<<目次へ 【意見書】
一九九七年四月七日
自 由 法 曹 団
第一 はじめに
沖縄の米軍楚辺通信所では、昨年三月末で一部用地の使用期限が切れ、地主に返還しなければならないにもかかわらず居座り、一年にもわたって不法占拠が続いている。そして、本年五月一四日には、沖縄米軍の一二施設、約三〇〇〇人の地主の所有地が期限切れを迎える。
ところが、政府は、米軍用地特別措置法を「改正」して、使用期限が切れた後も、土地を地主に返還せずに、強制使用を継続しようとしている。これは、戦後五〇余年にわたって、多大な犠牲を受け続けてきた沖縄県民の米軍基地の縮小・撤去を求める切実な声を踏みにじるものである。しかも、この「改正」法案は、法治主義を真っ向から否定し、憲法の平和原則、財産権や適正手続きの保障、地方自治の原則もないがしろにするなど、重大な問題を含むものである。
しかるに、政府は、四月三日に、この法案を国会に提出した。これを十分時間をかけた審理もせずに成立させ、四月二四日ころに予定されている橋本首相の訪米の際の手みやげにしようと伝えられている。
私たち自由法曹団は、設立以来七五年にわたって、平和と人権を守るために一貫して活動してきた弁護士の団体である。本意見書は、法律家の観点から、予想されている米軍用地特別措置法の「改正」法案(以下、単に「法案」という)の問題点を国民に広く明らかにする目的で作成した。この「改正」法案の成立を許さない広範な国民の世論形成の一助となれば幸いである。
第二 最悪の法案
一 秘密裏に進められた法案づくり 三月末までは、「土地の使用期限が切れても、収用委員会が審理中の土地については、裁決が出るまで使用継続することができる」という条文を設けて不法占拠を「回避」するという内容しか、明らかにされてこなかった。ところが、国会に提出された法案の内容は、次のように重大な問題を有するものである。政府は、主権者である国民を無視して、法案提出の直前まで国民に対して、その内容を秘密にし続けてきたのである。
二 使用期限後の強制使用を容認 まず、「使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続きが完了しないときは、・・・・裁決において定められる明け渡し期限までの間、引き続きこれを使用することができる」(一五条1項)として、期間経過後不法占拠となった場合でも、強制使用の継続を認めている。これだけでも、憲法及び国民の権利を踏みにじる大問題であることを私たちは再三指摘してきた。
三 収用委員会の却下裁決も無視して強制使用を継続 重大なことは、期限切れで不法占拠状態となっているもとで、収用委員会が政府の裁決申請を却下した場合でも、さらに強制使用を継続できるとしたことである。収用委員会が却下裁決をした場合、「防衛施設局長から(建設大臣に)審査請求があったときは、当該審査請求に対し却下又は棄却の裁決があった日」まで強制使用を継続できる(暫定使用)としているのである(一五条1項一号カッコ書)。
これは、審査請求が却下又は棄却されない限り、強制使用を継続できるというものであるが、審査請求が却下又は棄却されることはあり得ないので、結局は、強制使用(暫定使用)が継続することになる。
なぜなら、防衛施設局長と同一の行政府にある建設大臣の判断が、防衛施設局の審査請求と異なることは許されないからである。その結論は、防衛施設局の求めるとおり収用委員会の却下決定を覆えすことしかあり得ない。そうしない建設大臣は、内閣総理大臣によって罷免されてしまうのである(憲法六八条二項)。
収用委員会の却下裁決に対する審査請求に対して、建設大臣が審査請求を却下しない、又は棄却しないということは、審査請求を容認して収用委員会の却下裁決を取り消すこととなる。そして、建設大臣が収用委員会に差し戻すことになる。収用委員会では、建設大臣の判断に拘束されるので、再び同じ理由で却下又は棄却の決定を行うことはできずに、強制使用を認めざるを得なくなる(行政不服審査法第四三条)。いずれにしても、強制使用が認容される事態となり、その結論に至る手続きが進められている間は、国は、強制使用(暫定使用)が継続できる。
結局、収用委員会の却下裁決は無視され、強制使用が中断なく続けられるように仕組まれているのである。地主に残された法的救済手段は行政訴訟しかなくなるが、その間も、強制使用は継続することとなる。
そもそも、収用委員会が強制使用を否定して却下裁決をした場合に、国=政府(防衛施設局)が同じ政府のメンバーである建設大臣に対して、その取消をもとめて審査請求すること自体に重大な疑問がある。
この審査請求は、「国民に対して広く行政庁に対する不服申立のみちを開くことによって、簡易迅速な手続きによる国民の権利利益の救済をはかるとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする」行政不服審査法に基づいて認められるものである(同法一条1項)。国の手続きの違法を明らかにして国民の権利を確保するために強制使用を否定した収用委員会の却下裁決を、国が取り消すために、この審査請求の制度を利用すること自体が問題である。これに関連して、那覇市情報公開訴訟で、「国の適正かつ円滑な行政活動を行う利益を侵害されたことを理由とする訴えは、・・・いかなる意味でも、個人の自由や権利の侵害と同様に見る余地はなく、法律上の争訟に当たらないことは明らかである」とし、抗告訴訟について国が原告となり得ないとして、国の請求を却下した裁判所の判断(那覇地裁一九九五年三月二八日判決)が、尊重されるべきであろう。
しかも、この審査請求は、国の機関(防衛施設庁)が同じ国を代表する建設大臣に対して、却下裁決の取消について判断を仰ぐものであり、とうてい公正な判断は期待できない。このように手続的公正さからいっても、この審査請求を国に認めることは大いに疑問である。
四 自らの不法占拠を「合法化」
そして、法案は、附則で、「施行日においてその従前の使用期間が満了しているにかかわらず必要な手続きが完了していない土地等」への適用を認める経過規定を設け(附則2項)、すでに一年以上にもわたって国自ら不法占拠している楚辺通信所の一部用地に対しても、法案が適用されることを明らかにしている。
しかも、すでに続けてきた自らの不法占拠については、国は、少なくとも、不法占拠によって地主に与えた損害を賠償する責任があるにもかかわらず、その責任を回避して、「損失補償」で済まそうとしている(附則3項)。この法案によって、自ら行っている不法占拠の責任を不問に付したうえ、これを「合法化」してさらに不法占拠を続けようというのである。
以上のように、今回の法案は考えられる限りの最悪の内容となっているのである。