある。トータルで見れば同法案は労働者の権利を守るという点では、あまりにも微力であり、「会社分割」法とこれを使ってのリストラ・合理化を促進するものだという批判を免れない。

第2 「会社分割」法の内容と問題点

1 多種多様、自由自在の分割

 「会社分割」法案は、企業(資本)の意思によって労働者の権利を無視しての多種多様な分割を自由自在に行うことを可能にする。率直に言えば、そこに最大の狙いを持っている法案である。同法の最大の効果は、いままでの民法や労働法そして最高裁判例など多くの判例が認めてきた「整理解雇の4要件」をはじめとする労働者保護の「ルール」を解体し、リストラ・合理化を実行することを合法化するところにある。(注1)

  (注1)
「整理解雇の4要件」
  1. その解雇を行わなければ、企業の維持・存続ができないほどのさしせまった必要性があること。
  2. 解雇を回避するあらゆる努力がつくされたこと。
  3. 解雇の対象とする労働者の選定基準およびそれにもとづく人選の仕方が、合理的かつ公平であること。
  4. 以上について、労働者個人および労働組合(労働組合が存在しなければ、労働者の過半数の代表)にたいし、事前に十分な説明をして了解を求め、解雇の規模、時期、方向などについて、労働者側の納得を得る努力がつくされていること。
(1) 「新設分割」と「吸収分割」、そしてその「自由」な組み合わせ
 「会社分割法」は、「新設分割」と「吸収分割」の二つの類型を認めている。
 「新設分割」とは、会社が「その営業の全部又は一部を設立する会社に承継させる」目的でなされるものであり(「会社分割」法案要綱第一の「一」の1)、「分割する会社」から「分割によって設立する会社」を分離独立させ、「分割する会社」から「分割によって設立する会社」へ「権利義務」を「承継」させるというものである
 「吸収分割」とは、二つの会社の間において「その一方の営業の全部又は一部を他方に承継させる」目的でなされるものであり(第一の「二」の1)、この場合も、一方の会社から他の会社へ「権利義務」を「承継」させる。
 分割する会社は、同じ時期に、あるいは時期をずらして営業のある部門ごとに(あるいは部門の一部についても)「新設分割」と「吸収分割」をあわせて行うことができる。
 具体的には、ひとつの企業が会社の分割をするときに、新たに会社をつくって「新設分割」して、そのA部門を新設会社に移すとともに、B部門をすでにある別会社に吸収分割することもできる。のちに(2)でのべるように「こま切れ分割」し、A部門の一部を「新設分割」し、残りをすでに存在する別会社に「吸収分割」することも可能である
 こうした分割(あるいは組み合わせ分割)は、純粋持ち株会社制度と結びつけて行うことが可能である。大企業A社が単独でこうした分割を行うこともできるし、大企業A,B,C……会社が、持ち株会社をつくって統合し、各社の各部門を分割(「新設分割」又は「吸収分割」、あるいは両者の併用)するというやり方も可能である。
 こうした多様な分割のやり方の3つのパターン(もっとも使われるであろうパターン)を図解すれば、別図1、同2、同3のようになる。その他にも多種多様な組み合わせが可能である。前掲朝日新聞の記事で、会社分割は「企業を生体解剖するメス」にたとえられるとしているが、正にそのとおりである。

 (2) 「こま切れ分割」
 分割法案は、今までの企業の合併や営業譲渡とちがって、事業活動・営業活動の「有機的一体」性を無視して、企業が思いのままにこま切れに会社を分割することを合法化する危険がある。現に先行して行われている以下の一連の「分社化」の実態を見れば、「会社分割」法(そして後に述べる「労働契約承継」法)がそう使われる可能性がつよいと思われるのである。
 すでに、いくつもの大企業ではつぎのような形での合理化が行われてきている。まず、仕事のごく一部にすぎない部分を新設の別会社Bに移し、いままでそこで働いていた労働者を形の上ではその同意を得て、B社に移籍する。
 大手企業Aは、こうしてつくった別会社Bに、安い単価でいままでA社で行っていた仕事をやらせる。その上で年々単価を切り下げる。A社の仕事しか事実上していない(出来ない)別会社Bは年々切り下げられていく単価のもとで、移籍してきた元大手企業Aの労働者の賃金を引き下げ、さらにはリストラし、あるいは派遣労働者でおきかえる。こうして、大手企業Aは、人件費をトータルで大巾に節約し、しかも、B社での長時間過重労働の結果、発生する労災・職業病については企業責任を負わないという「成果」を手に入れている……。
 「会社分割」法はすでにのべたように「新設分割」について「会社は、その営業の全部又は一部を設立する会社に吸収させるために、新設分割することができる」とし、「吸収分割」についても同様に「営業の全部又は一部を他方に承継させるため吸収分割することができる」としている。だが、この場合の「営業の一部」とは、どのようなものかの定義規定が法案にはない。法案要綱の「分割計画書の承認」(第一「一」の(2)(二)の(5))では、「分割によって設立する会社が分割する会社から承継する権利義務に関する事項」を分割計画書に明記することが定められている。この規定の仕方を見れば、法案は個別の権利義務、つまりすでにのべた大手企業A社がやってきたような種の機械や設備を中心にし、それを使っての限られた個別の仕事ごとの分割をも可能だとする前提に立っているようにも見られる。
 もしそうならば、ごく部分的な「こま切れ」的会社分割が可能だということになる。その場合はつぎの(3)でのべるように、株主総会の特別決議なしの「簡易な手続」で行うことができるから、会社は一般に予想される以上に「こま切れ」で「自由自在」な分割が可能になることになる。
 あるいは、私たちの指摘は「心配のしすぎ」で、「会社分割」法は、「個別の財産」、たとえば大型輪転機1台だけの「会社分割」などは認めない趣旨だとしよう。しかし、「営業の一部」という要件の解釈次第では、類似の問題が生じ得る。「営業の一部」という概念は曖昧だからである。すでにIBMで人事部を分社化し、社内のいままでと同じ部屋においたまま、看板だけは別会社名にかけかえ、労働者の賃金を大幅に切り下げて移籍を強いたケースが生じている。(注2)

   (注2)
 日本労働弁護団「意見書」の指摘
 なお、この点については日本労働弁護団の2000年1月25日付で一部改訂して発表された「会社分割法制の新設について審議方法及び労働者保護等のために最低限度盛り込むべき事項に関する意見書」(以下、日本労護団「意見書」と略称)はつぎのとおり指摘している。私たちもこの指摘は重要だと考え、以下その結論の部分を引用する。
 「今回検討されている「会社分割」の制度は、従前の営業譲渡や事業譲渡のために用いることも可能であるが、それだけでなく、営業活動や事業活動の有機的一体性については全く考慮せずに、営業や事業を構成する個々の『財産』を別法人に『承継』させることも可能であるとの危惧を抱かざるを得ない。もしも、この危惧は杞憂であり、『個々の「財産」をバラバラに切り分けて別会社に移すことは許されない』と言うのであれば、その旨を明確にするため、「営業」についての定義事項を設けるべきである。」

 (3) 「簡易な分割の手続き」による「お手軽分割」
 会社の分割は原則として株主総会の特別決議(3分に2以上の賛成決議)が必要である。反対の株主には株式買取請求権が保証されている。会社分割という重大な事態に対して慎重な手続きをとり、こうして株主の利益が不当に侵害されないようにするための規定である。
 だが「会社分割」法は「簡易な分割の手続」を定め、一定の要件以下の小さな規模の分割については、株主総会の決議は不要であるとする。この場合は取締役会の決議で足りるということになる。しかも、株式買取請求権も認めない(第一、一、8(三))としている。この結果、会社の分割はさらに安易になる。(注3)
 「簡易な手続」による分割の回数制限はないのだから、分割をしようとする会社は様々な部門ごとに、ひとつ一つは小さな規模で「簡易な手続による分割」をくりかえすことができる。すでに(2)でのべた「こま切れ」分割ならば、その多くは、「お手軽分割」が可能である。そうすれば株主総会の特別決議とか、分割に反対する株主から株式買取請求を求められるという煩わしさなしに、「お手軽」に、しかし、まとめれば、大規模の会社分割を合法的に行うことができるわけである。「会社分割」法案にはこうしたやり方を規制する条項は存在しない。

    (注3) 「簡易な手続きによる分割」
 「会社分割」法案(第一の「1」の8)では、「分割によって新設する会社」の発行する株式の組数が「分割する会社に割り当てられる場合」で、「分割する会社が分割によって設立会社に承継させる財産につき、分割する会社の会計帳簿に記載した価格の合計額がその会社の最終の貸借対照表の資産の部に計上した額の合計の20分の1を超えないときは「簡易分割の手続」が認められることになっている。

2 「持ち株会社」制度と結びついての会社分割

 「会社分割」法による会社分割制度の新設は、すでに1997年に行なわれた独占禁止法の「改正」による「純粋持ち株会社」制度と結びついている。両者は相乗効果を発揮し、この結果、別図3で図解するような「持ち株会社プラス会社分割」というケースが激増すると予想される。
 独禁法「改正」による「純粋持ち株会社」制度は、財界にはまだ使いづらいものであった。企業の多くの部門、異なる営業分野で多種多様な会社をつくり、これをごく少数のメンバーで構成される「純粋持ち株会社」でコントロールするというのがもともと「純粋持ち株会社」の狙いである。だが、独禁法「改正」でそのことを合法化しても、そのためには現行法ではいままでのひとつの会社Aを新会社B、C、D……に分社化し、これら新会社への財産と債務の移転とそのため複雑な法的手続が必要であった。たとえば分社した会社A、B,C……への「現物出資」については裁判所の選定する検査役の選任と長時間かかる検査役の検査が必要であった。それ以上に会社にとって大いに「不便」だったのは、「別会社」への労働者の移籍には、民法625条第1項により一人ひとりの労働者の同意が必要であったことである。(注4)
 「会社分割」法はこれらの障害を解消する。だからこそ、財界は「会社分割」法の一日も早い成立、施行を求めているのである。「会社分割」法の制定、施行がされたら、「純粋持ち株会社」制とむすびつけて、会社を分割し、リストラ、合理化をするということは、新聞紙上でも大手電機企業をはじめとする財界の中枢的各企業が明らかにしているところである。
 「会社分割」法の制定・施行をまって大企業を先頭に多種多様な会社分割が堰を切ったように始まるのは目に見えているといわなければならない。
 そのことは、現実の問題とは、分割する会社、分割によって新設される会社、分割した部門を吸収する会社の別なく、分割を使っての多種多様なリストラ合理化、労働条件の切り下げが始まるということに外ならない。以上の純粋持ち株会社を使って「会社分割」制度と結びつけてのリストラ・合理化の仕組みのひとつは、別図3で示すとおりである。『朝日新聞』の前掲の記事は、「第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の『みずほファイナンシャルグループ』が計画している重複部門の一本化などは分割制度がなければ不可能とされる」と報じている。巨額な公的資金の投入を受けての「三行合併」は、持ち株会社制を使って行われるとされている。持ち株会社制度プラス「会社分割」が大規模に行われようとしていることははっきりしているのである。

   (注4)民法625条
第625条第1項[権利義務の一身専属制] @使用者ハ労務者ノ承諾アルニ非サレハ其権利ヲ第三者ニ譲渡スコトヲ得ス

3 「会社分割」法は労働者の権利にどう影響するか
    ─雇用の破壊と労働条件の切り下げ

 すでにのべたように、分割法は企業(資本)の意見ひとつで多種多様な会社分割を可能にする。いうならば企業の大規模な「流動化」が可能になる。そのことに対して、すでにのべたように、株主や、債権者の権利(利益)の保証については充分、不充分、適否の問題は多々あるが、「会社分割」法には一定の手続的保障と、実質的保障はあるが、労働者の地位、権利(利益)の保障については、手続上も実質上も皆無である。企業の「生体解剖のメス」による労働者らの「出血」についての防止は「企業分割」法にはない。同法の重大な欠陥である。
 企業の有機的構成部分であり、人間らしく働く権利(憲法27条)を持つ労働者に対して、企業は社会的責任を持つ。労働者を採用した企業は当初の契約(約束)に従って、当該企業で働く労働者に対して、契約(約束)を守る義務がある。にもかかわらず労働者の権利(利益)の保護を企業分割ということで無視する「会社分割」法は、多くの労働者に対して取り返しのつかない重大な被害を及ぼす。適切な法的規制がなければ、大企業らは、ただ利潤の増大のために、われ先に際限のないリストラ・合理化に走るからである。
 重大な事態になる危険は、私たちの推論や杞憂ではない。現に先行的に行われている「企業の流動化」を使ってのリストラ・合理化の実態と「会社分割」法(そして、のちにのべる「労働契約承継」法)の内容から見れば、このままでは両法案が以下のようにリストラ・合理化、労働条件の切り下げに使われることは目に見えているといわなければならない。

 (1) 「会社分割」法はどう使われるか―シミュレーション
 「会社分割」法の利用の仕方は、多種多様なものが想定されるが、その中からもっとも多く使われるであろうパターンをすでに別図1、同図2、同図3で図解したパターンを参考にしながら例示すれば、次のとおりである
  1. 「優良部門」分割  「新設分割」により、「優良部門」を新設会社Bに移し、「不良部門」を従前の会社Aに残す。その上で、「不良部門」をもつ従前の会社Aで、さらに赤字が増え、あるいは解消できないことを理由にリストラ・合理化をする(あるいは企業閉鎖、全員解雇する)。
  2. 「不採算部門」分割  「新設分割」により、不良部門を新設会社Bに移し、優良部門を従前の会社Aに残す。その上で、次のaまたはbのやり方をする。
     a
    「優良部門」を残した従前の会社Aは、「不良部門」を承継させた新設会社Bの株式を第三者に譲渡して、関係を切断する。
     b
    不良部門を承継した新設会社について、リストラ・合理化、さらには会社整理を行う。
  3. 「こま切れ」分割  「こま切れ分割」によりとうていその会社だけでは一人立ちできない小規模な新設会社Bをつくる。少数の人員を新設会社B(「こま切れ会社」)に移し、新設した会社Bに従前の会社からの仕事を請け負わせる。この場合、新設会社Bは請負単価の下落を理由に新設会社に移った労働者の労働条件を大巾に切り下げる。あるいは人減らしや派遣労働者らで置き換えを行う(状況によっては新設会社Bを閉鎖する)。
  4. 「吸収分割」の利用  いままでの親子会社や関連会社間で「吸収分割」を行い、一方の会社の「優良部門」の全部とこれに従事する人員を吸収、会社Bに移す。抜けがらになった「分割をする会社」Aは時機を見て大規模なリストラを行うか、あるいは赤字解消不能を理由に解散し、全員を解雇する。
  5. 同意又は就業規則改悪による労働条件切り下げ  新設分割・吸収分割のすべてを通じて、移行する労働者にも、しない者にも、移行時に労働条件の切り下げについて個別同意を迫る。あるいは移行時から一定の期間をおいて労働条件を引き下げる(この場合、個別同意を迫るだけでなく、就業規則の不利益変更を行って、全員について一斉に労働条件を切り下げるやり方があり得る)。
  6. 分割前の出向・配転との組み合わせ  以上のような「カラクリ」をさらに「有効」に活用するために、分割に先行して、リストラの対象としたい労働者を予定されている分割後に整理を予定している部門に、あらかじめ分割前に社内配転しておく。その上で分割して労働契約を承継させる(実質的には同意なしの「流舟会社」への移籍の強行をする)。
  7. 持ち株会社による「計画」実行と責任回避  以上の「全作戦」を純粋持ち株会社でコントロールする。そして、実際には多くの場合、純粋持ち株会社の指示(あるいは資本の引き上げ)でつくられている「赤字」を理由に、分割してつくられている各社に「整理解雇の4要件」を潜脱させて、リストラ、合理化をさせる。そうしておいて、リストラされる労働者の労働組合からの団体交渉申し入れを「雇用関係が存在しない」という口実で拒否する……。
     こうしたやり方を大企業らが行うことは推論ではなく、以下のべる事実によって証明されている。
 (2) 事実による証明―「論より証拠」
 「会社分割」法がまだ存在していない現在でも、大企業らは合併、分社化、営業譲渡、そして独禁法「改正」などを使って、「企業の流動化」を進め、そのことによって、リストラ・合理化を強行している。「論より証拠」という諺があるが、すでに目の前にある多くの事実のなかに、「会社分割」法制定後に大企業らが両法律とその余の「改正」独禁法などの先行法制と連結してどう「活用」しようとするかがはっきり現れているのである。
 すでにのべたように、「会社分割」法は、分割によって新設された会社又は分割した部分と吸収した会社に、労働者の同意なしに、労働契約が移ることを予定している。後に〈パートU〉第3でくわしく述べるように、「労働契約承継」法は、分割した部分の営業に「主に従事していた労働者」については、労働者の同意なしに労働契約が承継されると明記している。両法案はあいまって、労働者の同意なしの実質上の移籍を認め、他企業への移籍には労働者の同意を必要とするという雇用契約の大原則(民法625条第1項)を抹消するのである。これは、リストラ・合理化のために大いに「活用」できる企業の側の武器になる。そのことをすでに起きている実例で示すことにしよう。
 例えば、日本を代表する総合電機のトップメーカーである日立製作所では、独立採算で徹底した人減らしとコスト削減を進めるため、習志野工場を「日立習志野産業機器」に、中条工場を「日立中条産業機器」に、というようにその生産部門を次々と分社化している。さらに「日立製作所」の主要関連会社である「日立工機」においても、その電動工具部門を分社化して「日立工機佐和」を設立している。
 多くの労働者はこれらの分社化された会社に転籍させられているが、転籍にあたってそれまでの賃金が七割に削減されるなど労働条件が大幅に切り下げられようとしている。しかも、日立製作所は「会社分割」法の制定、施行等を待って、純粋持ち株会社をつくり、大規模な会社分割を行うことをすでに公表している。日立製作所だけでなく、多くの大企業が同じようなやり方でリストラ・合理化をはかろうとしていることは、マスコミでも広く報じられているところである。
 不採算部門でない優良事業部門であっても、設立会社等に移管し、労働者を設立会社等へ転籍させるやり方も広がっている。
 例えば、半導体テスター製造では業界第3位、この不況下で3期連続で売上げを伸ばし、数億円規模の利益を挙げている東芝の子会社アジアエレクトロニクスでは、その売上げの8割を占める優良なテスター部門まで業界1位のアドバンテスト・グループのひとつに売却し、パート、嘱託労働者等70数名の解雇を含む約180人の人員整理を行って赤字の不採算部門だけを残すことを、労働組合との協議もせずにいきなり発表している。会社は譲渡先の「賃金、労働条件は当面アジアに準拠する」としているが、その内容をまだ明らかにしていない。この譲渡にあたって、労働者はいったん解雇され、譲渡先で再雇用、つまり転籍を強行されようとしている。この事業部門の譲渡は、譲渡先でいづれ別の会社と統合するであろうといわれている(本年3月11日、『朝日』)。
 「会社分割」法により、より自由で「お手軽る」な会社分割が可能になれば、このような「同意なき事実上の転籍」、しかも、転籍先でのさらなるリストラというやり方は、今以上に容易になるのである。
 企業を「流動化」して、リストラ・合理化、そして大巾な労働条件切り下げを強行するというやり方のもうひとつの典型はすでにのべたIBMである。同じ様なやり方はNCRなどでも行われている。  私たち自由法曹団団員は、こうした企業の現行法上明らかに不法な人権じゅうりんに対して、被害を受けた労働者の代理人として裁判に携わっている。こうした私たちの経験に照らしても多国籍企業や我国の大企業が「会社分割」法制定後に同法をどう使うかは目に見えているといわなければならない。

第3 「労働契約承継」法の内容と問題点

 「企業の組織変更」にあたって、「従業員の権利義務」をどの様なものにするかは、新たに立法措置を必要とすることは、誰もが否定出来ないことである。すでにのべたようにこうした規制条項をひとつも規定しなかった「会社分割」法等要綱でさえ、法案要綱末尾の注記に、「会社分割に伴う労働契約上の労働者の地位の承継等」に関しては、「労働者保護の観点から、所要の措置が講じられるように期待する」と書かざるを得なかったのはそのためである。「企業組織変更」について「従業員の権利義務」を明確にする立法が必要だというのは、国会の附帯決議でも明らかにされている。(注5)
 問題は「労働契約承継」法案がこうした「労働者保護」にふさわしいものになっているかである。
 労働省はこうした「法的措置」のための立法の要否とその内容について、「企業組織変更に係る労働関係法制等研究会」を急拠つくり、同研究会に諮問した。同研究会は合併や営業譲渡については立法を必要としないとした上で、会社分割については、労働契約の一定の承継を中心とする立法を必要とすると答申した。この答申を受けて、政府は「労働契約承継」法案を提出したのである。
 ではその内容はどういうものなのか? すでに述べた「会社分割」法の危険な役割を規制するものになっているのか? 国会の二つの付帯決議の要望を満たしているか?─以下その点について意見を述べる。

   (注5) 二つの国附帯会決議
前国会は産業再生法と民事再生法の裁決にあたって、以下の2つの附帯決議を行っている。
○「企業の組織変更が円滑に実施され、かつ、実効あるものとするためには、従業員の権利義務関係等を明確にする必要があることにかんがみ、労使の意見を踏まえつつ、企業の組織変更に伴う労働関係上の問題への対応について、法的措置も含めて検討を行うこと」
○民事再生法における付帯決議
「企業組織の再編に伴う労働関係上の問題への対応について、法的措置も含め検討を行う。」

1 主な内容

(1) (「会社分割」に限定)
 「労働契約承継」法は、法案第1条記載の「目的」によれば、「会社の分割が行われる場合における労働契約の承継法等に関し、商法及び有限会社特例等を定めることにより、労働者の保護を図ることを目的とする」とされる。同法は、適用対象を「会社分割」の場合にのみ限定し、雇用と労働条件に重大な影響を持つ、合併や営業譲渡については国会の附帯決議の趣旨に反してすべて規制から除外している。
(2) (労働者への通知)
 分割にあたって、分割計画書を承認する株主総会(又は社員総会)の「会日」の2週間前」までに、「承継される営業に主として従事する労働者」とそれ以外の労働者で、承継の対象とされる労働者に対して、分割により「労働契約を承継する旨の分割計画書記載の有無等労働省令で定める事項を書面で通知しなければならない」(第2条第1項)。それ以外の労働者には通知しない。
(3) (労働組合への通知)
 分割する会社が労働組合との間で労働協約を締結している場合は、当該労働組合に対し、当該労働協約を承継する旨の記載が分割計画書に書かれているかなど労働省令で定める事項を@同様2週間前に書面で通知しなければならない。
 労働協約を結んでいない組合には通知義務はない。
(4) (労働契約の承継)
労働契約の承継については大要以下のとおりである。
  1. 「分割される営業の主たる従業員」である労働者で、分割計画書に承継が記載されている労働者の労働契約は設立会社等に承継される(第3条)。労働者の同意権はない。
  2. 1 の労働者で分割計画書で承継されることになっていない者は承継されない。 1 の労働者であって承継されないことになっている労働者は、書面による異議の申立が出来る。この場合、その労働者の労働契約は「承継されるものとする」(第4条第1項、第4項)。
  3. 1 以外の労働者(分割される営業の主たる従業員でない労働者)が分割計画書で設立会社等に労働契約が承継されるとされている場合は、その労働者は承継について書面で異議を申立てることが出来る。この場合は承継 されないものとする(第5条、第1項、第3項)。
(5) (労働協約の承継等)
  1. 分割会社は分割計画書等に「分割会社と労働組合との間で締結されている労働協約のうち、設立会社が承継する部分を記載することが出来る」(第6条第1項)。
  2. 分割会社と労働組合との間で締結されている労働協約に労組法第16条の基準(「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」ー引用者注)以外の部分(たとえば組合事務所貸与協定など)がある場合は、分割会社と労働組合との間で「分割計画書の記載に従って設立会社に承継させる旨の合意があったとき」にはその内容で承継する。
  3. 2 以外の部分、つまり、労組法第16条記載の労働者の労働条件その他の労働者の待遇に関する基準(規範的部分)は、組合員の労働契約が承継されたときは、右労働協約部分は承継されるものとする。
(6) (事前協議義務の不存在)
 分割に関して労働組合との事前協議義務については規定はない。

2 主な問題点

 「労働契約承継」法には以下の重大な問題点がある。

 (1) 「会社分割」のみに限定したこと─国会の附帯決議違反
 そもそもの問題点は、すでにのべたように、同法が「会社分割」の場合の労働者の「保護」に限定してしまったことである。
 今日、多くの大企業らが企業主体を自在に変えて、ひたすら利潤の追求だけを優先させ、リストラ合理化を強行していること、そのことが労働者の雇用をきわめて不安定なものにし、労働条件を大幅に引き下げ、重大な社会問題を生ぜしめていることはすでに述べた。今回の「会社分割」法によって可能になる会社分割は、企業主体の「流動化」によるリストラ、合理化の便利で強力な手法のひとつではあるが、そのほかにも手法は様々にある。とりわけ今日、企業主体の自在な変更は合併、分社化、営業譲渡などはこれからも引き続いて多用されるにちがいない。
 当該企業で働いてきた労働者にとっては、企業主体の変更・「流動化」が法的にどのような手法をとって行われるにしても、いままでの雇用が不当に奪われたり、労働条件の一方的不利益変更がされることのないようなルールを必要とすることについては変わりはない。「会社分割」以外のいままでのこうした一連の手法を使っての労働のルール破壊に対して、労働者を保護するルールを今日の事態は必要としている。
国会の二つの附帯決議は、すでにのべたように、「企業の組織変更」の場合の「従業員の権利義務」についての立法措置を求めたものである。けっして会社の分割に限定したものではない。しかも、産業再生法や民事再生法での企業の組織変更で一番問題とされていたのは営業譲渡である。つまり国会附帯決議は、少なくとも、営業譲渡の場合の「従業員の権利義務」についての法的措置を求めていたのである。そうである以上、会社分割の場合の労働契約の一定の承継しか定めていない「労働契約承継」法は二つの国会附帯決議にそぐわないものといわなければねらない。
現実に起きている事態に照らしても、国会附帯決議からいっても、「会社分割」の場合にのみに限定せずに広く、「合併、営業又は事業の全部又は一部の譲渡、営業又は事業の全部又は一部の譲受け、分割」の場合の当該労働者の解雇制限、労働契約の承継と労働者の同意権と異議権の保障、労働条件の不利益変更の禁止、労働者と労働組合への情報の開示と誠実協議義務、労働協約の原則承継等を定めた労働者保護法の制定こそが必要である。「労働契約承継」法が会社分割の場合にのみに対象を限定したことの欠陥は大きいといわなければならない。(注6)

  (注6) 少なくとも営業譲渡は対象とすべきである。
 企業組織の変更にあたっての労働者の実効ある保護という点でも、国会の附帯決議を実行するという点でも、労働契約承継法の適用対象に少なくとも営業譲渡の場合を盛り込むべきである。

 (2) 「会社分割」に」限定しても、「保護」はあまりにも不充分。
(1)の問題(営業譲渡をも対象とすべきである問題を含む)をさておいても、「労働契約承継」法の「保護」は「会社分割」法による自由な分割が、リストラ、合理化に悪用されることを規制し、労働者の地位と権利(利益)を守る上ではあまりにも不充分である。この点については、のちに本意見書<パートU>第3の「労働契約承継」法の抜本修正提案で、なぜ、同法をどう修正をすべきかを明らかにすることにし、ここでは、とりわけ重大な問題点として、箇条書き的に、@対象を「会社分割」のみに限定 A労働組合への事前情報開示の限定 B分割対象業務に主として従事する労働者についての同意権(異議権)の不存在 C労働協約承継の限定 D労働組合との誠実協議義務の不存在を指摘するにとどめる。
私たちは、分割会社の労働者の労働契約の承継や、一定の労働者の異議権の保障などの同法の積極面を認める。しかし、なおこれをのちに詳しく述べるように、抜本修正するのでなければ結局は「労働契約承継」法は「会社分割」法によるリストラ、合理化をバックアップする法ということになってしまうといわざるを得ないのである。

<パートU>
二つの立法提言
─総合的労働者保護法と「労働契約承継」法の抜本的修正

第1 二つの立法提言の基本的立場と構成

1 立法提言の基本的立場

 企業主体の変更は、労働者の地位、権利(利益)に重大な影響を及ぼす。最近のように「企業の流動化」が激化してきているとき、それによって、労働者が不利益な処遇を受けることのないような法制(ルール)を確立することが必要である。
 そのことは、人間らしく働く権利を保障し、団結権、団体交渉権、争議権によって労働者が自らの権利(利益)を守り、向上させることを保障した憲法(同法第25条、第27条、第28条)の求めるところでもある。
 こうしたルールの確立はすでに世界の流れとなっている。EU諸国は1970年代から今日に至るまで、本意見書末尾に「資料1」として要約して引用しているとおり、「企業、事業、または企業、事業の一部の移転の際の労働者の権利保障に関する加盟国法の接近に関する77/187EEC指令(いわゆる「既得権指令」、1998年8月29日の98/501EC理事会指令により改正)等のいくつもの労働者保護立法を制定し手厚く労働者の権利を保障している。本意見書末尾に「資料2」として引用している元欧州連合日本政府代表部一等書記官で『EU労働法の形成』の著者である濱口桂一郎氏も指摘するとおり、こうした法制こそ我国でも確立すべき今日の「労働のルール」なのである。(注7)
 私たちは以上の見地に立ち、かつ、我国の今日の実態に合わせて、以下のべるような労働者の権利を正当に保障する立法が必要であると考える。そして、そうした観点から、単に国会に上程された「会社分割」法や「労働契約承継」法を批判するにとどまるのではなく、現実的で合理的的な立法提言を行う─これが〈パートU〉で「二つの立法提言」を行う私たちの基本的な立場である。

   (注7)
濱口氏は、「最近の日本の風潮は全く逆転しているように思われます」「(こうした)法制度を用意しておかないと、一方的に労働者ばかりが被害を被ることになる」と指摘している(本意見書末尾、資料2参照)

2 立法提言の構成─「二つの立法提言」とその相互関係

 私たちの第1の立法提言は、企業分割の場合だけでなく、すべての企業主体の変更に際して、労働者の雇用と権利を正当に保障するための総合的な労働者保護法についてである。
 第2の立法提言は、第1の立法提言の立場に立ちつつも、今回の「会社分割」法の制定にあたり、総合的な労働者保護法の立法化がどうしても現時点では困難だというのならば、少なくとも、「労働契約承継」法の重大な欠陥を是正するために抜本的修正として盛り込むべき立法提言である。私たちの「二つの立法提言」はもちろん矛盾・対立するものではない。いうならば前者と後者は「主たる提言」と「予備的提言」の関係にある。
 但し、本意見書<パートU>では「第2の提言」内容の方がくわしく書かれている。それは第一にすでに総合的労働者保護法については民主党や日本共産党の具体的な立法提言があり、かつ、日本労働弁護団からも同趣旨のくわしい「意見書」が発表されているが、その内容には大要、私たちも賛成だからである。  第二に、すでに会社分割に限ってという形であるが、「労働契約承継」法が国会上程されている以上、右法案について可能な修正をするための努力は避け難いと思われるが、同法案に対するくわしい批判や修正提案は、私たちの知る限り、まだないからである(なお、私たちの抜本的修正提案の内容と修正理由の多くは、@労働者保護法についてもそのまま通用するものであること、その意味では私たちの「労働契約承継」法についての修正内容とその理由は、A本来あるべき組合的な労働者保護法についての具体的な提言内容ともなっていることに留意されたい)。

第2 総合的労働者保護法についての提言

1 すでに発表されている法案や提言、意見書

 総合的な労働者保護法の制定は、連合、全労連の二つのナショナルセンターの提言があり、かつ、民主党の「企業組織の再編に伴う労働者保護法案について」と日本共産党の企業組織の変動に関係する事業主に雇用される労働者の保護に関する「法律案」骨子(「素案」)という二つの政党の立法提案がある。
 連合と全労連、そして民主党と日本共産党の法案の内容には、それぞれに差はあるが、「企業の流動化」を利用してのリストラ・合理化による労働者の地位や権利(利益)の不当な侵害を阻止し、5,400万人の労働者の権利を守るという目的においても、そのために提言する立法措置の主要な部分においても大筋で一致している。ちなみに、すでに発表されている日本労働弁護団の前掲「意見書」も同趣旨である。
 私たち自由法曹団も、すでに発表されているこれらの立法提言と法案、そして、日本労働弁護団「意見書」については基本的に同意見である。

2 ほぼ一致している立法提言内容の要約

 本意見書ではすでに世に知られているこれらの提言や法案の相違や一致点の細部の解明は省略し、ほぼ一致しているといってよい労働者保護法の基本的な骨格を箇条書的に列記する。
  1. 法律の適用対象を広くとらえ、「合併や、営業又は事業の全部又は一部の譲渡、営業又は事業の全部又は一部の引受け、分割その他これらに準ずる事由で労働省令に定めるもの(以下営業譲渡・分割等と略称する)」とする。
  2. 「営業譲渡・分割等」を理由とする解雇を禁止する。承継される場合の当該労働者の退職の自由を認める。
  3. 「営業譲渡・分割等」の場合、従前の会社に雇用されていた労働者の労働契約上の地位と権利は当該事業を承継する会社に承継される。  但し、右承継について労働者の同意を必要とする(あるいは異議申立権を保障する)。当該労働者が同意しなかったとき(あるいは異議を申立てたとき)労働契約は承継しない。この場合、不同意(あるいは異議申立)を理由に、解雇その他不利益な処遇をしてはならない。
  4. 「営業譲渡・分割等」にあたって、労働契約が承継された労働者の労働条件については、(一定の期間は)不利益な変更ができない。
  5. 「営業譲渡・分割等」にあたって、労働契約を承継される労働者に組合があるときは、承継した当該企業との間に従前の労働協約は承継され、同一の労働協約が締結されたものとみなす。
  6. 「営業譲渡・分割等」にあたって、事業主は過半数を代表する組合があるときはその代表者、ない場合は職場の過半数を代表する者に対して、「営業譲渡・分割等」の具体的内容を明らかにする充分な情報をしかるべき事前に開示しなければならない。
  7. 「営業譲渡・分割等」について、事業主は労働組合と、誠実に協議しなければならない。

第3 「会社分割」法制定に伴う「労働契約承継」法についての抜本的修正提案

 私たちは上記の〈パートU〉第二の記載の組合的労働者保護法の制定を心から望むものである。そして、こうした立法を前提にして「合併」や、営業譲渡、分割などの場合に特有な労働者の地位、権利(利益)の保護規定を商法等にさらに個別具体的に盛り込むべきだと考える。重ねていうが、それが私たちの基本的立場である。しかし、すでにのべたように、目の前の事態を見れば、今国会では「会社分割」法と分割の場合に継承を限定した「労働契約承継」法の制定が急がれているとみなければならない。
そうである以上、「労働契約承継」法をよりましなものにし、労働者の権利を守る上で実効あるものにする努力をつくす必要があると私たちは考える。以上の立場に立って私たちは、「労働契約承継」法をつぎのとおり、抜本的に補足、修正することを提言する。以下、修正提言内容とその理由を項をわけて、具体的に述べる。(なお、本法案を抜本的に修正する場合、営業譲渡をも対象とすべきことはすでに注6でのべたとおりであるが、以下ではそのことは除いて、「会社分割」に適用対象を限定した場合の抜本的修正提言としていることに留意されたい)。

1 「会社分割に伴う労働契約承継の保障

 <提言の内容>
  1. 「新設分割」によって新設する会社又は「吸収分割」によって吸収する会社は、分割される営業に従事していた労働者の労働契約について、使用者たる地位を承継する。
     この場合の労働者は分割される事業に主として従事していたかいないかを問わない。
     また雇用期間の定めが短期間である労働者(3年未満の短期雇用契約労働者やパート労働者)であるか否かを問わない。
  2. 但し、分割会社は分割の事前に対象労働者の書面による同意を必要とする。
  3. 不同意の労働者については、分割する会社との間で従前の労働契約が継続するものとする。
  4. 企業は特定の労働者を分割計画書に明記して右の承継の対象から除外することが出来るが、この場合除外された労働者は、異議の申立をすることができる。
     右申立があったときは特別に合理的理由のない限り、異議を申立てた労働者の労働契約は、「分割新設」により設立された会社又は「吸収分割」により吸収した会社に承継されるものとする。
 <提言の理由>
  1. 「法案のように、承継される営業に主として従事するもの」と「それ以外の労働者」とに区別して取扱いを異にすることは妥当ではない。両者のちがいの基準を客観的に定めるのは難しく、企業の一方的なリストラのための「選別」を許す危険があるからである。そこで、むしろ一律に上記のようにした方がいいと考える。
  2. 「労働契約の承継」について重要なことは、a分割を理由にリストラされることなく、つまりいままでの仕事を失うことなく承継されるという権利の保障と、b勤務時間、賃金、仕事内容、通勤(遠隔地通勤)などで不利益が生ずるおそれのある場合、あるいはさらには明らかに将来がないと思われる新設会社への移行など、不利益な状況になる可能性のある場合に労働者が同意なしに実質上の移籍を押しつけられない権利(民法625条第1項)の保障の両面を同時に実現することである。この点で、法案が分割により「承継される営業に主として従事するもの」について、同意権も異議権もまったく認めていないのは法案の重大な欠陥である。これでは、企業の一方的な意思で事実上の「同意なき移籍」を合法化することになってしまうからである。
     法案のこの重大な欠陥を是正し、労働者の権利を守るためには上記のように修正する必要がある。(注8)
  3. 上記のように「修正」しても、企業は少なくとも不当に不便になることはない。企業の分割が社会的に止むを得ない場合であって、労働者、労働組合に充分に情報が開示され、必要な協議がつくされていれば、労働者が恣意的に同意権又は異議権を乱用することは普通にはあり得ない。少数の例外的なケースがあり得ることを理由に、企業に「同意なき移籍」をみとめることの方が、すでにのべてきたように、企業主体の変更を口実に、乱暴なリストラ、一方的な労働条件の切り下げが横行している現状を見れば、弊害ははるかに大きいのである。まずはじめに「企業分割計画書」ありで、それに、労働者が従うのが当たり前だというやり方は不当であるとともに、結局は、円滑な分割の支障になるだけである。
     (注8) 同意権か異議権か
 対象労働者について、分割移行対象労働者には事前同意権を、除外された労働者には異議申立権とする方が労働者の保護上はよりすぐれていると考える。しかし、日本労働弁護団「意見書」のように、わかりやすく規制を一律にし、両者ともに異議申立権を持つとすることも検討に価する。

2 分割にあたっての退職の自由の保障と退職者の処遇

 <提言の内容>
  1. 分割による労働契約承継対象労働者は、分割する会社との間の労働契約を解除することができる。
  2. この場合の労働契約の解除(退職)は会社都合によるものとみなす。
 <提言の理由>
  1. 会社の分割により労働契約が承継される対象とされても、対象労働者がその意に反して右承継に従って労働する義務を負わされるいわれはない。労働者がこの場合、労働契約を解除する権利を持つのは当然である。法案も考え方としては同一であり、「当然のことだから」として明記しなかったのかも知れない。 
  2. しかしながら、法律論上の問題としては、「当然承継なのだから、労働契約を分割承継を理由に労働者は労働契約を解除できない」という考え方もあり得る。そこで、労働者側からの労働契約解除の自由をわが国でも定めておいた方が良いと考える。
  3. この場合、労働者が労働契約を解除する原因となる会社の分割は、労働者の責任に属することではなく、「会社の都合」なのであるから、形の上では労働者側からの解除の申し出であっても、会社都合による退職とするのが実態に合い、かつ公平である。退職金の取り扱いや雇用保険の取り扱い上も、そうすべきである。

3 労働条件不利益変更の禁止

 <提言の内容>
  1. 新設分割又は吸収分割により分割する会社の労働者の労働契約を承継する使用者は、当該労働者の賃金、労働時間等の労働条件につき、労働省令で定める相応の期間不利益に変更できないものとする。なお、右期間は当分の間、少なくとも1年間は下ることができないものとする。
  2. 1 の労働条件の範囲は労働省令で定める。
 <提言の理由>
  1. 分割によって労働契約が承継されるということは、分割する会社での労働条件がそのまま承継されるということであり、「雇用契約は引き継ぐ(「解雇はしない」) が、賃金、労働時間等は引き下げる」というやり方は「労働契約」法上許されない。そのことを「労働契約承継」法案の法解釈上当然であるということを前提とする。
  2. しかしながら、「労働契約承継」法案の規定だけでは不充分である。承継にあたって、労働条件の引き下げについて個別に労働者の同意を得たという形をとって(実際には同意を「強制」して)不利益処遇をする危険は、最近の一連の分社化などを使っての移籍のやり方を見れば充分にありうるからである。
  3. 不利益変更が禁止される労働条件の範囲について労使間で争いが生ずる可能性がある。たとえば「勤務地」の変更などについてである。さらにはまた「分割」後、ある期間をおいて就業規則の不利益変更を行い、承継した労働者の労働条件の引き下げを行うというやり方も充分に考えられる。
  4. よって、上記のように、労働条件の範囲を明確にするとともに、それについての不利益変更禁止規定を設けるべきである。
  5. なお、EU「既得権指令」は、労働条件が不利益に変更になるため「雇用契約が終了する場合」には「使用者に雇用終了に責任があるものとみなす」(同指令、第4条第2項)ことによって、不利益変更を抑制している。一方、ドイツ民法は、「譲渡の時から1年間」の不利益変更を明文で直截に禁止している(同法第613a条)。私たちのこの点についての提言は、国際的な基準と合致するものである(本意見書末尾、資料1参照)。

4 会社の分割を理由とする解雇の禁止

 <提言の内容>
  1. 分割する会社は、分割後、労働省令が定める相応の期間、会社の分割を理由とする解雇をすることはできない。
  2. 新設分割又は吸収分割により雇用を承継した会社は、労働省令の定める相応の期間、承継した労働者を解雇することは出来ない。
  3. 上記の「相応の期間」は当分の間、いずれも少なくとも1年間を下回らないものとする。
 <提言の理由>
  1. 「会社分割」を理由として、すでに述べたように、a「不採算部門」を「新設分割」した上で、新設会社を早期に整理してしまうとか、あるいは、b「優良部分」を「新設分割」し、分割した会社を「不採算部門」だけにしてしまった上で、早期に従来の会社を整理するという方法がとられる危険は現実のものである。「会社分割」制度をそのようにリストラの手法に悪用させるべきではない。
  2. そこで、企業が分割について社会的責任を負い、その重要な内容として労働者の働く権利を不当に侵害しないものとすること、そして労働者の生活と権利を正当に保障するためにはすでに提言した1、3とともに解雇禁止の原則規定を設けることが必要である。
  3. なお、同旨の規定はEU「既得権指令」(第4条第1項)、ドイツ民法(第13条a第4項2号)にも存在する(本意見書末尾、資料1参照)。

5 賃金、退職金についての連帯責任

 <提言の内容>
  1. 分割する会社と分割により新たに設立された会社又は吸収分割をした会社は、分割する会社と労働者間の未払賃金及び退職金債務について、連帯して責任を負う。
  2. 但し、右連帯責任は、分割後3年以内に弁済期の到来するものに限る。
 <提言の理由>
  1. 賃金は労働者のかけがえのない生命(労働力)の対価である(退職金はこうした賃金の「後払い」である)。だから、労基法は賃金の不払いについて刑罰を科し、これを保護している(労基法第120条1項)。
  2. こうした性格を持つ賃金・退職金について、「会社分割」による「食い逃げ」や「踏み倒し」が起きないようにしておくことが重要である。
  3. よって上記の規定を設けるべきである。
  4. なお、ドイツ民法も一定期間の連帯債務規定を定めている。(同法第613a条、本意見書末尾、資料1参照)

6 労働協約の承継

 <提言の内容>
 会社分割により労働契約上の権利義務を承継した会社は、承継した労働者に組合がある場合には、その労働者の所属する労働組合に適用されていた労働協約上の権利義務についても承継する。
 <提言の理由>
 法案は、分割する会社と組合間の労働協約についての承継について「分割計画書等」に「承継する部分を記載することが出来る」とし、記載した場合の一定の効果を定めている(法案第6条)。労働協約の承継についての法案第6条はきわめて難解な規定であるが、「労働条件および労働者の待遇に関する基準(規範的部分)は、分割計画書記載の有無を問わずに、労働契約を承継された組合員については承継されるものとしていると考える(法案第6条第3項)。なお、債務的な部分(たとえば、組合事務所貸与協定など)についても同様なのだと考える(同条同項)。そのことをはっきりさせるには、上記のように記載することが望ましいと考える。

7 分割についての労働組合と労働者に対する情報開示

 <提言の内容>
  1. 会社分割にあたって、事前に労働組合がある場合は労働組合(過半数を代表しない労働組合を含む)及び労働者全員に対して、分割する会社は充分な情報の開示をしなければならず、少なくとも下記の情報提供を行わなければならない。
    (イ)
    分割の期日(または予定日)
    (ロ)
    分割の理由
    (ハ)
    分割によって新設会社又は吸収会社に移行する労働者の範囲、右対象労働者として選定した理由、移転後の労働環境、移転より住居移転の必要がある場合の処遇、残留労働者の配置など
    (ニ)
    分割する会社の分割以後の事業計画と労働者の配置
  2. 右の情報の開示は、労働組合や労働者が分割とそれに伴う労働契約の承継等について自らの意見決定を行い、会社と協議し、同意権(又は異議権)を行使し、あるいは労働組合として団結権を行使することが充分に出来る、必要な「適時の期間」が保障されなければならない。
  3. 2 の「適時の期間」については労働省令で定めることとし、当分の間は「4週間」を下らないものとする。
 <提言の理由>
  1. 労働者は、労働契約上の地位の移転が行われる場合は、自己の利益を確保し、移転にあたっての不利益を知ることによってはじめて同意権(あるいは異議権)を自らの正確な判断で正しく行使することができる。私たちの抜本修正案では、<提言の内容>1で述べたように、労働者の同意権、異議権を広く保障する立場に立っている。だから、事前情報の開示は会社が「分割計画書」で労働契約承継の対象とした労働者に限らず全労働者に対して行われなければならないとすべきだと考える。
     なお、とりわけ対象労働者が自らの意見をまとめる、あるいはそのために必要な人々と相談するには法案のように、「2週間」では短すぎる。「4週間」とすべきである。
  2. 「労働契約承継」法案は、労働組合への事前通知を「分割する会社」と「労働協約を締結している」組合に限定している。これまた法案の重大な欠陥である。
     労働組合は労働協約を締結しているといないとを問わず、会社分割という重大な事態に直面している組合員、さらには組合員以外の労働者(非組合員、パート労働者等)の権利を守って活動する権利と義務を持つ。法案のように限定するのは労働組合の団結権、団交権を軽視するもので誤っている。
  3. この場合の労働組合とは、「過半数を代表する労働組合」だけではなく、併存又は単独で存在する「過半数以下の労働組合」をも含むとすべきである。
     残業協定の場合の規定と違って、分割とそれによる労働者の移動は、組合の構成員たる労働者の今後の人生に長期かつ重大な影響を持つ。それはときには労働組合の存亡にもかかわることがある。少数組合といえども、構成員たる労働者、あるいは職場の未組織労働者の利益のために充分に必要な情報を知り得て、分割会社と事前に協議することは重要な組合活動であり、法の下に等しく団結権、団体交渉権を持つ少数組合の権利の保障上も不可欠である。
  4. 分割する会社にとって、こうした情報を少数組合に開示することについては、当該会社が不当労働行為意思を持っているのならともかく、そうでないなら何の支障もないはずである。分割を可能な限り労働者の同意を得て、実行する上でも少数組合を除外することなく、情報の事前開示を行うことが必要かつ有益であると
  5. なお、労働組合への事前通知期間は「4週間」以上の事前とするべきである。その理由は 1 でのべたところと同趣旨である。

 労働組合又は過半数代表との事前協議義務と、表明された意見の開示

 <提言の内容>
  1. 会社は、「分割計画書」を株主総会に付議する前に、「分割計画書」の内容について、a.労働組合(従業員の過半数を代表しない労働組合を含む)と、b.過半数を代表する労働組合がない場合には従業員の過半数を代表する者と誠実に協議しなければならない。
  2. 会社は、「分割計画書」に関する議案を付議する旨の株主総会招集通知を発する際、議案書に労働組合又は従業員の過半数を代表する者が作成した「分割計画書」に対する意見書を添付しなければならない。
  3. 会社が「簡易な分割の手続」を行う場合においても、取締役会に付議される前に事前協議の場を設け、かつ、取締役会に対する意見書提出の機会が与えられなければならない。
 <提言の理由>
  1. 労働組合は、団体交渉権を憲法及び労組法によって保障されている。分割とそれにともなう雇用と労働条件は、もちろん、団体交渉の対象となる。しかしながら、いわゆる「経営権」を理由にして、分社化などにあたって団体交渉を拒否したり、引き延ばしたり、形だけは応じてもまったく誠意のない結論の押しつけに終始することが現実には数多く存在する。会社のこうしたやり方は不当労働行為であるが、今日の不当労働行為救済制度の実態からいって、提訴による救済は「間に合わない」のであり、実効性に乏しい。
  2. そこで、分割にあたっては<提言の内容>6の事前情報の開示とともに、開示された情報にもとづいての誠実協議義務を法文上明記にておくことが重要であると考える。なお、すでに同7でのべたと同じ考えから、上記の協議は過半数を代表しない組合(少数組合)とも行われなければならないものとすべきである。
  3. 労働者らが分割についてどのような要求や意見を持っているかは、分割の是非、内容を検討する株主等にとっても意思決定にあたって知っておくことが望まれる。よって、意見書提出の機会の保障を明記すべきである。
  4. 労働組合との誠実事前協議義務については、EU「既得権指令」(第6条2項)は労使間での「合意に達する目的を持って」の事前協議義務を定めている(本意見書末尾、資料1参照)

資料 1

リストラとヨーロッパ連合(EU)の法規制
EU指令とドイツ民法等の規制 (注)

(注)以下の記述はEU指令については、『EU労働法の形成―欧州社会モデルに未来はあるか?』(元欧州連合日本政府代表部一等書記官、濱口桂一郎氏著)を主として参考にした。
1 EU指令と欧州司法裁判所について
 (1) EUでの「指令」directiveの法的効力
 EUの法令の種類は、「規則」、「指令」、「決定」、「勧告・意見」がある。
 このうち「指令」の法的効力は、達成されるべき結果についてのみ、命じられた加盟国に対して拘束力を持つが、その形式及び方法については加盟国の権限ある機関に委ねられる。つまり、加盟国は国内制定法等の義務を負うものとされる。
 以下、リストラに関連するEU指令には@大量解雇規制指令とA既得権指令(企業譲渡指令)について記載する。(このほかに関連する指令には、ヨーロッパB労使協議会指令、C賃金確保指令がある。)
 (2) 欧州司法裁判所
 加盟国の国内裁判所に係属している訴訟事件の審理においてEU法の適用、解釈が争点になった場合に、国内裁判所が審理を停止して、欧州司法裁判所に対して、EU法に関する争点の判断を求める(先決訴訟)。EU労働法分野の膨大な欧州司法裁判所の判例のほとんどがこの先決訴訟の判例である。
2 大量解雇指令
 (1) 大量解雇の定義
  @事業所規模別に解雇人員を定める。
    事業所20〜99人規模    10人以上
    事業所100〜299人規模  10%以上
    事業所300人規模以上    30人以上
  A事業所規模を問わず90日以内に20人以上
 (2) 情報提供と協議
 使用者は大量解雇を計画するときは、適当な時期に労働者の代表と意見の一致が得られるように協議しなければならない。
 使用者は労働者代表に、解雇の理由、解雇する労働者の数、期間、選定理由などすべての関連する情報を提供しなければならない。
 多国籍企業の親会社にもこの規則は適用される。
 (3) 手続
 使用者は大量解雇計画を監督官庁に申告しなければならない。
 労働者代表は監督官庁に意見を提出できる。
 申告後30日以内は解雇の効力は生じない。監督官庁は、60日まで延長できる。
3 企業譲渡指令(既得権指令)
 (1)
EC1977年2月14日「企業、事業、事業の一部の譲渡の際の労働者の権利保護に関する加盟国法の接近に関する指令」(通称既得権指令or企業譲渡指令)であるが、1998年6月25日の98/50/EU理事会指令によって、一部改正がされて現在に至っている。。
 (2) 既得権指令の内容
 企業が企業譲渡等をした場合でも、譲受人は(その意思の如何にかかわらず)労働関係を承継しなければならず、企業譲渡を理由にする解雇は禁止されている
  1. 適用対象
     企業、経営又は経営の一部の法的な譲渡による若しくは合併による他の所有者への譲渡のすべてが適用対象となる(指令、第1条)。
     譲渡についての判断基準としては、当該事業の経済的同一性が問題とされ、法的形式のちがいは問題にならない。
  2. 労働者の請求権の保護
     企業譲渡の時点で存在している労働契約又は労働関係から生ずる譲渡人の権利義務は譲受人に移転する(同第3条第1項)。
     譲渡人が締結した労働協約に定める労働条件を譲渡後も譲受人はその終了(又は、新たな労働協約の発効)まで維持するものとする(同条第3項)。(もっとも維持される期間を一年以上の期間に限定する国内法も規定することも認める。)
  3. 解雇の禁止
     企業譲渡を理由として解雇はしてはならない。(ただし、経済的、技術的解雇、組織的理由によるものなら良い)(同第4条第1項)。
  4. 解雇の形をとらなくても企業譲渡による労働条件の実質的変更が労働者にとって不利益になるために雇用契約が終了する場合には、使用者はその雇用終了に責任があるものとみなす(同条第2項)。
  5. 「移転元および移転先」は、「労働者の代表」に対して「移転の期日又は予定日」「移転の理由」、労働者にとっての「帰結」「労働者に関して企画されているすべての措置」について情報を「適時」に提供しなければならない(同第6条第1項)。
  6. 「移転先又は移転元」が「自己の労働者に関する措置をとることを企画する場合」は、「移転前の適時」に、「合意にいたることを目的として」自己の労働者の代表と協議を行うものとする(同条第2項)。
  7. 労働者代表の地位 労働者代表として保護される。
4 ドイツ、フランスの法制
 (1)
ドイツの「事業所承継者への労働関係の移転」についての民法規定
 ドイツでは、使用者が営業の全部又は一部を他の者に譲り渡したときは、ドイツ民法により労働関係を承継するよう義務づけられている。ドイツ民法(「注釈ドイツ契約法」右近健男、三省堂による)
  1. 613条(権利義務の一身専属性)  労務給付義務者は、疑わしいときは、自ら労務を給付しなければならない。労務請求権は、疑わしいときは譲渡することはできない。
  2. 613a条(営業譲渡の場合における権利義務)
○法律行為により営業の全部又は一部を他の経営者に譲渡したときは、譲受人は、譲渡の当時存在する労働関係に基づく権利を有し、義務を負う。労働協約の法規範又は経営体内の合意によって定められた権利義務は、新経営者と労働者の間における労働関係の内容となり、譲渡の時から一年を経過するまでは労働者の不利益に変更してはならない。新経営者のもとでの権利義務を別個の労働協約の法規範又は経営体内の合意によって定めるときは、第二文は適用しない。労働協約若しくは経営体内の合意がその効力を失っているとき、又は双方とも労働協約を適用することを合意するときは、第二文による期間の経過前においても権利義務を変更することができる(傍線は引用者)。
旧使用者は、譲渡の時より前に生じていた第1項による義務が譲渡の時から1年を経過するまでに弁済期に達する限度において、新経営者とともに、連帯債務者として責任を負う。ただし、その義務が譲渡の時より後に弁済期に達するときは、旧使用者はその計算期間の内で譲渡の時に経過した部分に相当する範囲おいてのみ責任を負う(傍線は引用者)。
○法人が合併又は変更により消滅するときは、第2項を適用しない。1969年11月6日交付の文言による変更法(連邦官第1部2081頁)の適用を妨げない。
○旧使用者は新経営者が営業の全部又は一部の譲渡を理由としての労働者の労働関係を告知しても、その効力を生じない。他の理由に基づく労働関係の告知権には影響を及ぼさない。
○労働者は譲渡人への承継されるかどうか拒否権を有する(ドイツ連邦労働裁判所の判例)
  1. 民法613a条4項(解雇の禁止)
 譲渡人及び譲受人に事業所またはその一部の譲渡を理由にした労働関係の解約を禁止する。
 事業所譲渡自体とは異なる理由から、労働関係を解約することは可能である(民法613a条4項2)。
 (2) フランスの企業主体の変更のときの労働契約の承継規定
 フランス労働法典122条の12第2項は以下のとおり。 「使用者の法律上の地位に変更が生ずる場合、特に相続、売却、合併、資本の移転、会社の設立等の場合には、変更当日に効力を有していたすべての労働契約は新企業主と当該企業の従業員との間に存続する」

資料 2

「EUの『企業譲渡における労働者保護指令』の概要」についての濱口桂一郎氏の発言の抜粋

『EU労働法の形成』の著者であり、欧州連合の日本政府代表部一等書記官(1995年〜1998年)であり、その後、埼玉県労働商工部職業安定課長の職にあった濱口桂一郎氏は、連合主催のシンポジュウム「気がついたら別会社に―企業組織再編と労働者保護法制度」で「EU『企業譲渡における労働者保護指令』の概要」と題して詳しく報告している。同氏はこのときの報告の結論の部分で、つぎのように重要な指摘をされているので、以下「資料」として引用する。
 「4 日本社会にとっての意味合い
 先ほども言いましたように、この指令ができた当時、日本では雇用維持のために労働条件は柔軟に対応するというミクロレベルの戦略が採られました。そのため、こういうリストラ指令のようなものが社会的に必要とされる状況にならなかったといえるでしょう。実を言いますと、そういう労働のフクレシビリティと雇用のセキュリティを組み合わせるやり方こそが、最近のEUの雇用戦略の中で推奨されているものなのです。今までは労働条件の維持ということに適度にこだわりすぎていたのではないか、という反省と、しかしながらアメリカ流の市場万能の不安定雇用の拡大という路線は採るわけにはいかないという意志とがくみ合わさって労使が合意すれば労働条件に上から介入しないでミクロの意思決定に任せましょう。しかし雇用の安定はきちんと守りましょうという方向に少しずつ転換してきているように思われます。1998年の企業譲渡指令の改正も、そういう流れの中にあるものといえるでしょう。
そういう流れの中においてみると、最近の日本の思潮は全く逆転しているように思えます。現実の企業行動はまだまだ健全さを保っていると思いますが、一部の経営者や特に経済評論家達の言動は、ヨーロッパが見習おうとしている(もちろん全てではありませんが)日本的労使関係の良いところを、破壊しようとしているようにすら思われます。彼らによれば、いまや、終身雇用などにこだわる化石企業に未来はなく、大失業時代を恐れずに労働ビックバンを断行することが急務であり、ジョブレスリカバリー以外に道はない、かのようです。そういう中にあっては、そういう企業行動に対応した法制度を用意しておかないと、一方的に労働者ばかりが被害を被ることになってしまいます。EUのリストラ指令は、そういう中で労働者を守るためにはなにが必要かを考える上で大変役に立つものだと思います。
それと同時に、この企業譲渡指令の改正にも見られるように、ヨーロッパ自身がむしろ日本的な雇用のあり方に近づきつつあるという国をもきちんと認識して、日本においても、これからの時代にふさわしいフクレシビリティとセキュリティのベストミックスのシステムを作っていくことが必要ではないかと考えているところです。(傍線は引用者)」