<<目次へ 【意見書】
第三 繰り返される無法な土地強奪
一 米軍による土地強奪と「公用地法」
沖縄における広大な米軍基地は、第二次世界大戦の沖縄戦直後に行われた何ら法的根拠もない接収に始まる。ハーグ陸戦法規に違反して、何らの補償もないまま米軍の軍事力によって接収されたのである。さらに、米軍は、「銃剣とブルドーザー」によって家屋・耕作地をおしつぶし、土地を強奪して基地を拡張していった。
日本への復帰直前、一九七一年一二月九日に結成された反戦地主会(「権利と財産を守る軍用地主会」)には、三千人近い軍用地主が結集し、契約拒否の態度を明らかにしていた。これに対して、同年一二月三〇日、土地所有者の意思に反しても、復帰後五年間は、米軍用地として強制使用を続けることのできる「沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律」(公用地法)を成立させ、翌七二年五月一五日の復帰と同時にこれを施行した。これは、米軍による無法な土地強奪を一方的に容認するものでもあった。
賃貸借契約を拒否した多数の反戦地主に危機感を抱いた日本政府は、この公用地法の五年以内に契約締結を完了しようとして、あらゆる手段を使った反戦地主の切り崩しを行った。
二 地籍明確化法と空白の四日間
一九七七年五月一四日の公用地法の期限切れを前にして、契約を拒否する反戦地主が多数残っていた。そこで政府は、強制使用を継続するため、「沖縄県の区域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する特別措置法」(地籍明確化法)の立法化を企てた。同法案の立法趣旨は、沖縄戦で公簿公図が消滅し、地形が一変して土地の位置境界が不明確な地域があちこちに生まれため、それを解決すると説明されたが、附則には公用地法を五年間延長することが盛り込まれていた。同法案の成立は、期限切れに間に合わず、法的根拠のない「空白の四日間」(不法占拠)が生ずることとなった。一九七七年五月一八日に同法案は成立した。この法律も、政府が自ら定めた五年の暫定期間を姑息な手段で延長したものであった。これは政府自らが定めたルールでは不法占拠状態が不可避となった段階において、米軍用地の使用のために、そのルール自体を勝手に変えてしまうというもので、政府自身による法治国家の否定宣言であった。
三 死文化していた米軍用地特別措置法の復活と法案
地籍明確化法で延長した五年以内に反戦地主を切り崩すことはできないと判断した政府は、一九八〇年、米軍用地特別措置法を適用して強制使用する手続きに踏み切った。そして、沖縄県収用委員会は八二年、強制使用の裁決をした。
一九五二年に施行された同法は、一九六一年の相模原住宅地区(神奈川県)に発動されて以来発動されたことはなく、すでに死文化していた。この法律を二〇年後の沖縄で「復活」させたのである。
そして、本年五月一四日の使用期限切れを前にした今回の米軍用地特別措置法「改正」の策動は、次に述べるように、沖縄の土地強奪の歴史における政府自身による三度目の法治国家の否定宣言である。
第四 法治主義の否定宣言
一 進められている手続き 米軍用地特別措置法では、契約を拒否している主の所有地を米軍用地に供するためには、概ね次のような手続きを必要としている。
@ 米軍用地に提供するために「適正かつ合理的」であるときは、内閣総理大臣が使用認定を行う。
A 土地・物件調書を作成し、地主(地方自治体の長、あるいは職務執行命令訴訟を経て内閣総理大臣が代行)が立会・署名を行う。
B 起業者である国(防衛施設庁)が、収用委員会に対して、土地物件調書を添えて使用裁決を申請する。
C 地方自治体が公告・縦覧を行う(あるいは、職務執行命令訴訟を経て内閣総理大臣が代行)。
D 収用委員会が公開審理を経たのち、裁決を行う。このような手続きを経て、収用委員会が使用裁決して、はじめて強制使用できる。 現在、米軍用地の強制使用をめぐって沖縄県収用委員会の公開審理が開始されている(Dの手続き)。本年二月二一日開かれた第一回の公開審理の冒頭、収用委員会は、「独立した準司法的行政委員会として、公正・中立な立場で、実質審理を行います」と表明した。このように実質審理が尽くされるならば、これらの土地の使用期限が切れ、大量の不法占拠状態が生ずることは必至である。
この公開審理は、第一回で国の裁決申請理由の説明と地主側の審理についての意見表明がおこなわれ、また三月一二日の第二回、及び三月二七日の第三回では、国の行った申請理由の説明に対して求釈明が行われた。今後、各施設についての審理が予定されている。 この様に、現行の米軍用地特別措置法・土地収用法に従って、手続は何の混乱もなく進められているのである。二 二重、三重のルール無視 米軍用地特別措置法「改正」法案は、現在進められている土地収用手続を根底から否定するものである。
米軍用地特別措置法は、それ自体が憲法に反する法律であることは後に述べるとおりであるが、ひとまずその違憲性は置くとして、米軍基地用地確保のために、国自らが制定しルール化した法律である。
使用期限が切れた場合に、国が自ら率先してルールを守り土地を返還するべきである。
ところが、「改正」法案は、自らの定めたルールによっては、土地の合法的な確保が難しくなる見通しとなった途端、ルール自体を変更してしまうものである。のみならず、収用委員会により却下裁決がされて強制使用が否定されたあとでも、収用委員会の判断を無視して強制使用を継続するものであり、二重にも三重にも不法を重ねるものである。
土地を直ちに返還したくなければ、国には、緊急使用の申立によって、六ヶ月の使用継続を可能とする道も残されている。ところが、国は、その手続きすらとらずに、いきなりこの法案を国会に提出した。
すでに、国は、楚辺通信所(象のオリ)の一部用地の期限が切れ、収用委員会が緊急使用の申請を許可しなかったにもかかわらず、土地を地主に返還せず、一年以上も不法に占拠し続けている。しかも、この不法占拠が「必ずしも違法とはいえない」などと強弁し何ら反省の態度すらみせようとしていない。
結局、今回の法案は、米軍のために何が何でも土地を確保することが大前提となっており、そのためには、手段を選ばないことを表明するものに他ならない。このような国の姿勢は、恥知らずの無法者以外の何者でもない。
三 姑息な立法
いやしくも「国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」国会が行う立法に際しては、その地位と役割にふさわしい目的があってしかるべきである。そして、その立法目的を正当化する立法事実がなければならない。
ところが、今回の法案は、国会が行うに相応しい一片の正当化根拠すら主張されていない。何が何でも「不法占拠」といわれることを回避するためだけの立法である。 収用委員会がどのような決定をしても、これと無関係に、強制使用だけは、確実に継続できるようにしたきわめて姑息な立法と言わざるを得ない。
四 法の名による法治主義の破壊行為
日本国憲法は、人類の長いたたかいの歴史と悲惨な戦争体験の中から確立したものであり、個人の尊厳を最高の価値と認め、法も国家も、それに仕えるという「法の支配」を基本原理としている。今日の法治主義は、このような実質的な意味での法による統治を意味するものであり、政府はこのような意味で法に拘束される。政府が自ら法を破り米軍用地の不法占拠を続け、今後も不法占拠を続けようとしているのは、それ自体法治主義を破壊するものである。
不法占拠を「回避する」ために今回の法案で「合法化」することが、法治主義をまもるとでも政府は言うのであろうか。それは、「法によれば、どのような人権の制限も許される」と考えられた戦前の「法治国」の発想である。
国が裁決申請だけすれば、期限が切れても使用権原を与えられ、さらに収用委員会の却下決定まで無視して、強制使用を継続して地主の権利を剥奪してしまう今回の法案は、「法」の名による法治主義の破壊行為であって、行政ファッショに他ならない。