<<目次へ 【意見書】


その2 >>

逐条解説・米軍用地特措法改正案

第一 前 注
一 はじめに
 本稿は、政府が国会に提出した米軍用地特措法案についての逐条解説である。
 今回提出された法案は、非常に分かりにくく、法文を一読してその内容をただちに理解できる者はほとんどいないといってよい。さらに、改正の対象となっている米軍用地特措法それ自体が一般になじみのある法律とはいえないこと、土地収用法の規定を多く準用しており土地収用手続についてのある程度の知識がないと理解が困難な部分もあるなどの事情に起因して、今回の法改正の内容をますます分かりにくいものにしている。
 しかし、改正案の中に盛り込まれている内容は、現在の憲法体系それ自体を破壊しかねないきわめて危険な内容を含んでおり、多くの人がその危険な中身を知ることが重要となっている。
 そこで、法案の批判的検討は自由法曹団の『米軍用地特別措置法「改正」法案に反対する意見書』に譲ることとして、この逐条解説では、改正案の条文をどのように読むのか、その条項は何を目的に出されているのかを中心に、簡単なコメントと重要と思われる条項についてはややつっこんで解説を加える。
 まず、「第一 前注」で、改正案の内容を知るうえで最小限必要だと思われる事項、米軍用地特措法とはどのような法律か、土地収用手続の概略、その危険性はどのようなものなのかについて簡単に説明し、そのうえで「第二 本則」、「第三 附則」で、改正案を逐条的に解説することとする。
二 米軍用地特措法の性格と位置付け
 「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法の一部を改正する法律(案)」というのが、今回の改正法の名称である。
 この法律は、そもそもは安保条約に由来する。「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」は、「日米安保条約」とか単に「安保条約」と呼ばれるが、その第六条は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、一九五二年二月二八日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。」と規定している。
 この安保条約六条にもとづき基地の使用と米軍の地位について定めたものが、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」、いわゆる「日米地位協定」あるいは「地位協定」と呼ばれる取り決めである。
 「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」、いわゆる「米軍用地特措法」とか「駐留軍用地特措法」、あるいは単に「特措法」と呼ばれる法律は、「地位協定」を実施するため、米軍に提供する土地の強制的使用・収用手続について定める。
 「特措法」は「土地収用法」の特別法にあたり、いくつかの手続を簡略化してはいるものの、その多くは「土地収用法」の規定によっている。
三 土地の強制使用手続の概略
 米軍用地特措法による手続は、概略次の通りであり、大きくは認定手続と裁決手続に分けられる。
 1 使用認定申請 強制使用しようとする土地について、防衛施設局長が、使用認定申請書を作成し、土地の所有者等の意見書等を添付して、内閣総理大臣に対し、使用認定を申請する。
 2 使用認定 申請を受けた内閣総理大臣が、使用認定を行う。
 3 裁決申請 防衛施設局長は、土地物件調書等を作成の上、収用委員会に対し、裁決申請を行う。(土地物件調書の作成に際して、所有者等が署名押印を拒否すると、「代理署名」が問題となり、知事等が拒否すると職務執行命令訴訟の提起となる。)
 4 申請書受理と公告縦覧 申請書を受理した収用委員会は、申請書を二週間公衆の縦覧に供する。
 5 審理開始決定 収用委員会は、縦覧期間経過後に裁決手続開始を決定し、その旨を公告する。
 6 公開審理 収用委員会は、防衛施設局からの裁決申請を認めるか等について審理を行う。その審理は公開されなければならない。
 7 裁決 申請に対する収用委員会の判断を裁決と言い、裁決には却下裁決(申請を認めない場合)と権利取得裁決・明渡裁決(申請を認める場合)とがある。権利取得裁決では権利取得の時期が、明渡裁決では明渡の期限がそれぞれ明示される。
 8 権原取得 国が強制的に土地を使用できる地位を「権原」と言い、裁決の後、補償金の支払い等を経て、裁決書の中で示された権利取得の時期に権原を取得する。
四 改正の理由 日米安全保障条約に基づく義務を的確に履行するため、我が国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊の用に供するため所有者等との合意又は日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法の規定により使用されている土地等で引き続き駐留軍の用に供するためその使用について同法第五条の規定による認定があったものについて、その使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないときは、当該手続が完了するまでの間、適正な補償の下でこれを暫定使用することができることとする必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
 右が政府・与党において述べている法改正の理由であるが、要は、日米安全保障条約に基づく義務を的確に履行するために暫定使用を認める必要があると言っているだけでる。
 安保条約を絶対視していることの問題性はひとまず置いておくとして、ここで強調しておきたいのは、「暫定」使用という言葉に惑わされてはならないということである。
 「暫定」という言葉は、本式に決定しないで、仮にとりきめることを意味する。ところが、暫定使用という名目にもかかわらず、その本質は、行政権による一方的かつ強権的な土地強奪に他ならず、悪名高き「国家総動員法」、「土地工作物管理使用収用令」に比すべき、有事立法的性格をもつものとなっている。まさに戦前の専制体制への逆戻りである。
 現行土地収用法は、憲法二九条三項、九二条を受けて、行政権の一方的な使用認定によっては権原の取得を認めず、必ず中立公正な独立行政委員会で各地方の実情に通じた収用委員会での慎重な公開審理と裁決を義務付けている。これにより、国民の財産権保障と公共の利益との調整をはかっているのである。
 ところが、今回の改正案は、収用委員会の裁決を経ることなく、内閣総理大臣の使用認定、防衛施設局長の裁決申請のみによって権原の取得が可能となること、国民の側からみれば、権利の制限がなされることとなるのであり、行政機関の一方的認定だけで財産権が剥奪されたり制限される制度を認めることになる。これは、現在の憲法及び土地収法体系とは全く異質な制度であり、かかる制度は、火災や水害等の緊急時、あるいは戦争等の非常時以外は、我々は寡聞にして知らない。
 即ち、消防法二九条一項は「消防吏員又は消防団員は、消火若しくは延焼防止又は人命の救助のために必要があるときは、火災が発生せんとし、又は発生した消防対象物及びこれらのものの在る土地を使用し、処分し又はその使用を制限することができる。」としているし、河川法二二条一項は「洪水、高潮等による危険が切迫した場合において、水災を防御し、又はこれによる被害を軽減する措置をとるための緊急の必要があるときは、河川管理者は、その現場において、必要な土地を使用し土石、竹木その他の資材を使用し、若しくは収用し、車輌その他の運搬具若しくは器具を使用し、又は工作物その他の障害物を処分できる。」と定めている。いずれも火災や水害という生命・身体・財産に対する切迫した危険があるときの緊急措置として、土地の使用や収用を認めているにすぎない。
 また、戦争等の非常時においても行政権による土地の使用・収用が行われる。戦争を放棄し戦力の保持を禁じた現行日本国憲法下においては削除されたが、戦前の土地収用法では「国防其他兵事ニ要スル土地」をも収用対象とされ、帝国陸海軍のための土地収が規定されていた。しかしその場合も収用審査会の裁決が求められていたのである。非常事態を理由に、一方的な使用・収用を認めたのは、「国家総動員法」(昭和一三年四月一日公布)によってである。国家総動員法一三条三項は、「政府ハ戦時ニ際シ国家総動員上必要アルトキハ勅令ノ定ムル所ニ依リ総動員業務ニ必要ナル土地又ハ家屋其他ノ工作物ヲ管理使用又ハ収用スルコトヲ得」と規定し、これを受けた「土地工作物管理使用収用令」(昭和一四年一二月二九日公布・勅令九〇二号)では、主務大臣が、内閣総理大臣と協議のうえ(二条)、所有者に使用令書または収用令書を送達すると(三条)、所有者等の使用が制限される(六条)こととなっていた。
 今回の特措法改正は、総理大臣の使用認定等によって、使用権原が発生してしまう、使用認定等により権利が制限されてしまうのであるから、まさしく行政権による強権的土地取り上げに他ならない。「暫定使用」という言葉に惑わされてはならないのである。