<<目次へ 【意見書】自由法曹団


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第8、「国民の期待に応える民事司法の在り方」について

1 「民事司法に対する国民の期待」について

 国民が民事司法に対して自らの権利が迅速に救済されることを望むのは当然のことですが、その際に重要なのは正当な権利が現実に救済される裁判であるということであって、結論が迅速に出されるだけの裁判ではまったく意味がありません。したがって、個人とりわけ社会的弱者が十分な主張・立証をすることが可能な手続が必要です。そのためには、大企業や国の証拠隠しなどを許さない事前の証拠開示を含む証拠収集手続の充実・強化などがどうしても必要だと考えます。

2 「民事訴訟の充実・迅速化」について

 新民事訴訟法制定後は民事訴訟の審理期間が全体として短縮しているのは事実だとしても、一般の民事訴訟で遅延しているのは大企業などを被告とする訴訟が多く、その中でも特に遅延が顕著なのは、労働事件、公害事件などの集団事件なのであって、その遅延の原因は主として、国や企業が事案の解決に必要な証拠を多数所持しているにもかかわらず提出しない、逆に証拠隠しをする、被告側証人が明白な偽証をする、それにもかかわらず、裁判所は適切な訴訟指揮をせずにこれらの事態を放置しているなどの点にあるのであって、その点の実態把握と分析をした上で、早期に証拠を収集して、それに基づく攻撃・防御を実際上も可能にする適切な制度を構築しない限り、訴訟の促進を図ろうとしても無意味だと考えます。その意味で、懲罰的損害賠償、クラスアクション、ディスカバリーなどの制度は有用だというべきです。
 しかも、このような訴訟の遅延の真の原因を見据えて制度構築をしないかぎり、審理の促進に外形的に役立つように見える制度のみを取り入れても、とりわけ経済的・社会的弱者の権利・利益が切り捨てられる中で審理だけが促進される危険が大きいと考えます。
 いずれにせよ、最終報告に向けて、審議会が制度改革の根幹に関わるような制度(前記の懲罰的損害賠償、クラスアクション、ディスカバリーなど)の創設などが真の意味で司法改革に値するものですから、これらについて意見の一致が見られないとして先送りすべきではありません。

(1) 「計画審理」について
 中間報告において一定の事件について審理期間・開廷間隔の一律の法定化を肯定していない点は評価できます。各事件は事件毎に争点、証拠などがまったく異なる以上一律の法定化は不合理ですし、審理期間が長くなる要因としては、短期間に裁判官が異動する、会社側が証拠隠しをする、後述のように証拠開示が不十分であるなど、単に期間の長短の問題ではなく、主に現在のシステム上の問題があるのであり、このようなシステム全体の改革を抜きにしたままで、審理期間のみを法定化してもまったく意味がないからです。
 また、計画審理の充実については、一般論として異論はありませんが、審理期間の法定化の問題と同様に上記で指摘したシステム全体の改革抜きでは意味がないと考えます。計画審理を充実するためには、証拠が一方に偏在する状況を根本的に変革するような証拠収集手続の創設が不可欠だと考えます。
 ただし、中間報告において、「簡易な訴訟」の迅速な処理として「地方裁判所において、訴額を基準として通常の訴訟手続とは別に簡易迅速な処理を可能にする裁判手続を導入するべきとの指摘もあるが、その必要性については、さらに検討すべきである」とされている点については、訴額が小さくても事案が複雑な事件はいくらでもあるので、訴額のみを基準にして「簡易」か否か割り切ることは到底できませんし、また、簡易な手続では当事者の納得を得ることが困難な場合もあると考えられますので、その必要性については慎重に検討すべきです。

(2) 「証拠収集手続の拡充」について
 新民事訴訟法の文書提出命令や当事者照会などでは不十分ですから、アメリカのディスカバリー(事前の証拠開示)を参考にした制度については導入の方向で積極的に推進すべきです。大企業を相手方とする訴訟においては、前述のとおり、企業側が証拠を隠すという事態が常態化しており、これを打破する上でディスカバリーのような制度は極めて有効だからです。例えば、賃金差別事件について、賃金格差の立証責任が労働者側が負わされるにもかかわらず、会社側が同期同学歴入社の他の従業員の賃金に関する証拠をまったく提出せず、そのために審理が大幅に遅延している実態があります。このような実態を考えれば、力関係のまったく異なる当事者間の公平のためにも、真の意味で充実した審理を行うためにも、訴訟の迅速化のためにも、事前の証拠開示は必要不可欠です。審議会としては、最終報告でディスカバリーを参考にした制度の創設を明確に打ち出すべきものと考えます。

3 「専門的知見を要する事件への対応強化」について

 専門的知見を要する事件についての対応を強化する一定の必要性はあると考えますが、この点については、まず鑑定制度を充実・強化することを鑑定費用の低減化を含めて考えるべきです。その際には、鑑定に対する当事者の反論・反証の機会を十分に保障すべきであり、鑑定人に対する当事者の尋問を制限することを安易に認めるべきではありません。
 他方で、専門家が裁判官とともに事実認定、法的判断に実質的に関与する形での、いわゆる「専門参審制」は、一般国民が司法判断に実質的に関与する制度(陪参審)とまったく異なるものであること、いかなる形でいかなる内容の専門知識が裁判官に提供されるか当事者にはまったく分からず、反論の機会が実際上奪われる結果になるため審理の公正さ・透明性がまったく担保されないことなどから、その導入には強く反対します。
 労働関係事件については、私たち自由法曹団は詳しい意見書を別途提出する予定ですから、要点を指摘するにとどめます。現在の労働裁判は、その審理や判断の在り方(判断内容も含む)が企業側の利益を優先し、労働者の権利などに対する理解に欠けるものが多いのが実情です。すなわち、審理の進め方が労使間の証拠の偏在を無視して労働者側に過重な立証責任を負わせたり、使用者側によるい引き延ばしを許しているなどが実態です。したがって、抜本的な改革として、@労働裁判における陪審・参審制の導入、A法曹一元の導入は必要だと考えますが、その他にも、B労働裁判のための特別な手続、例えば、労使間での証拠の偏在を考慮した証拠開示制度や、どちらが主張・立証責任を負うかにかかわらず事案を解明するために裁判所が使用者に対して求釈明を行うことができるようにし労働者側に申立権を付与する制度などを創設すべきです。また、 労働契約法、解雇規制法などの労働実体法を整備し、その中には、立証の困難さや証拠の偏在を考慮した立証責任の転換規定ないし推定規定を設けるべきです。その他の点は、別途提出する労働事件の意見書に譲ります。

4 「民事執行制度の強化−権利実現の実効性の確保」について

 権利の実現の実効性確保や強制執行妨害行為に対する適切な対処は当然ですが、他方で正当な権利者の執行抗告などの不服申立手続も現行法で十分なのか検討すべきです。
 また、家庭裁判所の家事事件の調停・審判だけでなく、離婚訴訟の判決の実効性の確保は重要だと考えます。とりわけ、子どもの養育費の不払いがあっても支払の確保が図られていない現状を改革する制度を諸外国の例も参考にして、早急に創設すべきです。

5 「司法の行政に対するチェック機能の強化」について

 この点については、これまでの審議会での審議が不十分なため、中間報告でも一般的に、司法の行政に対するチェック機能を充実させることが重要である旨述べられているにすぎません。
 行政訴訟の現状は、司法消極主義、行政追随主義として国民の強い指弾を受けています。社会の常識から乖離した判断の根底には、裁判官の任用におけるキャリアシステムの問題があります。最高裁の人事権の掌握の問題(任地・転勤、昇給、昇格における差別政策)、判検交流の実態につき鋭いメスを入れる必要があります。
 行政訴訟における原告の勝訴率は極めて低く、そのため事件数が諸外国に比べ極めて少ないのが現状です。ちなみに当事者(原告)適格の極端な制限、処分性についての狭い考え方のもとに訴えの却下が続出し、これは国民の裁判を受ける権利を阻むものとなっています。アセスメント制度においても計画段階からのアセスの導入が強く主張されているように、行政訴訟においても処分性をもっと広く認め、開発行為、事業計画等につき意思形成過程からの国民参加を保障した司法に根本的転換を図る必要があります。
 また、税金裁判にあっては、更正処分等の理由につき厳格に原処分主義・争点主義が貫かれるべきであるのに、裁判所は課税庁に追随し安易に総額主義を採用し、その際限のない攻撃防御方法を許容することによって納税者の訴訟活動を極めて困難におとしいれ、その実質的な権利救済の途を閉ざしています。東京地裁や大阪地裁の行政専門部には課税庁から調査官が派遣されており、この現状は裁判の公正を甚だしく損なっており、即刻是正されなければなりません。租税事件の地方裁判所調査官の制度(裁判所法57条)は廃止されるべきです。
 消費者訴訟(灯油裁判)や緒方盗聴事件住民訴訟に示された主張、立証責任論も行政に甘い司法の体質を露呈しています。
 そして、行政に対する司法のチェックを重視するのであれば、行政権の裁量を広く認めている行政実体法規の改正をして裁量を厳しく限定すること、そして、広く国民が行政権の行使の違法を争うことを可能にする意味で当事者適格を大幅に拡大することは、最低限必要であると考えます。